英雄伝説 天の軌跡 (完結済)   作:十三

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「もしやり直しを求めるのならば、それは過去ではなく今からだろう。やり残したことがあるのならば。それは過去に戻ってやり直すのではなく、この瞬間から、成し得なかった願いを、築いていかなければならないのだ」

            by セイバー(Fate/stay night)















親友と新友

 

 

 

 片や”正義”、片や”死神”。

 

 本人達の意図せぬままにそんな役割に押し込められた二人は、片方が先に組織を抜けるまで、友好関係を築いていた。

 当初はとある事情(・・・・・)で心を一切開く事がなかった少年に対して、元来お人よしの性格が強かった彼は、めげずに話しかけた。

 

 レイ・クレイドル、当時8歳。

未だ己の中に確固たる復讐心を燃え上がらせ、その復讐のためにひたすら牙を研ぎ澄ませていた時。その超人的な剣の才と血の滲むような地獄の修練を潜り抜け、ようやく剣士としてそこそこの実力を手にし始めていた彼は、かつての自分と同じ、瞳にどうしようもない虚無感を映して屍のように生きていたその少年を放っておく事が出来なかったのだ。

 

 或いは、ただ単純に”友達”と呼べる存在が欲しかったのかもしれない。

 

 そこからは試行錯誤した。無視された回数は数知れず。反応が返ってこないのは当たり前の中で何度も何度も諦めずにトライを繰り返し、そして―――苛立った(・・・・)少年から怒りをぶつけられた。

 それは今になって考えてみれば分かる事なのだが、偉業と言っても差支えがなかった。何せ「トラウマを封印するため」などという尤もらしい理由で以て≪使徒≫第三柱の手により感情を閉ざしていた状態の彼の心を、ただ話しかけ続けただけで揺らがせてしまったのだ。

 そしてそこからは、完全にレイのペースだった。

 現在のように口が悪くなく、ただ純粋な気持ちで他者と接する事が出来ていた頃の彼の事だ。無意識のうちに少年の子供らしい一面を抉じ開ける事に成功し、一年が経つ頃にはすっかり仲良くなっていた。

 

 無論、彼らがいた場所はただの託児所などではない。年端のいかぬ子供であろうが何であろうが、戦力であるならば”駒”として手を血で穢す。

レイは≪鉄機隊≫の予備戦力として、少年は別の戦力としてそれぞれ死線を潜り抜ける中で強かさを身に着けるようになり、その後同時期に≪執行者≫となった後は、幾つかの作戦を共にした。

 共に戦い、互いに高め合う切磋琢磨の間柄。少年が漸く”駒”ではなく”人間”としての生き方を考え始めた頃、しかし運命の歯車は凶方へと狂い始める。

 

 少年に課せられた”とある遊撃士”の暗殺命令。それに失敗した事が契機となり、今までに積み上げた時間も友情も何もかもを嘲笑うかのように、二人は袂を分かつ事になった。

 

 

 

 

 

 

 

 ―――そんな過去を回想しながら、レイはふと目を開けた。

 

 旧ギルド支部。B班とリベール派遣組が宿泊場所としている所の天井が見える。ソファーに横になっていたら、いつの間にか眠っていたようで、僅かに呆けたままの脳味噌を覚醒させ、上半身を起き上がらせた。

 

「あ、レイさん。起きたんですね」

 

 すると、正面のソファーに座って魔導杖の手入れをしていたエマが声を掛けてくる。それに頷いて返してから壁に掛かっていた時計を見ると、時刻は既に八時を回っていた。窓の外を見ると、空は既に闇に染まりかかっている。

 あの地下水道での一件の後、依頼の報告や猫の飼い主に会ったりして用意された依頼を全て終えた後、レイ達は早々に報告書をまとめ、午後六時ごろに早めの夕食を摂った。

「美味しいお店を見つけておいた」というシェラザードの言葉にホイホイ着いて言って大丈夫かと一瞬警戒したが、蓋を開けてみれば雰囲気の良いレストランであったために全力で安堵したのは記憶に新しい。その際に彼女が飲んでいた赤ワインは見なかった事にしたが。

 その後、旧ギルド支部に帰って来た後にちょっと気を抜いてソファーに横になったら……いつの間にか寝ていたのである。

 

 

 

「他の皆はどうしてる?」

 

「ついさっきまでシェラザードさんとヨシュアさんから他国の遊撃士の活動について聞いていましたよ。ふふ、とても興味深いお話でした」

 

「あー、そう。大丈夫だった? シェラザードのヤツ酒瓶片手に話したりとかしてなかった?」

 

「そう言えば……「少し口の滑りを良くしましょうか」と言って樽酒抱えて来た時にヨシュアさんが全力で阻止して没収してましたね」

 

「ヨシュアGJ」

 

 親友に心からの賛美を送っていると、エマは魔導杖を拭く手を止めて、やや真剣な声色と表情で、レイの顔を覗き込んだ。

 

「……そう言えばレイさん、忘れていませんよね?」

 

「何が?」

 

「ノルド高原で交わした、約束です」

 

 あの時レイの体からいきなり漏れ出た、エマが良く知る人物の魔力。

それについていつ詰問しようかと気を窺っていた時に先手を打たれ、結局先延ばしにされていた疑問。

無論、その判断を責めているわけではない。寧ろあのまま中途半端な心持ちであの後の戦いに挑むわけにはいかなかったのだから、そういう意味であの時のレイの選択は正しかったと言えるだろう。

 だがそれは、そのまま無かった事にして流していいという事ではない。

 

「……ハハ、流石委員長。記憶力高い。―――いや、身内(・・)が関わってんだから忘れるわけねぇか」

 

 実は結構ガチで忘れかけていた、という体を装っていたレイだったが、直球でそう聞かれてしまっては誤魔化す事などできない。

 そも彼女には、それを聞く権利がある。それを知っているからこそ、レイは徐に第二ボタンを外し、シャツの襟を緩めてそれを見せた。

 

「……それが―――」

 

 右の首筋に浮かぶ、真紅の魔導紋。そこから漏れ出す魔力は元より、魔導紋の紋様は、間違えようもなく彼女の良く知る人物が使用するモノだった。

 驚愕するエマを他所に、レイは自虐気味に笑う。さてどこまで話せるのかと、久方振りに”限界”ギリギリまで粘る事も辞さない覚悟を決めながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何も」

 

 

 

 

 セリーヌが唯一、と言った質問に、レイは変わらぬトーンでそう答えた。

 それは、≪アークヴァル≫の艦内でルーファスに対して答えたそれと変わらない。

 

 そう、理由など、最初はありはしなかった。

 オリヴァルトから推薦状を貰い、フィーの入学試験の勉強を手伝っていたらいつの間にか帝国の士官学院に入学していた。そこに意味などあるわけもないし、言うまでもない。

 ”学校生活を送りたい”という理由だけならばわざわざ帝国の士官学院などに入学せずとも良かった。……が、レイ・クレイドルという少年の特異性がそれを許さない。

 剣を握るのと縁遠い平和の中に身を置いて平気なのか? ―――否。彼は本能的に恒久的な平穏の中を忌避する人間だ。なまじ一つの武術を修め、その真髄を理解した者であるならば、それを許容しろという方が無理な相談である。

 

 だが、それとこれとは話は別。

 幾つかの”恩情”を与えられたとはいえ、≪身喰らう蛇≫とは既に絶縁状態。セリーヌの危惧は尤もな話ではあるが、今更あの組織のために動こうとは毛ほども思っていない。

それが例え、嘗ての戦友からの申し出であったとしても、だ。

 

 

「委員長の事心配すんのもいいけどよ、そんな弱くないぜ? それは使い魔のお前が一番良く知ってんだろうがよ」

 

「……まぁ確かに、この頃のエマは強くなった―――というより図太くなった? とは思ってるけど」

 

「俺対全員の極限状態の中で上級アーツの詠唱を顔色一つ変えずに出来るようになったからな。アイツ、潜在的なメンタルの強さ半端ないぞ」

 

「ちょ、エマを魔改造しないでちょうだい‼」

 

「馬鹿言うな。あの魔女を将来的に追い越すレベルの天才だぞ。鍛えてみたいと思いたくなるだろうが」

 

 刺激を与えると開花するタイプの天才性を特に何も考えずに告げたレイだったが、セリーヌはそれよりも引っ掛かる事があったようで、更に目を細めた。

 

「”あの魔女”ね。……やっぱり知っているの?」

 

「当然だろうが」

 

 そう言ってレイは、名前を出したことで浮かび上がった首筋の魔導紋を見せる。それが何であるかを理解したセリーヌは、信じられないと言わんばかりに瞠目した。

 

 

「ヘ、≪魔女の誓約(ヘクセ・ゲッシュ)≫⁉ 禁忌指定の霊獣クラスに使う秘術じゃない‼」

 

 

 それは本来、ただの人間に使用するには余りにも過剰すぎる魔女の秘術。魔力と共に紋を刻み込み、指定した誓約で魂まで縛り付ける大魔術であり、本来であれば百人規模の魔女が数日かけて発動させるモノ。

常人に使用すれば楔となる魔力が体内で増幅し続け、数日も立たずに中枢神経までが侵され、廃人同然となった後に死に至るであろうそれは、数年間ずっとレイの中に息づいて”首輪”として作用している。

 

「俺が抜ける時に”盟約”に従ってあの女が刻んだんだ。コイツの所為で俺は『≪身食らう蛇≫が関わる情報の一切を外部に漏らす事が出来ない』。まぁ、≪怪盗紳士≫(あのバカ)みたいに無駄に有名になってる奴は対象外だけどな」

 

「……あの女はそれを一人で行使したのね。それをヒトの身で食らって普通に生きてるアンタもアンタよ。ホントは神獣の化身か何かだったりしないの?」

 

「失敬だな、俺は紛う事なき人類だ。ただちょっとヤバい術式組んでたから抵抗出来てるだけでよ。ホントだったら今頃俺の体ミンチだぜ」

 

 ケラケラと笑う少年だが、その声色にはどこか悲観的な色が混じっていた。

しかし、ヒトの感情の機微に疎いセリーヌは、それに気づかずに話を進めてしまう。

 

「……確か≪魔女の誓約(ヘクセ・ゲッシュ)≫の誓約を反故した時の対価は」

 

「誓約を刻んだ際に対象に注ぎ込んだ魔力の魔力爆散(マジック・バースト)。俺の場合は稀代の魔女が三日掛けて丹念に注ぎ込みやがった質も量もバカみたいなヤツの更に増幅術式掛かった爆発だからな。小国くらいなら一瞬で灰になるレベルだ」

 

「な、何よソレ‼ 思いっきりヤバいじゃない‼」

 

「まぁ、何段階か”警告”があるからうっかり爆発ってのはないがな。厄介なのは俺が自殺しても発動するって事だから、もうどーにもならん。自力解除も諦めたし、本人に解除させるか、もしくは殺すかしないと無理だわな」

 

 そう言って首筋を叩くと、紋様がスゥ、と消えていく。

その様子にセリーヌが安堵しながらも、それでも警戒心は緩めない。

 

「……とりあえず、アンタの身がヤバいって事と、あの女が裏で糸引いてたって事は分かったわ」

 

「オーケー。それが分かってくれただけで俺としちゃ満足だ。お前らはお前らの役割を最優先に考えた方がいいだろうしな」

 

「やっぱり、”私達”の事も知ってるのね」

 

「当然。昔あの腹黒ドS魔女が酒に酔った勢いでペラペラ話してたぜ?」

 

「なぁにやってんのよあの女ぁ‼」

 

 怒りを露わにして毛を逆立てるセリーヌを見て同情する感情が芽生えていたが、生憎と嘘偽りなく本当の話なので苦笑するしかない。因みに意外と酒に弱い事は伝えない事にした。

 しかし、とそこで思考を切り替える。このご時世、ラジオでなくとも雑誌などをパラパラとめくれば彼女らが驚き過ぎて逆に冷静になれるんじゃないかという情報は簡単に手に入る。レイですら帝都発行の情報誌を見ていて芸能欄に差し掛かった時に「偽名くらい使え、このアホ」と心の中で罵り交じりに逆に大爆笑してしまったくらいだが、どうやら彼女らはまだ魔女の術中(・・・・・)に嵌った状態らしい。

 だがそれを指摘すればもれなく誓約(ゲッシュ)が発動してレイの口を封じにかかるだろう。そういう意味では、先程はああ言ったものの≪結社≫の協力者であると取られても言い訳はできない。

 また一つ自身を縛り付ける贖罪の鎖が増えた事を確信したところでベンチから立ち上がり、寮の方に向かって歩き出した。

 

「んなワケで俺は別に能動的に悪事に加担するつもりはこれっぽっちもねぇからよ。詮索するのは別に構わねぇからお前らもお前らの役目をちゃんと果たせや」

 

「あ、ちょ、待ちなさいってば‼ 言っとくけれどアンタへの警戒はこれからもさせて貰うわよ」

 

 至極当たり前のその言葉に、レイは振り向かないまま、ヒラヒラと手を振って言った。

 

「おーおー、やってくれやってくれ。俺みたいに仮面被って物事に当たるタイプはそういうヤツがいねぇと張り合いがなくて仕方ない。はてさて委員長は―――どうだろうな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……そうですか。やっぱり姉さんの……」

 

 ≪魔女の誓約(ヘクセ・ゲッシュ)≫の説明を聞き終えたエマは、少しの間放心状態になり、そしていきなりレイに向かって深々と頭を下げた。

 

「え? 何? どうしたの?」

 

「すみませんでした、レイさん‼ 姉さんの……姉さんのせいで今までそんな……っ」

 

 今にも涙を流しそうな声を挙げるエマに対して、今度はレイが呆然とする番だった。幸い他のメンツには聞こえていなかったみたいだが、その突飛な行動を間近で見たせいで僅かに残っていた眠気も一瞬で吹き飛んでしまう。

 

「おいちょっと待て。なんで俺は今委員長にガチで謝られてるんだ」

 

「……時折、レイさんがどこか悲しそうな顔をしていたのを知っています」

 

 ポツリと、自身の至らなさを懺悔するかのような声色で、エマが続ける。

 

「その一端を姉さんの術が担っていたのだとしたら、妹である私が罪悪感を抱くな、というのは無理な話です」

 

「いや、別に委員長が気にする事じゃ―――」

 

「私はっ‼」

 

 強い言葉でレイの言葉を遮り、手元の杖を強く握りしめる。まるで悔しくて仕方ないと、そう叫びたいかのように。

 

「……私にとっては、Ⅶ組の皆さんは初めて出来た”友人”だったんです。リィンさんも、フィーちゃんも、皆私を受け入れてくれました。勿論、レイさんもです」

 

「…………」

 

「特にレイさんには色々な事を教わりました。強くなる方法を、魔導士として皆さんのお役に立てる方法をサラ教官と一緒に教えてくれました。辛いですけれど、それでも私は嬉しかったんです。こんな私でも、こんな”嘘吐き”な私でも、ちゃんと戦える場所があるんだ、って」

 

「…………」

 

「なのに、私はレイさんが苦悩を背負っているなんて微塵も感じていませんでした。それも身内が関わっていたのに知らない顔をしていた自分が……情けなく見えてしまったんです」

 

 それは仕方がないだろう、と言いかけたものの、呑み込んだ。

姉が仕掛けた問題を、妹が謝罪する道理はどこにもない。その関係が反対であるならば話は別だが、少なくともエマが今ここでレイに頭を下げる道理はどこにも存在しないのだ。

 

 だからこそレイは、俯いてしまったエマに向かって痛みを感じない程度のデコピンを放った。

 

「キャ……っ」

 

「うぃ、そこまでな。委員長の落ち込む姿とか、見ててこっちの罪悪感半端ないから見たくねーのよ」

 

 それは誤魔化しているように見えて、実は本心であったりする。勿論自分の事に関して変に悲しんで欲しくないという理由もあるのだが、裏表なしで落ち込む少女の姿を見て何とも思わないほど薄情者ではない。

 

「自分を責めるのはお門違いだぜ、委員長。これを押し付けられた理由の半分は俺にあるんだし、自業自得だ。―――勿論このまま一生過ごすわけに行かねーから、いつかあのドS魔女にオトシマエつけてもらうがな」

 

 これは自分の行動が招いた結果であり、だから謝る必要はない。レイはそう告げてから、いつもの不敵な笑みを浮かべる。

 

「俺が抱きかかえた厄介事は、俺だけのモノだ。自分で清算しなきゃならんモンだし、それにお前らを巻き込むわけにはいかん」

 

 それは彼の中に残ったなけなしの矜持であり―――同時に悪癖でもあった。

 ”自分の事は自分でケリをつける”。責任感が強い素晴らしい言葉ではあるが、状況次第によってはそれは傲慢とも取られてしまう。

だが彼は、その傲慢をも貫けるだけの”力”がある。

 いつぞや彼は言った。意見を貫き通すだけの力を持っていないのなら吠える資格などありはしない、と。

 レイ・クレイドルは持っている。一切合財、己が背負い込んだ業を打ち砕く力を。そして同時に、エマは気付いてしまった。その業を共に背負うだけの力(・・・・・・・・・・・・・)が、自分達にはまだ備わってないのだと。

 

 悔しいと、そう思ったのと同時に、不謹慎ではあるが僅かに嬉しいとも思ってしまった。

 今この瞬間、この大人びて最強の人物にも、自分達と同じ”弱点”があったのだと理解した。それを盾に強請るつもりなど毛頭なく、責めるつもりはもっとない。ただ感覚的に遠く離れていたように感じられた自分達と彼の距離が、少しではあるが縮まったように感じられたというだけ。

 

 彼の素性、彼の過去。問いたい事は幾らでも存在する。欲を言えばエマが探し続けている姉の行方、それも聞きたいと言葉が喉に引っかかっているが、それを寸でのところで飲み込んだ。

 彼の過去を問うのは、自分ではない。特科クラスⅦ組にはエマ・ミルスティンよりも遥かに彼の素性が気になっている人物が確かに存在するのだから。

 

 その青年の顔を頭の中に思い浮かべていると、半開きになっていた窓から一羽の鳥が入って来た。

 と言っても、それは生物としての鳥ではなく、レイが使役する簡易型の式神。それは室内で元の一枚の呪符の状態に立ち戻り、そのままレイの額にピタリと張り付いた。

以前聞いたところ、その状態で数秒術者と接続する事で、式神からの情報を抜き出すのだという。

 数秒後、額に張り付いた呪符を剥がしたレイは、薄く笑っていた。

 

「? レイさん?」

 

「あぁ、悪い悪い。まぁ兎も角だ。要らん責任感じるなって事だよ。ありがたくはあるけどな」

 

 よっ、という掛け声と共に、レイはソファーから降り、ブーツを履き直してから玄関の方へと向かった。

 

「どこかに行くんですか?」

 

「ちょっと涼みにな。一時間以内には戻ってくるから心配しないでくれ」

 

「ふふっ、心配は無用なんでしょう?」

 

「違いない。言うようになったじゃないか、委員長」

 

 そう言伝を残し、レイは一人で玄関を開けて夜の帝都へと出かけていった。

そんな彼の背中を見ながら、エマはふと思ってしまう。

 

 彼は、本当に心の芯まで強靭な人物なのか?

 

 もしかしたら本当は―――自身の弱い部分をひた隠しにしている、自分達と変わらない歳相応の少年なのではないか?

 

「考え過ぎ、ですかね」

 

 思わず口に出てしまったその誰何の言葉に、答える人物は誰もいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 

 

 

 

 任務でも、自身の戦闘能力を向上させる訓練でもなく、ただ純粋に自分の想いをぶつけるために戦うという経験は、思い返してみれば初めての事だ。

 

 そんな事を頭の片隅に置きながら、フィーは石畳を蹴って速度を加速させる。

 

 

「ぬっ―――はぁっ‼」

 

 充分に速度が乗った双銃剣の連撃。しかしラウラは、鍛えられた巧みな大剣捌きで、それを受け止める。

振るう剣の大きさに比例した重い一撃。しかしそれは高い敏捷力を武器とするフィーとの戦いにおいては、相性が悪い筈だ。―――そう、筈だった(・・・・)

 

「―――っ‼」

 

 長らく寝食を共にし、教練の際も連携を重視するレイとサラの指導によって互いの戦闘時の動きを見ていたせいか、ラウラの攻撃は悉くフィーの先を突いてくる。

こうなった場合、フィーにとっては戦いにくい事この上ない。ラウラの振るう大剣を真正面から受け止めるだけの膂力を有しているわけではないため、必然的に躱すか去なすかの二択を迫られる事となる。

 

 ―――否、果たしてそれだけか? 動きを熟知しているという、ただそれだけの事でこうまで追いつかれるものなのだろうか。

 

「考え事をしている暇は与えん―――ぞッ‼」

 

 違う。彼女は、ラウラはとてつもない早さで成長している。アルゼイド流という下地が既に完成されている所為か、彼女の成長度はⅦ組の中でもリィンと並んで早いとレイは言っていた。

 それにしても、こうまでかとフィーは驚愕する。幾ら半分三途の川に片足突っ込みかねない地獄のような修練を潜り抜けているとはいえ、ここまで互角に戦り合えるものかと、戦慄した。

 

 きっかけは単純。互いに悶々と悩みを抱え続けるよりはいっそ決闘してしまおうという、あぁ完全にレイのどうにかなるさ、いやどうにかする理論が染みついているなと嘆息しかかる程の提案がラウラから出され、しかしフィーもそれを受諾した。それだけの話だ。

 舞台として選んだのは、既に夜の帳も降り、人も疎らとなった帝国市民の憩いの場所、『マーテル公園』。そこで二人は、リィンとマキアスの二名を立会人として、互いに今までの鬱憤を払うが如く戦闘を続けていた。

 

 フィーとて理解はしていた。ラウラの意固地な部分は彼女の美徳なのだと。

一般的に考えれば、猟兵の存在など到底受け入れられるものではない。殺人を正当化し、それでミラを稼いでいるような連中の事を、どうして正道と見る事が出来ようか。

 だがラウラは、それを踏まえた上でフィーとの関係をどうにか最悪なレベルまでは拗らせないようにと努力していた。フィーはフィーで、それ以上ではない。同じ学び舎で、同じ寮で寝食と勉学を共にしてきた仲間であり、元猟兵だろうが何だろうが関係はないと、そう声高に叫びたかったのだろう。

 しかし、それを打ち明けるのには些か時間が経ちすぎてしまった。そのためにどちらからも話を切り出す事も出来ず、今の今までズルズルとにっちもさっちも行かない関係が続いてしまった。

お互いに分かっている。自分は口が上手い人間ではない。何か説得するような事を言おうものにも、生来の不器用さが祟って誤解を生んでしまうような人間だと言う事を。

 

 だから―――戦う事にした。

 刃と刃が弾かれる瞬間、攻撃を躱し躱され、一手、また一手と手数を重ねる毎に、両者の間に生まれてしまった軋轢は剣戟の音と共に埋まっていく。

 阿呆な話だと、笑いたくなる。片や15歳、片や17歳。言葉を交わすよりも剣を交える方が余程心を近づけられるという、このどうしようもない事実に。

 

 ただ、楽しかった。

 彼女の渾名は≪西風の妖精(シルフィード)≫。戦場をただ駆け巡り、文字通り西風のように通り過ぎていく。その後ろに、刈り取った命の残骸を置き去りにして。

故に、感情をぶつけて戦う相手は、これまで存在しなかった。レイとは兄妹のような間柄であるためか、どうにもそのようなやり取りはしたことがない。そも彼は口が上手いのだから、優しい言葉と頭を撫でるというコンボで大抵の問題は解決できてしまっていた。これでは兄妹喧嘩など起きようはずがない。

 だがラウラは違う。

 共に過ごし、そして今力をぶつけあっている内に漸く理解できた。彼女こそが自分の実力を如何なく発揮するために必要なパートナーであり、同時に鎬を削れるライバルなのだと。

 

「まだ、疲れてないよね?」

 

「無論。甘く見ないで貰おうか」

 

 いや、ホントそろそろ止めておいた方が良い、と言いたい立会人の男子二人の視線も無視して、両者は再びぶつかり合った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……成程、得心いったよ」

 

 同時刻、二人の戦闘場所から少し離れた高台の場所で、名目上”夜涼み”に来ていたレイとヨシュアの二人が、その様子を垣間見ていた。

あのように盛大に剣戟の音を響かせていれば直ぐにでも憲兵が駆けつけるだろうが、そこはレイが気を利かせ、【虚狂】の結界を彼らの周囲に展開させている。余程の事がない限り、気付かれる事はないだろう。

 

「君の訓練って昔っから容赦ゼロだったからね。地獄行きの片道切符をずっと握らされてる彼らには同情せざるを得ないけど……確かに、伸びしろは凄いと思う」

 

「だろ? どいつもこいつも才能の塊だ。ちっと追い込んでやったら3ヶ月ちょいで驚くほど伸びやがった。全員でリンク繋げばお前を上回るかもな」

 

「はは……いや、流石に得意な戦場で易々と上回られる程腕は落ちてないよ」

 

 クスリと笑いながら、視線は戦いの場から移さない。親友が鍛えているという学生がどれ程のものかという純粋な興味に抗えずに彼の”夜涼み”に同行した身ではあったが、中々どうして良い意味で予想を裏切ってくれた。

 

「楽しんでるみたいじゃないか」

 

「……まぁそうだな。退屈はしてねぇよ。それはお前の方も、みたいだが」

 

「ハハ、まぁ遊撃士の仕事は気を抜いていられないしね。それに―――」

 

「レンの奴が色々ワガママ言ってんじゃねぇのか?」

 

 何気なく、と言った風に口から出たその言葉に、ヨシュアは少し驚いた表情を浮かべ、隣に立っている親友に言葉を返す。

 

「……やっぱり、気付いてたんだね」

 

「この間ミシェルと連絡を取った時に、な。アイツと一緒に≪教団≫の残党をブッ叩いてくれたんだろ? なんつーか、ありがとな」

 

「お礼なら僕達じゃなくて、特務支援課の人達に言った方が良いよ。僕達は援軍みたいなものだったから」

 

「知ってるよ。でも―――」

 

 そこで一度だけ口を噤み、柔らかい笑みを口元に浮かべた。

 

「アイツが―――レンが、誰かを守りたいって思えるようになったのが俺としては嬉しかった」

 

「……あの子も、レイに会いたがってたよ」

 

 実の兄みたいなものだったじゃないか、と。極めて真剣な顔で、ヨシュアは親友にそう告げる。

 実際、権利という意味合いで見るのならば、彼女はレイの元に身を寄せるべきなのだ。彼女を地獄から救い上げたのは紛れもなく彼であり、ヨシュアはその手伝いをしていたに過ぎない。

 しかしレイは、ヨシュアが何となく予想していた答えを、一言一句違わずに答えた。

 

「あいつに必要なのは”家族”だよ。俺じゃあどう足掻いてもその夢を見させる事は出来ない」

 

「顔を見るくらいはいいじゃないか。―――いや正直言うとね、たまに寝言で君の事を呟いてるみたいで、エステルの嫉妬ゲージが着実に溜まってるんだよ」

 

「知らんがな」

 

 軽いノリで言ってはみたが、それは本音でレイに会いたいと思っているという事に他ならない。

実の兄のように慕っていた程だ。あの年頃の女の子が、会いたくないと思わないはずがない。

 

「エステル・ブライトとお前はアイツを本当の”家族”として受け入れようとしてるんだろ? そんでもってアイツはその差し伸べられた手を掴んだんだ。ならそこが居るべき場所(・・・・・・)だよ」

 

 その言葉は、兄から妹に手向けるものというよりは、親から子に捧ぐそれに酷似していた。

 いつだってそうだ、とヨシュアは思う。自分がカシウス・ブライトの暗殺に失敗して≪結社≫から追われる身になった時も、結果的に助けてくれたのは彼だった。

年下だというのに、眩しいほどの意志と頑固さを備えて死に体となっていた自分を叱り飛ばし、光の当たる場所に強引に突き飛ばしたあの時と、何も変わっていない。

 

 横着者だ。状況に対応する柔軟さは持ち合わせているはずなのに、変なところで頑固さを発揮する。

 彼とて会いたくないとは微塵も思っていないはずだ。それなのに、今はお前たちがアイツを守る番だと言い張るその姿は、気難しい父親にしか見えない。思わず吹き出してしまいそうにもなった。

 

「(こりゃ、いつか強引にでも会わせないとダメだなぁ)」

 

 帰ったら留守番をしている恋人と早速計画を練ろうと思っていると、先程まで散っていた火花が、いつの間にか見えなくなっていた。

 

「あ、終わったのかな?」

 

「みたいだな。よし、んじゃ帰るぞ」

 

「え? 顔を出さないの?」

 

「こっから先はあいつらの話だよ。盗み聞きなんて無粋だろ」

 

「はいはい」

 

 それでも、気落ちした人間を無条件で振り回して心を抉じ開けてしまう所は変わらないで欲しいと、ヨシュアは彼の親友として強く願うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 

 

 

 気付いた時には、戦場にいた。

 

 

 

 両親の顔を知ってはいるが、既に思い出せない。それが娘としてどれだけ親不孝であるかを充分に分かっていた上で、生ける屍だった彼女は、戦場の跡地でとある人物に拾われた。

 

 ルトガー・クラウゼル。≪赤い星座≫と並び、西ゼムリア大陸で双璧を誇る猟兵団、≪西風の旅団≫の団長。

≪猟兵王≫の異名で呼ばれ、戦場では鬼神もかくやという活躍を見せる人物だと後に団員に聞いたのだが、フィーを拾ってくれたその人物は、どこにでもいるような飄々とした壮年の男性にしか見えなかった。

 行くところがないなら来るか? と、そう言ってくれたルトガーに着いて行った先にあったのは、巨大な”家族”だった。

彼らはフィーを連れて帰ったルトガーに真剣な表情で詰め寄り、「団長、マズいですって。オフの時に幼女誘拐とかシャレにならねぇっすよ」「そういうお前は何でちょっと嬉しそうなんや」「あら、結構可愛いじゃない。団長GJ」などと口々に言っていたが、思っていたよりもすんなりと、フィーはその”家族”の中に入ることができた。

 団の一員として雑務などをこなしていく内に団員からは愛されるようになり、特にルトガーはフィーに<クラウゼル>の姓を与えて娘のように育てていた。

 

 そんな彼女が実戦を経験したのは、10歳の頃。

 

 戦場を駆け巡らせることを最後まで渋っていたルトガーを、彼女の意を汲んだ団員達が説得した結果であり、そこでフィーは―――”地獄”を見た。

 死体自体を見るのは初めてではない。戦争孤児として戦闘跡地をふらふらと歩いていた時も、事切れた死体を見る機会は何度もあった。中には悲惨な死に方をした兵士や民間人もいたが、自分が生きる事で精一杯だったフィーはそれらを悼む暇などなかった。

 これだけ壊れていれば(・・・・・・)、戦場に立っても何も思わないだろう。―――そう浅薄にも思ってしまったのは、ある意味仕方のない事でもあった。

 その考えがどうしようもなく的外れであったと認識したのは、すぐ後のこと。

 

 人間の頭を銃弾で撃ち抜く感覚、人間の心臓に剣を突き立てる感覚。死にたくないと懇願した兵士が一切の慈悲なく撃ち殺され、体の一部が欠損した兵士が苦痛にのたまいながら絶命する。

 幼いフィーですら、本能的に理解したのだ。この世に地獄というものが存在するのなら―――それは間違いなく戦場(コレ)を表すのだろうと。

 

 

 

 

 

「それでも私は戦った。戦って戦って―――気付けば≪西風の妖精(シルフィード)≫なんて呼ばれるようになってた」

 

 乱れた息を吐きながら、フィーは石畳の上に座り込み、悲哀の感情を織り交ぜながらそう言う。

背中越しでは、ラウラがそれを聞いていた。

 

 皮肉だ。人殺ししか能のない自分を≪妖精≫などと呼ぶ。

流してきた血の量は膨大で、刈り取った命の数など覚えていない。銃で、剣で、時には罠で。教えてもらったありとあらゆる手段を使ってヒトを殺してきたというのに、それでもまだそこには一条の美しさがあるという。

 いっそ宿敵の猟兵団にいるという、≪血染め(ブラッティ)≫の異名で呼ばれる少女が羨ましくなったほどだ。

 

 そしてそんな異名で呼ばれるようになった頃、フィーは疲れてしまった。

 団員達は皆仲間。それは分かっている。だがそれ以前に彼らは一流の猟兵だ。戦う事に躊躇はなく、ヒトの命を奪うことに逡巡はない。そんな彼らと共にいたいと思ったからこそ戦果を積み重ねてきたのだが、11歳の少女にはそれは余りにも重荷だった。

 次第に以前のように口数が減り、あまり話さないようになっていった。

 

 

「そんな時、レイが団に来たの」

 

 事の成り行きはあまり知らないのだが、ある時カルバード共和国の東方人街の近くにキャンプを張っていたら、街の酒場から戻ってきた団員が今と変わらない背丈のレイを小脇に抱えて上機嫌に戻ってきた。

「掘り出しモノやでー」と言いながらルトガーに引き渡されたその少年は、拉致してきた団員―――ゼノの背中に強烈な回し蹴りを叩き込んで吹っ飛ばした後、その経緯を説明していた。

その内容は聞こえなかったが、話が終わった後、ルトガーは同情するように彼を労った後、この団で暮らしてみないかと提案した。そしてレイは、少しばかり考えたのち、それを承諾した。

 後から聞いてみたところ、「そろそろ資金が尽きてどうしたモンかと悩んでたからちょうど良かった」と言っていたため、流石のフィーでも呆れたほどだ。

 

「といっても4ヶ月間だけの契約で、前線には出なかった。食糧調達とか武器整備とか、そういうのをやってたかな」

 

「まぁ……レイならそういうのもそつなくこなしそうだけど」

 

「ん。実際凄かったよ? 料理は皆も体感してるクオリティで、元々手先も器用だからブレードライフルみたいな武器も一回構造聞いただけで完璧にクリーニングしてたし」

 

 当初は幾ら団の連隊長の推薦とは言え素性の分からないレイの存在を訝しんだ者も確かに存在したが、口は悪くとも求められた期待には応えるその誠実さと、味気ない軍用食を涎が滴り落ちるクオリティにまで昇華させてくれた救世主に対して、次第にそういった視線は消えていった。

 その動じない人柄も影響したのだろう。僅か一週間で、レイは団に完全に馴染んでしまっていた。

 

 そしてそんな彼は―――冷え切ってしまっていたフィーの心すらも、あっという間に溶かしてしまったのだ。

 

 

「色々構ってくれたし、色々な事を教えてくれた。だから―――レイが団からいなくなった時は悲しかったな」

 

 だが、世界というのは際限なく残酷だ。

 兄のように慕っていた人物がいなくなった3年後、今度は”家族”そのものも失ってしまった。

 

 ≪赤い星座≫団長、≪闘神≫バルデル・オルランド。

 ルトガー・クラウゼルが生涯の宿敵と定め、長きに渡り鎬を削って来たその人物との、一騎打ち。

その結果、互いに相討ちとなり―――命を落とした。

 

「団長がいなくなった団は、活動できなくなって、皆もどこかに行ってしまった」

 

 ただ一人、フィーだけを残して。

 

 人知れず泣いた。何故、どうして連れて行ってくれなかったのと、尤もな疑問が頭の中を反芻した。どうしようもない喪失感が胸の内を駆け巡り、呆然とした心持ちのままに近隣の森の中で、静かに腰を下ろした時の事は、今でも鮮明に思い出せる。

 あの時の自分は、拾われる前と同じだった。目的を失い、ただ無為に彷徨うだけの、生ける屍。亡霊とそう大した差がない自分が、堪らなく惨めに思えたものだった。

もしあのままだったなら、人知れず息絶えていたかもしれない。―――そう、あのままであったなら。

 

 

 

 

『―――ったく、酷い顔してやがんな。ほら、起きろよ(・・・・)。行くぞ』

 

 

 

 手を引いてくれたのは、”家族”を失ってしまった自分が、会いたいと切に願った少年。

 同輩であるA級遊撃士と共に一人ぼっちになってしまったフィーを迎えに来た彼の手の温もりは、恐らくこの先も、ずっと忘れる事はないだろう。

 

 

「……それで、フィーは士官学院に来たのか」

 

「ん。レイに試験勉強手伝って貰って―――ギリで入学した」

 

「それはなんとまぁ、当時の彼の苦悩が目に浮かぶようだな」

 

 マキアスの言葉に、リィンとラウラが無言で頷いた。

 するとフィーはそのまま立ち上がって、腰を下ろしたままだったラウラに、そっと手を伸ばす。

 

「私は、猟兵だった頃の生き方を後悔してない」

 

 強い意志の籠ったその言葉を、ラウラは真正面から受け止めた。

 

「たくさん戦って、たくさん人を殺した。私には生き方がそれしかなかったけど、それでも他の生き方を探そうと思えば探せた。―――だけど”家族”やレイと出会えたこの生き方を、私は絶対に後悔しない」

 

 人殺しの罪は永遠に消せない。恐らく贖罪など不可能だろう。

ただそれでも、フィーは人生を一度たりとも後悔した事はなかった。そんな彼女に、何かを言える資格がある人物がいるとすれば、それは彼女の兄(レイ)以外にいないのだろう。

 だからラウラは、自らの器量の狭さを受け止めて、その小さい手を握った。

 

「あぁ、それでこそフィーだ。重ね重ね、今まで至らぬ態度を見せてしまったことを謝罪しよう。本当に、すまなかった」

 

「大丈夫、気にしてない。―――だから」

 

 刹那、少しばかり恥ずかしげな表情を浮かべたフィーだったが、意を決したように口を開く。

 

 

「―――私と、友達になって」

 

「―――あぁ」

 

 

 不器用な少女が、本音を吐露できる友人。いつか欲しいと夢見て、ついぞ今まで叶わなかったそれが、今ここで叶った。

 

「……ふぅ、これで一件落着、かな」

 

「そうだな。全く、人騒がせな二人だよ」

 

 呆れるような、しかし安堵した表情を見せる男子二人を他所に、手を離した彼女たちは笑みを浮かべながら、それらしくコンと軽く拳を合わせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




……あれ? おっかしいな。最後なんで告白シーンみたいになったんだろ?

ともあれ、フィーとラウラの仲直りは終了です。
いやー、これでⅦ組の全員が強固な絆で結ばれて―――いや、まだいますね。一人、断片的にしか過去が分からない子が。


それではまた次回で。―――皇子、そろそろ逃走の準備した方が良いよ。

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