英雄伝説 天の軌跡 (完結済)   作:十三

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「俺も含めてここにいる仲間はもう家族だ。なら皆で、お前の家族を取り戻せばいい」
   by 百夜優一郎(終わりのセラフ)









未来への試練  ーin クロスベルー ※

 

 

 

 

 

 クロスベル警察『特務支援課』。

 設立は今年、つまり七耀歴1204年の1月。部署を立ち上げたのは元捜査一課所属で、警察学校の職員も経験していたセルゲイ・ロウ。

 設立の目的は「市民の安全を第一に考え、要望に応える事」。―――しかしそれは遊撃士の仕事内容と被る点も多く、既に”クロスベルの二剣”の内の一人が諸事情により支部を離れていたとはいえ、市民から絶大な信頼を得ていた遊撃士と肩を並べるまでに至るというのは、そう簡単な事ではなかった。

 

 積み重ねた地道な成果。

 「人気を遊撃士から取り戻す」などという浅薄な考えではなく、ただ依頼人の悩みを解消するため、そして社会の理不尽を未解決のまま終わらせられないという正義感に則って動いていたに過ぎない。

 その過程で、幾つもの試練や死線を潜り抜けて来た。大物政治家や巨大マフィアが深く絡んでいた大事件に抗い、立ち向かい、遂には国事にも害を為さんとしていた元凶を倒す事で解決へと導いてみせた。

 

 ”遊撃士の真似事””猿真似支部”などという揶揄も聞こえなくなってきていた彼らは、それでも驕る事無く今でも精進を続けている。その姿勢を評価している者は少なくない。

 そうでなければ、堅物で知られるアレックス・ダドリーが国際会議の警備シフトの中に彼らを組み込む事もないだろう。

 

 それらの功績、そして常に最善の結果を導き出すために邁進するその姿を、ミシェル経由でレイは伝え聞いていた。

 そうでなくとも、結果を残し続ける彼らを前に”侮る”などという愚かしい選択肢を残すほど幼稚な思考をしている彼ではない。

 見知った顔が半数以上を占めている事については敢えて触れるつもりはないが、間接的に彼の恩人たちとなった彼らの実力を見てみたいと思ったからだろう。ロイドからの模擬戦の申し出に、レイは特に悩む事無く頷いた。

 

 

「場所はどうする?」

 

「そうだな……西クロスベル街道を少し行ったところに人目に付き辛い広めの場所があるから、そこにしよう」

 

 案外あっさりと決定した模擬戦の場所。そこはレイも幾度か足を運んだ場所であり、場所の形状もすぐに思い出す事ができた。

 しかし、思い立ってすぐ行動に移ろうとした矢先、それまでノエルやエリィと談笑してたシャルテがおずおずと右手を挙げて言った。

 

「あ、あのぅ……も、もしお邪魔じゃなければ私も見学して良いですか?」

 

 よりハイレベルな戦いを見る事で今後の自分の精進の糧としたい、と言って来たシャルテの申し出にも快くOKを出す。

 一応遊撃士の仕事の方はいいのかと聞いてみたが、次の依頼で行くはずの場所が西クロスベル街道の先、ベルガード門の近くであるという事で、見学が終わった後にそのまま向かえば問題ないとの事であった。

 念のため、ミシェルにも了承を得てから、中央通りを経由して西通りから西クロスベル街道へと抜ける。晴天という事もあって支援課の車ではなく徒歩で向かった一同だったが、レイが放出していた殺気に怖気づいた所為で、道中では全く魔獣に遭遇する事もなく目的の場所に辿り着いた。

 

「あー、此処も懐かしいなぁ。魔獣の大群を追い詰めて、此処でスコットやリン達と殲滅パーティーしたなぁ」

 

「言う事がいちいち物騒でしかない」

 

「というか大陸横断鉄道の線路の真横で殲滅パーティーとか苦情が殺到しそうなんですがそれは」

 

 ノエルの言う通り、此処は街道から少し外れて窪地となっている場所であり、鍵が掛けられている鉄のフェンスの向こう側には大陸横断鉄道の線路がある。

 とはいえ此処は一般人はまず立ち入らないような場所であり、線路の整備などを担当する関係者しか訪れない。その為多少暴れても大丈夫なのだが、流石に大規模な殲滅戦をするには不適当な場所だろうと危惧しての言葉だったが、レイは悪い笑みを見せてその疑問に答える。

 

「あぁ大丈夫大丈夫。火器類とか一切使わないで全部白兵戦でカタ付けたし」

 

「え? スコットさんの武器って確か導力式ライフルじゃあ……」

 

「銃口の近くに銃剣付ければ出来るだろ? つまりそういう事だよ」

 

 銃衝・銃剣術とか必須だしなぁ、とレイが呟くと同時に軽くシャルテが戦慄していたが、敢えてそれには反応しない事にした。

 

 

「それじゃあ、始めるか」

 

 そう言ってロイド達から少しばかり距離を取って、レイは愛刀を刀袋から取り出す。

鞘付きのそれを器用に数回回してから、肩に担ぐようにして構えた。

 チリリと、焦げ付くように表層に現れたその闘気を機敏に感じ取り、ロイド達も戦闘態勢に入る。

 5人がそれぞれの戦闘位置に着くのと同時に、シャルテもまた戦闘領域から離脱していた。

 それを見届けてから、レイは目の前で武器を構えた5人の姿を一瞥していく。

 

 前衛はロイドとランディの二人組。トンファーとスタンハルバードという間合いの違う二種の武器を扱う二人を同時に相手するとなると、普通なら厄介である。ロイドの技量こそ未知数だが、既知のランディの武器捌きは取り敢えずそこそこと言って過言はない。重撃のパワータイプと、恐らく技巧派のテクニックタイプ。前衛を飾るには悪くない。

 中衛はノエルとワジの二人。二丁の導力式軽小銃(サブマシンガン)を重さや反動を気にさせないレベルで扱うノエルと、高い敏捷力を武器に足技で攻めて来るワジ。特にワジの方はアーツの技量もそこそこな為、中衛としては申し分ない。二人共が戦い慣れている分、臨機応変な対応が可能だろう。

 後衛はエリィ一人。得物は恐らく競技用に作られた中口径導力式拳銃を改造して実戦用に仕立て上げたもの。形状からして単発式であるため、それ程脅威ではないように思えるが、元が競技用、もしくは狩猟用として用いられていたであろう代物であるため、使用される弾丸の威力はノエルのそれを超えると思われる。加えて漏れ出てきている魔力の質からして得意とするアーツは水と風、そして幻の三属性。典型的なサポート系だろう。

 

 以上の戦力分析を3秒以内に終わらせたレイは、スタンダードな戦法に則って、刀を抜くより前に、移動中に右腕の袖の下に忍ばせていた二振りの投擲用ナイフを手首の返しとバネだけで投げつける。

 狙ったのは唯一の後衛、エリィだ。

 

「っ‼」

 

 上半身の捻りも肩の動きすら使わずに投擲されたそれは、普通であればマトモに飛ぶ事すらないだろう。

 しかし、一瞬だけ瞬いた銀閃と共に裂帛の速さで以て放物線すら描かずに、切っ先はそれぞれエリィの構える銃の銃身と左肩をギリギリ掠めない位置を向いて飛んで行く。

無論、以前巨大ゴルドサモーナに使用したような強力な即効性麻痺毒が塗布されたものではなかったが、着弾すれば銃身のフレームを狂わせる程度の威力は備えていた。

 

「よ、っと」

 

 だがその二振りのナイフは、直線状に割り込んできたワジが放った蹴撃によって防がれる。

 特殊な加工を施したブーツの靴底に当たって打ち上げられ、そのまま高く茂った雑草の中へと消えてしまう。

 

「まぁ君なら、まずはこう来ると思っていたからね」

 

 多対一に限らず、まず潰すべきは後衛役。そんな事は戦法として常識だ。

 なまじ相手が女性だからだとか、仕合いの場でそういう事を一切考慮に入れないのがレイ・クレイドルであるという事を理解していたワジだからこそ、その行動を先読みして動く事ができたのだ。

 

 しかしそれは、レイにとっても予想内だった。

 この状況で自分の思惑を理解して、位置的に、そして性格的に躊躇いなく動く事ができたのはワジだけである。

 それを把握した直後には、既に前衛の二人が闘気を纏って攻撃を仕掛けて来た。

 

「ふッ‼」

 

「おらァッ‼」

 

 初撃はランディのスタンハルバード。そして僅かに遅れてロイドのトンファーの双撃。

 二人の攻撃の間に生じたタイムラグは、決して連携の齟齬から生まれたものではない。前述の通りそれぞれの得物の間合いの違いを巧みに利用した、見事なコンビネーションの成せる業。

 ランディの一撃は躱されるか防御されるかが”前提”となる一撃。それに相手が対応した瞬間、ロイドが繰り出した攻撃が相手の体を挟み込むようにして迫ってくるのだ。

 

「(へぇ、悪くないな)」

 

 一朝一夕では出来ない、コンマ数秒単位での連係プレー。それも各々の技量がそれなりの水準で纏まっている為、相乗的にその強力さが分かる。

 だが、それを易々と食らってやるわけには行かない。大上段からのランディの一撃を≪天津凬≫の柄頭で受け止め、左右から迫ってくるロイドの攻撃は鞘と硬化を施した拳で難なく受け止めてみせる。

 

 しかしその直後、眼帯に隠れて視覚的には死角になる左側に回り込む人影をレイは察する。

 ノエルだ。レイを射程の範囲内に収め、尚且つロイドとランディには当てないという絶妙な位置に回り込み、そこで二丁の導力式軽小銃(サブマシンガン)の銃口が火を噴く。

 とはいえ、放たれた弾丸が掃射を終える直前に、レイは軽業師のような軽妙な動きで二人の攻撃を弾いて背後へと飛び退く。

 

「っと」

 

 息を吐かせぬ繋げ技。それだけでも彼らが相応の修羅場を潜って来た事は計れたが、生憎とレイの評価表はそれだけで及第点を与えられる程甘くはない。

 飛び退いた直後に地面に足を付けると同時、愛刀の鯉口を切って目にも止まらぬ抜刀で眼前の空間を一閃する。

 一見何もない場所を斬ったように思えたその行動だったが、その白刃は違わず自身に迫っていた”それ”を真っ二つに割いていた。

 それは弾丸。ノエルが使用している小口径用のそれではなく、より破壊力のある中口径弾丸。

 それを弾頭から綺麗に真っ二つに割いて見せたのだ。弾道がそれた二つの破片が、そのまま地面へと着弾する。

 

「ッ、銃弾を斬った⁉」

 

「ビビるなよ、ノエル‼ こいつらならこれくらい(・・・・・・・・・・・)普通にやる(・・・・・)‼」

 

 ”達人級”の武人というものの不条理さを十二分に理解しているランディはそう叫び、自分が放った弾丸が普通では考えられない方法で防がれた事で一瞬硬直してしまっていたエリィもそれで正気を取り戻した。

 見えている弾丸程度は(・・・・・・・・・・)捌けなければ逆に不自然という、常人からすれば理解できない不条理。しかしそれを当たり前にするのが達人という者達で、今目の前に立っている少年も、例に漏れずその一人なのだ。

 その恐ろしさの片鱗でも味わう事ができれば御の字だろうと、ランディは密かにそう思う。

 

 戦況は振り出しに戻った。レイが今のところ攻めるような姿勢を見せていない以上、千日手に近い状況に追い込まれる可能性すらある。

 それを打開できる方法を編み出せるか否かが、戦局を打ち砕く鍵となる。ジリジリと睨み合いながら再び間合いを調整するその空気は、これ以上ない程に張り詰めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そしてその後も、レイは常に受け身に回った状態でロイド達が繰り出す多種多様な攻撃を全て捌いてみせた。

 状況だけ見れば有り得ないと思うだろう。≪教団事件≫の解決など、頭角を現していた特務支援課の面々が、手も足も出す事が出来ずにあしらわれているのだから。

 ……否、正確に言えば”手も足も出している”のだが、その悉くがレイ・クレイドルの服にすら擦過しない。

 

 何故なのかと問われれば、答えること自体は簡単だ。

 攻撃の全てが見切られ、異常なまでの反応速度で以て対応されているだけ。五人が繰り出す連携攻撃を、表情一つ変えずに捌いてみせている。

 

 

「(―――凄い)」

 

 世辞も衒いもなしに、シャルテはその光景を見てそう思った。

 火力が飽和していると言っても決して過言ではない攻撃を、まるで剣舞を舞っているかのような無謬な動きで対処していくその姿。

 手を抜いているわけではないという事は分かる。彼は本気だ。恐らく全力ではないだろうが。

 そも実戦に未だそれ程慣れてはいないシャルテにはレイの動きのカラクリが良く分かっていない細腕でランディの剛撃を易々と受け止めたかと思えば、ロイドとワジの技巧的な技を身一つと刀一本で華麗に防いでみせる。手数では圧倒的な筈の弾丸の雨嵐の渦中に在って、服には解れ一つ足りとも見せていない。

 

 これが、”クロスベルの二剣”と謳われた内の一人の実力。

 レマン本部にもその名が轟いていたA級遊撃士、≪風の剣聖≫アリオス・マクレイン。そんな人物と双肩を張る準遊撃士がいるという噂を耳にした時、シャルテはそれをよくある与太話の類なのだろうと、取り立てて気には留めなかった。

 しかし同時に、火のない所に煙は立たぬとも言う。何の根拠もなしにそんな噂が流れるとも思っていなかったし、そもそも出所が本部の研修生の間でも有名な”魔境”クロスベル支部。それを知ってからはシャルテは、研修の片手間にその情報を集めてみていた。

 

 それに関しての情報は、集めれば集める程与太話臭が高まるものばかりであった。

 B級の遊撃士が複数人でも手間取るレベルの魔獣を一刀両断した。マフィアの事務所に一人で殴り込みをかけて壊滅させた。クロスベル市内に潜入して爆破テロを仕掛けようとしたテロリストを迅速に捕縛してみせた。

 白刃の一振りを手に魔獣の群れを蹂躙せしめる剣の鬼。かの≪剣聖≫カシウス・ブライトに見出された不出生の天才。

 そして―――その名が親愛なる姉が恋い焦がれる男性の名と同じである事が、偶然だとは思えなかった。

 

「(こ、これが……姉様が焦がれた人の力)」

 

 実際にその目で見てみると、その圧倒的な技量が良く分かる。

 剣を手繰るだけではない。ロイド、ランディ、ワジという三人を白兵戦で相手にしながら、ノエルの銃撃にも逐一反応して、加えてエリィがアーツを詠唱できないように投擲ナイフでの牽制も行っている。

 多対一というものに慣れている、というだけではない。後衛型ではないというのに、戦局を完全に把握している。まるで上空に第三の目があるかのように、彼はこの”戦場”を操ってみせている。

 そしてそれは、シャルテが目指している領域の話だった。

 

 自身に白兵戦の才能がないという事は、既に分かっている事であるし、今更それを否定しようとも思わない。

 無論、「才能がない」という事実を言い訳にして敗北を受け入れる程殊勝な性格でもないのだが、それでも自身の強みはまた別の所にあるのだと、それも確信を持って言える。

 後衛から戦局を見据えて、勝利への最善手を見つけ出す。自分がお世辞にも褒められるような性格をしていないという事は理解していたし、それを克服しない限りはその長所を伸ばす事も出来ないだろうと考えていた。

 しかし今、その手本とも言える存在が、目の前で戦っている。

 

 後衛に徹しているシャルテとは違い、自らも激しい白兵戦の渦中に在りながら、それでも戦場そのものを俯瞰し続ける観察眼と洞察力。

 その技量、そして胆力。いつの間にかシャルテは、レイの動きだけを逐一目で追うようになっていた。

 

「(ああした動きが出来れば、私も……)」

 

 姉と同じように強く在れるだろうかと、そうした思いを抱きながら、シャルテは再び戦況を目で追う事に集中し始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 このままでは埒が明かない、とロイドが思ったのは戦闘を開始してから数十分が経った頃だった。

 まるでこちらの思考が全て予知されているかのように、防がれる攻撃。昨日にその強さは遠目からでも分かっていたので初手から全力で行ったというのに、無情にもそれは彼の服を掠る事すらしなかった。

 遠慮などしていない、掛け値なしの全力。その全てが刀身で、柄で、鞘で、或いは氣で硬化された拳で受け止められる。受け止められたそれを攻撃が”当たった”と判断するならば”服に掠りもしていない”という表現は語弊なのだろうが、生憎と彼の向上心はそんなに低いものではない。

 

 自分達は確実に強くなっていると思っていたし、それは実際間違いではないだろう。

 一度は支援課の体制強化の為に各々が離れて実力の向上を図った。そうして再会してからも、決して慢心する事無く精進して来たと、そう胸を張って言える。

 だがしかし、そうした経緯を経ても目の前の少年に追いつくには余りにも遠すぎるのだと理解してしまった。

 

 強大な相手に立ち向かったのは初めての事ではない。星見の塔で戦った≪(イン)≫、月の僧院で戦った悪魔、グノーシスによって狂暴化したマフィア達や、それら全ての元凶だった魔人化したヨアヒム・ギュンターとの死闘。

 死線を超えるという意味ならば、それなりの状況を潜って来たと自負している。それらに打ち勝って来た事で、多少は強者に迫る事が出来ただろうかと、そう思っていたのだ。

 

 だが、蓋を開けてみればどうだ。

 これまで編み出して来た連携技、武技の数々が悉く通っていない。

 今にしても、ロイドが放ったトンファーの攻撃を腕を難なく掴まれて防がれたどころか、長刀を歯で咥えてランディのスタンハルバードの刃と競り合っているという状況で腕を引かれて足を払われ、投げられる。

 ナイフの牽制を逃れてエリィが放ったアーツ攻撃も、レイが呪力とやらを練り込んで淡く光った拳で殴りつける事で相殺して打ち消すという荒業をも涼しい顔でやってのけたのだ。

 凡そ白兵戦では同時に掛かったところで容易くあしらわれるだけであり、かと言ってエリィやワジに妨害系のアーツを使用してもらい弱体化を狙おうにも、恐ろしい程に高い対魔力に阻まれて効いている気配すら存在しない。

 

 故に分かる。今までレイは一度も迎撃以外で攻撃行動を行っていないが、これが積極的に”攻め”に入れば1分保つかどうかすら危うい。

 だから、攻め込ませるわけにはいかない。まるで時限爆弾の如く、時間が経つにつれて高まっていくレイの闘気の密度。それが最高潮に達する前に決めなければならないという事は、既に全員が本能じみたもので理解していた。

 

「(これ以上引き延ばすわけにはいかない……カタをつける‼)」

 

 ロイドは視線ではなく、指を不規則に動かしてそれで全員に対して合図を送る。

 それに対して頷く事もなく、まずはランディが駆けた。

 

「そうら―――よっと‼」

 

 横薙ぎに振るわれたスタンハルバードの刃は無論レイには届かなかったが、刃に纏われていた炎の魔力が振り抜かれたと同時に余波のように放出される。

 彼が『サラマンダー』と呼んでいるその技は、余波の熱風で火傷の状態異常を引き起こす十八番の技だが、レイにとっては生温い風も同義。

 しかし彼らにとって、それが通用しない事など百も承知だった。

 

「(ん? 何だ?)」

 

 熱風の余波を白人の一閃で振り払うと同時に、足元近くに投げ込まれた二つの金属筒。

 

「(ST型睡眠手榴弾(Sグレネード)―――ノエルか)」

 

 刀を振り切った瞬間という絶妙なタイミングを計って投げ込まれたそれを足で蹴り出す事も出来たが、レイはそれをせず、数瞬後に筒から噴出された白い睡眠誘発ガスに呑まれた。

 とはいえ、この程度のガスを吸い込んだところで体調に異変が起こるはずもない。”達人級”の武人なら体内に瞬時に氣を循環させて解毒を処置する事が可能だし、レイに至ってはそれをしなくとも薬物やそれに類似するモノに対する絶対的な抵抗力を発揮する呪術師の末裔の血が流れている肉体である為、こんなものは目眩ませ程度にしかならない。

 だが裏を返せば―――目眩まし程度にはなる(・・・・・・・・・・)のだ。

 

 視界が濃い靄に包まれ、一時的に不明瞭になった直後、今度はレイの眼前に”それ”が放り込まれる。

 

「(T-82型閃光手榴弾(クラッシュボム)―――‼)」

 

 投げ入れたのはランディだろう。飛んで来たのが直接的な攻撃ではなく更に直接的に視界を奪ってくるそれであった事にレイはほんのコンマ数秒だけ本当に行動が遅れ、反射的に目を閉じるその刹那の直前に至近距離で閃光が弾けた。

 普通であればそれは、失明も有り得る危険な状態だ。しかし瞬時に肉体の自然回復力を活剄で底上げした状態ならば、元通りに光を認識できるまでかかる時間は数秒。

 狼狽える事なく納刀を済ませたレイの魔力感知に引っ掛かったのは、煙の向こう側で発生した時属性のアーツの魔力の残滓。

 この状況で使用するアーツともなれば、選択は限られる。攻撃系統・妨害系統のアーツは基本的に効かない事は既に立証済みだろう。ともあれば後は、補助系統のアーツ。

 

 その応えに至った刹那、煙を突き破るようにして高速の攻撃が飛来する。

 『クロノドライブ』の効果で敏捷力が底上げされたワジが放った蹴撃。一時的とはいえ盲目になっている状態で反応するには余りにも速すぎるであろうそれに―――しかしレイは反応してみせる。

 速攻で放たれた六連撃。しかしその全てを紙一重で躱して見せ、空中で止まった一瞬を狙ってワジの顎元に長刀の柄頭をトン、と突きつける。

 

「―――本気で俺を下してみたいなら、最低でも”聖痕(スティグマ)”くらいは開いて来いや」

 

 ワジの耳以外には入らないような声量でそう呟き、レイは鯉口に曲げて添えていた親指を瞬時に伸ばして鍔ごと柄を高速で弾いた。

 

「ッ―――ガッ」

 

 弾かれた柄頭が端正な顎元に衝突すると同時に、ワジの脳が揺らされて軽い脳震盪が起こされる。

 そのまま膝から崩れ落ちるワジの様子を気配だけで感じ取りながら、しかしそれだけではレイの行動は止まらない。

 顎元に当たって引き戻された柄をそのまま左手で握り、そのまま背後を一閃した。

 

 八洲天刃流【剛の型・常夜祓】。威力を最低限近くまで落とした紫色の斬線は、しかし彼らにとっては本命であったであろうもう一人の人物を吹き飛ばした。

 

「ぐ、あぁっ‼」

 

 直前でトンファーの防御が間に合ったものの、それでも斬撃の威力に敗けて大きく後退させられたロイド。

 本来であれば、ワジの攻撃がよしんば届かなかったとしても、背後に回り込んだロイドが最速の攻撃で以て今度こそ”通す”つもりだった。

 だが、視界を封じられて尚、見えている時と同じように神速の動きと剣閃を繰り出す神業にも匹敵するその実力は流石に予想外であり、攻撃を届かせる前に防御に移行する事を余儀なくされた。

 

「(は、速過ぎ―――えっ⁉)」

 

 しかし、大きく後退してロイドが顔を上げた先には、更に信じられない光景が広がっていた。

 

「か……はっ……」

 

「う……そ……」

 

 ゆっくりと、それこそスロー再生の如く倒れるエリィとノエルの姿。その近くでは、静かに白刃を納刀するレイが堂々と屹立していた。

 状況からして、首筋を峰打ちでもされたのだろうが、それよりも瞠目せざるを得なかったのはやはりその速さだった。

 本気で攻撃に移ったら1分も保たないだろうなどとロイドは先程思ったが、その前言は撤回せざるを得ない。

 

 恐らく、10秒と保つまい。

 そう戦慄するロイドを他所に、レイは【瞬刻】を発動させてランディの懐に潜り込み、すぐさまその首筋に再び抜刀した白刃を突きつけた。

 

「おいおい、寝ぼけてんのか? 攻撃にキレがねぇ。心に迷いがある攻撃が、よもや俺に通じると思う程馬鹿じゃねぇだろうがよ、お前」

 

 厳しく突き放すように放たれた小さい言葉に、しかしランディは言い返す事ができなかった。

 

「ベルゼルガーを持ち出せとは言わねぇが、『ウォークライ』も使わないとはどういう了見だ? 本気で勝つ気あんのか?」

 

「っ……お前には関係ないだろうが」

 

「あぁ関係ねぇわな。ただ、俺が相手するからには(・・・・・・・・・・)半端はナシだ。残ってるのはお前ら二人だ。最後に策略とか抜きに全力で掛かって来いや。

 ―――おう、分かってるとは思うが、適当にかかってきたら本気で潰すからな」

 

 そう言ってから、レイはランディの胸倉を掴み上げ、そのままロイドが吹き飛ばされた方へと放り投げた。

 

俺達(達人級)に追いつきたいのなら、下手なプライドも使命感も全部纏めて脇道に放り投げろ。下らねぇ義務感で追いつかれるほど柔な道辿ってねぇんだよ」

 

 決して憤慨しているのではない。その有様が情けないと嘆いているのでもない。

 ただ彼だけは知っているのだ。遠からずこのクロスベルの地が混迷に陥る事を。天上の玩具箱として嬲られる事を。

 そんな非情な現実に打ちのめされて、膝をついて立ち上がれませんでしたでは笑い話にもなりはしない。

 立ち塞がるモノは多いだろう。だからせめて、この程度(・・・・)は根性で乗り越えて貰わないと話にならない。

 

「お前らの渇望を曝け出せ。自分が命張ってでも抗う勇壮を示してみせろ」

 

 模擬戦だとか、手合わせだとか、そういった事はもうどうだっていい。

 散々彼らの攻撃を受け続けて知れた。彼らは本気で強くなろうとしている。目指す場所まで駆けようとしている。

 生まれも育ちも立場も違う筈なのに、ただ一人の男、ロイド・バニングスという青年に感化された者達が、強く在ろうと思っている。

 それは、一度は死線を潜った者にしか見る事の出来ない姿だ。だからこそ、レイも半端はやめた。

 腑抜けた者がいるならば発破をかける。一度キツい一撃を入れてでも這い上がらせる。

 結局は、いつもⅦ組の面々を相手にしている時と変わらず、レイは本気で相対する者らに応えるのだ。

 

「それができないなら、もう立ち向かってくるな」

 

 その一言を投げかけると、立ち上がった二人から今までにない闘気が溢れ出て来た。

 

 

「悪ィ、ロイド。ちっとガチで行かなきゃならん理由が出来たわ」

 

「生憎だね。俺も同じだ」

 

 直後、ランディが天に向かって吼え上げ、ロイドが灼熱の闘気を噴出させた。

 『ウォークライ』、そして『バーニングハート』。最高にして最大の攻撃を叩き込む用意が整うと、両者が揃って地を蹴った。

辿り着くまでは一瞬だ。その間に、最大火力を注ぎ込む構えを取る。

 阿吽の呼吸が通じる者との間で成す事のできる二対一撃の技。称して『コンビクラフト』と呼ばれるそれが、掛け値なしの全力で叩き込まれようとしていた。

 

 無論、それを避けるようなレイではない。発破を掛けた以上、真正面から討ち果たすのが義務というものだろう。

 土壇場、背水でのこの状況で一瞬の迷いもなく立ち向かってくるその意気や良し。後は知るだけだ。それでも届かない、届かせないのが不条理の体現者である自分ら(達人級)なのだと。

 

 ゆっくりと、それこそ眼前に迫る覇気の奔流など気にしていないとでも言わんばかりに長刀の柄を両手で握り、正眼から最上段へと持っていく。

 そしてそれを、ただ愚直に、最速の速さで振り下ろした。

 

「八洲天刃流―――【剛の型・武雷鎚(たけみかづち)】」

 

 通常、戦闘中は全身に巡らせている氣と呪力。それを全て刀を振り抜く両腕と刀身に集約させ、ただの一撃、最強の一刀を繰り出す技。

 肉体の強化、自然回復力などの一切を破棄して行う、隙の大きいまさに防御を捨てた究極の刀撃。それが【武雷鎚】という刀技である。

 

 白刃はロイドとランディの間を縫うように振り下ろされ、しかし余波として巻き起こった氣と呪力の暴発は、一瞬とはいえ小型の竜巻を発生させるほどだった。

 無論、それに正面から巻き込まれて無事でいられる程、二人の肉体は頑強ではない。

 

「ぐぁ―――ああッ‼」

 

「くそ……おおッ‼」

 

 地面に巨大な斬痕とクレーターを刻み付けたその場所から舞い上げられるようにして、ロイドとランディが一時的に浮遊し、そして受け身を取る事も出来ずに地面に投げ出された。

 頭から落ちるのは避けられたが、背中を強打した事で意識が刈り取られる。

 しかしロイドの視界が暗転する直前、鍔鳴りの音が聞こえると共にレイの声が耳に入った。

 

「……忘れんなよ。俺ら(達人級)と戦って勝ちたいなら、己が勝利する事に疑問を持つな。何が何でも勝ってやるという意思を常に持て。

 その意志が一瞬でも揺らいだら、その場で死ぬぞ。何も護れず、無駄死にするのがお好みじゃないんなら、それをよく覚えておけ」

 

 どこか、二人の身を案じるような口調で言った後、レイはふっと微笑んだ。

 

「俺が見る限り、お前ら二人がしっかりしてりゃ、まぁ何とかなるだろうさ。―――ナイスガッツだったぜ、ロイド・バニングス捜査官」

 

 しゃがみこんで、ロイドの目の前に拳を差し出してくるレイ。それに、ロイドは弱弱しいながらも同じく拳を突き合わせる。

 

「あぁ。……ありがとう」

 

 それだけを言って意識を手放したロイドの姿を見降ろしながら、ふと周囲を見渡してみる。

 最初は良い具合に見極めるだけで終わろうとも思っていたのだが、気付けば随分と調子に乗っていたらしい。あちこちに大きな斬痕が刻まれており、何も知らない人間が見たら大規模な抗争でもあったのかと思わずにはいられない状況が拡がっていた。

 後悔はしていない。いずれ起こる騒動の中で、中心となってしまうのは恐らく彼らだ。

 退かず、呑まれず、屈さず、人智を超えた脅威に立ち向かえるだけの気概を、今回の一戦で少しでも培う事ができたのならば僥倖だ。それを思えば、この程度の被害を修復するのも、そう手間ではないと思える。

 

 その後、修復を手伝うと言ってくれたシャルテに対して「構わない」と言って任務に送り出してから、5人に【癒呪・爽蒼】を掛け、目覚めるまでの数十分間、ひたすら修復作業を行う事となった。

 二等級式神に持って来てもらったスコップを慣れた手つきで使いながら、レイはふと思った。

 

「(……結局クロスベルくんだりまで来てやってる事いつもと変わんねぇじゃん)」

 

 もしも、自分が帝国に行く事なくそのままクロスベルで正遊撃士となって活動していたら、彼らと共に戦う事になっていたのだろうか。

 ≪虚ろなる神(デミウルゴス)≫への憎悪も何もかも捨てて、ただこの街を守りたいという想いだけで彼らと共に歩めたのだろうか。

 

「(……結局、俺も人の事は言えねぇか)」

 

 つまるところはいつもと同じだ。似合わない説教じみた事をして、盛大にスベる。

 結局その悶々とした気分は、気絶していた一同の目が覚めるまで続いたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






 正月三が日明けてすぐにテストとか、もう学校呪っていいレベルなんじゃないかな。
 親戚の家に赴いて信じられないくらい飯食ったから正月太りしたかなーと思ったんですが、そうでもなかった。そこは嬉しいかも。

 さて、別に地獄を見たわけではなかった特務支援課一同。いずれ来るバケモノ共(※お察しください)との決戦に備えて、少しでも精神的成長が施せればなぁと思いました。
 奇しくも、レイ君がこんな事やってる時、リィン達はガチの地獄を見てました。それに比べれば温い温い(ゲス顔)。

 
 そして、この頃テスト勉強やレポート作成などの間に詰まるとイラストを描き始めるのが癖になって来た私なのですが、今回も投下していきます。
 以前感想欄でどなたかが仰られた、1月だし振り袖姿のイラストがあってもいいんじゃね? という言葉を真に受けて描いたものです。

 
【挿絵表示】


 正月、鏡の前で身だしなみをチェックするサラです。
 ……自分で描いといて何だけれど、何か違う気がするのは気のせいですかね?



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