英雄伝説 天の軌跡 (完結済)   作:十三

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 『閃の軌跡』のコミカライズを購入して読んだのですが……まー、絵が綺麗で面白かったです。
 サラやクレア大尉も上手く描かれていて、とても魅力的でした。






第5章
弱きゆえの確執


 

 

 

 

 レイ・クレイドルとギリアス・オズボーンが邂逅したのは、今より1年と少し前。

当時、リベール王国とクロスベル自治州を電撃訪問していたオズボーンは、クロスベルを訪問した際に、何故か滞在中の自身の警護を遊撃士協会に依頼したのである。

 それは、常識的に見て不可解な話であった。

 電撃訪問とは言え、帝国から連れて来た自前の警護の軍人は存在したし、加え、現地での人員を求めるならば、公の治安維持組織であるクロスベル警察に頼るのが筋というモノだ。

しかしオズボーンはそれを選択せずに、敢えて遊撃士協会・クロスベル支部の方へと直接話を通したのである。

 無論、軋轢は生まれた。メンツを潰されたクロスベル警察は遊撃士協会と帝国政府の癒着を疑い、しかしクロスベル支部側はこれを完全否定。

 

 元より、国賓級の人間の警護についてはクロスベル警察に一任しており、その契約をギルド側が破った事は過去に一度もなく、加えて正直に言えば、≪鉄血宰相≫の電撃訪問に浮足立った市民や観光客からの依頼が山のように押し寄せていた当時は、厄介事はクロスベル警察の捜査一課に押し付けておきたかったというのが本音だ。

 クロスベル支部名物・”人間って限界超えて仕事すると逆に苦痛じゃないよね”を実行していた面々にとって、そのいちゃもんは鬱陶しい事この上なかったし、その警護に関しても受諾したくはなかったのだが、クロスベル自治州の盟主国の一つである大国の宰相直々の依頼とあらば、受けないわけには行かなかった。

 

 そうして駆り出されたのが、音に聞こえた≪風の剣聖≫アリオス・マクレインと、そのパートナーとしてレイ・クレイドル。

 支部の責任者―――ミシェルにとって、稼ぎ頭であるこの二人を警護任務で縛り付けてしまうのは避けたかったのだが、ギルドの顔を立てる意味合いでもアリオスを外す事は出来なかったし、何より、レイに至っては帝国政府側からの逆指名が入っていたのである。

 それを無視できるはずもなく、数日間の間支部は地獄を超えた様相を呈してしまったのだが、それはまた別の話。

 

 

「多忙な所を済まないな。協会に迷惑を掛けるつもりなどは毛頭なかったのだが、近頃は不逞の輩が市内をうろついていると聞く。手間を掛けてでも、市内の様子に通じている君達の力を借りたいと思った次第だ」

 

「光栄です、宰相閣下」

 

 言葉とは裏腹に謝罪する気は微塵もない声色の声にも、しかしアリオスは慇懃に礼を返す。

本来であれば此処でレイも、いつものように粛々と処世術を以て礼を尽くす筈だった。仕事の邪魔をしてくれたとはいえ、それでも相手は悪名高き≪鉄血宰相≫。

帝都支部の取り潰しの件などで良い印象などはないのだが、それでも敵に回す必要などどこにもない。故に営業スマイルで接しようとしたのだが、次の言葉でそれもご破算となった。

 

「そして、お初にお目に掛かるな、≪天剣≫。≪執行者(レギオン)≫時代の武勇は私も聞き及んでいたが、まさかギルドに籍を置いていたとはな」

 

 表情が固まった。表面上で浮かべただけの笑みは、瞬く間に剥がれ落ちて不機嫌そうな顔を晒してしまう。

隣に立っていたアリオスも同様に眉を顰めたが、しかしオズボーンがそれを咎める事はなかった。

 

「何、そう警戒しなくても良い。その経歴を咎める権利などを私が持っている筈もなかろう。今のは私なりの挨拶のようなものだ」

 

「……随分とご趣味の良い挨拶で」

 

「仮面も必要ないぞ、≪天剣≫。狐の衣を被った君と話しても、私が得るものなど何もあるまい」

 

「……あぁ、そうかい」

 

 遂に何も隠す事がなくなったレイを、しかしアリオスは止めない。流石に刀の柄に手を掛けようものならば諌めはするだろうが、流石にそこまで沸点は低くない。

加え、その行為が何を引き起こすかという結末を鑑みれば、尚の事。

 

「条理の外の臭いがする。アンタ、一体何者だ?」

 

「ほう、私を世に非ざるモノと謗るか? だが、バケモノと罵倒するには私は些か普通過ぎる(・・・・・)。断行した政策は全て、ヒトの理を侵さないモノばかり。これを普通と言わずに何とする」

 

 戯言を、と問い詰めたかったのだが、今それを言っても栓がない。どうせ話し合いなど平行線を辿るだろう。

 だが、目の前に居る”ソレ”が常人と同じ感覚を持った人間などという事は断じて有り得ない。それは、レイの前身を駆け巡る解ける事のない警戒心と悪寒が告げていた。

 武の世界に於いて強者と立ち会った時のそれとは全く別物の感覚。策謀を得手とする者と相対した時に感じる怖気のような感覚は、いつになっても慣れる事はない。遥かリベールの地で果てたという、レイにとっても因縁の敵であった≪使徒≫の一人を彷彿とさせる、否、それ以上の圧力に、顔を顰めざるにはいられない。

 

 この時点で既にレイは、ギリアス・オズボーンという存在を信用しないと心に決めていた。

 折り合いを見つけて理解し合おうなどという、そんな平和主義的な方法を模索できるほど、残念ながら彼は博愛主義者ではなかったし、何よりアレは隙を見せてはならない相手だと、そう本能が告げていた。

 レイは、自分が腹の探り合いという場に於いては未だ未熟者の枠を出ないという事を理解している。幾ら剣の腕が立とうとも、それはテーブルについて互いの真意を探り合う場に於いては何の意味も示さない。

 傍から見れば、そう自覚している時点でそうした(すべ)に於いてもそこそこの実力を有していると判断されるかもしれないが、事此処に至っては”そこそこ”程度の実力で渡り合えるほど甘い相手ではない。

ならばその時点でレイが出来る事と言えば、どのような状況下に於いても決して油断をしないという事だけ。この男を理解しようとするだけ時間の無駄だという事は分かり切っていたし、何よりそちらに思考を割いている内にどこから足元を掬われるか分からない。

 だからこそ、傍観に徹するしかなかった自分というのが、今回は堪らなく惨めに思えてしまった。

 

 

 

 

 しかしながら、その抜け目のない慎重さが、かえってオズボーンの興味を煽る結果となってしまう。

 

 かの≪爍刃≫から薫陶を受けた、”理”の体現者にも匹敵する剣士。≪結社≫より放逐された彼がカシウス・ブライトの伝手で遊撃士協会の門戸を叩き、その後13歳という年齢ながら例外的に遊撃士の資格を取得し、僅か2ヶ月で準遊撃士1級のライセンスを得た麒麟児。戦闘・採取・紛失物・人物捜索・交渉・回収・配達・警護など、あらゆる依頼を選り好みなくオールマイティに、完璧かつ迅速に執り行うという優秀さは、リベールより遠く離れたエレボニアにまで噂が届く程であった。

 そんな彼が、リベール支部を離れてクロスベル支部へと移籍したのは、帝国政府にとっては実は僥倖であった。

 リベールの地で遊撃士稼業を続け、16歳になれば彼は間違いなくそのまま正遊撃士の資格を手に入れる。そうすれば、数年と経たずにA級遊撃士にまで登り詰める可能性というのは決して低くはない。

 カシウス・ブライトがギルドを離れ、リベール王国軍に籍を戻した今では、リベール支部にA級以上の遊撃士は存在しない。だが彼が居る事でギルドと軍部がそれまで以上に昵懇の間柄になれば、リベールの国防力は更に跳ね上がる。軍事力ではエレボニアに到底及ばない王国ながら、≪百日戦役≫の反攻作戦で地の利を生かされて敗北を喫したのは事実。現在も仮想敵国として視野に入れている以上、戦力増強は帝国政府にとっては歓迎すべきモノではない。

 

 だがそれは、クロスベルに於いても同じ事だ。

 自治州が擁する警備隊は自治州法に基づき強壮な軍備を許されておらず、帝国軍の機甲師団が攻め入れば恐らく数日で陥落する程の脆弱さではある。

 しかし、ギルド支部の中でもトップクラスの精鋭が集うとされるクロスベル支部の中に、A級遊撃士の≪風の剣聖≫と、数年もすればそれに比肩する実績を得るであろう≪天剣≫が轡を並べているという状況も、やはり芳しいものとは言い難い。

 

 叶うならば手元に引き入れたいと、そうオズボーンが思ったのは当然の帰結と言える。ただの蛮勇の剣士であれば始末する事も一考したが、こうして対面した事で、その気も失せていた。

 胆力は及第点。加えて、力量の差を知って足元を掬われない事のみに徹したその判断力も買った。故に、始末するより手元に引き入れた方が遥かに利用価値はあると判断したのである。

 とはいえ、勧誘したところで首を縦に振るわけもないという事は、その警戒心を見て理解した。

まるで己の巣に侵入したならず者を睨み付ける鷹のようだ。此方の力量が高いのは理解しているが、それがどれ程のモノなのかまでは推し量れずに踏み込めないといった雰囲気に、オズボーンは一つの策を思いつく。

 

 

 

「≪天剣≫」

 

「……何だよ」

 

 そうして互いに踏み込ませず、踏み込まない水面下の攻防が終わる訪問最終日。オズボーンはレイを呼び出し、とある話を持ち掛けた。

 

「君の実力を、私は十二分に理解しているつもりだ。武芸のみならず、腹の読み合いの才もある。……遊撃士にしておくには惜しい程のな」

 

「何が言いたい」

 

 胡乱げに、しかし、その言葉の意味がある程度分かってしまっているが故に滲み出る不快感。それを敢えて無視して、続ける。

 

「私の下に来たまえ。その才覚、燻らせて散らすには余りに惜しい」

 

 オズボーンが自ら選出した、直轄の精鋭。名を≪鉄血の子供たち(アイアン・ブリード)≫と言うそれに属するのは現在4名(・・)

 そして、彼ならば5人目として選出するのに何の不備もありはしない。実力は申し分なく、あらゆる状況下に於いて安定した結果を生み出せるだけの行動力と決断力も備わっている。出来ればもう少し各国政府に有能さが知られる前に青田買いをしたかったのだが、こうなってしまっては是非もない。

 しかしレイは、返答を待つ時間すらも要さずに返答を返した。

 

「断る。あぁ、断るとも。アンタだってここで俺が首を縦に振るなんて思ってなかっただろうに」

 

「ふむ、それは私に対しての怨嗟か? 帝国ギルドを壊滅に追いやった私への」

 

「おいおい、嘗めて貰っちゃ困るぜ鉄血宰相。俺だってメリットくらいは心得てるさ。―――だが、それも踏まえて尚、断ると言ったんだよ」

 

 ここで≪鉄血宰相≫の軍門に下れば、確かに信じられないほどの経験値を稼ぐ事は可能だろう。

よしんば”駒”でしかないのだとしても、課せられた任務をこなして行く内に、不得手の分野も補う事が出来ると、今の時点で半ば確証している。

 だが、だとしても、この男の真下で行動する事を、他ならなぬ自分自身が許しはしないだろう。この男の命で動き、そのまま時を過ごすうちに、”何か”決定的な過ちを犯すのではないかという危惧が、レイの中で渦巻いていた。

 そして、それら二つを天秤にかけた時、秤は後者に傾いた。今までの人生の中で研ぎ澄まして来た第六感じみた自分の勘を、レイは信じたのである。

 

「―――そうか。残念だ。君が来れば≪氷の乙女(アイスメイデン)≫はさぞや喜ぶだろうに」

 

「クレアの話を持ち出すなよ、卑怯者。言っておくが、アイツをダシにしたところで俺の選択は変わらない。アイツも、多分それを望んでいない」

 

「気丈だな。だが、そうでなくては意味がない。その意志の強さは確かに見て取れた。ここは大人しく退くとしよう」

 

 そう言うと、オズボーンの声音に含まれていた覇気が消え失せる。やけにあっさりと退いたことに一抹の不安を覚え、更に警戒心を研ぎ澄ませたが、オズボーンの方は、本当にこの話はこれで終わりだと、レイから死線すら逸らせてしまった。

それを見て、レイもせめてもの意趣返しに鼻を鳴らして緊張感を薄めた。

 

「あぁ、だが、此処で君と会えたのも何かの縁だ。私から、後日ささやかな贈り物を送らせて貰おう」

 

 要らないと、そう言いたいのは山々だったのだが、そう言ったところでこの男はその”贈り物”とやらを送りつけて来るだろう。恐らく、まともなものではあるまい。

会えた縁を記念して贈り物をする程、この男が洒脱な性格をしているとも思えない。その意図が何なのか、それを考えたかったのだが、その思考を、貴賓室をノックする音が遮った。

 

 

『閣下、お迎えに上がりました』

 

「ご苦労。入って来てくれたまえ」

 

 その声の持ち主がこの男を迎えに来るという事は、半ば予想していた。

否、予想していたからこそ、顔を向けられない。足掻きで粋がってはみたものの、結局この数日間、この男の先を見据える事は終ぞ出来なかった。

そんな無様な姿を、見られたくはなかったのだ。

 

「あっ……い、いえ。何でもありません。閣下、≪鋼鉄の伯爵(グラーフ・アイゼン)≫は既に到着しておりますので、移動をお願いします」

 

「あぁ、すぐに行こう。―――だが、少々準備に時間が掛かる。少しこの場所で待機してくれたまえ」

 

「……かしこまりました」

 

 それは、普通に見ればオズボーンの気を配った行動だったのだが、それすらも裏があるのではないかと邪推してしまう程に、やはり今のレイには余裕がなかった。

 ただそれでも、欠片程度に残った男の意地が、彼女に情けない表情を見させない。

 

「レイ君、閣下の護衛、お疲れ様でした。政府を代表してお礼申し上げます」

 

「んにゃ、張り付いてたのはほとんどアリオスさんだよ。俺は随分楽させて貰ったさ」

 

 これも嘘だ。護衛任務はそれ程単純なものではない。

幸いにしてマフィア連中は鳴りを潜めていたものの、それでも万が一の事を常に考えて行動するのが要人護衛という任務。一瞬たりとて気を抜いてはいなかったし、更に言えば帝国宰相という肩書を持つ人物を守るという責任感が、休ませてなどくれなかった。

 クレアはそうした思いも何となく察してしまったようで、敢えて何も追及して来なかった。

 

「レイ君は、閣下とお会いするのはこれが初めてでしたっけ」

 

「あぁ、まぁな。……なぁおい、クレア」

 

「何ですか?」

 

 そこでレイは、頬に伝った一筋の汗を乱暴に拭ってから、精一杯の気丈な笑みを見せて、呟くように言った。

 

 

「お前の主は……とんでもない男だな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 余談ではあるが、その1ヶ月後。

 

 日々の忙しさに忙殺され、割と本気でオズボーンの言っていた”贈り物”の件を忘れかけていた頃、≪マーナガルム≫との連絡役として赴いていたシオンが、衝撃的な音声記録を持ち帰って来ていた。

 

 

 

『―――あー、あー、マイクテスマイクテス。あ、これもう大丈夫です? オッケー?

 どうもです大将、二番隊のライアスっす。今回報告させて貰うんですけど……いやー、マジ地獄でしたわ。

 いや、何がって、1週間くらい前に匿名でドデカイ荷物が届きましてね? 見てみたらこれがまぁ列車砲級の兵器でして。勿論こんなフザけた武装なんて誰も発注してなかったし、団長や副団長も訝しんでたんですけど、運悪くフィリス姐さんの琴線に触れちまって解析作業とかしてたんですよ。

 道具とかが必要だから取り敢えず≪フェンリスヴォルフ≫に乗っけちまってやってたら……数日後に突然≪メルカバ≫に乗ってやって来た≪紅耀石(カーネリア)≫が高笑いしながら俺達を追いかけまわして来まして。

 まぁ捕まったらアウトだわなってのは全員分かってたんで、そこから先は数日間ドックレースっすわ。いやー、ガチで死にかけましたよ。あのチートヘビースモーカー、マジで俺達滅殺する気満々でしたわ。……ちょ、思い出してたら鳥肌立って来ちまいました。

 それで、ですね。何とか振り切った後に狙われた原因調べてみたんですけど、やっぱその砲がとんでもないシロモノでしてね。古代ゼムリア文明の時に神格持ちの存在をガチで殺すような感じのエモノでして……まぁ言っちまえば超一級の古代遺物(アーティファクト)です。ヤバさは、確かに≪守護騎士(ドミニオン)≫共が血眼になって探すレベルでした。詳細はまとめてシオン姐さんに預けたんでそっちを見て下さい。

 そんでそのブツなんですけど、≪紅耀石(カーネリア)≫にバレた時点で教会にはもうモロバレ同然だろうって事で、取り敢えずまだ装備はしてます。何をしようにも取り敢えず教会と話つけなきゃいけないんですけど、今の俺らが行ったら蜂の巣不可避なんで、どうにか大将にお願いできないかって言ってた次第です。流石に教会全部敵に回したら全滅は免れませんから。

 スミマセン大将、またご迷惑お掛けする事になってしまいまして―――』

 

 

 そこまで聞いたところでレイは音声記録を切り、シオンが引き攣った表情を見せる程の不自然極まりない笑顔で報告書を受け取る。

 そこに書かれていたのは、あまりにもオーバースペック過ぎる”贈り物”の性能。書類の作成で徹夜続きだった事も相俟って素手で引き裂いてやりたい心境に駆られたが、それを何とか自制した。

 確かにそれは、一猟兵団が所有するにはあまりに過剰すぎる装備だった。機関部に古代遺物(アーティファクト)が使用されていることも相俟って、単純な攻撃力ならば『ガレリア要塞』に配備されている二門の列車砲を凌駕するだろう。そんなものを無許可で装備させていれば、確かに教会の沽券に関わる。

 

 それの送り主は明確だった。まさか自分ではなくあちらの方に送り付けるとは思っていなかったが、考えてみればそれもあの男の策略の内であったのかもしれない。

 ≪結社≫時代の関係で今でも繋がりがあるという事を知られていたという事については、まぁ驚くような事でもない。大国の情報網の広さは充分に理解しているつもりだったし、それくらいは遊撃士協会であっても本気で調査すれば知る事は出来るだろう。

 それ以上に戦慄したのは、これ程の規模の古代遺物(アーティファクト)を所有し、かつそれを1ヶ月程度の準備期間で外部の組織に送り付けるという行為は、絶対的な集権がなければ出来ない行為だ。

エレボニア程の規模の国家ともなれば七耀教会と密約を交わして古代遺物(アーティファクト)を隠し持つ程度の事は可能だろうが、事もあろうにオズボーンは、この”超常的大量破壊兵器”とも言える”ソレ”を一猟兵団に送り付けた。それも恐らく、教会には一切話を通さないままに。

 嫌がらせの類かとも思ったが、すぐに違うのだと(かぶり)を振った。

 オズボーンは、己の力をレイに見せつけてみせたのだ。国が秘匿し、外部に晒す事すら本来ならば議会の承認などが必要であろうそれを、恐らく単身でやってみせたのだろう。そうでなければ、これほど早く送り付ける事など出来はしまい。

 そこで漸く、レイは護衛をしていたあの時の自分の心境が筒抜けであったのだという事を理解した。なまじ相手の明確な力が確認されていない以上、どう踏み込んで良いか分からないというあの時の心情を、オズボーンはこういった形で示してみせたのだ。

 故に、その脅威は痛い程に深く感じ取れた。やはりアレ(・・)は、心を許して良い人物ではない。

 

 しかしそれよりもまずは、七耀教会に話を通す準備をしなくてはならなかった。

ギルドに迷惑はかけられないため、レイ・クレイドル個人として伝手を頼らなければならず、幸いにして交流があった≪守護騎士(ドミニオン)≫の一人にやっとの事で連絡をつけ、数週間にわたる交渉の末に何とか話を押し通せた彼の功績を知る者は少ない。

 元より≪マーナガルム≫が一般人への直接的・間接的被害を与えていない事や、大量殺戮及び大規模な自然破壊が考慮される状況下での”ソレ”の使用を禁ずるなどの誓約を押し付けられはしたが、それで逃亡生活のような真似を≪マーナガルム≫(彼ら)が送らなくて良くなるのならば、些事でしかない。

 結果的に教会に”借り”を作る事になってしまったが、今のレイは幸いにもやましい事は何もしていない身だ。どんな難題を吹っかけられるかは分からないが、≪天剣≫の異名と共に配下となり、責任の一切は自分が取ると宣言したあの時から、自分のする事など変わらない。元より自分が蒔いた種なのだから、自分で始末をつけるのは当然の事。

 そう分かってはいるのだが、それでも不満感は募るばかり。これより先、レイはこう公言する事を憚らなくなった。

 

 ―――ギリアス・オズボーン。あの男は傑物だ。故に嫌いにはなれない。……だが気に食わない。

 

 それが精一杯の抵抗であった事は、あの時も今も、変わっていない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「夏季休暇?」

 

 

 

 八月上旬、朝方から熱気が差し込むようになった頃の寮の食堂で、リィンがそう聞き返す。

 半袖の夏服に違和感が消え、一般の人であれば夏バテなどを発症し始めて食欲が減衰する頃合いなのだが、Ⅶ組の面々は例え朝食であろうともそんな事は関係がないと言わんばかりにガッツリと食べる。

食べなければ、昼食を前にしてエネルギーが尽きる事などザラだ。加え毎食美味な料理を用意するレイとシャロンの誘惑には抗えず、今も五個目となるパンを口に放り込みながら、リィンは小さく首を傾げた。

 

「そ。一応ウチは士官学院だけど、それでも短い夏季休暇はあるのよ。5日程度だけどね」

 

「へぇー、そうなんですか」

 

「とは言っても……」

 

 本来ならば休暇を利用して帰省するのが学生としての正しい過ごし方なのだろうが、それに思考が行き着いた途端、全員が微妙な表情を浮かべた。

 アリサは元々家出同然のような形でルーレを出たために帰る気はなく、マキアスとエリオットは先日実家に帰ったばかりだ。それはガイウスとユーシスも同じであり、エマはそもそも帰る気はなく、フィーに至っては帰る場所すらない。

 ラウラとリィンは顔を見せても良いのだろうが、Ⅶ組のほとんどが寮を動くつもりがない段階ではそれも躊躇われる。親孝行という点から見れば帰るべきなのだろうが……などと悩んでいると、ふと目の前に座っているレイの姿が目に入った。

 その目はどこか遠くを見つめていた。右目に光は宿っておらず、どこか放心状態とも言えるその姿は、しかし彼が時折浮かべる姿でもある。

そういう時は決まって、軽い過去のトラウマに浸っている時なのだが。

 

「レイ」

 

「……ん? あぁ、悪い。聞いてなかったわ」

 

「いや、別にいいんだが……夏に何があったんだ?」

 

 直球でそう問いかけてみると、レイはパンにマーマレードを塗って頬張りながら、はぁ、と深い溜息を吐いた。

 

「夏休み……夏休みなぁ。クロスベル支部時代はそんなモンなかったよなぁ……」

 

「はいストーップ‼ これちょっとマズい話だわ‼」

 

「レイ泣かないで‼ 僕のミニトマトあげるから‼」

 

「エリオット、どさくさに紛れて嫌いなものを押し付けようとするな」

 

 苦笑した表情のままに涙を流し始めたその言動にアリサがストップをかけ、一時期食卓は騒然となりかけるも、慣れたもので数分で鎮火する。

 すると、冷静さを取り戻したレイが話を続けた。

 

「この時期は魔獣の行動も活発化するからよ、街道の魔獣退治とか毎日やってたわ。行く時は複数枚依頼書抱えて他の依頼の目的地に行きがてら叩きのめすとか普通だったぞ」

 

「一体一日何件仕事をこなしていたんだ?」

 

 ガイウスの尤もな質問に、レイは少しばかり思案するような表情を浮かべてから、指を折って数えて行く。

 

「平均9~10ってトコか。魔獣退治以外にも、ワンダーランドなんて場所が出来てから観光客が跳ね上がってよー。迷子捜索や紛失物の捜索、酔った人間の仲裁とか、熱中症でぶっ倒れた人間の救助とかエトセエトセ」

 

「周囲が休んでいるから逆に休めないんだな」

 

「それな。熱気に当てられて調子乗った不良やマフィア共をノしたり色々とやったけど……あぁ、マジで休みとか皆無だったわ。今あそこ大丈夫か? 

 あぁ、戻りてぇ。戻って多分山みたいに溜まってる依頼書消化してぇ」

 

「マズい、これは末期だ」

 

「ワーカーホリックってこういう事を言うんだろうなぁ」

 

 こうはなりたくないなぁ、という感想を全員が抱いたところで、話を持ち掛けたサラが咳払いをして再び注目を集める。

 

「それでその間なんだけど、この前帝都からこんな物が届いたのよね」

 

 差し出して来たのは一通の手紙。上の部分は既にナイフで開封されているが、リィンが持って裏を見ると、特殊な封蝋が目に入った。

 それは、皇族家が代々使っているという紋章。差出人を見ると、レイが「あぁ、アイツ生きてたのか」と呟いた。

 

「オリヴァルト殿下から、ですか?」

 

「そ。この前の事件解決のお礼って事で、オルディスにある皇族専用のプライベートビーチにご招待したいって」

 

 

 『四大名門』が一角、<カイエン公爵家>が収める帝国西部ラマール州の中心都市、海都オルディス。

 ≪紺碧の海都≫とも呼ばれるその都市は、帝都ヘイムダルに次いで二番目に人口が多い場所であり、その名の通り海に面している。

故にこの時期は涼を求めてその場所を訪れる観光客が多く、落ち着いて休暇を過ごすには不適切な場所にも思えるが、皇族のプライベートビーチならば俄然話は変わってくる。

 実際、その話を聞いた何人かは、目をキラキラと輝かせていた。

 

「プライベートビーチ⁉ 最高じゃない‼」

 

「まさかそんなところを利用できるなんて思わなかったなぁ」

 

 誰かがそうしたテンションになると、その陽気は伝播する。そうした話が出てくると、もはやラウラとリィンも帰省の話を持ち出すわけにも行かず、乗っかる事となった。

マキアスとユーシスもそれに便乗する形で参加する事となり、無表情ながら興味があるという目をしていたフィーに沿う形でエマも頷き、ガイウスも乗る。

 

「海かぁ。前に行ったのはいつ以来だったか……あー、懐かしい」

 

「んじゃ、アンタも参加ってことで良いわよね?」

 

「ん。まぁな。シャロンはどうするんだ?」

 

「ご一緒させていただきますわ。会長には許可を取ってありますので」

 

 そうした流れで全員参加が決まると、次に騒がしくなるのは女子勢である。まさか競泳水着でプライベートビーチに挑もうなどという愚をアリサとシャロンの主従コンビが許すはずもなく、面倒臭いと欠伸をするフィーや、そういう状況に疎いラウラなどが疑問を挟む中、それら全てを捩じ伏せて水着を買いに行く算段を取り付けるその手際に、男子勢が若干引いていたが、それもまた夏のひと時としては正しい在り方だろう。

 

 そんな中で、未だにレイはクロスベル支部の仲間に対して罪悪感は捨てきれていなかった。

 8月末に行われる、≪西ゼムリア通商会議≫。クロスベルで除幕式が執り行われる『オルキスタワー』のお披露目と共に開催されるそれの影響のせいで、例年よりも多忙である事は想像に難くない。

 しかし、今のレイは学生だ。誰に相談したところで、「気にするな」という返事が返ってくるのは分かっていたのだが、それでも心配はする。

 

「(……まぁ、ここはお言葉に甘えて普通に”夏休み”とやらを楽しむのが正解か)」

 

 自分の中でそう折り合いをつけて、レイはふと、自分も水着を持っていない事に気が付いた。

男は女性ほど水着に気を使わないものだが、それでも競泳水着では気合いを入れる女子勢に対して失礼というものだろう。

 

「リィン、俺達もテキトーに水着買いに行こうぜ」

 

「まぁ、そうだな。エリオット、ユーシス、マキアス、ガイウスも、それでいいか?」

 

 リィンの呼びかけに男子勢も頷く。

 

 窓の外で蝉の鳴き声が響く中、Ⅶ組は初めて、本格的な休日を過ごそうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






 FGOで清姫ちゃん出た。出ちゃった。
ヤンデレの影響でもう女性キャラでないのかなーって落ち込んでたら、フレンドガチャで普通に義経ちゃん出て良かった良かった。

 ……しかしホント☆3以上の三騎士出ねーな。




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