英雄伝説 天の軌跡 (完結済)   作:十三

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タイトルの通りです。取り敢えず書きたかったモノを書かせていただきました。

天運尽きた皇子は出ては来ませんが……まぁ、冥福を祈ってやってくださいな。





閑話 休息の戦士たち ※

 祭典が終了し、飾り物なども撤去された事で常時の雰囲気を取り戻した帝都。

 しかし、市民達の熱気は未だ冷めきっておらず、酒場などでは大人達が今でも今年の祭りの熱狂ぶりを語らい合い、酔いに身を任せながら夜を満喫している。

 彼らの口から、しかし『マーテル公園』で起きた騒動や『ヘイムダル大聖堂』で戦闘を行う者達の話題は出てこない。精々”そちらの方が騒がしかった”という、噂の域を出ない話が、どこからか出ては、しかし泡沫のように消えて行く。

 

 クレア・リーヴェルトや、≪帝国軍情報局≫の面々が奔走して当たった情報統制は、果たして成功して、テロ未遂事件という触れ書きすらも市井には出回らなかった。

見る人間が見れば、それは政府の狡猾で陰湿な事件の揉み消しに過ぎないと非難するだろう。そしてその非難を、クレアは真正面から受け止める気持ちでいた。

 実際、テロリストに行動を起こさせるまでを許してしまった時点で、自らを弾劾する言葉も粛々と受け止める覚悟は出来ていたのだ。

 しかしそれを、帝国政府は許しはしなかった。特にその首魁たるギリアス・オズボーンは、クレアの行動の一切を非する事無く、事態の収拾に奔走するように求めた。

 彼女は人としてそれを全うし、そして漸く、今になって人心地が着いたのだ。

 

 しかし、だからと言って宿舎に戻り、泥のように眠りこけるわけにはいかない。元より数日の徹夜の作業程度はお手の物である彼女にしてみれば、それこそたった十数分の間目を閉じて意識を睡魔に従わせるだけで溜まった疲労はある程度消化できる。

 そうして体調を常に一定に整えておきながら、クレアは今宵、最後に赴かなければならない場所へと足を運んだのだ。

 

 

「…………」

 

 元遊撃士協会・帝都西街区支部の建物。この日の朝まで特科クラスⅦ組B班の5名が使用していたこの建物は、しかし夕方頃にに彼らがトリスタへと帰った後は喧騒とは無縁の場所となっていた。

 だが、一人も利用者がいないというわけではない。明日(みょうにち)に出立する予定となっている遊撃士協会・リベール支部より招聘した二人が、未だこの建物を宿泊所として利用しているのだ。

 

 その内の一人、ヨシュア・ブライトは今、一階に設けられたソファーに腰を据えながら、クレアが持って来た資料に目を通していた。

 内容は、≪帝国解放戦線≫に関する記述。事件が起きてから二日しか経っていないというのに、その内容は可能な限り憶測を排して事実を突き詰めた、報告書としては充分に成立しているものだった。

 それは即ち、≪帝国軍情報局≫の精鋭ぶりを示すものでもあった。未だリベールに於いて仮想敵国であるエレボニアの諜報機関の実力を示す資料を、本来ならば易々と渡す事はないのだが、それを目の前で同じようにソファーに腰掛けているクレアに皮肉でも何でもなく、ただ純粋に疑問として問いかけると、彼女はこう返して来た。

 

「元より今回、御二方をわざわざリベールの地から招聘したのは、私の独断であり、その分多大なご迷惑をおかけしました。その対価と思っていただければ充分です。それと―――」

 

 そこでクレアは、一拍を置いてから続けた。

 

「2年前、帝都で起きたテロ事件の際、ヨシュアさんの御義父上(ちちうえ)であるカシウス・ブライト氏には過剰なほどの力をお貸しいただきました。≪百日戦役≫の軋轢も埋まらない時期でありましたので、個人的に(・・・・)感謝の念をお送りしたかったのです」

 

 成程、とヨシュアは頷いた。

 2年前に起きた≪帝国遊撃士ギルド連続襲撃事件≫。被害に遭った帝都支部からの要請を受けてカシウスがルーアンから出立したのは、ヨシュアにとっても記憶に新しい事だ。

実際あれは、ワイスマンの暗示によってリベール王国軍情報部が起こしたクーデターと綿密に絡んでいた事が明らかになっていたので、事件の全貌はカシウスからは聞いていない。元より、自分の仕事についての内容は子供には明かさない人なのだから、それも当然なのだが。

 

 そんな父親の功績をこの場で明かして資料を渡したという事で、ヨシュアは素直にこれを読み進める気になった。

 まぁどうであれ、ヨシュア達もこの事件に関わってしまった以上、こうして情報を開示するのが筋だと言うのが本音なのだろうが、それでも好感は持てる。世の中には、プライドが邪魔をしてそんな筋も通せない人間が多いのだから。

 

「……そう言えば、シェラザードさんはどうなされたのですか?」

 

 本当に行方が分からない、といった口調で聞いて来たクレアに、ヨシュアはただ苦笑を返すしかできなかった。

 クレアが訪ねて来る数時間前に妙に上機嫌な様子で出て行った同職の先輩に関しては、あまり言及はしたくなかった。

何せ、”仕事終わり”なのである。仕事中であろうともその酒豪っぷりを隠す事がないシェラザードだが、一つの仕事がひと段落した後は、抑制していた(・・・・・・)酒欲とも呼べる欲求が爆発する。

その反動は凄まじく、朝方までノンストップで飲む事は当たり前。一切潰れる気配を見せないどころか、席を同じくして飲んでいる人間が潰れようとも無理矢理叩き起こして飲ませ続ける暴君へと変貌する。故に、彼女とまともに飲み続けていられるのは、バケモノ並みのアルコール分解能力を備えた者のみであり、その時点でかなり的は絞られる。

 加えて言うならば―――今回の被害者(・・・)は、バーサク状態の彼女とサシで飲み続けていられるほどの猛者ではない。

世間一般では強い部類に入るのだろうが、それでもシェラザードを満足させるにはまだ足りない。今のヨシュアに出来るのは、彼の冥福を祈る事だけだった。

 

「飲みに行ってしまいましたよ。……今日はどうやら連れがいるようで」

 

「はぁ」

 

 さてどうしたものかと、関係はないのに悩んでしまう。

 もし明日の『帝国時報』に、”オリヴァルト皇太子、急性アルコール中毒で救急搬送”などという見出しが出てこようものならば、最悪お尋ね者になりかねない。

そうならないようにセーブする程度の良心がシェラザードに残されていればいいが、祭りの余熱に当てられて”ついうっかり”というパターンが有り得る。これが何より怖い。

 そんな懸念をしていて資料の内容もあまり頭の中に入ってこないという悶々とした時間が流れて行っていた時、不意に建物の玄関のノッカーが鳴らされた。

 

「……?」

 

 おかしいと、最初に思った。

 元よりこの場所は帝都庁の管理の下に入っており、言ってみれば所有物件だ。既にギルドではない事は帝都に住む人間ならば知っているだろうし、そういった看板を掲げていない以上、帝都の外から来た人間がそれを察しているという可能性も薄い。

 最初はクレアが出ようとしたが、ヨシュアがそれをやんわりと断った。玄関口で軍服姿の女性が出迎えれば要らぬ警戒心を抱かせるかもしれないし、何より、もし招かねざる客が居た場合、閉所での戦闘に慣れたヨシュアが出迎えるのが状況的にも一番好ましかった。

 後ろ越しの鞘に得物がある事を確認してから、足音を忍ばせて扉に近づき、耳を寄せた。

 

『んー、留守ってわけじゃないよなぁ。ヤベ、まさか本当に行き違いになったか?』

 

 聞こえて来たのは、恐らく二十代後半の男性のものと推測できる声。その呟きの内容は如何にも怪しいもので、本来であれば扉越しにその正体を問う所なのだろうが、相手にとっては幸か不幸か、ヨシュアはその声に聞き覚えがあった。

だから、逡巡する事もなく扉を開けて、門前に居た人物と面を突き合わせる事になった。

 

「アレク……さん? アレクさんですか?」

 

「あれ? もしかしてヨシュア君か? いやー、久しぶりだな。立派になってまぁ」

 

 扉の前に居たのは、まるで南国の別荘地を訪ねた人間のような服装の長身の男性だった。深緑色の長髪は、しかし首元の辺りで括られている。端正な顔立ちの、洒脱な雰囲気を纏ったその感じは、ヨシュアが最後に出会った時と全く変わっていない。年齢的に鑑みれば三十代の前半くらいである筈なのだが、年齢的な衰えなど一切感じさせないという風な態度に、ヨシュアも思わず安堵の笑みを溢してしまう。

 すると、そんな彼の広い背中から、ひょっこりと一人の少女が顔を覗かせた。

 此方は、十代前半くらいの背の低い少女だった。薄紫色のロングヘアーをそのまま背に流しているその人物は、しかし此方を警戒しているのか、無感情な表情を向けている。夏場であるのに首元まで隠すようなトータルネックの服を着ているその姿と相俟って、どこか浮世離れをしたような感じを抱かせた。

 アレクと呼んだ男に関しては面識のあったヨシュアであったが、その少女とは初対面であった。どうしたものかと反応に窮していると、アレクはバツが悪そうに頬を掻きながら、女性の弁護を始めた。

 

「あー、コイツについては気にしないでやってくれ。君がいなくなってから(・・・・・・・・)大将が拾って来た奴でな。変わりモンだが悪い奴じゃあないんだ」

 

「はぁ」

 

「それで聞きたい事があるんだけどよ、大将はもう帰っちまったのかい?」

 

 ”大将”と呼んでいる人物が誰かというのは、ヨシュアは良く知っている。だから、すんなりと答える事が出来た。

 

「レイなら、夕方にトリスタの方に戻ったみたいですよ。行き違いですね」

 

「うわー、やっぱりか。こんなんならコイツに付き合わされてレストランに寄るんじゃなか―――(イデ)ッ‼」

 

 会話の途中で、傍に居た少女が心外だとでも訴えるかのようにアレクの足を踏んづけた。それでも、無表情ではあったが。

 

「あはは、ご苦労様でした。折角ですし、寄って行かれますか? お茶くらいなら出せますよ」

 

「お、マジで? それじゃあお言葉に甘えさせて貰おうかな。―――あぁ、でも先客の相手は(・・・・・・)いいのかい?(・・・・・・)

 

 さりげなく、建物の中に自分とは別の人物が居る事を示唆して来た事に対して、ヨシュアは相変わらずだなと心の中で称賛した。

ちらりとソファーに座っていたクレアに目配せをすると、彼女も頷く。許可をもらい、二人を扉の内側へと招く。

 

 それ程躊躇った様子もなしに足を踏み入れたアレクは、しかし軍服姿のクレアを見ても驚く様子などは微塵も見せなかった。

 そして同時に、クレアも二人の姿を見て驚く事はなかった。初対面である筈なのに、まるで昔から知己であったかのようなそんな矛盾感。果たしてその曖昧な表現は当たっていた。

 国家の中枢情報にまで手を伸ばす事を許されているクレアは、彼らの事をよく知っている。本来であれば敵対するはずの間柄であるのだが、しかしそんな張りつめた空気は此処にはない。アレク達にしてみても、敬愛する”大将”の想い人の一人であるという彼女に、嫌悪感を抱く事などはなかった。

 

 故に二人は、それ程間を開ける事もなく、ごくごく普通に自己紹介を交わした。

 

 

「初めまして。エレボニア帝国≪鉄道憲兵隊≫所属大尉、クレア・リーヴェルトです。かの≪蒼刃(ブラウ・スパーダ)≫殿と≪魔弾姫(デア・フライシュッツェ)≫殿に、このような場所でお会いできるとは思いませんでした」

 

「いやいや此方こそ、音に聞こえる名参謀の≪氷の乙女(アイスメイデン)≫さんにお会いできるとはね。こりゃ良い土産話が出来た。―――おっと失礼、話が逸れた」

 

 このような空気の中でも飄々とした態度を崩さないままに、アレクは隣に立っていた少女の頭に手を乗せ、続けた。

 

 

 

「猟兵団≪マーナガルム≫二番隊副隊長のアレクサンドロスだ。んで、コッチはリーリエ。本名じゃあないが、まぁ、こう呼ばれてる期間が長いからな。勘弁してくれるとありがたい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 

 

 

 

 その猟兵団は、大陸に存在する数多の猟兵団の中でも、特に異質の経歴と活動を行う者達で形成されていた。

 

 公の情報ではないのだが、彼らの前身となるのは≪強化猟兵 第307中隊≫。≪結社≫の手足とも呼べるごくごく普通の”駒”でしかなかった彼らは、しかし、≪天剣≫の名を奉ずる事となったレイ・クレイドルの傘下の部隊として活動し始めた頃からその頭角を現し始める。

 強壮にして、されど無法者らに非ず。闇の秘密結社に籍を置きながら、彼らは無用の非道を善しとしなかったレイの傘下に入った事で、その実力を如何なく発揮した。

その実力はかの≪鉄機隊≫に比肩しうるとすら謳われ、数々の作戦に於いて彼らは、主であるレイと共に望まれるがままの結果を得て来た。

 

 そんな彼らは、レイがとある事情で≪結社≫を半ば追われるように脱退した際に、同様に≪結社≫と縁を切って独立を果たした。

 無論、何の交渉もなしにそのような事が罷り通るわけもない。それが果たせたのも、偏にレイが脱退の際に”上”に対して根回しと直接的な懇願を行ってくれていたお蔭であった。

 

 絶大な信頼と、忠節。家族であり、強固な絆で結ばれた屈強な部隊でもあった彼らは、晴れて自由の身となった後もレイと共に在りたいと願った。”モノ”であっただけの自分達を在るべき姿へと立ち返らせてくれた”大将”と共に過ごしたいと願ったが、彼は微笑んだままに首を横に振ったのだ。

 

 

『自由になったお前らを、俺が繋ぎ止めておく事はできない。だけど、いつかまたお前達と出会えた時は、家族みたいに騒ぎたい。だけど、俺が窮地に陥ってどうしようもない時、浅ましくもお前達を頼るかもしれない。―――そんな我儘を許してくれるなら、まずは最初の我儘を聞いて欲しい』

 

 

 どれだけ大人ぶろうとしても、所詮は12歳の少年に過ぎない。共に居た期間はたったの2年だったが、それでもその程度の事を理解するには充分な期間であった。

 彼は思っていたのだろう。このまま彼らと共に過ごせば、確かに満たされた時を送れる。それは間違いない。

 だが、それでは駄目なのだと。贖罪という名の悔恨に憑りつかれた彼は、目の前にある筈の幸福にさえ、手を伸ばすのを躊躇った。躊躇ってしまった。

 彼らもまた、レイが自分達と共に居る事で良心の呵責に苛まれるのならばと、その選択を受け入れた。彼を慕う……というよりかはもはや心酔の域に近い程の感情を抱いていた者達などは最後まで良い顔はしなかったが、それでも彼のためならばと、泣く泣く送り出したのだ。

 

 自由にしろ。自分達の好きな道を歩んでくれ。―――最後の命はそれであったが、実のところ狩人としての生き方しか知らなかった彼らは、必然的にただの一人も欠ける事無く、そのまま猟兵として活動する事となった。レイと出会う前ならばいざ知らず、前述の通りに”家族”となっていた彼らがその絆を捨てる事など有り得ない事だったし、加えて言うのならば再びレイと再会した際、その力となれるための牙を研いでおくという選択肢こそが最適解だと全員が理解していた。

 

 団の名は、≪マーナガルム≫。月を飲み込む巨狼を表すその名が大陸に轟くようになったのは、それから一年も経たない内だった。

 

 

 

 

 彼らを傘下に収めていた頃のレイが最も嫌った、”戦火に巻き込まれる謂れのない無辜の人間たちを害する行為”を一切禁ずる事。

 ミラ次第でどのような汚れ役をも受け入れるのが常識の猟兵の界隈でのその掟は、周囲からしてみれば唾棄すべきモノであった。綺麗事をぬかす腰抜け集団と、当初こそ揶揄し嘲笑する者達は多かったが、実際に≪マーナガルム≫と交戦した連中は、その掟を定めた理由を、図らずも理解してしまった。

 構成人数百余名の、規模としては中程度の猟兵団でありながら、彼らは兎に角強かった。実行部隊の団員全てが一騎当千の猛者共であり、一度戦場に現れれば、武装し、死を覚悟した者達を徹底的に狩りつくす。一切の慈悲なく容赦なく、敵意と武器を向ける全てを眼前から抹消する。

 

 つまるところ、それは彼らのある種の”覚悟”であったのだ。我らは戦場で修羅と成り果てる者達なれば、その力を庇護すべき者達に向けるなど言語道断。どれだけの誹謗、中傷を受けようとも、その心意気だけは変わらないと。

 逆を言えば、一般人を害する行為以外ならば、彼らはどんな悪辣な手法も使った。とある国の軍隊を相手にした時は、数十倍の戦力差の敵兵をより効率よく殺戮するために、爆薬を使用して人為的に地盤沈下を起こして生き埋めにし、或いは毒蟲の巣窟に叩き落とした事もある。

 どれだけ真摯に命乞いをしようとも、彼らは一切靡く事はなかった。オーダーを遂行し、ミラを得る。ただし、絶対に平和に暮らす人間がいる場所に、血の臭いを纏ったまま踏み入る事はなかった。

 

 そうして八面六臂の戦果を挙げて行く内に、いつしか侮蔑の視線と声はあまり向けられないようになっていた。

 大規模な猟兵団は彼らの事を”猟兵である事の覚悟を有した精鋭共”と評するようになり、それを見極める事が叶わずに噛みついて来た者達は、一人残らず滅殺された。

 そして”一般人を決して害さない猟兵団”という噂はいつしか大陸の至る所で囁かれるようになり、≪七耀教会≫も≪遊撃士協会≫も、無辜の民に危害を加えない彼らの事を危険視する事が出来ず、その行動を黙認しているのが現状である。いつしか権力者たちの間では、”正義の猟兵”などと謳われるようにもなった。

 

 そんな彼らが念願かなってレイとの再会を果たしたのは3年前。遊撃士協会クロスベル支部へと所属を移した彼と、たまたま市内を観光中だった時にばったりと出くわしたのだ。

 以後、レイはシオンを連絡係として幾度か連絡を取るようになったのだが、未だに頼られた事はない。有体に言えば、それが僅かばかり不安だった。

 だが最近になって、レイがシオンを介して頻繁に連絡を寄越すようになった。自分達の動きを逐一確認するようなその行動に、彼らは過敏に反応した。もしや、帝国で何かが起きようとしているのではないか、と。

 

 果たして、その予感は的中した。

 『革新派』と『貴族派』の二つの勢力が互いに火花を散らし始めている―――という情報は既に前々から入手していたのだが、『貴族派』に属する大貴族達が、こぞって大陸各地の著名な猟兵団に契約を持ち掛けていたのである。

 それを更に調べていた矢先、≪マーナガルム≫にも契約の話が持ち掛けられた。

相手は『四大名門』が一角、その中でも最大の権力を有する<カイエン公爵家>。彼らは法外な金額で雇い入れる事を約束して来たのだが、≪マーナガルム≫団長、ヘカティルナはその申し出をばっさりと断った。その有様はほぼ門前払いも同様といった感じであり、しかし団員の誰一人としてその決定に意を挟む事はなかった。

 元より、一国の内戦、もしくはそれに発展しそうな情勢には出来る限り手を出さないというのが、彼らの定めた掟の一つだった。加え、エレボニアの貴族の大半はその権威にのみ縋り付き、義務を怠っているという情報が数え切れないほどある。よしんば彼らの側についたとき、見せしめなどと銘打って無辜の民を殺害するよう強要してくるやもしれない。そうなれば、厄介だ。

 それに―――実はこれが最も大切な事ではあるのだが、≪マーナガルム≫の面々が最も恐れているのは、レイと対立する事に他ならない。

 その禁を犯してしまう可能性が存在する限り、≪マーナガルム≫は如何な契約も結びはしない。表面上こそただの赤の他人同士ではあるが、それでも≪天剣≫レイ・クレイドルに向ける忠節は、5年の時を経た今でさえ僅かも色褪せていないのだから。

 

 だからこそ、帝都に不穏分子が侵入している恐れがあり、かつレイが学院の実習でそこを訪れる算段になっているという事をシオンから聞いた際に、ヘカティルナは見届け人を寄越した。

それこそが、アレクサンドロスとリーリエの二人。

 

 ≪マーナガルム≫の斬り込み部隊である二番隊。その副隊長と、名にし負う大陸最高峰の狙撃手(スナイパー)の二人こそが、レイの戦闘を最後まで見届けたのだ。

 

 

 

 

 

 

「本来なら二番隊(ウチ)の隊長が来る筈だったんですがね。アレが来ちまうと大将に加勢しちまいそうで、俺に一任させて貰ったんですよ」

 

 苦笑気味にそう言うアレクの声に、しかしクレアは親近感を覚えた。

それは、苦労人のみが醸し出せる笑みだ。どうやら彼も、日々心労を積み重ねるタイプの人間であったらしい。

 

「あなたは、どうだったのですか? レイ君が戦闘をしていた時に疼いたりは……」

 

「いんや、無かったなァ。あ、別に大将の事をどうでもいいって思ってるわけじゃないぜ? 俺は一応古参組の人間だけど、それでも大将には色々と世話になったしな。

 ただ大将なら≪冥氷≫のお嬢にも負けないだろうなと思ってたからな。一応、これでも信頼してるんだぜ?」

 

 いつの間にやら敬語で接する事を止めていたが、それを不満に思うクレアではなかった。元より此方の方が年下なのだから、その方が自然だ。

 

「あなたも、≪冥氷≫のザナレイアの事についてはご存知なのですね」

 

「そりゃあ、な。あぁ、でも情報を求めても何にも出ないぞ。精々がヨシュア君が知ってる程度のモノだ。

≪結社≫に居た頃の大将とお嬢のイザコザはもう名物みたいなモンだったからなぁ。始まる度にウチんトコの大将ラブの連中が殺気立っちまってな。生きた心地がしなかったぜ、全く」

 

 さも子供同士の喧嘩を見守る親のような言葉であったが、その戦闘が文字通り死力を尽くしたものであったのであろう事は、先の戦闘を見て十二分に理解できた。

 その空恐ろしさを再確認すると共に、クレアの脳内では既に彼女に対する対抗策を講ずるべく策を練り始めていた。

ザナレイアがレイに対して異常なほどの偏執を向けているのは理解できたが、だからと言ってそれだけを念頭に置いて行動していると考えるのは浅薄だ。レイがいない時に襲撃を受ければ一切対抗できないという醜態を晒すわけには行かず、だからこそ思考を巡らすしかない。

 その様子を見て、アレクはどこかからかうような笑みを見せた。

 

「おーおー、良いねぇ。大将はああ見えて戦闘そのものにはその場のノリと勢いで挑むような人間だからよぉ。アンタみたいな恋人がいるってのは俺らとしても安心できるわけだわ」

 

「あ……そ、その、ありがとうございます。ですが、私以外にも……」

 

「あぁ、≪紫電≫と≪死線≫だろ? シオン姐さんからいつも聞いてるよ。大将も随分積極的になったモンだ」

 

 はぁ、と力のない息を漏らしていると、いつの間にかクレアの横に座っていたリーリエが、無言のままクレアに手に持っていた洋菓子を差し出して来た。

同じものを無表情のままにモグモグと咀嚼しながら渡してくるその姿はどこか小動物のようにも見え、女性の保護欲を誘ってくる。

 そして軍人という見た目とは裏腹に、女性らしく人並みに可愛いものを愛でる事にあまり抵抗はないクレアはそれを警戒することなく受け取り、口にする。仄かなバターの香りが香るマドレーヌは甘すぎる物が苦手なクレアにとっても好みな味であれ、つい、リーリエの頭を優しく撫でてしまう。

 初対面でその行動は失礼だろうかと、数回薄紫色の艶やかな頭髪を撫でてから気付いたが、当の本人は嫌がった様子も見せず、ただ黙々と菓子を摘まんでいた。

 

「ほー、リーリエに気に入られたな。大したもんだ」

 

「あの、アレクさん。彼女はもしかして……」

 

 ヨシュアが小声でそう耳打ちすると、アレクは薄い笑みを残したままに一つ頷いた。恐らく、クレアも何となく察しはついているのだろう。

 するとリーリエが菓子を食べる手を止めたかと思うと、服の内ポケットから徐にメモ帳とペンを取り出して、白紙の部分にサラサラと文字を連ねていく。やがて手を止めると、見開かれたページをクレアの方へと向ける。

 

『美味しかった? それ、私のお気に入り』

 

 それは、思わず見惚れてしまう程に綺麗な字で書かれていた。まるでその文字そのものが彼女の繊細さを表しているかのような感じに、クレアは「えぇ」と一言だけ返して再び頭を撫でる。

 彼女は、リーリエは望んで無言を貫いているわけではない。無言を貫かざるを得なかった経緯をクレアとヨシュアの二人は知らないし、安易に知って良い事ではないという事も分かっている。

 情報の上では、何度かその活躍を聞いた事がある。猟兵団≪マーナガルム≫に所属する、大陸全土でも指折りの精度を誇る若き狙撃手。特注に改造を施された対物狙撃銃(アンチマテリアル・スナイパーライフル)を手に、常識の枠内に留まらない超々遠距離狙撃を可能とする彼女についた異名こそ、≪魔弾姫(デア・フライシュッツェ)≫。その性質故に、帝国軍参謀本部の中では危険人物(ブラックリスト)にすら載っているほどの人物である―――筈だった。

 

 しかし、面と向かって会ってみれば、声を出す事すらも叶わない(・・・・・・・・・・・・)儚げな印象の小柄な少女だ。

無論、一度戦場へと降り立ち、狙撃銃のスコープを覗けば彼女は冷酷な狩人へと変貌を遂げるのだろう。標的を殺すという意思を引き金に掛けた人差し指に乗せて、躊躇う事無くそれを引くのだろう。その術に長けていなければ、己の意志一つ、指先の動き一つで確実に命を刈り取る狙撃手という役を、絶望の感情が坩堝の如く渦巻く戦場で続ける事は叶うまい。

 その二面性を、しかしクレアは軽蔑などしない。自分とて同じだ。指揮官として冷酷な判断を下す覚悟など常にできているし、護国の為に血溜まりの道を歩く事すらも運命であると達観している。そんな自分が、戦場に生きるこの少女の事をどうして責める事が出来ようか。

 

 やがてリーリエは頭を撫で続けられることが流石に気恥ずかしくなったのか、立ち上がって再びアレクの隣へと身を移した。

少しばかり残念そうな表情を浮かべるクレアを他所に、ヨシュアは話題を移した。

 

 

「それで、アレクさんはこれからどうするんですか? 僕ともう一人は、明日にはリベールに戻ってしまいますけど」

 

「いんや、大将の戦いを見届けられただけで収穫だわな。本来なら俺達もとっとと戻って団長に報告せにゃならんのだが……今回はコイツを外に出す事も言い含められてるからな。まぁ、後数日くらいは帝都に留まるさ」

 

 そう言ってリーリエの肩を優しく叩くアレク。しかし話の中心となっていたその少女は、その瞳を半分ほど閉じて数回舟を漕いでいた。

既に時刻は、午前0時を回ろうとしていた。年齢的に、起きているのは辛いのだろう。特に気を張りつめる必要もないこの場に於いては、なおの事それが顕著だった。

 

「おっとっと、もうコイツも限界か」

 

「あはは、そうみたいですね。―――っと、ちょっと失礼します」

 

 ポケットの中に入れておいた、バイブレーションモードに設定しておいたENIGMA(エニグマ)が振動する感触を感じ取って、ヨシュアがソファーから立つと着信に出る。

 

「はい。どうしたんですかシェラさん。

 ―――え? もう潰れた? 痙攣してるけど心配ない? ちょ、手加減してあげてって言ったじゃないですか‼ リベールでやるならまだしもここは皇族のお膝元なんですよ、分かってます⁉ 

 ―――いや、絶対分かってないでしょ。何ですかその悪びれる気ゼロの謝罪。いっそ清々しいですけど、今はそんな事はどうでもいいんですよ。ホント。

 ―――はぁ。もういいです。酔ってるシェラさん相手にマトモな会話が成立すると思ってた僕が間違ってました。それで? どこにいるんですか?

 ―――あぁ、この前行ってたっていうバーですか。いいですか? 絶対外出ないで下さいよ。憲兵に捕まったら僕は全力で他人のフリしてそのまま帰りますからね。

 ―――は? まだ飲み足りない? 良さげな相手を連れてこい? 何ですかその難易度MAXの依頼は。知り合いなんかほとんどいない帝都でそんな人見つかるわけが……」

 

 と、そこまで通話を続けた所で、ふとヨシュアが視線を移した。

 そこにいたのは、数日前にシェラザードと飲み比べで渡り合ったと言うクレアの姿。しかし、連日の情報統制と市民誘導をこなした彼女の体力は、今でこそ何でもないかのように振る舞ってはいるが、ほぼ限界に近いだろう。そんなコンディションで痛飲に付き合うなど、自殺行為も同等だ。頼むわけには行かない。

 すると、もう一人の大人が目に入った。ヨシュアは、その人物に問いかける。

 

「……アレクさん、お酒って強いですか?」

 

「俺か? まぁ、それなりにな。ウチの団長とか相当な大酒飲みだし、その他にも結構酒豪が揃ってるから、そいつらと飲み交わせる程度には強いつもりだぜ?」

 

「あー、それじゃあ今からちょっと援軍に行ってもらう事って出来ますか? いや、僕の同僚が今絶好調になってて、その人潰してここまで持って来て欲しいんです」

 

「そりゃあ、まぁ構わないけどよ。その間コイツを一人きりにするわけにも行かんだろうさ。戦場じゃあちょっとした物音で跳ね起きるけどよ、一旦こうした街中に来ちまうと一度寝たら起きねぇんだよ」

 

 横を見ると、既にアレクの肩を枕にしてすぅすぅと小さい寝息を立てているリーリエの姿があった。

 シェラザードの現在位置をヨシュアは分かっているが、あの場所は入り組んだ路地を少しばかり進まなければならない。レイ達が来る数日前から帝都に到着していたヨシュアにはその路地の癖が分かっているが、それでも初めて行く人間に詳細に伝えるのは難しい。必然的に、ヨシュアも道案内の為に同行する必要が出てくる。

 とはいえ、アレク達が泊まっているというホテルには少しばかり距離があり、そこからバーへと行くとなると時間が掛かる。あまり時間をかけると、業を煮やしたシェラザードが店を後にしかねない。

 

 どうしたものかと悩んでいると、徐にクレアが軽く右手を掲げた。

 

「あの、でしたら私がここに残りましょうか? 元々ここでの用事が済んだらそのまま詰所に戻ろうと思ってましたし、明け方までなら大丈夫ですよ」

 

「いや、でもクレアさん結構疲れているんじゃ……」

 

「でしたら、私も少しここで休ませてもらいます。何かあったらすぐに目を覚ませますし」

 

 そう言うと、クレアはよく眠っているリーリエの体を優しく持ち上げる。

それを見たアレクは、安心したような微笑を見せて軽く手を振った。

 

「あぁ、そんじゃ任せるよ。迷惑をかけるな」

 

「いえ。何でしたら、貸しと思っていただければ」

 

「お、結構強かだなぁ、アンタ。まぁ、それくらいじゃなきゃ大将の傍には侍れないか」

 

 そう言葉を残し、アレクはヨシュアと肩を組んでそのまま玄関を開けて建物から出て行った。去り際にヨシュアが申し訳なさそうな視線を向けて来たが、それも心配要らないという視線で相殺して送り出す。

 

 

「……ふぅ」

 

 扉が閉まった後にそう息を吐いたクレアは、しかしアレクとの約束を反故にする事もなくリーリエを二階の部屋に運んだ。

 そこには、昨夜までレイ達特別実習B班が使用していたベッドが並んでおり、その内の一つに彼女を寝かせる。ベッドカバーを被せると、クレアは椅子を一つ持って来てベッドの脇に座った。

 

 安らかに眠る少女は、どことなくクレアが学生時代の例の事件の際に凶弾から救った幼子に似ていた。

無論、髪色も顔立ちも良く見れば異なる点は幾つもあるのだが、それでも特別な思いを感じずにはいられない。

 

「こういう子達を……守らなければいけないんですよね」

 

 リーリエという戦場で生きるこの少女は、そんな庇護を求めてはいないだろう。

だが、こういった年代の子供達を守りたいと思った事が、自分が軍人になろうと思った原点であったのは確かだ。それを、否が応にも思い起こさせる。

その頬を撫で、髪の毛を梳いているだけでも、それを強く思う。今回、テロの規模を可能な限り小さくした事で、こういった命を守る事が出来たのだろうかとクレアは自問自答し、それを続けている間にいつのまにか彼女も深い眠りの中へと旅立って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




猟兵団≪マーナガルム≫。漸くその概要を説明できました。
その為に少し強引に話を進めてしまいましたが、ご了承くださいませ。

因みにコイツら、≪赤い星座≫や≪西風の旅団≫ともヒャッハーした事があります。




それと、以下に執行者No.Ⅳ ≪冥氷≫ザナレイアのイラストを添付しておきます。



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