「愚か者が相手なら、私は手段を選ばない」
by 暁美ほむら(魔法少女まどか☆マギカ)
「お待ちしておりました、オリヴァルト殿下、宰相閣下。ご無事の到着、何よりです」
8月30日午前9時。
クロスベル駅の特別運航車両のホームに停まっていたのは車体が真紅に染め上げられた帝国政府の専用列車。
名を≪グラーフ・アイゼン≫と呼ばれているそれがクロスベルに招いたのは、この日開催日を迎える≪西ゼムリア通商会議≫に出席するエレボニア帝国の要人。
即ち、オリヴァルト・ライゼ・アルノール殿下とギリアス・オズボーン宰相閣下を中心とした帝国政府の歴々である。
「ふふ、たかだか”隣国”に赴くまでの旅路だ。危険な事などあろうはずもないさ。そうでしょう? 宰相閣下」
「そうですな。―――君も務めを果たしてくれたようだな≪天剣≫。報告書には全て目を通させてもらった」
「……ありがとうございます」
そんな彼らが護衛の武官や一等書記官らと共に列車から出てくるのを最初は高位の武官達が出迎え、少し離れた場所で並んでいたレイは、前を通ったその二人に”外面用”の恭しい挨拶をする。
しかし内心は複雑だ。オリヴァルトに対しては、まぁこういった礼を取る事にあまり抵抗はないものの、オズボーンに対して頭を下げるというのは鳥肌ものだ。尤も、本人もそれを分かっている上で恭しい礼を取らせているのだろうが。
とはいえ、いくら内心で拒否反応を起こしているとはいえ、歴々の武官や文官、果ては報道陣が集まっているこの場で帝国代表の二人にいつものノリで不躾な態度を取るわけには行かない。
それを弁えているからこそ、レイは今、護衛職の末席としての役目に徹していた。
「今の所、クロスベル各所に異常はありません。ご安心下さい」
「ふむ、そうか。では―――」
「いやぁ、そうか。うん、流石”私が見込んだ”だけはある。”トールズ士官学校の理事長”として、まったく鼻が高い限りだよ」
レイの短い報告にオズボーンが応えようとした時、オリヴァルトがそこに割り込んだ。
ご丁寧に、随所の言葉を強調するパフォーマンスまで行って。
「(バーカ。カッコ付けてんじゃねーよ)」
それらの語彙を殊更に強調した理由は、”レイ・クレイドルという存在がギリアス・オズボーンの走狗ではない事”を印象付けるためだろう。
各国の報道陣、その中には『クロスベルタイムズ』の記者も交じっているが、とりわけこのクロスベルで元遊撃士のレイの存在は有名だ。”クロスベルの二剣”と称され、市民の間で親しまれている程度には。
そんな彼が帝国の代表であるオズボーンに必要以上に阿るような言動が誇張されてメディアに取り上げられようものなら、帝国嫌いの一部の市民から不興を買う可能性がある。「遊撃士が帝国宰相に魂を売り渡した」などとも言われようものなら厄介なのだ。
そこでオリヴァルトは「自分が
悪名高き≪鉄血宰相≫の走狗ではなく、エレボニア皇族のお眼鏡にかなった存在であると報道されれば、そうした不興を買う事もない。
そんな気を回してくれたオリヴィエに対して僅かばかりの微笑を送ると、当人はとても腹が立つ満面の笑みでサムズアップを返して来た。
後で張っ倒すと、そんな事を思いながらも感謝の念は残しておく。程なく二人は、案内役の人間に先導されて、護衛諸共駅の外へと出て行った。
その後に続いて来たのは帝国政府の文官。つまるところ書記官だ。
内政・外交補佐とも言えるその役職は、帝国では一等から三等まで分かれており、その順番に従って道を歩いて行く。
文官というだけあってきっちりとした身なり、表情で固めている彼らの中に一人だけ薄い笑みを浮かべて緊張感ゼロの表情で進んでいくレクターの姿は殊更に目立っていた。
仮の役職とはいえ、二等書記官の肩書を背負っているのなら”それっぽく”振る舞った方がいいだろうと心の中で思いはしたが、どだいあのお調子者にそれを強要するのは暖簾に腕押しというものだろう。
「―――あっ」
そして正式な役職を持った人間が通り過ぎ、メディア一同がこぞって駅の外へと出て行った中、レイに向かって声を掛けて来る人物がいた。
「お疲れ様ー、レイ君。早く現地入りするの、大変だったでしょう?」
「あぁ、いや。そうでもないっすよ。仕事してる他の時間はテキトーに街ブラついてましたしね」
「ううん。レイ君が頑張ってたのは分かるよ。現地の報告書は私も見たけど、すっごく細かく書かれてたもん。いくら遊撃士として知り尽くしてたからって、一度見回らなきゃああは書けないでしょ?」
「……ほんと、気遣い方っつーか、察しが良いですよね。トワ会長って」
視線は下に。自分よりも更に幼い容姿をしていながら、未だ貴族が幅を利かせるトールズで平民ながら生徒会長を務める辣腕を誇る女生徒、トワ・ハーシェル。
その手腕を見込まれて今回書記官補佐として通商会議の場に同席する事となった彼女は、異国の地で同じ学院の、それも見知った顔のレイを発見して嬉しいのか、心なしかいつもよりテンション高めで接して来た。
「どーですか? クロスベルの雰囲気は」
「うーん、まだ駅からも出てないから何とも言えないなぁ。……でも、随分と個性的な街だって事は分かるよ」
するとトワは、駅の窓からクロスベル市内の様子を一瞥し、少しばかり複雑そうな表情を浮かべてから、声のトーンを一段階落とす。
「私もね、一応調べたんだ。クロスベルがどんな場所か、一通り。
高度経済成長と引き換えに切り離された旧市街、それに政治家の腐敗やマフィアの横行。……うん、本当はね、怖かったんだ」
「まぁ、しょうがないっすよ。お世辞にも安全で塗り固められてるとは言い難い場所ですし」
警察や遊撃士がひっきりなしに動き回る都市。自治州の面積など帝国の足元にも及ばないというのに、危険性を鑑みれば恐怖感を感じるなという方が無理な筈だろう。
なまじ、遊撃士としてこの都市の醜悪な一面を見て来たから分かる。今はまともになって来ているが、レイがクロスベルに来た当初などは酷かった。
一歩裏路地に入れば、そこはマフィアの温床だった。傷害や窃盗、果ては強姦などの被害すら存在した。
生半可な正義感程度では払拭できない深い闇。それを間近で感じて来たからこそ、彼はそれでも市民の為に動き続ける遊撃士の同僚の姿に惹かれ、普遍的な正義を貫き続けるダドリーなどの刑事らの姿に感服していたのだ。
「でもね、実際にこうやって見てみると、やっぱり来なくちゃ分からない事もあるんだなぁって思うの」
しかし、トワの声は悲嘆には暮れていない。
「私はこの街が、悪い所だとは思えないなぁ」
「……そっすか」
そう言ってもらえるなら、レイ達が数々の事件の解決に奔走した日々も、ロイド達が平和の為に潜った修羅場も、決して無駄ではないと思える。
それだけでも、ある意味救われるような心地だった。
しかし、時間上の問題でそれ以上駅構内で話すわけにもいかず、用意された送迎者に乗って一行はそのまま中央広場から行政区を経て、目的地に続く坂を上がって行く。
そうして登り切った場所に屹立していたのは、青色の巨大な幕に覆われた巨大な建物。レイが初日にIBCビルの総裁室から眺めたそれは、実際に近くで見てみるとより荘厳なものに見えた。
この『オルキスタワー』の除幕式を以て、西ゼムリア通商会議の開幕となるという事は事前に知っていたが、成程パフォーマンスとしては充分過ぎるだろうと再認識する。
各国の首脳クラスの人間の度肝を抜いて、あわよくば
トワと共に送迎者を下りると、既にその首脳陣はタワー前の広場に集まっていた。
エレボニア帝国からは、皇帝ユーゲント・ライゼ・アルノールの名代であるオリヴァルト・ライゼ・アルノール皇子と、帝国宰相ギリアス・オズボーン。
カルバード共和国からは、共和国大統領サミュエル・ロックスミス。
レミフェリア公国からは、若き大公アルバート・フォン・バルトロメウス。
リベール王国からは、アリシア・フォン・アウスレーゼ女王陛下の名代であるクローディア・フォン・アウスレーゼ王太女。
いずれも壮麗、或いは豪彊。意図的に、或いは本質的に支配者や王者の貫禄を醸し出す彼らの姿に、警備に徹しているクロスベル警察の精鋭たちも思わず喉を鳴らすほどだ。
とはいえ、クロスベル支部の遊撃士ではなく、帝国政府に雇われた護衛という立場にいる今、自由な行動は慎まねばならない。今のところ空気はそれほど張り詰めてはいないが、それでも国際会議という腹の探り合いはもう始まっているのだから。
事前の下見という任務が終わった今、レイの仕事は再び護衛職の末席に戻る。書記官が列席する場所に行くトワと別れ、ミュラー少佐と顔合わせでもするかと踵を返した。
「あっ、すみません」
すると、後ろの方から誰かに呼ばれた。思わず立ち止まって振り返ると、そこには自分とそれほど年が離れていないであろう少女がそこにはいた。
艶やかな紫色の髪と瞳を湛えたその少女は、ただそこに佇んでいるだけでも高貴な印象を感じさせる。レイを引き留めたその声も、まるで鈴を鳴らしたかのような清涼感に溢れていた。
彼女が何者か、などという事は思慮に入れるまでもない。レイは、焦った表情も見せずに恭しく礼をした。
「あぁこれは、お初にお目にかかります、クローディア・フォン・アウスレーゼ王太女殿下」
「ふふ、そんなに畏まらずとも結構ですよ、レイ・クレイドルさん」
時期リベール王国の王位継承権第一位。年齢こそ18歳と若いが、その佇まいにはこの雰囲気に呑まれている様子が一切感じられない。
そんな彼女との接点は、レイの記憶にある限り皆無だったのだが、向こうが自分のことを知っているという事に僅かばかりの疑念を抱いた。
声をかけるに足る理由がなければ、よもやこんな場所で一回の護衛に過ぎない自分を引き留める理由などないのだから。
「どうして私がレイさんのお名前を知っているのか、といったお顔をされてますね」
「不躾でしたら、申し訳ありません」
「いえ、当然です。―――レクター先輩とヨシュアさんから、度々お話をお伺いしてましたから」
成程、と納得する。
実のところ、レイがレクター・アランドールと最初に出会ったのはクロスベルではない。
まだ遊撃士になりたての頃、リベール王国のツァイス支部を中心に活動をしていたレイが、ある時ルーアン支部からの要請で魔獣退治に赴いた事があった。
危険度Bランクの大型魔獣がヴィスタ林道に迷い込んだ事により、周囲の魔獣が活発化。暴走が広まっているという概要の事件だったのだが、同僚の遊撃士であるカルナや行動を共にしていたシェラザードらと共に魔獣の侵攻先にあったジェニス王立学園を背に防衛線を展開した事があったのだ。
その際、当時オズボーンの意向によりリベールでの諜報活動もかねてジェニスで学生生活を送っていたレクターと出会い、何だかんだで腐れ縁になってしまったのである。
結局レイは約1年間のリベールでの遊撃士活動を行った後にクロスベル支部に引き抜かれた為、それ以降会うことはなかったのだが、風の噂でレクターが学園の生徒会長になったという話を聞いて大爆笑し、その1年後にはクロスベルで再会するという奇縁があったりするのだ。
「では、殿下もジェニスに?」
「はい。偽名を使って身分を隠して通っていました。その時に先輩とお会いして、お茶とかをご一緒する時によく聞かされました。面白い遊撃士がいた、って」
「面目ありません。お耳に入れるような面白い事はしていなかった筈なのですが」
防衛線といえば随分と切羽詰った状況を連想させるし、実際非戦闘員が多い学生の中にはパニックになりかけた者もいたのだが、戦っていた側からすればそれほど厳しい戦いではなかった。
≪マーナガルム≫団員仕込みの爆破トラップやらシャロン仕込みの凶悪ワイヤートラップやらを公認状態で試していた上に、久しく体験していなかった”雑魚をただひたすらに斬り捨て続ける”という容赦も何もあったものではない暴れっぷりを存分に披露しただけである。
……価値観が一般的な人間からしてみれば、それは修羅の行いに他ならないのだが。
「ヨシュアとは……あぁ、成程」
「えぇ。軍部のクーデター事件の際も、≪リベールの異変≫の際も、ずっと助けていただきましたから」
果たして、まんまとカンパネルラの策に乗せられて帝都ギルド支部襲撃事件の際に足止めを食らっていたのと、その後も≪結社≫の手回しにしてやられてリベールの応援に赴けなかった自分があの事件に対して何か言える権利などない。
≪白面≫のワイスマンの主導のもと、≪幻惑の鈴≫≪痩せ狼≫、そして≪殲滅天使≫に≪剣帝≫という名立たる≪執行者≫を相手にリベールという国家を守れたのが偏に彼らの尽力の成果であることは分かっていた。仮にも”武闘派”の≪執行者≫を2名も相手してよく大きな人的被害を出さなかったものだとあの時は思ったものだったが、メンバーの中に殺人狂がいなかったのが不幸中の幸いといえるだろう。
とはいえ、そういった死線を潜った身であるならば、成程その意志の強さも理解できる。
若くして時期女王の責を背負うというのは、並大抵の精神力では耐えられないだろう。リベール王国は技術体系的な意味合いでは二大国にも引けを取らないが、軍事力という面では一歩も二歩も劣る。
そういった情勢の中で≪百日戦役≫という地獄を耐え、帝国の侵入を許さなかったばかりか≪不戦条約≫の締結に持ち込んだアリシア女王の後釜というのは並大抵の人間に務まるものではない。
真っ向から相対するのはあの≪鉄血宰相≫だ。僅かでも隙を見せれば、すぐに呑み込まれてしまう。
一瞬の油断、僅かな瑕疵も許されない外交の手腕こそが、次期女王たる彼女に最も求められるスキルだろう。或いは女王陛下も、そういった温情も仁義もない腹の探り合いの空気を学ばせる意味合いで孫娘をこの場にやったのかもしれない。
「お時間がありましたら、後でまたお話をお伺いしたいです」
「恐縮です。……おや?」
そうして話に一区切りがつくと、人混みの中から一人の長身の女性が姿を現す。
短く切られた翡翠色の髪に、青瞳。隙なく着こまれた服装は、まさしく栄えあるリベール王室親衛隊のそれだった。
「殿下。……此処におられましたか」
「ふふ、ごめんなさいユリアさん。ちょっとお話しなければいけない方がいらっしゃったものですから」
男装の麗人。まさしくそう称するに相応しいその人物のことも、レイは存じていた。
というよりも、彼女のことはクロスベルでも有名だ。異性よりも同性にモテるような人物を好む女性はどこにでもいるようで、巷では「ユリア様」などと呼ばれて大きな人気を得ていたりする。
そんな彼女に向けても、レイは深く礼をする。
「初めまして。エレボニア帝国トールズ士官学院所属、レイ・クレイドルです。此度は帝国政府の護衛役を仰せつかって列席させていただきました」
「あぁ、これは丁寧に申し訳ない。リベール王室親衛隊大隊長、ユリア・シュバルツ准佐だ。君の事は、カシウス将軍から良く聞いているよ。あの高名な≪風の剣聖≫と比肩する実力の持ち主だそうじゃないか」
「若輩の身です。まだまだアリオスさんを超えてはいませんよ。……今は、ですが」
剣の腕前だけを見れば後れを取っていないと、そう自負できるが、こと武人としての完成度を問われれば、未だ追いつけていないのが現状だ。それだけ、”理”に到達した武人というのは強い。
”理”という概念は、各々一人一人によって様々だ。雑念を一切捨て、明鏡止水、無の領域に立ち入った者のみが辿り着けるという”そこ”にあるのは、己という魂の”根源”。
それを悟る事によって、武人は欲界の縛りに囚われる事無く技を振るう事が出来る。また、物事の森羅万象を見渡す目にも長けるようになり、武芸のみならずあらゆる行いに秀でるという。
レイは未だ、そこに至ってはいないが、師によれば”理”に至る前までの”門”は既に開いているという。過去に幾度か、死に瀕するほどの危機に陥った際に無意識に踏み込んだ事はあると言うが、己の”根源”を正しく認識していない今の状況では、アリオスと比肩しているとは言い難いだろう。
だが、いずれ追いつき、追い越すという渇望は常に抱いている。今回はついその本音が漏れ出た形になってしまったが、ユリアはそれを咎める事無く、男勝りな爽やかな微笑を浮かべた。
「そうだな。武人たるもの、己の力量を見極め、その上で高みを目指し続けなければならない。目標は仰ぎ、尊敬もする。だがいずれは下し、更なる高みに至る橋頭堡に過ぎないと言えるほどの気概がなければ成長など見込めないだろう。……フフッ、一度君とは手合わせをしてみたいな。学べることは多そうだ」
「こちらとしては願ったりですが、生憎と今はお互い任務に徹しなければならない身の上ですしね」
「違いない。私は武人だが、その前に騎士だ」
そうして手合わせそのものはお流れになってしまったが、眼前の女騎士が一切の混じり気のない武人であると分かっただけでも幸いだ。
リベールで起こった軍部のクーデター以後、カシウス・ブライトが遊撃士の職を辞して実質上の軍の最高責任者となってから大規模な建て直しが行われたという話は聞いていたが、成程確かに親衛隊の大隊長としては充分強者の部類に入るだろう。
見た限り武の技量もさる事ながら、一本の強固な意志が揺らぐ事も罅が入る事もなく芯として通っているように見受けられる。こうした人間は、総じて強いのだ。
「あら、珍しい組み合わせね」
そんな事を思っていると、またまた背後から声を掛けられる。
何だこれは、同窓会か何かか? などと思いながら再び振り向いてみると、本当に良く見知った顔の女性が立っていた。
長く伸びた黒髪と翡翠色の瞳。淑やかというよりは凛とした雰囲気を纏った佳人であり、スタイルの良いその長身の容貌と相俟って、スーパーモデルも顔負けのオーラを放っていた。
しかしながら無論、この場所に堂々と姿を晒している時点で、彼女もただの人間ではない。
「あ、キリカさん。お久し振りですね」
「えぇ。お久し振りです姫殿下。―――失礼。今は王太女殿下でしたね」
元リベール王国遊撃士協会ツァイス支部受付嬢、キリカ・ロウラン。≪リベールの異変≫などの際にもその辣腕を如何なく発揮してサポートに徹した彼女はクローディアとも面識があり、そして―――。
「貴方も久しぶりね。レイ」
「そっすね。もう受付嬢やめて共和国大統領の直轄に入ったんでしたっけ」
「えぇ。でもこうして貴方に会うと、ツァイスに居た頃を思い出すわ」
レイがツァイス支部預かりとなったのとほぼ同時期に受付嬢として活動し始めたという過去も持つ。
しかしながら現在の彼女の正体は、共和国大統領直轄の諜報機関≪ロックスミス機関≫の室長。彼女自身も”泰斗流”を修めた武人であり、≪飛燕紅児≫の異名で呼ばれる事もある。
今回は流石に諜報員としてではなく、大統領の護衛としてクロスベルを訪れたのだろうが、相も変わらず油断ならない独特の雰囲気を纏っていた。
「ノルドの一件では迷惑をかけたようね。あちらから≪
「終わったことですし、別に構わないっすよ。ウチの宰相はそちらさんに貸しを作ったようですし」
「えぇ。……まぁいずれにせよ、こんな場所で話す事でもないのだけれどね」
現在集まっているアスコミの大半は、オズボーンとロックスミスの二人がクロスベル市長のディーター・クロイス、州議会議長のヘンリー・マクダエルと話をしている様子に釘付けになっており、幸いにも此方を注視している者はいない。
だが、第三者の耳に入れば厄介な事になるのは変わらない。そうでなくとも共和国の諜報室室長と帝国の学生が話し込んでいるという事実だけでも、話している内容を知らない者からすれば厄ネタとして拾われかねない。
「それでは、私たちも戻りますね」
「失礼する」
それを察したのか、クローディアとユリアの主従は軽く頭を下げてから踵を返す。その後、キリカとも一言二言を交わしてから分かれた。
時刻はそろそろ午前10時。レイも所定の位置に戻り、各国の代表者も並ぶ。
燦々と照りつける太陽の下、情熱的な赤いスーツを着たディーターが、自身に満ち溢れた表情を浮かべたままそれらの前に立った。
「―――各国首脳の皆様、ようこそ遠路はるばるクロスベルへとお越し下さいました」
マスコミも含めて、一同が静まり返る。タワー前広場には、ディーターの朗々とした声のみが響き渡った。
「この度は、西ゼムリア通商会議にご出席いただき、誠に有難うございます。
通例ならばこの場で歓迎の意と共に開会宣言をさせて頂くところですが……その前に、この記念すべき日にことよせて皆様のお時間を頂きたいと思います」
切られるシャッターの音とフラッシュの光。それらが醸し出す緊張感の中、遂に大陸最大の建造物が衆目に披露される事となった。
外観を覆っていた幕が、機械の駆動音と共に開けていく。外壁を覆う瑕一つない硝子はまるで空の女神の祝福を受けたかのように輝き、ビルディングの上部にはクロスベルの自治州旗にも印されている鐘のシンボルマークが堂々と鎮座していた。
高さ約240アージュ、階層は地上40階。クロスベル市の新市庁舎にして一大国際交流センター。貿易・金融都市を象徴するクロスベルの新たなランドマークである『オルキスタワー』。
その摩天楼の代表ともいえる巨大な楼閣を目の前に、首脳陣ですら息を呑む。
普段から飄々としているオリヴァルトですら度肝を抜かれたような表情を浮かべ、クローディアはかつて仲間らと共に昇った天空都市の光景を思い出す。
ロックスミスは豪快に笑みを零し、オズボーンですらその大伽藍を前にIBCの資本力に素直な賞賛を漏らした。
「それでは改めまして、首脳の方々、及びこの場に列席して頂いた全ての関係者の立会いの下―――『西ゼムリア通商会議』の開催を、宣言させていただきます‼」
沸き起こる盛大な拍手と、比べ物にならない程のフラッシュの奔流。
打ちあがった花火とビルディングを見上げながら、しかしレイは感慨に耽る事もなく、それを達観した目で見ていた。
「(さしずめ、妄執に囚われた錬金術師が築き上げた魔塔ってところか)」
平和と発展を象徴すると示された謳い文句に人知れず嘲弄するような笑みを漏らし、因縁の地に建てられた巨塔を、ただ感情の籠らない瞳で見上げることしか、今のレイにはできなかった。
―――*―――*―――
通商会議の開催と銘打ってはいても、何も二日間予定されている日程の全てを会議漬けにするわけではない。
初日は文字通りの顔合わせ。昼食会に各種懇談会。そして夜には晩餐会に加えて『アルカンシェル』での観劇まで予定されている。
通商会議の本番は二日目。つまるところ初日の夜は、穏やかに過ぎ去る筈であった。
「だから、ね。まさか見つかるとは思わなかったなぁ」
クロスベル市西部の住宅街。比較的高級住宅が軒を連ねるこの区域の一角、その中でも人が棲みつかなくなって久しい洋館の屋根上で、そんな呑気な声が響く。
やや涼し気な風が混ざるようになって来た夜風が吹き、声の主の少年の髪が棚引く。首筋辺りで短く切られた黄緑色のそれが揺れると同時に、火の粉のようなものもチリ、と舞う。
「平和ボケしてるのかと思ったけど、案外そうでもないらしいね? さっすが、元”武闘派”は違うねぇ~」
「うっせぇよ悪戯魔。相変わらず全力でおちょくりに来やがって」
そんな少年の首筋に刀を突きつけているのはレイだ。とはいえ、殺気の類は放出しておらず、ただ形だけ威嚇しているに過ぎない。
何故かと問われれば、答えは簡単。
「まぁ、爺さんからお前が来てるって聞いてから何かしら
「あ、怒るとこそこなんだ」
「ジオフロントでの爆発事故とかよくある事だしな‼ 主にマフィアとかテロリストとか色々相手にしてるとどいつもこいつも馬鹿の一つ覚えみたいに爆弾パーリィ仕掛けて来るから爆弾処理の資格も取れたくらいだよ。……とはいえ、この時期にやらかしてくれると安全保障の面とかでウチのクソ宰相が大層良い笑顔浮かべるのが目に見えてんだよ。ムカつくから全力で揉み消しに掛かるけどな」
「君は相変わらず貧乏くじを引くのが上手いよねぇ」
そう言って少年は、屈託のない笑みを浮かべてから、首元スレスレに刃があるにも関わらず振り向いてみせた。
「それとも、君がこういう悪戯に鼻が利くようになったのは、僕とブルブランの教育の賜物かな?」
「まぁ幻術関係ならお前とルシオラ姐さんに鍛えられたのは確かだがな。だがあの変態紳士は駄目だ。次に会ったら全力の腹パン決めるって誓ってるし」
「おぉ、怖い怖い」
「……とはいえ、ここでお前を斬り捨てるっていう選択肢もあるんだぜ? カンパネルラ」
結社≪身食らう蛇≫の≪執行者≫。そのなかでもNo.0の称号を戴く、≪道化師≫。
聖遺物の呪いの影響で成長が遅いレイから見ても、彼が≪結社≫に入った11年前から一切姿形が変わらないその異様さは、今でも形容し難い。
ただ彼は、エージェントたる≪執行者≫の中でも特別だ。≪盟主≫に謁見できる権利を有し、≪使徒≫の行動に付き従う存在。行動の不明瞭さ、無軌道さで言えば、ブルブランに勝る。
加え彼自身の性格と相俟って、迷惑を被る人間はまるで掌で弄ばれているように転がされる。それが、カンパネルラという存在の厄介さにも直結しているのだが。
ギラリと白刃が光を反射すると、おどけたように肩を竦めてみせる。そうした行動にいちいち構っていては、彼と会話する事すら出来ない。
「ふふ、それは勘弁だなぁ。あ、じゃあせめて、何で僕の居場所がバレたのかだけ教えてくれないかい?」
「やだよ、メンド臭ぇ」
「まぁまぁそう言わず。いや実際、ホントに分からないんだよねぇ。付けられてた様子は感じられなかったのに」
「……好奇心旺盛さも時と場所を選べや」
とはいえ、こうなってしまっては千日手だし、何より―――
そう考えたレイは、空いていた左手の指をパチンと一回鳴らす。
「……へぇ」
すると闇夜の中から、うねるような”影”が現出する。
それはさながら街中を飛び回る鴉のような有様だったが、全身を覆う漆黒の外套を纏った”それ”は、まるでレイに傅くように横に降り立つ。
”それ”に貌はない。敢えて言うなら”それ”には、黒一色の布の上に場違いのように白の能面が備え付けられているだけだ。
「それ、君の式神かい?」
「まさか。自立行動が出来る
さぁ≪道化師≫、お前の目からコイツは、何に見える?」
「ふふ、よりによって僕が”答える側”に回るとはねぇ。面白いよ、やっぱり君は」
どこまでも余裕そうな表情を浮かべるカンパネルラに対して、レイもまた余裕そうな表情は崩さないが、それでも内心は僅かに乱れていた。
実際、カンパネルラの動きを察知できたのはギリギリだったし、それも一種の賭けのようなものだった。運が悪ければ、こうして対面する事もなかっただろう。
カンパネルラが口を閉じて、思考に耽っている僅かな時間、レイはこの状況に至るまでの事をふと思い返していた。
【通商会議】
もしかして→ダイナミック同窓会。
どうも、十三です。FGOでカルナとアルジュナ課金してまで手に入れようとしたら爆死しました。流れ弾でマルタ姐さんとランスロットさん来てしまいました。泣きたい。
さて今回、レイがクローゼと会ったわけですが、この二人初対面です。
レイが野暮用でジェニスにお邪魔した時は時系列的にクローゼは入学していません。そしてレクターは生徒会長だったかどうかも判明していません。なのでこんな感じになりました。
次回はもう一度30日の昼に戻ります。ウザったらしいとは思いますが、お付き合頂けたら幸いです。