英雄伝説 天の軌跡 (完結済)   作:十三

44 / 162





「小物じゃけぇ寧ろ怖い。憎まれっ子世に憚るっちゅうてのォ。心根のくだらんモンがアホほど力持っちょる方が、ヤバさは洒落にならんと思わんか?」

                  by 壇 狩摩 (相州戦神館學園 八命陣)











布石の一つ

 レイ・クレイドルという少年は、基本的に初対面の相手と一定の交友関係を築くのが上手い。

 

 それは彼が今まで培ってきた処世術と経験に裏打ちされた技術であり、信用・信頼はともかくとして、ものの数十分もあれば大抵の人間は彼に程度差はあれど心を許す。

それは言い換えてしまえば尋問官としても優秀な才能を持っているという事なのだが、昨今はめっきりそういった物騒な方面でその才能を使うことはなくなった。

 対象となる相手と手っ取り早く交友関係を築く方法は、趣味、もしくは共通点を合わせるという事だ。話し相手が自分と同じ嗜好性を持っているという事が分かれば、必然的に口は軽くなる。そのため、本気で情報を引き出そうと画策している時は例え表面上であったとしても全力で会話を合わせに行く。当然、心の中では面白く思っていないのだが。

 だが今は、そういった苦悩からは完全に外れて、楽しんでいた。

 

 

 

「それでですね、兄様ったら酷いんです。指に傷がついたら大変だーとか言って、一時は料理もさせてくれなかったんですよ」

 

「マジか。うわーマジか。シスコンって事は分かってたけどここまで群を抜いた超弩級シスコンだとは思わなかったわ」

 

「心配していただくのはありがたいんですけど……度が過ぎると思うんです」

 

「ま、アイツはクソ真面目だしなぁ。愛されてるって事だろう?」

 

「まぁ……それは分かっているんですけど」

 

 帝都発、トリスタ行きの列車の中で、レイは同行することになったリィンの義妹、エリゼ・シュバルツァーとすっかり打ち解けた様子で会話を交わしていた。

当初はそれこそ彼女は兄の同級生と一緒という事でどこか余所余所しい態度でレイと接していたのだが、列車に乗り込んだ後にレイが何とない様子で聞いてきた「なぁ、妹のアンタから見たリィンってどんな奴?」という言葉が効いた。

 そこから彼女の口から出てきたのは愚痴70パーセント、惚気話30パーセントという内訳のマシンガントーク。一見清楚そうに見えて実は結構苛烈な思考を持っているという事にレイは多少驚きはしたが、引くほどではなかった。何より、二面性を持った人物など、珍しくもない。

 むしろレイは積極的に聞いていた。手元にはメモ帳とペン。その状態で質問をしながら聞いているその姿は見ようによってはインタビューをする新聞記者にも見えるだろう。

まぁ尤も、腹の中で「このネタで1年は弄り倒せる」と考えているあたり同情の余地はないのだが。

 

 とは言え、だ。

 色々と愚痴を溢してはいるが、彼女がリィンを心の底から信頼しているという事は充分に伝わってくる。そして信頼しているからこそ、彼女は今、兄に対して憤っているのだろうという事も。

当の本人であるリィンが何をしたのかは知らない。だが、恐らく彼が無意識に彼女を心配させるような事を手紙にでも綴っていたのだろう。流石に詳細までは兄妹間のプライベートに抵触するため、聞く事はなかったが。

 愛されてるなぁ、と半ば呆れ交じりの苦笑をしてから、レイは手元のメモ帳をパタンと閉じた。

 

「ま、気持ちは分かるがね。アイツの事だ、どうせ昔っから律儀で一本気な性格だったんだろ? シュバルツァー男爵の教育が良かったんだろうし、出会ってたかだか数ヶ月の人間が何を偉そうにと君は思うのかもしれんが―――アイツ、モテるだろ」

 

 ピクリ、とエリゼの肩が震えた。

マズい、地雷を踏み抜いたか、と思ったが、これは言わずにはいられない。

勿論自分が何か言える立場ではない事は重々承知の上なのだが、それでも取り敢えず彼の身内には一応聞いておかなくてはならない。

 最近アリサがどうやら熱っぽい視線をリィンに送っていた事は知っていたし、それを見ていたシャロンが「奥様、お嬢様のお婿様候補がいらっしゃいます」とイリーナに報告していた事も知っている。この一族は外堀から徐々に埋めにかかるアリジゴク式の恋愛が好みなのだろうかと遠い目をしたものだったが、それは今はどうでも良い。被害者の一人としてリィンには同情せざるを得ないが。

 そこに加えてアルフィン殿下。彼女の場合は未だ好奇心の域を出ていないのだろうが、何せ立場が立場だ。本気で奪いにかかれば一瞬で掻っ攫われる事は目に見えている。まぁ、あの姫様の性格からしてそこまで強引な手段は取らないだろうが。

 そんな皇女殿下の”親友”であるという目の前の少女。恐らくリィンの事を姫様に話してしまった本人だろう。その表情を見る限り後悔などは微塵もしていないみたいだが、その行為はライバルを作った(・・・・・・・・)ようなものだ。それも、とびっきりの強敵を。心中穏やかではあるまい。

 

「(お前も一々厄介事を持ち込むのが好きだねぇ。ま、これも俺が言えた義理じゃあないんだけどさ)」

 

 常にからかってはいるものの、厄介事の数、密度、頻度で言うならばレイの方が数段上手だ。それでも敢えて自分からのアドバイスは控えておく。

これも経験だ。せいぜい悩んで答えを出して見せろと、同い年の青年に心の中で激励を送る。

 

「……兄は、その、学院で気になっている方とかはいるのでしょうか?」

 

「さあ? そればっかりはどうとも。真面目なのはいいが異性からの好意にはほとほと鈍感だからなぁ、アイツ」

 

「―――それはつまり、兄から好いている女性はいなくても、兄を好いている(・・・・・・・)女性はいる、という事ですか」

 

「さて、どうだか。思春期の人間なんざ軽いモンだよ。家柄とか、功績とか、そういうモンに目ぇつけないでただ容姿が良ければ惚れ込む奴らが大抵だ。そういう意味では、そうかもしれないが」

 

 受け流すようにそう言ったレイだったが、目の前の少女の勘の良さに思わず瞠目しそうになった。

 成程確かに、上の家族がが持ちえぬモノを下の家族が有しているとは良く言ったものだ。否、彼女の場合、単に好いている兄に近づく女性に対して過敏になっているだけのようだが。

つくづくリィン(ヤツ)は厄介な檻に放り込まれたものだな、と思ってしまう。他人に対しての観察眼が鋭いアリサに、旺盛な好奇心を実現させる為に必要な胆力と行動力を有しているアルフィン、そして、幼い頃から共に過ごして来たが故に兄の行動を、性格を知り尽くしているエリゼ。誰一人を取ってしても容易に御しきれる女性ではない。

 

「まぁそれは、君がその目で見て確かめるのが一番手っ取り早いだろ?」

 

「……えぇ、確かにそうですね。すみません、レイさん。疑い深く聞いてしまって」

 

「構わない。級友の妹の頼みなら断らないさ。どうせアイツも、君と鉢合わせれば見てて面白いレベルで狼狽えるだろうぜ」

 

「ふふ、そうですね。目に浮かびます」

 

 そう言って窓の外を眺めるエリゼに釣られてレイも外を見ると、見覚えのある景色が広がってきた。恐らく後数分でトリスタに到着するだろう。

それを理解したレイは、徐に窓を少しばかり開ける。そして空いた左手で式神(しき)用の呪符を取り出すと、小鳥の形に変形させて、窓の空いた場所から外に向かって放る。式はすぐに飛び立ち、トリスタの方角に向かって羽ばたいて行った。

 

「レイさん、今のは……?」

 

「手品の応用みたいなモンだ。行き違いにならないようにリィンを探しに行ってもらった」

 

「流石に手品の一言で騙されるほど、私は鈍くはありませんよ?」

 

 当たり前だ。それで騙せるのは相当な阿呆か、世間知らずくらいなものだろう。

しかし彼女としても、深く追求しようとしていないのは見ていて分かる。だからレイは、悪戯っぽい笑みと共に返した。

 

そういう事にしておいてくれ(・・・・・・・・・・・・・)

 

「……ふふ、分かりました。そういう事(・・・・・)にしておきます」

 

 察しの良い人物というのは無論の事話が進みやすい。

彼女の場合、それは女学院で身に着いたものなのだろう。皇女の親友で、付き人のような事をしていれば、必然と知らなくても良い事まで知ってしまうし、要らぬ妬み嫉みも吹っかけられることだろう。

それらを今まですり抜けてきた彼女が、察しが悪いはずがない。

”詳しく話すわけにはいかないからこれ以上は聞かないでくれ”という要望を直ぐに聞き取り、口を引っこめた。

 話術、交渉術の才能という点で言えば、彼女は兄を凌ぐだろう。強かさが垣間見えるが、それを不快とは思わない。

良い妹を持ったな、と思っていると、車内アナウンスが鳴る。帝都を出発しておよそ30分。多少想定外ではあったが、レイはトリスタへの帰路に着いたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 トリスタ駅を出てすぐ、レイは式神を呼び戻す。それによるとどうやらリィン達はいつもの通り旧校舎探索を終えて帰る所らしく、エリゼには学院までの道順を教えてそこで一旦別れた。

 一旦別れたのは、第三学生寮に用があったからである。ちょうど帰って来た(・・・・・)感覚が伝わって来たため、なるべく早急に話をしなければならない。できれば、リィン達がいない今この時に。

そうして寮の玄関を開けると、まるで待ち構えていたかのように、そこにはシャロンがいた。彼女はいつも通りの深々とした礼で出迎えてくれたのだが、付き合いの長いレイには分かった。

 

「お帰りなさいませ、レイ様。うふふ、どうやら楽しんでこられたようですね(・・・・・・・・・・・・・)

 

 さてどこから情報が漏れたのだろうかとかいう疑問は、このスーパーメイドを前にした時は愚問と成り果てる。

何せ彼女はラインフォルト家の専属メイド兼会長秘書。情報収集及び整理はお手の物であり、何だったら今回だって最初から最後まで見られていたのかもしれない。少なからず浮かれていたあの状況では、完全に隠形を発動させた彼女を見つける事は不可能に近い。例え背後に立っていたとしても、だ。

 もしくは現場に居ずとも状況から導き出された推理だけでカマをかけているのかもしれないが、いずれにしても虚を突かれて数秒黙ってしまった時点で負けである。両手を軽く掲げたまま再び彼女の姿を見てみると、笑みは浮かべたままに音の一つも立てずに頭上のホワイトブリムを取った。

 

 それは、彼女が他ならぬ”ただの”シャロン・クルーガーとして接する合図であり、基本的にレイ以外に見せる事はない。

切り替えた(・・・・・)彼女が浮かべているのは前述通り変わりのない笑み。しかしそこに含まれている別の感情を、レイは読み取る事が出来た。

 怒り―――否、それは僅かな拗強(ようきょう)

一言で言ってしまえば、拗ねているのだ。

 

「罪な人です。クレアさんはさぞ幸福な時間を味わったのでしょうから、今度は私も、ね?」

 

「お、おう。了解。というか、アレだな。随分と積極的で」

 

「ふふっ、私だって好きな人がデートをしていたら……嫉妬ぐらいはするんですよ?」

 

 その証拠に、と言ってから23という歳からは考えられないほどの妖艶な雰囲気を纏ったままレイの顎筋を繊手でなぞり、ごくごく自然の流れのまま―――その唇を奪った。

至近距離から顔を覗いてみれば、双眸を閉じたその顔はほんのりと赤らんでいる。まるで、自分色に染め上げるかのような情熱的な行為は十数秒続き、離れる。

満足したような表情をしているシャロンとは対照的に、レイは自虐的な笑みを浮かべた。クレアと交わしたそれの残り香は、今完全に”上書き”された。為すがまま、されるがままの自分というのが―――堪らなく情けなくなってくる。

さらに情けないのが、自分がそれを拒まなかった、という事だが。

 

「私も負けられません。えぇ、負けられませんから、これからは少しばかり大胆に行かせて貰うかもしれません。それでも―――」

 

 それは、紛れもない本音だ。”メイド”である時の彼女は霧のように、或いは柳の枝のように茫としていて掴ませないそれを、彼女は今叩きつけようとしていた。

 

「あなたは私を、嫌いにならないでくれますか?」

 

 否と、そう答えられる男が果たしているだろうか。或いはそれすらも織り込み済みで言って来ているのかもしれないが、馬鹿でしょうがない男だという自覚があるレイは、それに無言で頷いた。

 シャロンはただ一言、「そうですか」と言ってから離れ、再び”メイド”へと立ち戻る。一分の隙もない、いつも通りの彼女がそこに立っていた。

 女性は生まれながらにして誰もが女優だ、とは上手く行ったものである。根っこが単純な男とは違い、女性は誰しも自分しか知り得ない真意を心の奥底に留めておくことができる。

シャロンはその点に関してはプロ中のプロであると言える。十重二十重に壁を用意し、自身の真意を曝け出すのは、本当に心から信頼した人物の前のみ。それすらも普段は表面に出す事はない。

故に彼女は無論の事、己の本心を曝け出すべきそのタイミングも重々承知している。サラやクレアとは違い、自らが相応に魅力的な容姿をしている事も理解しているし、それをどう使えば目の前の愛しい少年を為すがままの状態にできるかどうかも分かっている。それでも一人だけ抜け駆けをしないのは、彼女自身この状況を少なからず楽しんでいるからだろう。

 

「―――リィンに客が来てる。夕食を一緒にするかどうかまでは知らんけど、一応気を付けておいてくれ」

 

「承りましたわ。レイ様はご自室に?」

 

「あぁ。誰にも近寄らせないように(・・・・・・・・・・・・)頼む」

 

「かしこまりました」

 

 理由は聞かず、ただそれに頷いて了承する。その様子を見てからレイは階段を上がって自室へと戻り、鍵をかけた。

 瞬間、部屋の壁・天井・床の全てが不可思議模様の薄い膜に覆われる。まるでシャボン玉の中に取り込まれたかのような景色が広がる中、レイはベッドの上に腰掛ける。

すると、目の前に黄金の炎と共に彼女が現れる。レイの唯一の一等級式神シオンは、いつものような飄々とした雰囲気を沈め、恭しく頭を下げた。

 

 

「ただいま戻りました、主。少々長引いてしまい、申し訳ありません」

 

「色々頼んだのはこっちだからな。構わねぇよ。―――それで、どうだった?」

 

「はい。ヘカテ殿が入手した情報によりますと、既に”彼ら”は様々な猟兵団と契約を結んでいるそうです。中には≪北の猟兵≫や≪ニーズヘッグ≫、≪赤枝の獅子≫などの有名どころも招聘しているようです」

 

「……笑えねぇな。集めた数によっちゃ小国と戦争が出来るレベルだ」

 

 顔を顰めてそう吐く。金にモノを言わせて集めようとしている武力は、過剰と言っても過言ではない。どの猟兵団も、少しでも戦場に身を置いた経験がある者ならば聞いた事のある名前ばかりだ。

即ちそれは、捨て置く事が出来ない存在であるという事。顎に手を当てたまま黙っていると、シオンは報告を続けた。

 

「そして、≪赤い星座≫の傘下であるクリムゾン商会がクロスベルの旧ルバーチェ商会本部を買収したそうです。……時に主、自治州に於いて5月末に州議会議長のハルトマンを始め、多数の議員が逮捕された件についてはご存知ですね?」

 

「あぁ。クロスベルタイムズにも載ってたしな。それがどうかしたか?」

 

「その事件の裏に……どうやら≪教団≫の人物が関わっていたようでして」

 

 その情報を聞いた瞬間、レイは口角を釣り上げた。

しかしそれは、純粋なものではなく、どこか狂気じみたものを連想させる笑み。その意味を知っているシオンは、複雑そうな表情を浮かべた。

 

「クク、そうかそうか、あのクソ共まだ生き残りがいやがったか。ったく、相変わらずゴキブリ並にしぶとい連中だよ。あの時(・・・)きっちりきっかり潰して潰して粉微塵にしたはずなんだがなァ。どこのどいつだ?」

 

「っ……ヨアヒム・ギュンター。旧≪アルタイル・ロッジ≫にて『蒼の錠剤』の研究に着手していた人物です」

 

「あぁ、ヤクの研究者か。あそこは確かアリオスさんと警察の連中が鎮圧した筈だったか。―――それで、表沙汰に名前が出てこないって事は始末したんだろ?」

 

「はい。例のクロスベル警察特務支援課と……クロスベル支部に出向していたヨシュア殿とエステル殿が」

 

「―――そう、か」

 

 すると、滲み出ていた狂気の靄が薄まる。シオンが気付かれないように胸を撫で下ろすのと同時に、レイは背中からベッドの上に身を投げ出した。

 

「あー、駄目だ駄目だ。これから支部にも情報交換の要請しないとなぁ。あいつらにもいつか礼をしないと……と、その前に」

 

「はい」

 

≪赤い星座≫(あのヤロウ共)クロスベルに入る気だな。まぁ遊撃士の情報網を使えばこれくらいの事は想定済みだろうが、あいつらが関わって荒事が絡まないはずがねぇんだよな。流石に帝国(コッチ)にまで手を伸ばす、なんて器用なマネはしないだろうが」

 

「私もそう思います。しかしそれよりも目下は……」

 

「分かってる。―――ところで、ヘカテは身内の事に関しては言ってなかったのか?」

 

「…………」

 

 シオンは数秒ほど黙り込んだ後、おずおずと言った風に首を縦に振った。

 

「お考えの通り、です。”彼ら”から≪マーナガルム≫も契約を持ち掛けられたそうです。ヘカテ殿は門前払いをしたようですが」

 

「まぁ、当然だろう。金を払えばどうとでもなると思ってる馬鹿共と繋がれば虐殺紛いの事もさせられるだろうよ。それが分からないほどアイツも馬鹿じゃない。伊達に長い事団長やってねぇだろうし」

 

「はい。……それで、ヘカテ殿から主に伝言がございます」

 

「うん?」

 

「『コッチも少しばかりドタバタしてるが、私達は私達の道を貫かせてもらう。だから、大将は気にせずに学生生活を楽しんでくれ』―――との事です。心配しておられましたよ、ヘカテ殿は勿論、≪マーナガルム≫の方々は皆、主が気を揉んでいらっしゃる事を心配なさっていました」

 

「……ったく、今の”大将”はお前だろうによ。だけどまぁ―――もう引けねぇんだよなぁ」

 

「では、オリヴァルト殿下との交渉はもう?」

 

「あぁ、手を貸すと決めた。最初はそりゃ帝国のゴタゴタなんざどうでもいいと思ってたんだがな。どうにも居心地良く思えて来やがった。何より―――」

 

 脇に置いていた刀袋から愛刀を取り出して握り締める。片手でクルリと一回転させてから、力強く鞘尻を床に叩きつけた。

その姿は座した状態ながら、戦場へ赴く前の軍人を連想させ、シオンは思わず喉を鳴らした。

 立ち戻った(・・・・・)のだ。最盛期には程遠いが、ともあれ己の主は決意をした。自身が進む先にある隘路(あいろ)、それを排除しなくてはならない、と。

 

「―――こんな俺を慕って愛してくれる女達が守りたいと切に願っている国を、俺が切り捨てられるわけがねぇだろうが」

 

 それが俺なりの恩返しだ、とでも言いたげに、レイ・クレイドルは静かな声色でそう告げる。

いつだってそうなのだ。この人物は、義務感などには囚われない。贖罪と言う体裁で動くことは間々あるが、それとて例外ではない。

 彼は、彼自身の意思でしか動かない(・・・・・・・・・・・・・)

オリヴァルトと同盟を結んだから? そうしなければならなくなったから? 否、断じて否だ。自分がそうしたいと腹を括ったからこそ、シオンを情報収集のために飛ばし、自身も警戒網を常に張っていた。

 

 

「とは言え、先手は完全に取られてる。相手の手札は綺麗に揃っているのに、こっちはワンペアが精々だ。仕込みは少なく見積もって十年単位ってトコか?」

 

「打つ手は既に封じられている、と?」

 

「まさか。千年単位で妄執燃やしてやがるどこぞの錬金術師共よりかはマシだ。可愛いモンだろうよ」

 

 だが、それでいても個人であるレイが対処しようとする案件にしては些か以上に手に余る。

『結社』が絡んでいるのなら尚更だ。常人がその頂に君臨する存在の裏を掻く事は絶対に不可能。加えて厄介な呪いに蝕まれている以上、こちらから情報を流す事も出来ない。

 故に、張り巡らせなければならないのだ。出来うる限りの人脈と情報網を使って、最悪の事態は回避させなければならない。

”まだ”個人的な恨みがあるわけではないが、土壇場で後悔させる準備をするのである。お前たちは回してはいけない人間を敵に回した。精々後悔しろと、そう真正面から突きつける準備。

 

「いよいよキナ臭さが充満して来やがった。お前を本格的に動かす。いいな? シオン」

 

「御意に。この身は既に主の従僕なれば。如何な任務も承りましょう」

 

 膝をつき、首を垂れるその姿は、まさしく王と従者のそれであった。

 そしてレイがパチンと一回指を鳴らすと、不可思議模様の結界は容易く解除される。外界との接続を遮断していたそれが消え去ると共に、扉が控えめに叩かれる。

機を待って行われたと思えるそれにベッドから立ち上がり、扉を開ける。そこには、シャロンが立っていた。

 

「どうした?」

 

「ただ今、アリサお嬢様からARCUS(アークス)通信で要請が。エリゼ・シュバルツアー様が行方不明になってしまったとの事で、レイ様にもご協力を、と」

 

「何やったんだあの馬鹿(リィン)……」

 

 呆れたようにそう言うと、レイは自室の窓を開け、取り出した十枚程の呪符を放り投げる。小鳥型に変化した式神は、エリゼの姿を探すべく飛び立って行く。

直接的な接触があればより正確に対象者の居場所を探れるが、対峙して声を聞き、人となりを理解しただけでも充分と言える。程なくして見つかるだろう。

 しかし、その瞬間胸中に嫌な予感が引っ掛かる。故にレイは刀を携えたままに、走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 

 あまり進みませんでしたねー。申し訳ありません。

 

 そういえばこの前感想欄で「レイ君のモデルは鋼の錬金術師のエドですか?」と言われたのですが、成程確かに似ているかもしれません。たぶん声もそんな感じです。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。