英雄伝説 天の軌跡 (完結済)   作:十三

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「ふざけるなよ お前が今言わなきゃなんねぇのは”ごめんなさい”じゃないだろ?
 ”助けてくれ”だろ?」

              by 上条当麻(とある魔術の禁書目録)









万斛の願い

 

 

 たった一人。その一人がいるだけで戦況が一変してしまう程の実力を持った人物。

嘗ての中世の時代に於いては、そういった人物が戦場を彩っていた。剣を、槍を、或いは弓を、その時代に於いて随一と謳われるまでに鍛え上げた英雄達が戦場の華となる。

 しかし、銃や大砲が主武器となって来ると同時に、そういった者達は戦場の表舞台から姿を消していく。勝敗を決めるのは兵の練度と情報、そしてそこから立案される綿密な作戦。最強の英雄よりも優秀な指揮官が必須となった現代に於いて、確かにクレアは”強者”の部類にある人間であった。

 

 

「どうかご協力を、宜しくお願いします」

 

 場所は元遊撃士ギルド帝都西区支部。その応接間にて、クレアが頭を下げた人物は4名。

 リベール王国のギルド支部から招聘された正遊撃士、シェラザード・ハーヴェイとヨシュア・ブライト。元・帝都ギルド支部所属のA級遊撃士で、現士官学院戦技教導官のサラ・バレスタイン。

そして、元・≪結社≫執行者にして元・遊撃士、そして現士官学院学生であるレイ・クレイドル。

 いずれも単身勢力という点で見るのならば、クレアよりも余程強い者達だ。それでも、彼らはクレアを嘲弄したりはしない。

 その理由は様々だ。一度同じ席で酒を飲み交わしたよしみ、同じ男に惚れたライバル、親友が信頼している人物、等々あるのだが、それでも彼らが共通してクレアに抱いた感情はただ一つ。

 敵に回すとこの上なく厄介だ(・・・・・・・・・・・・・)という―――戦う者としての本能が告げたその危機感が、彼女の第一声を否定させた。

 

「頭を上げなさいよ。あたし達はもう覚悟決まってんだから。そうでしょ? ヨシュア」

 

「えぇ。それに、親友の想い人の頼みを断れるわけないじゃないですか」

 

「アタシにとっては他人事じゃあないしね。……またこの帝都で好き勝手させるわけにはいかないわ」

 

 次々と言葉を返す3人をよそに、レイはソファーに座ったまま、頬杖をついて目を瞑っていた。

はて、と首を傾げるヨシュアとシェラザードを横目に、サラがレイの頬を引っ張った。

 

「いだだだだだだ」

 

「ちょっと、アンタ今半分寝てたでしょ。寝てたわよね?」

 

「いやいや、寝てない。寝てないって。いや、ホントマジで」

 

「あ、懐かしいね。エステルが遊撃士資格を取るための勉強してる時に寝ててシェラさんに叩き起こされた時、同じ言い訳してた」

 

「えぇ、そうね。確か一言一句同じこと言ってたわ」

 

「馬鹿な。俺は寝てて起こされても言い訳なんかしないぞ。”スイマセン、眠かったんです”ってちゃんと言うぞ」

 

「アンタ6秒前の自分のセリフちょっと思い出してみなさい」

 

 先程まで緊迫していた状態と打って変わって軽妙になる空気に、クレアは思わず表情を綻ばせてしまう。

そしてそれを見て、レイもまた笑った。

 

 

「ん。笑ったな(・・・・)

 

「あ……」

 

「辛気臭いのは本番、全てが起こった後でいい(・・・・・・・・・・・)。それまで、いや、事が起こってからも余裕の表情は崩すなよ? 指揮官ってのはそういうモンだ。俺も昔、クセのある猟兵共の長をやってた事があるから分かるんだよ」

 

「……あぁ、そういえば≪執行者≫時代に強化猟兵の中隊預けられてたよね」

 

「それが今やあんたと一緒に≪結社≫抜けて”正義の猟兵”とかやってんだから世の中分かんないわよねー」

 

「ちょっと、話ズレてるわよ」

 

 ともかく、と、レイはソファーから立ち上がると、クレアの肩を軽く叩いた。

 

 

「俺の言葉なんて要らねぇだろうよ。存分に”俺”を、”俺達”を使ってみせろ」

 

「……任せてください。このクレア・リーヴェルトの名に懸けて、今度こそ必ず帝都を守ってみせます」

 

 力強い言葉に、四人ともが頷く。そして改めて、作戦会議の体裁を整える。

 クレアは口元に笑みを残したまま、しかし眼光鋭く応接間のテーブルに帝都の地図を広げた。

 

「それでは―――本題に入りましょうか」

 

 

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 

 

 

 

「士官学院に新たな風を吹き込む事、ですか」

 

 

 それこそがトールズ士官学院の理事長として自分が為すべき事だと、そうオリヴァルトは言った。

 彼が経験してきた事は、正直分からない。2年前の≪リベールの異変≫の後、高速飛空艇≪アルセイユ≫に乗って帝国へと帰還した彼が、一体どういった世界を垣間見て来たのか。それをこの場で聞く事が出来ないのは重々承知だったが、それでも気になってしまう。

 

「殿下は、その、ヨシュアさんやシェラザードさんとは……」

 

「戦友、というのが一番正しいだろうね。彼らと出会ったのは全くの偶然だったが……それでもあのリベールという地を彼らと共に駆け巡った日々を、私は生涯忘れる事はないだろう」

 

 そしてその激動の日々が、帰国後の彼の使命感に火をつけた。

 ”偏見的な目を持たず、自らが見、そして聞いたものを事実として受け止め、それを成長の糧とする”。貴族制という慣習に縛られたエレボニアだからこそ、未来を切り拓く若者達にそういった慧眼を養ってほしいという彼の切実な願いこそが、”特科クラス Ⅶ組”という異色の場所を設立させるに至った。

 

 そのオリヴァルトの目論見は、確かに成功したと言えるだろう。Ⅶ組の面々はこれまで、特別実習を中心に様々な”壁”に立ち塞がり、それを乗り越えて来た。それは、このⅦ組という場所でなければ得られなかった経験だ。

 

「西ゼムリア大陸は、今や恒久的な平和が続く地とは言い難い。北の地、ノーザンブリア大公国で起きた≪ノーザンブリア事変≫を切っ掛けに、大陸の激動の時代は幕を開けた。君達もこれから生きて行く中でその猛威、理不尽さを突きつけられる事があるかもしれない。そんな”壁”と相対した時に乗り越えられる力を、君達には有して欲しかったんだ」

 

 尤も、と、一度話を区切ってから、オリヴァルトは肩を竦めた。

 

「私はⅦ組の発足を提案して、設立させただけに過ぎない。運営は既に私の手元からは離れてしまっているから、君達に説教じみた言葉を掛ける権利などはないんだけどね」

 

「……いえ、とんでもありません」

 

 リィンがそう言うと、他の面々も頷く。

 

「殿下がⅦ組と言う場所を設けて下さらなかったら、自分達はこうして仲間としてぶつかりあったり、助けあったりする事もなかったでしょう。自分にとってそれは掛け替えのない事ですし、それに……」

 

「”道”を示してくれた友とも出会えました。自分達に”慢心”という言葉を毛程も抱かせてくれなかった、非常に頼りになる友に」

 

 自分の言葉を引き継いだラウラを見ながら、思えば皆変わったなと、リィンは改めて思う。

 当初、Ⅶ組メンバーの中でアリサ、エリオット、マキアス、エマの四名は、本格的な”戦い”を知らない素人だった。加えて言うならば、リィンやラウラ、ユーシス、ガイウスも戦闘の経験こそそこそこあったものの、それも”戦闘”の本質からはズレていたのだ。あの二人―――レイとフィーを見てそう思った。

 対人・対魔獣を問わない戦闘のプロフェッショナル。一切の慈悲と容赦無く戦う時の彼らは極限まで無駄を削った洗練された動きで、勝利を掴み取るただそれだけのために鍛え抜いた技を振るう。

それを見た瞬間に、否応無く自分達が井の中の蛙である事を思い知らされた。技を究めた優越感など欠片も持つ事無く、自分がどう勝ち、どう生き残るかという、生物としての極致を常に垣間見た振る舞いは、自分の中の”ナニカ”を恐れて流派の修行を打ち切られたリィンにとって、余りにも違いすぎる生き方だった。

 

 故に、劣等感を何度感じたか分からない。外見とは裏腹にいつも飄々と、しかし自分達の遥か前を後ろを振り返る事もなくマイペースに歩いて行く存在―――そう思っていた。

 しかし、実際は違った。無関心どころの騒ぎではなく、彼は鬼もかくやと言う程の苛烈さでリィン達を鍛え上げて行った。劣等感を抱いたとしても、それを自覚する暇が無いほどに自尊心も意地も何もかもを踏みにじって磨り潰して混ぜて再構築する勢いでこちらの心を木端微塵にへし折ってから、決して見捨てる事などなく鍛え上げてくれた。

 そしてやはり、そこに容赦などなかった。「鍛えてくれ」と、そう言ったのは確かにこちら側だったが、彼はサラと組んで情け容赦なく扱いて来た。

今でこそその地獄の教練に着いて来れるようになったが、初期の頃など失神者が出るのが当たり前で、特に入念に扱かれた”前衛組”の数人は危うく仮死状態になる一歩手前まで追い込まれた事すらある。

 その甲斐もあって漸く強さを実感できる様になって来たと思ったら、褒め言葉もそこそこに嬉々として”ギア”を上げて次の段階へとシフトさせていく。驕ろうにも驕る暇すら与えてくれないのだから、強くなるしか他はない。

 

 ”壁”の問題にしたってそうだ。試練に対して立ち止まるというのは、つまるところ後退しているのと同じ事。そこでウジウジと悩んでいたら、これまた容赦なく背後から背を蹴り飛ばされる。

 何してる、後ろがつっかえてんだよバカ。と、憎たらしく思えるほどの笑みを浮かべてそんな刺々しい言葉と共に彼らを前へ、前へと進めていく。

 本来であれば遥か前を歩いているはずの彼が、後ろから迫ってくる未練やら後悔やらを一切合財全部断ち切るためにわざと殿(しんがり)の場所に陣取って鼓舞し、そして必要とあらば前に出て、今ではまだ届かない”目標”として立ち塞がる。

 

 だからこそリィン達は、どこまでも強く在ろうと願い続ける事が出来る。

 

 

「……殿下は、レイとはどこで知り合いに?」

 

「初めて顔と顔を合わせたのは去年の10月が初めてだったかな? その時にトールズへの推薦状を手渡したのさ」

 

 エレボニア随一の士官学院であるトールズへの推薦入学というのは、並大抵な事では取る事が出来ない。

なにせ『四大名門』の嫡子ですらも一般入試を通過しなければ入学を許されない程である。そもそも推薦入試願書は規定で学院理事長のみが発行できる希少な物であり、その制度が適応されるのも数年に一度という頻度である。

 だが、他生徒との軋轢を生まないために公式的には一般入学と同じ扱いになっており、試験も受けて入学するのだが、その代わり、入学金・授業料・設備維持費の一切が免除される事となる。

授業料の免除だけならば特待生で入学したエマが同じ恩恵を授かっているが、それよりも上の待遇で入学していたという事実には、特に驚かなかった。

 

 どこか達観したかのようなⅦ組の面々の表情を見て、オリヴァルトは苦笑を漏らす。

 

「どうやら、君達もレイ君に充分扱かれて来たようだね。価値観が随分と変わったと見える」

 

「え、えぇ……まぁ。何と言いますか、その……彼と一緒に居ると一々驚く事が億劫になってしまいまして」

 

「レイは常識外れがデフォだから、驚くと思う壺。数ヶ月一緒に過ごせば価値観なんか変わって当然」

 

「何だか国外旅行みたいな扱いね……」

 

「それが良い事なのか悪い事なのか分からないが」

 

「胆力を鍛えるという点ではもってこいだと思うが」

 

「ガイウスのポジティブシンキングは変わってないね」

 

 緊張も何もなくモグモグとデザートのケーキをひたすら食べているフィー以外の八人が意気消沈しかかっているのを、アルフィンの上品な笑いが掻き消す。

 

「うふふ。皆様は本当に仲がよろしいのですね」

 

「は、はぁ。確かにそうなんですけど……」

 

「時々僕達とレイの関係って反乱した奴隷とそれを容赦なく鎮圧する武神って感じになるよね……」

 

「ほぼ毎日ボロ雑巾みたいになってるとその内悟りを開きそうで怖い」

 

 皇族の前だという事も忘れてどんよりとしたオーラを発する一同だったが、その分今ここにいない彼の事を考えてしまう。

 また自分達と離れて”何か”をしようとしている彼を、先程リィンは不承不承ながらも頷いて送り出してしまった。無論、止めた所で止まるはずもなく、上手い事言いくるめて行っていたのだろうが、それでもやはり気になってしまう。

 元遊撃士として、自分達には及びもつかないような修羅場を潜って来たのであろう彼にしか頼めない事もあるだろう。それは実力よりも積み重ねた実績と経験がものを言う世界であり、その世界に足を踏み入れられない事が、悔しくて仕方ない。

 無意識にテーブルの下で拳を握りしめてしまったリィンのやるせない感情を、しかしこの人物は見逃さなかった。

本来であればこの時点で伝えたい事も伝え、お開きになる会合だったのだが、気付けばこんな声が室内を再び張りつめさせた。

 

 

「ふむ、ところで君達は、レイ君の事をどれだけ知っているんだい?」

 

 それは、ある意味で禁句と言っても過言ではなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 コト、という軽い音と共に、テーブルの上にとある物が置かれる。

 掌に収まる程の、しかし特徴的な形状をしたその機械部品は、紛れもなくレイが実習一日目に暗闇の中で拾ったそれだった。

それを覗き込み、クレアが白手袋を填めた手で掴んだ。

 

「これが、その……」

 

「あぁ。西部12街区のアパートの地下で拾ったブツで、間違いなくラインフォルト社製の短機銃の(・・・・・・・・・・・・・・)部品だ(・・・)

 

 右目の眼帯を右手の人差し指で軽く叩きながら紡がれたその情報は、レイの”眼”を知っている者からすればデタラメだと嘲笑する事は出来ない。

故に真偽を問うよりも、まず先に詳細を聞く方がいち早く真相に辿り着けるという事を、ここに集まった全員は分かっていた。

 

「型番は?」

 

「1203年製造のラインフォルト社製『RT-840 短機関銃』。同型に『RT-830』という姉妹銃がある―――という事になっている(・・・・・・・・・)

 

「……成程ね」

 

 意図に気付いたヨシュアが、目を瞑ったまま小さく頷いた。

 

「ラインフォルト社の製造過程には載っていないはずの銃、という事か」

 

「あぁ。今朝方シャロンに問い合わせてみたが、カタログには一切載ってないブツだった。研究開発という体で製造して”欠陥が見つかったから廃棄”という理由でカタログに載せなかったんじゃないかって言ってたな」

 

「厄介な相手ねぇ。それって帝国最大の軍需産業の中にも入り込まれてるって事でしょ?」

 

 シェラザードの言葉に、サラとレイが僅かに表情を硬くする。

 振り返るのはノルド高原の一件。レイは直接見ていないが、サラは同じようにラインフォルト社の”表側”が関与していない状態で製造された小型飛空艇を目撃している。それを利用していたのが他ならぬノルド高原で帝国軍と共和国軍を衝突させようと画策していたテロリストであったのだから、表情を強張らせるなという方が無理だろう。

 

「……これを発見した時の詳細をお願いできますか?」

 

「アパートの空家の調査を依頼されて動いてた時、やけに綺麗に片付いてた部屋がリストにあってな。気になって調べてみたら……床下に帝都地下水道に通じる穴があった」

 

「それは……」

 

 当初は夜逃げの類かと思っていたのだが、こうなってくると俄然話は変わってくる。

 ”何者かが”、”製造過程不明の短機関銃を所有したまま”、”地下水道を伝ってどこかへ行った”。それを怪しいと思わない者は、今この場所には存在しない。

 

「部屋に埃は積もってなかったし、その部品も湿気が多いあの場所で錆びてなかった。あの部屋の人間が抜けだしたのはここ数日の事だろうよ」

 

「何が狙いか、なんて考えるまでもないわね」

 

 そう。口に出すまでもない。よりにもよって”動き出した”のがこの時期であるという事からも、彼ら(・・)の狙いは明白と言える。

 

「成程。確かに複数人が潜伏している可能性は高そうですね」

 

「高そう、じゃなくてそうだろうさ。お前だってほぼ確信してんだろ? ヨシュア」

 

「……まぁね。何かをやらかすつもりなら複数人で攪乱した方が成功率は高いし。―――それが要人の拉致、或いは暗殺だったら尚更」

 

 嘗て”そういった”技術を仕込まれていたヨシュアの言葉に、一同が口を噤む。

 帝都内での協力者の潜伏。それはある程度想定されていた事ではあるが、実際にそうだとするならば厄介な事ではあった。目に見えて害悪だと分かる敵を相手にするよりも、数百倍タチが悪い。

 

「随分と懐に潜り込まれてる状態ね」

 

「結構前から入念に土台を築いてたみたいだな。現時点じゃ、相手の方が数枚上手だ」

 

「ですが―――上手だと分かっているのなら(・・・・・・・・・・・・・)、やりようは幾らでもあります(・・・・・・・・・・・・・・)

 

 冷静に情報を分析して悲観的になりかけていた雰囲気を、しかしクレアが塗り替える。

呼吸を整え、軍帽を被り直し、臙脂色の瞳は涼やかに勝利のみを見据えていた。

 

「策を弄する者の端くれとして言わせていただきますと、一番怖い敵は”自分より実力が上か下か、それすらも分からない敵”です。ですが、相手が私よりも丹念に時間と手間をかけて策を作り上げたと言うのであれば、私はただその先を行けばいい(・・・・・・・・・)だけの話です」

 

 鉄道憲兵隊の司令官に就任して以来、老獪な大貴族や領邦軍を相手に立ち回って来た強かさを発揮する。

一手上回るのなら二手、三手上回るのなら四手先を打てば良い。そしてそれが出来るだけの実力が、クレアにはある。

 

「そこいらの木端テロリストじゃねぇぞ?」

 

「それは既にノルドの件で承知しています。ですから、こちらもそれなりの策は用意させていただきました」

 

 涼やかな微笑と共に出たその言葉を聞いて、四人の背中に冷たい汗が一筋垂れる。

その時、レイの隣に座っていたシェラザードが、コソコソと耳打ちをしてきた。

 

「……分かってたけどクレアもあれで結構Sッ気あるわね」

 

「多分お前と違うベクトルのな。てかお前も少しは自重しろよ。どーせ今でも魔獣調教とかやってんだろ?」

 

「この前ロレントに迷い込んできた魔獣の群れを鞭の一閃だけで追い払った時は笑ったなぁ」

 

「ちょっとヨシュア、言わないでって言ったでしょ。あの後アイナにも爆笑されたんだから」

 

「なにそのカオス。俺も見たかった」

 

 ともあれ、と。

ヨシュアも混ざった時点で、話は少し真面目な方へと移り変わる。

 

「活発系のサラにクール系のクレア、それに昨日聞いた話だともう一人メイドさんがいるんでしょ? 選り取り見取りで羨ましいわねー」

 

「昔からモテてたからね。レイは」

 

「昔はアレ、モテてたっていうより弄ばれてたって感じだったがな」

 

 そもそも今もモテているとは思っていない。サラ達との関係は「モテている」などと軽い言葉で片付けたくはないものだし、やたら写真が売り捌かれるのは、あれもからかわれている状態である事に変わりはない。そう思っていた。

 

「んな事言ってヨシュア、お前だってマダムキラーだろうが。その甘いマスクで何人のマダムを虜にして来たんだ? あぁ?」

 

「何でやたらケンカ腰……」

 

「まぁヨシュアがモテてエステルがヤキモチ焼くのはもう定番だしどうでもいいとして……ま、安心したわ」

 

「?」

 

「だってあたしとコンビ組んでた時、今以上にしっかりと”仮面”被ってたじゃない」

 

 今はそれが少しではあるが緩和しているのだとレイの肩を軽く叩きながら言うと、ヨシュアも一つ頷いた。

 そんな事はない、と反論する事は出来なかった。確かに他人と本音で接する事も増えて来たし、少なくとも三人に対してはありのままの自分で接しようという努力はしている。

ただ、だからと言ってリベールで過ごした一年間が偽りだったかと言えばそれも否である。王国で出会った人達との関係は決して浅いものではなかったし、レイとて好んで己の本音を隠していたわけではなかったのだから。

 しかし、遊撃士という”正義の味方”の職業を生業とするにあたって、過去の自分ははっきり言って邪魔だった。ただそれだけに過ぎない。

 

 

「ま、あたしと酒飲みで付き合えるようなのが二人もいるんだから大丈夫か。後一人のメイドさんは知らないけど」

 

「お前の中の大丈夫な人間の選別基準がおかしい。後、シャロンはあの二人以上に強いぞ」

 

「ホント⁉ そりゃ良い事聞いたわ‼」

 

「食いつくトコそこ⁉」

 

「コラ。アンタ達、今一応作戦会議中よ。クレアも何か言ってや―――」

 

「すみませんシェラザードさん。リベール時代のレイ君について詳しく」

 

「ちょっと待ちなさい策士の端くれ」

 

 唯一真面目な態度のままだったサラがその後数分説教を行い、再び落ち着きを取り戻すと、クレアがテーブルの上に一枚の封筒を置いた。

 それは一般人が使うような枯草色のそれではなく、”部外秘”という判が押された澱みのない黒色の封筒。

それに目を落としたレイは、クレアの顔を見やり、彼女が首肯するのを確認してから封を解いて中身を確認した。

 シェラザード、ヨシュア、サラも同じように目を通し、そして全てを読み終えた後、何を言えるでもなく脱力した。

 

「はぁ、これは……何と言ったらいいのか」

 

「クレア、アンタ本気でこの作戦を実行するの? 下手したらアンタの首が飛ぶどころの話じゃないわよ」

 

 本気で心配するサラの言葉も尤もであり、封筒の中に入っていた書類に記されていたのは、今回の夏至祭においての”非常時”に対応する細かな作戦概要だった。

 事前に「皇族が一枚噛んでいる」という事を知らされていたサラとシェラザードさえ驚きを隠せない内容のそれは、失敗すれば確かにクレアが罷免される程度の罰では済まないものであった。

 

「えぇ。本気です。皇族の方々のお許しは既にいただいておりますし、閣下も賛同して下さいました。―――それに、”タイミング”を計るのはそう難しい事ではありません。そうでしょう、シオンさん」

 

「―――左様ですな」

 

 その言葉に促されるように顕界したシオンは当然だと言わんばかりにそう言い、そして付け加える。

 

「寧ろ本題はその後ではありませぬか? 敵の戦力を鑑みる限り、総員で抑え込まねばなりますまい。姫殿下らの”追い役”に割く人数は―――」

 

「いや、適役はいるさ」

 

 式神の尤もな懸念を、レイが遮る。その意図を数秒もせずに読み取ったシオンは、一つ溜息を吐いた。

 

「……主、リィン殿達を使うおつもりか?」

 

「”使う”という表現は適切じゃねぇぞ、シオン。あいつらはもう弱くない(・・・・)。まぁ、全部が終わった後に俺があいつらに一発殴られれば済む話だ」

 

 悪癖で自虐的な笑みを浮かべたレイに対して、シェラザードとサラの二人が左右から頭を叩いた。

スパン、という小気味の良い音が響き。一瞬グラリと体勢を崩したレイに、追い打ちを放つかのように口を開く。

 

「あんたね、また下らない事考えてたでしょ。望んでもない悪役面して責任引き受けようなんて5年早いわ」

 

「せめて成人してからそういう事は言いなさい。アンタみたいな小生意気な子供の責任取るために、大人(アタシ)達は居るんだから」

 

 ポンと背中を叩くのはヨシュア。

 

「まぁ、そうだね。一応年上として責任の肩代わりくらいはさせてくれると嬉しいかな。僕は生憎と君より強くないけどさ、それでも借りを返さないままってのは僕の信条に反するから」

 

 そして最後に、クレアが一つ頷く。

 

「責任を感じるのは私の責務です。謗られるも恨まれるも私の役目です。”昔”のあなたはそう(・・)せざるを得なかったのでしょうが、今は違います。あなたはあなたの赴くまま、自分が在るがままに動いて下さい。それをきっと、リィンさん達も望んでいます」

 

 自分一人が悪者になるのを許さない。例え自分が許しても、この三人が、そして仲間達が許してくれない。

 なら仕方ないなと、レイは自分でも充分卑怯だと思っている理由で自分を納得させる。そうしてソファーの背に立てかけていた長刀を静かにテーブルの上に置いた。

そしてそれに続くような形で、サラが導力銃とブレードを、シェラザードが鞭を、そしてヨシュアが二振りのナイフを同じようにテーブルの上に置く。その後、代表する形でレイがクレアを見据えて口を開いた。

 

「やるんなら万事抜かりなく。誰一人死者を出さず、誰一人とて不幸にさせない。そのために俺達は死力を尽くす。クレア、お前に命を預ける」

 

 レイ達は分かっていた。

ここにいる四人がチームを組めば、木端でないとはいえテロリスト如きには後れを取らないだろう。わざわざリィン達まで巻き込むまでもない。だが、それだけでは終わらないのだろうという(・・・・・・・・・・・・・・・・・・)事を(・・)、本能で理解してしまっている。

 特にレイにとっては他人事ではない。動くのがノルドで出会った連中であるならば、十中八九いるだろう。自分と互角に戦り合った、フードの人物が。

 幾らリィン達が強くなったとはいえ、それとこれとは話が違う。”本当の全力”ではなかったとはいえ、レイと真正面から剣戟を交わして互角に戦った人間である。数の優位性や連携の強みが生かせるという、だたそれだけでは太刀打ちが難しいタイプの敵だ。

 言うなれば、どんな理不尽な状況下に陥っても潜在的に内包している達人としての気質が戦局を打開してしまう無意識化の英雄気質、とでも言えば正しいのだろうが、生憎と悪事に加担している時点で”英雄”などという肩書は名乗る事は出来ない。少なくとも、レイがそうであるのだから。

 加え、恐らくお目付け役として数人(・・)いるだろうそれを相手にしながら、突発的な出来事に臨機応変に対応出来なければならない。そしてそれは、遊撃士の得意分野であった。

 

 本来であるならば、テロリストが行動を起こす前に対処を済ませ、動きを全て封殺させていなければならない。それが出来ていない時点である意味防衛線としては失敗しているし、そこの所はクレアも自覚があった。

 だからこそ彼女は、その後の作戦を迅速に考えた。敗北者なりに出来る限り勝利に近い状況を掴みとるために、軍属という枠組みを超えて、精鋭の遊撃士に協力を依頼したのである。

 それは、矜持と自負を持つ帝国正規軍に所属する者にとっては御法度にも近い。ギルドの支部が置かれた当初から他国とは異なり反目を繰り返してきた両者の溝は深く、この作戦が成功しようとも、クレアは少なからず詰問されるだろう。

 だがそんな事よりも、彼女は確実に皇族、そして市民の安全を守る方を優先した。規律を侵して査問されようとも、今この瞬間を守り切れるような、そんな軍人で在りたい。それこそが彼女の願いであるために。

 

 だから、クレアは腰のガンホルスターから愛用している大型の導力銃を引き抜き、やはりテーブルの上に乗せた。

 

 

「―――任せてください。必ずや、その期待に応えて見せましょう」

 

 そう言いきった彼女の瞳はどこまでも澄んでおり、四人はそれに対して強気な笑みを見せた。

 恥と外聞を投げ捨てた者達の戦いが、決して温いものではないという事を見せつけてやろうと、そう誓いを立てて。

 

 

 

 

 

 

 

 




 この一日はまだ続きます。だってアリサとリィンの夜の帝都デート回まだ書いてないもの。これ書かないとシャロンさんに鋼糸で細切れにされちゃうもの。

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