英雄伝説 天の軌跡 (完結済)   作:十三

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こんばんは。ただ今Fate/GOでキャス狐ちゃんを出すために課金するか否かをガチで迷っている十三です。


では前書きですこし告知をさせていただきます。

感想欄で少し申し上げたのですが、今後、キャラのアイデア、設定などをご応募して下さる際は、自分宛てにメッセージを送って下さるか、もしくは以後設置する活動報告欄でお知らせいただけると幸いです。
アンケートっぽくなってしまいまして、運営様からそろそろ通知が来るのではないかと心配して下さった方がいらっしゃいまして、こうして連絡させていただいた所存です。

アイデア自体はとてもありがたく、参考にさせていただいております‼
特に≪マーナガルム≫キャラ関係で何かアイデアがございましたらお知らせいただけると大変ありがたいです。ホント、ここは穴が多くてですね。



では皆様方、”Welcome to the hell”―――”地獄へようこそ”をお楽しみいただければと思います。





Welcome to the hell

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっほー、Ⅶ組のみんなー‼ ひっさしぶりー♪ 

あ、おにーさんも久しぶりー♪ 会いに来たよー♪」

 

「おう、バカンス終わったばっかだってのに頭痛のタネぶっこんでくんのやめーや」

 

「凄い。全身から「ヤベェ、厄介事が来た」ってオーラが噴出してる」

 

「……実際それに近いからフォローはできんな」

 

 

 8月18日、レイ達がバカンスを終え、トリスタに帰って来た数日後。

 通常授業が再開する中、朝のHRに遅れて来たサラの「今日は転入生を紹介するわよー」という言葉と共に元気よく教室に入って来た少女に、レイは呆れるよりも先に机に突っ伏して抗議の意を示していた。

 

 フィーよりも小さな体躯に、水色のショートカットヘアー。癖の強い髪の上には、黒い帽子を乗っけている。

 来ている服こそ違っていたが、その容貌を見間違える筈もない。ただしそれは、ノルド高原の実習に行っていた者に限るという条件が付くのだが。

 

「あ、初めてのヒトもいるから一応自己紹介するね。

 ボクはミリアム。ミリアム・オライオン。そしてこっちが―――」

 

 パッと、勢いよく左手を掲げると、彼女の左後方の空間が歪み、一体の人形兵装が姿を現した。

 

「”アガートラム”。ガーちゃんって呼んであげてねー」

 

「Γ・ΘηβγΝ」

 

「……何故だ? 普通ならここで驚いてしかるべしなんだろうが、全く驚けない」

 

「驚き慣れちゃったんじゃない? 主にレイ方面で」

 

「「「あ、それだ」」」

 

「相変わらずみたいだねー、お兄さんやお姉さんたち」

 

「改めて思うけどⅦ組(ウチ)って小さい子の教育に大変よろしくないと思うな」

 

「なにを今更」

 

 自覚もない内に徐々に人間離れして来ているという事に改めて意気消沈しかかるが、今はそれについて悩んでいる時間ではない。

 彼女が―――≪帝国軍情報局≫に所属している人間がトールズ士官学院の、それもⅦ組に編入して来たという事実をただの偶然だと思う程、彼らは甘く育てられてきていない。

 

「(オズボーン宰相の差し金か……)」

 

 内心でそう推測したリィンだったが、その思惑の深い所までは読み切れない。

 逆にレイはと言えば、机に突っ伏した状態で僅かに口角を釣り上げていた。

 

 国内防諜担当の『第一課』に所属する人間を編入という形でⅦ組に潜り込ませた意図。あの≪鉄血宰相≫に至って、それがただの気紛れであろう筈がない。

 監視と諜報。勿論それが全てではないだろうが、そう言った意味合いでミリアムという人材を寄越したのであろう事は既に分かっている。

 

「(とはいえ、それだけ分かってりゃ警戒するだけ無意味(・・・・・・・・・)だわなぁ)」

 

 何をしでかすか分からない輩には、必要以上の警戒心を持って接するのがレイのやり方だ。

元より性善説などという言葉を信じていないからこそ、人と接する時はまず疑ってかかる。足元を掬われないように、かと言って疑心暗鬼になり過ぎないように。その絶妙なラインを見極めるのは、意外と技術を要する。

 このクラスの中でそれができるのは、レイを除けば、幼い頃から大人の世界の醜悪さと、本音と建前の違いを身を以て理解して来たアリサとユーシス。

 が、今回はそこまで気合いを入れて警戒はしなくても良いだろうと結論付けていた。それは決してミリアムの諜報員としての力量を侮っているわけではなく、状況に基づいた分析。関わらなくても良い所に気を張って疲弊するのは、時間と体力と精神力の無駄だろう。

 それよりも―――

 

「ねぇねぇ。ボク、お兄さんの後ろの席がいいなー」

 

「おいやめろバカ。お前絶対授業に飽きて来たら前の席の奴の首筋をペンで刺しに来るタイプの奴だろ。というかお前背が小さいんだから前の席にしとけ」

 

「えー? ぶーぶー、お兄さんだって小さいクセにー。ねー、ガーちゃん」

 

「Ε・ΨΛΣερГβτχθ」

 

「おう木偶人形、テメェ今「そうだよね。人の事言えないよね」つったろ‼ ブッ壊すぞ‼」

 

「ちょっと待て‼ ホント待て‼ 幾つかツッコミどころはあるけど一番気になった事を聞くぞ。お前あの言葉分かるのか⁉」

 

「んなモン、フィーリングに決まってんだろうが。間違っちゃいない筈だがなぁ」

 

「凄いねお兄さん、当たってるよ」

 

「……もしかしてレイさんって外国に行っても自国語で押し通すタイプの人ですか?」

 

 そんなやり取りを数分程繰り返し、結局ミリアムは前列の席に座る事となった。ついでにアガートラムの室内召喚禁止令も発布され、彼女は多少不承不承といった具合で、指定された席に座る。

 心労を感じずにはいられない一同ではあったが、ともあれこれで不意打ち気味のイベントも終わったものだと安堵していたのだが、出入り口の扉がまだ開いたままである事が気になった。

 

「……サラ教官? 扉が開いたままなのですが」

 

「うん、もう一人いるのよ。もーいいわよ。入って来なさい」

 

「ういーっす」

 

 サラの声に応えたのは、リィンやレイにとっては聞き慣れた声だった。

 その後に入って来たのは、額にバンダナを巻いた、平民生徒の制服を纏った長身の男子学生。

 

「あれ?」

 

「2年の……アームブラスト先輩?」

 

 エマが呟くようにして言うと同時に、いつものような人懐っこい表情を浮かべたお調子者は、教壇の近くまで歩いて来てから自己紹介を行う。

 

「えー、クロウ・アームブラストです。今日から皆さんと同じⅦ組に参加させていただきまっす。―――ってなワケで、よろしく頼むわ♪」

 

 そんなマイペースな自己紹介に呆気にとられる一同の中で、真っ先に口を開いたのはジト目のフィー。

 

「……留年」

 

「へいタイム。違う、違うっての。まだ(・・)留年したわけじゃねぇから」

 

「―――あ、なるほど」

 

 その解答で、何故クロウが此処に来たのか分かってしまったレイは、右手でペン回しを手慰みながら、そこまで興味がないとでも言いたげに模範解答を叩きだす。

 

「要は、1年の時の単位が幾つか足りなくてこのままだと留年必至だからⅦ組(ここ)に来た、と。他のクラスだとカリキュラムの妨げになるけど、基本少人数で回してるⅦ組ならそこまで弊害にはならんからなぁ」

 

「ん、正解。このバカ、去年の単位幾つか落としててね。泣きついて来たってワケよ」

 

「それ控えめに言ってもかなりマズい状況じゃないですか」

 

「自業自得の典型例だな」

 

「……反面教師」

 

「もしもーし。一応俺先輩なんだが……」

 

 その控えめな反論に、一同は同時に顔を見合わせると、一つ頷く。

 

「クロウ先輩」

 

「生憎、このⅦ組は実力主義です」

 

「それに、クラスメイトになるのなら」

 

「先輩も後輩も関係ない」

 

「努力をしなければ地獄を見る」

 

「努力をしても結果が出ないと地獄を見る」

 

「留年なんてしたら、怒られるなんてものじゃないです」

 

「真面目にやるのが吉」

 

「それが嫌なら、今からでも多分他のクラスに行った方が良いです。ハイ」

 

「ま、死に物狂いで着いて来れば1ヶ月で慣れるわなぁ」

 

 

「お前らホント何なんだよぉ‼」

 

「あはは。クレアが言ってた「頑張って下さいねミリアムちゃん。……いえ、これ本当に」ってのはコレかぁ」

 

 

 断末魔の叫びと、興味深そうな声が重なり、特科クラスⅦ組は新たな仲間を二人受け入れた。

 二人の内、断末魔の叫びをあげたクロウは後に語る。「いや、あの時はマジで怖かった。……ホントな? ホントだかんな」―――と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 

 

 

 

 とはいえ、新しく仲間を受け入れたその日からⅦ組の”洗礼”を受けさせるほど、レイは非情ではない。

 一日しっかりと授業を受け、放課後はそれぞれ属しているクラブの方へと足を運ぶ仲間達を見送りながら、帰宅部のレイは夕日を眺めながら帰路に着く。

 

「~~♪ ~~~♪ ~~~♪」

 

 口笛を吹きながら校門前の坂を下っていると、突然背後から服の裾をクイッと掴まれた。

 振り向いてみると、頭一つ分下の所に変わらずの笑顔を浮かべた少女が立っていた。

 

「おにーさん、帰るの?」

 

「ミリアムか。まぁな。今日は俺が夕食を作らなきゃならんから……そうだ。お前、好きな食べ物とかあるか?」

 

「え? 作ってくれるの⁉」

 

「編入祝いだ。出来る範囲なら、まぁ何でも作ってやるよ」

 

 運が悪い事に、シャロンは今ラインフォルト社の方に業務の関係上戻ってしまっているため、夕食当番は一時的にレイに戻っている。

二人の指導の下、調理技術を学んでいる所為か、他のメンバーもそこそこ料理ができるようになっていたのだが、それでも料理の技術というものは一朝一夕でどうにかできるようなものではない。得手不得手が生まれてしまうのは仕方のない事だった。

 そんなレイは帰路に着いているこの時も夕飯の献立を決めかねていたため、気付けばミリアムにそんな事を提案していた。

 

「えっとね、えっとね。オムライスでしょ、スパゲッティでしょ、あとビーフシチューにハンバーグ―――」

 

「ストップだ。スマン、俺の言い方が悪かった。主菜と副菜だけ決めろ。そのリクエストの全てに応えたら金がかかり過ぎる」

 

「えー? じゃ、じゃあちょっと待って。考えるから」

 

「んじゃ、座ってゆっくり考えろや」

 

 そう言ってレイは、商店街の中心にある公園のベンチに腰掛け、ミリアムに隣の席を促した。

 うむむと言いながら悩むミリアムを横目にボーッと夕焼けの空を眺めていると、不意に「ねぇ」という言葉が掛けられる。

 

「今更なんだけどさ、どうしてお兄さん……いや、お兄さんたちってすんなりボクを受け入れてくれたの?」

 

 先程までの歳相応の声色とは違う、どこか大人びたようなその言葉に、レイは一瞬だけだが、どう返していいか迷った。

 人を疑う事を覚えろと、そう言った彼自身がなんの軋轢もなく彼女を受け入れたのは、偏に「疑う事そのものが無駄だ」と判断したからに他ならないのだが、本音の底まで突き詰めると、理由はそれだけではなかったりする。

 ”彼女”とは全てが対照的だ。同じ場所で生まれた”個体”である筈なのに、まるで光と影、白と黒といったように正反対の性格を持つ。

双子の姉妹であっても性格が対照的だという話は珍しくもないが、こと”彼女ら”に至っては、普通の生まれ方をして来たわけではない。

 胎児であった頃に浮かんでいたのは、緑色の溶液で満たされた鉄の子宮。産まれた後も完全な管理下の下で”教育”を受けて、そして”出荷”される。

非人道的な行為のオンパレードであった”あの場所”で生まれ育った存在だというのなら、僅かであっても同情を感じてしまう部分がある。それが一方的な感情の押し付け合いだと、理解している上での考えではあったが。

 

 だからレイは、ミリアムの頭の上にポンと手を置く事で答えとした。

 

「いいんだよ、ンな事お前が考えなくても。生憎、ウチの人間はなんだかんだでお人好しの集まりだからな。お前を≪情報局≫の人間だと知った上で、それでもクラスメイトとして受け入れるくらいの器のデカさは持ってるんだよ」

 

「……それって」

 

「あぁ、本当ならあんまり褒められた事じゃねぇだろうよ。諜報部の人間を頭ごなしに信用する事がどんだけヤバいかってのは俺は良く知ってるつもりだ。

 でもよ、別に俺達は参謀本部にチクられるような後ろ暗い事はやってねぇワケだ。だったら必要以上に警戒する事以上に馬鹿らしい事もねぇわ。―――それに、お前だって学校に通うのは初めてなんだろ?」

 

 そう問いかけると、ミリアムは小さく頷いた。

 

「ならまぁ、お前に楽しい学校生活を送って貰いたいっていう俺達の親切心だとでも思っておけ。お前が”上”から命じられた仕事には目を瞑るし、直接実害が来ない限りはスルーしてやるからよ、好きなように過ごせばいいさ」

 

 ベンチの背に体を預けながらそう言い切るレイの姿を見て、ミリアムは先程までの笑顔を取り戻した。

 

「あはは。やっぱりクレアが言った通りだ♪」

 

「……なんて言ってたんだよ」

 

「「レイ君はミリアムちゃんにとってお兄さんみたいな存在になるかもしれませんね」だって。うん、確かにそうかも」

 

 勘弁してくれ、と言いかけたものの、それを面と向かって拒否する事は躊躇われた。

 ”彼女ら”は便宜上は姉妹という括りで製造されるが、顔を合わせる事はない。言うなれば、天涯孤独の身の上のようなものなのだ。

 聞く限り、レクターやクレアなどには可愛がられているようだが、それでもどこか思う所があるのかもしれない。妹分のような存在は今まで二人ほどいたが、それが三人になったところで何も変わりはすまい。

 

「好きにしろ。甘やかしはしないけどな」

 

「うん、そうさせてもらう♪ あ、じゃあさじゃあさ。ちょっと聞いてもいい?」

 

「何だ?」

 

「さっきお兄さんが口笛で歌ってた歌。あれってなんて曲なの? 結構綺麗なメロディでボク気に入っちゃった」

 

 はて、と思い返してみて、確かに口笛を吹いていた事を思い出す。

 元々、無意識で吹いているようなものだ。行動そのものを忘れかけていたが、チョイスしていた曲の名前はしっかりと覚えている。

 

「あれは、俺の親友が好きな曲でな。元々帝国の伝統的な曲の一つなんだが、あいつはこれをハーモニカで良く吹いてた」

 

「へー」

 

「曲名はな、『星の在り処』ってんだ」

 

 思わず哀愁が漂うような、夕焼け空の下にいるとつい口遊みたくなる曲の名前を口にするレイの表情には、どこか誇らしげな笑みが浮かんでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 

 

 

 時間は経って、月の光が窓から差し込んでくる頃。

 レイは自室にて、一人集中力を要する作業に没頭していた。

 

「…………」

 

 無言のままに愛刀の刃を砥石の上に滑らせ、シュッシュッという小気味の良い擦過の音が響く。

 普段、剣士としては”動”の一面を見せる事が多い彼だが、毎日欠かさず行っているこの作業の時だけは、決まって心の中を完全に空にしている。

 何も考えず、何も感じない。ただ白刃を研ぎ澄ます事だけに全神経を集中させ、しかしその行為にすらも特段思考を割いているわけでもない。

 いわば、記憶細胞の一つ一つにまで刻まれた慣習だ。恐らく目を瞑っていても、レイは己の手を斬るようなヘマはしないだろう。

 

 ≪穢土祓靈刀(えどはらえのたまつるぎ)布都天津凬(ふつあまつのかぜ)≫。この世界軸とは異なる”外の理”にて鍛えられた超越兵装の一つ。

 ≪八洲天刃流≫を修めた後からのレイの愛刀として彼を支え続けた無二の相棒とも言える存在は、決して刃毀れする事のない長刀。

 刀そのものが意志を有して”穢れ”を払う能力。故にこの刀は劣化する事無く、手に渡ったその時から変わらない煌びやかさを今も映し出している。

 

 そのため、本来ならば刀研ぎなど必要としない。例えどんなに乱暴に扱おうが、折れる事も毀れる事もないのだから。

 だが、それでもレイは毎日欠かす事なく愛刀を磨き続けている。それは義務感などという薄っぺらい感情から行っているものではない。

 

 ―――剣士とは、剣と共に在るべき者。

 不毀の剣を有したという、ただそれだけの事で(・・・・・・・・・)剣への感謝を忘れ、剣技のみを追い求めるようになった時。それが、剣士としての崩壊であり、死である―――レイは、師よりそう教わっていた。

 ほぼ全てに於いてフィーリングで、感覚のみを頼りに時に理不尽な逆境を以て剣技を叩き込まれた身ではあったが、それでも、その言葉だけは色褪せる事無く脳の中に残っている。

 特に、この刀は比喩でも何でもなく”意志”を持つ。一度拗ねる(・・・)と色々と面倒臭いという事は今まで身を以て知ってきた。

よく「銃は女と同じ。常日頃から手入れ(相手)しないといじけてしまう」という言葉は聞くのだが、この刀を手にした時は、よもや本当に声が聞こえる(・・・・・・・・・)事になるだろうとは微塵も思っていなかったのだから。

 

「―――っと」

 

 刀身を浮かせ、研ぎを終える。

 仕上がりを確かめる事はできない。常に最上級の状態を保っているため、どんな一流の職人が手掛けたところで結果など変わらない。

 だが刀曰く(・・・)、ただの道具ではなく、かけがえのない相棒として扱ってくれるその思いやりの行動こそが原動力になるらしい。初対面の人間が聞けばまず間違いなく首を傾げるであろう事ではあるが、それでもレイは丹念に相棒を磨き上げるのだ。

 その作業を終わらせた時、不意に部屋のドアがノックされた。

 

「クロウか? 入っていいぞー」

 

「ん? あ、あぁ」

 

 納刀しながらそう応えると、僅かに困惑したような声色のクロウが入室してくる。

そんな彼の姿を横目で見ながら、レイはゆっくりと立ち上がった。

 

「何で俺だって分かった?」

 

「足音で大体分かる。年季入ってる建物だから、音は良く響くからな。身長、体重、足の運び。それだけで判別はつくモンだ」

 

「はー。そりゃスゲェ。達人級の武人ってのはそこまでスゲェのな」

 

「師匠だったら五感塞がれてても余裕で察知するけどな。あの人人間やめてるから」

 

「……お前の基礎を作った人間だって想像するとうすら寒くなるわなぁ」

 

「そう言わないでやってくれ。悪い人じゃない。……悪い人じゃあないんだ」

 

「なんで二回言ったし」

 

 そうしないとたまに師への感謝を忘れそうになる、という事は言わないでおいた。

 

「んで、どうして俺の部屋に? ここを訪ねて来る好き者なんてリィンとサラにフィーくらいしかいねぇぞ」

 

「ま、細かい事はいいじゃねぇか。折角向かいの部屋になったんだからよ。挨拶みたいなモンだよ」

 

 カラカラと笑うクロウを前に、レイはご苦労さんと言わんばかりに肩を竦めた。

 敬語や呼称について変わっているのは、クロウからの「先輩とか後輩とか抜きにしようぜ」という提案に沿ったからであり、レイだけでなく、大半のⅦ組のメンバーはすでに順応していた。

例外と言えば根本がバカが付くほどに生真面目なマキアスと、普段から丁寧な言葉遣いをしているエマくらいのものだろうか。

 

「あ、そうそう。メシ美味かったぜ‼ あれ全部お前が作ったんだろ?」

 

「今日は委員長とエリオットが手伝ってくれたがな。まぁ一応大部分は俺だが」

 

「はー、いいねぇ、羨ましいねぇ。俺もツマミ程度は作れるがよ、これからはいつもあんな美味いメシを食えるって考えるとそれだけでテンション上がるわ」

 

「あぁ、いつもならシャロンがいるからこれよりグレードは高いぞ」

 

「マジでか。最強じゃねぇか。いやー、太りそうで怖いぜ」

 

 その言葉に、レイがピクリと反応した。それと同時に、ユラリと不穏なオーラを身に纏う。

そのただならぬ雰囲気を察したのか、クロウの表情が固まった。

 

「太りそう? 太りそう、か。ふっ、なるほどなぁ」

 

「え? ちょ、ま、俺今なんか地雷踏み抜いた?」

 

「いんや。ただまぁ……地獄の見せ甲斐があるなと思っただけだ」

 

「なぁちょっとホントやめようぜ⁉ その話題になるとなんだか俺の中の本能がざわめき出すんだよ‼ 絶対関わるなって危険信号全開なんだよ‼」

 

「じゃあちっと話題変えるとするか。クロウ、お前夕食の時にウチの女子勢を見てどう思った?」

 

「は?」

 

 そう問われ、クロウは脳内で数時間前の事を思い出す。

 おかしな事は特にない。が、少し変に思った事は確かにあった。

 

 普通、この年頃の女子というものは、まぁ個人差は勿論あるが、体系をベストに整えようとしてあまり食事を摂らない事が珍しくない。

クロウが第二学生寮に居た頃も、そう言った理由で食べ過ぎないように気を使っている女子は何人もいた。

 だがⅦ組の女子勢は、まるで成長期の男子もかくやという程の量の食事を普通に平らげていたのだ。食べ方そのものには女子特有の品性が感じられるものの、とにかく量の多さとスピードが速い。まるで何かに追い立てられているような、そんな雰囲気すら感じさせた。

 

「アイツら、ああいう感じで入学から4ヶ月くらい変わってねぇのよ。それでも本人たち曰く、太るどころかむしろ痩せたらしいぜ」

 

「……待て、それってまさか」

 

「―――単純な話、食わないと死ぬんだよ。カロリー不足で」

 

「だからやめろっつってんだろぉ‼」

 

 肩を掴み、必死の形相で揺さぶって来るクロウを、しかしレイは憐みの表情で対応する。

 

「諦めろ。Ⅶ組に来た時点で戦列の中に既に組み込まれてんだ。途中参加だろうが何だろうが一切合財関係ない。特別実習にも同行するってんなら、本当の意味であいつらと轡を並べて戦えなきゃ意味がないからな」

 

 その心配は杞憂であるだろうとは思っていた。

 ミリアムは末席とはいえ≪鉄血の子供たち(アイアンブリード)≫の一人。戦闘訓練くらいは積んでいるだろうし、クロウとて、Ⅶ組の原型を作るために一年前は特別実習と同じような事をしていたのだと聞いている。つまり、実力の”基礎”的な部分は問題がない筈だと踏んでいた。

 しかしだからと言って、これからやる事を変えるわけでもない。

 

「明日は実技教練の日だ。安心しろ、例え気絶してぶっ倒れてもどうせ授業が終わったら放課後なんだ。ひきずって寮に連れ帰ってやるからよ」

 

「怖い怖い怖い‼ 一体何させる気だよ‼」

 

 心底怯えた表情で叫ぶクロウに対し、レイは再び笑みを見せる。

 ただしそれは、向けられた人間が安らぎを覚えるようなものでは決してなかったのだが。

 

「地獄を見てもらうんだよ。アイツらも全員が通った道だ。―――まさか後輩に格好つかねぇ姿を晒すような人間じゃないよな。なぁ、クロウ・アームブラストよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 トールズ士官学院のカリキュラムに照らし合わせると、特科クラスⅦ組の実技教練の日程は月・火・木の三曜日。

その中でも木曜日は5、6限目。つまり一日の終わりの授業となる。夏の時期真っ盛りである事も幸いしてそれほど暗くならず、黄昏時の中で授業が行われる事となる。

 

「ん、全員揃ってるわね」

 

 いつもと同じ、サラの号令で授業が始まる。

 いつもと同じ緊張感、いつもと同じ”運動”へと望む雰囲気。ここ数ヶ月で、ここ数週間で確実に定例化したその空気は、本当にいつもと変わらない。

 違う事があるのだとすれば、グラウンドに並ぶ面々の中に、新参の顔が二つほど並んでいるという事だけだ。

 

「じゃ、いつも通り始めましょうか。準備運動ね。取り敢えず各自、いつも通り適当(・・)に走って来なさい」

 

 パンパンという手を鳴らす音と共に、そんな指令を下す。

 適当に、という何とも適当な指示ではあったが、Ⅶ組の面々はそれに従って走り出す。―――各々の得物を持ちながら。

 

 

「あー、良かった。出だしは普通で安心したぜ。てっきり後ろから追尾式の拷問器具でも置かれてデスパレードに参加させられるかと思った」

 

「……取り敢えず俺達が他のクラスの人からどう思われてるのかは分かったよ」

 

 二丁拳銃を持ちながらリィンと並走するクロウは、そんな事を独りごちる。それに対してリィンは、左手に太刀を持ちながら苦笑すらできずに応えた。

 

「そういや、これってどれくらい走ればいいんだ? サラ教官は適当に、って言ってたけどよ」

 

「決められてない。10分経ったらサラ教官から合図があるけど、それまでどれくらい走るかは本当に一人一人に任されてる。体の具合が悪い時なんかは、全く走らないって選択肢もアリだよ」

 

「へぇ、そいつはまた」

 

 普通の学校でそんな事をしようものなら、その寛容さにかこつけてサボる者も出てくるだろうが、他ならないⅦ組でそんな事を考える馬鹿者など一人もいない。

 意識の高さも勿論あるが、サボった事がバレようものならば―――どのような制裁が下るかという事を理解してしまっているからだ。

 

「随分と自主性に富んだ方針みたいだな」

 

「サラ教官曰く、もうⅦ組(ウチ)は学院のカリキュラムから逸脱しかけてるらしい。だから、型に嵌めるより自主性に任せた方が良いんだとさ」

 

 それを踏まえて考えると、確かにこのランニング一つをしてみても生徒の力量を図っているとも言えた。

 自身の体調を見極め、自身の体力の底を見極め、諸々を把握した上でペースを完全に管理して走る。距離が指定されていないのは自主性を重んじるというよりかは、”自分の限界くらいは自分で管理しろ”というありがたい言葉の具現であるとも言えた。

 逆に言えば、その程度もできずに息も絶え絶えになるようならばこの先の教練に参加する資格はないという事でもあるのだが。

 得物を持ったままに走るのは、それも実戦での状況を想定しているという事だ。もはや、ただの準備運動とは言い難い。

 そしてこの授業方法を提唱した一人は、今も絶好調に長刀片手にグラウンドを爆走している。

 

「……なぁ、アイツいつもどんくらいで走ってんだよ」

 

「いつもは30秒くらいでグラウンド一周。それでも本人にしてみれば全然本気じゃあないからな」

 

 引くような様子を見せるクロウとは違い、リィンはと言えばその驚異的な記録に特に感慨深いものは湧いていない。

 これはあくまで準備体操の一環に過ぎない。体をほぐし、温めるのが目的の運動で張り合う事ほど馬鹿らしい事はない。この後に、その機会は幾らでもあるのだから。

 

 そして10分が過ぎ、再び全員が集合する。その後はまた10分程かけて入念にストレッチを行い、身体の状態を万全に近づける。

 実戦に於いては、こうした”準備運動”は同じく実戦の中でしか行う事ができない。如何なる状況でも全力を出せる状態に仕上げておくというのがプロの鉄則というものだが、今の段階では、まだこうした準備段階が授業の中に組み込まれている。

 そうした時間が過ぎ、戦う準備が整った面々に向かって、サラは今回の授業内容を説明する。

 

「はいはい。いつもならここから無差別級乱取りやら紅白戦とかするんだけどね。今日は別よ。

 クロウ、ミリアム。ちょっと前に来て頂戴」

 

「へいへい」

 

「りょーかい」

 

 調子を崩すことなく声に応える二人。しかしその表情には、僅かばかりの緊張があった。

 

「もう知ってるでしょうけど、特科クラスⅦ組全体の戦闘方式ってのは他のクラスとは比べ物にならない程異質よ。

 前衛組、中衛組、後衛組に分かれての、チームワークを最重要視した戦闘。加えて、複数の命令系統も限定的ながら確立させてるわ。あのナイトハルト教官をして、状況判断の早さと応用力は正規軍の精鋭部隊に匹敵すると言わせたほどだから」

 

 連携の力こそが、Ⅶ組全体の強み。そこに個々の成長が加わる為、その強さの底は未だに不明瞭で、それ故に恐ろしい。

 彼らが”強くなりたい”という気概を抱き続けている限り、どこまでも強くなれる。

 

「そして、アンタ達二人がⅦ組に編入して来たという事は、その中に自動的に組み込まれるという事を意味してるわ。年齢も主義も身分も一切関係ない。強くなり続けるこの子達に一度でも弾かれたら、もう二度と追いつく事はできないわ。それは覚悟しておきなさい」

 

 まるで特殊部隊の訓練だ、と思ってしまうのは仕方のない事だ。少なくとも、士官学院とはいえ学生の身分で要求される事ではない。

 ここで理解の齟齬がないように言っておくと、サラを始めとした教職員一同は、決して強くなる事を強制しているわけではない。他ならない彼らが貪欲に強くなる事を求めなくなったのだとしたら、それを必死に押し留めるような事もしない。元より、学生のカリキュラムからは大きく逸脱した教育なのだから。

 だが、幸か不幸か、Ⅶ組に集まった少年少女は、皆一同にとことんまで負けず嫌いだった。自身が感じた不甲斐無さ、力不足を、”学生だからしょうがない”と、そう達観して考える事ができなかった意地っ張りの集まりだった。

 だからこそ、ここまで強くなれた。武器を持った事すら初めての人間がいた寄せ集めのクラスが、僅か4ヶ月程度で現役の軍人からも称賛を受ける程の精鋭へと変貌を遂げたのだ。元はといえば「強くなりたい」という曖昧な要望にサラとレイが応えただけだというのに、気付けばここまで強くなっていたのだ。

 

 故に、サラもレイも、彼らの成長を阻害するような要員は歓迎したくない。

 彼らの向上心に迎合する事ができなければ、端的に言って足を引っ張る原因にしかならない。だからこそ、それを見極めるのと同時に、その身の内に秘める”可能性”を引きずり出す。

 

「まぁ、覚悟は今からしてもらうさ。そのための番外授業だ」

 

 そう言いながらレイは前へ出ると、右手に握っていた愛刀をサラに預ける。そして、左手に持っていた袋の中からとある物を取り出した。

 それは、銀色に光る手甲(ガントレット)。物々しいそれを慣れた手つきで両手に装着すると、二人に向き直って不敵な表情を浮かべた。

 

「んじゃ、これからお前ら二人の”適性”と”限界”を調べるから付き合え。俺の武装は知っての通り長刀だが、ぶっちゃけそれだと何だかよく分からん内に終わっちまうから肉弾戦(コレ)で行かせてもらうぜ」

 

 ガァン‼ という手甲と手甲をぶつける音が響くのと同時に、闘気を感じ取った二人が頬に一筋汗を流しながら戦闘態勢に入る。

クロウは二丁拳銃を構えながらジリジリと後退して間合いを獲得し、ミリアムはアガートラムを呼び出して構える。それぞれがベストな状態で戦える位置に着いた事を確認してから、僅かに左足を後ろに移動させた。

 

「っ‼ ガーちゃん‼」

 

 その動きが何を意味するのか、それを理解する前に感覚的な恐怖を感じ取ったミリアムがいち早く指示を繰り出す。すると僅か数コンマ秒のインターバル後に、アガートラムの白腕が高速でレイの方へと繰り出された。

 危機察知能力、そしてそれに付随する判断能力は及第点。頭で考えるよりもまず行動するという事も、必要になる事がままある。それに関しては、ひとまず合格であると言えた。

 尤も―――それとレイに攻撃が通る事とは、また別の話なのだが。

 

「ほぉ、中々重い良い一撃だ。アタッカーとしては充分だな」

 

「―――お兄さん、どうやってやってるの? それ」

 

 アガートラムの一撃は、レイの右手一本で完全に受け止められ、威力を殺されていた。

傍から見れば無機質な腕と拳が当たっているだけに見えるが、衝突の衝撃で周囲の土が舞い上がり、土埃となって散布されている。2アージュを優に超す高さのアガートラムの攻撃を、身長160リジュに届かないレイが然程苦労もしていない様子で受け止めるなど、普通であれば有り得ない光景だ。

 だがレイは、何てことはないと言わんばかりの口調でミリアムの疑問に答えた。

 

「別に。ただ呪力と氣で瞬発的に筋力を上げてるだけだ。『フォルテ』や『ラ・フォルテ』みたいな身体強化魔法(エンチャント)と原理は変わらねぇよ」

 

 とはいえ、魔法は原理的に詠唱を必要とするのに対し、レイのそれは本質的な身体強化のそれである。故に詠唱は要らない。

【瞬刻】を自由自在に扱うレイにとって、この程度の事は朝飯前の技術だった。

 

「―――破ッ‼」

 

 そして直後、一瞬だけ引かれた右の拳から、光り輝くオーラと共に爆砕にも似た拳撃が打ち出される。

 それを腕で受けたアガートラムは、ミリアム共々10アージュ程の距離を交代する。凡そ人の体から放たれたとは思えない衝撃にミリアムは思わず目を丸くしたが、すぐに意識を引き戻した。

 

 泰斗流、月華掌(げっかしょう)。クロスベルに居た頃の同僚が使っていた技を、見よう見まねで再現する。が、見稽古程度の練度であっても、レイという達人級の領域に足を踏み入れた者ならば、恐るべき必殺の攻撃となって目標を襲う。

 だが、その動きに見覚えのあったクロウは、すぐさま反撃を開始する。

 

「っらぁっ‼」

 

 攻撃を”点”で受けないために、走り回りながらの銃撃。マキアスが有しているような大型の導力銃であれば褒められた動きではないが、彼が得物としているのは小回りの利く二丁導力銃。単一目標を”点”で狙うのではなく、より広く、粗くとも”面”で攻撃する作戦。

 だがその銃弾の全てを、レイは身を低くし、常人離れした敏捷力で以て躱す。【瞬刻】こそ使わなかったが、鍛え抜かれた脚力で数アージュの間合いを瞬時に詰め、弾幕の返礼をするためにまずは一発撃ちこもうと、左足を前に突き出して主軸とし、拳を構える。

 しかしクロウは、その状況下で僅かに笑みを見せ、後ろに跳びながら再び滞空中に銃を構えた。

 

「もういっちょ食らっとけ‼」

 

 銃口から吐き出されたのは、凍結属性が付与された導力弾。『フリーズバレット』と銘打たれたそれは、過たずレイが居た地点を捉えた。

 

「ミリアム‼ 追撃よろしくなぁ‼」

 

「はいはーい‼」

 

 そしてその隙を逃さず、再び間合いに踏み込んだアガートラムが、今度はその巨腕を大上段から振り下ろした。

 轟音。屹立した氷の小山を破砕する音と、グラウンドを抉る音の二重奏。これで倒せたなどとは露程も思えないが、それでも攻撃を当てる事くらいはできただろうと―――二人共が、そう思っていた。

 

 

 

 

「あ、マズい」

 

 

 

 

 だからこそ、一瞬だけシンと鎮まり返ったグラウンドに響いた、誰かが発したその言葉が耳の中に反響した。

 直後、まるで相反する極同士の磁石がいきなり鉢合わせてしまったかのように、振り下ろしたアガートラムの腕が上空に跳ねた。

 

「ガーちゃん、戻ってきてッ‼」

 

 直後、膨れ上がった闘気を察したミリアムが、アガートラムを呼び戻す。

結果としてその判断は正しく、その呼び戻したコンマ数秒後、アガートラムが立っていた地点が、鎌鼬の風で削り取られたかのように斬り付けられた(・・・・・・・)

 

「おいおい……アイツ刀は使ってねぇんじゃなかったのかよ」

 

 絞り出したかのようなその声に、当の本人は答えない。砂煙が晴れたその場所で、手首を鳴らしながら、斬撃にも似た攻撃を繰り出した右足(・・)の爪先でトントンと地面を叩く。

 かくして、一瞬の隙を突いたはずの連撃は、しかしレイ・クレイドルという化け物に対してただの掠り傷、ただの余波すらも通す事ができなかった。その現実に、もはや引き攣った表情を浮かべる事しかできない。

 

 

「―――合格だ。見事な連撃だったぜ。クロウ、ミリアム」

 

 慰めなどでは決してなく、心の底からそう称賛するレイ。

 クロウ・アームブラスト―――中距離から遊撃としては持ってこいの機動力と武器の汎用性で攪乱と牽制をこなし、状況に応じたフィールドを作り上げる事ができ、尚且つ攻撃の決め手となる人間への決定打の譲渡もできる適応能力。フィーと同じく、開幕から多勢の敵を翻弄し、有利な戦局に持っていく中衛型の人間だ。

 ミリアム・オライオン―――典型的な近接特化系戦士(ストライク・フォーサー)。非常に高い防御力を兼ね備える次世代型高機能戦術殻であるアガートラムは、巨躯に比例して高い攻撃力も兼ね備える。前衛として、これ以上頼もしい存在もそういない。加えて、その動きを制御するミリアムの存在も大きい。細かな戦術などは恐らく心得ていないのだろうが、その見た目と反比例して突発的な異常事態や戦況の変化などを本能的に察する術に長けている。基本的には攻めに傾く戦闘を得手としているようだが、この分ならば奇襲などにも充分適応できるだろう。敵の矢面に立つ前衛組の素質は充分だ。

 

 だからこそ、レイは掛け値ない称賛と共に、及第点をつけた。戦列に加わるに相応しい力を持っていると、そう判断したのである。

 

「個々の練度、即席の連携の具合、どちらも現時点では申し分ない動きだ。歓迎するよ」

 

「そいつはどうも、っと。そこまで真剣に褒められるってのはやっぱ嬉しいモンだよなぁ」

 

「うんうん。ボクもガーちゃんも頑張った甲斐があったよ」

 

「Σ・ΝΦΘΜζ」

 

「おー、元気だな。―――んじゃ、第二ラウンドと行くか」

 

 唐突なその言葉に、思わずクロウが「は?」という言葉を漏らしてしまう。

それもその筈。彼らはこの模擬戦が、”二人の実力を測る為”のものであるとばかり思っていた。しかし、レイは始める前に確かに言っていたのだ。お前ら二人の”適性”と”限界”を調べるから付き合え、と。

 

「”適性”はもう充分分かった。後は、お前ら二人の現時点での”限界”を引きずり出す。足腰立たなくなるまで、気絶寸前まで追い込むからな」

 

「ちょ、ちょっと待て‼ そりゃいくらなんでも―――」

 

 やり過ぎだと、そう言葉にする前に、レイの右目からハイライトが消える。ただならない雰囲気に、二人共が押し黙った。

 

「なぁお前ら、燃え盛る山火事の中心を突っ走って、身体のどこにも煤すらつけずに突破しろって言われた事あるか?」

 

「……はぁ?」

 

「冬眠明けの巨大熊の目の前に裸装備で突き落とされて仕留めて来いって言われた事あるか? 大陸五指に入る滝を脚力だけで登れって言われた事あるか? 海底100アージュの深さにある沈没船の中からお宝取ってこいって言われた事あるか?」

 

 羅列されていく無茶苦茶な命令を、しかしレイは感情の籠っていない瞳と声で滔々と挙げ連ねて行く。背中にうすら寒さを覚えて、反射的に一歩身を引いてしまう程に、その雰囲気は異常だった。

 

「まだまだあるんだけどよぉ、これ一応ノンフィクションなんだわ。俺が修行時代に師匠に言われた事まんまだぜ? こんなクソみたいな修行内容が、俺ン時では日常茶飯事だったんだわ。

 あぁ、勿論同じ事やれなんて絶対言わねぇよ。こと教導に関しては俺は師匠の事を反面教師にするってずっとずっと思ってたからな。理不尽極まれる内容を提示する気はサラサラない。―――が、それでもテメェの限界くらいは知っておいた方が、後々絶対に有利になる。無謀な策を取らないためにも、自分の限界を超えるためにも、な」

 

「…………」

 

「冒険してみろ。自分の底を知る機会なんて、実はそうそうあるモンじゃねぇ。生憎と俺は、相手をとことんまで追い込む事に関してはプロに近いんでな。最後まで諦めずに立ってりゃあ、限界の底まで案内してやるよ」

 

 その言葉に、まずはミリアムが口角を上げた。

 自分が知らない未知の世界。自分という存在が強くなるための道。それに憧れた。―――つまりは彼女も、根本では負けず嫌いなのだ。

 

「……あー、クソッ」

 

 その様子を見てクロウも後ろ髪をガシガシと掻いて前に出た。

 

「付き合ってやるよ鬼畜後輩。もうホント、色々と諦めたわ」

 

「ボク達を強くしてくれるんでしょ? だったらボクは、お兄さんを信じてみるよ‼」

 

 覚悟を決めた二人を前にして、レイは再び表情に色を戻す。

 

「オーライ。んじゃ、まずは第二ラウンドの変更点を説明すんぞ。まずはアレだ。俺に一撃でも攻撃を通したら即終了。それができりゃ、まぁ刀に持ち帰るのもアリかもしれんなぁ。

 あぁそれと、クロウがどうやら泰斗流に見覚えがあるみたいだから、こっから先は色々と織り交ぜて行くぞ。安心しろ。俺の知り合いに泰斗流とか東方の拳術とかごちゃまぜにして自分だけのトンデモ拳術編み出した人外達人がいるから、その人が使ってた技を見よう見まねで繰り出すだけだ。当てはしないからよ」

 

 だが二人は、先程聞こえた声の真意までは流石に読み取る事はできなかった。

 「あ、マズい」―――これは、反撃が来るという事を示唆した言葉ではなく、彼らがレイに気に入られた(・・・・・・・・・)事を暗喩した言葉だったのだ。

 確実に地獄を見るんだろうな、という言葉とイコール関係で結ばれるそれは、暗に二人のこれからを如実に表していたとも言える。

 

「そんじゃ、ギリギリまで粘って生き残ってくれや。―――ちゃんとアフターケアはするからよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数時間後。

 トールズ士官学校の校門前。そこには、目を回したミリアムをおぶさり、気絶したクロウの首根っこを掴んで引き摺りながら帰宅するレイの姿があったとか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 





ミリアムちゃん、クロウ、参戦‼

ということで、ウチの世界観のⅦ組に入るための入隊式? 的な感じです。
原作ではすんなり行きましたが、残念、ウチにはレイ君がいるんだ。

ウチの世界でのミリアムちゃんは、原作よりも少し精神年齢が高いかもしれません。
なるべく子供っぽさを出しながらも、調整していくつもりです。




……ところで、そろそろゴッドイーター・リザレクションが発売されますね。
すっごい楽しみなんですよ。個人的に。一応無印の頃からやってたので。
あーあ、アニメの時みたいに捕食形態でメッチャ伸びたりしないかなぁとかなんとか思っております。ハイ。



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