英雄伝説 天の軌跡 (完結済)   作:十三

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「選択の時がきた。心して己に問え。悔いを残すな‼」
      by 不動GEN(創聖のアクエリオン)









黄金軍馬の防人  ーin ガレリア要塞ー ※

 

 

 

 

「あ、リィンやっほ…………アレ?」

 

「久し振り、でもないか。……ん? どうしたんだ、ミリアム」

 

「いやいや、どうしたのかはコッチのセリフだぜ。お前らレグラムで何やって来たワケよ?」

 

 

 ―――8月30日。クロスベルにて通商会議の一日目が開催される日の早朝。

 レグラムを発ち、次に向かうガレリア要塞までの道程の途中で乗った帝都駅発クロスベル行き大陸横断鉄道の車内で、リィン達A班はユーシス率いるB班と合流を果たした。

 

 しかし、停車中の車内でリィン達を見つけて手を振ろうとしたミリアムを始めとして、ユーシス、マキアス、クロウ、エリオット、フィーの四人も、リィン達を見た瞬間に思わず固まってしまう。

 容貌が変わったわけではない。いつも通りの彼らだ。

 だが、少しでも武技を齧った者ならば―――否、そうでなくとも彼らと交流を持った者ならば誰でも分かるであろう程に、彼らは違っていた(・・・・・)

 

「あら、どうしてそう思うのよ」

 

 何となしにアリサがそう返すと、黄緑色の瞳でじっと見据えていたフィーが口を開いた。

 

「リィン達、”越えて来た”感じがする。私が戦場で初めて死にかけて、それでも何とか帰ってこれた時と同じ」

 

「……まぁ死にかけた事は事実だよな」

 

「肉体的にも精神的にも限界寸前まで追い込まれたな」

 

「まぁ、そうした事で忘れていた己を見つめ直す事が出来たのだから、感謝こそすれ恨む道理などないのだが」

 

「何だか思考が世紀末になってるけど大丈夫?」

 

「エリオットさんってたまに容赦ないですよね」

 

 そんな会話を交わしながら、リィン達も座席に座る。やがてホームに発射の合図が鳴り響き、列車は一路東へと走り出した。

 季節もそろそろ初秋に入ろうという帝国では、田畑は一面の小麦色に染まりつつあり、時にはそれを眺めながら他の乗客の迷惑にならない程度の大きさの声で互いの実習地での報告を済ませる。

 

 

「ジュライ特区ではとりたてて特筆すべき事はなかった。オズボーン宰相の下8年前に併合された経済特区だと聞いていたから警戒していたんだがな。思っていた以上に帝国の気風に馴染んでいたようだ」

 

 ユーシスが簡潔にそう説明すると、クロウが「ま、そうだわなぁ」と言葉を継ぐ。

 

「≪鉄血宰相≫に併合された自治州なんかは結構あるけどよ、そん中でもジュライは武力併合じゃなくて平和的に(・・・・)併合された場所らしいからな。経済特区としては中々賑わってたぜ?」

 

「フィッシュバーガー、おいしかった」

 

 グッ、と親指を突き立てて来るフィーの頭をエマが取り敢えず撫でていると、マキアスがリィンの方に視線を向けてきた。

 

「君たちの方は何があったんだ? 突如シオンさんが襲来して暴れられたりでもしたのか?」

 

「むしろそうだった方が良かったなぁとは思ってる」

 

 彼女ならばローエングリン城の玉座に座して高笑いをしながら魔王っぽく振る舞っていても全く違和感がないのだが、生憎とリィンたちが相手をしたのは魔王ではなく騎士なのだ。

 とはいえ、それを説明するのには少々骨が折れる。そもそもな話としてローエングリン城に異変が起こったところまではいいものの、いきなり霧に包まれたと思ったら別の空間軸に転移させられていて、そこで各々とてつもない強さの甲冑を着込んだ騎士と相対したなどと、普通に言っても伝わらないだろう。

 その為、ラウラたちA班全員の証言を併せて説明を行ったのだが、全てを話し終えるまでに小一時間もかかってしまった。

 

「《鉄機隊》に”戦乙女(ヴァルキュリア)”、《第七使徒》に《結社》か……」

 

「この時勢に鎧を着込んだ騎士と戦った、か。俄かには信じがたい話だが、お前たち全員が口を揃えるなら信じないわけにはいかないな」

 

「「…………」」

 

 聞きなれない言葉が羅列して眉を顰めるB班一同の中で、エマの膝の上にいたフィーと景色を眺めていたミリアムが黙り込む。

 その様子に気づいたリィンは、問い質すようなそれではなく、あくまで疑問を投げるような声色で二人に声をかけた。

 

「二人は、何か知っていたりするのか?」

 

「ん。……団長とかに聞いた話でしかないけれど」

 

「ボクは一応《情報局》にいるしね。といっても、レクター程詳しくはないケド」

 

 然程緊張感は持っていないような口ぶりで、ミリアムは道中で買ったらしい棒付きの飴を口の中で転がしながら続ける。

 

「大陸の色んなところで暗躍してる秘密結社。それを《結社》っていうんだって。名前は確か……そうそう、《身喰らう蛇(ウロボロス)》だったっけ」

 

「《身喰らう蛇》……」

 

「大きな国の諜報部隊じゃないといるかどうかも判明しない人達らしいけどねー。……でも、リィンたちは会ったんでしょ?」

 

 それに対して、A班の5人は首肯する。

 一戦交わしただけであったが、それでもリィン達は彼女らの”騎士”としての清廉さは否が応でも理解していた。

 であれば彼女らの名乗り、そして言葉に嘘偽りはなかったに違いない。そこだけは、確信を持って言える。

 しかしだとするならば、彼女らが自分たちが知っている人物に対して言及していた事実もまた、嘘ではないということになる。

 

「リィン」

 

 それについて煩悶としていると、不意にユーシスが声をかけてくる。その双眸にはどこか呆れたような色が混ざっていた。

 

「全て話せ。事実は余すところなくだ。……まさか俺達がその程度で(・・・・・)態度を改めるような人間に見えているわけでもないだろう」

 

 その言葉に賛同するように、全員が頷いた。クロウとミリアムは未だⅦ組の一員になって日は浅いものの、それでも仲間意識が強いのも確かである。

 すると、その言葉を直接聞いたガイウスが口を開く。

 

 

「……俺が相対したアイネスという騎士がレイの事を知っていた。旧知の間柄のような口ぶりだったな」

 

「私とエマが戦ったエンネアっていう騎士は、シャロンの事を知ってたわ。同じように、昔のことを知ってるような感じで」

 

 ―――それが一体何を意味しているのか。分からないほどリィン達は愚鈍ではない。

 流石に一瞬だけ驚き、閉口はしたが、直ぐに息を一つ吐いて冷静になる。

 

「……そう言えば、要塞にはサラ教官も着いてくるって言ってたよな」

 

「ん? あぁ。もう向こうに着いてるらしいぜ」

 

「ま、何か知ってるでしょうし、ちゃちゃっと聞くとしましょ」

 

 竹を割ったような口調でそう言うアリサの言葉に、誰も異論は挟まなかった。

 普通であれば、不安に駆られるだろう。何せ今まで同じ釜の飯を食っていた仲間が、闇の秘密結社の一員か、もしくは関わりのあった人間であったかもしれないのだ。情緒が些か不安定な年頃の人間であれば、疑心暗鬼になっていてもおかしくはない。

 だが、彼らは違う。元は数奇な理由で集められた烏合の衆に過ぎなかったが、様々な困難を共に乗り越えた今、その絆は強固であると信じている。

 故に仲間が、友がどのような過去を背負っていようとも、別段取り立てて大騒ぎをするつもりはなかった。

 敵意があったのならともかく、レイ・クレイドルという少年が仲間として過ごしてきた5ヶ月という月日の中で見せた様々な一面は決して嘘ではなかったと言い切れるし、自分達を鍛え上げたその行動がただの道楽ではないことも理解できている。

 その過去を話さないのは何かしらの理由があると見て今まで能動的に聞くような事はなかったのだが、やはりそろそろ潮時だろうと思っていた。

 全ては無理でも、腹を割って話をしてほしいと、そう強く思うようになっていた。

 

「前途多難な気配しかしないなぁ」

 

「そうねぇ」

 

 そんな思いを抱いた少年少女たちを乗せて、列車は一路、クロスベルとの関所、ガレリア要塞へと向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 

 

 

 エレボニア帝国とカルバード共和国という二大国に挟まれながらも、自治州として国の形を保っているクロスベル。

 表向きはエレボニアと友好関係を結んでいるその場所との国境に位置するのが、帝国でも屈指の堅牢さを誇る軍事施設『ガレリア要塞』である。

 

 大陸横断鉄道の線路に沿うような形で築かれたそれは、不倶戴天の間柄にあるカルバード共和国との国境地帯に存在する北西の『ゼンダー門』よりも軍事施設として完成されており、ギリアス・オズボーンが宰相に就任して以降、軍備の増強が進められている。

 要塞に併設されている広大な軍事演習場は勿論の事、殊更に目を引くのはクロスベル側の国境軍事施設『ベルガード門』に砲門が向けられるような形で収納されているランフォルト社製の導力大質量兵器『列車砲』である。

 膨大な軍事費を以て二門が設置されているそれは、稼働すれば数時間でクロスベル市内を廃墟に出来るだけの破壊力・制圧能力を持ち、仮にも盟友国に対して向けるべきモノでは本来ない。

 

 逆に言えば、その過剰なまでの防衛武装そのものが、エレボニアとクロスベルの間柄を象徴しているとも言えるのだ。

 

 

「ま、正直に言うとラインフォルト社の黒歴史よね」

 

 移動中の列車内でアリサがそう漏らしたのは、決して間違った言葉ではない。

 2年前、七耀歴1202年にエレボニア、リベール、カルバードの三ヶ国間で締結された≪不戦条約≫。といっても国際法的な拘束はないに等しく、現に≪リベールの異変≫が起こった際、帝国軍は国境師団をリベール王国の国境軍事施設『ハーケン門』の近辺まで進軍させた事があった。

 しかしながらそれ以降、所詮口約束程度でしかない条約は守られ続け、数ヶ月前にノルド高原付近で共和国と緊張状態に陥るまでは三ヶ国は表面上ではあるが平和を保って来ていたのだ。

 故に、帝国としてもカルバード、リベール方面に『列車砲』のような大規模兵器を置くわけには行かず、目をつけられたのが共和国との”緩衝地帯”であるクロスベル自治州―――自治州法により大規模な軍隊が編成できない国だったのだ。

 

 つまるところ、『列車砲』はクロスベル政府に対する”警告”なのである。

 クロスベルがもしカルバード共和国を”宗主国”と仰ぎ傘下に入った場合、『列車砲』の焔の鉄槌がクロスベル市内を焦土に変えるという、ある意味これ以上に分かりやすいものはない”警告”は、果たしてオズボーンの読み通り絶大な効力を放っていた。

 ≪不戦条約≫の枠組みにクロスベルは入っていない為、このような暴挙が罷り通る。しかしながら、同じ自治州と言えど、例えばレマン自治州などにはこのやり方は通用しない。

 なぜなら大抵の自治州は近隣に在る君主国を宗主国として傘下に入り、庇護の恩恵を受けているからである。その点、確定した宗主国を持たず、半独立地域となっているクロスベルはこういった国際的状況に弱い。

 大国の庇護を受けているわけでもなく、かといって完全に独立国として存在するには国力が弱過ぎる。クロスベルがそうした立場を現状貫いていられるのは偏に『IBC』の存在がある為なのだから。

 

 交錯する国と国との思惑と危うい国家間バランス。その一翼を担っているのがまさにこの『ガレリア要塞』なのだという事を考慮に入れるならば、その壮大な”守護者”としての在り方も妙に納得できてしまうのが現状だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「はい、というわけで今日と明日の二日間、アンタ達には”実地見学”と”特別講義”に参加してもらうわよ」

 

 ガレリア要塞の一角のミーティングルームで、先に実習先に到着していたサラがいつもとは違う雰囲気でそう言った。

 どこが違うかと言えば、堅いのだ。いつもの実技演習の際はもっと砕けた感じで話す事の多い彼女だが、今は表情から声色、立ち方まで真剣味を帯びている。

 まぁそれも、考えてみれば当たり前の事なのだ。此処は帝国でも有数の精鋭が揃う軍事施設。かく言うリィン達も心なしか皆、緊張感に苛まれていた。

 

 ガレリア要塞では通常の”実習課題”をこなさなくていい代わりに、この二つを行うと告げられ、しかしその具体的な内容が曖昧であった為首を傾げかけると、もう一人の人物が説明を加筆する。

 

「本日一四〇〇(ヒトヨンマルマル)時、要塞脇の演習場にて、本要塞所属の第四機甲師団及び第五機甲師団による合同軍事演習が行われる。―――お前達にはそれを見学してもらうぞ」

 

 そう告げたのは、トールズ士官学院軍事学・戦術学教官にして帝国正規軍第四機甲師団所属の軍人、ナイトハルト少佐。

 若くして佐官の地位にある彼は、平時学院にいる時よりも更に研ぎ澄まされたオーラを纏って立っている。

 それこそが帝国軍人の在るべき姿と言わんばかりの厳然とした姿は、リィン達の表情を引き締めさせるには充分だった。

 

「……ん? ねぇエリオット、確か第四機甲師団って」

 

「あぁ、うん。僕の父さん―――クレイグ中将が師団長を務める部隊だよ」

 

 精鋭揃いの帝国機甲師団全十一師団の中でも特に最強と目されるのが、ゼクス・ヴァンダール中将率いる第三機甲師団と、オーラフ・クレイグ中将率いる第四機甲師団である。

 そんな部隊の合同軍事演習など、例え士官学院生であったとしてもそうそう見れるものではない。そういう意味では僥倖ではあった。

 

「お前達に軍の演習を見せる理由……まぁそれは、お前達はもう分かっているかもしれんがな」

 

「え?」

 

「―――私の方からは以上だ。食堂に昼食を用意してある。各自、腹ごしらえをして午後の演習に備えるように」

 

 ナイトハルトはそれだけを告げると、そのまま退室してしまう。

 少し呆けていたリィン達であったが、サラの合図を切っ掛けに立ち上がり、そのまま食堂へと移動した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おおぅ……こ、これはクる……」

 

「さ、最近シャロンとレイの美味しいものしか食べていなかったから……」

 

「ヤッベぇわ。慣れって怖ぇわ」

 

 そして移動した先の食堂で出された食事を食べた一口目の感想がこれである。

 献立は、カビが生える寸前の硬化した黒パン、煮崩れしてボロボロになった豆のスープ(薄味)、塩辛いという味覚以外が感じられないコンビーフ、そして薄っぺらいチーズ一枚とリンゴ一切れという惨々たるものであり、しかしもしかしたら味は見た目よりマシかもしれないと儚い希望を抱いて口にした結果、見事に全員揃って撃沈の憂き目に遭った。

 正直、刑務所の人間でももう少しマシな食事を与えられているのではないかと錯覚するほどの食事を前に、もしこの場にレイがいたらどんな反応を取るだろうかと考えてみた結果……。

 

『『『(黙って席立って厨房に殴り込みに行くところまでは簡単に想像できる……)』』』

 

 軍人たるもの、質実剛健を旨とすべしという持論は分かるのだが、せめてもう少し食事は何とかならないものだろうかなどと思っていると、リィン達より一足早く、フィーが全て平らげた。

 

「ごちそうさま」

 

「やっぱり早いな。その……慣れてたのか?」

 

「ん。団に居た頃はこれよりマズい食事なんて当たり前だった。戦場で贅沢は言えないし。……レイが来てからそういうの全部覆されたけど」

 

「あ、やっぱり関わってた」

 

「因みにどう改善したんだ?」

 

「最初はレイが「美味いメシも食えずに戦えるかよ」って言って、用意されてた食材使って美味しいもの作ったところから始まった」

 

 曰く、料理人に必要な要素の基礎として、”用意されている食材で如何に美味しい料理を作れるか”というものがある。

 高級食材をふんだんに使って贅沢な料理を作り上げるのは、その基礎が理解できた料理人がするべきであり、何事も清貧から始まるもの―――というのがレイの持論だ。

 

「だから正直、この食事も大分厳しかった」

 

「行く先々で食事革命してんのかアイツ」

 

 とはいえ、帝国軍がこのような粗食を日常としているのにも理由がある。

 ”常在戦場”という言葉を座右の銘に掲げる彼らにとって、食事すらも軍事行動の一環なのだ。もし食事中に突然戦闘行動が始まり、それが長期化したりしても、常日頃から食しているものを食らう事で士気の低下が最低限に抑えられる。

 つまるところこの食事風景は、帝国軍の”在り方”を表しているものでもあった。

 

「クレイドルの言葉にも一理ある。食事とは、最も分かりやすく兵の士気に直結する要素だからな。

 だが我らは軍人、国の防人だ。有事の際、物資補給もままならない状況であっても怯まず臆さず戦うには、こういった要素も必要であるという事だ」

 

「そう、ですね」

 

 これが領邦軍であれば、間違ってもこんな食事を日常にしたりはしないだろう。

 だが国防の要たる正規軍、とりわけ国境付近に展開する機甲師団にとって、士気の低下は即ち国の存続の危機と同義だ。それを常に一定以上に保っておくための措置であると考えれば、この粗食にも納得は出来る。

 それでも限りなくマズい事には変わりはないし、精神論にも人間である限り限界というものがあるのだが。

 

「ま、美味しいマズいはともかくとして、こういう食事は一度知っておいた方が良いわよ? 精神論も、やり過ぎは逆に士気を摩耗させるけど、覚えておいて損はないわ」

 

「何事も経験、ということか」

 

 それが”軍”の価値観である以上、それを乱すわけにはいかない。”個”ではなく”群”で動く以上、常に一定以上の緊張感を保つにはこういった事も必要なのだという事を学ぶというのもまた、この実習の側面なのだろう。

 

「……でもレイなら全部分かって納得して頷いた上で調理担当者を3時間くらい説教すると思う」

 

『『『あぁ、うん』』』

 

 しかしやはり、あの趣味を大きく逸脱した料理人にとっては、このような食材を冒涜するような料理は許せないだろう。主に個人的な見解で。

 全員が一致した感想を抱きながら、それでも栄養補給という特化した観点から見ればそう悪くない料理を無理やり胃の中に押し込み、一同は食事を終えたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ……」

 

 時は経ち、空に月が昇って暗くなった頃。

 リィンは要塞内に用意された宿泊室の簡易ベッドの上に座り、一つ息を吐いた。

 

 肉体的に疲れたというわけではない。強いて言うのなら軍事演習場に向かうまでの道程で中型装甲車の車内でひどく揺られ、下半身にダメージを負ったくらいだろう。

 そしてそれ以上に、有意義なものが見れたことに対する余韻の熱が未だに籠っていた。

 

 

 昼食休憩後、ナイトハルト教官に先導されて訪れた軍事演習場で目にしたのは、帝国正規軍の主力戦車『18(アハツェン)』を始めとしてズラリと隊列を組んだ歩兵、装甲車、軍用飛空艇。

 大凡陸戦における最高戦力の一端が隊列を組んだ様子はまさしく荘厳の一言であったが、一同が驚愕したのは、演習が始まって以後の事だった。

 

 ラインフォルト社が2年前に開発した重戦車『18(アハツェン)』は、その圧倒的な破壊力は元より、機動力も兼ね備えている。高い防御力で戦場を攪乱する装甲車の援護も受けながら、主砲から放たれた弾が自動操縦で操作されていた敵軍に見立てた旧式戦車を悉く破壊していく様は、さながら巨体の象の突進が鼠の群れを踏み潰していくような光景を連想させた。

 加え、軍用飛空艇からの高射砲撃。それはまさしく蹂躙と称するに相応しい姿であり、砲撃と着弾の轟音や舞い上がる土と旧式戦車の残骸、頬や髪を擦過する容赦のない爆風を前に、リィン達は改めて”現実”を突き付けられた。

 

 この演習は、いつか訪れるであろう”実戦”を視野に入れたもの。つまりは、この破壊の権化とも言うべき存在が建物を破壊し、人々を虐殺する日が訪れるという事だ。

 大陸最強の軍隊―――聞こえは良いが、つまりはどの国の軍隊よりも”壊す”事に慣れているという事だ。10余年前のリベールでの戦役がそうであったように、途轍もない”力”の奔流というものは、何もかもを壊し尽くしてしまう。

 しかし、それが罪にならないのが戦争の恐ろしいところだ。一度戦端が開かれてしまえば、敵国の人間をどれだけ多く殺すかに執念する。同族を護らんとする生物の本能に逆らって殺しあう。

 そして人類の発展は、皮肉ながらも戦争と共にあった。より多くの人間を、如何に効率よく殺せる方法を模索し、それを実現させる。そうして発展してきた科学が人々の安寧のために役立っているというのは、もはや皮肉を通り越して嘲弄ものかもしれない。

 

 傍から見ればそれは悪にも見えるだろう。しかし戦車に搭乗して操縦し、砲撃を放つ彼らは皆、護国の為に戦っている。その為に”力”を振るっている。

 結局のところ、”力”という概念そのものに罪は一切ないのだ。罪が生じるとすればそれは、その曖昧でありながら分かりやすい概念を宿して振るう人間そのものに他ならない。

 ”力”の使い方、そしてその意味。―――それこそ、この『実地見学』で見せたかったものなのだろう。

 

 

「しっかしアレだなぁ。もうちっとナイーブになるかと思えばお前ら、そうでもなかったよなぁ」

 

「まぁ、理不尽や不条理に対しては耐性があるからな」

 

「そうだねぇ。……レイがいなかったら、夕食も喉を通らなかったかもしれないし」

 

 純粋な”力”、そして蹂躙される事の本質ならば、既に幾度も見てきている。

 正直今回の演習の光景も、シオンが少し本気を出せば同じようなものを作り出すことができるだろう。故に彼らは驚愕はしたし思案に耽る言動は見せたが、決して悲嘆はしなかった。

 ”戦争”というものの本質。振るえば純粋にそれに応じた結果を叩き出す”力”を前にすれば、人間が謳う美学や教養などは欠片も役に立ちはしない。

 そこに必要なのは闘気と、殺意。如何に躊躇わず人を殺せるかという感覚しかない。己の所業を正義と断じ、立ち塞がる者を悪と断じる二元論。それを前提としたモノだ。

 

「あぁ、だからこそ分かった。―――コレは俺が、俺達が目指すべき”力”の到達点じゃない」

 

 故にリィンは、そう思い、口にする事に躊躇いはなかった。

 脳裏に過るのはあの騎士―――《鋼の聖女》と名乗ったあの女性の闘気。

 あの騎士が至ったのは、決してこの”力”の境地ではなかったはずだ。あの馬上槍(ランス)の一突き、闘気の余波に至るまで、単純な破壊の権化というには余りにも精錬されていた。いっそそこには武人としての矜持だけではなく、慈悲の心すら垣間見えてしまうほどに清いモノだったのだ。

 加えて言えば、レイのそれも違う。敵をより効率よく、大規模に殺すために改良を重ねられる砲弾と、強度と共に己の精神をも鍛え上げ、磨き上げる刀剣が違うように、彼が研ぎ澄ませたそれは信念の現れだ。

 単なる強さでは表せない”力”。それこそがリィン達が追い求めるものであり、辿り着くべき場所だ。

 

「(そうと決まれば、じっとはしていられないよな)」

 

 同じ部屋にいる他の男子にはトイレに行くと告げて、リィンは廊下へと出た。

 そしてそこで、向かいの女子の部屋から出て来たアリサと鉢合わせる。

 二人は一瞬だけ驚いたような表情を見せたが、すぐに互いに小さく噴き出した。

 

「お互い、考えたことは一緒か」

 

「えぇ。いずれ皆にも知る権利はあるけれど……最初は私たちが聞くべきだと思うの」

 

 要塞内は自由には動き回れないようにはなっていたが、この特別宿舎の範囲内だけは自由に行動する許可を得ていた。

 その廊下を揃って歩き、とある部屋の前に立つ。

 

「―――サラ教官、宜しいですか?」

 

『んー? あら、珍しいわね。入ってもいいわよ』

 

 入室の許可を得て扉を開けると、サラは机に向かって何か報告書を認めている最中だった。

 流石に軍施設に来て酒盛りはしないかと内心で苦笑しながら、リィンが代表となって話しかける。

 

「すみません。仕事の最中でしたか」

 

「あぁ、別に急ぎじゃないしいいわよ。クロスベルでの通商会議の情報を拾ってただけだから」

 

「レイと、トワ会長も行っているんでしたか」

 

「えぇ。護衛業の傍ら、遊んでるのが目に見えるわ」

 

 そこまで他愛のない話をしたところで、今度はサラの方から「それで?」と問いを投げてきた。

 

「聞きたい事があるって目をしてるわね」

 

「……はい。漸く決心がついたので」

 

 サラに勧められた簡易式の椅子に座り、心持ち襟元を正すと、リィンとアリサは揃って覚悟を決めた目を向け、再度口を開く。

 

 

「結社《身喰らう蛇》―――その情報と、その組織にレイがどう関係しているのか、教えてくれませんか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 

 

 

 

 国境の向こう側、無限の闇に包まれた先に、一際大きい建物が見える。

 夜間だというのにそれは煌々と光を放ち、まるで船を導く灯台の如く、人々の目を惹きつける。

 

 しかしザナレイアにとって、その光は不快なモノでしかない。

 許可があれば、否、本来許可などなくとも彼女はあの場所に赴き、殺すべきモノを殺しに行くだろう。護衛として赴いているらしいレイは無論、己をこんな醜悪な形に変えた根源を探し出し、無残に惨殺するだろう。

 だがそれをすれば、《結社》は総出で彼女を殺しにかかる。手始めに来るのは《鋼の聖女》だろうか。絶対強者と戦えるのは嬉しいが、レイの振るう白刃以外で命を落とすのは御免被りたいというのが本音だ。

 

 故に彼女は耐える。気を抜けば周囲に存在する一切合財を殺しつくしてしまいかねないほどの憎悪をその身に宿して、黙したままに視線を下におろした。

 

 

「ど、同志《Ⅹ》。そろそろ到着いたします」

 

「……そうか」

 

 感情の籠っていない声を、高速飛空艇を操縦する《帝国解放戦線》のメンバーに返す。

 それと同時に、口元は凶悪な三日月形に歪んでいた。

 

 何が”同志”だ。笑わせる。

 ただ利用し、利用するだけの間柄である癖に、形だけとはいえよくもそう言えるなと嘲笑しかかる。

 彼らは恐れている。”協力者”から手駒として送られてきたはずのそれが、自分たちの手に余りすぎる存在と見るや、その”力”に対する視線は憧憬から畏怖へと早変わりした。

 彼女としても、戦線はレイと再び死闘を繰り広げるための隠れ蓑程度にしか思っていない。構成員が何をし、どこで果てようが感じ入ることではなく、路傍の石程度にしか思っていなかった。

 

「(あぁ残念だ。巨大要塞を背景に殺しあう事ができたのなら、さぞかし楽しかっただろうに)」

 

 クロスベルに向かってしまった少年に向かって熱のある言葉を漏らした後、ザナレイアは再び視線を窓の外に向ける。

 

「(だがまぁ、今回の作戦とやらで奴の憤怒に歪んだ表情が見れるのならば、協力してやるのも吝かではない、か)」

 

 

 歪んだ愛を内包したまま、氷の女王は進軍する。

 立ち塞がる痴れ者を残らず滅し、愛しの剣士に会う為に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





 今回はほぼ原作なぞりでしたかね。
 
 戦争に用いる”力”は分かりやすいもの。単純であるが故に強い。
 ただしそれは、多くの人を不幸にする。こちらが笑っている間に、あちらは泣いている。
 その本質を理解しない者に、武器を持つ資格はない。殺した者の恨み辛みを全部背負い込む覚悟がなければ、戦争なんてしてはならない。
 ―――ま、ようはこういう事ですね。

 平和な国である日本に暮らしてる我々には理解しようにも理解できないんですよね。

 説教じみたあとがき、失礼いたしました。




※前回登場したマイヤ・クラディウス/『泥眼』のイメージイラストを添付しておきます。

 
【挿絵表示】





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