「完璧な者などいない。誰でも悩み、傷つき、苦しみ、そして誰かに頼りたい、助けてもらいたいと思っているのだから」
by ハクオロ(うたわれるもの)
「わたくしは、貴女の事が嫌いですわ」
何故だ、と脳裏を疑問が過る。
「栄えある≪鉄騎隊≫副長たるアルゼイドの名を引き継いでおきながら、
呵責なく、容赦なく。
「勇壮? 高潔? 慈愛? 公正? 寛容? 信念? 希望? 笑わせないでくださいな。上辺だけ繕って、忘れてはならないモノを忘れてのうのうとしている今の貴女に、”騎士”を名乗る資格などありませんわ」
何故責められているのか理解が及ばないのに、それが自分に向けられている事だけは嫌でも理解できてしまう。
「あぁ、本当はこのような事など言うつもりもなかったですし、
それでもやはり、分からない。この騎士は、この女性は―――
「そなたは一体……何を言っている‼」
「それに気付くのが貴女の使命でしょう? アルゼイドの娘」
非常に突き放す言葉と共に、高速の斬撃がラウラを襲う。
鋼色の斬線が鋭い軌跡を残して、ラウラを大剣ごと広大な花壇の中へと吹き飛ばした。
意味が分からないと言ってしまえばそれまでだった。
ラウラにとって、目の前の騎士、デュバリィが放った言葉の数々は、得てして理解しがたいものだった。
否、それだけではない。彼女が属するという≪鉄機隊≫という組織。よもやこれ程までの実力を持つ武人が、伊達や酔狂でかの≪鉄騎隊≫と音を同じくする組織に身を置いているわけではあるまい。
ならば―――と思考を巡らせる前に、ラウラは花壇の上から身を翻して続けざまに放たれた斬撃を寸でのところで回避した。
裁断された数房の髪が宙に舞う姿を見ながら、泰然と広場に立つデュバリィの姿を視界に収める。
斬り合い……否、果たして斬り”合い”という言葉が適当かどうかは判断に困る所ではあるのだが、ともかく戦いの火蓋が切られてからこのかた、彼女は最初に両足を地に着けていたその場所から、
或いは、それ以前の問題だろう。体躯の差という面で鑑みればそれ程差異はないというのに、デュバリィは左手に携えた盾を一切動かさずに、右手に握った騎士剣だけを片手で振るってラウラの猛攻の一切を凌いで見せているのだ。
それもまるで、舞って来た木の葉を払いのけるような、そも力の比べ合いにすらならないような形であしらわれているというのは、如何に実力の差を実感しているラウラであっても忸怩たるものがあった。
「(果たすべきコト? 忘れてはならないモノ? 私が、何かを蔑ろにしているだと……?)」
言葉は抽象的過ぎて、理解が及ばない。それが輪をかけてラウラの剣を曇らせていた。
ありもしない妄言を吐いてこちらの隙を広げているのかとも思ったが、しかしながらすぐに「それはないだろう」と断言する事ができた。
何故なら、見据えて見える彼女の瞳が、あまりにも澄んでいたからだ。
虚偽を語るには濁りがない。妄言を吐くには虚けさがない。彼女はただ、あるがあまにあるがままの事を語っているだけなのだろう。
記憶を遡ってみても、ラウラ自身彼女と出会った事は一度だってない筈だ。しかし彼女は、まるでラウラすら気付いていない事を覗き込んでいるかのような口調で攻め立てて来る。
故に、ラウラは思考を止めない。
剣戟に対して無心にならねば到底抗いもできない相手であるという事を理解して―――それでもなお彼女の言う”忘れてはならないモノ”を探り当てねば、きっと何もできずに首を刎ねられてしまうだろう。
「(確かに私の剣は未だ未熟。……だが、”腑抜けている”などと言われるつもりは毛頭ないぞ‼)」
その前言は必ずや撤回させてみせると、そう強く意志を持って、ラウラは石畳の地面を強く蹴り上げた。
我ながら大人気ない、と、デュバリィはそう心の中で独りごちる。
昔の事、それこそ自分をからかい弄り倒して来た忌まわしい少年が幾度も言っていたから覚えているのだが、どうにも自分は直情的になりやすい衒いがある。
全ては気高く麗しい≪鋼の聖女≫の名を冠する最強の騎士に捧ぐ無二の忠誠から生まれるモノである事は知っているし、それを恥じるつもりなど一片たりとてないのだが、それが戦場の華たる騎士の振る舞いとしては些か慎みに足りないという事もまた知ってしまっている。
だが、笑いながらそう弄り倒した末に、彼は決まってこう言って来た。否、彼だけではない。彼女の性格を知る誰もが、口を揃えて言って来た。
『そんなお前だからこそ、何かを率いるのに相応しいのかもしれない』と。ただ純粋に、真っ直ぐに生き、真っ直ぐに意志を貫き、人を信じ、人を嫌い、喜怒哀楽という凡そヒトに必要な感情を十二分に有している彼女だからこそ、ヒトを率いるに相応しいと。
加え彼女には、卓越した剣の才があった。≪鋼の聖女≫に見出され、鍛え上げた末に”達人級”の領域にまで至ったそれは、”武闘派”の≪執行者≫ですら一目を置くほどであり、その武技と在り方を以てして、彼女は栄えある≪鉄機隊≫の筆頭に就任したのだ。
故に彼女は、その意志の全てを偉大なるマスターに捧げると誓った。その盟友たる緋色の武人より受け継いだ筆頭という地位を守る為、不用意な怒りは胸の内に抑え込むと、そう誓った筈なのだ。だが―――。
「(あぁ、全く、苛々させてくれますわね)」
その内心を表に出さない程度には、彼女もまた一流の武人としての流儀があった。
未だ未熟な才を嗤うつもりはない。嘗ては自分も無様を晒した時期があったのだから。
力量差を知りながら斬り込んで来るその蛮勇を貶すつもりもない。寧ろ”壁”を見据えて乗り越えんとするその意気には共感すら覚える程だ。
仲間を想うその心を侮蔑するつもりもない。自分にも同朋がいて、紛いなりにもそれを率いる身なのだから。
だがそれでも、”気に入らない”事には変わりない。
嘗て≪鋼の聖女≫の右腕として数多の戦場を駆け抜けた騎士の末裔だから、それに嫉妬しているのか? ―――それもある。
愚直なまでに剣に魅入り、その真っ直ぐな生き方が己と重なったが故の同族嫌悪か? ―――それもある。
しかしそれ以上に、ラウラ・S・アルゼイドという少女が、思った以上に
「(
だと言うのにこの剣の、何と軽い事か。
剣技そのものは、まぁ悪くない。叶わぬ相手にそれでも立ち向かう心意気も買おう。
だが、剣に籠らせた思いが軽い。膂力だとか、技量だとか、そういった事だけでは表せない”重さ”が圧倒的に欠けている。
それこそ、己が魂の内から抱いている想いを込めなければ、決して”達人級”には届かない。
「(どうあってもそれを思い出せないというのであれば―――いいでしょう)」
アルゼイドの娘。不倶戴天の存在なれど、腑抜けたままの未熟な剣士を斬ったところで、それを勝利と呼ぶ事はできない。
沽券に賭けても
剣戟が交差する度に、まるで問答のように思考が割り込んで来る。
傍から見ても、互角ではない戦いだ。全霊の力を持って剣を振るうラウラに対して、デュバリィは以前、最初に立っていた場所から僅かも動こうとしていない。
まるで両足が地面に縫い付けられているかのようではあるが、その一挙手一投足は確実にラウラの攻撃を凌いでいる。一方的に攻め立てているように見えるのは、単にラウラが花壇から抜け出した後、デュバリィが攻撃らしい攻撃をしていないからである。
「ッ、そなた何故攻めて来ぬのだ‼」
「挑発の類はわたくしを一歩でも動かせてから言ってみなさいな。弱者の喚きにしか聞こえませんわよ?」
木偶の剣に返しは無用。今のデュバリィは、ラウラをまともに相手にする気はなかった。
慢心と言ってしまえばそうかもしれない。今の彼女は、ラウラの事を敵とすら認識していないのだから。
その無気力さを、交わした剣を通じて理解してしまったラウラは、余計に躍起になって攻め立てるが、その焦燥感はデュバリィをやる気にさせるには値しない。
騎士として剣術を学び、トールズに於いても良い学友に恵まれた彼女にとって、実のところ”真正面からの対戦に応じない”相手と戦うというのは初めての事であった。
慣れぬ戦闘と、自分が今まで磨いてきた剣が戦うにも値しないと侮られているという事が、彼女の剣技を鈍らせる。
父のヴィクター、そして執事のクラウスによって鍛え上げられ、そしてトールズの入学後はレイとサラ、そしてシオンの扱きによって大剣使いとしての弱点を悉く潰して来た筈の剣術が、まるで相手にされていないという屈辱。それが焦燥感を生む原因であり、それが更にデュバリィの心を冷めさせていた。
らしくない、という事は分かっている。普段の凛然とした、或いは皆が見ている前でのラウラであったなら、恐らくこんな醜態は晒さなかっただろう。
しかし今は、奇しくも彼女一人。それでいて剣士としての尊厳を打ち砕かれている現実に、さしものラウラも冷静さを保つ事はできなかった。
どう攻める? どう崩す? と、気付けば戦闘の事にのみ思考が奪われ、先のデュバリィの問いについて鑑みる余裕など最早なかった。
それを察したのか、デュバリィは小さく溜息を一つ漏らした後、先程の苛烈な口調とは違い静かな声で再度問いかけた。
「……義務や責務で振るう剣などただの
唐突な問いではあったが、ラウラは一瞬だけ瞠目してから、ほぼ反射的に口を開いた。
「知れた事。私は≪光の剣匠≫ヴィクター・S・アルゼイドの娘だ。先祖の武功に恥じぬため、そして帝国貴族の誉れとして、アルゼイド流の剣を―――」
「だから、それが鈍だと言っているんですわ‼」
放出された氣に吹き飛ばされて、ラウラは数アージュ後ずさる。デュバリィは八つ当たりでもするかのように虚空に剣を一閃させてから、ラウラを睨み付けた。
「先祖の武功? 貴族の義務? ハッ、そんな外殻で己の矜持を覆い尽くして、高みに至りたいなど笑止千万‼
答えなさいなアルゼイドの娘。貴女が剣を取った本当の理由―――己が剣の道の”原点”を‼」
ただマスターのお役に立つために、才を見抜いて貰ったマスターの目に狂いはなかったと証明するために―――それがデュバリィの武人としての”原点”。己が魂を燃やす渇望。
”ただそうであれ”という強迫観念に駆られて振るう剣に意味などない。技術だけでは足りない。覚悟があってもまだ足りない。”そうでありたい”と思う意思がなければ、振るう剣も技も、決して重みを帯びてこない。
そしてその時―――ラウラは思い出した。
「(私が、強くなりたいと思った理由、は……)」
父の剣に憧憬を抱いたからでもあるだろう。いずれその剣を引き継ぐ筆頭伝承者となるべく、その使命を帯びたからでもあるだろう。
しかしそれよりももっと深く、物心ついたばかりのラウラが心に抱いた渇望は……。
「(―――あぁ、そうか。そういう事か)」
引きずり出した記憶にあったのは、とある少年との思い出。
アルゼイド子爵家と親交のあった家の、生まれる前から許嫁と決まっていたその少年は、しかしそういった関わりは抜きにしてラウラと親交を深めていった。
エベル湖の澄んだ色に良く映える見目麗しい金髪と赤眼。それを良く覚えている。共に武を以て清廉と成し、正しく貴族であろうとして交わした子供じみた約束も、あぁ確かに色褪せてはいない。
”彼と共に歩みたい””共に騎士の道を奉じ、立派な騎士と成りたい”―――それこそが、ラウラの”原点”であった筈なのだ。
だが、彼はいなくなってしまった。
12年前に勃発した≪百日戦役≫。エレボニア帝国とリベール王国の間で起こった戦役の、その発端ともなった”とある村”の虐殺が、その少年の家の領地の中で起こってしまった。
詳しくは今もラウラは聞いていないが、戦役勃発の責務を問われ、当主は処刑。その家も取り潰され、少年も幽閉の日々を送っていた。
しかしそんな折、屋敷に幽閉されていたその少年が何者かに拉致されたという一報が入った。帝国軍が警備をしていたにも拘らず、まるで疾風が通り過ぎたかのような速さで少年の姿のみが屋敷の中から消え失せていたという摩訶不思議な現象だったのだが、しかしラウラはその過程などはどうでも良かった。
彼がいなくなってしまった。共に騎士として恥じない道を歩もうと子供ながらに誓った彼が、本当にいなくなってしまった。―――その事実は、まだ幼いラウラが受け止めるには些か重すぎたと言えるだろう。
そしてその後、精神的な負荷が掛かって寝込んでしまったラウラが回復した時、黄昏の下で約束を交わした少年の記憶の大半を、忘れてしまっていた。
医学的な見地で言えば脳の防衛本能といったところだろう。トラウマにもなりかねなかった記憶を、本人の意思に関わらず本能が封じ込めてしまった。―――だが、それでも覚えていた事はあったのだ。
”誰か”と交わした、立派な騎士になるという約束。それは決して破ってはならないモノだと直感で判断し、彼女は剣を握った。
そう。それだけは覚えていた筈なのに、いつしか剣を振る理由は己と家の矜持を守り、果たすためになっていた。
それを浅ましいとは思わないし、それも本心であるのだから、正真正銘彼女を形作る側面である事に変わりはない。
だがそれでも、
「(あぁ、許せるはずもないだろう。己の意志に反していたとはいえ、そなたの事を忘れていたのだからな―――ライアス)」
その目に、新たな光が宿る。その剣に、新たな重みが宿る。
それと同時に、ラウラは駆けた。最早腑抜けてはいない剣を、デュバリィに向かって振り下ろす。
「アルゼイド流―――『地裂斬』ッ‼」
それはやはり、”達人級”の武人からしていれば取るに足らない技であったに違いない。
これまでのように軽く掲げた剣で防がれ―――そしてデュバリィが
「『瞬迅剣』」
直後、右手に携えた斬剣の連撃がラウラを襲った。反射神経を総動員して紙一重で大剣の防御が間に合ったが、それでも派手に吹き飛ばされる。
「が……っ……」
庭園を仕切る壁にめり込むまでに吹き飛ばされたラウラは、しかし肺の息を一気に吐き出し、むせ返しながらも闘気を失う事はなかった。
見れば、今まで決して動こうとしなかったデュバリィが、ゆっくりと、しかし確実にラウラに向かって歩みを進めていた。
「まぁ、ギリギリ及第点と言ったところですわね」
不承不承、という言葉が似合うかのような声色で呟くようにそう言ってから、デュバリィは更に続けた。
「ですが、思い上がらないでくださいまし。貴女の剣に、多少の価値が出て来たというだけの事。未だ脆弱には変わりありませんわ」
「そう……であろうな。それは、私が一番良く分かっている」
「……フン」
その強がる姿が、或いは嘗ての自分と重なって見えてしまったのか、デュバリィは更に不機嫌そうな表情を見せながらも、それでもラウラに言葉を投げるのは止めなかった。
「……貴女の記憶にあるその男、今も生きていますわよ。運が良ければ、後々会えるかもしれませんわね」
「っ⁉ そなた、ライアスの事を知っておるのか⁉」
藁をも掴むようなその言葉に、しかしデュバリィはこれ以上教える気はないとでも言うように剣の音を挟んだ。
「お喋りはここまでですわ、アルゼイドの娘。―――次に
ラウラの額に、籠手に包まれたデュバリィの指先が触れる。
そこから氣を流し込まれた事で、ラウラの意識は、程なく闇に沈む事となった。
今回は短めでした。理由としては、この後のメインディッシュを文字数に縛られずに書きたかったからです。
Q:こんなの俺(私)が知ってるデュバリィちゃんじゃない‼ ふざけんな‼
A:「アリアンロード様の勅命があって」「アリアンロード様が近くにいて」「変に茶化すキャラが近くにいない」という条件を満たした場合のみ、このキャラが出来上がります。まぁ、”筆頭モード”とでも言いましょうか。
というわけで、コンセプトは「歳相応に悩むラウラ」と「カッコイイ筆頭」でした。
バトルシーンは短めでしたが、そこは申し訳ありません。
年内には次の話を投稿したいなぁと思っております。
ps1:サンタオルタ可愛すぎか。それとジャンヌオルタ実装はよ。
ps2:落第騎士2期切に希望。