英雄伝説 天の軌跡 (完結済)   作:十三

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 実習編 第一話です。まぁ繋ぎみたいなものですわ。


 長く長くなりそうなお話の序章です。平穏に終わるわけないっしょ。Ⅶ組全員帝都を駆け巡って貰うぞ。日頃の成果を存分に発揮するがよい。―――ってな感じで。


 それじゃ、始めます。




過去の胎動

 

 

 

 

 

 エレボニア帝国には、『夏至祭』と呼ばれる行事が存在する。

 

 これは6月に帝国各地で行われる祭りのことであり、その起源は七耀教会ではなく古代の精霊信仰だとも言われているが、多くの国民はそれを知らない。

ともあれ各地で特色がある祭事が行われる6月は、帝国内が最も観光客で賑わう時期と言われており、経済的な潤いが見込めるとあってか、各地の貴族達も盛大に祭りを執り行うのが慣習でもある。

 

 だがその中で、帝都ヘイムダルの夏至祭だけは6月ではなく、7月に開かれる。

その理由はかの≪獅子戦役≫の時代まで遡り、ドライケルス・ライゼ・アルノールが≪偽帝≫に占領されていた帝都を奪還して戦役を終結させた時期が7月であったため、その祝賀の意味も含めて遅らせた、というのが現在まで伝わっている”ひと月遅れの夏至祭”の真相でもある。

 

 

「ま、夏至祭には皇帝ユーゲント・ライゼ・アルノールⅢ世を始めとして皇族のお目見えもあるしね。他の都市との差別化を図るって意味合いもあると思うケド」

 

 とは、遊撃士協会クロスベル支部受付のミシェルの言葉だが、成程そう考えたほうが何かと分かりやすい事もある。

皇族の姿を一目見ようと集まる国民や観光客、各国の記者団などが大勢押しかけるであろう盛大な催し。それは確かに盛り上がるだろうし、その熱気は各国でも大きく報道されるだろう。

 

 だが、レイは生憎と今まで”祭り”という催しを心底楽しんだことはない。否、出来なかったと言うべきか。

 遊撃士時代は言わずもがな、準備期間だろうが開催期間だろうが祭りの後だろうが構いもせずに舞い込んでくる依頼の雨霰に毎年毎年翻弄され続け、稀に要人の警護なども担当したりしていた。

それ以前(・・・・)は語るまでもないだろう。フラリと仕事をサボってどこぞの国の祭りに赴いたことなどはあったが、一人では心の底からは楽しめないのが祭りというものだ。

 

 故に、皇族以下来賓も招いての盛大な祭事と聞いてレイがまず想像してしまうのは警備の強固さだ。

無粋な考えであることは本人とて百も承知だが、熱気が最高潮の群集のど真ん中で爆破テロなど起きようものならば、その後に引き起こされるパニックの悲惨さは容易に想像できる。なまじ≪魔都≫クロスベルでイベント中の任務に当たっていた際に冗談でもなく本当に爆発物処理の真似事をした事がある身の上としては警戒心を抱かずにはいられないのだ。

 そして更に最悪の展開は、その騒ぎに乗じて皇族の拉致や暗殺紛いの事件が起こった時である。各国に報道されている分その影響力は大きく、下手をすればカルバード共和国あたりがこれ幸いと意地の悪い行動を起こす可能性は充分に考えられる。

 

 不特定多数の人間が狂奔にも似た熱気に当てられて、普段は鼠一匹逃がさないはずの警備網に予想外の穴を開けにかかる。

実行犯側としてはこれ程分かりやすい”付け入る隙”もないだろう。なまじ警備は予想外の動きをする群集のほうに目をやってしまいがちだ。名のある貴族ともなれば専門の警備隊を所有しているだろうし、皇族には言わずもがな近衛隊が存在する。

 だが、掻い潜れる隙が全くないかと問われれば、答えはノーだ。かつては人材不足故に諜報員紛いの事をやった経験もあるレイなら分かる。相打ち覚悟で挑むのならば、拉致は難易度が高くともそれ以外は案外どうにでもなる。

 

 エリオットとマキアスによるヘイムダルの解説を余所にそんな事を邪推していると、直ぐに帝都駅に到着してしまう。

「帝都に着いたら案内役がいるから」とのサラの言葉に大体のメンバーがそわそわしていたが、正直ネタバレをされたも同然のレイにとっては取り立てて騒ぐようなことでも上に、ぶっちゃけどんな顔で会えばいいのか迷ってもいた。

 最高潮の状態で別れたのが僅か五日前。流石にあたふたする姿は見せられないと分かってはいるのだが、それでも若干、気まずいものは気まずいのだ。特に喧嘩別れをしたわけでもないくせに。

 

 

「―――イ、レイー。おーい、どうした?」

 

「ん? あぁ。悪い、ボーッとしてた」

 

 隣に立っていたリィンに声を掛けられて漸く意識を覚醒させると、いつの間にか場所は帝都駅のホームに移っていた。

流石に周囲への注意が散漫になるレベルの緊張感の低下は普段の生活から避けているのだが、それでも無意識のまま動くのが好ましいというわけではない。

 例えば今のように―――いつの間にか”案内役”として来ていた当の本人にクスクスと笑われている事もあるのだから。

 

「寝不足ですか? レイ君」

 

「考え事だよ。もうどうでも良くなったがな」

 

「そうですか」

 

 交わされる会話はクレアと初対面のメンバーは僅かばかり驚き、しかし茶化さない程度の自然なものではあった。

そこには五日前の初々しい感じは鳴りを潜め、軍人として立っているクレアがいる。それは勿論当たり前の事で、疑問に思う事もない。

 

 そしてそんな彼女の隣に立っていたのは、『帝国時報』の顔役であり、このエレボニア帝国の政治界の重鎮。それでありながら庶民派で一児の父という側面も持つマキアスの父親、カール・レーグニッツ。

 一見柔和そうな表情をしているが、ギリアス・オズボーンの盟友として功を重ね、叩き上げの身でありながら帝都庁の長官、そしてヘイムダル知事にまで昇進したという経歴を持つ人物だ。相当の修羅場を潜り抜けているという事は容易に想像できるし、確固たる信念も見て取れる。

 だが、レイの反応はいつもの通りだ。

例え仲間の家族であろうとも、初対面ならば信用まではすれど、信頼までには至らない。心の片隅に、猜疑心を潜ませておく。

 

「君がレイ・クレイドル君か。クレア大尉の話や、息子からの手紙で知っているよ。バリアハートの一件では、息子を助けてくれてありがとう」

 

「いえ、こちらこそ。それに、バリアハートの件では自分より積極的に動いていた仲間がいましたし、お気になさらないでください」

 

 その感謝自体は本物なのだろうという事はそのやり取りだけで理解できた。結局のところ身内を心配する心持ちはルーファスもカールも同じであり、その一点だけに関しては曇りが一切ない。兄馬鹿と親馬鹿という言葉が頭を過ったが、間違ってはいないだろう。

 

「あぁ、そうだ。一つお聞きしてもよろしいですか?」

 

「なんだい?」

 

「帝都で行われる夏至祭と、この特別実習を重ねるように理事会で案を提出なさったのは……閣下ですか?」

 

 流石は歴戦の政治家というべきだろうか。カールは驚いた表情こそ見せたものの、それはほんの一瞬。直ぐに穏やかな表情に戻り、「場所を移そうか。立ち話でする話題でもない」と言ってクレアに案内を促す。

レイはその後を追い、リィン達も一拍遅れてそれに続いた。

 

 

 

 

 カール・レーグニッツがトールズ士官学院の常任理事であるという事を指摘できたのは、ただ単純に独自の情報収集の副次効果のようなものであり、威張れるようなものでもないのだが、例えその情報がなくともちょっとした推論を展開するだけでその結果に帰結させる事は出来る。

 一人目の常任理事である、ルーファス・アルバレア。彼は言うまでもなく『貴族派』に組する人物であり、加えてアルバレア公爵家の次期当主でもある。発言力は高いだろう。更にトールズの卒業生でもあり、そういう意味でも理事を務める資格は充分に有していると言えるだろう。

 そして二人目の常任理事である、イリーナ・ラインフォルト。彼女自身はどちらの派閥にも属しておらず、ある意味で中立の立場をとっていると言えなくもない。国営ではなく民間企業である故に、国の意向、貴族の意向に流される事はない。本人の性格も鑑みれば尚更だ。

 さてここで大事になるのは三つの席があるという士官学院常任理事の中でのバランスだ。貴族生徒と平民生徒の両方を受け入れ、貴賤なく教育を施している機関である以上、学院の方針を決める際の重要な立ち位置となるこの三つの座は、常に均衡を保っていなくてはならない。偏見を排する事を前提としているため、自ずとそういう風になる。

 

 では、それを踏まえればどうなるのか。

 無論、『革新派』の人材を引っ張ってくる可能性が限りなく高い。それも公爵家の賢人と対等に渡り合える地位と実力を持った人間。そこまでの条件を出せば畢竟、候補者は絞られてくる。

とは言え流石に宰相を引っ張り出してくるのはリスクも高いし、何より手を煩わせることにもなり兼ねない。故に、宰相の右腕であり、叩き上げの身で昇進を果たしたカール・レーグニッツに的が絞られるのはそこまで難しい話ではない。

 

 

「ふむ、流石は元遊撃士と言った所か。情報収集能力に推理力、加えて弁も立ちそうだ。君は案外政治家も向いているのかもしれないね」

 

「そんな事はないでしょう。交渉事や弁論などは大した事ありませんし、これでも結構勘に頼りきってるトコもありますしね」

 

「そうなのかい。私にはそうは見えないが…………と、済まない。話が脱線してしまったね」

 

 策謀と弁舌、それらを駆使して戦う政治家の世界が、自分に馴染むとは到底思えない。そんな事を考えているうちに全員の元に実習内容の入った封筒が渡り、そして各班の班長であるリィンとレイにはそれぞれ形の違う真鍮製の鍵が手渡された。その持ち手の方の先にはタグが取り付けられており、そこにはその鍵を使う建物の住所がそれぞれ書かれている。

 A班の方には『アルト通り 4-32-21』。B班の方には『ヴェスタ通り 5-27-126』。

 そしてその住所の両方にレイは見覚えがあり、誰にも気づかれない一瞬だけ、表情に翳を落とした。

 

「と、父さん、これってもしかして」

 

「あぁ、君達が実習中に宿泊する建物の鍵だ。まずはオリエンテーリングの一環としてその住所の建物を探してみてくれたまえ」

 

 特別実習の期間は当日も含めた三日間。その内、最終日が夏至祭の初日と重なる日程となっている。

両班はレイの思惑通り、帝都の東西に分かれて依頼をこなす事になっており、帝都を貫く大通りである『ヴァンクール大通り』を基点にして分けられるという事だった。

 

 つまるところ、帝国最大級のイベントの初日まで、後二日。そんな状況で帝都知事である彼が悠長に談笑できるはずもなく、所々マイペースな一面も見せながらミーティングの場所となった鉄道憲兵隊の詰所を去って行った。

 そんな父親の相変わらずだという奔放さに溜息を吐くマキアスを横目に、レイは誰よりも先に立ち上がった。

 

「さ、とっとと行こうぜ。確かに帝都はだだっ広いからよ、慣らす意味でも早く行動した方が良いだろう?」

 

「……まぁ、確かにそうだな。すみません、クレア大尉。そういうわけで」

 

「えぇ、分かりました。それでは、駅の出口まで案内させていただきますね」

 

 そう言って先導するクレアにメンバーがぞろぞろと着いて行く。レイはその最後尾を歩こうとしたところで、傍に来ていたフィーにカッターシャツの裾を掴まれる。

 

「? どうしたよ、フィー」

 

「……焦ってる、というよりはただ急いでるだけかな? レイ、早くその場所に行きたいって思ってる?」

 

 その心情を看破したのは恐らくクレアもだったのだろうが、それを問う事ができたのは傍に居たフィーの特権だった。

このメンバーで動くときにレイが自分から何かをしようと全員に提案することは実はあまりない事であり、勘が鋭いメンバーならばそこでまず違和感に気付く。ついさっきであれば、リィンはその違和感を理解していたのだろう。

 

「―――ま、そうかもな。俺だって昔を懐かしみたい気持ちになる事はある」

 

 それに、と一拍を置くと、フィーがレイの顔を見上げながら小首を傾げた。

 

「出発前にサラが変なこと言ってやがったしな。さっきからなーんか嫌な予感が体中を駆け巡ってるような気がする」

 

「変な事?」

 

「あぁ。『アタシの知り合いも今帝都に居るはずだから、会ったらよろしくねー』だとさ。正直アイツのプライベートの知り合いとか怖い」

 

「どんまい」

 

 どこか面白そうな声色でそう言ったフィーだったが、一瞬だけ俯いた後、何かを決意したような表情で再びレイの顔を見上げた。

 

 

「私、決めた。もう逃げない」

 

 その言葉が何を表しているか、と問うのは無粋だろう。

だからレイは、無言のままにフィーの頭を数回撫でた。この妹分が無事に試練を乗り越えられるようにと、そういった願掛けの意味合いも込めて。

 

「頑張れよ」

 

「……うん」

 

 それ以上の言葉は要らず、気付けば随分と離れてしまった皆に追いつくために少しばかり急いで駅の外に出ると、律儀に全員が待っていてくれた。

 

「遅いぞ。リーダーのお前が遅れてどうする」

 

 仏頂面のユーシスが尤もな事を言うと、レイは確かにそうだ、と苦笑した。

 

「面目ない。クレアもご苦労さん、助かったよ」

 

「いえ、お礼を言われるほどではありません。それでは皆さん、頑張って下さいね」

 

 ニコリと柔らかい笑みを浮かべるクレアに対してⅦ組のメンバーが揃って「本当に軍人なのか?」という疑問を頭に浮かべる中、レイの横を通り過ぎる時に、耳打ちをするように呟いた。

 

「あのブローチ、部屋に飾ってあるんです。ずっと、大切にさせて貰いますからね」

 

 その一瞬だけ、彼女は先日のような女性の色香を備えた声でレイの心を揺さぶった。思わず振り返ると、クレアは唇に人差し指を添える仕草を見せ、そのまま駅の中へと戻って行った。

 軍人に見えない、というのは確かにその通りだろう。昨今のエレボニア正規軍は実力主義であるために女性将校の存在は決して珍しくなく、その中には見目麗しい女性もいるのだが、クレアはその中でも筆頭格と言える。

加えて基本的に柔らかい物腰と口調。それを見ればそう思うのも無理はない。だが彼女の軍人としての真価は、一般人の目には映らない場所で光り輝く場面が多いのだ。

 そしてその一面は今、現在進行形で続いているに違いない。レイは心の中で密かにクレアの心労を労うと、B班のメンバーを連れて、帝都の16街区をそれぞれ繋ぐ導力トラムに乗り込んで西地区へと赴く事となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「レイって、クレア大尉とも親しいのね」

 

 

 導力トラムに乗って窓から帝都の街並みを眺めていると、徐に前の席に座っていたアリサがそう言った。

 今までの他愛のない談笑から一変、オブラードに包むことなく真正面から斬り込んできたその言葉にガイウス、ユーシス、エマの三人は呆気にとられたが、レイは特に狼狽える事もなく「まぁな」と答えた。

するとアリサは僅かに怪訝さを含んだ目をレイに向けたものの、数秒で溜息と共に視線を外す。

 

「……ま、あなたの事だから私たちの与り知らないような世界(ところ)で色んな人と関わっているんでしょうけど」

 

「おい待てや。俺を色情魔か何かのように言うのはやめろ」

 

「フン、お前はそんなナリと口の悪さだが、異性の目は引くだろうよ。かく言う兄上が社交界の場ではそう言った視線を向けられていたようだからな」

 

「まぁ確かに、好かれそうではあると俺も思う」

 

「何故だ。褒められているのか貶されてるのか分からん。つーかそんなナリとはどういう意味だゴラァ」

 

「あはは……」

 

 幸いにもトラムにはレイ達以外の乗客はおらず、その会話に聞き耳を立てる人物はいなかったが、せめてもの礼儀として大声ではしゃぐような事はしない。

故にレイもそこまで声を荒げる事はなく、一つ息を吐いてから再び口を開く。

 

 

「まぁ、一言で説明できないのも事実だがな。最初に会った時はぶっちゃけお互いが何者かも分かってなかったし……二度目に会った時は色々とゆっくり話せる状況でもなかった」

 

 不意に窓の外に視線を移すと、アパートメントハウスなどが軒を連ねる帝都南西部第5街区の街並みが通り過ぎていく。

”当時”は比較的場所が近かったこの場所も避難する市民達でごった返していたなと、そう思い出してしまう。二年前とは流石に細部は違って詳細に思い出す事は出来ないが、それでもあの日の惨劇は、昨日の事のように脳裏に焼き付いている。

 

 そんな事を考えていると、トラムが停留所に到着して停車する。そこはタイミング良くレイ達が目的としていた場所であり、会話を切り上げて下車をした。

しかし、はぐらかされてしまったか、と少しばかり残念そうな顔をするアリサの心情を見抜いていたのかどうかは分からないが、レイは歩道に降りると同時に踵を返して続きの言葉を言い放った。

 

「詳しく聞きたきゃこの実習中に教えてやるよ。この場所に寝泊まりするんなら、ちょうどいい」

 

 そう言いながら、手に持った鍵を弄ぶ。

 

「レイは、その場所が何なのか知ってるのね」

 

「まぁな。建物自体にそれ程思い入れがあるわけじゃないんだが……あの場所で起こった事は忘れねぇっての」

 

 次第に言葉に翳が落ち始めた所で、それ以上を聞こうとしていた四人が押し黙る。

 ここから先は彼が今まで自分からは明かしてこなかった領域の過去だ。そう察して警戒する。しかし当の本人は、あくまで表面だけは飄々としたスタイルを崩さずに、迷いのない足取りで建物のある場所へと歩いて行く。土地勘が皆無と言っても良い程の面々はありがたく思っていたが、それよりも振り払いきれない疑念が僅かな靄となって心に張り付いてしまう。

 そんな仲間の心を少しでも晴らすように、レイは努めて明るい口調で続けた。

 

「今から行く場所はかつて帝国にあった二ヶ所の遊撃士協会支部の一つ。二年前の”とある事件”で一回全壊して建て直されたいわくつきの場所だ」

 

 それでも、やはりどこか違和感を拭いきれない。

アリサ達の目には、彼の手元で弄ばれて軽く宙を舞うその鍵が、その心中を代弁するかのように、どこか寂しげに光ったように感じられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――えぇ、ご協力感謝します。お陰様で、太刀打ちできるだけの戦力を揃える事が出来ました」

 

 

 

 場所は、帝都駅鉄道憲兵隊詰所内の将校用の執務室。

クレア・リーヴェルトはその部屋の椅子に腰かけ、通信を介して連絡を取っていた。

 

 

「―――そうでしょうね。えぇ、私自身もこの判断が杞憂であればと思っています」

 

「ですが、これまでの状況がそれを許してはくれないでしょう。個々人で強力な”武”を擁する相手ならば、情けない限りではありますが普遍的な強さを数と連携で補う軍では限界があります」

 

「故にお願いをしました。……えぇ、閣下には許可を得ましたよ。渋る事なく、”それが君の判断ならばそうするがいい”と仰っていました」

 

「……申し訳ありません。少々意地が悪かったのは認めます。この埋め合わせは必ず致しますので、後日は段取り通りお願い致します」

 

 それでは、と言って通信を切る。

ふぅ、と一息を吐き、椅子の背もたれに寄りかかる。それでも表情は緩やかになる事はなく、眼前の執務机の上に広げられたモノを見やった。

 

 それは、帝都全域を記した白地図。大きさだけでも相当なものになるそれだが、そこには赤や青、緑に黄色、その他諸々の色のついたペンで事細かく情報や蜘蛛の巣のように繋げられた線が描かれていた。

言ってしまえばそれは夏至祭の際の警備の数や配置、また緊急の際の動きを記した重要機密ではあるのだが、あまりにも密度が濃く書き込まれているため、他人がこれを覗き込んでも全てを理解しきる事は不可能だろう。

 しかし作成者のクレアは、その全てを頭の中に叩き込み、余す所なく記憶している。膨大な情報の整理、そして瞬間的な記憶、それに基づいた判断力は彼女の得意分野であり、帝国軍の中でも指折りの実力を有している。

 そんな彼女は今回、過剰とも言える戦力を夏至祭のために集めていた。

 

 例年通りの様子で実行されるのならば、彼女もここまで過敏にならずに済んだだろう。だが今年は、大きな不安要素が帝国政府に対して牙を剥こうとしている。

 具体的な人数は不明。帝国軍情報局の目を掻い潜って潜伏しているという時点で、その戦力が侮れないという事は理解できてしまっている。

そんな彼らが、夏至祭というお誂え向きな行事を素通りするだろうか? クレアの脳は、瞬時に否と答える。

 

 職務に忠実となった彼女は、徹底して合理主義となる。帝国軍が誇る気概、そしてプライド。時にはそれすらも不要と断じて、ただ最良の結果を引き当てるために行動する。

 戦闘とは情報戦だ。戦争がそうであるように戦う前から勝利を(・・・・・・・・)確定させていなければならない(・・・・・・・・・・・・・・)

故に彼女は、一発大当て狙いのギャンブルのように不確定要素を抱えたままに負けてはならない勝負に出たりはしない。例えどれだけ非常識だと罵られようとも、自らが抱えるモノはすべて使う。それが例え、一国の軍に属する者として本来あってはならない、”外部協力者の支援”という要請であったとしても。

 

 現実はチェスとは違う。何もかもがルールという枠に押し込められて動いているわけではなく、常に不確定要素が存在し、その中でどう動くのかを決めなくてはならない。

”策士策に溺れる”―――それはクレアが最も忌避する言葉だ。智将として慢心し、己の策が絶対だと過信する事以上に愚かな事は存在しない。

 だからこそ、打てる手は最大限を超えて打つ。今の段階では自身が思い描く結果になり得るだろうが、それでも油断はしない。そう決意して通信機に手を伸ばしかけて―――しかし、そこで手を止めた。

 

 

「(まだ実習一日目。―――今日は止めておきましょうか)」

 

 そう合理的ではない判断(・・・・・・・・・)を自然に下し、クレアは、はっと気付く。

 どうやら自分の中で不死鳥の炎のように燃えているこの恋慕の感情は、判断力を書き換えてしまっている。それをよくない事だと思っては見たものの、それでもやはりそれ以上手は伸びない。

 これは仕方がない。仕方がないのだと、無理矢理自身を納得させ、クレアは再び息を吐いた。

 

 不意にカタリと、執務机の引き出しを開ける。そこには、五日前に想い人から贈ってもらった生涯の宝物が入っていた。

 本人の前では部屋に飾ったままだと言ったが、それは嘘だ。任務中こそ持ち歩かないが、それ以外の時間は肌身離さず持ち歩いている。

 

「責任、取ってもらいますからね」

 

 自らが誓ったはずの氷の掟をも溶かしにかかっている少年を思い浮かべ、微笑と共にそう呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




原作以上にハチャメチャにする気満々です。

理由? 今のⅦ組の戦力だとそこいらの魔獣や猟兵崩れごときじゃ相手にならんです。だからです。


 次回、サラが怪しすぎる繋がりで召喚したキャラが登場です。
と言ってもオリキャラじゃないですけど。

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