英雄伝説 天の軌跡 (完結済)   作:十三

46 / 162
いやー、ホント。ノリって怖いですね。

実は今回とあるテキスト型アドベンチャーゲーム(Vita版)のBGMの一つである『空ヲ亡ボス百ノ鬼』という曲を聞きながら書いておりましたら悪ノリしました。


一応言っておきます。


今回最終回じゃないですよ‼





天狐の試練

 

 

 

 

 七月某日、天候は快晴。

 不快にならない程度の暑さの下、学院生は勉学と鍛錬に勤しむ。時に真剣に、時に友人と談笑しながら、切磋琢磨して互いを高めあっていく。それが、学生としてのあるべき姿だ。

 そしてそれは、規律に縛られた士官学院生であっても例外ではない。……はずだった。

 

 

 

「ぅ……ぐ……」

 

「痛い……メチャクチャ痛いわ……」

 

「……やっぱ強すぎ」

 

 広大なグラウンドに転がっているのは死屍累々の生徒達。普通に倒れている者もいれば、クレーターの中に埋まっている者もいる。九名の内、意識が残っているのは五名。

 リィンはアリサに肩を貸しながら立ち上がり、フィーは糸で引っ張られた傀儡のように再び臨戦態勢に入る。ラウラは大剣を構え直し、ガイウスは静かな闘気を漲らせている。

前衛が四人に後衛が一人。魔導師タイプのエマとエリオットは揃って目を回してリタイアしているため、根性で生き残ったアリサだけが頼みの綱という状態だった。

既に凄惨な様相を呈しているグラウンド。攻撃の余波で幾つかのクレーターが形成され、焦げ臭い臭いが充満している。五人が揃って睨みつける先は未だ砂煙に覆われているが、その先に打倒すべき目標がいる。即ち、今回の実技試験の相手役だ。

 倒れている仲間は本来ならば今すぐにでも助けるべきなのだろうが、生憎とそれが罷り通るほど生易しい相手ではない。警戒心を限界まで張り巡らしていると、漸く砂煙が晴れてきた。

 

 

 

善哉(よきかな)善哉(よきかな)‼ やはり若人は成長が早い。それも流石は主の見込まれた方々ですな。正直、ここまで食い下がられるとは思いもよりませんでした」

 

 

 煙の先に鎮座していたのは、豪奢な着物を身に纏った金髪の美女。普通の人間には着いていない狐耳と金色の二本の尾は、ゆらゆらと風に揺れている。

 

 レイ・クレイドルが従える唯一の一等級式神、シオン。彼女は少し崩した状態の座禅を組んだまま、重力を完全に無視したように宙に浮いていた。

といっても遥か頭上というわけではなく、目線はガイウスとほぼ同じくらいだろうか。そして彼女は、試験が始まっておよそ二十分。その場所から僅かも動いていない(・・・・・・・・・・・・・・・)

 

「くっ……」

 

 悔しげな声を絞り出したリィンがガイウスと視線を交わして駆け出そうとするが、そんな余裕は与えないと言わんばかりに、彼女の周囲で形成された五つの火球が飛来する。

速いが、決して躱せないほどではない。リィンの合図で各自が散開して回避し、一撃を与えるために肉薄しようとするが、不規則に動く二本の尾が金色の光を放つと共に、リィンとガイウスの進行上に爆発的なエネルギーが着弾する。それを直感で理解した二人は、ギリギリのところで飛び退いて回避した。

 

「フムフム、勘が鋭くなって参りましたな。尤も、察しの速さはまだ遅い。実戦であれば戦闘不能になったお仲間を助ける余裕もなければなりませぬ。ならば畢竟、このような事態に陥っている事こそが既に悪手と言わざるを得ません」

 

 そんな彼らに、シオンは交戦相手として迷う事無く辛辣な評価を下す。しかしそれは、中途半端に甘い評価を下されるより確実にリィン達の糧となった。

 そもそも、一撃で人を戦闘不能に陥れる力を持った先程の攻撃でさえ、シオンにとっては自己防衛の攻撃(・・・・・・・)に過ぎない。現に彼女は今も両手は膝の上で印相を組んだままであり、詠唱の一つも口にしていない。その状態でレイを除いたⅦ組全員を相手取り、未だそよ風の中に居るような態度を崩していない。

 

 甘く見ていたわけではなかった。あのレイが一切の信を置く式神の枠に収まらない筈の存在。あのサラを以てして「規格外」と言わしめる彼女がまさか斥候や諜報本面に能力を特化させているわけがない。

 だがそれを差し引いても、強い。レイやサラとは異なり、近づく事すら許されない(・・・・・・・・・・・)

 

「さて、この程度で手詰まりな筈はありますまい。疾く私に一撃を入れねば、試験は永遠に終わりませぬぞ?」

 

 再び彼女の周囲を取り囲むように、九つの火球が生まれる。

 恐らく今まで最高難易度の試験を前に、リィンは挽回の手立てを思考しはじめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 

 

 

 

「あーい、んじゃ今回も今回で実技試験を始めるわよー。……あー、頭痛い」

 

「あ、もしもしシャロン? あぁ、うん。サラの奴がまた二日酔いで試験受けさせようとしてっからさ、一週間禁酒でよろ」

 

「アンタアタシを殺す気⁉」

 

「サラ教官、顔が本気だな」

 

「自業自得だ。そのまま酒断ちでもした方が身のためじゃないか?」

 

「ゆ、ユーシスも言うね」

 

 

 エリゼの一件があってから二日後、Ⅶ組の面々とサラは、もはや定番となって慣れてしまったやり取りを交わしながら、グラウンドに集まった。

最初の頃に比べれば各々余裕というものが生まれて来たが、それでも緊張感は切れていない。伊達に地獄の実技教練を潜り抜けているわけではなく、どんな状況でも一定の緊張感は持って行動するようになっていた。

 

 一週間では下手をするとサラの健康に害を及ぼすと考えたレイは禁酒の期間を三日間に縮めて迫ってくるサラを押し戻した。これで学生寮内での飲酒はシャロンが見逃さないようになったが、後はトマス教官辺りにも根回しをして飲み会に誘わないように言い含めておく。余裕があればナイトハルト教官にお目付け役になってもらう事も視野に入れていると、サラがトボトボとした足取りで元の位置に戻った。

 

「あー、もう、オニ‼ アクマ‼」

 

「試験前日に二日酔いになるまで飲む社会不適合者に言われたくねぇよ」

 

「いや、あの、二人ともその辺で。なんか変な空気が漂って来たので」

 

 クラス委員長(エマ)に諭されてそれもそうだなと矛を収める二人。仕切り直してサラは、全員を見渡して一つ息をついた。

 

 

「はいはい。今日の試験だけど……まぁぶっちゃけアンタ達フルボ―――扱かれた所為でそこそこ強くなって来たし、正直戦術殻程度じゃ強さ計れなくなって来たのよね」

 

「今絶対フルボッコって言おうとしていたな」

 

「まぁ、本当の事だし反論できないんだけどね……」

 

「そんな訳でコンビ組んでもらって総当たり戦でやろうかと思ったんだけどね。それより良い案があるって、そこの小さいのが言ってきたの」

 

「お前ホントいつか海に沈めるぞアル中」

 

 自身の矮躯を指摘されてキレかかるレイはいつもの事だったが、彼を除いたメンバーはその瞬間、体を強張らせた。

何せ今まで危うく冥土の川を渡りかねない程の特訓メニューを考案して来た彼が、遂に実技試験にまで進出して来たのである。これが恐怖でなくて何と言うのだろうか。

 するとレイはそんな彼らの心の声を重々承知していたのか、いつものような意地の悪い笑みを浮かべる事もなくヒラヒラと手を振った。

 

「あー、別に無茶な事させるつもりはねーよ。ただどうにも最近俺が危惧してることがあってだな」

 

「? どういう事?」

 

「慣れだよ、慣れ。お前ら何だかんだで俺の扱きに着いて来れるようになったし、実力だって上がってる。正直そこいらの大型魔獣相手にしても慢心しなきゃまず負ける事はねぇだろうさ」

 

 思わず頬が緩みかける何人かを見て、「だけどな」とやや強い口調になって続ける。

 

「怖いのはここからだ。訓練を積む際に古今東西問題になるのは慣れでな。どんな厳しい修行でも数ヶ月もすれば当たり前になってくる。お前らで言えば教練の時の相手はいつも俺かサラだからな。それはちとマズい。何がマズいか分かるか? リィン」

 

 いきなり話を振られたリィンは、しかし狼狽える事なく数秒考え、答えを導き出す。

 

「レイもサラ教官も、近接主体のタイプだから―――魔導士タイプの相手との経験が不足してる、って事か?」

 

「ご明察。まぁ俺の呪術は基本的に防御とか捕縛とか、ついでに封印とかそっちの方に偏ってるし、サラのアーツは手加減って言葉度外視のモンばっかだから無理。いっそ委員長とエリオット組ませてアーツ弾幕地獄パーティーさせようかとも思ったけど万が一があったらヤバいのでこれも却下」

 

「回復主体のエリオットはともかく、エマ君の攻撃アーツは洒落にならないぞ……‼」

 

「味方としては頼もしい事この上ないが、敵に回るとなると恐ろしいな」

 

 それに関しては、レイも充分に認めていた。

広範囲回復のみならず水属性と空属性のアーツの練度も上がって来たエリオットはパーティーには必須の存在であり、そしてエマは火属性と幻属性を中心として全属性の攻撃アーツを器用に使いこなす天才肌。その身に宿す魔力の絶対値が多い事もあって、魔導士としての素質は限りなく高い。

 だがこの二人、まだ手加減をしつつ尚且つ全力に近い攻撃を放つ、という次元にはまだ至っていない。精緻な魔力のコントロールと出力調整がモノを言うこれは、充分経験を積まないと可能にはならないのだ。

 

「だから、プロを呼んだ。なに、心配するな。俺の呪術の修行にも付き合ってくれた事があるし、実力は折り紙付きだ」

 

「え、それってまさか―――」

 

 アリサが頭の中に浮かんだ人物(?)の名前を言おうとしたところで、刹那、時が停止した。

 瞬間的にグラウンドに張られる広域結界。レイの扱う【幻呪・虚狂】と同じ認識阻害の能力が付与されたそれは、”範囲内の出来事に部外者が関心を持たない”というシンプルながらも高度な術式で組まれており、それを維持する呪力を提供しているのはレイだが、展開した本人は、いつの間にかリィン達の前に座禅を組んだまま浮遊していた。

 

「さて皆様、朝方ぶりですな。不肖このシオン、此度の実技試験の相手役として召喚されました。このような姿勢で申し訳ない」

 

「い、いえ。お疲れ様です、シオンさん」

 

「ふむ、シオン殿が相手役か。これは我らも腹を括らねばならんな」

 

 長い金髪を風に靡かせながら莞爾に微笑むその姿は幾ばくかの月日が経った今ですら生徒達を魅了しているが、流石にこの状況で見惚れるほど愚かではない。

一番最初に武器を構えたのはフィー。未だ相手は臨戦態勢にも入っていないというのに、彼女の頬には一筋の汗が伝っていた。

その理由は、リィンにもすぐに理解できた。普段とは違い、彼女の全身から膨大な量の呪力が放出されている。それこそ、油断をしていればすぐに呑まれてしまうだろう。

 それを全員が理解し、臨戦態勢に入るまで数秒。その様子を見てシオンは鷹揚に頷いた。

 

「宜しい。各々方戦気は上々、僅かな狼狽もなし。ふふ、僅かな月日でどなたも戦士らしい顔つきになられた」

 

 シオンが現在腰骨の辺りから現出させている金色の尾の数は、二本。挑戦的に笑う姿は、成程確かに主人に似通っていた。

 気付けば、レイとサラは少し離れた後方に移動していた。

恥ずかしい姿は見せられない。そう決意していると、その二本の尾が、徐に茫と光を放った。

 

「―――ッ‼ 皆避けてっ」

 

 フィーの珍しい大声に全員が瞬時に反応、対応した。

聞こえたのは、地を抉る音が二つ。まるで戦車砲が叩き込まれたかのような轟音の後、全員が言葉を失っていた。

 今対応できたのは、恐らくシオンの攻撃を予測していたフィーの言葉があったからだ。もし何の前準備もなかった状態だったのなら、為す術もなく数人は巻き込まれていただろう。

予備動作と言えば、尻尾が僅かに光ったのみ。シオン自身は全く動いておらず。恐らく動くつもりすらない。

 

「ほう、重畳重畳。この程度は避けて貰わねばなりませんな。

皆様方の勝利条件は私に一撃を入れる事。無論全員参加です。さて―――魔導士ではないこの身ですが、精々期待に応えられるよう尽力いたしましょう」

 

 ゴオッ、という音と共に現れたのは、半径が2アージュ程もある巨大な火球。それが三つ。

 思わず唾を嚥下した。確かにこれはマンネリを吹き飛ばす催しにしては充分過ぎる。全員で挑むことが、僅かのアドバンテージになるとも思えない。

だが、開戦早々悲観的な感情に囚われていては勝てる戦いも勝てなくなってしまう。そう強く思い、リィンは太刀を握り直した。

 

「教導は久方振りでして、加減は致しますが手緩く行くつもりは毛頭御座いません。覚悟は宜しいですかな?」

 

「……はい。宜しくお願いします」

 

 そうして、死力を尽くす試験が幕を開ける。

 しかしリィン達は、自分たちが抱いていた覚悟。それが甘かったという事を、数分後に骨の髄まで味わされる事となるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぶっちゃけ、一撃当てられる可能性はどんだけあると思ってんのよ、アンタは」

 

「さぁな。でも”二尾”の状態のアイツなら今のリィン達でも攻撃を目で追う事はできる。つーか、勝ち目がない戦いを試験にするわけねーだろうによ」

 

 腰に佩いた刀の柄頭をトントンと指で叩きながら、レイはサラと共に戦いの趨勢を見守る。

 

 まず最初に脱落したのはエリオットとマキアス。これはただ単純に身体能力の問題だった。決して避けられなくはない速度で迫って来るとはいえ、その分攻撃範囲と威力は高い。火球と衝撃波の両方に気を付けながら相手の隙を突くというのは集中力とそれを可能にする身体能力が必要だ。それに当てはめると、二人は集中力という点では及第点だったが、後者が足りなかった。

 そして順繰りにエマ、ユーシスと脱落していった。エマは言わずもがな二人と同じ理由であり、ユーシスは唯一残った後衛要員のアリサを庇って攻撃を食らった。

その判断は間違っていない。ユーシスは近接とアーツの両方をこなすオールラウンダーだが、完全に支援に徹するとなると不得手だ。彼はおそらくアリサが巻き込まれそうになった瞬間に、この戦いにおいて自分とアリサのどちらが残れば勝率が上がるかというのを客観的に思考して、体を動かしたのだ。戦術眼という点では充分及第点にあたる。

 

 今回、レイに課せられた役目は採点役だ。この厳しい戦闘の中で各々がどう動き、それが点数に繋がるかどうかを判断する。

それはある意味、彼らの教導の一役を担っている彼への試験のようなものだ。単純な戦闘能力が桁外れな以上連携の度合いなどで判断すべきところなのだろうが、それすらも問題ないと来れば後は教導者としての責任感で判断するしかない。

 

「今のところ、アンタから見てどうなのよ」

 

「エリオットとマキアスはあと一歩ってところか。戦略上で貴重な後衛が早々に潰れたら戦闘は苦戦する。その分委員長はよく保った方だ。ユーシスは言わずもがなだろ。自己犠牲なんて青臭いモンじゃなくて、アイツは戦況をコンマ数秒で冷静に俯瞰して、判断した。脱落したのは惜しかったな」

 

 故に滔々と、レイは評価を連ねていく。

”朝練”参加者の中で、唯一中距離戦もこなせるのがユーシスであり、他の面々とは違う視点で戦況を見る事ができる。彼を失った今、一歩引いた場所から把握できるのはアリサしかいないが、そんな彼女もそろそろ体力切れだろう。覚束ない足取りで躱せるほど、シオンの攻撃は甘くない。

 

 そもシオンは本来後衛も前衛もこなせる極めたオールラウンダーだ。今こそ完全に固定砲台としてリィン達を迎え撃っているが、彼女が一度自身の能力で作り出した業炎の剣を手に取って参戦すれば恐らく数分と保つまい。

 さてどう動く、と思っていると、ラウラとガイウスが一瞬だけ視線を合わせて左右にそれぞれ動き、半円を描くようにしてシオンへと走る。

無論、そのままでは衝撃波の餌食となることは容易に想像できたが、二人はそれも折り込み済みだった。

二尾の反応が二人へと向く。その隙を狙って、ラインを繋いでいるリィンとフィーが飛び出した。

 

 本来、戦術的な観点から言えば、フィーとラインを繋いでより高い実力が発揮できるのはラウラだ。ラウラの一撃の重さはⅦ組の中でもレイを除けば一番であり、それでいて動きは鈍くない。高い敏捷力で戦場を駆け抜けるフィーと組ませれば、最高に近くなる。

 だが、今の彼女らにそれは叶わない。ユーシスとマキアスの時のようにリンクが断絶する、という事はないものの、不安定な接続だという事は誰が見ても理解できた。

そんな状態ならば繋がない方がいい、というのは些か暴論だろうとも思うが、他ならぬ彼女たちがそう判断してしまったので、レイは何も言えなかった。

 

「シオンの二尾の動きを封じにかかったか。ま、確かにリィンとフィーなら火球を潜り抜けて辿り着けるだろう。……でも悪手だ。こればかりはどうしようもない」

 

 レイがそう呟いた瞬間、シオンの呪力が更に跳ね上がった。思わず目を見開く面々を眺めるシオンの表情は穏やかなままだったが、そこに微かな戦う者としての笑みが混じった。

 

喜ばせた(・・・・)な。さて、そうさせたあいつらを褒めるべきか、堪え性のないバカ式神を怒るべきか」

 

「どっちもでいいんじゃないの? でも相変わらずとんでもないわね。尻尾が一本増えるだけでここまで違うなんて」

 

 そう。目の前で楽しそうに笑っているシオンの尾は、いつの間にか三本に増えていた。

先程と比べても桁違いの迫力と呪力に一瞬呑まれたリィン達だったが、歯を食いしばってすぐに動き出した。

が、それをシオンが逃がす筈もない。

 

 

「見事、見事也‼ 私の尾の絡繰りを見破った慧眼にまずは賛辞を送らせていただきます。故にご教授致しましょう。本物の物量戦とは、こういう事(・・・・・)を表すのです」

 

 

 生まれたのは火球ではなく光柱。樹齢千年は超えるような大木ほどの大きさを誇るそれが計六本。加えて三本に増えた尾からより一層強力になった衝撃波の余波がラウラとガイウスを捕えた。

 

「ぬ、ぐっ……‼」

 

「こ、これ程とはッ……‼」

 

 目立つ負傷はないものの、真正面から膨大な呪力を食らった二人が回復するには時間がかかる。

そして三本目の尾の矛先がリィン達に向いた瞬間、アリサが叫んだ。

 

「―――『クレセントミラー』ッ‼」

 

 発動した魔法攻撃を無力化するアーツは、衝撃波を真正面から受け切った。

しかしやはり受け切るだけで精一杯であり、魔力を使い切ったらしいアリサはそこで意識を失う。

 だが、リィンとフィーは動けなかった。

今展開している光柱は、このグラウンドを丸ごと焼け野原にできる威力を持っていると、感覚的に察したからだ。

 もし今後、このような規格外の広域的な破壊力を持つ存在と相対してしまった時、どうするべきなのか、どう勝利を捥ぎ取れば良いのだろうか。

気付けばリィンの頭の中からは試験の合否などはすっかり抜け落ちており、ただその対処法だけが頭の中を反芻する。

 レイやサラとはまた別種の”圧倒的な力”。策も身体能力も何もかも真正面から叩き壊す見間違う事のない力の権化というものを目の当たりにして、リィンは未だ自分が井の中の蛙である事を悟った。

 

 敗北は必至だ。勝てるわけがないと本能が理解している。

 確かに「規格外」だ。自分達から見れば充分に人智を超えている。それでもまだ、真の実力には程遠いのだろう。無駄な足掻きなどやめて終わってしまえばいいと、自分の中の何かが囁く。

堕落を唆す悪魔の如く、楽になった方が良いと。所詮これは試験に過ぎず、命を落とすわけでもない。結果は残念な事になるが、それでもどちらにせよ負けるのだから別にいいだろう? と。

 

 

 

 

 ―――が。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふざ……けろッ‼」

 

 

 勝てないから諦める? 抵抗もせずに膝をつく?

 嘗めるな。絶望的な状況などほぼ毎日味わっている。絶対的な力量差を嫌という程突きつけられ、お前の強さはまだ甘い、精進を怠るなと厳しい言葉を常に叩きつけられている。

 負けるのが分かっているから立ち向かうな、などという考えが自分の中に存在していたら、遥か昔に扱きという名の鍛練から脱落していた事だろう。

 むしろ、ありがたく思っていた。覆せない圧倒的な力量差、それを埋めるために鍛練を重ねるという目標が常に存在する。目指すべき存在が、すぐ傍に居てくれている。

慢心とは無縁だ。そんな思考はすぐに矯正される。向上心を刺激され続け、いつか横に並んでやると決意したのだから、不可能ごときに足を止めてはいられない。

 

 気付けば、気絶していたはずの仲間がゆっくりと立ち上がって来た。立っているだけで精一杯だが、それで充分。斬り込むのは、自分達だ。

 

「行くぞ―――フィー‼」

 

Ja(ヤー)‼」

 

 目指すのは一太刀のみ。太陽の如き光を放つ光柱は恐ろしいが、それでも食らいつかないわけにはいかない。

 そうして覚悟を決めて駆け出そうと足に力を込めたところで――――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

「そこまでッ‼ 試験終了だ‼」

 

 

 

 

 突然、試験監督であるレイから終了の声が飛んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前ね、悪ノリし過ぎ。いや、分かるよ。思ってたより活きの良い奴が相手となったら確かにテンション上がる。そこは同意できる。

―――でもな、さっきのお前試験相手じゃなかったから。魔王だったから。いや、魔王じゃなくてもラスボスだったからな。つーか”三尾”のお前があんな光柱(モン)落としたら結界吹っ飛んでついでにグラウンドも吹っ飛んでたからな? その責任は誰が取ると思ってんだ? ん?」

 

「いや、あの……も、申し訳ございませんでした。はい。猛省しておりますのでホント、ホント酒断ちだけはご勘弁の程を……ッ‼」

 

「分かるわシオン‼ そうよね、禁酒なんて厳罰過ぎるわよね‼」

 

「おぉ、サラ殿‼ 分かって下さいますか」

 

「おい意気投合するんじゃねぇよ。んで正座崩せって誰が言った。寮に帰ったら朝までそのままな」

 

「あ、ハイ」

 

 

 体中ボロボロながらもようやっとⅦ組の面々が回復すると、そこには深々と土下座するシオンと説教を続けるレイという、ある意味始まる前よりカオスな状態が広がっていた。

もはやツッコむ気も起きずに整列すると、レイは全員に視線を向け、親指を突き立てた。

 

「ご苦労さん。とりあえず全員合格な。最後のガッツは良かったぜ」

 

「あ、あぁ。でも勝利条件は……」

 

「アレはまぁ、追加条件みたいなモンだ。元よりそれを言ったのはシオン(コイツ)であって、俺は何も言ってなかった筈だぜ」

 

「あ……」

 

 そう言えばそうだったと、全員が思い出したところで、レイは更に続けた。

 

「俺が見てたのは、絶望的な状況に陥った場合にお前らがどう動くか、だ。個人技に頼ろうとせず、仲間と連携する道を模索し続ける。特に司令塔は、最後まで絶対に諦めない胆力が要求される」

 

 故に、リィンがあの場で尚も足掻く事を諦めずに立ち向かった時点で試験は終わっていた。本来ならそのまま続行しても良かったのだが、少しばかりはしゃぎ過ぎていた(・・・・・・・・・)シオンがやらかす前に止めたのだ。

 

「だから、合格だ。まぁ課題点は幾つかあったが、それは今後の糧としよう。それに、お前らも身に沁みて分かっただろ? 完全魔導士型の敵の恐ろしさが」

 

「「「「「「「「「いや、あれは参考にならないと思う(ます)」」」」」」」」」

 

 そこだけは皆の心が一致した。本気になれば学院ごと吹き飛ばすのも訳なさそうな存在などそうそう居ていいはずがない。

だがレイは、どこか懐かしい事を思い出したような苦笑を浮かべる。

 

「いや、この世は理不尽で溢れ返ってる。居るんだよ。小規模の都市なら単身で落としそうなヤツがな」

 

「何それ怖い」

 

「レイが言うと冗談に聞こえないっていうか、多分冗談じゃないんだろうな」

 

 先はまだまだ長く険しいという事を改めて自覚した各々に、いつも通り実習先を記した紙が手渡された。

その行き先に皆が目を丸くする中、大体想像がついていたレイは特に驚く事もなく目を通した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 【7月 特別実習】

 

 

 

 

 

 

 A班:リィン、ラウラ、フィー、マキアス、エリオット

 (実習地:帝都ヘイムダル)

 

 

 

 B班:レイ、アリサ、ガイウス、エマ、ユーシス

 (実習地:帝都ヘイムダル)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あら、どっちも帝都なんですね」

 

「あそこクソ広いからな。多分ドライケルス広場で区切って東西に分ける気だろ」

 

「僕とマキアスにとってはホームグラウンドだね」

 

「まぁそれは確かにそうだが……だとしたら何故僕とエリオットを同じ班にしたんだ?」

 

「そこはホラ、バランスってヤツよ。勿論戦闘面での」

 

 時期はちょうど帝都で行われる一大イベントである『夏至祭』と重なる。

学院側としてもそこで重ねたのは決して偶然ではないのだろう。その裏に隠れた思惑を、レイは何となく察していた。

 

 

「(……後でクレアに連絡してみるか)」

 

 利用されるのは構わないが、掌で万事動かされるのは性に合わない。

 そんな事を思いながら、恐らく今回も平穏のままでは済まないであろう特別実習に不安感が襲い掛かり、一つ深い溜息を吐いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 シオンさんマジ魔王回。そしてリィン達マジ勇者パーティー回。

 はい、反省してます。駄目だね。プレイしてるゲームに引っ張られ過ぎた。とある百鬼さんちの空亡さんに絶望感与えられて……思わず泣きそうになっちゃったんです。ハイ。

 さて、そんじゃ次回から特別実習・帝都編に入ります。
ま、平穏に終わるはずねーですな。オリキャラは今のところは考えていませんが、懐かしいキャラを二人ほど出演を考えております。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。