英雄伝説 天の軌跡 (完結済)   作:十三

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 「負けを認めて死にたがるな、死んで初めて負けを認めろ
  負けてそれでも死にそこねたら、そいつはてめえがツイてただけのことだ」
      by 更木剣八(BLEACH)









帝都騒乱 参

 

 

 

 

 

 

 誰も知らない歴史がある。とある古文書に綴られた真実が、エレボニア帝国には存在した。

 

 時は七耀歴371年。帝都ヘイムダルが開かれて200年が経とうとしていた時、”災厄”が突然都を襲った。

 

 漆黒の瘴気を撒き散らす魔竜、”ゾロ=アグルーガ”。地の底より出現したソレが吐き出した瘴気は瞬く間に帝都を覆い尽くし、生ける屍となった民達は都を徘徊する闇となり、魔竜の眷属らが跋扈するようになる。荘厳な都はそれ程の時も経ずに”死都”となり、皇帝は生き残った民や臣下らと共に白亜の都市、南部のセントアークに遷都したのである。

 

 ―――時が流れて100年後。

 

 7代後の皇帝、ヘクトルⅠ世が死都と成り果てたヘイムダルの奪還を決意し、精強な騎士団と共に進撃を開始するが、強力な闇の眷属たちに阻まれて苦戦を強いられてしまう。

 しかしそこで、彼は”とある存在”と邂逅した。

 

 嘗て、それこそ気が遠くなるほどに遡った時代。地に降り立ち、千日もの間相争ったと謳われる二柱の”創世の巨神”。相討ちとなった二神が残した爪痕の中に存在した、”巨イナルチカラ”と呼ばれる遺物の一つ。

 帝都の地下に眠っていたそれこそは、巨いなる緋色の騎士・≪テスタ=ロッサ≫。緋の巨騎士はヘクトルを主とし、地を震わすほどの圧倒的な力と、無数の宝具を携えて、魔竜の喉元にまで迫った。

 そして死闘の後、遂に悲願である魔竜を討伐せしめたのである。その身に、千年の時が経とうとも決して癒えない怨呪という名の毒を残して―――

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 

 

 

 

 古代遺物(アーティファクト)とは即ち、唯一神である空の女神(エイドス)が地上に遺した秘蹟。

 それが引き起こす”奇跡”とも呼べる現象は、発達した科学文明程度では解明する事は叶わず、七耀教会では”早すぎた女神からの贈り物”と称して、専門の組織が積極的に回収をしている。

 

 そして今、ギデオンが有している”魔物を意のままに操る”という≪降魔の笛≫も、例に漏れず古代遺物(アーティファクト)の一つであった。

 嘗て、闇の眷属の力を利用してとある王国に反旗を翻そうとした召喚師(サモナー)の男が有していたとされているそれは、ありとあらゆる魔物を支配下に置いて操る事が可能であったが、国家転覆は失敗に終わり、男は処刑された。しかし、国内に邪悪な音色を撒き散らしたその笛だけは、どこにも見当たらなかったという。

 

 その呪われた古代遺物(アーティファクト)が今、帝都地下通路の最奥に存在する地下墓所(カタコンベ)で、災厄の化身を召喚していた。

 千年近く前にヘイムダルを恐怖と死の世界に貶めた、伝説の魔竜”ゾロ=アグルーガ”の死骸。肉体は朽ち、強靭な鱗も剛爪も、空を舞うための両翼すらもない。しかし、それでもその穢れた魂に宿る負の怨念は、眼前に立つ全ての生物に嫌悪感を感じさせてしまう程に強力だった。

 

「ク、ククク‼ これが伝説の魔竜か‼」

 

 その絶対的な威圧感に、ギデオンは堪らず高笑いをする。たとえ骨だけになろうとも、その豪壮さは健在だ。巨躯を揺らして矮小な人間に迫る様は、その肉体が存在した頃の暴虐さを彷彿とさせる。

叶うのならばこのまま足止めを押し付けて逃走を図る所なのだが、流石の≪降魔の笛≫といえども、これだけの存在を無条件で従えられない。使用者が100アージュも離れれば、制動は困難となり、こちらに襲い掛かってくる可能性もある。

まぁ元より、流石の連中も死骸であるとはいえ伝説の魔竜には勝てないだろうと、高を括っていたため、逃げる必要もないと油断していたのだが。

 

 

 しかし蓋を開けてみれば、実に効率よく、堅実に、それでいて躊躇もなく、彼らは魔竜に立ち向かっていった。

触れるだけで肉体が汚染される瘴気は、二人のシオンが術で以て封じ込めていた。黄金の光が瘴気を浄化している間に、先頭に立つリィンが全員を鼓舞する。

 

「恐れるな‼ 立ち止まるな‼ たかが魔獣の死骸程度に臆する俺達じゃないだろ‼」

 

 今まで散々鍛え上げられて来た。各々が得意分野を磨き、苦手な分野を補う努力を怠ってこなかった。士官学院生とは思えない程の修羅場を潜り抜けて来た。

そんな自分達が、この程度の(・・・・・)相手に負けるはずなどないのだと、声を張り上げて後ろに続く仲間達を奮い立たせる。

 

「この程度の窮地も抜け出せないようなら、それが俺達の限界だ‼ それでいい筈がない‼」

 

「当然」

 

 隣に立ったのはアリサだ。紅耀石(カーネリア)の様な双眸を爛々と輝かせ、右手には弓を、左手では器用に番える矢を回している。

 

「負けられるわけないじゃないの。特科クラスⅦ組の本領、見せてあげようじゃない」

 

 その強気な言葉に、リィンも頷く。他のメンバーも、それに続いた。

 ズシンと、地面を巨体が踏みつける。咆哮はないが、首をもたげて顎を大きく開く。明確な威嚇行動であったが、それを機にリィンは抜刀した。

 

「”フォーメーションC”‼ 各自、リンクを繋いで連携しろ‼」

 

「「「「「「「「了解ッ‼」」」」」」」」

 

 掛け声と共に、まずリィンとフィーが駆け出した。リィンが右方の、フィーが左方の側面に回り込み、それぞれ後ろ脚に一撃ずつを食らわせる。

しかし、ゾロ=アグルーガはそれに見向きもしなかった。決して浅くもない一撃だったが、そんなものは意にも介さないと言わんばかりに前方を睨み付けている。

 

「フィー‼」

 

Ja(ヤー)

 

 リィンの合図と同時に、フィーがポーチからフラッシュグレネードを取り出し、左目の近くに投擲する。その直後、膨大な光が眼前で爆発するが、結果は同じ。反応が薄いどころか、皆無。その時点でリィンは一つの仮説を立てた。

 

「(痛覚と視覚はないのか? まぁ死骸だし、分からなくもないが……)」

 

 加え、フラッシュグレネードが爆発する際の爆音にも反応しなかった事を考えると、聴覚もないと考えるのが妥当だろう。

 なら、どうやってコイツは自分達を認識しているのか? と考えている間に、リィンはアイコンタクトで、前衛にいるラウラとガイウスに指示を送った。

 ”フォーメーションC”は、言ってみれば初見の強大な敵と相対する際に組む偵察用の陣形の事で、先陣を切るのは敏捷力に長けたリィンとフィー。リィンからの指示を受けた二人は、左右に分かれて斬り込んでいく。その際、中衛以降のメンバーは、それぞれ散開しながら牽制を続けていた。

 次々と浴びせられる様子見の攻撃にも全く反応せず、四肢を動かして前進をするのみの反応しか見せなかったゾロ=アグルーガであったが、しかしその膠着状態も、エマのアーツ詠唱が始まった段階で動きを見せた。

 

「―――――――――――」

 

 音の出ない咆哮。同時に、口から漆黒のブレスを吐き出した。

それが一直線に狙ったのは、エマ。

 

「え――――」

 

「ッ‼ 避けろッ‼」

 

 詠唱中で動けなかったエマを、中衛にいたユーシスが力づくで動かし、ブレスの射程圏外に押し出す。直後、その横ギリギリのところを、ブレスが通過した。

明らかに有毒な黒い煙を上げるそれを睨み付けながら、ユーシスは忌々しげに舌打ちをした。

 

「ブレスは毒だ‼ それと―――」

 

 確定ではない。まだ推測の域は出ないが、情報の出し惜しみをして取り返しのつかない事態になれば、それこそ目も当てられない。

だからこそ、ユーシスは一瞬躊躇いはしたが、その情報を口にした。

 

魔竜(ソレ)は魔力に反応する‼ 後衛は必ず中衛と行動しろ‼ リィン‼」

 

「了解だ‼ ガイウス、一旦下がってエリオットに付いてくれ‼ ユーシスはそのまま委員長のサポートに‼」

 

「「了解‼」」

 

 Ⅶ組に於いてレイ抜きでの戦闘を行う場合、リーダー兼司令塔としてリィンが居るのだが、彼が前衛である以上、一人だけで戦闘の局面を完全に把握するのは難しい。

故に、中衛のユーシス、後衛のアリサと、素早い情報分析と状況把握に長けた二人も臨機の判断を下す事が出来る。本来であれば情報が交錯して各々の間に躊躇いが生じてしまうものだが、彼らには戦術リンクという手段と、何より教練中に何百回と同じ行動をした経験がある。この程度の連携など、わけもなかった。

 

「ゆ、ユーシスさん、ありがとうございます」

 

「礼はいい。それよりも、詠唱の長い高位アーツの使用は出来るだけ控えろ。補助アーツは発動までどれくらいだ?」

 

「平均3秒ほどです」

 

「捕捉されたら詠唱を中断して回避しろ。お前が倒れれば俺達は一番の火力を失う事になる」

 

 各々が、為すべき事がある。それを全員が嫌という程に理解しているため、エマは神妙な面持ちで一つ頷いた。

 それを見やると、ユーシスはすぐさまアーツの駆動に入る。時間にして数秒だが、励起した魔力に反応してユーシスの方へと視線を向けるゾロ=アグルーガの側頭部を、炎の魔力を纏った火矢が三連続で叩き込まれる。

 

「ホラ、よそ見してるんじゃないわよ、っと」

 

 単一の小さい標的を狙う場合はともかく、比較的的の大きい標的を狙う場合、アリサは三本までなら同時に矢を放てるようになっていた。

不敵な笑みを浮かべながら次の矢を番えると、ユーシスの詠唱も終わる。

 

「『ファイアボルト』」

 

 アーツを剣に纏わせて、矢が当たった場所とは対面となる側頭部に跳躍して斬撃を叩き込む。瞬間、グラリと体勢が崩れたのを見逃さず、リィンとフィーがそれぞれ横腹に攻撃を叩き込んだ。

 

「『業炎撃』ッ‼」

 

「『スカッドリッパー』」

 

 体を構成する骨の一部が砕け、少しばかり怯むような姿を見せたが、それでも死骸とはいえ元は帝都を恐惶させた魔竜。それで斃れる程に柔ではなく、両翼の骨格を拡げて勢いをつけると、前足に当たる二脚を地面から離して若干ではあるが浮き上がった。

 その一連の行動に、リィンは直感的に”重攻撃が来る”と悟った。

 

「全員、防御態勢‼ 離れろッ‼」

 

 その指示の直後、ゾロ=アグルーガは前の両足を、全体重を乗せて地面に叩きつけた。

地下墓所(カタコンベ)全体が揺れたのではないかと錯覚するほどに大きい振動が全員を遅い、その動きが一瞬だけ止まる。その一瞬の間を突くように、巨大な翼の骨格が、立ち止まったアリサやユーシスらを薙ぎ払った。

 

「キャ……ッ‼」

 

「ッ……‼」

 

 しかし、衝撃を受けても倒れる事はしない。いつぞや受けたシオンの衝撃波の一撃に比べれば蚊に刺されたも同然だと、そう自分に言い聞かせて踏ん張る。

 

「皆っ‼」

 

 そんな中、リィンの指示と同時に詠唱を始めていたエリオットが、アーツを広域に展開する。翡翠色の光が拡がり、森の息吹のような香りが通り抜けると共に、傷を受けた仲間たちが癒えていく。

 『ホーリーブレス』と名がつくそれは、回復系のアーツの使用に高い適性を持つエリオットが得意とする魔法の一つ。その恩恵を受けた二人は、視線を向けるだけでエリオットに礼を述べ、再び戦闘へと戻る。

 

 

 戦いは、一進一退の様相を呈し始めていた。

隙のない連携で絶え間なく攻撃を叩き込んでいるものの、多少体勢を崩す程度にしかよろめかない。魔力の励起に反応するため、頼みとしているエマの高位アーツによる一撃必殺は望めない。

 だが、その程度は予想の範疇でもあった。元よりレイやサラを相手に模擬戦をしている時はまともなアーツなど撃たせてはくれない。詠唱が始まったその瞬間に護衛も何もかも理不尽に叩きのめして術者を真っ先に潰しに来る。だからこそ、大切なのはタイミングであると、リィンは理解していた。

 敵の隙を縫うようにして、予想だにしないタイミングで最大の一撃を叩き込む。その合図を出すのが、他ならないリーダーである自分の役目。責任は重大だが、その程度のプレッシャーは幾度も味わって来た。

 

 敵は決して敏捷に長けているわけではない。こちらの攻撃に対する反応は薄いし、繰り出す攻撃も事前に見切っていれば食らう事はないだろう。少なくとも、今は、だが。

 戦闘が長引いて集中力が薄れてくると、人間は当たり前の事すらも満足に出来なくなる。そうなる前に、決着をつけなければならない。

 だから、リィンは満を持して本格的に攻めに転じた。

 

「”フォーメーションA”に変更‼ リンクを繋ぎ直せ(・・・・・・・・)‼」

 

 その声に呼応するように、全員の意識の中でカチリと、歯車が入れ替わったような音がした。

”フォーメーションA”は、全力攻撃の陣形。型に嵌った攻撃の決まりなどはなく、各々がリンク(・・・)レベルが一番高い(・・・・・・・・)相手とリンクを繋ぎ直し、攻勢に転じる合図。

 

 真っ先に動いたのは、ガイウスだった。先陣としての役目は、他の仲間の準備が整うまで、敵の動きを止める事。無論、それで倒せれば言う事はないのだが、それが通じる程甘い相手ではあるまい。

 

「フッ―――‼」

 

 ゾロ=アグルーガの正面から迫り、横薙ぎに振るわれる腕を跳躍して躱してから、頭上で構えた十字槍を構える。そして、その穂先を地面へと向けた。

 

「『サベージファング』‼」

 

 前足を狙って放たれる槍の流星。着弾と共に衝撃が骨を通して伝わり、その体勢が右にずれた。しかし尚も戦闘意欲は失わず、先が剣の如く尖った翼を、足元で動く人間に向けて串刺しにすべく動かす。

 その時にガイウスと骨の翼の間に割って入ったのは、本来であれば中衛に居る筈のマキアス。手に取ったARCUS(アークス)を琥珀色に輝かせ、アーツを発動させた。

 

「ッ、『アダマスシールド』‼」

 

 顕現したのは、琥珀色の大盾。それが翼の一撃を受け止め、完全に衝撃を殺して見せる。

 

 エマは攻撃アーツ、エリオットは回復アーツの扱いに長け、ユーシスがアーツの制御に長けている中、マキアスが最も適性を示したのは、防御系統のアーツ。

頭角を現してきたのはバリアハートの実習が終わってからの事であり、サラに教導を頼んでいたのだが、それは彼にとってレイとの模擬戦とは別の地獄であった。

 防御アーツを発動させるという事は、即ち敵の攻撃の射程圏内に居る事が多いという事であり、状況によっては誰よりも前に出て肉薄したゼロ距離の状態で相手の攻撃を受けきらなければならない。それを成すには適切な魔力の扱いと、何より胆力が必要だった。

 それを見につけるためという名目でサラにボコボコにされる姿を見て、教導当初は他の仲間達がやけに優しくしてくれたのだが、それを思い出すと複雑な感情で今でも涙を流してしまいそうになるほどだ。

 しかし、マキアスにとってこの系統のアーツに適性があった事は、素直に嬉しい事であった。

 一度大切な家族を護る事が出来なかった彼であるからこそ、この長所を伸ばす事に何の意義もなく、今でも鍛練を続けている。

 

 そんなマキアスが現在リンクを繋いでいるのは、本人にとっては甚だ不本意である相手。そしてそんな人物が今、マキアスの肩を足場代わりにして跳躍し、ゾロ=アグルーガの頭部に飛び乗った。

 

「『フロストエッジ』」

 

 ヤギのように捻じ曲がった角を握りつぶさんばかりの握力で掴み、頸椎に当たるであろう場所の骨に剣を突き刺してそう呟く。

騎士剣に宿るのは冷気。突き刺さった場所からピシピシという音が鳴り響き、その場所を凍結させていく。そして、ゾロ=アグルーガが頭部を激しく振り始めたのを見計らって、更に深く剣を突き刺した。

 

「『プレシャスソード』‼」

 

 そして、剣に込められた冷気もそれに比例するように高まっていき、形成された氷の杭が、ゾロ=アグルーガの頸椎を破壊した。

首が落とされた事で大量の骨の欠片が飛散するが、三人はその雨を浴びる前に退避した。

 

「っ~~~‼ 君は毎度毎度何故僕を盾にするかのような行動を取るんだ‼」

 

「お前がそこに居るからだ、レーグニッツ。ちょうど踏み台にするにちょうど良い位置に突っ立っていたからな」

 

 いつもの通りに舌戦を繰り広げる二人を苦笑して見ながら、ガイウスは再び敵の方へと目をやった。

 首から上を失ったとはいえ、未だ斃れるような気配はない。しかしそれはある程度分かっていた事だ。

 だからこそ、次の攻撃を叩き込むために、全身の骨を鳴動させる敵の前にリンクを繋いだ二人の少女が立った。

 

「まだ斃れぬか。その意気や良し」

 

「でも所詮死骸。そろそろ本気で()らせて貰うね」

 

 先行するのはフィー。足が地から離れた瞬間にその身は風となり、残像を残しながら縦横無尽に斬り裂いて行く。

そして、続けざまの銃弾の雨霰が降り注いだ直後に、その巨躯を大剣の連撃が襲う。

 大剣に纏うは光。<アルゼイド>に伝わる奥義の一であり、若くしてそれを修めた麒麟児の才覚と努力の結晶が、眩い光へと姿を変えて鮮烈に敵を両断する。

 

「『奥義・洸刃乱舞』ッ‼」

 

 細腕から繰り出されたものとは思えない轟音と斬撃の軌跡が、その視界を染め上げる。

 研ぎ澄まされた技と剛撃のコンビネーションは、前脚と胸の部分の骨を無慈悲に破壊する。その攻撃に反撃をしようと両翼を動かしたものの、衝撃で脆くなっていたそれらは、リィンの斬撃とアリサの射撃によって翼の付け根から破壊されてしまった。

 

 初めて、ズズンという重量感のある音を響かせてゾロ=アグルーガが地に崩れる。

 しかし、まだだ。相手が命を散らすその瞬間まで決して油断をするなという友人の言葉を全員が理解し、集中力を切らさない。

 

 その直後、準備が整った。

 

「行くよっ‼」

 

 アーツの詠唱を終えたエリオットが、エマに向かって魔導杖を振るう。

 発動させたのは、空属性の支援高位アーツ『フォルトゥナ』。対象の魔力の底上げと対魔力の向上を促すアーツであり、それをエマに掛けた事で、アーツ詠唱中の彼女の魔力が更に跳ね上がる。

 

「下がって、下さいっ‼」

 

 その声が届く前に、リンクを通じて発動のタイミングを見計らっていた全員が、一斉に後方に退避する。大気を震わすほどに込められた魔力が、ゾロ=アグルーガの頭上に巨大な黄金色の魔法陣を展開する。

 

「『アルテアカノン』‼」

 

 放ったのは、空属性最強の攻撃アーツ。魔法陣から落とされたのは、膨大な質量を伴った光の奔流が織りなす幾つもの槍。まるで天罰であるかのように下されたそれらが、ゾロ=アグルーガの骨に容赦なく突き刺さり、直後に大爆発を起こす。

それが続く事数十秒。圧倒的な魔力の蹂躙が終了し、辺りが途端に静寂に包まれた。

 

 

「……いつ見ても思うんだが、やっぱり委員長だけは怒らせちゃいけないと思うんだ」

 

「「「「「「「同意」」」」」」」

 

「み、皆さん⁉」

 

 骨の一欠片のみならず、存在の一切に至るまで魔力の奔流に呑み込んで消してしまったエマの次元違いのアーツの威力に、いつものように全員が呆然したような声を漏らした。それをそれぞれの部屋の端に分かれて浄化の結界を張っていたシオンも、同意したように頷く。

 

「いやはや、まったく恐ろしい才覚の持ち主ですなぁ、エマ殿。今のは”一尾”程度の私では対応できませぬ」

 

「いずれ、まっとうなヒトの身で辿り着く最高位の領域まで行くやもしれませぬな」

 

 賛辞を贈られ、和やかなムードが漂ったのは、それでも一瞬だけだった。

この捕り物の最終目標は魔竜の死骸ではなく、テロリストの拿捕だ。幸いにして、召喚した魔竜の存在が彼らをこの場所に縫い付けてくれたお陰で、逃げられはしなかったが。

 

 

「ば、馬鹿な‼ 死骸とはいえ≪古代七竜≫の一角だぞ⁉」

 

「その名前が何を表しているのかは知らないが、生憎だな。俺達はまだ、誰一人として立ち止まるわけには行かないんだ」

 

 リィンは、そう答えると共に驚愕の表情に染まるギデオンに肉薄し、抜刀した太刀を一閃。その斬線はギデオンの体は一切傷つけず、その手に握られていた笛のみを一刀両断した。

 

「さて、投降してもらうぞ。できれば、抵抗しないでくれるとありがたい」

 

「……断る、と言ったら?」

 

「『犯罪者が付け上がる時は多少ぶん殴ってでも身の程を知らせた方が手っ取り早い』ってのが友人の信条みたいでね。まぁ、別に俺は好んで人を痛めつける趣味はないんだが……」

 

 そう言い淀んだ瞬間、しかしリィンの体から僅かな殺気が漏れ出た。

 

「もし、シオンさんが囮になっていなかったら、お前たちは皇女殿下とエリゼを人質に取っていたんだろ? そのなりふり構わなさ加減から見て、こうして追い詰められれば傷つける事も厭わなかったんじゃないのか?」

 

「……ク、ククク。中々の慧眼だ。それも≪天剣≫仕込みかな?」

 

「まぁ、彼がいなかったら思いつかなかったと言えば、そうなのかもしれないな」

 

 崖っぷちにまで追い詰められた人間は、何をするか分からない。それは戦場を経験しているレイやフィーから何度か聞いていた事であり、リィン自身、それをよく理解していた。

自身も追い詰められた際に”獣”を解放してしまったから、だからこそ、その言葉は驚くほどすんなりと理解できてしまったのである。

 だから、こちらが激情に身を任せて行動してはいけない。心の中で深呼吸を数回して気を落ち着かせていると、途端に、自分達に向けられた鋭い殺気を感じ取った。

 

「戦闘準備‼」

 

 そう叫ぶよりも早く、気に敏感なフィー、ラウラ、ガイウスは既に武器を構え、声に反応して他の面々も臨戦態勢に入る。

リィン自身もギデオンに刀の切っ先を向けていたその場所から飛び退いて離れる。すると、その場所を薙ぐようにして大型経口のものと思われる弾丸の掃射が撃ち込まれた。

 距離を取って様子を見ながらも、いつでも接近戦が可能であるように全身の筋肉に気を集中させていると、ギデオンを囲むようにして二人の人物が現れる。

 

「同志≪S≫、同志≪V≫……‼」

 

「まだ生きてたわね、同志≪G≫。後、残念だけど私の方も完全に読まれてたわ。結局力を借りて撤退せざるを得なかった」

 

「フン、鉄血のヤロウの懐刀を相手にするから少しは覚悟してたが……まさかここまで無様にしてやられるたァな」

 

 山吹色の髪に、右手に剣を持った長身の女性と、顔に大きな十字傷をつけた大柄な男。その丸太のように太い腕には、大の大人が二人がかりでも持ち上げられるかどうか分からないような、巨大なガトリングガンが握られていた。

 

「こ奴ら……」

 

「テロリストの仲間、か」

 

 ギデオンを護るようにして立ちはだかったその二人を、そう見るのは当然の事だった。

 リィンはその二人を観察する。その身のこなしや、発せられている鋭い殺気は、確かに戦い慣れている者のそれだ。それが二人もいるとなれば、迂闊にこちらから攻撃は仕掛けられない。

 ……もしレイがここにいたならば、「芋蔓式キタコレ。全員纏めてひっ捕らえるけど文句ねぇよなァ? というか言わせねぇけど」などと言って嬉々として三人纏めて相手をしてしまうだろうが、生憎とリィン達はそこまで人外の領域に足を踏み入れたわけではない。慎重になるのは、最適解だった。

 

「≪氷の乙女(アイスメイデン)≫と≪紫電(エクレール)≫がいたのは知ってたけど、まさかリベールの遊撃士まで絡んでくるとは思わなかったわねぇ」

 

「つーか≪G≫の旦那よ、このガキ共、士官候補生って話じゃなかったか?」

 

 ≪V≫と呼ばれていた大柄な男が、怪訝な視線をリィン達に向けながら、ギデオンに問うた。

それに対して「……あぁ」という答えが返ってくると、≪V≫は軽く鼻で笑う。

 

「オイオイ、近頃の軍人のタマゴってのはここまで”出来上がってる”モンなのかよ? どいつもコイツも戦う人間の覚悟がどっしり座ってる奴らばっかりだ。一体どんな環境で育てばこんな奴らが生まれて来るんだ?」

 

「教練の度に半分死ぬような思いして、絶対的な目標が常に傍に居る。―――それだけで充分だ」

 

「……お前ら本当に学生か?」

 

 ≪V≫のその尤もな問いかけに、リィン達は目を丸くして、「済まない、ちょっとタイム」と告げてから円陣を組んだ。

 

「学生、だよな? 俺達学生でいいんだよな?」

 

「学院に通ってるって観点から言えば間違いなくそうだけど……」

 

「ちゃんと勉強もしてるしね」

 

「いやしかし境遇的に言えばどうなんだ?」

 

「ほぼ毎日死にかけるとか多分正規軍でもないと思う」

 

「……ひょっとして僕達は一般の学生とはかなりかけ離れた位置にいるんじゃあないか?」

 

「何を今更。傍から見れば立派にかけ離れているだろうさ」

 

「で、でも別にⅦ組だけ孤立しているわけじゃないですよね? ね?」

 

「いや、しかし教練から帰って来た時などは他のクラスの生徒が我らの事を信じられないモノを見たような表情になっているのだが」

 

 あーだこーだと議論を続ける事数分。結局の結論は―――

 

「……学生だよ。まだ、ね」

 

「お、おう」

 

 半分瞳の光が消えているリィンの姿に僅かに気圧されたような声を出す≪V≫。

 反対にリィンは、この場での自分達の勝率はどれ程のものかと考える。レイとサラを同時に相手にするよりは遥かに高いだろうが、とはいえ必勝であるとは言えない。

 それらを天秤にかけて、そしてリィンは闘気を纏った。倒せない相手ではないのなら、むざむざと退くわけにはいかない。

 しかし、そんな決意を持ったリィンの前に、二人のシオンが降り立って、臨戦態勢の彼らを手で制した。

 

「シオン、さん?」

 

「……隠形は見事ですが、シャロン殿程ではありませんな。姿を見せてもよろしいのでは?」

 

 広間の奥。灯の光が届かない闇の中を睨んでそう言うシオン。その応えは、すぐに返って来た。

 

『フフ、やはり誤魔化しきれなかったか。流石は神獣、我々とは格が違う』

 

 闇の中から姿を現したのは、漆黒の衣装に身を包んだ人物。僅かも肌を晒す事のないその服と頭部を覆う同色のヘルムが、異様さを嵩上げしている。

その声は、男性のものか女性のものかも分からない機械音。ボイスチェンジャーを介して話しているようなそれであるために、性別は判別できない。体の構造からして男性であるようにも思えるが、それも定かではなかった。

 

「同志≪C≫‼ ……君まで来たのか」

 

『同志≪G≫、君の手腕を疑っていたわけではないんだがな。如何せん今回は相手が悪かった』

 

 ≪C≫と呼ばれたその人物は、悠然とした歩幅でギデオンの下へと歩いて行く。しかし、その身のこなしを見て、リィンは全身が強張ったのを感じた。

 強い。≪X≫の時ほどではないが、それでも今の自分達では敵わないと思ってしまう程の力量の差を感じてしまった。未だ武器も分からないような状態であるのに、頬を嫌な汗が一筋伝う。

 

『彼らもそうだ。トールズ士官学院特科クラスⅦ組諸君、よもや魂の宿らぬ身であるとはいえ、魔竜を斃してしまうとは少々予想外だった』

 

「…………」

 

『それでいて、彼我の実力差を見分けられる目も持っている。それがなければ一手手合わせ願おうとも思ったが、どうやら必要はないらしい』

 

 その言葉に、僅かに焦燥感のようなものが湧き上がったが、事実として呑み込む。ここでこの人物を相手にするのは、賢い選択ではない。

 

「お前は……お前達は、一体何なんだ」

 

 だから、と。一番問いかけたいそれを聞いた。

テロリストである事は分かっている。だが、それ以上は知らない。何を目的にしているのかも。

 すると≪C≫は、ここまでは予想の範囲内だったとでも言わんばかりに、その名を宣言した。

 

 

『≪帝国解放戦線≫と名乗らせて貰おう。我らの目的はただ一つ、暴虐なる独裁者に鉄槌を下す事だけだ』

 

 

 ここに、リィンを始めとしたⅦ組の面々は、自分達が戦う事になるであろう組織の名を記憶の中に刻み込む事になったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 
おっかしいな、リィン達の戦い書いてるだけで終わっちまった。

原作だと結構アッサリ倒されてるゾロ=アグルーガですが、あんなんでも昔帝都でヒャッハーしてた竜ですからね。ちょっとタフにさせてみました。
モンハンで言う所のミラボレアスくらいは強かったんじゃないかな? 生きていた頃は。

それでは次回、満を持して主人公の戦いでーす。

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