英雄伝説 天の軌跡 (完結済)   作:十三

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あー、長くなった。というわけで『帝都の休日』シリーズ最後の話です。

何だかもー、クレアに対する好感度が感想をいただいた皆さん方の間で鰻登りのようで―――いや、嬉しいんですけどね。


あ、今回過去回想シーンがあります。


それでは、どうぞ。


帝都の休日 後篇

 

 

 

 十人とすれ違えば十人が振り返る美女、というのは存在する。

 

 異性のみならず、同性をも虜にする圧倒的な美貌。アルフィン・ライゼ・アルノールなどはまさにその素質を有しており、魔性の蕾は既に花開こうとしている。

だが、彼女のそれは血族から滲み出る有無を言わせぬ高貴さ、一般人が至る事の出来ない至尊じみた存在そのものが美しさの基準となっているのであって、決して誰もが求められるものではない。

 

 そういう点で言えば、昼過ぎの帝都の街を歩くこの女性は、文字通り”高嶺の花”ではあるものの、特段跪拝(きはい)を促すような人物ではない。

 

 しかし、それでも立ち行く人が皆見惚れる。すれ違った人は元より、カフェテラスで優雅なひと時を過ごしていた人物や、たまたま建物の窓から外を覗いていた人、導力トラムの窓際に立っていた人など、異性同性老若男女問わず彼女の姿を見た瞬間にこう思うのだ。―――綺麗だ、と。

 

 

 僅かにウェーブした腰元まで伸びる空色のストレートヘアー、主張し過ぎない程度に乗った化粧がどこか儚げにも見える美を一層強調しており、まずそれだけで人々の目を引く。

 女性らしいその肢体を覆うのは髪色を薄くした色合いの涼しげな印象を与えるワンピース。薄く花柄が刺繍されたそれは、風が吹いて裾が靡く度に清廉的な美しさを無意識に、無造作に周囲に振りまく。

その清楚な服装を彩るのは、両足の銀色のミュール、左手首のブレスレット、そして首から吊り下げられ、胸元に輝く七耀石(セプチウム)が埋め込まれたブローチ。

 傍から見ればその装いは深窓の令嬢以外の何者でもなく、しかし彼女が普段から持ち合わせる凛然とした雰囲気がいい塩梅でのミステリアスさを醸し出し、更に周囲を魅了する。

浅く被られた白のつば広帽子を軽く抑えて、女性は車道側の道を歩いて自らをエスコートする少年を見やる。

 

 真紅の学生服を着た少年だ。160リジュ後半に差し掛かる女性より低い身長であり、一見すると女性の隣に居るには相応しくないようにも見える。

だがその容貌は、女性とはまた違った意味で別種の空気を漏れ出させていた。

 顔立ちは幼さを残した童顔ながらも、それとは相反するように浮かぶ大人びた表情が目に留まる。毛先だけが銀色の特徴的な黒髪に覆われるようですれ違った程度では分からないが、右目を覆い尽くす黒の眼帯が、彼を見た目通りの人物だと侮るな、という危険信号を発している。

 

 街に出て来た貴族の令嬢と、それを護衛する騎士。

 

 彼らの姿を正しく認識した人々のイメージは、概ねそういったもので間違いはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 女性の容貌を見て驚く―――そんな行動を取ったのは一体どれくらい前だったかと考える。

 

 レイ・クレイドルは生まれこそそれ程特殊なものではなかったが、育ち方は波乱万丈以外の何物でもなかった。その過程で、人智を超えた存在など腐るほど目にしてきたし、人がヒトである以上辿り着けないであろう領域に足を踏み入れた女性がいたのである。それを思えば、異性の行動に不覚を取られることはあれど、容姿を見ただけで数秒もの間、我すらも忘れて呆然とした表情を晒したことはあまりない。

 

 だが今―――時間にして約8秒間たっぷりと、レイは自らの前に現れた女性を前に声を失った。

 

 

「ど、どうですか? わ、私としては恥ずかしすぎて顔から火が出そうなのですが……」

 

 恥じる姿が、余計に彼女の魅力を跳ね上げる。≪結社≫に居た頃、知人が「ギャップ萌えって最高だよな」などと抜かしていた事を今になって思い出した。あの頃は外見上でも何でもなく本当に年齢的に幼かったために理解は出来なかったが、事ここに居たって漸く理解できた。

普段露出の少ない服装をしている怜悧な印象を持つ美人が最大限に着飾ると―――こうも変わるものなのかと。

 

「お、おぉ……こ、これは流石に予想外だったね」

 

 今まで社交界で数多の美女を見て来たはずのオリヴァルトですらもたじろぐという相当稀少な状況が広がっているのだが、生憎と今のレイにそれを冷やかす余裕はない。

着飾る、と言っても化粧を濃くしたわけでもなければ装飾品をジャラジャラと着けているわけでもない。髪はサイドテールを解いて梳いただけだろうし、ともすれば彼女本来の姿を最大限に輝かせるために少しばかり付け足しただけに過ぎないのだろう。

 そしてそれを為した中心人物である少女は、彼女の隣に立ったまま俯いてプルプルと震えている。

 

「……お兄様、レイさん」

 

「あ、あぁ」

 

「なん、でしょう」

 

「わたくしが言い出しっぺとなってした事とはいえ……―――とんでもない宝石の鉱脈を掘り当ててしまった気分ですわ」

 

 顔を上げるとそこには、やりきったという充足感に浸った恍惚とした表情が浮かんでいた。見れば周囲に居るメイドたちもどこか平静を失いかけているように見える。

 それ程までに、クレア・リーヴェルトは劇的にその美しさを昇華させていたのである。

 

「アルフィン殿下…………ありがとうございますッッッ‼」

 

 気付けば反射的にレイは体を腰から90度に折って深々と、それこそ一分の隙もない見事なまでの礼をしていた。

するとアルフィンはそれに対して「とんでもございません」と返す。

 

「むしろお礼を言わなければならないのはこちらの方ですわ。―――わたくし、今までにないくらいに興奮致してしまいました。これは、そう、昔幼いセドリックに女の子の服を着させて遊んでいた頃の高揚感に匹敵します‼」

 

「次期皇位継承者に女装……」

 

「考えない方が良い。今でも偶にセドリックはアルフィンの着せ替え人形になっている事があるからね。勿論今は男性用の服だが」

 

 よもや大国の次期皇帝が自分と同じ目に遭わされていたということに親近感を覚えながらも、レイは再びクレアに向き直った。

そして、思ったことを素直に、衒いの感情など混ぜずに告げる。

 

「綺麗だぜ、クレア。その、なんつーか、いや、マジで驚いた」

 

 特に考えない状態で言ったために不調法な褒め言葉になってしまったが、それでもクレアの表情を照らすには充分だった。

しかし同時に、レイはある種のプレッシャーを感じていた。今の彼女はそれこそ、大貴族の御曹司の許嫁であると言ってしまっても過言ではないほどの気品のあるオーラを放っている。これから自分はこの女性と並んで街を堂々と歩かなければならないのだと考えると、それ相応の雰囲気をこちらも纏わなくてはならない。

 釣り合わない男女―――そう思われるのは屈辱的だ。

 

「あ、ありがとうございます、レイ君。そう言ってもらえると私も―――キャッ⁉」

 

 瞬間、普段履き慣れていないミュールを履いたまま駆け寄ろうとしたクレアがバランスを崩した。即座に受け身を取ろうと右手を伸ばすものの―――その体を真正面から優しく支えられる。

 

「大丈夫か? 慣れてないんなら他の靴を履いても……」

 

「い、いえ、大丈夫です‼ もう慣れましたから、えぇ‼」

 

 自分よりも低い身長でありながら、右手を腰に回しただけで軽く支えてしまう。ケルディックの時などに何度もこの少年の体に触れる機会はあったはずなのに、今はなぜか、それが今までにないくらいに男らしく見えてしまう。

 

 そんなやり取りをしていると、オリヴァルトが近くに控えていた執事に対してどこか懇願するような声色で何かを伝えていた。

 

「あぁ、すまない。コーヒーを持ってきてくれ。うん、紅茶じゃなくてコーヒー。勿論ブラックで。濃度は五倍。後ミュラー君を呼んで来てくれ。今は何故か、殴られて意識飛ばしたほうが良いんじゃないかと思えてきた」

 

「姫様、姫様ァ‼ あぁ、こんなにもお鼻から血を流されて……ッ。大至急ハンカチを持ってきなさい‼」

 

「メイド長、メイド長。メイド長も鼻血凄いです。滝みたいになってますよ」

 

「そういうあなたも結構出てるわよ。……あ、私もか」

 

 鼻血を垂らしながらもとても良い笑顔のままふらりと倒れたアルフィンを介抱しようとする、これまた血塗れのメイド達。一瞬にして応接間は地獄絵図(ある意味)に変貌してしまった。

 もはや苦笑していいのかも分からない状況が展開されたが、レイはそのままクレアの手を引いて応接間を後にした。先導をしてくれているメイドの後を追いながら、隣の女性に向かって呟くように言う。

 

「今日一日、夕方まで俺はお前のモノだ。どこへなりとも連れまわしてくれ、お嬢様(フロイライン)

 

「っ~~。わ、分かりました。エスコートはお願いしますね、レイ君」

 

「御意に」

 

 いつも通りの意地の悪い―――しかし澄み切った笑顔を浮かべたレイは、迷うことなくそう応えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 

 

 

 

 クレア・リーヴェルトは、今現在間違いなく24年間の人生の中で一番大きい幸福感を味わっている。

そう自覚しているからこそ、笑みを抑え込むことができなかったし、足取りもこれ以上ないくらいに軽い。今なら軽い緊張感も相まって良い指揮を執る事ができそうだと思い立った瞬間、クレアは口元を軽く抑えた。

 今は任務を終えて非番の身。メリハリをしっかりとつけるというのを日頃から心がけている上に、今自分の横でエスコートしてくれているのは、自分が恋焦がれている少年なのだ。仕事の話で遮るのは、無粋以外の何物でもないだろう。

 

 女性の扱いには慣れていないと、彼は会う度にそう言う。百戦錬磨の色事師や社交界の華型達に比べれば自分などそこいらの一般人とそう変わらない、と。

だがクレアからしてみれば、それは違うと断言できる。どこの世界に女性の扱いに不慣れでありながら三人、もしくはそれ以上の異性から熱烈に求愛されて理性を保っていられる男がいるのだろうか。

どこまでも真摯に、どこまでも誠実に、女性と付き合うという事の意味を理解し、それでいて自分はまだそれに相応しくないという。馬鹿だ阿呆だと罵られる事すらも予想の範囲内だと割り切って、それでもなお愛したいと囁く女性たちに対して、出来る限り紳士であろうとする。

 それが、そんな事が出来るのが、17歳の少年なのだ。自分より7つも年下ながら、この世界に跋扈する闇の深くまで入り浸って、それでもなお光の世界に戻って来た勇者。

それを本人が聞けばしかめっ面を作るだろう。勇者、英雄、彼はとかく自分がそう呼ばれることを嫌う人種だ。

表立って自分を卑下する事はないが、稀にぽろりと、自分が信頼を置く人物の前で漏らす事がある。どれだけ自分が脆弱な存在かという事を。

 

 

「(でも、私は彼の弱さに辟易するなんて事はありえない)」

 

 

 訪れたのは、帝都最大規模の百貨店『プラザ・ビフロスト』。高級雑貨、喫茶コーナーにブックストアなど、様々な店舗を内包するこの建物は、休日だという事もあって実に大勢の客が来店している。

しかしそんな客らも、クレアの姿を一目見るや否や道を譲る。若い男性は見惚れるような視線を、若い女性は羨望の眼差しを、老紳士や老婦人などはエスコートされる彼女を見て微笑ましい笑みを向けてくれている。まるで貴族の令嬢のようだ。

主に貴族を相手取って『革新派』の尖兵としての役割を担っている自分がその気分を味わう事に少々皮肉じみた感情を抱いてしまったのは確かだが、クレアとて妙齢の女性である。このようなシチュエーションを夢見なかったわけではない。

 だからこそ、今自分を微笑んだままエスコートしてくれている少年が、愛おしくてたまらない。

 

「少し、休むか」

 

 たっぷりと二時間ほど店内の様々な商品を見回った後、レイは頃合を見計らったようにそう言った。

 買ったものは特にない。そもそも物的欲求が薄いクレアにとって衝動買いは性に合わないし、物を買って行動が制限される方が今は惜しい。

いわゆるウインドウショッピングというやつだったが、普段はあまり気に留めないような商品を見れただけでも彼女にとっては新鮮で、満足だった。唯一心に引っかかったことと言えば澄んだ藍色のブローチが綺麗に見えて一瞬目を奪われたくらいだが、それも時が経つにつれて忘れてしまう。

 

 人がいない、窓際の席に座って外の様子を茫としたまま見ていると、数分ほど席を外していたレイが帰って来て、クレアの対面の席に腰掛けた。

 

「ふぅ、帝都の人入りは相変わらず激しいな。参っちまう」

 

「嫌いですか? こういう雰囲気は」

 

「いや、悪くない。騒がしさの中にも気品がある。こういった街は居て損をするモンじゃねぇさ」

 

 そう言って、アイスコーヒーの入ったグラスをストローで掻き回す。踊っていた氷が、カランと風情な音を鳴らす。

そう言えば、と、クレアは店内を見渡してから、思い出した事を小さい声で紡いだ。

 

「レイ君と初めて会った場所もこの百貨店で……夏でしたね」

 

「―――そうだったな。尤も、内装は一新されてるし、平和的に出会ったわけでもなかったが」

 

「ふふ、そうでしたね。あそこでレイ君と出会わなかったら、私は今ここで幸せな気分を味わっていなかったでしょうし」

 

 現状の幸福を噛みしめながら、クレアは6年前の出来事を懐古する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それは、クレアがまだトールズ士官学院に通う士官候補生だった頃。

 

 うだるような暑さが東部を支配していた時期、彼女は自由行動日を利用して外出届を申請し、一人で帝都を訪れていた。

特に何かがあったわけではない。たまたま所属していたクラブが活動休日となっており、手持無沙汰になっていただけの事。ただそれだけがここを訪れた理由かというと、実はそうではない。

 

 少しばかり、気疲れしていたのだ。

 

 今でこそそれ程露骨ではないのだが、クレアが在籍していた頃のトールズは貴族生徒と平民生徒の溝がかなり深かった。生徒会長を務めるのは爵位の高い貴族生徒であり、それ以外の委員会の上層部も貴族生徒で固められていた。

 そのような状況下でも、クレアは努力を積み上げる事を決して忘れない。既にこの頃から才能を開花させていた、無謬に回答を導き出す頭脳、そしてそれに追従した戦闘能力。それらを以てして彼女は平民生徒という立場で常に最上位の成績を叩き出してきた。相手がどれ程影響力の高い貴族の嫡子であったとしても関係ない。自分はただ、自分の為すべきことをするだけだと、そう信じてひたすら結果を求めて来た。

 しかし、それを貴族生徒が快く思うはずもない。

元より出生のプライドが先走る連中がほとんどであり、平民だというただそれだけで見下し、蔑む。それが下卑た行為だと気付くどころか正しい在り方だと勘違いし、増長する。そんな彼らからの妬み嫉みを、クレアは受けていた。

 あからさまな虐めなどを受けた記憶はあまりないが、陰口を叩かれることは日常茶飯事。平民のクセに粋がっている。身の程を知れという言葉を突きつけられる。被害報告をしようかと考えた事もあったが、何せ生徒のトップに立つのがその貴族だ。それを考えると馬鹿らしくなってしまい、寮の一室で溜息を吐く回数も自然に増えていた。

 

 幸いだったのは、クレア・リーヴェルトという少女がその程度の精神攻撃を苦にしない精神力を持ち合わせていたという事だ。

それら一切を相手にせず、ただひたすらに自分の実力だけで以て最善手を導き続ける。いつしか表情も乏しくなってしまったが、それすらも耳に入れはするものの聞き流す。

 

 

 ―――氷のようだと、誰かが言った。

 

 

 幾ら精神力が高かろうが、それでも年頃の少女には変わらない。大手企業の令嬢であるという異色の出生こそあるが、それでも人間である限り、思う所が全くないわけではない。

何故ここまで古い習慣に固執できるのだろうか。何故血筋が良いというだけで他の人間を劣等だと見下す事ができるのか。何故―――ここまで高貴である事に拘ろうとするのか。

 

 そんな事を考えていたら、自然と足が帝都へと向いていた。普段はしないような気晴らしでもして心の中の靄を晴らしてしまおうと、ただそう考えていただけに過ぎない。

そうしてクレアは、セミロングの髪を揺らしながら、百貨店の中へと足を運んだのである。

 

 その日は、少しばかりいつもとは違うイベントが催されていた。

清廉潔白な性格と庶民派な言動が市民の心を掴み、帝国政府内で当時人気が高かった政治家、カール・レーグニッツ。そんな彼が視察という名目で百貨店を訪れていたのである。

当然、その人気も相まって店内は大勢の人達で賑わっており、クレアは品物を見る気持ちなども失せてしまい、カフェテラスで一服をしてから店を去ろうと思っていた。

 しかし、ちょうど彼女がアイスミルクティーを飲み終えた頃、事件は起きた。

 

 

 店内に鳴り響く銃声、そして爆発音。

それらの轟音が客たちの声を悲鳴へと変えた瞬間、数名の武装集団が窓ガラスを割って店内に侵入して来たのである。その全員が自動小銃を装備しており、中には携行型の対戦車擲弾を装備した者もいた。

 クレアは一目見て、彼らが生半可なテロリストではないと判断した。突入する際の手際の良さと言い、室内で空調の度合いも加味して煙幕(スモーク)を使用した事と言い、明らかに素人に毛が生えた程度の人間が行える技ではない。

交戦しよう、と一瞬考えたものの、武器は勿論携帯しておらず、戦術オーブメントも自室に置いたまま。つまり、完璧に丸腰の状態だった。体術にもそれなりの心得はあったが、複数人のプロを相手にできるほどのモノではない。下手に刺激するよりもまずは従う事にして、情報を拾う事に専念した。

 

 そうして得られた情報は二つ。

 一つは彼らの要求だ。逃走する際の妨害を一切しない事。そして本命は―――カール・レーグニッツの身柄の拘束と拉致。

そこで身代金を要求しない所で、クレアはある一つの事実に至った。彼らは既に金銭を貰って雇われている身、即ち猟兵なのだという事だ。

 そしてもう一つは、人質である自分達が抵抗しようものなら射殺を厭わないという事。

なるほど、確かに猟兵らしくはあった。目的のためならば手段は選ばず、女子供であろうとも構わず惨殺する。運悪く、人質となっている客は百は下らない。身動きは、取れなかった。

 

 カール・レーグニッツの判断は早かった。

自分の身柄はどうとでもしていいが、市民に傷はつけるな、と。それは噂に違わぬ潔白さの証明であり、猟兵たちもそれを了承し、身柄の拘束に入ろうとした時―――耳を劈くような泣き声が周囲一帯に響いた。

 出所は両親と共に店を訪れていた幼い少女。その行動を責める事は出来ない。幼い子供にとって人質にされるという状況は精神的に厳しいものがあり、感情を刺激してしまうのは仕方のない事だった。

だが、猟兵の一人がそれに過敏に反応する。煩い、目障りだ、さっさと黙らせろと、殺気も纏わせてそう言い放つ。

少女の両親はそれに頷いてはいたが、子供を泣き止ませるのに逆効果だという事は素人のクレアにも分かった。

 険悪になる空気。泣き止む気配のない子供に堪忍袋の緒が切れたのか、猟兵は子供に銃口を向け、引き金に手を掛ける。それを見た両親が盾になって娘を庇おうとする刹那の瞬間、クレアは地面を蹴って走り出し、その猟兵に肉薄していた。

 

「させま―――せんッ‼」

 

 動いた理由は何だったのだろうか、今でも正しくは分からないが、きっと自分の中の燻っていた正義感がそうさせたのかもしれませんねと、彼女は後にそう語っていた。

 油断していてがら空きの鳩尾に一発。しかしそれは意識を刈り取るまでには至らず、別の仲間が即座に放った銃弾が、クレアの肩に被弾した。

 

「ぐ―――うぅぅっ‼」

 

 熱かった。

これが撃たれた感触なのかと冷静に分析する自分に若干嫌気が差した瞬間、クレアは地面に叩きつけられていた。

 終わったと、諦めの状態に入るまでは早かったのを覚えている。自分らしくもなく、衝動的に動いて失敗し、そして死ぬ。全く、らしくない状況で生を終えるのだと、薬莢が地面に落ちる金属音を聞きながら、自己採点での反省を繰り返していた。

だが不思議と、悔いはない。―――そう思って目を伏せかけた、その時だった。

 

 

 

 

 

 

「人間野球、プレイボ―――――ル‼」

 

 

 声色は高くありながら、何故かちっとも無邪気には聞こえない物騒な単語が聞こえた瞬間、クレアを押さえつけていた男に猛スピードで飛ばされて来た仲間の猟兵が弾丸となって接近し、見事に吹っ飛ばされた。

 流石に数秒は自体が把握できずに呆けていると、そんな彼女の目の前に二人の人間が降り立った。

 

「いやー、案外上手く行きますね。人をノックみたいに打つとか斬新すぎてちょっと痺れました」

 

 一人は、第二次性徴を迎えるか迎えないかといった年頃の少年だ。毛先だけが銀色になった特徴的な髪色に、何故か夏だというのにマフラーを首に巻いている。そして右手には、身長の1.5倍はあるだろうかという鞘入りの長刀を携えていた。

 

「貴様、刀は丁寧に扱えといつも言っておろうが。≪盟主≫から賜ったばかりの(ソレ)に傷をつけようものなら儂や主殿の面に泥を塗る事になるぞ?」

 

 そしてもう一人は、対照的に長身の女性だった。燃えるような真紅の髪を後頭部で一括りにしたその人物は、銜えた煙管を上下させながら、少年をジロリと睨む。

 

「いや、スンマセン、師匠。何かランチタイム邪魔されてイラッと来てたんで。……というかそういう師匠もガラスの破片がスープの中に入った時キレかかってましたよね。マジギレ5秒前でしたよね」

 

「戯けが。儂がその程度の些事で平常心を崩すと思うか。何、ちと灸を据えてやろうと思ったまでよ」

 

「世間一般ではそれをキレるって言うんですよ」

 

 緊迫した状況に似合わない軽口の叩き合いに、今度は猟兵も含めて呆然とした時間が数秒過ぎる。

その間にその少年は、くるりと体を反転させてクレアの上半身を起き上がらせると。首に巻きつけていたマフラーを躊躇う事無く千切って手際よく止血を済ませた。

幸い弾丸は抜けていたようで、未だにジリジリとした痛みはあるものの、意識を飛ばす程のものではない。

 何だ、この少年は、と思い始めた直後、彼は先ほどまでの人を食ったような笑顔から一変、大罪を懺悔するかのような悲しそうな表情を浮かべ、クレアだけに聞こえるような声で告げる。

 

「ごめん」

 

「……え?」

 

「撃たれる前に助けられなくて、ごめん。不意を突かれて初動でしくじるとか……情けなさすぎる」

 

 一体何を言っている?

助けられたのはこちらで、寧ろこちらが謝罪と礼をすべきなのだ。それなのにこの少年は、まるで自分が全て悪いかのような声色で、そう言ってきた。

 

「動けるか?」

 

「え、えぇ。何とか」

 

「なら他の人たちを頼む。一応眠らせておいたが(・・・・・・・・)、流れ弾に当たったりしたら事だからな」

 

 その言葉に驚いて振り向くと、確かに少年の言うとおりの光景が広がっていた。

百余名の人質。老若男女全てが寝息を立てて倒れている。命に別状はないということは、見ただけで分かった。

 

「何故、私は眠らせなかったの?」

 

「アンタの抵抗力(レジスト)が強かったんだ。俺の【茫幽】を苦も無く弾き返すとか……中々アーツの使いに長けてるみたいだな」

 

 そうして少年は立ち上がる。懐から数枚の紙を取り出して、それを前方へと弾いた。

 

「【其は城壁 鏑の矢と鉛の弾と玉鋼の刃を悉く弾き 久遠に至らぬ恩恵を (つわもの)共に授け給う】―――」

 

 寡聞に聞いたことのない詠唱と共に、弾かれた紙が淡い光を放ち始める。それを危険だと判断した猟兵達は、再び一斉に銃口からマズルフラッシュを放った。

 

「―――【堅呪・崩晶(くえひかり)】」

 

 しかしその弾丸が二人を蜂の巣にする前に、紙を起点として発生した薄水色の水晶の壁が鉛玉の一切を受け止めた。

その非現実的な光景に敵が狼狽えた隙を見逃さない。二人はほぼ同時に一歩を踏み出したかと思えば、次の瞬間、クレアの視界から消えた。

 

「―――え?」

 

 コンマ数秒、否、それ以下かもしれない時間の経過。思わず口から出てしまったその言葉が届く先にあったのは、為す術もなく吹き飛ぶ猟兵達の姿。そして、その中心に立つ二人。

世界が、スローモーションになって見えた。いつの間に抜刀していた少年がチン、という音を立てて納刀すると共に武器がまるで食材のように細切れにされ、手刀を繰り出した女性の攻撃は全員の急所を違えず突いていた。

 

「殺しはせぬよ。元より我らも旅客に過ぎん。それに、うぬらには雇い主を吐いて貰わねばならんのでな」

 

「三流猟兵如きが吠えるなよ。せっかく嫌なことスパッと忘れて楽しもうとしてたのに……この落とし前どうやってつけてくれるんだ? あぁ?」

 

 圧倒的な強者が、そこにはいた。

自分があれほど怖いと思っていた連中を脅威どころか歯牙にもかけず、数秒も要さずに悉く無力化してしまった。

 

 月並みな言葉にはなるが、疼いたのだ。

自分は恐らく、あそこまでの境地に至る事はできない。武芸に関しては中の上、行けて上の下が関の山だ。

だがそれでも、力は必要になる。障害を跳ね除け、自分が求める結果を得るためには、相応の覚悟とそれに伴う力が要る。

 ならば自分が研ぎ澄ますべきは? 膂力? 否。剣術? 否。

 長所がないと言い張るほど、彼女は自分に対して悲観的ではなく、それを自覚している。

得手と不得手。それを冷静に客観的に俯瞰するだけの能力はある。しかし今、クレアは眩しく見えていた。

 

 市民の安全を脅かし、命を躊躇いなく奪う者らを前に臆さず怯まず、命を守りながら一掃する強さ。

そう在りたい(・・・・・・)と願っていたはずだ。軍人を志して士官学院に入学した時から、ずっと。

なのに、いつからか周りを鬱陶しく思って、その目標を見失っていた。国民の笑顔を守るために、国の平和を保つために。その為に、精進していたはずだったのに。

 

 

「……あ、というか師匠。コレマズいんじゃないですか? 多分後数分もすれば遊撃士か憲兵隊が集まってきますよ。とっととトンズラした方がいいですって」

 

「む。あぁ、そうか。無念だ。帝国産の葡萄酒は粒揃いで有名なのだがな」

 

「あー、もう。それはまたの機会でいいでしょう? ここで見つかったらまたメンド臭い事になります。卿に怒られますよ。三時間くらい正座バージョンで」

 

「よし、帰るぞ弟子よ。あやつの説教は粘着質じゃからな。聞きとうないわ」

 

「いっそ清々しいくらいに裏表がないですね、師匠」

 

 そんな会話を交わして、二人は転がっている猟兵を邪魔だと言わんばかりに足蹴にしながら裏口の方へと歩いて行く。

その背に向かって、クレアは声を絞り出した。

 

「待っ……て‼」

 

 その声に、女性は振り向かずにそのまま歩いて行く。彼女は知っていたのだ。呼び止められたのは自分ではないという事を。その代わり、少年が立ち止まり、振り向いた。

あどけない容貌を残している。いや、実際そんな年齢なのだろう。肝が据わっているとか、人智の慮外に足を踏み入れていた剣術を扱うとか、そう言った思わず目を疑いたくなるような事実を除けば、その少年はどこにでもいそうな子供だった。その右目の部分を覆っている眼帯は、些か似合わないのだが。

 

「君、は? 君の名前は……?」

 

 気付けばクレアは、そう問いかけていた。

 

 誤解の無いように訂正しておくと、彼女はまだ、この時点で彼に好意を抱いていたわけではない。

ただその力に、その目に、憧憬の念を抱いていただけだ。彼のように純粋に強くなりたいと、ただそう思っていただけ。

一言で言えば、目標のようなものだった。出会ってから1時間も経っていない、助けて貰ったのは確かだが敵か味方かも完全にははっきりしていない人物にそう問いかけるという行為は、普段のクレアであれば絶対にしなかっただろう。他ならぬ彼女が錬磨していた警戒心と緊張感が、それを許さなかったに違いない。

 無視されるのを覚悟で投げかけた言葉に、しかし少年は少し小首を傾げて逡巡した後、口を再び開いた。

 

「―――レイ。俺の名前はレイだよ。苗字(ファミリーネーム)までは言えない」

 

「……レイ。レイ、ね。……ありがとう。私を、私たちを助けてくれて」

 

「八つ当たりみたいなモンだ。憎まれこそすれ、感謝される事じゃない」

 

「それ、でも……言わせて頂戴」

 

 ―――ありがとう。

 それを口にした瞬間、クレアの意識は張り詰めた糸がプツンと切れたかのように失われた。

目を閉じる直前に目にしていたのは、どこか悲しそうな目をしていた、少年の顔。

 

 何故かそれだけが、ずっと脳裏に焼き付いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――*―――*―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カラン―――と、再びグラスの中の氷の塊が躍った音を聞いて、二人は懐古の世界から浮上して来た。

 

 互いに互いの顔を覗き込んで、同じタイミングで笑う。

 

 

「いやまったく、あン時の俺はまだガキだったな。何せ11歳だぜ? 笑っちまうよ」

 

「何を言ってるんですか。―――格好良かったですよ。あの時のレイ君も」

 

 そう言われて悪い気はしない。しないが、今のクレアに微笑みながら言われると、若干洒落にならないのだ。

本人にしてみれば全くの無意識なのだろうが、その仕草一つ一つが異性同性問わず虜にする威力を秘めているのだ。少しは自覚して欲しいと、切に心の中で訴えかける。

 

「……あの後、お前は確か」

 

「えぇ。”複数の猟兵に立ち向かい、傷を負いながらも孤軍奮闘した勇敢な士官候補生”として祭り上げられてしまいました。まったく、あの時は罪悪感を感じるどころではなかったですよ」

 

「立ち向かったのは本当だろ? お前が庇わなかったら、少なくともあの女の子は助からなかったわけだ」

 

「それは……」

 

「なら、お前は”英雄”だったよ。少なくともあの場では間違いなく、な」

 

 含むところもなく、意地の悪さもなく、勿論嘲笑するわけでもない。そんな純度100パーセントの笑みを浮かべて、レイはそう言い放った。

 さて、もう今日だけで何度目だろうかと自問自答する間もなく、クレアはその表情に魅入って、頬を赤く染めた。

成長が遅いと本人も嘆いている姿を何だか目にした事があったが、未成熟のこの時点で笑顔一つがこれだけの破壊力を持っている。これがもし成長し、精悍な容姿となった上での言動ならば、恐らく気絶できるだろう。

無論、それは今のレイを物足りないと言っているわけではない。反射的に抱きしめてしまいたいと思う欲望を残っていた理性を総動員して抑え込む。

 

 つまるところ、同じなのだ。

 レイもクレアも、自身の魅力に関しては思考の埒外で、鈍感。故に互いに思うのだ。「もう少し自覚してくれ」と。

 

 その欲望を振り払うように、クレアは「次のお店に行きましょう」と言って席を立つ。カウンターで代金を払おうとバックに手を掛けたが、それよりも早くレイが会計を済ませてしまう。

「見栄くらい張らせてくれ」と言うレイに対して、やっぱり慣れているじゃないですか、と心中で頬を膨らませたクレアだったが、その後訪れた服飾店などでのウインドウショッピングなども心の底から楽しんだ。

レイの見ていない所でショーウインドウに飾ってあった純白のウエディングドレスを見て妄想をし、頭の中が再びオーバーヒートしかかるなどの事態もあったが、空が夕暮れに染まりかかる頃には、二人は再び皇城の中へと戻っていた。

 その一角、オリヴァルトとアルフィンの許可を貰って訪れていたサロンで、クレアは浅く、レイに頭を下げた。

 

「レイ君。その……今日は付き合って貰ってありがとうございました。お蔭で、とても楽しい一日を過ごせました」

 

「どういたしまして。俺も楽しかったよ。入学してからこの方、特別実習以外で外に出た事はなかったからな」

 

「ふふ。息抜きはどんな時にも必要ですよ。一応優等生で通っていた私も、たまの休日には街の外に出ていましたから」

 

「参考にさせてもらう。―――あぁ、でも」

 

 レイは側面がガラス張りになっているテラスの窓から視線をずらして、どこか物悲しげな笑みを浮かべる。

 

「少し、惜しいな。あぁ、本当に、ここまで無心で楽しめたのはいつぶりだよ」

 

「レイ君……」

 

「っと、悪い。愚痴るつもりはねぇんだ。ただ、やっぱり、な」

 

 今感じている幸福を、”重い”などと言うつもりは毛頭ない。

久方ぶりに心の底から楽しめた。その相手が級友ではなく自分を慕ってくれている女性の一人とのデートだという事に否が応でも自身の節操のなさを自覚させられるのだが、それでも楽しかったことに疑いはない。

 だから、最後の最後まで目の前の女性には最高の笑顔のままでいて欲しい。そう願ったレイは、制服の上着の中に入れていたあるものを取り出し、クレアに渡す。

 

「これ……あのお店の」

 

 百貨店の中でクレアが一度だけ目を止めた、藍色のブローチ。

装備品の類ではない、ただの装飾品。ただデザインが気に入ったという理由だけで目を留め、しかし先行していたレイを待たせられないという理由だけで諦めた代物。

それをレイは見逃していなかった。喫茶コーナーにクレアを待たせていた数分の間に、こっそりと購入していた物を今、彼女に渡したのだ。

 

「まぁ、その、何だ。職務中に着けるわけにはいかないだろうからよ。とっておいてくれるだけでも俺は嬉しいんだが」

 

「……勿論です。えぇ、勿論ですよ。大切にします。宝物にします。だから―――」

 

 コツ、とミュールの踵が大理石の床を叩く音と共に、レイの唇はクレアのそれと重なっていた。

それは浅い、それこそ啄むようなキスだったが、黄昏空を背景に交わされて、数秒後に離された。するとクレアは、熱を孕んだ目でレイを見やる。

 

「これはお礼です。ありがとうございました」

 

 ただそれだけを告げて、クレアはテラスの外へと出て行った。恐らく、衣装を返却しに行ったのだろう。

レイは気が抜けたかのように設けられていたイスに座り込み、ただぼうっと天井を見上げていた。それを続けてどれくらい時間が経った頃だろうか、テラスに再び人が入ってくる。

 

 

 

「や。随分と楽しんだようじゃあないか。不躾な訪問を許してくれよ」

 

「別にいいよ。ここを用意してくれた礼もある。……だけど、何だ」

 

 アレは反則だろう、と心の中で叫ぶレイを見ながら、オリヴァルトは「青春だねぇ」とどこか感慨深い言葉を漏らした。

 

「さて、現実に引き戻すようで悪いが、もう君はトリスタに帰るんだろう?」

 

「あぁ、まぁな。第三学生寮(ウチ)は別に門限は設けてないんだが……遅れたらメシ抜きになる。それは嫌だ」

 

「はは。それは死活問題だ。―――なら一つ、頼まれてくれないかい?」

 

「?」

 

 何を頼む? と怪訝ながらもオリヴァルトに向き合った。その口調からして無茶難題を押し付けようという訳ではないのだろうが、それでも警戒はしてしまう。

そんなレイに対してオリヴァルトはなおも苦笑の表情を崩さない。

 

「実はアルフィンの親友が急遽トリスタに足を運ぶ事になってね。丁度いいからレイ君、護衛をしてあげてくれないかな?」

 

「は? いや、ちょっと待て。姫様の親友って事は貴族だろ? そんなの俺に頼むよりも他に適任が―――」

 

「ところがね、これが君にも少なからず関わっている事なんだよ。―――どうぞ、入ってくるといい」

 

 オリヴァルトの入室を促す声と共に、テラスに入って来たのは一人の少女。

 

 その装いは帝都に存在する名門学校、『聖アストライア女学院』の制服。それを一分の隙もなく悠然と着こなしている。

長い黒髪と薄青色の瞳は、貞淑でありながらどこか一本芯の通った意思を感じさせる。それでいて礼に聡そうな雰囲気を醸し出しており―――レイは何となく、この少女の正体が分かってしまった。

 

「お初にお目にかかります。エリゼ・シュバルツアーと申します」

 

 似ている。否、リィンの話によれば血は一切繋がっていないはずなのだが、それでも根本的な所で似通っている。

その真面目さ、その胆力が、リィンと思いっきり重なるのだ。あぁ確かにこの二人は兄妹だ。頭の固い貴族共はそうは認めないだろうが、少なくともレイの目には、血の繋がった家族にしか見えない。

 

「この度は私の我が儘にお付き合いいただき、申し訳ございません。しかし早急に、兄に会わなくてはいけない理由が出来てしまいまして」

 

 そしてこうも思った。リィンよ、お前この妹に対して何をやらかした、と。

上手く、それこそレイですら注視していなければ気付かないほどに巧妙に隠されてはいるが、今目の前の少女は憤っている。不満が溜まり、噴火しかねないほどに。

だからこそ、オリヴァルトは自分に依頼したのか、と理解する。現時点で生徒の中で一番リィンと近しいのは自分であり、案内させる事に適任だと判断したのだろう。全く以て英断だ。

 

「こちらこそ宜しく、レイ・クレイドルだ。気にする事はない、ついでの様なものだ。案内させてもらうよ、エリゼ嬢」

 

「ありがとうございます。えっと、レイさん、とお呼びしてもよろしいですか?」

 

「ご自由にどうぞ」

 

 ともかく今は、心の中で渦巻いているこの熱気を一刻も早く冷まさなければならない。

そのため、見知らぬ人物と行動を共にする事に否はない。レイは、快くその依頼を受けたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――同時刻、帝都駅構内 鉄道憲兵隊 司令所

 

 

 

 

 

「ぐ……ふぅっ」

 

「ど、どうしたんだドミニク少尉‼ 血塗れじゃないか‼」

 

「いや、これは……鼻血⁉ ま、まさか……」

 

「ほ、本日の収穫はこのメモリーの中に…………しかし、心して見るようにして下さい」

 

「「「「「「「「「「(ゴクリ……)」」」」」」」」」」

 

「隊員として、決戦に挑む覚悟で。でなければ―――死にますよ」

 

「……エンゲルス中尉、閲覧許可を」

 

「私達、覚悟はとうにできております」

 

「殉職など覚悟の上。我らはこのデータを拝見する義務があります」

 

「その通り。例えここで命を散らそうとも」

 

「「「「「我らは、大尉の姿を目に焼き付けねばなりません‼」」」」」

 

「……その覚悟、しかと受け取った。ならば―――見るぞ」

 

「「「「「サー・イエス・サー‼」」」」」

 

 

 

 

 

 その数時間後、まるで正体不明の敵に襲撃を受けたかのように大量の血の海に沈む鉄道憲兵隊の隊員が発見され、帝都駅は一時、騒然とした空気に包まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




……主人公に対する「爆死しろ、一片も残さず塵となれ」等の感想は感想欄にお願いします。あー、クソ。書いていて自分で砂糖吐くかと思いました。

まぁ、幸せならばそれで良し、って事で。この小説にR-18タグつけてなくて良かったなーと思いました。


あ、鉄道憲兵隊諸君はより一層結託が強まったそうです。ヨカッタネ。

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