英雄伝説 天の軌跡 (完結済)   作:十三

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「腕一本もげようが、足一本とられようが、首つながってる限り戦わなきゃならねーのが、真剣勝負ってもんだ」
    by 土方十四郎(銀魂)








鋼の護剣、抗いの矜持 -in ガレリア要塞ー ※

 

 

 

 

 

 

 その少女は剣を携えていた。

 

 あどけなさの残る貌とは裏腹に、その刃は一切の容赦も躊躇もなく、敵対する者を斬り捨てる。

 

 己が剣を握っているのか、はたまた剣が己を握らせているのかすら判別しない程に鍛練を積んで至った領域。それこそが”達人級”。

 

 故に、その容貌を見て侮った者、または臆した者から順に死んでいく。

 武人の世界に老いも若きもない。才覚があり、尚且つ血の滲むような修練を積んだ者だけがその天嶮を駆け上がる権利を得るのだ。

 そして彼女は、その域に至った者。他の武人とは一線を画する存在だ。

 

 結社≪身食らう蛇≫ ≪執行者≫No.XⅦ―――≪剣王≫リディア・レグサー。

 

 うら若き天賦の剣士が今、その実力を如何なく発揮していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ガレリア要塞正面ゲート入り口前。

 数十分前まで改造された”Cユニット”の影響で重戦車『18(アハツェン)』が暴れ回っていたこの場所は今、人外に近しい武人の戦場になっていた。

 

「フッ‼―――」

 

「はぁッ‼」

 

 サラが薙いだブレード、ナイトハルトが振り下ろしたロングソード。その悉くが宙を斬る。

 攻撃速度が遅い訳では断じてない。彼らも”準達人級”という、武人の天嶮の中腹に至った者達だ。常人が傍から見れば、それらの一閃は残像が弧を描いているようにしか見えなかっただろう。

 

 では何故躱されたのかという理由を問われれば、答えは簡単。

 その剣撃を完全に見切って、尚且つ移動して回避できるだけの余力が彼女にはあったというだけの事。

 

 

「こんなモンじゃねーでしょう? 私のような生意気な小娘が至れる域に、貴方方が追いつけない筈がねーですからね」

 

 だから早く、恥も外聞も投げ捨てて本気で攻めて来いと、言外にリディアはそう言っていた。

 その体自体は細身で小柄な筈なのに、振るわれた剣の一撃は異様なまでに重い。それを尋常でない脚力で移動しながら放たれる一撃を躱す、或いはいなすというのは想像を絶するほどの集中力を要求される。

 僅かでも集中力が途切れれば、その時点で彼女の動きを、姿を見失う。そうなれば詰みだ。よもや”達人級”の人間が、それ程分かりやすい隙を見逃すはずもない。

 

 

 彼女の携えていた剣は、一言で表すのならば”無骨”だった。

 茶と黄金色に染め抜かれたその剣身は、相対する者に悲嘆と絶望を植え付ける。

 その様相自体が禍々しいというわけではない。寧ろ清廉さすら連想させる雰囲気を備えていたが、それと同じく武人として威圧されてしまう圧力をそれは備えていた。

 

 それもその筈。その剣は、嘗て≪執行者≫最強の一角を担っていた男が携えていた”外理”の剣。その真打とも呼べる後作兵装。

 剣の師たる男が遺した剣の欠片を埋め込んで創られたそれは使用者を選ぶ気難しい剣ではあったが、彼女は見事それを一生の愛剣とする事に成功した。

 

 その技を、その理念を、その意志を受け継いだが故に、彼女の思考に慢心はない。

 立ち向かう者を、己の道を阻む者を軽視し、嘲笑する事はない。だからこそ彼女は、今現在自分が足止めをしている二人の武人に敬意を表し、相手をしていた。

 

 

 相克する剣戟の火花。その合間に、サラが左手に握った導力銃の銃口から紫電の魔力が籠った弾丸を発射する。

 彼女が『鳴神』と呼んでいるその技は、着弾すれば高い確率で対象の自由を奪う。縦横無尽に動き回るその足を止めようと考えた末の行動だったのだろうが、リディアの両肩と鎖骨を狙って放たれた三発の弾丸は全て、神速で振り抜かれた剣の一閃によって防がれた。

 

「チッ‼」

 

 思わず舌打ちをしたサラだったが、彼女とてレイという人外に片足を突っ込んだ武人を目の前で見て来た人間である。高速で飛来する弾丸を斬り捨てるという芸当が、彼らにとってそれ程難易度が高い事ではない事くらいは分かっていた。

 だが、それで終わりではない。リディアが剣を振り抜いた瞬間を狙って、ナイトハルトが唐竹割りの一撃を叩き込む。

 

「っとと」

 

 しかし、豪風を唸らせて放たれたその一撃を、リディアは難なく剣を盾にして防いで見せる。

 気の抜けた言葉を発して防御を見事に成功させたものの、彼女の口元にはそれを貫けないナイトハルトに対しての嘲笑は一切浮かんでいない。

 

「流石でやがりますね≪剛撃≫のナイトハルト殿。一瞬手が痺れやがりましたよ」

 

「称賛は受け取っておこう。が、貴様を倒せないのでは意味がない」

 

「……貴方みたいな真面目一直線の武人が結社(ウチ)にももう少しいてくれたら、私達も幾分かラクになるんですがねぇ」

 

 要望に見合わない悲哀の混じった表情を浮かべたリディアは、強引にナイトハルトを押し返すと、背後に回って一閃を叩き込もうとしていたサラの攻撃を、逆手に持ち替えて背に回した剣で防ぐ。

 しかしサラはブレードの攻撃が防がれたその瞬間、リディアの延髄辺りに銃口を押し付けて躊躇う事無く引き金を引く。

 ドォン‼ という重々しい発砲音が響いた直後、直撃を食らった少女の体躯が風に煽られた木の葉のように吹き飛ぶ。

 間違いなく即死の箇所を打ち貫いた。―――だというのに、手元に手応えが残っていない感触に、サラは眉を顰める。

 

「『分け身』……よくもまぁ、最上級難易度の戦技(クラフト)をこんな一瞬で使って見せるものだわ」

 

「ようはコツの掴み方なんでやがりますよ。己の氣力の流れ方や存在意義を隅から隅まで理解していれば氣力で分身作る事はそれ程難しくねーです」

 

 その声は、戦車砲の攻撃を受けて大破した装甲車の上から聞こえた。それと同時に、先程サラが撃ち抜いたそれは、煙のように跡形もなく消えてしまう。

 

 『分け身』と呼ばれるその技は、”達人級”に至った武人にしか会得できない武技と言われている最上級難易度の技である。

 その名の通り己と全く同じの容姿、動きをする分身を作り出す技なのだが、それが放出する氣力で作られているというのが習得難易度を底上げしている。

 言うなれば、半物質ですらないモノで構成された複写。それを”達人級”の武人と同じ動きが出来るまでに精密に作り上げるというのは、相当な氣力操作の緻密さが要求されるのだ。

 

 トッ、と装甲車から降り立ったリディアに、二人はもう容易く攻撃を仕掛ける事はできなくなっていた。

 そういう意味では、彼女の目的であった足止めは成功したのだろう。リィン達は既に要塞内に潜入したが、サラとナイトハルトという戦力を削ぐ事が出来たのは大きい筈なのだから。

 

 

 そして見事にそれを成し遂げたリディアは、しかし二人への気を逸らさない程度に要塞の上部に視線をやり、そして眉を顰めた。

 そこに在ったのはザナレイアが咲かせた氷の華。迎撃のために集っていた守備隊の大部分を巻き込み、多くの兵士を今も氷漬けにして仮死状態にしている。

 中には衝撃で体が崩れてしまった兵士もおり、その者達はよしんば氷が解けたとしても息を吹き返す事はないだろう。

 

「……あのバーサク先輩、加減って言葉を知らねーんですかね」

 

 一国の軍人である以上、死んだ兵士らも護国の為に死ぬ覚悟は出来ていただろう。命を落とした事を可哀想などと思う事は高飛車であり、ある意味冒涜でもある。故に、リディアは彼らの死に同情はしない。

 だが、圧倒的で超常的な力を目の当たりにして、手も足も出す事が出来ず果てた彼らの無念は、恐らく遺り続けるだろう。それを思うと、真っ当な一人の武人としては冥福を祈らずにはいられない。

 

 償いなどという高尚な考えなど持ち合わせていない。今の己のすべき事は、与えられた仕事をただ全うする事。それだけなのだから。

 

 

「……一つ、聞いてもいいかしら」

 

「?」

 

「結社≪身喰らう蛇≫―――あなた達は≪帝国解放戦線≫に加担しているって事で良いのよね?」

 

 問いかけたサラの言葉に、リディアは剣の柄を持ち直してからふむ、と思案するような表情を浮かべた。

 

「答える義理はねーです。……と言いたいところなんですがね。ウチのザナレイア先輩がご迷惑をおかけしたんで、そのお詫びにお話しますよ」

 

「という事は……」

 

「というより、そちらさん普通に分かってるんじゃねーですか? ザナレイア先輩と≪天剣≫先輩、ガチで殺し合う因縁の深さだってお師匠様から聞きやがりましたよ」

 

 リディアの言う通り、帝都での一戦を見て、ヨシュアから話を聞いた後には既にその関係性には気付いていた。

 だからこそサラも、リディアの口から確信を持てる言葉を聞きたくて問いかけをしたわけではない。だが、彼女がそう答えた事で残っていた疑問は氷解した。

 

「……ま、その答えだけで充分だわ。アンタの言う”お師匠様”ってのも、大体見当ついたしね」

 

 サラのその言葉に、リディアの眉が僅かに動く。

 とはいえ、それは彼女にとって地雷でも何でもない。彼女の格好やその剣を見れば、気付く人は気付くのだから。

 

 サイズの合っていないロングコートの裾が大きくはためく。元の持ち主の性格を表しているかのようなそのコートは、彼女にとっての誓いの印でもあった。

 道は違えず、意志を曲げず、正義でも悪でもない武人としての道を歩むという、不退転の決意の証。

 

「≪剣帝≫レオンハルト。―――一度だけ見た事があったけど、まさか弟子がいたなんてね」

 

 6年前、サラがレイと初めて出会った≪D∴G教団≫の所有するロッジの一つの深層。その場所を襲撃した者達の中に、その男はいた。

 異名は≪剣帝≫。結社の≪執行者≫No.Ⅱにして、最強の一角に立っていた武人。特に言葉を交わしたわけでもなく、遠目で見ただけだったが、傍目からでも分かるその充溢した闘気は、まさしく”達人級”を名乗るに相応しい男であった事を覚えている。

 そして彼が携えていた剣が―――今リディアが携えているそれと同じ形であった事も。

 

 

「ふふ、お師匠様を知っていやがるのでしたら、一番弟子の私が奮起しないわけにもいかねーですね」

 

 愉しそうな笑みを僅かに浮かべ、リディアは再びその場から動いた。

 その先にいたナイトハルトが重撃の剣の一撃で以て迎い撃ったが、その剣身の横腹をなぞるように剣を這わせ、上手くいなして躱す。

 そして彼女は、ガレリア要塞を背にするようにして立つと、しかし要塞内部には駆け出さず、剣の柄に両手を添えた。

 

「本当は言葉通り時間稼ぎに徹するつもりでやがったんですがね。貴方方相手にただのしのぎ(・・・)の剣術で当たるのは、やっぱり一介の武人として不完全燃焼でやがるんですよ」

 

 武人の括りにも入れない弱者が相手なら、彼女が剣を振るうまでもなく潰す事が出来る。プライドが高いというわけではないが、己が心血を注いで鍛え上げ、研ぎ澄まして来た信念や技は、そんな輩に披露するべきモノではない。

 だが、目の前の二人にその概念は当てはまらない。

 両者共が文句のつけようがない武人だ。生きた年数そのものはリディアの方が幾分も足りないが、物事の本質を見抜く才であれば、彼女は天才的だった。

 故に、彼らに対して力を秘したまま相対するという事が冒涜であるという事も理解した。確かに自身が命じられたのはこの二人の足止めだが―――それが何だというのか。

 

「我が名は≪剣帝≫より受け継ぎし異名。故に我が剣は不敗にして最強‼ ―――受けてみやがれです‼ ≪剣王≫の一撃を‼」

 

 柄を両手で握り締め、リディアは剣を振りかぶる。

 嘗て師が使用していた剣技。≪剣帝≫の代名詞たるそれは、しかし弟子に受け継がれた事でその様相を僅かに異ならせていた。

 

 

 

「『鬼哭斬』ッ‼」

 

 

 

 その一撃は、大気のみならず空間そのものを唸らせ、軋ませ、破壊する。

 込められた闘気の余波が、鉄の残骸と化していた装甲車すらも吹き飛ばし、叩きつける。コンクリートで舗装されていた筈の地面ですら、スポンジに刃を入れたかのように易々と断ち切って断層を刻む。

 その名の通り鬼が()くかの如き轟音を撒き散らし、一直線に進んだ剛の斬撃は堅牢な筈の軍事施設の一部を一瞬にして廃墟へと変貌させた。

 

 しかし―――。

 

 

「この程度で……倒れてたまるかってのよぉッ‼」

 

「帝国機甲師団の意地を……甘く見ないで貰おうかッ‼」

 

 斬撃そのものは回避したものの、強烈すぎる余波を食らった二人は、それでも膝をつく事なく踏み止まる。

 まさに”達人級”の名に相応しい一撃を、今確かにその身で味わった。

 幾度となく死線を潜って来たこの二人が気付かない筈はない。自分達二人の全力を以てして、恐らくこの少女に一撃を入れられるか否かが限界だという事は。

 だが、それを分かっていても無様に倒れる姿を晒すわけにはいかない。

 

 その理由の中には無論、この場所が帝国最大の軍事基地だからというのもある。その場所で現時点で最高戦力である自分達が倒れれば、運良く難を逃れてテロリストに抵抗している兵達の士気にも影響するだろう。故に、敗北を認めるという選択肢はない。

 そしてもう一つの理由。―――或いは二人にとって、こちらの方が本音と言っても差し支えはないかもしれない。

 

 要塞内部に無事に潜入した教え子たち。今は恐らく、テロリストの妨害に拘らって奮戦しているであろう彼らに先んじて倒れるという醜態を晒すわけにはいかない。

 勿論それはただの意地だ。権利もなければ義務ですらない。ただ格好悪い所を見せるわけにはいかないという、子供じみた理由に過ぎない。

 

 だが、先達には先達の意地というものがある。自分達の作った轍を彼らが進んでいつか追いつこう、追いついてやると奮起しているのならば、まだまだ自分達は大人の意地を背負いながら歩き続けなければならない。

 斯く在れ、まさにその姿こそ誉れだと、そんな理想を抱いて僅かでも自分達を見ていてくれるならば、その理想で在りたいと躍起になるのが大人というものだ。

 

「アンタがとんでもなく強いってのは分かってんのよ。正直想定以上だったのも認めてやるわ。―――でも、それはアタシ達が倒れて良い理由にはなんないのよ」

 

「私の醜態は閣下の瑕疵ともなる。―――それに、この程度で(・・・・・)倒れたとあっては末代までの恥だ。脆弱過ぎては黄金の軍馬の防人は名乗れまい」

 

 そう言い放った両人の双眸は真っ直ぐリディアを見据えている。再び武器を構え、闘気をその身に漲らせる。

 その様は傍から見れば強がっているようにも見えたが、リディアは笑みを浮かべる事すらなく、逆に感情を押し殺した。

 

 

 典型的な貴族主義が蔓延した国。貴族らの埃も大部分は腐り落ち、生まれ持った権威に胡坐を掻いて民を虐げる者も少なくないという。

 そんな情報を耳に入れた瞬間、リディアが感じたのは失望だった。獅子の皇帝が切り開いた世の在り方も、所詮は時代の流れと共に風化していくものなのかと。

 

 だが、蓋を開けてみればどうだ。今目の前にいる二人はどうだ。

 まさしく武人。実力的に差がある事を認めた上で、それでもなお倒れず、抗い戦う意思を失う素振りすら見せない。

 勇猛か、はたまた蛮勇か。そんな事は考えるまでもない。彼らが”そう”在って立ち塞がるのならば、リディアとしても加減など一切なしで彼らを打倒しなければならない。

 それが、武人として先の位置に留まっている者の定め。全力で立ち向かう者を、全力で叩き潰すという、ただそれだけの事だ。

 

 

「……ならば此方も加減は一切しねーですよ。―――御覚悟は宜しいかッ‼」

 

 

 吐き出されたその戦声すらも、大気を振るわせるには充分だった。

 あと一歩、彼女が足を踏み込めば、そこで勝敗は決するだろう。≪剣帝≫仕込みの敏捷力は現≪執行者≫の中でも最速に近しいと謳われる彼女ならば、感じさせる足音は一歩で充分。それだけで、首を掻き斬る速度まで一瞬で持っていく。

 

 そしてその一歩を踏み出そうとしたその直前―――サラとナイトハルトの間を縫って疾駆して来た影が割って入り、リディアにその長柄の得物を振るった。

 

「ッ‼」

 

 さしものリディアも、攻撃特化の構えとなっていた状態からすぐに防御に移るには踏み込みかけた足を止めるしかなかった。

 剣の腹で受け止めた兵装は戦槍斧(ハルバード)。しかしただの無骨な形をした兵装ではない。穂先に魔石らしきモノが埋め込まれたそれは、絢爛ながらも主と共に幾多の戦場を潜り抜けて来た様相を呈しており、ただの飾り物ではない事を如実に表していた。

 

「悪いねお嬢さん(フロイライン)。空気読めてない行動だってのは百も承知なんだけどよ、大将の味方は絶対に死なせるなって団長からキツく言われてるんだわ」

 

 その得物を振るったのは、絹糸の如き金髪を棚引かせた見目麗しい青年だった。

 紅色の双眸も、長い睫毛も、服の上からでも分かるしなやかな肢体も、全てが彼の美しさを際立てている。

 軍服じみた服ではなく、しかるべき高貴な服を纏えば、それだけで社交界の華型として貴婦人達からの視線を集める事は間違いないであろうに、しかし彼の纏う闘気は、まさしく強者のそれだった。

 金持ちの道楽とは間違っても呼べない戦斧捌き、叩きつけられた闘気は清廉としていながらも、獰猛さが見え隠れしていた。

 その青年は不敵にニヤリと笑うと、裂帛の気合いと共に、不自然な体勢で防御していたとはいえ”達人級”のリディアを押し飛ばして数アージュ後ずらせた。

 

「……何者でやがりますか、貴方」

 

 仕切り直すように虚空を剣で薙いでからそう問うたリディアに対して、笑みを伏せないまま答えを返す。

 

 

「猟兵団≪マーナガルム≫ ≪二番隊(ツヴァイト)≫副長補佐、ライアス。―――ま、しがない戦争屋の一人だよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――正面60アージュ先に機械人形兵器(オーバーパペット)4機確認。8秒後に接敵する」

 

「フィーとミリアムは両端の敵を。マキアスは正面の2機を牽制射撃で足止めしておいてくれ。委員長は待機」

 

「「「「了解」」」」

 

 ガレリア要塞内部。迷路のように入り組んだ鉄の建物の内部を、リィンを中心とした5名が駆けて行く。しかし、そのメンバーは先程までとは違っていた。

 前衛を務めるのはリィンとミリアム。中衛はマキアスとフィー。後衛はエマ。要塞内部に突入した際、戦闘面でバランスが悪かったメンバーを入れ替えてA班とB班を再編成したのである。

 提唱したのはリィンだったが、他の面々も二つ返事で了承した。何せ相手は、帝都での騒乱の際、完全にしてやられた連中である。ヘリが降り立った場所から、連中の狙いが二門の『列車砲』であると当たりを付けた後の行動は迅速だった。

 

 リィン達A班が向かうのは右翼『列車砲』の格納庫。しかしそこに至るまで、連中が放ったと思われる機械人形兵器が度々道を塞いで来た。

 

 

「『スカッドリッパー』」

 

「いっけーガーちゃん‼ 『バスターアーム』‼」

 

 しかし、銃器や小型のミサイルまで搭載したそれらの兵器を、まるでガラクタを薙ぎ払うかの如く片付けて行く。

 思惑通りフィーとミリアムが両端に展開していた兵器を迅速に破壊すると、マキアスが放った散弾が射撃準備に入っていた2機の足元を撃ち抜いて大きく体勢を崩す。

 

「弐の型―――『疾風』ッ‼」

 

 その一瞬の隙を逃さず、加速したリィンが残像を残して2機を順繰りに斬り付けて破壊する。

 しかしその速さは、マキアスやミリアム、フィーが今回の特別実習に赴く前に旧校舎探索や実技テストで見た動きよりも速く、かつ無駄のないものとなっていた。

 それに驚嘆しながらも、しかし今は問いかけるよりもまずやる事がある。一般的な施設とは違ってそこいらに建物の内部見取り図がある筈もなく、リィン達は数時間前にナイトハルトから教えて貰った『列車砲』格納庫への道筋を思い出しながら駆けて行く。

 

 人形兵器に捕捉され、銃口を向けられる前に叩き潰すという速攻一点特化の戦い方をしながら、漸く一同はクロスベル方面へと続く要塞の反対側へと出る事に成功した。

 

 

「……へぇ」

 

「こ、これが……」

 

 柵で囲まれたすぐ先は国境である『ガレリア峡谷』が広がっており、その先に見えるのはクロスベル自治州側の軍事施設、『ベルガード門』。

 しかしそこからも黒い煙のようなものが上がっており、ガレリア要塞と同じく襲撃を受けたのだという事が容易に想像できた。

 

 その光景に一瞬だけ目を奪われていると、リィン達のいる手前の虚空から、2機の人形兵器が突如として現れた。

 

「っ、コイツら……」

 

「今まで遭遇したものとは、雰囲気が違いますね」

 

 キリキリと歯車のような機構を回しながら空中に浮かぶそれらは、エマの言葉通り、今まで相手をした人形兵器よりも一回り以上大きいフォルムを備えていた。

 戦術機械兵器、などというものには疎いリィンだったが、そんな彼でも直感的に悟る。この兵器が分隊支援兵器並の火力を備えており、非常に危険な存在であるという事を。

 実際その人形兵器―――『ゼフィランサス』は、その直感通り、凶悪な武装を秘めた機体だった。

 

「各自、散開ッ‼」

 

 リィンがそう指示を飛ばしたのと同時に、2機の内の1機が内蔵されていた高速機動型チェーンソーを装備して突撃してくる。

 凶悪過ぎるその刃を交わしたのも束の間、隊列の一番後ろに控えていたエマが、留まっていた方の1機から魔力反応が放出されている事を感知する。

 

「リィンさん、奥の1機から魔力反応です‼ 高位アーツの詠唱を始めています‼」

 

「アーツまで使えるのか……ミリアム、間合いを確保しながらそっちの機体を頼む‼ マキアスは援護をしてやってくれ‼」

 

「うん、分かった‼」

 

「任せてくれ‼」

 

 凶悪武装を施した機体を前にしても、しかしミリアムとマキアスは躊躇う事無くそれを無力化するための攻撃を始める。

 それを横目で見てから、リィンはアーツの詠唱を続けている機体に向けて一直線に駆け出した。

 

「そこまでだ」

 

 機体の横を通り過ぎる瞬間に、鯉口を切って太刀を抜刀する。

 八葉一刀流・四の型『紅葉切り』―――精密な箇所への斬撃を得手とするこの型は、敵の体勢を大きく崩して魔法攻撃の詠唱等を止める事も可能な技である。

 果たしてその目論見は上手く行き、機体はバランスを崩し、同時にアーツの詠唱も止まる。その隙を見逃さずに、フィーが二丁の導力銃を構えて斉射した。

 

「『リミットサイクロン』」

 

 ほぼ同時に聞こえた発砲音。そして放たれた銃弾は全て過たず『ゼフィランサス』の駆動部分、または関節部分と思われる部位を撃ち抜いた。

 ギャリッ、ギシッ、という金属同士が擦れる不快な音を撒き散らしながら、しかししぶとく活動は止めないその機体に、リィンがとどめを刺す。

 

「『業炎撃』ッ‼」

 

 太刀から放たれた炎の魔力を纏った斬撃。

 リィンが普段扱える内包魔力というのはそう多いものでもないのだが、鍛練を積み重ねる事によって、その多くない魔力を凝縮する事で一時的に巨大な破壊力を生み出す事に成功していた。

 そしてその熱は接続部分が脆弱になった『ゼフィランサス』の機体を綺麗に袈裟斬りにし、文字通り一刀両断にしてみせた。

 支えを完全に失ったそれは、転落防止用の鉄柵を突き破ってガレリア峡谷の底へと落ちて行き、その途中で派手に爆発して果てた。

 

「ミリアム、マキアス。大丈夫か⁉」

 

「だい、じょうぶ、だよっ‼」

 

「こんなもの、日頃の特訓に比べれば何てことはないな‼」

 

 大型のチェーンソーを構えた事でアガートラムのそれよりも間合いが広くなった『ゼフィランサス』に対して、的確なタイミングで攻めていくミリアムと、そんな彼女を防御系の補助アーツで支援するマキアス。

 リィンが声を掛けた時には懐に潜り込んだアガートラムの重い一撃が機体の中心を捉え、数アージュ程吹き飛ばして鉄柵にめり込ませていた。

 

 そしてそれが合図になったかのように、エマの短い詠唱が終わる。

 

「やっちゃえー‼ いいんちょー‼」

 

「えぇ‼ ―――『ジャッジメントボルト』‼」

 

 濃縮された風の魔力を雷の性質に変化させて一直線に放たれたそれは、直線状の地面を焦がしながら亜音速にも匹敵する速さで『ゼフィランサス』に直撃し、爆破するまでもなく機体の四分の三程を消し飛ばしてそのまま同じように崖下へと落ちて行った。

 

 無事に戦闘を終えた一同は、しかし気を緩める事もなく周囲を確認しながら、リィンは懐からARCUS(アークス)を取り出して通話の機能を立ち上げる。

 

 

『―――リィン? どうしたの?』

 

 連絡を入れたのは左翼『列車砲』格納庫を目指すB班を率いるアリサ。通話越しの彼女の、少しばかり荒くなった息遣いを感じたリィンは、彼らの方でも何があったのかを大体察する事が出来た。

 

「いや、今外縁部で大型の人形兵器と接敵してどうにか破壊できたんだが……どうやらそっちも同じような目に遭ったみたいだな」

 

『えぇ。ちょうど倒したところ。―――にしても、これだけ高性能な機械兵器を用意できるなんて……≪結社≫ってのは本当に得体が知れないわね』

 

 それに関してはリィンも同感だった。

 高性能な重火器を収納できる点に加え、人間の兵士が持ち合わせる”死への恐怖”を一切持ち合わせていない。いざとなれば、機体を爆破させて敵陣に損害を与える事も出来る。

 もしこれらの兵器が更に高性能化して戦場を闊歩するのが日常的な時が来たのだとしたら、その時は戦場から歩兵の姿は消え失せるだろう。

 軍属の道を選ぶかどうかすらも分からない身でありながらそう危惧する程度には、その人形兵器が脅威に見えたのだ。

 

「とりあえず、無事で何よりだ。俺達もこのまま―――」

 

 と、そう言いかけたところで、リィン達がいる場所から少し離れた要塞の壁面から重々しい音が響いて来た。

 視線をそちらの方へと向けると、堅く閉ざされていた要塞上部の巨大扉が開き、その中から途轍もなく巨大な砲身が台座に据えられたまま顔を出した。

 

「あ、あれは……」

 

「『列車砲』―――思っていたよりも大きいね」

 

 フィーはあくまでも「予想よりも大きい」というニュアンスで言ったが、その他の面々はその巨大さに慄く。

 砲身の太さは通常の戦車の砲身十本分か、或いはそれ以上。ガレリア要塞からクロスベル市内までの距離約200セルジュを完全に射程圏内に収め、スペック上ではクロスベル市をおよそ120分で壊滅状態にする事が可能とすら言われている大量破壊戦略型導力兵器。

 それが今、要塞内部の格納庫から顔を出したという事実が何を表しているのか。それが分からない程愚鈍ではない。

 

「くそっ、間に合わなかったのか⁉」

 

『落ち着いてリィン。多分、発射までにはまだ少し猶予があるわ』

 

「そう、なのか?」

 

 他ならない、『列車砲』を製作したラインフォルト社の会長の娘であるアリサの緊迫感を孕んだ声に、リィンは声を潜めて聞き入った。

 

『一度、『列車砲』の操作マニュアル書類に母様に黙って目を通した事があるわ。機動から砲門のロックが解除されるまでに踏まなければいけない手順は十段階以上。その全てに帝国軍の軍事ロックがかかっているでしょうから、それで少しは保たせられる』

 

「でも、そのロックが解除されたら、もう後は発射する手順しかないわけだろう?」

 

『いえ、そうじゃないわ』

 

 アリサはキッパリとそう言い放ち、間髪入れずに続きを述べる。

 

『まかり間違っても大量破壊兵器。もし間違って誤作動して放たれようものなら、その時点で国家の危機は免れないもの。だから、一発目の砲撃は空砲になっている筈よ。

 そこから再装填の手順を踏まないといけないから、時間はそれなりにかかるでしょうね』

 

「……率直に聞いて悪いが、猶予は後どれくらいあるんだ?」

 

 リィンの核心を突いた言葉にアリサはARCUS(アークス)越しに少しばかり黙り込む。

 そして数秒後、彼女らしく曖昧ではなくハッキリした声でその問いに対する答えを告げた。

 

『約1時間。その時間内に片を付ければ私達の勝利よ』

 

「了解。ならお互い気を付けて格納庫に向かうとしよう。間に合いませんでしたじゃ、正面で戦ってくれてるサラ教官たちに顔向けできないし、何より―――」

 

『えぇ。別れたままサヨナラなんて、後味悪過ぎる展開なんてゴメンだわ』

 

 通話機越しに互いに薄く笑い、健闘を祈り合うとそのまま待っていた面々に向かい合う。

 各々緊張感は孕んでいたが、これから立ち向かう相手に対して臆している様子は微塵もない。

 それもその筈。自分達をこの場所に送り出してきた人たち、そして何よりクロスベルで戦っている友の事を思えば、自分達がここで足を止めるわけにはいかないのだから。

 

「皆、あと少しだ。絶対にテロリストの陰謀を阻止してみせるぞ‼」

 

 おおっ‼ と返って来る返事を聞き、一同は再び上階を目指して要塞の階段を駆け上がる。

 

 

 

 

 帝国最大の軍事施設を舞台にした騒乱劇は、いよいよ佳境に差し掛かろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





 どうも。昨日運転免許証を取ったばかりの十三です。昔受けたセンター試験並みに緊張しました。最後の学科試験。

 
 そして今回、リディアが使ったクラフト『鬼哭斬』。軌跡シリーズの能力表に照らし合わせるとこんな感じです。↓

■鬼哭斬

CP:100 崩し:+60% 硬直:40 射程:- 移動:なし
範囲:直線LL 効果:気絶(90%)、DEF・ADF-50%

対策:気絶対策をしっかりして『アダマスシールド』をしっかりと張る事。
   しかし自身のHPの減少具合ではなく、基本ノリで昂って来た時に打って来る為、対   策は難しい。


 ……自分で書いておいてなんだが、何だこのブッ壊れ性能。
 しかし気絶90%ならアンゼリカ先輩の『ゼロ・インパクト』と同じっていう、やっぱあの先輩頭おかしい。

 まぁ、レーヴェの一番弟子だし、これくらいはしてもらわないとね‼(ゲス顔)


 では今回のイメージイラストは、≪マーナガルム≫所属≪二番隊(ツヴァイト)≫副長補佐、ライアス君です。

 
【挿絵表示】



 次回で要塞編は終わりたいなぁ。






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