英雄伝説 天の軌跡 (完結済)   作:十三

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遅ればせながら『血界戦線』のアニメを一気見した十三です。

いやー、クラウスさんカッコいいわ。あんな上司が欲しいわ。
ザップ、貴様は自重しろ。レオ君頑張れ。ホワイト超可愛い。W釘宮さんとか何それ天国過ぎる。

……レオ君の≪神々の義眼≫とレイの≪慧神の翠眼≫の能力が被ってるからクロス作品は無理だなー。残念だなー。





帝都の休日 中篇

「やあ、久しぶりだね、レイ・クレイドル君。うんうん、学院の制服も良く似合っているじゃないか」

 

「ご無沙汰しております、オリヴァルト殿下。本日は皇城に足を踏み入れる事を許可していただき―――」

 

「あぁ、いいよいいよ。そんな堅苦しい言葉遣いはさ。僕は君の事を認めているんだ。対等な立場にいてくれる人物から最上級の敬語を使われるというのはどうにも歯痒い気分になる。―――そうは思わないかい?」

 

「……あぁ、そうかよ。それじゃあこの口調で喋らせてもらうぜ」

 

「構わない。むしろ歓迎するよ」

 

 

 皇城バルフレイム宮・応接間。普段であれば皇族が外国の来賓などを招き入れるために存在するこの場所に、ただの一士官学院生であるはずのレイは通されていた。

 格と品位、というものを最上級まで突き詰めたかのような内装。その華美さに俗物的な要素は一片たりとも存在せず、壁一枚を隔てているだけなのに外界から隔絶されたかのような感覚に陥ってしまう。最高位であるが故に見事、としか言いようのない場所ではあるのだが、生憎とレイにはその様子を称賛して阿るような言動は基本的に取らないタイプの人間だ。

 加えて言うのならば、「遠慮はいらない」と言われれば、相手に裏がないと判断した場合、程度にもよるが構わず遠慮をしないタイプでもある。そして目の前の皇子は、一切の遠慮なく付き合っても大丈夫だろうと判断したのである。それは勿論彼を卑下しているわけではなく、ただ気の置けない接し方で良いだろうと思っただけなのだが。

 

「遠路はるばるご苦労だったね。かけてくれ」

 

「列車片道30分が遠路なものかよ。アンタに半強制連行された時の方が遠路だったわ」

 

「違いない。あの時は迷惑をかけたね」

 

「反省の色が毛ほども見えないから今度ハリセンで引っぱたいて良い?」

 

 先日漸くクロスベル時代変態退治に散々使用した伝家の宝刀(仮)を探し当てたものの、流石に皇城までには持ち込めず、使用は断念していた。

今度会ったら絶対一発食らわせてやると決意表明をしてから案内されたソファーに座る。するとオリヴァルトは、レイの後方へと目をやった。

 

「あぁ、クレア女史も座るといい。レイ君の隣にね」

 

「え? あ、いえ……」

 

 視線の先に直立不動の状態で立っていたのは、護衛として傍についていたクレアだった。

誰も見ていなかった車の中でこそああして本音を晒したものの、目的地に到着した途端に、彼女はいつものような凛然とした軍人姿に戻り、職務としてレイに付き添っていた。

だからこそ、護衛として居る自分が席に座る事があってはならない。そのため断ろうとしたが―――

 

「なに、気にする事はない。職務に忠実であろうとするその姿勢は素晴らしいが、宰相殿の珍しい親心だ。素直に受け取っておいた方が損はないだろう?」

 

「……はい。では、失礼致します。殿下」

 

 どこか根負けしたような表情を浮かべながら、クレアはレイの隣に腰を下ろした。

しかし彼女なりに少しばかり贅沢をしようとしたのだろうか、座ってすぐ、オリヴァルトから見えないテーブルの下でレイの右手に軽く自身の左手を絡めた。レイがそれに応えるように握り返すと、反射的に、という表現が一番似つかわしいようにパッと手が離れてしまった。

びっくりするじゃありませんか‼ と目で訴えかけて来るクレアの軽く睨み付けるような視線に思わず苦笑してしまうと、オリヴァルトに向き直った。

 

「―――で、レポートだったか。随分と急な申し出だったな」

 

「まぁ先方も忘れかけていたみたいだからね。今はご息女の事で手一杯だとか」

 

「あの一族ホント頭のネジ数本くらい外れてんな、相変わらず」

 

「まぁ普段ならもう少しマトモなんだが……ご息女に親しい男性が出来てからは、ね。分かるだろう?」

 

「誰だよ、その命知らず」

 

「君も知っているんじゃないか? アガット君だよ、≪重剣≫のアガット君」

 

「うわマジか。アイツにロリコンの気があったとは…………いや、それは今はどうでもいいや」

 

 そう言ってレイは話を区切り、テーブルの上に持参した黒のアタッシュケースを置く。開けるとそこには、三束に分けられた大量のレポート用紙が詰め込まれていた。

それを見て、オリヴァルトは「ほぅ」と息を漏らす。

 

「技術職に携わってる人間の考えはこれでもそこはかとなく分かってるつもりだ。作家が読者の、音楽家が観客の反応を気にするように、技術者もテスターの意見は気にするモンだよ」

 

 それが分かっていたからこそ、レイは性能報告や改善点などのレポートの執筆を怠らなかった。

1ヶ月に一束、都合三束に分けられたレポートは、使用者の視点のみならず、客観的な視点からの情報も事細かに記されており、まさに理想の報告書であった。

それに軽く目を通したオリヴァルトは、用意された最高級の紅茶を口にしながら「これシャロンが淹れたらもっと美味くなるなぁ」と思っていたレイに向かって称賛の言葉を送る。

 

「いや、見事だ。僕も専門的な知識はからっきしだけれどね、この報告書が良く纏まっているというのは理解できる。これも遊撃士時代の賜物かな?」

 

「……まぁ任務から帰って来てすぐに爆睡しやがる脳筋の代わりに報告書書いたりした事はあったし年末年始や観光シーズンなんかは特に書類仕事が多かったからな。そこにマフィア抗争とかも絡んでくるとマジで地獄だった。クソ政治家共が必死に隠蔽しにかかるから如何に上手く捜査一課の刑事に擦り付けるかどうかがキモだったな」

 

「内容が実にリアルだね」

 

「既に一遊撃士が担当する事案じゃないですよね……」

 

 上層部が州議会議員と癒着しているという噂が広まり、民事事件に消極的な姿勢を見せるクロスベル警察に代わって市民が頼ったのはどんな依頼にも真摯に対応する遊撃士協会であり、その仕事量は他国の支部と比べてみても群を抜いている。その割に所属人数が多いわけでもないので、必然的に一人頭の仕事量は多くなってしまうのだ。

様々な国籍の人間と政治的な思惑、金銭の回り方、裏業界の浸食が進む”魔都”クロスベル。清濁併せ持つ混沌としたその都市としての在り方をレイは決して嫌ってはいなかったが、その結果仕事が鬼のように舞い込んでくる事を笑顔で受け入れられるほど出来た人間ではない。というよりそこまで器用ではない。

 

「他にも旧市街の不良(バカ)共が暴れる度に呼ばれるし……ワジの野郎、悪ノリするのもいい加減にしろっての」

 

「「?」」

 

「いや、コッチの話」

 

 そう言って再び話が戻ると、オリヴァルトはレポート用紙をアタッシュケースに戻し、傍に控えていた執事の男性にそれを手渡した。

早急にZCF宛に届けるようにという指示を出す彼を見ながら、レイは思わず出そうになった欠伸を噛み殺しながら呟くように言う。

 

「なぁ、オリヴァルト」

 

「何かな」

 

「アンタさぁ、どんな思惑で『特科クラスⅦ組』なんて場所を作ったんだ?」

 

 声色は軽いながらも核心を突く質問に、オリヴァルトの雰囲気が変わる。表情は変わっていない。変わったのは、あくまでも雰囲気だけだ。

 

「何故だと思う?」

 

「そこまでは読み切れない。だけど……特別実習の意味なら分かってるつもりだ」

 

「ほう。やはり君は面白い。いや、君なら察して当然だったかな。して、その心は?」

 

「現状の帝国の姿を見せつけるため。それを見せて尚、どう動くか。『革新派』でも『貴族派』でもない、ただの一士官候補生としての視線でどう判断して成長していくか、だろ?」

 

「何だ、もう答えに辿り着いているじゃないか」

 

 優雅な仕草で紅茶を一啜りしてから、オリヴァルトはそう言った。

 

 内訳は貴族が三名、平民が七名。その内貴族の一人は根っからの貴族の血筋を持っているわけではなく、平民勢の中にも貴族と変わりない教育を受けて来た少女、元猟兵団所属の少女、『革新派』筆頭格の人物を父に持つ少年など、実に多種多様な人材が揃っている。

その中で互いの価値観が混ざり合い、時に衝突して理解し合う。なるほど、確かに教育機関の在り方としてはこの上なく成功していると言えるだろう。

 ただ一つ、学生の身分でありながら闇の世界にどっぷりと浸かった規格外を除けば、だが。

 

「僕が望んでいるのは一つだ。『革新派』でも『貴族派』でもない、第三の勢力を作る事。―――この帝国に、新たな風を招き入れる事さ」

 

 それが、その言葉が何を表しているのか。

それを理解できないレイではない。抑え込んでいた笑いが、思わず漏れ出てしまう。

 

「ククッ。オリヴァルト、アンタアレか? ≪鉄血宰相≫と対立するつもりか?」

 

 その言葉に、隣で座っていたクレアがピクリと動いた。当然だ、彼女にとっては到底聞き流せる話題ではない。

しかしオリヴァルトは、そんな緊迫の状況でも尚、悠然とした態度を崩さない。

 

「表立って対立する気はさらさらないさ。古い体制に固執するよりかは前に進むための行動を起こす方が良いとも思ってる。……僕は仮にも皇族だからね。どちらかに傾倒するわけにはいかない」

 

「おいおい、そう言ってる時点で『貴族派』に組したくないって言ってるようなモンだぜ?」

 

 大きな駒は都合四つ。

東部クロイツェン州・アルバレア公爵家、北部ノルティア州・ログナー侯爵家、南部サザーランド州・ハイアームズ侯爵家、西部ラマール州・カイエン公爵家。そしてそれぞれが抱える領邦軍。

 権力・影響力は未だ大きい。真正面から対峙すれば、帝国は甚大な被害を被るだろう。そしてそれは、カルバード共和国に背中を見せる愚行に他ならない。かつての≪獅子戦役≫にも匹敵する内戦が勃発する事を想像するのは容易い。

 そして、中立の立場を崩さない皇族はそのどちらにも傾倒するわけにはいかない。ある意味でオリヴァルトの試みは、皇族としての立場を最大限利用したものだと言えるだろう。

 

「想像にお任せしよう。それでだね、レイ君」

 

「言いたい事は大体分かってるが聞こう」

 

「話が早くて助かる。―――僕の理想のために、手を貸してくれないかい?」

 

 曰く、どちらの勢力にも手を貸さず、中立のままでいて欲しい。

オリヴァルトが言いたいのは、つまりはそういう事だ。リィン達の成長をこのまま見守りながら第三勢力の構成員でいて欲しいという要望。

デメリットがあるわけではない。そもそも庶子の出であるとは言え皇族直々の要望だ。普通ならば断るという選択肢はない。

だが、比較的選択の自由が与えられているレイの身からしてみても、特に断る理由はなかった。何より、クラスメイトを放ってスパイ紛いの真似をするほど思い入れがないわけではない。

 そして何より―――興味を引かれた。

 

「……成程。ヤローの手を引く趣味はないが、魅力的ではある。いいぜ、乗った」

 

 自分を上手い事嵌めてくれた人物の申し出という事に関しては別段思う所は何もない。

悪意のない策謀のやり取りで負けたのは単にこちらの力が足りなかったというだけの事。ルーファス・アルバレアと双璧を誇る社交界の華型。リベールの異変に際しても身分を隠して跳梁した傑物。その本質が賢人である事を、レイは身を以て知っている。

 『革新派』のギリアス・オズボーン、『貴族派』のルーファス・アルバレア、そして『第三勢力』のオリヴァルト・ライゼ・アルノール。奇縁にも各勢力に策謀の達人が集まった。その中で中立組織に手を貸すというのは遊撃士として、そして何よりレイ・クレイドル一個人として歓迎すべき事だ。

 ―――だが。

 

「幾つか、条件がある」

 

「聞こうじゃないか」

 

「まず一つ。今は俺も独自に情報収集をしているからその情報は余さずアンタに公開しよう。……『結社』の情報に関しては俺には”枷”があるから話せないが、とにかくそれは約束する。―――だからアンタも、隠し事は止めてくれ」

 

「了解した。約束しよう」

 

「そしてもう一つ」

 

 そこでレイは、クレアの肩にポン、と手を置いた。予想外の行動にクレアが狼狽えているのを横目に、レイは真剣な眼差しでオリヴァルトを見据えた。

 

「もしアンタがポカやらかして『革新派』と武力衝突した場合……具体的には鉄道憲兵隊と対立構造になった場合、俺は一切手を貸さなくなる。理由は、分かるだろう?」

 

 クレア(俺の女)と戦う事になるのだとしたら、一切の躊躇なく縁を切らせてもらう。言外にそう言い放ったレイの目に迷いはない。それを確認したオリヴァルトは、声をあげて笑った。

 

「ハハハハッ‼ あぁ、確かにそうだね、愚問だった。―――それも承知したよ。いや、しかし、君も存外愛が深いね。素晴らしい事だ」

 

「一身上の都合っていう馬鹿馬鹿しい理由つけて応えずにいるんだ。ここいらで男見せないでどうするんだよ」

 

「違いない。女性の涙は美しくはあるが―――男の恥だからね」

 

 そう言いきってから、頬を赤らめているクレアへと再び視線を移す。

 

「というわけだ、クレア女史。僕は君たちに表立って敵対しない事をここに誓おう。事を荒立てるつもりは勿論ないし、何より君の騎士(ナイト)がご立腹だ」

 

「は、はいっ」

 

「ラインフォルト家のメイドに元A級遊撃士。ライバルは多いだろうが、彼の手は決して離さない事をお勧めするよ。僕も散々放蕩ぶりを振りまいて来たが、これ程誠実に女性に応えようとする男性というのは、稀少だからね」

 

 まぁ、言われるまでもないか、と思いながら、レイを見やる。

強くなった、と思う。剣士としての実力ではなく、心が。

以前であった時の彼は、こころのどこかにまだ虚無を抱えていた。それが今は、少しずつではあるが埋まっている。

自分を慕ってくれている女性の本音を聞いたのだろう。その上で覚悟を決めた様子が見て取れる。

かつてヨシュア・ブライトという少年がそうであったように、男は守りたいと心の底から思う想い人の存在があれば、如何様にも強くなれる。それを自覚した彼が今後これ以上に化ける事になるのかと思うと、内心冷や汗が滴り落ちる。

 本当ならば分かりたくはないのだが、≪怪盗紳士≫―――オリヴァルトにとっては宿敵(ライバル)にあたる彼が目をつける理由も分かる。レイ・クレイドルという人物の在り方はとても脆そうでいて、しかし時にとてつもなく堅牢になる。その覚悟を、その情愛を、美しいと言わず何と表せば良いのだろうか。

 

 いつになく情熱的にそんな事を思っていると、不意に応接間のドアが軽くノックされた。

 

 

『―――失礼いたします、オリヴァルト殿下。アルフィン様がお見えになりました』

 

「あぁ、来たか。入ってきたまえ」

 

 そのやり取りを耳にした瞬間、今まで突然の告白にまるで高熱を出していたかのように呆けていたクレアが、いきなり立ち上がってソファーの後ろへと移動した。

どんな時でも職務を忘れない辺りがクレアらしいと思いながら、レイもソファーから立ち上がった。『帝国の至宝』を座ったまま迎えるほど、馬鹿ではない。

 

「失礼しますわ、お兄様」

 

「やあ、アルフィン。予定よりも少し早かったね」

 

「うふふ、この日を楽しみにしておりましたもの♪」

 

 悪戯っぽく、しかしそれが決して下品に見えない気品。蜂蜜色の髪を靡かせて歩く姿は、なるほど呼び名に違わぬ可憐さを兼ね備えていた。

そんな彼女はレイの前まで歩いてくると、スカートの裾を摘まみ、上品に頭を下げた。

 

「お初にお目にかかりますわ。エレボニア帝国第一皇女、アルフィン・ライゼ・アルノールと申します」

 

「ご尊顔を拝しまして恐悦です。元準遊撃士、トールズ士官学院一年Ⅶ組所属、レイ・クレイドルと申します。此度は至らぬ身で皇城に足を踏み入れさせていただきました」

 

 普段は使わない最上級の敬語でのやり取り。その言葉に、アルフィンは一瞬だけ驚いたような表情を見せた後、クスクスと笑った。

 

「謁見の間でもないのですから、それ程畏まられなくても大丈夫ですよ? でも驚きましたわ。お兄様が気になられているという方でしたから、もっと自由奔放な方なのかとてっきり」

 

「ハリセン二発に追加オッケー?」

 

「痛くしないでね?」

 

「三発に追加で」

 

「嘘ゴメン勘弁して。君がやったらミュラーも便乗して来そうだから」

 

 苦労しているな、ミュラーさん、と心の中で同情してから、再度アルフィンと向き直る。

 ”天使の微笑み”などとも言われるその笑みに含みが一切ないというのは初見で判断した。蝶よ花よと愛でられた存在であるが故に、その感情は曇りを知らない。

それを疎ましいとは思わないし、羨ましいとも思わない。人の生き方など千差万別十人十色。彼女は彼女の人生を懸命に生きているだけなのだから。―――しかし。

 

「うふふ♪」

 

「?」

 

「あぁ、ごめんなさい。何やらレイさんから私と似たような雰囲気を感じてしまったものですから」

 

「光栄ですね。実は自分も同じような事を思っていました。皇女殿下と肩を並べるなど不敬以外の何者でもありませんが、ご容赦下さい」

 

「あら、そうなのですか。それではご一緒に」

 

「えぇ」

 

「「日々の生き甲斐は―――」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「―――身内弄り‼」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それ以外の言葉は要らず、二人は互いに握手を交わす。その背後で少しばかり動揺したような表情を見せるクレアと、爆笑を堪えているオリヴァルト。

 アルフィンは心底面白いと言ったような表情を浮かべた。それは万人を蕩けさすような威力の柔らかい笑みだったが、レイを虜にするには足りない。

 

「……友人として」

 

 途端、アルフィンは呟くように言う。

 

「友人として接していただけませんか? レイさん。あなたとは、随分とお話が弾みそうですし♪」

 

欣幸(きんこう)の至りです。至らぬこの身で宜しいのであれば。―――ところで殿下」

 

 オリヴァルトの時とは異なり、態度を崩す事を許されても尚敬虔な態度を貫いたままに、レイは僅かばかりの不遜な笑みを浮かべて問う。

 

「自分に、何か聞きたいことがお有りなのでは?」

 

 こちらから公開したヒントは何もない。であるというのに確実に自分の意図を見抜いて来たレイに対して、アルフィンは気味悪がるどころか更に喜色を強める。

好奇心に対する貪婪(どんらん)なまでの在り方。改めてこの兄妹が血の繋がっている家族であるのだと実感していると、彼女はもう一度浅く礼をした。

 

「―――確かにお聞きしたい事はありましたわ。何故お気付きになられたのですか?」

 

「何となく、です。職業柄様々な人間を見て来たもので。自分に対して何かを問おうとしている人物は分かるようになってしまったんです」

 

「まぁ。お兄様が気に入られるわけですわ。―――えぇ。本当はレイさんにリィンさんの事についてお聞きしようと思ったのですけど……」

 

「む、リィンと言うと……リィン・シュバルツァーですか?」

 

「はい。仲が良いと伺ったものでして。―――あぁ、レイさんとお友達になりたいというのは本当ですわ」

 

 ふむ、とレイは考える。

 リィンの実家であるシュバルツアー家は貴族の中での爵位は男爵位。つまり高いわけではない。

しかしながら風光明媚なユミル地方を領地としており、慰安旅行としてその場所を訪れる事があるなどして皇族とも密接な関係がある特異な家でもある。

であるならば、アルフィンがリィンの存在を知っているのは別段おかしい事ではない。更に言ってしまえば、軽い興味などで聞いているのではないという事は声色から何となく分かる。

 もし彼女がリィンの出生の事などについて憐憫の視線を向けるような意味合いで聞いて来たのだとしたら、レイは己の矜持にかけてでも答えなかっただろう。だが、アルフィンの声にはどこか憧れのような熱が孕んでいるように感じたのだ。

 

「……まぁ、語る事なら幾らでもできます。伊達に入学して3ヶ月、共に同じ釜の飯を食って死線を潜って来たわけじゃありませんから」

 

「はい。そうお聞きして今日お話を、と思ったのですけれど……やっぱり卑怯だと思ってしまいまして」

 

「卑怯?」

 

「えぇ。親友を差し置いて私だけ抜け駆けする(・・・・・・・・・)というのは卑怯な行為でしょう?」

 

 本人の(恐らく)与り知らない所で超弩級玉の輿フラグが建っていた級友を果たして応援すべきか哀れむべきかと考えながら、レイはこの穢れ無き皇女殿下への評価を上方修正した。

どうやら恋敵なのであろう親友に対して尋常な勝負を所望しているらしい。大切な所では律儀に通す所も兄と似通っていて、面白い(・・・)

 

リィン(アイツ)はイケメンの上に一本気で真面目ですからね。異性の目には魅力的に映るでしょう」

 

「うふふ。やはりあの子に聞いていた通りの方のようですね。ますますお会いしたくなりましたわ♪」

 

「女性関係については初心(うぶ)な奴ですので、手心は加えて接してやって下さい」

 

「あら、わたくしも男性関係は初心者同然ですのよ?」

 

「これは失礼を。姫様のご関係を疑ったわけではないのですが、自分と同年代の思春期を迎えた男子にとっては、姫様のお姿は些か以上に煌びやかに映ってしまいますので」

 

 それは言外にレイはアルフィンの美貌には見惚れないと言ったようなものだったが、彼女はその意味を理解したうえで「お上手ですわね」と返した。

 

「お役に立てず、申し訳ありません」

 

「いえ、元々わたくしのワガママでしたので、レイさんがお気に病む事はありませんわ。それよりも―――」

 

 そこで初めて、アルフィンはクレアの方へと視線を向けて、爛々とした双眸で彼女を見据える。

いきなり興味の対象にされたクレアは驚きを見せたものの、すぐにアルフィンにその手を握られた。

 

「あ、アルフィン様⁉」

 

「もう、ズルいですわクレアさん。そんな恋する乙女(・・・・・)の雰囲気を出されていては気になってしまってしょうがありません‼」

 

「え、えぇ⁉」

 

 何かしらのスイッチが入ったかのように輝かしいオーラすら放って水を得た魚のごとくまくし立てるアルフィンを前に、クレアはただ赤面してたじろぐ事しかできない。

そうして動揺している内にいつの間にか入室していた皇族専属の精鋭メイドたちに周囲を固められる。それはまるで、囲んで獲物を捕らえる獅子の群れのようでもあった。

 

「この後はレイさんとデートですか? デートなのですね⁉ それでしたら軍服ではなくてもっとクレアさんの魅力を引き出させるお洋服を用意しなくてはいけませんわ。ささ、早くこっちにいらして下さい。メイド一同共々、必ずやレイさんを惚れ直させるような服装を選んで見せますわ‼」

 

「で、殿下意外とお力が……れ、レイ君、助け―――」

 

 若干涙声になりながら絞り出した救援要請も空しく、クレアは雪崩に巻き込まれた登山家のような形で強制的に別室へと連行された。

それを見届けてから、手元に残っていた紅茶を飲み干して一息。

 

 

「―――やっぱアンタの妹だわ」

 

「ハハハ。いや、我が妹ながら見事な手腕だ。本人そっちのけでデートの約束を取り付けてしまうとはね」

 

「笑い事じゃねぇぞ。ったく」

 

「おや、不満かい? 僕としては羨ましい限りだが」

 

「誰も不満に思ってねぇよ。あー、でもヤバいかもしれん」

 

「普段軍服姿で理性を保った女性が私服で想い人とのデートに挑む、か。確かに世の男にとってみれば垂涎モノのシチュエーションだね。……良い雰囲気のホテルを教えてあげようか?」

 

「そこまで羽目外すつもりはねぇよ。学生の身の上だぞ」

 

「学生でなければ良いと言っているようなものだよ、それは」

 

「喧しい。―――それより、もう一つ聞き忘れた事がある」

 

 両手を膝の上で組み、冗談抜きの声色で問う。

 

「アンタが手紙の中で言ってた”渡したいモノ”ってのは何の事だよ」

 

「あぁ、それかい。まぁ大したものじゃあないんだが―――コレだよ」

 

 そう言ってオリヴァルトが懐から取り出したのは折りたたまれた一枚の紙。テーブルの上を滑って手元に辿り着いたそれを開いてみると、見慣れた配列で並んだ数字が書かれていた。

その意味を、レイは一瞬で理解する。

 

「アンタのARCUS(アークス)の通信番号か」

 

「ご明察だ。同性の番号など貰っても嬉しくはないだろうがね。有効に使ってもらえると僕としても重畳だ」

 

 相手と同じく、口角を釣り上げて笑う。

 嬉しくない? そんな馬鹿な事を思う奴などいないだろう。皇位継承権を破棄したとはいえ皇族の人間との直通通信(ホットライン)の番号だ。情報屋に持って行けば数千万ミラは下らない。

そしてそれを渡したということは、彼なりの信頼と期待が含まれているのだろう。ならばそれを受け止めて見せるのが、今の自分にできる最善手の選択に他ならない。

 

「それと、僕の事はオリビエと呼んでくれ。偽名の一つだが、友人の君にはそう呼んで欲しい」

 

「おい、俺はアンタと友人になった覚えはねぇぞ」

 

「ガーン」

 

 実に芝居がかった、道化のような行動を取るオリヴァルトを見据えて、レイは渡された紙の裏に持参したペンで数字を書き込み、同じようにテーブルの上を滑らせて渡す。

 

「俺の番号だ。知っているとは思うがな。礼としてハリセン叩きは勘弁してやるよ、オリビエ(・・・・)

 

「……成程、これは一本取られたな」

 

 ニヤリと、意地の悪い笑みを浮かべる男が二人。

レイはクレアの帰りを待つ数十分の間、目の前の男に対する手始めの手土産を何にするか、それを熟考する事となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




今回はクレア大尉よりもアルフィン回? だったかなと思いました。

言っておきますがフラグは建っていません。ソフトSなアルフィンとドSなレイが共鳴しただけです。特に他人の恋愛絡みでこの二人がタッグを組むと凶悪としか言いようがないです。色々な意味で。

さて、次回は『帝都の休日 後篇』。
待ちに待った、レイとクレアのデート回です。


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