英雄伝説 天の軌跡 (完結済)   作:十三

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「人の成すことに絶対などあるものか。そんなものがあるのならば、私はそれを狂信するだろう」
    by カリアン・ロス(鋼殻のレギオス)











離れ、東へ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「単刀直入に言おう、《天剣》。君にはオリヴァルト殿下や私と共に、今月末クロスベルで開かれる『西ゼムリア通商会議』に出席してもらいたい」

 

 バルフレイム宮城内、帝国宰相執務室。

 先日の電話の提案を妥協を重ねた上に了承したレイは、その3日後の今日、首魁の懐たるその場所に通されていた。

 皇城を訪れたのはこれで三度目。とはいえ、過去二回訪れた時とは違い、レイの表情には一片の柔らかさもない。オズボーンからの直接のその言葉に、首元にきっちりと締められていたネクタイを軽く緩める仕草を見せてから息を吐き出した。

 

「理由は? まさか俺に書記官の真似事をしろってワケでもねぇだろうに」

 

 険を含んだ声でそう言うと、オズボーンは口角を僅かに釣り上げた。

 そんな、自身の主と恋い慕う少年との一触即発なやり取りを、案内役であったクレアは扉の近くで複雑な感情のまま見守っている。

 

「あぁ、そうだ。君には帝国側の護衛として参加してもらう。遊撃士時代の八面六臂ぶりは伝え聞いているのでな。人物護衛の経験もあるだろう?」

 

「まぁな。突出して得意ってわけでもねぇが、達人級が敵として出張らなきゃ遂行できる。―――が、それでも腑に落ちねぇ」

 

 執務室のソファーに腰かけたまま、右目の視線だけはオズボーンを睨み付けて離さない。差し出された紅茶にも口をつけることなく、レイは感じていた違和感を憚る事無く口にした。

 

「継承権が喪失しているとはいえ、名の知られた皇族の一人と帝国宰相が仮にも出席するんだ。護衛の人材くらい幾らでも優秀なのを引っ張ってこられるだろ。

 ミュラー少佐の第七機甲師団に、アンタの子飼いの兵隊でもいい。慣れてるという理由だけじゃ、俺を選出するには弱すぎるぞ」

 

「確かに、それだけならばわざわざ士官学生である君を選ぶ必要もない。―――だが今回は、トールズの今代生徒会長であるトワ・ハーシェル君も代理書記官として出席する予定でな。彼女も、縁もゆかりもない兵士に護衛されるより、顔見知りの人間に守られるほうが精神的に心休まるだろう」

 

 レイの反論を、事もなげに返すオズボーン。

 確かに、そういう観点から鑑みればレイを選出する事も頷ける。一瞬だけ、もしや彼女を代理書記官にとして連れて行く事すら、自分を引きずり出す布石なのかと思いもしたが、普段から垣間見ている彼女の学生の領域を逸脱した有能さを踏まえれば、なるほど確かに国際会議の場に出席してもそれ程おかしい事ではない。

 だが、それでもレイの中には未だ消えない違和感が渦巻いていた。

 

「……本当に、それだけなのか?(・・・・・・・・・・・・)

 

「…………」

 

「答えろよ、ギリアス・オズボーン。まさかその程度の理由で(・・・・・・・・)俺を連れ出すのか? 学院のカリキュラムを無視してまで」

 

 レイは充分に知っている。この男が、目的のためならばいかなる手段も犠牲も問わない剛の者であるという事を。

 宰相就任の折、周辺の小国をあらゆる手で以て懐柔し、経済特区として併合。甘い蜜をある程度吸わせることで帝国の利益に還元した事もあれば、それに従おうとしない者達を文字通り力ずくで排除した事もある。

 その傲然とした姿勢を非難する気など毛頭ないが、その皺寄せが自分や、親しい者に影響を及ぼすというのならば話は別だ。

 

「アンタが今更いち学院生の精神状態まで気に掛けるとでも? そもそもトワ会長はその程度で疲れるほど軟な人じゃねぇ。その程度。分かってないとは言わせねぇぞ」

 

 今でこそ何の問題もなく機能しているために錯覚しがちだが、元々貴族生徒と平民生徒の軋轢が激しいトールズにおいて平民生徒が生徒会長を務めるというのは非常に珍しい事案なのだ。

 現に学年主席の優秀さを誇りながら貴族生徒の薄っぺらい矜持とやらに妨害されて生徒会にすら入る事が叶わなかったクレアという例がある。そんな前代未聞の事を成し遂げた彼女が、何の修羅場も潜り抜けていないと思うほど、レイはおめでたい考えは持っていない。

 彼女なら、たとえ帝国の外交官として単身他国に派遣されようとも精神的に追い詰められるような事はないだろう。それを、この用意周到なこの男が理解していないとは思えなかった。

 

 するとオズボーンは忍び笑いを漏らした後に、獰猛な笑みを浮かべた。

 

「成程。どうやら私はまだ君の事を見縊っていたようだ。これならば前置きなど捨てて”本題”に入るべきだったか」

 

「重ねて言うけど、嫌な予感しかしねぇんだよなぁ」

 

「何、それ程難しい依頼でもない。―――申し訳ないが大尉、外に出ていてくれ」

 

「……はい。畏まりました」

 

 

 クレアは退室を求められた事に多少の疎外感を感じながらも、粛々と従って執務室を出る。そうして、漏れ出る声が聞こえない位置まで移動した。

 

「閣下は……レイ君に何をさせようとしているんでしょうか」

 

 思わず、そんな疑問が口から漏れ出てしまう。それに気づいて慌てて口を塞いだが、それでもその疑問は消えはしない。

 本来であれば、宰相の護衛は直属の部隊である鉄道憲兵隊が行うべきなのだが、帝国国内でない以上、それも不可能だ。それでも有事の際は非常事態宣言と同等の特例で駆け付ける事はできるのだが、これまでも宰相の外遊に鉄道憲兵隊が随伴した事はない。

 それが結果的に今、クレアの不安の種となっているのだから、世の中というものはままならない。

 

 誰一人として通る事のない廊下に一人佇みながら、クレアはふと軍服のポケットに手を伸ばしてそれを取り出した。

 手の内に握られているのは、レイからプレゼントされた藍色のブローチ。普段装飾品の類は持ち歩かない主義のクレアだったが、それでもこの品だけは別だった。

 当然といえば当然だ。恋した男から贈られた初めてのプレゼントとあれば、肌身離したくなくなるのは軍人である前に女としての心情のようなものだろう。無論、私情と仕事を分けるだけの分別はあるが。

 

「(でも……レイ君が閣下と分かり合える日は、多分来ないでしょうね)」

 

 それは、傍観に徹して客観的に見ても分かる。

あの二人が真に分かり合って理解し合うのは不可能だし、ましてや裏表ない笑顔で握手をする未来など想像もできない。クレアの頭脳を以てしても、それだけは把握しきれなかった。

 だからこそ、複雑な心境が拭えないのだ。愛した男と、忠を誓った主人。いざとなった時、一体どちらについて行く事になるのだろうか、と。

 

 

『いいから俺について来い。お前を絶対幸せにしてやる。それ以外の未来をお前に背負わせるつもりなんか、俺にはないぞ』

 

 

 ふと、クレアの心の中でレイがそう言った。

 それは勿論想像でしかないが、あの少年ならば、恐らくそれに近い事を言ってくれるだろう。もしそう言われた時、果たして自分は笑顔で頷く事ができるのだろうか?

 そんな事を悶々と考える事数十分。二人の内のどちらかが部屋から出てくる雰囲気を感じ取って、クレアは姿勢を正した。

 そうして、やや乱暴気味に扉を開け放って出て来たのは、レイの方だった。

 

「レイ……君?」

 

 静かに声を掛けてみたものの、彼の様子は先程までともまた違っていた。

 まるで、己の後悔を噛み締めるような……それでいてやるせない怒りを湛えているようなその表情に、思わず声を掛ける事を一瞬だけ躊躇ってしまう。

 それでもレイはクレアの姿を視界に収めると、どこか自嘲気味な苦笑を向けた。

 

「あぁ、悪いなクレア。用事は終わったからとっとと帰ろうぜ」

 

 その諦めたような声色を聞いて、クレアは理解してしまった。恐らくここで会話の内容を聞いたところで、彼は答えてはくれないだろうと。

 しかし、それを分かっていてもなお―――ここで問わないのは彼の気持ちを蔑ろにしているのと同じ事だ。

 

「レイ君。閣下と、何を話されていたんですか?」

 

 その背を引き留めるようにそう問うと、レイは振り向かないままに声に自虐の心を滲ませて言う。

 

「ただの”仕事”の話だ。クソ面倒臭い事押し付けられたがな。それに見合う報酬は提示されたよ」

 

「そう、ですか……」

 

 そう言う事しかできなかった。

 ≪鉄血の子供たち(アイアンブリード)≫を遠ざけてまで告げた依頼が、よもやまともなものである筈もない。報酬とやらが何であるかは皆目見当がつかないし、教えてはもらえないのだろうが、それでも心配する事しかできない自分を、クレアは情けなく思ってしまった。

 しかしそんな思いを知ってか知らずか、レイは足を止めて優し気な表情のまま振り向いた。

 

「おいおい、そう気落ちするんじゃねぇよ。会議の護衛ついでにちっとこなしてくるだけなんだからよ。

 ……そうだ、クレア。俺が前に買ったブローチって今持ってたりするか? なかったらいいんだけど」

 

「あ、い、いえ。持ってますよ。はい」

 

 自然な流れでポケットからブローチを取り出してレイに手渡したところで、クレアははたと自分の行動に気が付いた。

 プレゼントを肌身離さず持っている事を図らずも知られてしまい、レイに愛が重いなどと思われていないだろうかと危惧するクレアであったが、当の本人がそんな事を思う筈もなく、ブローチを手の中に収めて二言三言呟いた。

 魔力ではなく、呪力がブローチの宝石部分に吸い込まれていく様子を眺めていると、レイがクレアの手の中にそれを返す。

 

「これでよし、っと。クレア、出来れば俺がクロスベルから帰ってくるまでそれ持っておいてくれないか? ポケットの中でもどこでもいいから」

 

「え? あ、はい。喜んで‼」

 

 期せずしてブローチを持ち歩く事をお願いされた事に喜びながらも、クレアは新しく浮かんだ疑問をそれとなく聞いてみた。

 

「ですがレイ君。何故このような事を? 何かブローチに込めていたみたいですけれど」

 

「あぁ、うん。まぁお守りみたいなモンだよ。杞憂ならそれで構わないんだけどな」

 

「?」

 

「ま、そんなに気にするな。それより、今日も悪かったな。突然押しかけて」

 

「いえ、大丈夫です。いつものように任務扱いですし」

 

 そんな他愛もない事を話しながら長い廊下を歩いて大ホールに辿り着いたところで、突然と言うほどでもないが、声を掛けられた。

 

 

「や、レイ君。久しぶりだね」

 

「……今はお前のアホ面を見ても加虐感が湧かねぇんだ、悪いなオリビエ」

 

 いつもの通りの貴族服を着てレイの前に現れたオリヴァルトは、やはりいつも通りの軽妙な口調で、しかし変態性は封じたままに近付いてくる。

 それを察したレイは、少しばかり真剣な面持ちになってオリヴァルトの差し出した握手に応じた。

 

「バカンスは楽しんでくれたかい?」

 

「あぁ、サンキューな。ゆっくりできたよ。

 ……ちゃっかり変なネズミが入り込んでいたようだが」

 

「それについては申し訳ない。こちらも予想外の事態だったよ。

 ―――っと、済まないねクレア大尉。ちょっと彼を借り受けても構わないかな?」

 

「いえ、勿体無いお言葉です。レイ君、私は下で待っていますね」

 

「おーう」

 

 そう言ってクレアはオリヴァルトに対して再度深い一礼をすると、そのまま階下の方へと歩いて行く。

それを目で追ってから、オリヴァルトは薄く笑った。

 

「お熱いようで何よりだよ」

 

「茶化すなよ」

 

「これは失礼。

 さて、あまりレディを待たせるものではないし、とりあえず簡潔に話を済ませようか」

 

 そうした心配りを見ると、彼が社交界の花型と呼ばれるだけの理由も理解できる。尤も、こういった洒脱な雰囲気を纏う姿も、変態性を前面に出した姿も、どこまでも人を食ったように搦手を得手とする策士の姿も、その全てが彼の側面であり、本性であるのだと気付くには、普通なら長い時間が掛かるのだろうが。

 

「まずは感謝するよ。通商会議の護衛を引き受けてくれた件については、此方の我儘に沿わせる形になってしまったからね」

 

「耳が早い事だ。ま、せいぜい軍関係者のお荷物にならないように振る舞うさ」

 

「いやいや、そんな事はないと思うけどね。ミュラー君なんかは喜びそうだ」

 

 果たして彼はオズボーンが先程自分に依頼して来た事の顛末に関しては知っているのだろうかと思ったが、流石にそれはないだろうと思い至る。

 本来ならば交わした契約の通りそれについても包み隠さず言わなければならない筈なのだが、オズボーンの提案して来た条件の中には、依頼内容の秘匿も含まれていた。

 レイ・クレイドルという少年を”契約”で縛ってでも動かす―――それだけの価値のある”報酬”を用意されたのだ。流石に何度も使える手ではないのだろうが、改めてギリアス・オズボーンという男の周到さを思い知らされる。

 だからこそ、レイは罪滅ぼしの意味合いも込めて一つの情報を開示した。

 

「トールズに≪守護騎士(ドミニオン)≫が潜伏している。それも第二位、≪匣使い≫だ」

 

「―――ほぅ」

 

 オリヴァルトは、本当に初耳だと言わんばかりの声色で相槌を打つ。それだけでも、トマス・ライサンダーという人物がどれだけあの場所に溶け込んでいたかが理解できてしまう。

 レイとて、旧校舎へ向かう最中に勘付いた視線に気づかなければ、それを察する事はなかったのだろうから。

 

「狙いは旧校舎に眠る”何か”―――とは違う。今のところ生徒教職員に危害を加える雰囲気はなし。―――だから放置だ」

 

「おや珍しい。君なら徹底的に調べ上げると思ったんだが」

 

「封聖省の下っ端が動いてたんならそれもやったんだがなぁ。≪守護騎士(ドミニオン)≫の、それも副長が駆り出されてる事案の邪魔をして枢機卿クラスから敵認定されたら―――≪闇喰らい(デックアールヴ)≫の奴が引っ張り出されるかもしれん。アイツと戦り合うのは、流石にキツい」

 

 封聖省所属、≪守護騎士(ドミニオン)≫第十位の位を得る黒ずくめの女性の存在を思い浮かべると、レイは深い溜息を吐いた。

 

「聞いた事があるね。かの≪紅耀石(カーネリア)≫、≪吼天獅子≫と並ぶ≪守護騎士(ドミニオン)≫の中でも達人級の実力者の一人」

 

「≪紅耀石(カーネリア)≫だけは別格中の別格だけどな。あの人マジで殺しても死ななそ―――って、それはいいんだ。とにかくガチで≪闇喰らい(デックアールヴ)≫、レシア・イルグンに目ェつけられるのは勘弁なんだよなぁ」

 

「……それ程までに強いのかい?」

 

「広々とした場所で、真昼間で戦り合うってんならまぁ普通に勝ち目はあるんだが……アイツは徹底した暗殺特化の達人だ。夜道で襲われたらガチの達人でも勝率は2割ってトコか」

 

 こと、”暗殺”という一点に限定すればヨシュアやシャロンを凌駕する実力者。総長であるアイン・セルナートの命を受けて動く≪守護騎士(ドミニオン)≫の中に在って、彼女だけは唯一その命令権から逸脱して枢機卿以上の命令のみを遂行する―――七耀教会異端討伐の、掛け値なしの切り札(ジョーカー)

 そんな存在と喧嘩をしてまで必至こいて集める情報であるとは、今は(・・)言い難い。だからこそ、今は無視を決め込む事にしたのだ。

 

「異存は?」

 

「ないね。君ですら勝率2割の存在を敵に回すほど僕も馬鹿じゃないよ。それについては僕も黙殺するとしよう」

 

 互いに落としどころを見つけた事で、レイは軽く片手を掲げた。

 

「んじゃ、こんなトコで帰らせてもらうわ。実技試験サボった上に遅く帰るとかシャレにならんし」

 

「既に代替試験は済ませたんだろう?」

 

「あぁ。ナイトハルト教官と30分打ち合った。流石は誉れも高い第四機甲師団のエース、近接戦も準達人級と来たモンだ」

 

 無骨な剣を持ち、歴戦の戦士の気迫と一撃一撃が重く、それでいて俊敏であった人物との戦いを脳裏に思い出して好戦的な笑みを浮かべる。

 戦いに華美を求めない。ただ護国の為、国民の防人として強さを磨いた男との戦いは、レイにとっても充分満足できるものだった。

 

「それじゃあな、オリビエ。次に会うのはクロスベルだ」

 

「そうだね。それじゃあ、次は”魔都”で会おう」

 

 皮肉も交えた会話を終えて、レイは笑みを浮かべたままにその場を去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【8月 特別実習】

 

 

 

A班:リィン、アリサ、ラウラ、エマ、ガイウス

(実習地:レグラム)

 

 

B班:マキアス、ユーシス、フィー、ミリアム、クロウ、エリオット

(実習地:ジュライ特区)

 

※2日間の実習期間の後、指定の場所で合流する事。

※尚、レイ・クレイドルについては諸事象により不参加とする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はい。つーわけで俺はちょっとクロスベルに行ってきます。レグラム行きたかったんだけどなぁ。残念だなぁ」

 

「笑顔がドSバージョンのそれだから明らかに何か企んでたね」

 

「イジり甲斐のある人が居ると見た」

 

「オチが読めるとか俺達も駄目になったモンだよなぁ」

 

 

 第三学生寮1階の談話スペースでそう言ったレイの言葉を、訝しむ者は誰もいなかった。

 8月末に行われる、クロスベルでの『西ゼムリア通商会議』。それにトールズの生徒会長であるトワ・ハーシェルが参加するとリィンが聞いたのもつい数日前の事。

 そしてその護衛としてレイがついて行くという事に疑問を呈する者はいない。特別実習に彼が居ないというだけで不安を感じる程、彼らはもう脆弱ではないのだから。

 

「クロスベルのお土産ヨロシクー♪」

 

「ま、あなたもちゃんと頑張って来なさいよ」

 

「はは。責任重大って意味なら、俺達よりも大変そうだよな」

 

 そう激励してくれる仲間達に手を振ってそのまま自室へと戻るレイ。

 またすぐに使用する事になるであろうブレザーをハンガーに掛けた後、ベッドに座り込んだ。

そしてその傍らに、シオンが現れる。

 

「どうやら随分ご憔悴のようですね、主」

 

「オズボーンと会っただけでクッソ疲れる。これじゃあやっぱり策謀家としては二流の域を出ないよなぁ」

 

「御冗談を。……あんな報酬(・・・・・)を突きつけられれば、主ならば承諾なされる以外の筋書きはあるますまい」

 

 責めなどせず、ただそれが当たり前であるかのように口にする式神に、主であるレイは失笑した。

 

「あぁ、そうだよ。お前の言う通りだわ」

 

「勿体なきお言葉」

 

「それじゃあ仕事ついでに、お前に伝令を頼みたい」

 

 真剣な表情に戻ってそう言う主の命令に、シオンはただ傅いて是とした。

 

「≪マーナガルム≫団長兼一番隊隊長ヘカティルナに伝えろ。―――頼む、力を貸してくれ、と」

 

「御意に。主様」

 

 仲間を頼り、友を頼り、そして愛する者に対して無茶はしないと”約束”を交わしたレイにとって、今でも自分を慕ってくれる者達を頼る事は、決して難しい事ではない。

 杞憂で終わらない事は分かっている。自分が帝国を離れる(・・・・・・・・・)事が、今の状況下でどういう意味を示すのかという事も。それが齎すであろう試練も。

 だからこそレイは、信じた友に独りごちるように言葉を投げた。

 

 

「頑張れよリィン。なぁに、今のお前なら絶対出来るさ。―――俺がいなくてもな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――8月27日。

 

 

 『西ゼムリア通商会議』が3日後に迫った日、レイは実習に向かうリィン達に1日先んじて、トリスタ駅から大陸横断鉄道に飛び乗った。

 見送りに来てくれたⅦ組の仲間達にいつも通りの飄々とした表情を向けながら、列車が動き出した後、そっと眼帯に手を触れた。

 

 ―――左目が疼く。

 

 ―――まるで今から向かう先に、”何か”があるとでも言わんばかりに。

 

 期待と不安が入り混じった感情を抱きながら、列車は一路東へと向かう。

 その先にあるのは凡そ8ヶ月ぶりとなる都市。思い出の大半を占めるのは遊撃士としての仕事漬けの記憶だが、思い返せばそれ以外にも色々あったものだと思う。

 

 

 ”魔都”クロスベルは、以前と変わらず、レイ・クレイドルという少年を受け入れるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 







はい、それじゃあ次回からクロスベル編でーす。
つまりアレです。会議本番までレイ君がはっちゃける回です。



話題は変わりますが、先日友人と話していてこんな事を思いつきました。

英雄伝説が書けるなら―――ザナドゥのSSも一話くらい書けんじゃね? と。

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