英雄伝説 天の軌跡 (完結済)   作:十三

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 もうFGOの10連ガチャは信じないと心に決めた十三です。
 申し訳ありませんAUO、僕は貴方を引けそうにないです。


 さて、そんな事はそこら辺に放っておいて、夏休みの始まりでーす。リアルじゃもう終わりなのにね。
……アレ? 何だろう、涙が出て来たヨ。





サマー・バケーション Ⅰ

 

 

 

 

 

 

 青い空、白い砂浜、青い海。

 

 一般的に真夏の海に赴いた際に使われる表現だが、”遊び”または”休暇”という概念でしか海に行った事のない面々にしてみれば、その表現は首を傾げるものであった。

 例えばフィーは、団に属していた際に幾度か海に行った経験はあるが、いずれも敵陣営への奇襲を仕掛けるための上陸作戦であり、夜間に赴いていた事がほとんどであった。

 レイの場合は、海とは即ち凶悪な水棲魔獣と死闘を繰り広げる場所であったり、サバイバルを行うには適した場所だという認識が占める割合が多く、ある意味フィー以上に殺伐としている。

 

 だからこそ、任務でも合宿でもなく、ただ純粋に休暇として赴く海は初めての経験であったし、それを少なからず楽しみにはしていた。

 

 

「いやー、晴れて良かったねぇ」

 

 エリオットの言葉はまさしくその通りであり、空には雲一つない青空と、燦々と輝く太陽が鎮座している。

 特訓の最中などは疎ましく思う事もあるその日差しも、今回に限っては大歓迎。それは青春の思い出を飾る一ページに、華やかな彩りを添えてくれるだろう。

 

 トリスタから帝都を経由して、西部行きの列車に揺られる事数時間。一行は無事に海都オルディスの地に降り立ち、まずは街の規模に目を見開かせる。

 『四大名門』の筆頭格として名高いカイエン公爵家が治めているこの地は、瀟洒であり、かつ華美な街であるという印象を与えた。≪翡翠の公都≫バリアハートともまた違う、貴族の街でありながら、その感覚を超えて来訪者を魅せるような、本当の意味で垢抜けたような場所であるという感覚が強い。

 2泊3日という贅沢な夏休みを過ごすために必要な荷物を抱えながらⅦ組の生徒10名と、サラとシャロンとがオルディス駅の正面出口から出ると、そこで一人の人物が出迎えた。

 

「初めまして、トールズ士官学院御一行様。(わたくし)、アルバレア公爵家に仕える執事、ウィスパー・スチュアートと申します。この三日間、皆様方のお世話を皇家の方に変わって務めさせていただきます。何卒、宜しくお願い致します」

 

 片眼鏡(モノクル)を掛け、一分の隙もなく燕尾服を着込んだ男性が、恭しく頭を下げる。

その姿に瞠目したのは、ユーシスだった。

 

「ウィスパー⁉ 兄上の専属執事であるお前が、どうして此処に居る?」

 

 その言葉を始めから理解していたのは、ユーシスを覗けばレイ一人であった。かの人物とは一度であっていたのみならず、剣も交えた事すらある。

僅かな隙も見せず、執事として在るべき姿を若くして体現しているようなその佇まいは、確かにあの時の人物と同一だ。

 しかし、ユーシスの疑問には内心で同意する。

 皇族専用のプライベートビーチに宿泊するという時に、ルーファス・アルバレアの専属執事である彼が出迎える理由がまず分からない。

同じ『四大名門』、公爵家という肩書を背負っているものの、カイエン家とアルバレア家の関係はお世辞にも良好ではないという情報は、風の噂で聞いている。実際それはアルバレア家の現当主であるヘルムート・アルバレアが一方的にカイエン公爵を疎ましく思っているというのが真相らしいが、そうである限り、家の上級使用人を当主がわざわざ敵の懐に派遣などはしないだろう。

 であるならば、彼を此処にやった人物など、容易に想像がつく。

 

「はい。どうやらこの度Ⅶ組の皆様方が此方に来られる事をオリヴァルト皇太子殿下がルーファス様に仰られたそうでして。そこでルーファス様が皇家の使用人の方に変わって私を派遣なされたのです」

 

「……兄上の事だ、見知った人間が一人くらい居た方が気兼ねがなくて済むだろうとでも思ったんだろう」

 

「左様で御座います」

 

 釈明もする事無く粛々と肯定するウィスパーに、ユーシスはそれ以上詰問はしなかった。

彼とて、休暇中に雰囲気を悪くしてしまうような展開は好まなかったし、ウィスパーの優秀さについても理解していた。能力的に問題がないのであれば、ここで話し合いをする必要もない。

 

「分かった。頼むぞ、ウィスパー」

 

「御意。さぁ皆様、お荷物をお持ち致します」

 

 そうして役目を果たす彼の後ろにあるのは、ラインフォルト社製の防弾リムジン。それを見たアリサが、シャロンに近づいて小声で言葉を交わす。

 

「ねぇシャロン、あの型番って直下の対戦車地雷爆発直撃しても全然大丈夫ってコンセプトで開発班が半分悪ノリして造ったモノじゃなかったっけ? 頑丈過ぎて何かもうアレだって事で買い手がつかなかったって聞いてるけど……カイエン公爵家に卸されてたのね」

 

「左様ですが……良くご存知ですわね、お嬢様」

 

「……不覚にもコンセプトにテンション上がっちゃったのよ。血のなせる感情かしら」

 

 そりゃそうだろうよ、とレイが思っている間にも、ウィスパーは全員の手荷物を手際よく積んでいく。

そして数分後には全員を乗せたリムジンが出発し、目的地のプライベートビーチに向かう。

 高級車に乗り慣れている者と、そうでない者の反応が真っ二つに分かれた車内の様子を見ながら、レイはどこか落ち着かない様子のシャロンに視線を向けた。

 

「やっぱり、”お客様”として扱われる事に慣れてないって感じだな」

 

「いえ、そんな事は……」

 

 シャロンはやんわりと否定したが、普段の彼女を知っている者からすれば、いつもの彼女の冷静さが、今は少しばかり鳴りを潜めている事に気が付くだろう。実際、他の面々も気付いてはいたのだが、敢えて口にはしなかっただけなのだ。

 纏っているのはいつものメイド服だ。真夏の太陽に晒されようと、汗によるシミの一つたりとて作らずに着込まれているそれは、客人を最高の形で出迎え、もてなす者の正装。

だが今回は、自分がもてなされる側へと変わっている。違和感を感じるのも無理からぬ事だろう。

 

 シャロン・クルーガーという女性がラインフォルト家の使用人として働き始めてから、7年近くになる。

 しかし、それ以前から彼女がメイドという職業について理解があったかと言われれば、実はそうではない。≪結社≫に籍を置いていた頃、≪執行者≫として活動していた頃の彼女の本質は”暗殺者(アサシン)”。

 それも、かの≪(イン)≫と同じように、世代を重ねて殺人の技を継承し、昇華して来た一族の最後の末裔。まさにそれに特化したサラブレットであった彼女がメイドの技能を有するに至ったのは、ラインフォルト家に仕える事になる1年前までに遡る。

 斡旋をしたのはレイだった。当時、≪結社≫の≪侍従隊(ヴェヒタランテ)≫の隊長を務めていた女性に、メイドとしての最高峰の技術を1年間に渡ってみっちりと仕込まれたシャロンは、その在り方を完全にマスターして組織を去った。

 以降、メイドとしての師であるその人物の教えを忠実に守るように完璧なメイドたらんと過ごして来た彼女にとって、こういった経験は久しく感じ得なかったものであり、有体に言えば慣れていない。

 ―――だからこそ、イリーナは彼女が休暇に同行する事を許したのかもしれないが。

 

「ま、無責任に”慣れろ”なんて言わねぇよ。自分がいて、他人がいればお前はもう”メイド”なんだからな。ただまぁ、折角の休暇だ。お前自身も楽しむ事を忘れない方が良いと思うぜ。なぁ、アリサ」

 

「そうね。シャロンが寛いでる姿なんて正直想像つかないけど、いつも頑張ってくれてるし、今回ぐらいは少し肩の力を抜いてもバチは当たらないんじゃない?」

 

 いつもよりも陽気な声色を滲ませながらアリサがそう言うと、他の面々も頷く。

 第三学生寮で、料理のみはレイと業務を分担しているが、その他の家事に至っては彼女に一任されているのが現状だ。

無論、手の空いた時は手伝いと言う名目でシャロンの負担を出来るだけ減らそうと努力はしているし、彼女がRF社の会長秘書としての仕事を執り行うために数日間寮を空ける際は、以前のように持ち回りで家事を担当している。

 しかし、それでもシャロンがⅦ組の面々の学生生活をより彩ってくれているという感謝の念は変わらない。アリサの言葉は、言い換えればⅦ組全員の声を代表して言ってくれたようなものだった。

 

「―――皆様の御好意、ありがたく頂戴しますわ。お言葉に甘えて、少しばかり力を抜いて過ごさせていただきます」

 

 その心情を理解して、シャロンも素直にそう言う。

しかしその後、一瞬だけ向けられたその視線に、レイは反射的に身を竦ませてしまった。

 睨まれたというわけではないし、寧ろ向けられたのはいつも通りの笑みの類ではあったのだが……それは”メイド”の彼女が見せるそれではなかった。

 それは時折、メイドの証としてのホワイトブリムを取った、シャロン・クルーガーという一人の女性が見せる表情の中でも、更に深い(・・)モノ。

 熱を孕んだ流し目を向けられて嬉しくない男はいないだろうが、その反面、蛇に睨まれた蛙のような感覚も味わってしまって反応に困っていると、その視線を感じ取っていたもう一人が、誰にも見られないような位置でレイの腕をつねる。

 

「(デレデレしてんじゃないわよ)」

 

 小声でそう言ってくるサラに、しかしレイは下手に言い訳はしなかった。

伝わる鈍い痛みにも、僅かに眉を寄せるだけで無言を貫く。ここで何か反応を示せば、それこそシャロンの思う壺だ。

 

 そんな中、リムジンが走り続ける事数十分。

 既にオルディスの中心部からは場所を外れ、建物の数よりも緑が多くなっている。それでも周囲の街道が整備されている辺り、『四大名門』筆頭格の家系が治める土地は他のそれとは確かに違う。

 民から税を搾取するのが大貴族の役目であるのなら、民の暮らしを一定に保つのもまた大貴族の責務である。特にオルディスは港湾地として栄え、周辺諸国との貿易も盛んである以上、国外の人間も頻繁に訪れる。見栄を張るのは普通の事だし、それは義務でもあった。

 そして、そんな林道を抜けると、窓の外に唐突に違う色が差し込んで来る。

 燦々とした陽の光によって煌めく一面のオーシャンブルー。芸術的なその美しさに、最初に言葉を漏らしたのはガイウスだった。

 

「これが……海か」

 

 本当の意味で一度も海を目にした事がないからこその感嘆の声は、しかしだからこそ殊更に感情を含んでいた。

 

「……こんな時間帯に海を見るのって初めてかも」

 

 その絶景に、普段は表情の抑揚をあまり示さないフィーも、黄緑色の双眸をどこか輝かせて窓に張り付いている。それに連れられるように、全員が窓の外に目を向けていた。

 

「間もなく到着致します」

 

 リムジンのハンドルを握るウィスパーが感動の切れ目に上手く入り込むようにそう言うと、その数分後には目的地に辿り着いていた。

 

 

 海都オルディスの郊外にある皇族専用の別荘、『煌琳館(こうりんかん)』。

 淡い赤色に外壁が塗装されたその建物は、古き骨董品(アンティーク)のような雰囲気を醸し出しながらも、しかし古臭いという感じは一切ない。

 レイが僅かに視線を向けた限りでは壁に風化した跡や汚れがこびり付いているという事もなかった。海に程近く、潮風の影響を受けているであろうにも関わらず、このクオリティを維持しているというだけで、管理の徹底ぶりを察する事が出来る。

 

「こりゃあまた……皇族の別荘に相応しい場所だな」

 

「ホッ、ホッ。お若い方に褒めて頂けるとは光栄ですな」

 

 レイの呟きに言葉を返したのは、建物の入り口で彼らを迎え入れた一人の老人だった。

 齢を重ねた証拠である白髪は、しかし丁寧に整えられており、それは髭も同様。使用人の服に身を包んだその人物は、しかし朗らかな笑みを見せて、初対面のⅦ組の面々に好々爺という印象を与えた。

 すると、ウィスパーが全員の手荷物を積んだカートを引きながら、老人の紹介を行う。

 

「こちら、この『煌琳館』の管理を担われているアルフドさんです。私と同じで、今回皆様方のお世話を買って出て頂きました」

 

「取り柄のない(じい)ではありますが、皆様が良い休暇をお過ごしできるようにお世話致しますので、何卒、宜しくお願い致します」

 

 いえ、こちらこそ。と、挨拶を返したところで、アルフドに促されて館内へと入っていく。

 豪奢ながら下品ではない、本当の豪勢さを表現したかのようなその空気に圧倒されかけたのも束の間、それぞれ個室で用意された部屋に荷物を持って入り、ひと段落をした後に再び一階の広間に集まった。

 

 会話の内容となったのはこれからの予定の話。

 リゾートを満喫するのは3日間のみであるが、それでも予定を事前に決めるような事はしなかった。計画性のない休暇もまた一興だと最初に提案したのはレイだったが、それに全員が乗った形になっている。

 

「さて、現在時刻は一〇二五(ヒトマルニゴ)。これからどうするかだけど……うん、聞くまでもないか」

 

 意味のない事を聞いたなぁと自嘲しながら、リィンは腰に手を添えて苦笑いする。

絶好のロケーションに、絶好の天気。何をするかなどとうに決まっている。予定を立てるまでもない。

 

「よっしゃ行こうぜ今すぐ行こうぜ。実は俺、これでもテンション上がってんだわ」

 

「列車の中でやったカードゲームの勝率がいつにも増してエラい事になってたから大体分かってるわよ」

 

「だがまぁ、時間は有限だ。コイツの言っている事にも一理ある」

 

 兎にも角にも、そこに向かわねばならない事には変わりない。義務感のようなものではないのだが、半ばそうだと言っても差支えはなかった。

 雨模様だったのならまだしも、快晴の日に館に閉じこもっていたのでは、罰が当たってもおかしくはないだろう。

 

「よし、じゃあ着替えを持って5分後に玄関集合で。ウィスパーさん、昼食は向こうで取りたいんですけど、軽く摘まめる様なものって用意していただけますか?」

 

「畏まりました。ご用意させていただきます」

 

 手際良くテキパキと指示を出していくリィンを横目に見ながら、レイは口笛混じりに自室へと戻る。

 レイが購入したのは、一般的なパンツタイプの水着だ。女性とは違い、男はあまり水着の違いには頓着しない。だから極端を言えば学院で使っている競泳水着でも別に構わなかったのだが、そこはアリサの言っていた「折角だから」「勿体ない」という言葉に賛同する事にした。

 

「何やら楽しそうですな、主」

 

 そんなレイの感情に引かれてやって来たとでも言わんばかりに、シオンがひょっこりと虚空から顔を覗かせる。

 今の彼女の服装はいつもの和服の重ね着ではなく、薄手の白のブラウスにパンツスタイルというラフな格好だ。先日の事件解決の褒美に何が欲しいと聞いたところ、夏服が欲しいと答えたシオンのリクエストに応えて購入した物であり、存外気に入っているらしく、この所は常にこの服装でうろついている。

 

「ま、折角の休みだしな。いつまでも仕事の事引き摺ってたら楽しめるモンも楽しめないだろ? オンオフの切り替えってヤツだよ」

 

「成程」

 

 その返しにシオンはそれだけ言って頷いたが、内心では苦笑していた。

 そういう意味では無いのですがね。と独り言ちながら、それでも敢えて言うまいと心の中で思うだけに留めておく。

 以前の、それこそ≪結社≫に居た頃のレイならば、こうして皆と楽しい時間を共有するというだけで少なからずの罪悪感を覚えていた事だろう。彼の武人としての起源が憎悪と悔恨、そして贖罪であったのだから、そう思ってしまうのはある意味致し方ない事ではあるのだが、周囲の、それこそレイの身を案じる人物は、その生き方を必ずとも善しとは言わなかった。

 張った糸の上に陶磁器を置いているようなものだ。いつか必ず落ちて壊れてしまうと案じていたのだが、忠告された自愛を、彼は本当の意味では理解していなかった。

 

 だが今は、無意識なのだろうがそれに沿って行動しているように、シオンには見えた。

 同年代の少年少女たちと苦しみ、笑い、時に喧嘩に巻き込まれる。それでもリィン達はレイとまだ距離があるように思っているのだろうが、昔のレイの姿を見る機会がもしあったのならば、その違いにきっと目を剥くだろう。

 どうか、どうかこのままで居て欲しいと切に願いたかったのだが、同時にそうもいかないだろうという事も分かっていた。シオンにできるのは、せめてこのひと時の”学生らしい”レイの在り方を邪魔しないようにするだけだ。

 

「楽しそうになさるのも無理はありますまい。何せ、サラ殿とシャロン殿の水着姿を拝められるのですからな」

 

「煽ってんのが声でバレバレだぞ、お前。……ま、確かにそれは楽しみだけどな」

 

「おや、否定なされない。主の年頃の青少年はもっとこう、慌てるものですぞ。リィン殿などは恐らく典型的な反応を見せてくれるのでしょうが」

 

「キャラじゃねぇんだよ。分かってんだろ、そんな事ぐらい」

 

 そういったやり取りをしている内に、水着やタオルなどの一式を手提げの袋に詰め終わる。指定の時間に遅れないようにと部屋を出ようとした時に、ふと気づいた事を口に出していた。

 

「なぁシオン、お前も海に来るんだよな?」

 

「? はい、そうですが……ご都合が悪かったですか?」

 

「いや、そんな事はねぇけど……お前の尻尾って、もしかして海水に浸ったらヤバい系?」

 

 そこでシオンが、自身の腰骨の辺りから生えている一本の金色の尻尾を見て、その後力なく頷いてからそれを引っこめた。

 あれ程大きな尻尾であれば、水は吸うし、砂も盛大に絡んでしまうだろう。レイはそれに思い至って声を掛けてみたのだが、どうやら図星であったようである。

 そうして、気付かないフリの心遣い(・・・・・・・・・・・)をしてくれた従者への礼も済ませてから、改めてドアノブを握って外へと出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 海に於いては、大抵男性の方が先に着替え終わり、砂浜で女性を待つのが役目であると誰かに聞いた事はあったが、レイやⅦ組の他の面々はたった今それを体験していた。

 

 流石は皇室専用の場所なだけあって、更衣専用の建物まであった事には素直に驚いていたのだが、6人の男子が水着に着替え終わるまでに要した時間がたった数分であったのに対し、女子勢は既に十数分は建物の中に籠ってしまって出てこない。

 しかし、それを「遅い」と言ってしまうのは流石に場違いだという事は全員が何となく理解していたし、していたからこそ口には出さなかった。

 

 

「おーいユーシス、パラソル持ってきてくんね?」

 

「何本だ?」

 

「取り敢えず二本でいいや」

 

「ガイウス、ちょっとシート敷くのを手伝ってくれないか?」

 

「了解だ。そっちを持てば良いのか?」

 

「ビーチチェアは此処に、っと。ふう、もうちょっとした休憩所みたいだな」

 

「マキアスって凄いキチンとしてるよね。イスの位置とかミリ単位で合わせてたし」

 

 

 しかし、そうは言っても手持無沙汰である事に変わりなかった6人は、集まった後に全員でやるつもりだったビーチの設営を協力して行っていた。

 本来であればこれもウィスパーが手伝う事になっていたのだが、こうした事も旅行の楽しみの内だと、此方に任せて貰っていた。実際、男子勢を中心に設営を行うつもりだったので、人数的な不足はあれど手間取るという事はない。

 普段から鍛えていたチームワークと、筋力や体力の向上などのトレーンングの成果を存分に発揮して行った結果、それも僅か十数分で終わらせてしまう。そうして人心地着いた頃、漸く建物の方から女性陣がやって来た。

 

「ゴメン、思ったよりも時間かかって―――ってアレ? もう設営終わらせちゃった?」

 

「ご、ごめんなさい。あ、で、でもワザと遅れたわけではないんです、はい。本当に遅くなっちゃって……」

 

「委員長がこれまでにないくらい盛大にキョドってる」

 

 そうした言葉を掛けながら歩いてくる彼女らの姿を、レイも含めた面々はただ無言で眺めるしかなかった。

 彼女らが身に着けているのは、色取り取りで形も違う水着。学院指定のそれとは根本的に違うテイストのそれらは、彼女たちの魅力を存分に引き出していた。

 

 

「ど、どう? リィン? どこか変な所とかないかしら」

 

「あ……えっと、その……」

 

 僅かに舌足らずになりながらもリィンにそう話しかけるアリサは、ホルターネックの薄紅色のビキニに、腰にパレオを巻いた姿。

育ちの良さが醸し出すお嬢様然とした雰囲気と、快活としたいつもの姿と相俟って、相乗効果で魅力的に見える。潮風に棚引く金髪が、その生来の美しさを引き上げていた。

 

「に、似合うと思う。アリサにピッタリだよ」

 

「ほ、ホント?」

 

 それを眼前で見たリィンは、アリサ以上にしどろもどろになりながらも、何とか感想を述べた。

それは紛れもない本音であり、それを聞き分けたアリサが屈託ない笑みを見せた。

 

 

 

「やれやれ、あの二人は相変わらずだな」

 

 その甘ったるい様子を横目に見ながら、ラウラは羽織っていたパーカーを脱いで近くのチェアに引っ掛ける。

 彼女が纏っていたのは、露出の少ない青色のセパレートタイプの水着。当初からあまり他の水着に対して然程興味を示していなかったラウラだったが、やはりと言うべきか、彼女はこういったタイプの水着が一番似合うという事を全員が思い知らされた。

 恐らく彼女は海で泳ぐことを念頭に置いてこの水着を選んだのだろうが、地を駆けて獲物を追う誇り高い獣のようにしなやかに伸びたその肢体と、凛とした表情を晒す事に何の躊躇いもない彼女を映えさせるには、確かに的確なチョイスだろう。

 そんな彼女の隣を通り抜け、特に急ぐでもなく、さりとて他の場所にも向かおうともせずにレイの前に立ったのは、フィーだ。

 

「委員長が選んでくれた。……どう?」

 

 そう言ってきたフィーが着ていたのは淡いピンク色のワンピースタイプの水着であり、所々にはフリルもあしらわれている。

確かに普段の調子のフィーが選ぶようなものではなかったが、レイは心の中でエマのセンスに脱帽していた。もしレイが選ぶ事になっていたら、間違ってもピンク色の水着を勧める勇気はなかっただろう。

 

「おう、似合ってるぞ。……しっかしアレだな。お前にピンク色の服関係が似合うとは思わなかった。委員長ハンパねーわ」

 

「試着した時に急に女の店員さんが抱き着いて来たからこれに決めた」

 

「まぁ気持ちは分からなくもない」

 

 それがもし男の店員だったのなら、レイやⅦ組のメンバーに加え、各地に散らばっている筈の≪西風の旅団≫のメンバーが総動員でその店員を潰しにかかるだろう。冗談でも何でもなく、本気で。

 ともかく、妹分に似合う水着を選んでくれた事を感謝しようとエマの姿を探すものの、当事者の姿が見当たらない。

 すると、先程盛大に動揺した姿を見せていたエマは、大きめのタオルを体に巻いたまま、パラソルの陰に隠れていた。

 

「フィー」

 

「ん?」

 

「委員長引っ張り出してきて」

 

Ja(ヤー)

 

 フリルを翻してレイの命令を受諾したフィーはパラソルの方へと駆けて行き、ものの十数秒で手を引いて連れて来た。

 

「……アリサかシャロンにとんでもない水着選ばされたのか?」

 

「い、いえ。そういうわけではないんですけど……こういうものを着た事がなかったので恥ずかしいと言いますか……」

 

「委員長、それ私も同じ」

 

 まさしく同じ境遇のフィーにタオルの裾を引っ張られ、巻かれていたタオルがハラリと落ちる。

 

 

 エマが身に着けていたのは、薄紫色のオーソドックスなタイプの三角ビキニ。

水着としてはそれ程激しく露出度が高い訳ではないのだが、一見学生とは思えないほどに成熟した魅惑的な体のエマがそれを身に纏うと、俄然話が変わってくる。

眼鏡姿に三つ編みという生真面目さを印象付ける面立ちとは正反対の体つきは、もしここがプライベートビーチではなかったら連続ナンパを食らう事は必至だろうと難なく想像できてしまう。

 

「……気にした事なかったんだけど、分かった事がある」

 

「言ってみろ」

 

「これが……敗北感って言うのかな?」

 

 自分の胸の辺りをペタペタと触りながら僅かに低い声色で言ったフィーは、確認するまでもなく落ち込んでいた。

それもその筈だ。アレを前にして敗北感を抱かない同世代の女子の方が稀有だろう。それでも一応気にするなという旨の言葉は掛けたのだが、フィーはトボトボと歩いて行ってしまい、エマはそれを追いかけて行った。

 

「さて……と」

 

 一気に賑やかになったビーチを眺めながら、レイは砂浜の上に敷かれたシートの上に腰を据えた。

 レイの恋愛対象は基本的に年上の女性であり、言ってしまえばあの三人だ。

とはいえ、一人の男として普段一緒に居る仲間の女子勢の水着姿を拝めた事は眼福であったし、それだけでも海に来た甲斐はあったと思っている。

 そんな事を思っていると、不意に後ろから頭の上にタオルが被せられた。

 

「なーに達観した爺みたいな感じで座ってんのよ。一応17歳でしょうに、アンタ」

 

「うふふ、仕方ありませんわ。レイ様とて思春期の男子で在られますもの。物思いに耽る事くらいありますわ」

 

 振り向いた先にいたのは、まさにその愛を向けた相手。いつもとは違うその姿に、思わず目が奪われてしまう。

 

 

 サラが選んだのは、ビキニとワンピースが合わさった、所謂モノキニと呼ばれる種類の水着。

背中部分が大胆にカットされたそのデザインは、強気な彼女の性格と相俟って挑発的にも見える。赤紫色(ワインレッド)の髪の下に映える煌びやかな黄色のそれが、健康的でありながら彼女の女性らしい部分を最大限まで強調していた。

 なまじ体型を誤魔化す事のできないタイプの水着であるために、豊かな胸からくびれた腰、更にその下に至るまでのモデルのような美しい肢体が直接視界に飛び込んで来る。

 

 そしてその隣で上品な笑みを浮かべているシャロンは、今回ばかりは素直にホワイトブリム以外のメイド服を脱いで水着に身を包んでいた。

 主従で合わせたのか、それとも合わせられたのかは定かではないが、シャロンのそれはアリサと同じ種類の水着だった。しかし、色合いは違う。

ビキニの色は若紫。そして腰に巻いたパレオは同色を基調に所々緑色の刺繍が施されたもので、アリサのそれと比べれば幾分か落ち着いた物になっている。が、だからこそシャロンの持つ淑やかさや、そこに隠れる煽情的な色気などが外に現れているようにも思えていた。

 

「――――――」

 

 まさしく、帝都でクレアの私服を前にした時と同じように、レイは言葉を失った。

 何てことはない。普段見ている想い人が水着を纏っているだけ―――そう、ただそれだけであった筈なのに、その心臓の鼓動は早くなる一方だ。

 

「……似合ってる。綺麗だよ、二人とも」

 

 陳腐な言葉である事は重々承知していたし、しかしだからこそ、そうでしか表現する事は叶わなかった。

 普段の口の悪さすらも鳴りを潜めて口から紡がれたその言葉は、しかしレイの心配とは裏腹に一直線に二人の心を抉った。

 

「ぅ……ま、まぁそうよね。そうでしょうとも」

 

「うふふ、お褒め頂き光栄ですわ」

 

 一瞬で赤く染まった顔を見られたくないがためにそっぽを向きながらそう言ったサラは分かりやすく、一見余裕を見せているシャロンすらも、隠し切れない喜びが微かに両頬に現れている。

 本来ならば、「似合ってるぞ」という簡潔な一言で済ませるつもりだったのが、無意識に口に出ていた「綺麗だ」という一言。それは先程のリィンのそれと同じく、正直に思ったからこそ自分の意志とは関係なく出てきてしまった言葉に他ならない。

 

 

 ともあれ、どうにも気恥ずかしい空気が漂ってしまったその中に、突然最後の闖入者が現れた。

 

「―――おや、どうやら私が最後のようですな」

 

 金色の耳と尻尾を隠したその姿は、正統派の人間離れした長身の金髪美女。帝都のバーで着た時のような服を着ればさぞや映えるであろうその体は今―――奇抜な布で包まれていた。

 色は黒。そこまではいい。夏の日差しの中で着るには少しばかり抵抗がある色合いだが、そもそもが神獣である彼女が今更自然の暑さを気にするものではないし、どの色の水着を選択しようが、それは個人の自由だ。

 

 だが、その布の面積が余りにも少なすぎた。

 俗に言う所のマイクロビキニ。―――布面積は猫の額程度しかなく、”泳ぐ”という行動を完全に埒外に置いたそのデザインは、ただ異性を誘惑する事だけに特化している。

 それを、スタイルの優位性だけならばエマやサラを優に超えるシオンが着ればどうなるか。

 

「ッ、リィン‼ エリオットとレーグニッツが大量の鼻血を噴出して倒れた‼ 早く延命措置を施せ‼」

 

「なっ‼ め、衛生兵ッ―――(メディィィーーーク)‼」

 

「…………」

 

「あぁっ、フィーちゃんの顔が真っ白に‼」

 

 登場しただけで地獄絵図。白い砂浜の一部が血の海に早変わりしたり、魂を抜き取られたかのような少女の体を揺さぶる姿など、ある意味平穏とは対極の空気が一瞬にして出来上がってしまった。

 

「……シオン」

 

「はい、何でしょうか。主」

 

「30秒以内に今すぐそれを着替えるか、狐の丸焼きにされるかどっちか選べ」

 

 そんな二択を突きつけると、シオンは黙ったままに顔を蒼白に染めてそのまま再び実体化を解いた。

 先程感謝したのは間違いだったかと思った反面、気まずい空気を一瞬にして打ち砕いてしまった事に感謝すべきなのかと悩む。

 

 やはりレイ・クレイドルは、どんな時であっても頭痛とは無縁でいられない。

 そんな事を、否が応にも改めて理解させられてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 

 水着の描写って……難しいんだなぁ。
 なまじ漫画みたいに表現できないモンだからほぼ事前知識カラの頭捻って全力で行くしかなかったっす。つまりこれが限界。

 ……マシュとジャンヌちゃんの水着姿を拝みたい(錯乱)。




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