英雄伝説 天の軌跡 (完結済)   作:十三

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秋雨前線を殲滅したい。台風を撲滅したい。
そんな事を昨今本気で思い始めている人間、十三です。

英雄王の御慈悲に五体投地する事数日。手に入れたエミヤを全力で育成しております。
リリィは駄目だし、ステンノ姉様も三騎士を相手取る時はどうにも火力不足が否めなかったので、ガチで感謝しております。





サマー・バケーション Ⅱ

 

 

 

 

 

 

 噂、または他人伝手でⅦ組の”教練”の話を聞いた者達がほぼ間違いなく誤解している事が一つある。

 

 「Ⅶ組は毎日休みなく実戦的な戦闘訓練を行い、今や帝国正規軍の一個中隊にも匹敵する実力がある」という噂は、もはやトールズの学生の間では最も有名なネタだ。生徒たちの間ではまことしやかに語られているし、それが極力本人たちの耳に入らないように広まっているために、その全貌を確認しているメンバーは少ない。

 実際、実力という面で見ればそう違わないのだ。戦術リンクも併用した彼らのチームワークと個々の実力は、元A級遊撃士と元≪執行者≫が半ば本気で鍛えたせいで、今の段階で正規軍の精鋭部隊とも状況次第では渡り合えるほどだ。

正面からの戦闘方法のみならず、罠や奇襲などのトリッキーじみた戦い方も仕込み始めている。本職の猟兵団などが使うような悪辣じみた戦法はラウラなどが少なからず拒否反応を起こすために教えていないが、戦闘の場に於いて有効であると判断した技術などは出来るだけ教え込むつもりであったし、彼らもまた、それを受け入れる事に抵抗はなくなっていた。

 

 しかし、「毎日休みなく」という部分だけが、まさしく”誤解”の部分だった。

 そもそも士官学院のカリキュラムに於いて、クラス全体での”実技教練”は週三回二限ずつの6時間のみ。Ⅶ組では、この時間を利用して連携の確認や模擬戦などを行う。

その他、放課後などに部活の予定がないメンバーなどが自主的に鍛練を行う事は恒例の日常になっているし、近接武器を扱う”前衛組”が行う朝練などは、確かに毎日行われている。

 だが、決して休みがない訳ではない。

大前提で決めた取り決めとして、夕食後は軽いランニングなどの軽運動以外のトレーニングなどはせずに体を休める事が決められている。更に毎週土曜・日曜日は午後の鍛練を禁じており、決して休みなく戦闘訓練をしているわけではない。

 基本的に人間は、身体を酷使すればその分だけ実力が伴うという単純な構造をしているわけではない。超回復の理論がそうであるように、鍛練と同時に充分な肉体の休息も必要になる。

戦術オーブメントの加護を受けて身体能力の向上などが起きている身であっても、それは変わらない。

 肉体的な疲労そのものは、ある程度レイの呪術である【癒呪・爽蒼】で緩和されているものの、それでも休息や睡眠などで得られる自然回復は馬鹿には出来ない。そういった事もちゃんと考慮に入れて鍛えているのである。その分、苛め抜く時はとことんまで苛め抜くのだが。

 

 つまり、鍛練と休息の時間は完全に分けてある。その休息の時間に彼らは勉学や体育系ではない趣味などに打ち込む事で、精神的にも充実した学院生活を送っているのだ。

 

 

 

 

 故に今回の休暇では、レイやサラは鍛練のノルマを課す事は一切なかった。

それは各々の自主性に任せる、という事ではなく、言ってしまえば「せっかくの機会だから思いっきり羽を伸ばせ」という意味だった。休める時にしっかり休んでおくというのもまた大切な事である。

 だが……

 

 

 

「くっ……‼ もう一本だユーシス‼ 今度こそ僕が勝つぞ‼」

 

「フン、幾らでも受けて立とう。ただし、何度やろうとも結果は同じだがな」

 

 片道500アージュ、往復1000アージュの距離を何度も往復して泳ぎ、その度に勝敗を競い合う二人。

 

 

 

「…………」

 

「…………」

 

「………………ハァッ‼」

 

「本当に割った⁉」

 

「フム、少し中心点からはズレたな」

 

「スイカ割りってこんなガチなものじゃなかったと思うんだけど」

 

 視覚どころか耳栓で聴覚を塞ぎ、スタート前にシオンに触覚、嗅覚阻害の術を重ね掛けする事で”心眼”で以て真剣で一刀両断するという、根本的に何かが間違ったスイカ割りを意気揚々と行うラウラと、それを遠巻きに見つめる数人。

 

 

 

「委員長、もうちょっと右固めて」

 

「あの、フィーちゃん。この砂城のモデルってもしかして……」

 

「リベール王国のレイストン要塞。ちなみに侵入経路の候補はここと、ここと、ここ」

 

「そんな物騒な作戦概要なんて聞きたくないです‼ え? というよりどこからこんな国家機密レベルの情報を……」

 

「猟兵団時代に、ちょちょっと聞いた」

 

「私、フィーちゃんがたまに分からなくなる時があります」

 

 海岸の白浜を集めてとてつもなく精巧なリベール最堅牢の要塞を淀みない手際で制作していくフィーと、その助手をさせられているエマ。

猟兵特有の仮想戦略概要を聞かされている彼女は、どこか遠い目をしていた。

 

 

 

「―――っと、どうだった? ガイウス」

 

「ふむ、まだ上体が安定していないように見えるな。傍から見てもすぐに戦闘態勢には入れないだろう」

 

「そうなんだよなぁ」

 

 衝撃を吸収してくれるという特性を利用して歩法術の訓練をしているリィンと、それをサポートするガイウス。遊びという概念を完全に頭の中から消去してしまっている真面目コンビは、自由時間開始数時間にして既に初志を忘れていた。

 

 

 

 そしてそんなクラスメイトのカオスな行動をビーチチェアに腰掛けながら眺めていたレイは、目を伏せてふぅと一息を吐いてから一言。

 

 

「……指導方針間違ったかなぁ」

 

「その呟き、アタシの方にもダイレクトで来るからやめてくれる?」

 

 応えたのは、隣のビーチチェアに座ってトロピカルジュースをストローで啜っていたサラ。担当教官としては色々と思う所があるようで、満喫しているような外見とは裏腹に、その表情は明るくない。

 

「特にヤバいのって前衛組の連中じゃない。モロにアタシとアンタの影響を受けてるわよ」

 

「いや、ラウラのアレは多分実家に起源がある。フィーのアレは西風の連中に文句飛ばしてくれ。原因の9割はアイツらだ」

 

「そんで、1割はアンタなのね」

 

「否定はしない」

 

 なんだかんだ言って彼らも海を満喫しているのだろうが、世間一般の学生が過ごすような海での遊び方とはあまりにも乖離し過ぎている。もしここにトールズの級友たちが居ればドン引きされるのは確定なレベルで。

 意識改造を徹底させた覚えはないんだがなぁ、と思っていると、屋敷の方から現れたウィスパーがサンドイッチの入ったバケットを持ってやって来た。

 

「何か、ゴメンな」

 

「? いかがされましたか、レイ様」

 

「いやね、他の連中と同じでユーシスもどうやらウチの空気に良い具合に染まっちまったみたいで」

 

 視線を向けると、そこにいたのは本日7回目の往復を終えて全勝し、マキアスからの再度の挑戦の要請を挑発気味に受けているユーシスの姿だった。

 その様子は、入学当初の彼を見ている者からすれば考えられない姿だろう。『四大名門』の家系に連なる者であり、孤高の青年。その印象が強かった彼が、今は仲間達と普通に話す事に抵抗を感じなくなっている。

 しかしウィスパーは、そんなユーシスの行動を見て、薄く優しく微笑んだ。

 

「皆様はもうご存知かと思いますが、ユーシス様は御頭首様が市井の方であった後妻の方と設けられたお子様でありました。アルバレア家に引き取られて以後のユーシス様を(わたくし)は見て参りましたが、純潔の貴族の方々からは陰で疎まれ、ご聡明であったユーシス様はその事にも気づいておられました」

 

 帝国の貴族制度は根深い。流石に優生学的な手段に出てまで子を成そうという連中はいないが、それでも”貴族”という貴い血を穢れなく残すために、貴族同士の婚礼しか認めないという家は未だに多く残っている。

 それが『四大名門』ともなれば尚更だろう。平民との間に出来た子であるユーシスを、純血主義の貴族連中が陰で嗤っていたというのは、想像に難くない。

 

「ですがルーファス様は、ユーシス様の出自を決して疎ましくは思われませんでした。

まるで義理ではなく本当の兄弟であられるかのように接しなされ、勉学、剣術など、色々な事を手ずからお教えになられました。……ですが、それでも同年代の御友人をお作りになる事は、終ぞ叶わなかったのです」

 

 腐れ縁、悪友。どちらにせよ、友人である事に変わりはない。例え表面上は反発し合っていても、内心お互いの事を認めているのは確かだ。

そうでなくては、戦術リンクでの同調率があれほど高いわけがない。

 

「しかし、トールズに御入学なされてから、ユーシス様は変わられました。互いに認められ、切磋琢磨する御学友をお作りになられた事は、ルーファス様も、そしてこのウィスパーも、大変喜ばしい事と思っております。

アルバレア家にいらっしゃった頃も、あれ程充実なされているお顔を拝見する事は、終ぞ叶いませんでしたので」

 

 今、彼を”アルバレア家の次男”として見ている人間は、少なくともⅦ組の中には一人もいない。

 ユーシス・アルバレアは中衛戦闘の要であり、Ⅶ組屈指の常識人の一人だ。レイとしても、居なくては困る仲間の一人である事に疑いはない。

 そんな事を考えていると、ウィスパーがレイに向かって深々と頭を下げて来た。

 

「このウィスパー、Ⅶ組の方々には深い感謝をしております。ですので、どうかこれからも、御学友としてユーシス様をお支えして頂きたいと思っております」

 

 その願いには、言葉で返すまでもなかった。無言で親指を突き立てると、ウィスパーは再度頭を下げてから、そのまま館の方へと戻って行く。

それを横目で追っていると、からかうような口調でサラが話しかけて来た。

 

「責任重大ね」

 

「他人事みたいに言うなや」

 

 友人、仲間。自分達の関係を表す言葉など、それこそ幾らでも存在する。そしてそれを継続させる事など、言うまでもない。それが出来る筈だと、心の底から信じている。

 

「(……あれ?)」

 

 そう思ってから、一つ疑問が浮かび上がった。

 いつからだったのかははっきりしない。ただⅦ組を、彼らを囲む枠組みの中に、”自分”を入れる事に躊躇いがなくなったのは、一体いつからだったのだろうか。

 最初はただ見守るつもりだった。彼らの枠からは一歩遠のいた位置から学生と言う立場を満喫しようと、そう思っていたに過ぎなかったのに。

 彼らと共に歩んでみたいと―――無意識にそう思い、その思いに応えるために行動していた。今こうして、漸く自覚できたのは、ある意味奇跡だったのかもしれない。

 

「―――レイ? どうしたんだ? 考え事か?」

 

「まぁ、レイは俺達の中でも一番忙しい身だからな」

 

「だか、辛い事があればいつでも言ってくれると助かる。そなたにはいつも助けられているからな」

 

「レイ、ちょっとラウラが叩き割ったスイカの処理手伝ってくれない? 量があり過ぎるのよ」

 

「あれ全部食べるとお腹壊しそうだねぇ……スイカ料理とかってないのかな、レイ」

 

「先程ウィスパーと話をしていたみたいだな。……何を話していたのかは聞かないでおこう」

 

「大方、このいけ好かない男の事に関してだろう。器が小さいな、君は」

 

「マキアスさん、煽らないでくださいっ。……というか、何であれだけ泳いでお二人とも息切れ一つしてないんですか?」

 

「大丈夫? レイ」

 

 そんな彼の挙動を不自然に感じたのか、或いは昼食時であるからか、拠点の方に戻って来たⅦ組の面々が話しかけて来る。

それに対してレイは薄く笑ってから、ビーチチェアから跳ね起きる。

 

「大丈夫、なんもねーよ。それよりとっととメシにしよーぜ」

 

 当然、何もなかったかのように振る舞うレイの姿を見ながら、サラは被っていたストローハットを目深に被り直した。

 

 

「……馬鹿ね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 

 

 

 

 

「そう言えばお嬢様、日焼け止めかサンオイルはお塗りになられましたか?」

 

「あ」

 

 

 昼食後、シャロン特製の自家製レモネードを味わいながらクールダウンしている所に、シャロンからの何気ない指摘が入る。

それに過敏に反応したのはアリサだけだ。

 

「あー……忘れてたわ。今からでも大丈夫かしらね」

 

「此処にコールアリアン社製の最高品質のサンオイルをご用意しておりますので、大丈夫ですわ」

 

「それじゃあラウラ、エマ、フィーも一緒に……」

 

「む? 私は此処に来る前にシャロン殿に塗って貰ったぞ?」

 

「私もです」

 

「私も」

 

「え?」

 

 この時点で嫌な予感がしたアリサはシャロンをジト目で睨み付けるも、当の本人はわざとらしい挙動でヨヨヨと嘘泣きまで始める。

 

「申し訳ありませんわお嬢様。このシャロン、事もあろうに最もお慕いすべきお嬢様の白肌を気に掛けず他の方ばかりに御奉仕してしまい―――」

 

「しらばっくれてるんじゃないわよ‼ 何なのその嘘泣き‼ 素人が見てもそうだって分かるわよ‼」

 

「お、落ち着けアリサ。クールダウンだクールダウン」

 

 危うく暴れ出しそうになるアリサをリィンが必死に引き留める姿はもはやⅦ組の風物詩になりつつある。本当に仲が良いなぁと全員が思いながらも、レイは次の展開をほぼ予測していた。

 すると、その予測をなぞるかのように、嘘泣きを一瞬でやめたシャロンがポンと手を叩いた。

 

「そうですわ、折角ですのでリィン様にお塗りして貰うというのは如何でしょう?」

 

「「はぁっ⁉」」

 

「「「「「「「「(やっぱりそう来たか……)」」」」」」」」

 

 想像通りの展開に他の面々が同情をするような溜息を漏らしながらも、敢えて異を唱えるような事はしなかった。

 

「ちょ、ちょっと何でよ‼ あなたが塗れば済む事じゃない‼」

 

「申し訳ありませんお嬢様。実は(わたくし)、サンオイルに触れると手がかぶれてしまう体質でございまして」

 

「数十秒前の自分の言葉と矛盾してるって事に気付いてないのかしらねぇ⁉」

 

「それはそうとしてリィン様」

 

「無視⁉」

 

 本当に自分の主を煽って弄るのが上手いなぁ、などと半ば感心していたリィンの手に、シャロンがサンオイルを渡す。

 

「これも良い経験になるかと。帝国男子たる者、淑女にサンオイルもまともにお塗り出来ないようでは、沽券に関わりますわ」

 

「あの、多分関わらないと思います」

 

「いえいえ、それに―――」

 

 そこでシャロンは声の音量を下げ、リィンにしか届かないような声で囁いた。

 

「堪能したいと思いませんか? お嬢様の黄金比とも言える肢体の感触を」

 

「ッ‼ な、何を―――」

 

「御入学の際のオリエンテーリングの時、不慮の事故(・・・・・)でお嬢様と密着なされてしまった事は存じていますわ。

でしたらご存知でしょう? お嬢様のお体の柔らかさを」

 

 それはまさしく悪魔の囁きも同然だったが、リィンは理性を総動員してそれを耐え凌ぐ。

 アリサは彼を朴念仁だと称したものの、実際のところそこまで重症なものではない。17年間、同世代の異性からの好意と言えば妹から注がれる家族愛しか経験していなかった青少年からすれば、恋愛感情というモノは余りにも曖昧で不定形だ。それに対して察しを良くしろ、と言う方が難題である。

 ただそれでも、”何も思っていない”と思われるほどに致命的なまでに察しが悪い訳ではない。自分がほぼ無意識に発する言葉に対しては無頓着な所があるが、それを差し引いても、アリサ・ラインフォルトという少女の事をどこか気にしている事は自覚していた。

 だが、だからこそ彼女を邪な目で見たくはなかったし、なまじそうした煩悩に流されて乙女の柔肌に触れるなどという暴挙は、彼の中では許されざることであった。

 

 そんな彼の葛藤を見抜いたのか、シャロンはニコリと微笑みながら続けて言葉を紡いだ。

 

「申し訳ありません。少々下世話なお話しをしてしまいましたわ。―――ですが、リィン様もご存知ではないですか? アリサお嬢様が、貴方様を憎からずお想いな事を」

 

「う……」

 

「勿論、無理にとは申しませんわ。ですが、お嬢様の想いは出来るだけ汲んで差し上げて下さいませ。リィン様ならそれを成し遂げるお力があると、このシャロンは確信致しております」

 

 その言葉で覚悟を決めたリィンは迷いを断ち切った目をしながらアリサの下へと駆け寄っていく。

 

「アリサ」

 

「ふぇ⁉ な、何?」

 

「君さえ良ければ、俺にやらせてくれないか?」

 

「え、ちょ……う、うぅぅ……わ、分かったわよ‼ やってもらおうじゃない‼」

 

 傍から見ていると何をしようとしているのか分からない状況に全員が「(何だアレ……)」と思っている中、精神の耐えられる限界ギリギリまで追い込んでから一筋の逃げ道を指し示してそこにうまく誘導するその手練手管に、レイは舌を巻いていた。身内弄りが得意な自分でさえ、あぁも見事に誘導は出来ないだろうと、改めてラインフォルト家のメイドのスキルの高さを垣間見ていた。

 ふと周りを見渡してみると、集まっていたはずの面々は既に各々午後の部の海の遊びに興じていた。

 その行動の速さの理由の中には恐らく、アリサとリィンを二人きりにしてあげようという彼らなりの無言の優しさがあったのだろう。本当に仲間想いのメンバーだと感心しながら、しかしレイは動かなかった。

 

「(皇女と義妹を押しのけて一歩リードか……これは見ないわけにはいかないよな‼)」

 

 持ち前、というよりもほぼ習慣のようになってしまった出歯亀根性が作動して再びビーチチェアに腰を据えたのだが、そこに役目を果たしたばかりのシャロンが寄り添って来た。

 

「……何だよ」

 

「言わなくては察していただけませんか?」

 

 ゲレンデの雪景色の中では女性の美しさは三倍になるとは良く言うが、それならばビーチで水着姿の女性はどうなのだろうか?

それも、モデルをしていても何ら不思議ではないスタイル抜群の美女が相手ともなれば相乗効果は二乗三乗どころの話ではない。

 普段はメイド服の中に包まれたその肢体が、水着という薄布一枚に覆われただけというギャップは、否応無しに容赦なく理性を串刺しにして来る。しかしそれに見惚れていると、横からグッと腕が掴まれた。

 

「……アンタだけに良い思いはさせないわよ」

 

「ふふ、そんな事は思っておりませんわ。では、サラ様もご一緒に」

 

 そう言ってシャロンが取り出したのは、先程リィンに手渡したそれと同じサンオイル。

 その時点でレイは人生最大級の煩悩との決戦に備えると共に、これはリィンとアリサの恋路に余計な茶々を入れようとした罰なのかと、自らを叱責し始めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 

 

 

 

 異性との接触に乏しかった事を除いても、リィンが生まれ育ったユミルという場所は深い山岳地帯で、秋から冬にかけては雪に覆われてしまうような、そんな土地だった。

それ故に、サンオイルなどというアイテムを使用した事などなく、更にそれを同世代の異性の肌に塗るという行為は、ある意味試練といっても差支えがない。

 加え、表面も根も、時に周囲が呆れてしまう程に真面目なリィンは、特にその思いが顕著だった。

 

 

「ほ、ほら。早く塗ってよ」

 

 何せ目の前には、シートの上にうつ伏せになって顔を仄かに赤らめながらそう催促してくるアリサの姿。

 塗る時に邪魔になるからと、リィンにも自分にも言い聞かせるように何度も呟いて、薄紅色のビキニの紐を緩める。その様子を見て思わず喉を鳴らしてしまったリィンの事は、恐らく誰も責められないだろう。

 金糸のような艶やかな髪の下に広がる、白い背中。元よりスタイルの良さは充分に理解していたのだが、実際に間近で見ると一際その良さを実感する。

 しかし、それにいつまでも見惚れているわけにもいかない。サンオイルのキャップを外して、掌の上に中身を少量垂らす。

 

「そ、それじゃあやるぞ」

 

「い、一々言わなくていいわよっ‼」

 

 急くような言葉に従って掌を背中の上に置く。

するとその滑らかな感触に驚いていたのも束の間、急にアリサが「ひゃあっ‼」という小さな叫び声と共に身を震わせた。

 

「な、何だ⁉ なんか間違ったか⁉」

 

「ま、間違ってるって言うか、サンオイルは最初手の中で人肌に温めて頂戴。意外と冷たくてビックリするのよ」

 

 そういうものなのかと、指摘されたリィンはそれを実践してアリサの背中一面にサンオイルを広げていく。

 細いうなじから鎖骨を通り、背中へと手を伸ばす。男のそれとは明らかに違う、柔らかなその感触を掌の上に感じて、リィンは心臓の鼓動が早くなるのを止める事は出来なかった。

 更に言えば、時折アリサが漏らす「あっ」やら「ふぁっ」やらの妙に艶めかしい声。それが真っ当な思春期の男子の情欲を掻き立てずにはいられない。全身の血流がいつもの数倍速く巡るような感覚を自覚してしまい、リィンは思わず目を硬く瞑ってしまう。

 

「(考えちゃ駄目だ、考えちゃ駄目だ、考えちゃ駄目だッ―――)」

 

 心頭滅却どころか思考滅却しかねない勢いで無我の領域に足を踏み入れようとするリィン。そうでもしなくては、目の前の瑞々しい背中と喘ぐような声から離れられなくなってしまいそうだった。

 出来る事ならばこのまま背中に置いている両手を離して両耳を塞ぎ、一目散この場から逃げたい気持ちで一杯だったのだが、上半身だけとはいえ自らの裸体を触れさせる程に信頼してくれているアリサの想いに応えないわけには行かない―――と、真面目一直線からくる使命感に身を侵されて、そのまま作業を続けた。

 

「ぁっ……ふ、ふん。中々手際が良いじゃない」

 

「…………」

 

「リィン?」

 

 可能な限り思考能力を排除して”作業”に没頭する今のリィンには、もはやアリサの言葉に反応して応えるだけの余裕すら持ち合わせていなかった。

 体を蝕む欲に掻き立てられながらも一心不乱に務めを果たそうとするその姿には感服すら覚えるだろうが、皮肉にもその使命感が、彼の運命を決定づけてしまった。

 

「(え……?)」

 

 行為自体は無意識であったのだろう。元よりあまり考えないようにして行動していたリィンは、背中と腰、そしてその下(・・・)の境界線も、正しくは認識できずにいた。

 そのため、サンオイルに覆われたその手は、腰部を越えて、臀部に強く手を添えてしまう。その柔らかさに、リィンは正気に戻るが、既に後の祭りだった。

 

「ひゃあっ‼ ちょ、ちょっとリィン‼ どこ触って―――」

 

 以前自分を抱き留めてくれた男らしい手が敏感な場所に触れた事で、アリサは反射的に跳ね起きて体をリィンの方へと向けて抗議をしようとしたところで―――気付いてしまった。

 上半身を覆い隠していた水着は、当然の事ながらまだ紐が外れたままであり、実際シートの上に残ってしまっている。その状態で振り向けばどうなるか(・・・・・)

 

「あ……ぁ……」

 

 慌てて自分の左腕で覆い隠すも、時すでに遅し。上半身だけとはいえ、アリサの生まれたままの姿を見てしまったリィンは、脳内を完全にオーバーヒートさせて硬直してしまっていた。

 だが、その程度で許せるほど、乙女の怒りは安くはない。ましてやそれがアリサであれば、尚更だ。

 

「こんの―――変態ィィィィッ‼」

 

 叫び声と共に放たれたのは、強烈な正拳。普段は矢を番えるために使っているその力に、更に”乙女の怒り”というスキル分を上乗せした力で放たれたソレは、過たずリィンの顔の中心点を捉えて吹き飛ばした。

 砂浜の上をまるで風に煽られた藁屑のように飛んで行き、海面に接してからは水切りの要領で幾度か跳ねながら、高い水しぶきを上げて着水・制止した。

 その直線上にいたユーシスとマキアスは直前で殺気を感じ取って回避したため無事だったが、普通では考えられない勢いで級友が吹っ飛んで行くという光景に、互いに罵り合う口すらも噤んで唖然としていた。

 

 数秒後、冷静さを取り戻したアリサは、すぐに水着を身に纏って顔を赤らめたままに駆け寄る。余裕で数十アージュもの距離を吹き飛ばされたリィンはユーシスとマキアスの尽力により速やかにサルベージされていた。

 オリエンテーションの時とは違い、すぐに開口一番謝罪の言葉を口にした辺り彼女も素直になったと言えるのだろうが、周囲でその様子を見守っていた面々は、まずアリサの限界を超えた力の強さに戦々恐々とし、その後、リィンの女難の相はもう呪いのレベルといっても差し支えないなと、同情するより他はなかった。

 

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 仲間が逆に面白おかしくなる威力で吹き飛ばされた挙句に海に突き落とされた状況の一部始終を横目で見ていたレイは、しかし彼もまた、試練に立ち向かっていた。

 眼前にあるのは、うつ伏せになったサラの体だ。モノキニという、ビキニとワンピースの特徴を併せ持った形の関係で、ビキニのように上部分だけを外すという事は出来ない。

そのため今彼女は、うなじから足のつま先まで健康的な肢体をパラソルの陰の下に晒している。

 その背中に丹念にサンオイルを塗りながら、レイは気を紛らわすために口を開いた。

 

「つか、お前なら普通に日焼けしても大丈夫なんじゃね? そういうの、気にしないと思ってた」

 

「な、何よ。アタシだって一応、肌の調子とかには気を使ってんのよ」

 

 人目も憚らず大酒かっ食らう奴が何を言うか、と思いはしたものの、流石にそれを口に出すのは留まった。

 思考と手の動作は可能な限り切り離して作業をしているのだが、それでもやはり気にはなってしまう。

 あれだけの大酒飲みである癖に、その体に無駄な脂肪は一切ついていない、引き締まった体躯。それでいて胸部は大きく、母性を感じさせる要素も備わっているのだから、身体的にはパーフェクトに近いものを持っているのだ。

 そう考えると、改めて惜しくなる。普段の性格さえ改めれば、もっと異性の視線を集める事が出来るというのに―――

 

「……いや、ヤだな」

 

「?」

 

「コッチの話」

 

 それが嫉妬であるという事はすぐに理解できた。我ながら意外と器が小さいなと思いながらも、それでも考え直す事はしない。

 好意を抱いた相手が美人であるというのは嬉しい事だ。それは否定しない。だがそれと、道行く男を誘蛾灯の如く引き寄せる可能性があるのとでは、また別問題だ。

 以前ならば、こんな自分を好きにならずとも、と思っていた時の方が多かったというのに、今では自分のもので居て欲しいという欲求が強くなってきている。

 それは強欲なのだろうが、逆を言えばそれは、レイの感性が少しづつ真人間に近づいているという事である。愛してくれるのなら、此方も負けないほどに愛そうと、そう思えるだけの器量は身に着けていた。

 

「なぁ、サラ」

 

「んー?」

 

「好きだよ」

 

 ほぼ無意識のように言ったその当然の告白に、サラはアリサ以上に過敏に反応した。

 しかしそこは大人の反応速度。下に敷いてあった自分の水着を胸元まで手繰り寄せてから、後ずさる。

 

「な、なななななななな、何言ってんのよアンタは‼」

 

「なにって……一応改めて言っておこうかなって思っただけ」

 

「……何で今なのよ」

 

「そんな気分になったから、かな。偶にあるんだよ、こういう時が」

 

 ちょっとしたきっかけで、好きだという感情が溢れ出てしまう時。恋愛に対して百戦錬磨の人物ならばそれを上手くコントロールするのだろうが、生憎とレイは素人に毛が生えた程度の経験しかない。

 だから、そうした感情を抱いたときは素直に想いを告げておこうと、そう思い至ったのは最近の事だ。

 いつかそうした言葉すらも告げられなくなるかもしれない―――そういう懸念が胸の中にあったのも、確かなのだが。

 

「……どんな所がよ」

 

「?」

 

「だから‼ どんな所が、その、好きなのかって聞いてんの‼」

 

 サラからしてみれば、不意打ちの仕返しに少し困らせてやろうという、悪戯っぽい魂胆があっただけに過ぎなかったのだが、レイはその問いに間髪入れずに答えた。

 

「教師として、絶対に生徒を見捨てない責任感の強さ。正義感の強さと、後は面倒見が良い所。後、からかうと面白いし、変な所で純粋だし」

 

 話が不穏な方向に進み始めた事で僅かばかり不機嫌そうな表情を覗かせたが、それでも最後の言葉は、笑みを見せながら言う。

 

 

「それに、こんな俺を信じて、好きになってくれたから」

 

 

 からかう意図も、ましてや冗談でもなく言い放たれたその言葉が耳朶に届くと、サラはその状態のまま大きめのタオルで身を包んでそのまま逃走してしまった。

 普通のビーチならばその背を死に物狂いで追いかけるのだが、ここは自分達以外は誰もいないプライベートビーチ。急いで追う必要はない。

 それでも普段のレイならば普通に追いかけるのだが、今は、遅れてやって来た羞恥心に苛まれて、それどころではなかった。

 

「あー、クソ、最悪だ。黒歴史確定じゃねぇかよぉ……」

 

「いえいえ、とんでもございません。あのような情熱的な告白は、世の女性の夢ですわ。気落ちなされる事はありません」

 

「俺が恥ずかしいんだよ。俺が」

 

 いつの間にか会話に割り込んでいたシャロンにも動揺することなく、レイは眉を顰めながらも、赤らんだ頬を必死に隠そうとしていた。

 その様子が、見た目と相俟って逆に保護欲を掻き立ててしまい、しかしシャロンはそれでも声色を変えずに続けて来る。

 

「それでもレイ様は、思い付きで今の告白をなされたわけではないのでしょう?」

 

「……俺だってそこまで馬鹿じゃねぇよ。そう思ってるのは本当だし、思ってた事を口にしただけだ。……ま、混乱させたのは悪いと思ってるけどよ」

 

「お優しいのですね」

 

「三人とも愛したいなんて、そんな馬鹿げた事をしようとしてるんだ。これくらいは最低限出来なくちゃ、申し訳が立たん」

 

 なら、と。シャロンはホワイトブリムを取ってレイに近付き、その右腕を絡め取った。

 軽く押し付けられる柔らかい感触が一瞬で脳髄まで届き、しかし表情は出来る限り平静を装ったまま。

 

「私にもその愛を分けて下さいな。今でなくてもいいので、いつかサラ様に向けたものよりも情熱的に、愛を囁いて下さい」

 

 その艶めかしい声色とは裏腹に、絶対に逃がさないと言わんばかりの熱が、そこにはあった。

 メイドとしてではなく、ただの一人の女性としてのシャロンは、奥ゆかしさと多少の強引さという相反する行動を一度に取れる、ある意味一番男性の求める女性像を理解している存在だ。

 しかしその実、恋した男は目の前の少年一人だけ。しかし付き合いの長さで言えば、三人の中では一番長かった。

 

「……お前ってホント、反則級にこっちの弱点突いてきたりするよなぁ」

 

「褒め言葉として受け取っておきますね」

 

「褒めてんだよ。―――さて」

 

 レイは足回りについた砂を軽く払ってから、屈伸をして走る準備を整える。

 

「サラを追うぞ。あのままだとアイツ、迷いかねん」

 

「―――えぇ、そうですわね。ですが行き違いになられても困りますし、(わたくし)は此処で待っておりますわ」

 

「……あぁ、助かる」

 

 メイドの姿に戻り、微笑と共にそう言ったシャロンの提案に沿って、レイはサラが駆けて行った方向に走り出す。

 それを見送ってから、シャロンは頭上に乗せたホワイトブリムに手を添えながら、一つだけ呟いた。

 

 

「本当に―――罪深いお人」

 

 

 弱い潮風でも掻き消えてしまう程に、その言葉は小さく、そしてか細かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




や・ら・か・し・た。

逆に言えば此処でやらかさなければリィンのアイデンティティーなんかないよね‼(錯乱)


後、ノートPCを修理に出す事になるかもしれないので、更新が少し遅れるかもしれません。
先にお詫び申し上げます。


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