ただ今私は大学のテスト期間のまっただ中を彷徨っておりまして、テスト勉強とレポート執筆に追われております。
一段落つくまでは更新速度が少し遅れそうです。
「トールズ士官学院Ⅶ組の皆様、『聖アストライア女学院』にようこそおいで下さいました。不肖ながらこの
空が黄昏模様に染まる時間、校門の前にてⅦ組メンバー10名を迎えたのは、女学院に在籍しているエリゼだった。
彼女が出迎えた時点でこれから会うのであろう人物の事を大体予想出来ていたレイであったが、何せ他のメンバーはその予想など露程も立ててはいまい。出来る事ならば最上級に驚くリアクションを見たかったため、敢えて何も言わず黙ったままエリゼの後に続いて学院の敷地内へと入っていく。
『聖アストライア女学院』は、帝都北西部『サンクト地区』に存在する名門女学院であり、貴族の子女が多数通っている。
その歴史はトールズとは並ばずとも古く、設立から100年以上の年月を過ぎた今、帝国の二大名門校の一つと謳われている。
校章の”
それ故に武術教練の授業はカリキュラムに含まれておらず、その時点でラウラはこの学院を進学の候補からは除外したという。
まぁそれでなくとも、彼女のような竹を割った凛然とした性格の女生徒が入学すれば周囲の生徒からどう想われるかなど……考えてみるまでもないのだが。
ともかく、そういった教育理念を掲げている上に全寮制であるため、学院外での生徒の行動は厳粛な制限が伴う。そのために大半の生徒は入学以来外部との関わりが薄くなっており、客人を見かければそれが噂となって女子特有のネットワークを通してすぐに学院中に知れ渡る。
加えて、同世代の男子がいるともなれば尚更であり―――。
「あ、あの金髪の方はもしかして公爵家のユーシス様⁉」
「気品のあるお姿ですわねぇ」
「あの背が高い方は異国の方かしら……?」
「野性味溢れる雰囲気が素敵ですわ♪」
「緑色の髪の方はどなたかに似ていらっしゃるような……」
「きっと秀才な方なのでしょうね。見るだけで分かってしまいます」
「赤毛の方は中性的でお肌も綺麗ですわね」
「羨ましいです。……まさか殿方にこう思ってしまうとは」
「先頭に居らっしゃる黒髪の方は平民の方なのかしら?」
「わ、分かりませんけど凛々しいお顔をされていますね……」
このように、完全に見世物の類のような視線を向けられていた。
常日頃からそういった視線に慣れているユーシスは憮然とした態度を崩しておらず、平常心を保つことに慣れているガイウスもそれ程狼狽えてはいなかったが、マキアス、エリオット、リィンの三人はたった数十アージュを歩いただけで精神的に疲労していた。
「こ、これはキツいな……」
「そ、そうだね。別に悪く言われてるわけじゃないのに……」
「何だかこう、無意識のプレッシャーが半端ないよな」
昔の彼らならば胃がキリキリする程度にはなっていただろうが、今は単に居心地が悪い程度の感覚に留まっている。プレッシャーなど、毎日飽きるほど浴びせられている彼らがこの程度でどうにかなるはずがない。
「お前らもうちょっとシャキッとしろシャキッと。平常心を忘れ―――」
「ところで、あの眼帯をつけている方も凛々しいお顔をされていると思いません? ―――えぇ、あの小さい方」
「ミステリアスな雰囲気が素敵だと思いますわ♪ ―――小さくて可愛らしくもありますし」
「あのお髪も艶やかで素敵ですわね。―――小さいお姿に良く似合っておられます」
「…………」
「……おーい、大丈夫かー?」
「大丈夫? 何ガダヨ」
「あ、うん、大丈夫じゃないな。色々と」
「ハハハ、何ヲ言ッテルンダ」
「うん、とりあえず目だけ笑ってないその表情を止めような? 俺達でも怖いから」
もし今のセリフをサラにでも言われようものならば恐らくその時点でリアルファイト待ったなしだったのだろうが、流石に外部、それも男性に対しての免疫が極度に少ない女学生の前で怒号を挙げない程度の理性は残っていたようで、数秒すれば目に光が戻る。
「……スマン。何か変なモードに入ってた」
「……平常心でいられないのはお互いさまって事だな」
互いに顔を見合わせて深いため息を吐き、再びエリゼの後ろに続いて校内を歩く。
遊撃士になってからもそれ以前も大陸の様々な場所を見回ってきたレイだったが、流石に全寮制の女学院に潜入した事はない。初対面の女性から奇異と好奇心に満ちた視線を向けられるのは何もこれが初めてではないが、その視線に悪意や含みが一切感じられないというのはむず痒い。
一言で言って自分たちのような男子が”殺菌”の施された女子の花園に足を踏み入れるというのは場違いも甚だしいのだが、踵を返して帰ろうものなら招待者の面子を潰すことになる。いや、”彼女”ならば特段気にしないのかもしれないが、大きな借りを作ることにはなるだろう。
そんなことを思いながら歩いていると、エリゼがとある建物の前で立ち止まる。
ドーム状の屋根で包まれた赤レンガ造りのその建物は、校舎内の他の建物とは違い、窓が大きめに作られている。そこが学院の所有する屋内薔薇園であることをエリゼが説明した後、Ⅶ組の面々を招いた招待者がこの中にいるということを告げられた。
その時点で大半の者は理解する。招待者は様々な身分の人間が入り混じったⅦ組の面々を学院に許可をもらって呼べるだけの身分のある人間で、大っぴらに名前を呼べる人物ではないということを。
「―――姫様、皆様をお連れしました」
「あぁ、どうぞ。入っていただいて」
建物の中から聞こえてきたその声を聞いたことがある者、無い者を問わず、硬直する。特にユーシス、ラウラ、リィンの貴族身分であるメンバーは一様に瞠目していた。他の面々も、少なからず動揺している。
そしてそんな彼らを他所に、レイが誰よりも早く一歩を踏み出して建物内に足を踏み入れた。
茫とした、しかし優しげな導力灯の光が溢れる道を堂々と歩く。脇には色とりどりの薔薇が花壇を彩っていたものの、今この状況でそちらに目を向ける余裕がある者はいない。
恐る恐る、といった具合にレイの後に続いて薔薇園に入ってきたリィン達は、恐らく予想通りであっただろう”招待者”の姿を見て再び動揺を目の中に滲ませた。
従者であるエリゼを除いて、その高邁な雰囲気に呑まれていないのはただ一人。先頭を進んだ少年だけ。
建物の中央、広間の前で可憐に佇んでいたその少女は、その美貌の上に微笑みを乗せて優雅に一礼をした。
「ようこそ、トールズ士官学院Ⅶ組の皆様。わたくし、アルフィン・ライゼ・アルノールと申します。―――レイさんはこの間ぶりですね。その節はとても良いものを見させていただき、感謝のしようもございませんわ♪」
「……ご期待に副えたようで何よりです。まぁ、本人は中々恥ずか―――いえ、良い経験が出来たようですが」
「ふふ、それは何よりです。そういえばメイドの一人にその時写真を撮らせたのですけど……焼き増し致します?」
「後生ですのでどうかお願いします」
「まぁ、わたくしもその時の写真は写真立てに入れて自室に飾ってあるのですけど」
「お互い、目の保養になりましたね」
「えぇ、それはもう♪」
軽妙に交わされる二人の会話にポカンとした雰囲気がレイの背後で流れる。それを察したエリゼが軽く咳払いをすると、アルフィンが招き入れる形で広間の大テーブルへと案内された。
そこに移動するときに、背後から焦った様子のリィンに声をかけられた。
「れ、レイ」
「ん?」
「皇女殿下といつお知り合いに……もしかしてこの前の自由行動日に帝都に行った時か?」
「まぁな。色々あって意気投合してこうなった。それがどうした?」
「……いや、何でもない。レイのすることに驚くのはもう止めようと誓ってたはずだったんだが……本当にコッチの予想の90度直上を行くよな」
「褒め言葉として受け取っておくぜ」
いつも通りの飄々とした態度でリィンのため息交じりの言葉を受け流すと、レイは必要以上に畏まらない姿勢のままに案内された席に移動した。
―――*―――*―――
アルフィン・ライゼ・アルノールがリィン・シュバルツァーという男に興味を示したのはそう難しい経緯を経ての事ではなかった。
彼女は紛れもない皇族の直系。ユーゲント・ライゼ・アルノールの実娘であり、帝国の身分制度の頂点に位置している。
加え、彼女の皇位継承権は第二位。弟のセドリックが現時点で皇帝に即位する事が決まっている以上、彼女はいずれ然るべき爵位を持つ貴族の元に嫁ぐ事になるのだろう。腹違いの兄の影響もあって、今でこそ努めて明るく振る舞えるようになったし、実際気の置けない友人が出来た事で学生生活を謳歌していた。
だがそれでも、彼女は皇族の女性らしく、聡明だった。
一人の女として自由に恋愛が出来ない事などは分かりきっていたし、皇女としての務めを果たさなくてはならない時が、いずれきっとやってくるのだと、自身の未来を客観的に悟ってしまっている。
だからこそ、一縷の希望には賭けて見たくなったのだろう。付き人という体で一緒に居る親友の少女が事あるごとに漏らす彼女の兄の存在というものが、いつの間にかアルフィンの中で大きな存在になっていた事は仕方がない事だと言える。
そして無論、知っていた。彼がシュバルツァー男爵が山中で拾って養子にした、貴族の血を一切引いていない人物であるという事を。
名のある貴族達がそれを非難して嘲笑している姿は幾度か見て来たが、彼女にとって
御伽噺を呼んだ平民の少女が王女に憧れるように、彼女もまた、どこか達観した人生観の中で皇族としてではない、ただの一人の少女として抱える恋心というものに憧れていた。
それは、
最初は、ただそうだった。”身分違いの恋”という、戯れ程度の想いだけで興味を抱いていたの過ぎず、身も蓋もない事を言えば兄を好いている妹の赤面する姿を見て可愛らしいと思っていたに過ぎない。思わせぶりな言葉を言ってみて、それを聞いて拗ねる親友の姿というのは、彼女にとって癒しであったのだから。
だが、どれだけ悟ったような風をしていてもアルフィンはまだ15年しか生きていない。それは、恋愛感情を冷めた目で見るには早過ぎた。
つまるところ、
謹厳実直で、身を挺して大切なものを守ろうとする気概もある。それでいて凛々しい顔つきをしているとあらば異性にモテない方がおかしいだろう。その特異な人生の経歴がなければ、尚更だ。
だからこそ、兄が呼んだ客であり、件の青年と仲が良いという人物と話ができる機会が生まれたというのは彼女にとって僥倖だったのだが、思わぬ形で同好の士となってしまったその少年、レイ・クレイドルに彼の事について聞く事はなかった。
その理由は、あの時あの場所で告げた通り。親友に対してフェアじゃないと思ってしまったからだ。
アルフィンが一言、「あなたの兄が欲しい」と言えば、エリゼは彼女の仰せのままにすることだろう。聡い彼女は、そういった権利の上下を弁えている。
だが、それは愚作以上の何物でもない。彼女自身の尊厳に癒えない傷が刻み込まれるし、何より親友との交友が断絶してしまう。アルフィンにとって、それはある意味一番恐ろしい事でもあった。
本来ならば妹と義理の兄という背徳ギリギリのシチュエーションを間近で見てからかい、祝福するだけの傍観者でいたかったはずなのに、いつしか、当事者で居たいと思ってしまったのだ。
「よろしければ、”リィン兄様”とお呼びしても良いですか?」
気付けばそんな事を言っており、それを聞いたリィンは妹ともどもこれ以上ないくらいに狼狽えていた。
その様子を見て得も言われぬ高揚感がアルフィンの中に生まれると同時に、隣の席から声が掛かる。
「コホン。アルフィン殿下、そのようなお戯れは……ブフッ、リィンの精神衛生上よろしくないので……グフッ、手心を加えて下さると……ブハッ」
「何かメッチャ嬉しそうなんだが⁉」
「リィンの狼狽えてる姿が面白すぎてメシウマ」
「最後のはよく分からないけどとにかくバカにされたことは分かった」
「あぁっ、エリゼの困り顔もとても素晴らしいですわ♪ ささっ、もう一度その表情になってちょうだい。大丈夫、今度はちゃんとシャッターチャンスを逃さないから」
「っ~~~‼ もう知りません‼」
厳かな雰囲気であったはずのお茶会は一瞬にして気の抜けたようなそれに代わり、先程までガチガチに固まっていた面々もそれを見て多少肩の力が抜ける。
「いいじゃん。”お兄様”呼びくらい受け入れろよ。お前アレだぞ? 殿下にそう呼ばれてる奴ってあと一人しかいねぇんだぞ? 光栄だろ」
「本音は?」
「んなモン、面白そうだから以外に理由があると思ってんのか?」
「これはアレか? 俺はキレてもいいんだよな?」
「いいじゃありませんのエリゼ。わたくしもあなたも同い年。でしたら”お兄様”とお呼びしても違和感はありませんわ」
「本音は何ですか、姫様」
「顔を赤らめて困るエリゼが可愛すぎてわたくしの明日を生きる原動力になりますから♪」
「機能停止していただいた方が私の精神的にとても助かるという事を今改めて実感しました」
そんなやり取りを見て、部外者の8人は「あぁ……」と理解した。
≪帝国の至宝≫と謳われる彼女の意外な一面を垣間見る事が出来たが、不思議と軽蔑するような気持ちは毛ほども湧いてこない。
それも皇族特有の高貴なオーラがそうさせるのかと思っていると、ひとしきり相手をからかい尽くしたアルフィンが再び全員へと視線を向けた。
「(さて……)」
気を取り直してアルフィンが見たのは、他の女性陣の反応だ。
先程兄と呼ぶのを許可してくれるかどうかというやり取りをした時に、異なる反応をした人物が一人だけいた。
「(アリサさん、でしたっけ)」
大企業ラインフォルトグループの会長令嬢。名門貴族に比する教育を受けてきた彼女は、ある意味では貴族令嬢であるラウラよりも貴族子女らしい。
Ⅶ組においてレイとリィンに次ぐ統率能力を有する彼女は、アルフィンがリィンに興味を示した瞬間、僅かに顔色を変えた。そして、アルフィンはそれを見逃さなかった。
同じ女性のラウラ、エマ、フィーの3名は皇女殿下の行動そのものに驚いていたのに対して、彼女だけはその言葉の中身そのものに対して驚いていた。それが何を意味するかなど、少し頭を捻れば年頃の少女ならば誰でも分かるだろう。特にアルフィンは、
自分を数に入れて四角関係。数に入れなくとも三角関係。皇族である限り渦中には居られないであろうと思っていた関係が、今目の前にある。それだけで、アルフィンが上機嫌になるには充分だった。
「あ、それが嫌ならエリゼの事を”エリゼ姉様”と呼んで―――」
「姫様―――い・い・か・げ・ん・に・し・て・く・だ・さ・い・ね・?」
しかしその暴走じみた高揚感も、エリゼのその絶対零度の一言で冷えた。
その有無を言わせぬ威力たるや、絶好調でリィンを弄り倒していたレイですら動きを止めたほどであり、その場にいた全員がシュバルツァー家の家庭内ヒエラルキーを否応なしに理解してしまったほどだが、アルフィンは少し拗ねた表情を見せるだけで、狼狽える様子は微塵もなかった。
「……なぁリィン」
「……何だ?」
「悪い。お前の妹の事、ちょっと見くびってたわ」
「無理もない。あれは徹夜で飲んで帰ってきた父さんを玄関前で叱る母さんと同じレベルの圧力だからな」
「お前の家が女傑家系だって事は良く分かったよ」
つくづく”女性は怖い”のだという事を骨の髄まで染み込まされた男性陣をよそに、アルフィンは一つ咳払いをしてから改めて姿勢を正した。
「―――まぁ、それはともかく。本日皆様をお呼びしたのは他でもありません。ある方との会談の場を用意したかったのです」
本題に入ったのだと、そう理解した全員が表情を真剣なものへと変える。多少奔放な一面があるとはいえ、それはあくまでも”一面”に過ぎない。
生まれながらにして君臨者の一族に生まれた者だけが有する事のできるカリスマ性に気圧された者が数名。そうならなかった者であっても、アルフィンの次の言葉に耳を傾けていた。
しかし次に聞こえたのはアルフィンの口から出た言葉ではなく、耳朶を優しく撫でるリュートの音と、成人を迎えた男性の声だった。
「フッ、諸君。待たせたようだね」
瞬間、レイの眉が顰められ、椅子が僅かに引かれたのをリィンは見逃さなかった。
薔薇園へと入ってきたその人物は飄々とした表情を浮かべたままにリュートを構えてテーブルへと近づき、そしてアルフィンの後ろに立つ。
「誰?」と声に出したフィーと何も喋らないレイを除いて”多分どこかで見たことがあるけど誰だろうか?”という視線を向ける一同をよそに、男は気障な仕草を見せてから口を開いた。
「ある時は漂泊の天才演奏家、またある時は美を求めて彷徨う愛の狩人。剣林弾雨、修羅場も何のその。その名もオリビエ・レンハ―――」
「そいやっ」
「げふぅ」
長ったらしい上に嘘っぽい自己紹介を遮るように、いつの間にか男の間合いに入っていたレイが軽い声と共に男の腹部に拳を入れていた。
先程までの余裕はどこへやら、情けなく床をゴロゴロと転げまわる男を、レイはゴミを見るような目で見下した。
「長い上に偽名を語るな変態」
「ちょ、ちょっと待ってレイ君‼ 流石の僕もいきなり腹パンが来るのは想定外だった‼」
「あぁ安心しろ。当ててねぇから。拳圧で殴っただけだから」
「あ、それでこの威力なんだ。君のツッコミはミュラー君の数倍ハードだよ」
「後3秒以内に立たなかったら二撃目いくぞ。はい、いーち……そいやっ」
「危なっ⁉ ちょ、3秒じゃなかったのかい⁉」
「あ? そりゃお前、アレだよ。ガンマンが10歩下がって撃ち合うって時に馬鹿正直に10歩なんて下がんないだろ? アレと同じだよ」
「暴論‼ ―――いや、しかし何だろうね。そんなゴミを見るような目で見下されてそう言われると……ゾクゾクして来ないかい?」
「死ね、変態が。土葬と鳥葬と火葬と水葬とそこらへんに放置のどれがいい? 選ばせてやる」
「ごめんなさいすみませんちょっと調子に乗りました許してください」
ある意味、というよりアルフィンと出会った時よりも遥かに衝撃的な絵面がそこにはあった。
その男の正体を知っているユーシスとラウラは遠い目をしていたが、レイを諌めようとはしない。皇族への不敬だとか、理由付けは幾らでもできるのだが、事ここに至って常識的に行動する事が馬鹿らしくなってきた上に、妹君であるアルフィンがそもそも”もっとやれ”的な視線を向けているのであれば、関わるだけ無駄だろう。
帝国国民ですらない平民が皇族の一人を地に這いつくばらせているどころか追撃で足蹴を加えているという、見る人間が見れば王位転覆の一部始終にも見えるその光景を目の前にしても「
「いやー、失敬失敬。どうも悪ノリが過ぎたようだね」
「うふふ、お兄様ったら。分かっていてなされたのでしょう?」
「なに、ちょっとした友とのスキンシップのつもりだったんだけどね。まさか初手から容赦なく来るとは思わなかった」
パンパンと服についた汚れを払ってから、男性―――オリヴァルトはⅦ組の他の面々に視線を向けた。
「初めまして、ではない子達もいるようだが、改めて自己紹介しよう。オリヴァルト・ライゼ・アルノール。≪放蕩皇子≫などと呼ばれてるしがない皇族の一人さ。そして―――トールズ士官学院のお飾りの理事長でもあったりする」
その自己紹介、主に後半部分にリィン達が言葉を失いかけていると、レイがポケットの中に入っている
周囲を見たところ、どうやら着信が掛かってきたのが自分だけなのだと理解したレイは、アルフィンに一言断りを入れて薔薇園を退出し、通信ボタンを押す。
「あいよ」
『あら、ちゃんと出たのね。シカトされるかと思ったけど』
「そこまで薄情じゃねぇつもりだぞ。んで? 何の用だよ、シェラザード」
『クレアが集まって欲しい、だって。
その言葉に、レイは薄く笑った。
「了解。でも俺今アホ皇子に呼ばれてる最中なんだけど」
『アイツも一枚噛んでるに決まってんでしょ? アルフィン殿下も承諾済みだし……あ、そうだ。それじゃアイツに伝えておいてくれない?』
「何を?」
『「この件が終わったら死ぬまでお酒に付き合って貰うから♡」って』
「……マジで天に召させるなよ? いや、まぁ伝えるけど」
『オッケー。それじゃ、よろしくね』
「あいあい」
本来であればそこで通話は終了するはずなのだが、レイは会話を区切りながらもボタンを押さなかった。
すると、シェラザードから「どうしたのよ」と訝しんだ声が飛んでくる。それに対してレイは、努めて洒脱な声で応えた。
「いやな、俺今仮にも学生なわけよ。それなのに色々とさぁ、自分勝手な事してんなぁって思って」
『……思う所があるんなら参加しなくても大丈夫よ。あんたがいなくても、コッチは何とかできるから』
言葉だけを見るならば突き放しているように見えなくもないが、その声色が本気でこちらを心配している事は充分に読み取れた。
だからこそ、その譲歩に甘えるわけにはいかない。
「ん。大丈夫だ。断りを入れ次第すぐに行く」
『そう。待ってるわ』
それを最後に、レイは今度こそ通話終了のボタンを押した。それと同時に、顔を右手で軽く覆って、ふぅと軽くため息を吐く。
らしくないことを言ったと、そう思っている。元より自分を駒として策謀に組み込むようにクレアに薦めたのは他ならぬ自分自身だというのに、これでは怖気づいているのと何も変わりはしない。
それを否定し、いつも通りの平然とした様子の”仮面”を被ってから、レイは薔薇園の中へと戻った。
「やぁレイ君。急用かい?」
まるで世間話をするかのようにそう言ってくるオリヴァルトに、今度は苛立ちの感情も湧かず、苦笑したままに一つ頷いた。
「申し訳ありません、アルフィン殿下。急用で呼ばれてしまいましたので、自分だけここで失礼致します」
「あら、それは残念ですわ。食にお詳しいというレイさんを是非今夜の晩餐に招待したかったのですけれど」
「ご期待に副えず申し訳ありません。感想は後程リィン達から聞く事とします」
そう言ってリィンの方へ顔を向けると、彼は一つ溜息を吐いたものの、黙して頷いた。
「あぁ、そうだ、オリビエ」
「何だい?」
「シェラザードから伝言だ。祭りが終わったら限界飲みに付き合ってもらう、だとよ」
「アルフィン、どうやら僕の命は夏至祭の終了とともに尽きてしまうらしい。今から遺書を認めるから、僕が死んだらこれを父上に渡してくれ」
「お酒を飲まれてお亡くなりになられるのでしたら皇族と完全に関係を断ち切ってからの方が宜しいかと♪」
にべもなく毒を吐いたアルフィンに涙声で懇願するオリヴァルトを横目に見て、レイは深く一礼してから、その場を去った。
前書きでテスト勉強で死にそうだと書いたクセにそれでもアニメは観たくなるダメ人間。それが私です。
がっこうぐらしと乱歩でMPがガリガリ削られた傷心状態に陥った後にダンデライオン、WORKING、のんのんびよりのコンボで回復させる一週間。