英雄伝説 天の軌跡 (完結済)   作:十三

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 やっと文化祭は終わりましたが、今度は自動車教習所の卒検が迫って来た十三です。
 今回は、前書きですこし真面目な話をさせていただきます。


 このところ、感想欄にてオリキャラの設定を投稿して下さる機会が増え、作者と致しましても大変ありがたく、加えて嬉しく思っております。
なにぶん発想力が乏しい身ですので、キャラの提案をして下さる事は作品の幅が広がる事に比例します。そう言った意味でもこの場を借りて感謝を申し上げます。

 ……しかしながら、前述の通り発想力が乏しい身の上でありまして、いただいたキャラの全てを採用するのは難しいのです。魅力的なキャラを全て使いたいという渇望はあるのですが、如何せん感情に思考が追いつかないため、提供していただいたのにも関わらず未登場になってしまう人が出てくるかもしれません。ご了承いただければ幸いです。

 そして、作品の流れの関係上、少しキャラ設定を弄って登場させる事もあるかもしれません。その際は提供して下さった方に事前に報告をしますので、読んでいただければ幸いです。





 ―――さて、前書きはこの辺りで本編に入りましょう。
 今回で『サマー・バケーション』シリーズは終わりです。


















サマー・バケーション Ⅳ ※

 

 

 

 同情は無用である事は、誰もが理解していた。

 

 彼の口から語られた壮絶な人生の一端は、決して憐れんで良いモノではない。

 否、憐れむという行為を思い浮かべることすらできないような、そんな内容だった。

 

 眼前で母親を喪ったのみならず、外道が集う組織に連行されて左目を抉り出された挙句に古代遺物(アーティファクト)たる宝珠を埋め込まれ、そして―――地獄の中で一時気を許した少女すらも、助ける事ができなかった。

 己の弱さを呪い、彼は力を求めた。もう何も喪いたくないという、ただ純粋で歪なユメだけを心の奥底に誓って。

 

 

 

『お前の剣は、”剣の道”はどこにある? ―――答えろ‼ リィン・シュバルツァー‼』

 

 リィンは、嘗てそう激昂された事を思い出す。

 確かにあの時の自分は、中途半端だった。確固たる強壮な意志を持って達人の域まで上り詰めた彼からすれば、さぞや腑抜けに見えたのだろう。

 

 

 

 

『ただできる事なら、全てを理解した上で分かり合って欲しいとは思う。それができるのは、とても貴重な事だからな』

 

 マキアスは、嘗てそう諭された事を思い出す。

 当然の事だ。彼にはもう、全てを曝け出せる肉親が一人も存在しない。最も親の愛情を欲している頃に全てを喪った彼からすれば、”他人と張り合う事ができる”という状況そのものが既に羨ましいものだったのだろう。

 

 

 

 

『俺は弱いよ。多分、お前たちの誰よりもな』

 

 ラウラは、嘗て自嘲気味な笑みと共にそう告げられた事を思い出す。

 誰も守れなかった事を罪科として背負い、二度とそれを背負わないように生きてきた彼からすれば、信念を掲げて真っ直ぐ進むことができるⅦ組の面々が眩しくて仕方なかったに違いない。

その眩しさに眩み、彼にそんな負い目を背負わせ続けていた事を改めて自覚してしまう。

 

 

 

 

 

 彼の、レイ・クレイドルの過去は、誰もが気になっていた事ではあった。

 彼が心を許していない、とまでは思わなかったが、打ち明けてくれない水臭さをもどかしく思うことはあった。仲間なんだからという理由でその全てを受け止めようと、そんな覚悟は全員が持っていた筈だった。

 

 しかし、蓋を開けてみれば誰もが黙り込んでしまった。

 彼が背負いこんでしまっていたモノのあまりの重さ、そして現在に至るまで続いている、その身、その剣に宿った万事不当の絶対的な覚悟。

 

 そうか、敵わないはずだと、リィンはそう思ってしまう。

 彼に敗北は許されない。ノルドの一件でさえ、レイにとっては許しがたい結果だったのだろう。

 擦り切れてしまいそうな程の意志と、断ち切れてしまいそうな程の覚悟を身に纏い、いつだって彼は鮮烈な強さをその身で表して来た。その強さに追いつこうとしても、到底無理なのだろう。

 それは意志の違いだ。彼と自分達では抱えているモノが違う。強さを志した年季が違う。

 掛け値も虚偽もなく、本当に全てを喪った絶望の淵から、彼は這い上がって来た。涙と血を流し、辛酸をこれでもかという程に舐めさせられた過去の”原点”の全てを糧として。

 

 正直なところ、レイ・クレイドルの名刀・名剣にも酷似した鋭すぎる裂帛の闘気に恐れを抱く感情が全くない訳ではなかった。

 なまじ彼の事を何も知らなかったが故に、その執念のような強さはどこから湧いて来たのだろうかと、そう邪推してしまうのは当然の事だった。

 しかしそれが、強固な想いに裏打ちされた故のモノであるならば、その疑念も氷解する。

 その想いは、決して踏みにじって良いモノではない。それは他ならない彼だけが胸の内に秘める事が出来る感情。本来ならば、他人に秘匿しても責められる謂れはない。

 

 それを、傷心の気の移ろいもあっただろうとはいえリィン達に打ち明けたのは、偏に彼らの事を信頼していたからである。

幾ら感傷に浸っているとはいえ、己の起源とも言える過去を気を許す事もできない他人に話すほど愚鈍ではない。入学してから4ヶ月という月日は確かにレイとリィン達の間に確固たる絆を作っていたのだ。

 

 ならば、同情や憐憫で彼の過去を悼むのは間違いである。そんな事をすれば漸く実感できたレイとの繋がりを、自分達から断ち切るという愚かな選択をしてしまう。

 それに―――彼を活気づけるのならば、自分達よりも適任がいる事も、充分理解していた。

 故にⅦ組の面々は、”学生”として、せめて気の置けない一時を過ごせる時だけは仲間として決して彼を否定しないと心に誓った。

 

 今まで自分達を見守って、時には目標として導いてくれた彼が悪人になり切れない事などは、とうの昔に分かってしまっていたのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、フィー、ちょ、ま、それ俺が狙ってた肉‼」

 

「串焼き根こそぎ持っていかれたぁ‼」

 

「焼き網上は戦場。油断すれば全部持っていかれる……って猟兵時代に教わってた」

 

「だからってここまで徹底的にやる事はないだろう⁉」

 

「フィーちゃん、ちゃんと野菜も食べましょうね」

 

「ノーサンキュー」

 

 

 雨も止み、雲一つない空に満天の綺羅星が浮かぶ夜の下の砂浜で、Ⅶ組の面々とサラとシャロンはバーベキューを楽しんでいた。

 本来であれば一日目に行う筈であったのだが、リィンの一件もあって翌日に延ばされたこの行事は、ある意味でいつも通りのⅦ組の様相を呈していた。

 

「あれ? 海鮮系もうなくなっちゃった?」

 

「おや、そのようですな。少々お待ちくださいませ。すぐに屋敷から取って参ります」

 

「いや、それには及ばない。アルフドさん」

 

 焼いたエビを口に入れたままのアリサが振り向くと、そこにいたのは様々な海鮮物を詰め込んだ網を持つガイウスの姿。

 

「少し獲って来た。これで少しは保つだろう?」

 

「おいこら、適応力高すぎだろノルドの民。というかどうやって獲った」

 

「槍で一刺しだ。意外と簡単だったぞ」

 

「お前将来漁師になったらどうだ。いやマジで」

 

 失笑しながらそう冷やかしたのは、他でもない、すっかりと元に調子を取り戻して肉に齧りついていたレイであった。

フィーの猛攻を掻い潜ってちゃっかりと自分の食料を確保していた彼は、やせ我慢でも何でもなく、いつも通りの飄々とした態度を見せるようになった。

あまり食べられなかった朝食と昼食の分も取り返すと言わんばかりに、夕食にありつくその姿は、いつもの彼と変わらない。それを見て、他の仲間達も笑みを浮かべる。

 

 

 

 

 

 

 レイが過去の話を語り終えた頃には、既に雨雲は通り過ぎ、少し前と同じように燦々と日光が照りつけていた。

 当然、余りにも深く、そして重い過去を語り聞かされた面々は一様に黙り込み、エリオットやエマなどはすすり泣いていた。

 しかし当の本人はと言えば、語り尽くして気が晴れたとでも言わんばかりに昨日までの調子を取り戻し、以降は決して落ち込むような素振りも兆候も見せなかった。

その心情を察したリィン達は、ひとまず彼の調子が戻った事を喜び、心の中に決して消え去る事の出来ない悲壮感を抱えながらも、レイも巻き込んでデス・ビーチバレーに熱中していた。

 そして今に至るまで、レイは≪教団≫とやらの拠点から逃れた以後の事を一切語っていない。

 これ以上は語る事もないと思ったのか、はたまた”語る事ができないのか”までは読めなかったものの、流石にそれ以上の言葉を求めようとはしなかった。

 

 その過去は、間違いなく彼の”起源”だった。

 そして彼の性格からして、見知らぬ他人程度の人間にそれを話すとも思えない。

 つまり、それを話しても良いと思えるだけの信頼が彼の中にはあったという事だ。それを喜ぶだけでも充分である。

 

 

 

「―――なぁ、レイ」

 

 ただそれでも、黙したままに何も伝えないというのは、リィン・シュバルツァーの性格上困難だった。

 宴もたけなわ。フィーの略奪を阻止せんと動く仲間たちを見ながら、リィンは少し離れた位置にいたレイに話しかけた。

 

「おう。お前はあの争奪戦に参加しなくていいのかよ」

 

「はは、俺はもう結構食べたからな。レイこそ、サラ教官を止めなくていいのか?」

 

「酔っ払いの相手は趣味じゃねぇんだ。シャロンに任せるよ」

 

 苦笑しながら向けた視線の先には、ジョッキで何杯ものビールを呷って完全に出来上がっているサラと、その相手をするシャロンの姿があった。

 酔っぱらって何かをまくし立てるサラを、シャロンが上手く制御しているように見える。

 君子危うきに近寄らずという諺に従うように悠々と面倒事を避けるそのスタンスは、やはりいつもと変わらなかった。

 

「……もう、大丈夫なんだな」

 

「ま、元々そんなに神経質になるような事じゃねぇんだが……何故だか今年だけはどうにも、な。命日だってのに遊んでたせいもあるだろうが」

 

「う……そ、それはゴメン」

 

「お前らのせいじゃねぇだろ。というより……」

 

 そこでレイは言葉を区切り、彼にしては珍しく、少しばかり照れるような素振りを見せた。

 

「同年代の友人(ダチ)連れて海に行くなんて経験なかったからな。傷心に思うだけ余裕があったと思ってくれ」

 

「あ……」

 

 そこで、リィンはふと思った。

 思えば―――レイの口から”友達”と言ってくれたのは、これが初めてではないのかと。

 仲間だと言われた事はあったが、同年代の友人として見てくれていた事。それが素直に嬉しかった。

 いつだって彼は、自分達とは違うどこかに立っていると―――そう感じてしまった事が多々あったために、一際そう感じられたのだろう。

 だからこそ、続けてこう言える事にも躊躇いはなかった。

 

「……友人なら、遠慮なんか必要ないさ。レイが何を抱えているか、どんな人生を送って来たかという事の、恐らくは半分も俺達は知らない。知らない事だらけだ。

 でもさ、レイが俺達の事を友人で、仲間だと思ってくれるなら、思い至った時にいつでも打ち明けてみてくれ。俺達は何があろうと、レイを軽蔑したり、不快に思う事はないだろうから」

 

「…………」

 

「前に、アリサには「もっと疑う事を覚えた方が良い」って言ったみたいだが、俺達の間じゃもう通用しないだろ?

俺だけじゃない。アリサも、エリオットも、ラウラも、マキアスも、ユーシスも、委員長も、フィーも、ガイウスも―――皆が心配して、何とか力になれないかって考えてる。

今までずっと世話になって来たんだ。恩返しをしたいって思うのは、別に変な事じゃないだろ?」

 

 

 その真っ直ぐさ、純粋さに、レイは幾度となく罪悪感を感じていた。

 始まりがどれだけ不幸であったとはいえ、血塗られた道を選んだのは、紛れもない自分の意思だ。女々しい贖罪の為に偽善を為す道に進んだのも、後悔はしていない。

 ただそうして真っ当とは言い難い半生を歩んできたからこそ、ただ純粋に、為すべき事を成して、悩みながら歩んできた彼らが、余りにも眩しく見えてしまったのだ。

 

 翳りの塊のような自分が、この光を曇らせてはならない―――そういった強迫観念が、レイにⅦ組の面々を”友”と呼ばせることを躊躇わせていた。

 だが、気付けばレイは”仲間”として、そして何より気の置けない”友”として、無意識の内に彼らと接していた。トールズに来るまで、本当の意味で”友”として接していたのはヨシュア一人だけだったというのに、思えば随分とその数を増やしていたものだった。

 

「……は、はははっ」

 

 きっかけは何だったのだろうかと、そう考えるのは野暮というものだろう。

 とかくその中でも、こうして衒いもなく本音をぶつけて来る友と出会えた事は幸運な事だ。

 

「リィン、お前さ、そういうクサい台詞は好きな女の前でしか言わない方が良いぜ。聞いてるこっちが恥ずかしくなって来る」

 

「う……や、やっぱりそういうモノか?」

 

「いんや、やっぱお前はそのままの方が良いわ。誑しの才能はピカイチだよ」

 

 半ばからかうようにそう言うと、そのままレイは右の拳を突き出した。

 

「約束する。いつかお前らに、俺の半生を余さず話してやる。

―――でも今は事情があって無理なんだ。話さないんじゃなくて、話せない(・・・・)。そのしがらみがなくなったら、その時は全部話すさ。

……まぁ、今日みたいにみっともない姿を見せるかもしれねぇから」

 

 その時は、お前らが俺を引っ張り上げてくれ―――そう言った彼の拳に、リィンもまた拳を重ねる。

 そうして二人の少年が青春の一ページらしいやり取りをしているのを、サラは微笑ましく、しかしどこか複雑な表情で見守っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふう……」

 

 

 夜も更け、外では虫と梟の鳴き声、それと無人の海の音しか聞こえなくなった頃。

 ロビーで行っていたⅦ組ボードゲーム大会を悠々と勝ち抜いたレイは、自室に戻ってベッドに腰掛けた。

先程までとある人物と通話をしていた特注ARCUS(アークス)を枕の上に放り投げ、仰向けのままシーツの上に転がる。

 ふと壁時計を見て見ると、時刻は既に午前0時を回ってしまっていた。昼過ぎにはもうトリスタに戻る事を考えると、今の内に寝てしまった方が良いかもしれない。

欠伸を噛み締めながらそんな事を思っていると、自室のドアが荒々しくノックされた。

 

『コラァー、レイ‼ いるんでしょ? いるわよね⁉ 開けなさいよー‼』

 

 果てしなく面倒臭い奴が来た、と一瞬で眉間に皺が寄ったが、ここで対応せずにいると隣や向かいの部屋の仲間に騒音を撒き散らす事になる。

 何より、一度面と向かって好きだと言った女性の来訪だ。完全に酔っぱらっていて面倒臭い事この上ないのは変わらないが、このまま放置を決め込む程、レイは狭量ではなかった。

 

「あー、はいはい。開けるから騒ぐなよ酔っ払い。いつも以上に悪酔いしてんなお前」

 

「あによー、別にいいじゃない。折角のバカンスなんだしー」

 

「お前の場合年がら年中飲んでんじゃねぇかよ」

 

 溜息を吐きながらも、完全に出来上がった状態のサラを自室に入れる。

幸いというか不思議というか、サラはどれだけ酔っても悪酔いはするものの嘔吐はしない。潰れたらシャロンでも呼んで回収してもらおうと、サラをとりあえずソファーに座らせた。

 

「バーベキューの時にも飲みまくってたよな、お前。どんくらいいった?」

 

「覚えてないわよー、そんな事。大体シャロンは何なのよ、アタシと同じペースで飲んでほろ酔いの雰囲気出さないってどーゆーこと⁉」

 

「あいつは≪結社≫時代にメイドの師匠から相当厳しく叩きこまれてたからな。メイドは主人とかから酒を勧められて酔ったらダメなんだと」

 

「……メイドって何なのよ」

 

「リンデさんの考えてる事は俺も最後まで理解できなかったからな」

 

 ともあれ、と、レイは話をそのまま進める。

 

「ま、それはいいとして―――どうしたんだよ、一体」

 

「え?」

 

「お前が酔っぱらうのは、まぁいつもの事だけどよ。今までなら俺の方を呼び出してたじゃねぇか。なんで今回は俺の方に―――」

 

「―――それじゃあ、駄目なのよ」

 

 それまでとは違う、ぱっきりとした言葉での返答に、思わず口を噤んでしまう。

 出先での最後の夜でハメを外し過ぎて酔い過ぎたのかと最初は思ったのだが、どうやらそれも違うらしいと、それも理解できてしまった。

 

 どうやら自分は、また彼女の癇癪を呼び起こす何かをしてしまったらしい―――とも。

 

 

「アタシが呼んだんじゃ駄目なの。それだとアタシはいつでも逃げられるから。

 ねぇレイ。アンタならその意味くらい分かるでしょ?」

 

「……昨日突然告白した腹いせって訳でもねぇよな。それ以外ってなると流石に分からな―――」

 

 と、そこまで口にしたところではたと気付く。

 レイの主観から見れば、それが彼女の感情を爆発させる起因になる可能性は少ない。

だが、もしやと思い、思い至ったその”理由”を素直に口に出してみる。

 

「まさかお前、俺とリィン達が”友達(ダチ)”になったから自分はもう必要ないんじゃないか……なんて考えてんじゃねーだろうな?」

 

「…………」

 

 サラはそのまま拗ねたような表情で目線を逸らす。

それに対してレイは、しかし呆れるような態度を見せる事もなく一つ息を吐いた。

 当然の事。そもそも呆れるなどという自分勝手な態度を見せる程、レイは自分という男としての駄目さ加減を弁えていない訳ではない。

 間違いなく、彼女(サラ)にそう思わせてしまったのも自分の責任であり、頼らなかった事が結果として誤解を招いてしまったと言うのならば、どうにかしなければとは思っていた。

 

 逆にサラはと言えば、それが自分の勘違いであるという事を大体理解していた。

 何があったところで自分がレイを愛しているという事には変わらないし、それは勿論今だって同じ事。

 しかし、日に日に絆を深めて行くレイとⅦ組のメンバーとの様子を目の当たりにして、何故か心の中に焦燥感が湧き上がってしまったのだ。

 それは、帝都に実習に行った際に感じていたソレと全く同じモノ。あの時はシェラザードにからかわれるように「考え過ぎ」と言われたものの、それでもやはり酒が入っていつもより判断力が鈍った頭では、必要以上に不安感が増大されてしまう。

 酷い事を思っているという事は充分分かっている。何せ、可愛い教え子たちに嫉妬しているも同然なのだから。

 だがそれでも、レイの心の拠り所が自分、自分達ではなく、どこか他の場所に行ってしまうという事に恐れを感じてしまうのは、それは自分が弱いからに他ならない。

 

 自分に魅力がないのではないかと―――そう思ってしまう自分がいる。

 自分に頼られるだけの包容力がないのではないかと―――そう思ってしまう自分がいる。

 自分を好きでいてくれるだけの理由がないのではないかと―――そう思ってしまう自分がいる。

 

 実際のところ、それらは全て杞憂の思い込みなのだが、それでも悪い焦燥感というものは一度芽生えてしまえば際限なく育ってしまうものなのだ。

 自分自身に対する猜疑感。それがもし、元A級遊撃士、現士官学院戦技教導官としてのサラ・バレスタインに突きつけられたならば、彼女は決してそれに蝕まれる事はなかっただろう。

 だが、一人の女性としてのサラ・バレスタインならば話は別だ。こうしてどうしようもなく不安になってしまった時は、半ば自棄になるように酒を呷り、その勢いで不平不満を漏らす。……それがどれだけ面倒臭い女を体現しているかという事実は、嫌という程分かってしまっているのだが。

 

 

 

「ありえねーよ」

 

 最初に口を開いたのはレイだ。靴を脱いでベッドの上で胡坐を掻きながらはっきりとそう言い放つ。

 

「お前が必要なくなるなんて事はありえない。……いや、そもそも必要か必要じゃないかなんて、そういった尺度でも見てないんだよ、俺は。

 俺はお前が好きで、まぁ、お前も俺が好きだって言うんなら、それだけで充分だ。その感情以外に何もいらない。お前が何と言おうと、俺に何があろうと、変わらない。それだけはハッキリ言っておくぞ」

 

 いつも以上に真剣な眼差しを向けるレイに、サラは一瞬たじろいだが、それに負けるわけには行かないと立ち上がる。

 その言葉は嬉しい。素直に嬉しい。こういった言葉を一切包み隠す事なく、僅かの気恥ずかしさもなく、ただ真剣に誠実に言う事ができる所にも惚れたのだから。

 

 だが、それとこれとは話が別なのだ。

 女という生き物はやはりこれも融通が利かない所で―――言葉だけでは納得できない場面があったりする。

 

「なら、証明してみなさいよ」

 

 そう言い終わる時には、既にサラはレイの体の上に覆い被さっていた。

 胡坐を掻いていたレイの体は今はベッドの上に仰向けに押し倒されており、その両手を握りしめるような状態で、サラがレイの顔を覗き込んでいる。

 彼が驚いたような表情を見せたのは、ほんの数瞬だけだ。しかし抵抗するでもなく、サラの為すがままにされている。

 

「分かってるのよ。アタシは面倒臭い女だわ。アンタが本気でそう言ってくれてるのは知ってるし、それは嬉しい。惚れ直したわ。

 ―――でも、それだけじゃ信じきれない。アンタがアタシを愛してくれるって言うんなら、それを証明して頂戴」

 

 サラは手の拘束を解くと、自らの上半身を起こしてベッドの上に膝立ちになる。そしてそのまま、徐に服を脱ぎ始めた。

 酔っていたというのに、その手際は一切迷いがなく、上着を脱ぐのに要した時間は数十秒もかかっていない。普段はアップに纏めている赤紫色(ワインレッド)の髪も解かれ、パサリという軽い音と共に呆気なく背に流された。

 露わになるのは、サバサバとしているいつもの彼女からは想像もできないほどに煽情的な赤色の下着。決して露出度が高い訳ではないのにも関わらず、普段とは異なる髪型で、いつもより頬を上気させて、アルコールの力で後押しされて静かに積極的になったサラがそういった姿を晒しているというだけで、レイをドギマギさせるには充分過ぎた。

 

「お前、何しようとしてるのかは分かってんだよな?」

 

「……当然じゃない。それが分かんないほど初心(ウブ)じゃないわよ、アタシ」

 

「マジか」

 

「マジよ。女にここまでさせたんだから、後はどうにかするのが男の甲斐性ってモンじゃないの?」

 

 そう言われては、レイとて否と言えるはずもない。ここでそれでも頑なに首を振ってしまえば、それこそサラの意思を無視する事になってしまう。

 据え膳食わぬは男の恥。そういった諺があるように、レイも一度右目を閉じてから覚悟を決めようとした時、異変を感じ取った。

 

「……ん? あれ?」

 

 ふとサラの表情を再度見てみると、その双眸の瞼はユラユラとせわしなく上下運動を繰り返している。

それを見つめること数秒、まるで糸の切れた傀儡人形のように、突然サラの体が倒れこんできた。

 レイはその下敷きになるような位置にいたのだが、ベッドが最高級でフカフカだったのと、そもそも人一人の体重程度なら重いとすら思わないレベルまで鍛えているため、無様な声を漏らさずに済む。

 それでも、下着越しに感じるサラの柔肉の感触は内心狼狽えさせるには充分だったのだが、直後に耳元で聞こえてきた静かな寝息の音を聞いて正気に戻った。

 

「ったく、今度は俺がお預けくらった状態じゃねぇかよ」

 

 酔いが極限まで回ってしまい、ここぞという時に眠気が精神を凌駕してしまった愛しい女性の頭を撫でる。艶やかな赤紫色(ワインレッド)の髪を梳くようにして撫でながら、起こさないように注意してベッドの上から立ち上がる。

そのままサラの上に布団を掛けてから、レイは深々と一つ息を吐き、扉に向かって声をかけた。

 

「―――いるんだろ? 入って来ていいぞ」

 

 傍から見れば誰に向けたものでもないその言葉に、しかし反応して入室してくる人物が一人。

 シャロンはいつも通りに恭しく一礼をしてから、ベッドの上で眠ってしまっているサラを見て「あらあら」と言葉を漏らした。

 

お決めになる(・・・・・・)と仰られていたので傍観に徹するつもりだったのですが……サラ様は何も?」

 

「いや、ヤバかった。あそこで意識が途切れてなきゃ俺の理性なんか跡形もなく吹っ飛んでたさ。情けねぇ」

 

「何を仰いますか。(わたくし)やサラ様、クレア様を大事に想って下さるからこそ、レイ様は理性の鎧を纏っておられるのでしょう? 情けない、などとは露程も思いませんわ」

 

「こんな時に童貞じゃない事を感謝するとは思わなかったぜ。……っと、こんな事は言うモンじゃねぇか」

 

(わたくし)は操をレイ様に捧げられれば充分でございます。そういう意味でも、今宵はサラ様にお譲りしようと思っていたのですが……」

 

 苦笑気味に微笑み、シャロンはサラの傍に近寄った。

 

「どうやら、操を捧げるのは少し先になりそうですわ。

 ―――お隣の空き部屋をベッドメイキングしておきましたので、今宵はそちらでお休みくださいませ」

 

「……すまん、恩に着る」

 

「メイドとして当然の務めですわ。―――あ、お一つだけお聞きしてもよろしいですか?」

 

「え? なん――――――っ」

 

 振り向いてシャロンの声に答えようとすると、その眼前には、太腿の部分までロングスカートをたくし上げたシャロンの姿があった。

 決して下着までは見えず、しかしガーターベルトのベルト部分がその白肌を這っている様子はくっきりと見えている。それでいて、はしたなさを感じさせてしまうような俗物的な雰囲気はあまりなかった。

 そんな、普段であれば絶対に見せないような姿を見せるシャロンは、僅かに悪戯っぽい笑みを向けて片目を閉じてみせる。

 

「レイ様は、どんな下着がお好みですか?」

 

「……勘弁してくれ」

 

 構築しなおした理性を再び瓦解しにかかるその手腕に脱帽しながらも、レイは力なくそう答えることしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 楽しい時間はあっという間に過ぎる、と良く言うものの、少なくともⅦ組の面々にとってこの3日間というものは充実した内容であった。

 学業も訓練も全て頭の中から忘却してただ自由に過ごせる時間が、まさか士官学院に入学してから取れるとは思わなかったというのもあるが、実のところ彼にとっては何のしがらみも制限もなく思いっきり体を動かしたり一人の時間を楽しむ事そのものがリフレッシュになっていた。そういう辺りはまだ普通の学生らしい価値観を持っていた為、密かにレイは安堵の息を漏らしていたのだが、それはまた別の話である。

 

「…………」

 

 そんな清々しい気持ちで洋館に別れを告げようとしている時にも、やはりというか何と言うか、サラはレイの方を決して向こうとはしなかった。

 当たり前と言えば当たり前の事である。幾ら酔っていたとは言え、あれだけの事をしでかそうとしていて覚えていないわけがない。何と言葉を掛ければいいかすら分からないだろうし、逆にレイの方も、ここで気安く声を掛ける事が逆効果である事は分かっていた為、そのまま気が付かないふりを装っている。

 そんな二人の間に入って互いが視線を合わさないようにフォローをしているシャロンは、やはり流石と言うしかなかった。

 

「―――それでは皆様、荷物の収納も終わりましたので、お乗りくださいませ。昼過ぎに帝都行きの列車が発射するまで、不肖この(わたくし)がオルディス市内の案内役を務めさせていただきます」

 

「ねぇユーシス、ウィスパーさんって万能過ぎない?」

 

「流石は『四大名門』専属の執事殿だ。クラウスも若い頃は名門の貴族から引く手数多だったと父上から聞いた事があるな」

 

「……何だか皆さんを見ていると執事さんとかメイドさんとかって国家試験とか受からないと就けない職業のように思えてしまうので不思議ですよね」

 

 そんな空気を雰囲気で感じ取って敢えて何も言わない仲間達の空気の読める行動に感謝をしながらレイも車の中に乗り込む。

すると、扉が閉まる前に、初日から変わらず優しい笑みを湛えた洋館管理人のアルフドが最後に言葉を掛けて来た。

 

「いかがでしたかな、士官学院の皆様方。良い夏のひと時を過ごされたのでしたら、私といたしましても嬉しい事なのですが」

 

「えぇ。充分楽しめました。本当にありがとうございました」

 

 代表してリィンがそう礼を言うと、アルフドも一層嬉しそうな笑みを向ける。

 やがて扉が閉まり、車が走り始める。何故だか触れてはならないような雰囲気を放つ一角には出来るだけ触れないように気を付けながら、リィンは向かいの席にふと目を向ける。

 向かいの席には、エマが座っていた。いつもであれば隣に座るフィーの世話に余念がない彼女なのだが、今は洋館の方に視線を向けながらどこか所在なさげな表情を浮かべていた。

 

「委員長?」

 

「…………」

 

「おーい、委員長?」

 

「あ、はい。何でしょうか?」

 

 深い思考の渦の中からいきなり現実に引き戻されたような言動を見せるエマに、その様子を見ていたリィンと、その隣にいたアリサは揃って僅かに首を傾げた。

 

「どうしたのエマ。考え事?」

 

「えっと、そう、ですね。ちょっと違和感と言うか何と言うか……」

 

「違和感?」

 

「えぇ。―――でも、多分私の勘違いですね。何が違和感かも分からない(・・・・・・・・・・・・)程度の事ですし、忘れて下さい」

 

 エマがそう言いながら苦笑したのを区切りに、その後は話が続く事がなかった。

まるでついさっき自分が口にした言葉を忘れてしまったかのような、そう思えてしまう程に手早く意識を切り替えて、窓から外の景色を眺めるフィーの世話を焼き始める。

 その様子を横目で見ていたレイが、目を伏せて肩を竦める。シャロンと視線を合わせると、彼女もいつになく真剣な面持ちで小さく一つ頷いた。

 

「(……ま、後はアイツに任せるか)」

 

 そう独りごちる少年らを乗せた車は、防砂林の並木を越え、ものの十数分も経たない内に『煌琳館』の全容は隠れて見えなくなってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 同時刻、黒塗りの車に乗って館を去った一同を見送ったアルフドは、館に戻るために踵を返す。

 彼らが去った今、この場に居るのは自分一人。そう思っていたのだが、その玄関前には、人が一人立っていた。アルフドは、驚くような素振りも見せずにその人物に話しかける。

 

「おや、どうなさいましたかシオン様。皆様方は今しがた行ってしまわれましたが……」

 

「あぁいえ、ご心配なくアルフド殿。私にとって、主がいる場所が私の場所。向かおうと思えばものの1秒もかからずに主の下に戻れます故」

 

 そう言って薄い笑みを浮かべるのは、水着姿ではなく、加えブラウスとパンツスタイルでもなく、いつも通りの和服の重ね着をした姿のシオン。重ねて纏った衣に吹きかかる潮風も、夏の暑さも、彼女にとっては不快には成り得ない。

 

「ほぅ。では、忘れものでも致しましたかな?」

 

「いえ、ただ我が主―――レイ・クレイドルから貴方に伝言を預かっておりました為、こうして参じた次第です」

 

 そう告げてから、シオンは自らの金色の尾の一房を分離させる。

 帝都の騒乱の折に使用した『尾分け』の術。そうして分離させた尾は変化を行い、煙の中からレイの姿が現れる。

一分の差異もない、完璧な姿のレイの姿の”ソレ”は、そのままシオンが預かった伝言を紡いでいく。

 

 

『さて、何から言ったモンかと一応悩んだんだがな、取り敢えずメシは美味かった。そこだけは感謝するよ。休日にしては、まぁ上々な時を過ごす事ができた。学生としちゃ満足だわな。

 ―――ま、でもそれとこれとは(・・・・・・・)話が別だ。このままスルーして帰るとお前、「もしかしてバレなかった?」とか言って調子乗るから釘だけは刺しておくぜ』

 

 どこまでも不敵で、尊大な物言いをするその姿に、しかしアルフドは怒りを露わにしない。

それどころか、浮かべていた笑みを更に深くした。

 

『本当は直接言ってやっても良かったんだが……委員長に免じて(・・・・・・・)黙っておく事にした。アッチは、未だにヴィータの認識阻害の呪いが解けてねぇみたいだからな。お前の存在が先に明るみに出るわけには行かねぇだろ。寛大な俺の処置に感謝しろよ、変態』

 

「―――やれやれ。何だ、最初から全部お見通しだったんじゃないか」

 

 アルフドの口から出て来たのは、先程までの老人特有の皺がれた声ではなく、若々しい男性の声だった。

 その声と共に、立ち姿が巻き上がった煙に包まれる。およそ数秒後、収まったそこに立っていたのは、老人などではない、一人の美麗な青年だった。

 

 白金色(プラチナ)の髪に、眉目秀麗な好青年。身を包むのは純白の貴族服と同色のコート。

 凡そ、夏空の下で晒すような格好ではなかったが、その青年は汗の一つも見せる事なく、ただただ涼し気な微笑を湛えている。

 

「ん、流石は僕の認めた同士だ。見破られていた―――というよりは多分最初から分かっていたね、アレは。だって僕には一切話しかけてこなかったもの。シカトって意外と辛いね。

 でもおっかしいなぁ。一応変身魔法と幻術には一家言あるつもりなんだけど。カンパネルラ師匠からグーサイン貰えるレベルには達してたんだよ?」

 

「……姿形と雰囲気までは誤魔化せても、漏れ出る魔力の”質”までは誤魔化せません。その証拠に、最後の方はエマ殿も”違和感”レベルでは感じ取られていたようですが?」

 

「あ、それはヤバかったね、うん。折角無理言って潜り込んだのにバレたらお仕置きじゃ済まないよ。―――ま、それも良いけどね‼」

 

 お仕置き、という単語に目を輝かせて息を荒くする青年の姿にシオンは眉を顰め、しゅるりと生やした尾の一房で青年の左頬を殴りつける。

 そのまま数メートルほど吹っ飛んで行ったのだが、まるで懲りていないどころかシオンの下まで全速力で駆け寄ると、ほぼ直角になるまで深々と腰を折り、爽やかな声色で「ありがとうございましたッ‼」と礼を述べる。

 その姿を更にゴミを見るような目で見下して見せたのだが、生粋のドMにとってそれは褒美にしかならない。無駄な事だと再度理解した後は、溜息を一つ漏らして変化したレイに先を促した。

 

『―――まぁ、今お前をどうにかする気は俺にはねぇさ。つーかどうにかしてもお前を喜ばせるだけだしな。このクソドMが、一回死んで性癖作り直して来い』

 

「やっぱレイって最高だよね。生粋のドSとか中々見られるモンじゃないよ」

 

「……私としては生粋のド変態を二人も相手にしている主が不憫でなりませんなぁ」

 

『おいド変態、ちゃんと話を聞きやがれ。どうせ興奮してんだろ、鎮まれクソが。

 ―――真面目な話、策謀と手回しなら俺よりテメェの方が数段上だ。伊達にカンパネルラの名代で≪執行者補佐(レギオンマネージャー)≫やってるワケじゃねぇだろうしな。

だから、今は見逃してやる。正直、俺はザナレイアの野郎を殺せればそれでいい。テメェの策が俺達を、トールズを巻き込むようなら帝国をウロチョロしてるブルブラン(クソ野郎)共々磔刑に処すからそこは覚悟しとけ』

 

「君が言うと冗談に聞こえない……というかマジなんだろうなァ」

 

「主はご自身の周りを意味もなくウロチョロされるのが事のほかお嫌いですから」

 

 肩を竦める青年を他所に、レイの伝言は続く。

 

『ま、そういうこった。テメェが何をやらかすか、ってのは何となく分かってるつもりだから、俺は口は出さねぇよ。

関係ない人間にまで手ェ出そうってんなら子飼いの連中共々一人残らず首吹っ飛ばすから”忠告”だけはしておけ。―――そんじゃ、次はもうツラも合わせない事を無理だと分かってても祈っておくぜ』

 

 そこで伝言は終わり、術も解けてシオンの中へと戻る。

 元≪執行者≫が脅しも含めて言い放った”忠告”を受けて、しかし青年はそれでも動じた様子は一切見せない。

 その様子を見て、シオンはやや呆れるように息を吐いた。

 

「―――帝国で巡らせた策は、今のところ”予想通り”と言ったところですか? 貴方方にとっては、あの≪帝国解放戦線≫とやらも使い勝手の良い手駒の一つ。貴方方が資金を、技術を、人材を提供して漸く≪鉄血≫の首に手が届くかどうか、といったところでしょう?」

 

「いやいや、僕は彼らの事を見下してなんかいないさ。到達地点、目標は同じだ(・・・)

 ただ、彼らとは確かに取る手段が違う。ギリアス・オズボーンが人智を超える程に手強い事なんて百も承知の上だ。それこそ―――僕が十余年の月日を掛けて”仕込み”をしたんだから」

 

「…………」

 

 人間と言う生き物は恐ろしいものだ。移り気な妖魔や神々らとは違い、己の目標、仇討の為ならば、寿命の続く限り執念を燃やす事ができる。

 或いは数年、或いは十余年、時には世代を超えて妄執を受け継がせる。それは、シオンも充分に理解していた。

 故に、その可能性に惹かれるのだ。定命の定めに縛られた脆弱な種族が、その命の続く限り情熱を燃やし続ける様というのは、見ていて決して飽きるものではない。

 

「そろそろクロスベルでも”動く”頃合いだ。揺り籠から目覚めた零の至宝が覚醒する手筈が整いつつある。もう止められないよ。

例え貴女が動いてもね。聖獣さん」

 

「……主の式となる事を決めた時点でその役目はほぼ放棄したも同然ですがね。そも、至宝の下には神狼が侍っています故、私が出る幕などありますまい」

 

「だろう、ね。あぁ、言っておくけど僕はあちらの事に関しては何も知らない。僕が知っている事があるとすれば、それはもうレイが知っているような事ばかりだ。だから、何も知らない」

 

 それは暗に、レイの推測が正しいものである事を示唆していた。その確定情報そのものが口止め料……否、彼の性格からしてこれは本当に友誼のよしみのようなものなのだろう。

 

「僕としても、できる限りレイとは敵対関係でいたくはないんだ。貴女も分かるだろ? 彼は、敵に回すととんでもなく厄介な人物だよ。一対一(サシ)で戦おうものなら、ちょっと魔術を齧った程度の僕なんて一瞬で胴体泣き別れさ」

 

「何を仰います≪錬金術師(アルケミスト)≫。稀代の魔女から薫陶を受けた貴方が、そう易々と屍を晒すとは思えませぬな」

 

 半ばからかうようにシオンがそう言うと、青年は「だーかーらー」と僅かにしかめっ面になってそう返した。

 

「その名前、あんまり好きじゃないんだよねぇ。いや、ホント。クロイス家のお嬢さんとかに睨まれるし……ま、我々の業界ではご褒美ですけどね‼」

 

「ブレませんなぁ」

 

「こんな性格だから嘘塗れに見られるけど、あいにくこの性格だけはガチだからねぇ」

 

 魔女って基本ドSが多いんだよ、と、聞いてもいない事をとても良い笑顔で言い放つ。

 これ以上このとりとめのない話を続けるのも意味がないため、シオンは話題を切り替えた。

 

「……貴方が今回、館の管理人と偽って此処に来たのは、Ⅶ組の方々を視察するためですか?」

 

「あぁ、うん。そうだし、そうでもないとも言える。と言っても戦力とかそういうのは全く見てないよ? あくまで僕が見ていたのは人間関係。

 後は……まぁ、個人的な用事かな」

 

「やはり、『煌琳館』は皇族の管轄ではなかったのですね」

 

「ユミルの『鳳翼館』とかを始めとして、各地の皇族の別荘地は皆その土地の貴族が管理してるのさ。

あ、因みに本当の管理人にはバカンスに行って貰ってるよ。三泊四日で」

 

「抜かりはない、と。―――個人的な用事と言うのは、やはり」

 

「あまりそこは聞かないでくれるかなぁ。僕としても恥ずかしい事をしてるって自覚はあるからね」

 

 その言葉を聞けた時点で、シオンとしてはもうこの場所に留まる理由もなくなった。

 彼は、本当に今回何もしていない(・・・・・・・)。≪執行者補佐(レギオンマネージャー)≫や使徒第二柱の補佐官としての役割もそこそこに、彼はただ、観察して、見守っていただけなのだ。

 それ以外の行動を見せようものなら、即座にレイが動いていただろう。元同僚という事で同じく勘付いていたシャロンも、動くことに躊躇いはなかったに違いない。

 

「左様ですか。―――では私はこの辺りで。

 貴方の企みはまだまだこれからのようですが、できれば主の逆鱗に触れない事を祈っておりますよ」

 

「勿論。言った筈だよ。僕は、僕が直接関わっている場所では彼に敵対する理由も根拠もない。

もしよしんば彼の逆鱗に触れる事があったのなら……それは僕の落ち度じゃなく、彼自身が”変わった”という証明だね。嬉しくもあり、悲しくもあるけれど」

 

「本当に、まるで友人のような言葉を掛けるのですな。

 まぁ、私が出張るような事ではありますまい。それではさようなら。ルシード・ビルフェルト卿」

 

 そんな別れの言葉を残して、シオンは金色の粒子を残して実体化を解いた。こうなってしまっては、追跡魔術もそこそこ齧っている青年―――ルシードであっても捕捉は限りなく困難だ。

 それをするつもりも、最初からないのだが。

 

「特科クラスⅦ組、か。カイエン公は所詮学生だと侮るだろうけど、これは中々曲者揃いだな。そうは思わないかい? ケット・シー」

 

『うむ、未熟だが、未熟なりに精進をしている。ああいった手合いの若者は、伸びしろが不明瞭な分厄介極まりないぞ』

 

 ルシードの独り言のような言葉に応えたのは、いつの間にか彼の足元に侍っていた白毛の雄猫。どこか気品も感じられるそれは、流暢な人語で以て解答とした。

 魔術師、否、魔法使いとしての相棒でもある使い魔(ファミリア)。エマ・ミルスティンの相棒であるセリーヌがそうであるように、この白猫、ケット・シーもまた、ルシード・ビルフェルトという人間の相棒に他ならない。

 

『それに、ふむ。エマ嬢は随分と成長したようだ。里に居た頃は、同族と言えど魔力探知が出来る程の実力は備えていなかった筈なのだが』

 

「ヴィータが色々とちょっかい出した結果かな? まぁ、僕としたら僥倖だ。充分な才覚を持っていた彼女が、あのまま姉の陰に隠れているのを見ているのは忍びなかったからね」

 

『……本当に、それだけの理由か?』

 

 相棒の、相棒であるが故の図星を突く問いに、ルシードは一瞬だけ目を丸くしたが、すぐに悪戯っぽく人差し指で口元を抑えた。

 

「どうだかね。僕でも、今はまだ分からないんだ」

 

 奏者であり、道化でもある青年は、そう言って静かに嗤うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





つい先日書き上げたレイの剣の師匠、カグヤさんのイラスト。
何だか誰かに似てるなー。誰だろうなーと思いながらボーッとアニメを見ていましたら気付きました。

あ、ヘヴィー・オブジェクトのフローレイティアさんに似てるんだコレ。

というわけでイラストを添付します。


【挿絵表示】







あと、『東京ザナドゥ』終わらせました。
……ED近くは卑怯だろ、アレ。思わず泣きそうになりましたわ。


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