英雄伝説 天の軌跡 (完結済)   作:十三

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「意味もなく戦いたがる奴なんざ、そうはいない。戦わなきゃ守れねえから、戦うんだ」
    by ムウ・ラ・フラガ(機動戦士ガンダムSEED)








災禍の摩天楼 中篇  -in クロスベルー

 

 

 

 

 

 

 

 それは嘗て。《死線》シャロン・クルーガーと《漆黒の牙》ヨシュアが《結社》から去り、《執行者》の中に一時的に暗殺を得手とする者が少なくなった時。

 ヨシュアの追討任務を(意図的に)失敗した責も負い、レイは一時期汚れ仕事を請け負っていた時期があった。

 

 主に、《結社》の脅威となるであろう組織の殲滅や最も影響力のある人物の暗殺。

 一切の慈悲も容赦もなく任務を行っていた時期。単純に人狩り(マンハンター)としての技量という意味ならば、恐らく過去にも未来にもあの時ほど優れていた時はないだろうと断言できる。

 ヒトという生き物は何処を刺せば、割れば、砕けば死ぬのか。師の下で修業をしていた際には本当の意味では学べなかったそういった技量を身に着けてしまったのも、こういった時期を体験して来たからだと言える。

 

 

 ―――猶予時間(モラトリアム)は十数分。その間にレイは瞳を閉じ、過去を追憶する。

 普段よりも更に神経を研ぎ澄ませ、任務を確実に遂行するように作り変える。己自身を一個の戦闘兵装と化して動けるように。

 その不穏な瞑想が終了したと同時に、レイは近くに居たリンとスコットに声を掛けた。

 

()()()。招かれざるお客様だ」

 

 その一言で全てを理解した二人は、それぞれ戦闘態勢を整える。シャルテは一瞬だけ動揺した様子を見せたが、それでもやはりクロスベル支部の一員。感情の揺れ動き如何に関わらず、雰囲気は既に臨戦態勢に移っていた。

 

「れ、レイ君⁉」

 

「会長は下がっていてください。ここから先は、少しばかり煩くなります」

 

 その言葉で、ミュラーとユリアも動く。会議室に雪崩れ込む彼らを横目に、しかしレイは控室に設けられた窓ガラスに剣鋩を向けた。

 

「【剛の型・塞月】」

 

 カーペットを引き裂く勢いの踏み込みと同時に、神速で放たれた刺突が窓ガラスの中心部分を抉り穿った。ごく小規模な颶風すら発生させるその勢いに乗るようにして、破られた窓ガラスの破片は真下に飛散する事無く、タワー周辺に広がる無人の人口庭園の方へと吹き飛んで行った。

 そして間髪を入れずに、レイは窓の淵に踏み込んで、そのまま命綱も無しに建物の外に身を躍らせる。しかしその直前、彼はポケットの中に仕舞いこんでいたARCUS(アークス)を握りしめながら、短い詠唱を呟いていた。

 

「【光の這縄よ 我が手繰りに従え】―――」

 

 そして身を投げだした直後、重力に従って身体が下降する中で、彼の右腕から現出した半透明の黄金色の糸がオルキスタワーの上空から襲来した飛空艇の下部ジョイント部分に絡まり、そのまま空中ブランコのように遠心力をつけたまま空中を漂う。

 

「【其は城壁 鏑の矢と鉛の弾と玉鋼の刃を悉く弾き 久遠(くおん)に至らぬ恩恵を (つわもの)共に授け給う】―――」

 

 飛空艇を中心として大きく半円を描くように滞空している間に、レイは再び呪術の詠唱を行う。

 そうして発動した呪術は【堅呪・崩晶】。指定地点に反物質とも言える水晶の壁を現出させるその術は、襲来したテロリストの飛空艇が速射砲を向けていた国際会議場の大窓を囲むように現れる。

 

『なっ⁉』

 

 直後発射された口径3.2リジュの速射砲の弾丸が突如出現した正体不明の壁に悉く弾かれるという光景に、スピーカー越しに驚愕の声が漏れる。

 それを聞きながらレイは、遠心力を利用して半円を描いた後に浮き上がる。そのまま飛空艇のハッチ横に足を掛け、氣力で強化した握力で以てそれを抉じ開けた。

 

「‼ き、きさ―――」

 

 そして恐らく、タワー内部への侵攻作戦に参加する予定だったのであろう《帝国解放戦線》の構成員達を、鳩尾への柄頭の打撃、首筋への鞘での強打などで次々と昏倒させていく。

 同時に相手にしたのは5人だったが、彼らは導力銃や大剣を構える間もなくあっさりと制圧されてしまった。

 彼らにとっての不運は、相手が悪かったという一点に尽きるだろう。構成員達は皆軽装鎧(ライトアーマー)を纏ってはいたが、レイはそうした防具の上から人体の内部に有効打を与える打撃法を嘗て義兄のアスラから学んでいた。所謂、『浸透剄』と呼ばれる武術の一種である。

 そうして速やかに戦闘を終えたレイは再び開けっ放しになったハッチの下まで近づいて外を覗き込む。

 

 戦線が用意した高速艇は4隻。その内の二隻は既にオルキスタワー最上部のヘリポートに向かったのか、既に此処にはいない。共和国ヴェルヌ社製の高速艇にしても同様のようだった。

 事が起きる前までは自身が動くことに慎重になっていたレイであったが、襲撃そのものが成功に終わってしまった今となっては戦力を出し惜しみしておく理由などない。

 

 目の前には、同じような高さで並空している同じ型の漆黒の高速艇がもう1隻。レイは一瞬だけ目を瞑って意識を集中させると、あまり使った事のない戦技(クラフト)、『分け身』を成功させてもう一人の分身を作り上げる。

 するとその分身はハッチの縁に立つとそのままその場所を蹴り、並空していたもう1隻のハッチの部分に飛び乗り、先程オリジナルの自分がやったように強引に内部へと侵入していった。

 

「さて、と」

 

 一息吐く間もなく、レイはその足で高速艇の船内を進んで行き、操縦室の硬い扉を玩具の板も同然かのように蹴り倒した。

 

「‼ 貴様何も―――」

 

 操縦席に居た構成員の内一人が侵入者であるレイの存在にいち早く気づいて抵抗しようとしたが、問答無用で薙ぎ払われた鞘の一閃によって壁に強く叩きつけられ、気絶する。

 そして、冷ややかな眼光を右目に湛えたまま、引き抜いた白刃を操縦者の首元に突きつけた。

 

「どこか被害の少ない場所に不時着させろ。勿論、選択肢にNoなんてのはないけどな」

 

 その声色には、普段の彼が絶対に見せない類の、ヒトに問答無用で恐怖を与えるようなモノが含まれていたが、操縦席に座っていた男は若干震えながらも首を横に振る。

 

「わ、我々を甘く見るな。政府の狗が‼ 《帝国解放戦線》に存在する者は、例え命を散らしても、その屍の先に《鉄血宰相》の首を取る未来があるのなら、それを決して恐れたりはしない‼」

 

「…………」

 

 それはまさに、死兵の覚悟だった。己の命が糧となって同朋が目的を果たせるのなら本望だと、本気でそう思い、疑う事のない連中。

 そういった人間を相手にする時は、相応の覚悟と意志の強さが必要となる。対話などによる解決など不可能。どちらかが滅びるまで戦い続けなくてはならない。

 

 レイは改めて戦線の構成員の覚悟の強固さを認識すると、首筋裏を殴って昏倒させ、安全ベルトを切断してから自ら操縦席へと乗り込んだ。

 

「(……そろそろあっちも制圧が終わった頃か?)」

 

 隣の高速艇の制圧を任せた分身の行動を気にしていると、同じように操縦室を制圧して操縦席に乗り込んだ分身の姿を視界に収める事に成功する。

 元々『分け身』の分身体とは精神的な共有が行われているのが常なのだが、レイは意識を集中させて分身体との同調率を上げると、そのまま左眼の眼帯を押し上げて《慧神の翠眼(ミーミル・ジェード)》を発動させる。

 

 ただでさえ専門知識がなければ何が存在しているかも分からない程に計器が敷き詰められたこの場所で”眼”を解放すれば、普段よりも流れ込む情報量は格段に大きくなる。

 頭痛と共に脳内に直接流れ込んで来るそれらを、レイは瞬時に判別し、選別する事で、この高速艇を操縦する為に必要な知識だけを”理解”する。

 

 その行動に掛かった時間は僅か数秒。レイは躊躇う事無く操縦桿を握り、計器を正しく作動させていく。

 《結社》時代に飛空艇の操縦方法は一通り習い、基礎こそ理解しているが、文明の利器というものは種類こそ同じでも差異が違えば慣れるまでに少々時間を有するのが常である。

 しかしレイは、持ち前のセンスでその差異を上手く埋め直し、飛空艇の舵を無人の自然公園の方へと取った。

 そして意識を同調させた分身体も同じような行動を取り、船体を僅かに斜めにしたまま、荒々しく地面を抉って着陸に成功した。

 

「こんなものか」

 

 パンパンと制服の上着に僅かに付着した埃を払いながら、未だ目の覚めないテロリスト達を横目に、レイは船体の外に出る。

 先程の様子は、地上で警備をしていた警備隊の面々やヴェンツェルやエオリアに見られていただろう。程なくこの場にテロリストを拿捕するための人員が割かれてやってくるはずだ。

 本来ならレイは此処に残って説明をする義務があるのだが、()()()()()()()()()()()()()()。その為、『泥眼』やシャロンらに比べれば劣りはするものの、”準達人級”以上の者でなければ見つけられないレベルの隠形を発動させ、その場から去る。

 

 そして鬱蒼と茂る木々の間を駆ける間、レイは”嘗て”の自分との乖離具合に思わず失笑を漏らしてしまう。

 

「(()()()()()()()()()()か。……遊撃士稼業に慣れすぎたかねぇ)」

 

 《結社》に居た頃。とりわけ汚れ仕事に従事していた頃のレイであれば、標的は有無を言わさず斬殺していた。先程のような状況であれば、船内に乗り込んだ数秒後にはそこいら中に息絶えた者の死体と、ぶち撒けられた鮮血が悲惨な光景を作り出していただろう。操縦席の男にしたところで、要求を拒んだ瞬間に即座に首を掻き斬っていた事は容易に想像できる。

 

 では何故、彼らを生かしたまま命を刈り取らずに放置した? 何故意識を奪うだけに留め置いた?

 尤もらしい理由を挙げようとすれば幾らでも出る。彼らは《帝国軍情報局》の力を以てしても全貌が掴めない連中であり、そんな組織の構成員をただ殺してしまうよりは生かしたまま拿捕し、情報を絞り出させた方が有効に活用できるだろう。重要な情報を引き出せる可能性は、対象が多ければ多い程上がるのだから。

 加え、彼が《結社》に所属していたという事実を知らない者の方が圧倒的に多いこの場所で大量殺戮などやらかそうものならばどんな藪蛇を突くかも分からない。彼自身、殺戮という行為そのものを愉しんだ事など一度もない身の上であるが故に、多大なリスクを回避したかったと、そうも言えるかもしれない。

 

 しかし、それはただの尤もらしい言い訳だ。殺人を忌避しないと言っておきながら、それでもやはり遊撃士として行動していた日々の感覚が抜けきっていなかったらしい。

 或いは、()()()()()()()()()()()()()()()()への罪悪感を少しでも減らそうという浅ましい考えの表れなのかもしれないが。

 

「修羅になり切れない半端者、か。レーヴェ辺りに見られたら失望させるだろうな」

 

 技量はともかく、確かに精神面ではあの頃よりは弱くなったなと、そう自虐気味の笑みを漏らしながら、レイの姿は木々の間に吸い込まれるようにして消えて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 

 

 

 

 レイが独自に行動を再開した頃、オルキスタワー内部は混沌とした様相を呈していた。

 

 タワー内の全てのセキュリティがハッキングにより掌握され、非常階段の防護壁、エレベーター運行などに制限が課せられた状態で、オルキスタワー最上部から一直線に侵入して来た両国のテロリストが一斉に国際会議場の在る35階に雪崩れ込んだのである。

 本来であれば、最悪と言っても過言ではない状況だ。タワーの防護性能は考えうる限り弱体化がなされ、虎の子の警備隊一個中隊は階下で足止めを食らっている状態。

 無論、各国の護衛部隊もそれぞれの首脳陣を守り通すために人員を割かざるを得ず、迎撃に当たる事の出来る要因が少ないという状況に陥っていた。―――しかし。

 

 

「リベール、レミフェリアの首脳陣及び護衛諸君‼ 我々は諸君らに危害を加えるつもりはない‼ 抵抗しなければ―――」

 

「煩いよ、アンタ」

 

 会議場近くの廊下に雪崩れ込み、声を挙げようとしていた構成員の一人が、その途中で真正面から衝撃を受けて吹き飛ばされる。

 武装を使っての攻撃ではない。衝撃を与えたのはただの拳。氣力が練り込まれたそれは、一撃で身に着けていた防具を木っ端微塵に破壊して戦闘不能に陥れる。

 

「ペラペラと口上挙げる暇があるなら引き金を引いた方が余程効率的だろう? 格好つけてる暇なんてない事を、教えてあげるよ」

 

「スマンなテロリスト諸君‼ 生憎とクロスベル支部(ウチ)の女性陣は血の気が多いんだ‼ 特にコイツは戦闘狂(バトルジャンキー)の気があるしな‼」

 

「ちょ、スコットさん。私も括りに入れないで下さいよぉ……。ホラ、テロリストさん達すっごいコッチ睨んでるじゃないですかぁ‼」

 

 リン、スコット、シャルテの遊撃士組は、リンの鉄砲玉の如き一撃を皮切りに迎撃を開始する。

 銃の通用しない至近距離に詰めて拳撃を容赦なく振るうリンと、銃剣を装着した改造ライフルで乱戦にも即時に対応してみせるスコット。声色そのものは脅えているように見えるシャルテも、構成員が振り翳した剣や小銃の銃口を狙って確実な射撃を行っていく。

 そして無論、迎撃に加わったのは彼らだけではない。

 

「随分と命知らずだな」

 

「殿下に害を為す危険があるのなら、貴様らの暴挙は見逃せん‼」

 

 鍛え抜かれたヴァンダールの剣が袈裟斬りに振るわれ、凛冽な白刃の刺突が敵を穿つ。

 障害物を盾にして銃弾の雨嵐の中を駆け、エレボニアとリベールの従者二人が苛烈に舞う。数々の逆境を乗り越えて来た彼らにとって、この程度の窮地は追憶を想起させる程度のものでしかない。

 

 そして―――

 

 

「ッ、怯むな‼ 波状攻撃で押し潰―――」

 

「させん」

 

 圧倒的優勢で始まった筈の強襲がたった数人の迎撃によって崩れかかった状況を立て直すために、戦線の構成員の一人がそう叫ぼうとするも、そこに一条の剣閃が閃いた。

 その剣圧は風を纏い、掃射された銃弾すらも跳ね除けてみせる。銃による攻撃が主流となった近代にありながら、その磨き抜かれた剣技は、凡その近代兵器を退けて見せるだろう。

 純粋な武術の技量であれば、かの《剣聖》カシウス・ブライトをも凌ぐと言われる、《八葉一刀流》・弐の型奥義皆伝者。

 武芸者の誉れ、”達人級”に至った《風の剣聖》アリオス・マクレインの参戦と共に、《帝国解放戦線》・《反移民政策主義》の構成員達は思わず慄いた。

 

 彼らの標的であるオズボーン宰相とロックスミス大統領がいる国際会議場までの直線距離はたった十数アージュといったところだというのに、それが長い。長すぎる。

 全遊撃士支部の中でも最精鋭と謳われるクロスベル支部の遊撃士3名に、アルノールの守護者とアウスレーゼの守護者。更にそれらを越えたとしても控えるのは、音に聞こえる行ける伝説《風の剣聖》。

 

 傭兵団クラスの実力は有している彼らとはいえ、包囲戦を展開できない室内一方通行通路での戦闘で、しかも真正面からその面々を打倒できる力はない。

 故に彼らは迅速に、次の手段を講じる事にした。

 

「くそッ‼ ―――仕方ない、最終プランに切り替えるぞ‼」

 

 そう言って戦線の構成員の一人が持ち出したのは、俗に分隊支援火器と呼ばれる兵器。それも、対人用としてではなく、平地を蹂躙する鉄の塊を破壊すべく生み出された個人携行武器としては文字通り最大級の破壊力を持つモノであった。

 

「っ、対戦車用擲弾兵装(パンツァーファウスト)だと⁉」

 

「そんなモノまで手に入れていたのか⁉」

 

 現代でも大国の軍隊などでしかお目に掛かれないそれを持ち出したその事実にミュラーらが驚愕した直後、僅かの躊躇いもなく引き金が引かれ、先端に取り付けられた弾頭が真っ直ぐ廊下を滑空していく。

 その破壊力は、当たり所さえ良ければ重戦車『18(アハツェン)』のような重量兵装にも深刻なダメージを与える程であり、如何に”準達人級”以上の武人であったとしても、肉弾戦特化の者でない限りは致命傷は免れない。

 その弾頭を、アリオスは()()()()()()()事で無効化しようと剣を構えたが、その直後、脅えながらも芯の通った声が響いた。

 

「『アダマスガード』ッ‼」

 

 顕現したのは、黄金色の盾。それが廊下の天井から床、壁際から窓際までを余さず覆い尽くし、絶対防壁を発動させる。

 盾に着弾した弾頭が、爆砕とそれに伴う衝撃と轟音、熱波を廊下中に撒き散らす。その内『アダマスガード』は爆砕と熱波を防ぎ切ったが、衝撃の余波と轟音は通過してしまう。

 流石に表情を顰め、気力でそれに耐えきった一同だったが、その中でそのアーツを発動させた当人だけはフラリと立ちくらみのような症状を起こしていた。

 

「っと、大丈夫かいシャル」

 

「は、はい。えぇ、何とか……」

 

 手の中のENIGMA(エニグマ)を握りしめながら、咄嗟の判断で被害を最小限に留めたシャルテはヘタヘタと座り込んでしまう。

 通常、『アダマスガード』や『A-リフレックス』といった最上位アーツは詠唱の完了までに時間が掛かる。それは、如何に魔法詠唱を短縮させる時属性のクオーツを戦術オーブメントにセットしていようとも覆す事はできない道理だ。

 しかしシャルテは今、敵が対戦車兵装を構えてから発射し、着弾する直前までの僅か数秒の間で高位アーツの発動を行ってみせた。それは偏に彼女の魔力制御能力の適性の高さと、本来このアーツに使用する筈の魔力の、実に二倍以上の魔力を咄嗟の判断で注ぎ込み、ENIGMA(エニグマ)に限定的な負荷を掛ける事で無理矢理詠唱時間を短縮させたのである。

 無論彼女は、自身の内包魔力がそう多くない事を自覚しており、ENIGMA(エニグマ)にも消費魔力を抑制するクオーツをセットしてはいたのだが、それでも内包魔力の実に三分の二以上の魔力を一気に消費した事で魔力欠乏の立ちくらみを起こしてしまったのである。

 

「いや、今のはヤバかった。ありがとな、シャル」

 

「わ、私は自分が出来そうなことをしただけです……そ、それよりテロリストは……」

 

 シャルテのその言葉を待つ前に、アリオスが立ち込める煙を刀の一閃で薙ぎ払って前方を確認したが、既にテロリストたちの姿はそこにはなく、あったのは砲撃の衝撃で崩壊しかかった床や天井、そして、エレベーターホールに繋がる出入り口を封鎖している頑丈なシャッターだけだった。

 

「っ、逃げられたか」

 

「リン、あのシャッターブチ抜けないか?」

 

「あぁ、やってみるよ」

 

 スコットの提案を受けて、一瞬で硬氣功を練り終えたリンがいかにも頑丈そうなシャッターに向かって拳の一撃を放つ。

 まるで重厚な鉄の塊同士が正面衝突を起こしたような轟音が鳴り響いた後、リンが拳を突き入れたシャッターは大きくひしゃげており、続けざまに放たれた二撃目で固定されていた金具が崩壊し、エレベーターホールの端まで吹き飛んで行った。

 

「……防壁の強度を再考した方がいいんじゃないか?」

 

「お前達のような人外に片足突っ込んだ人間を参照にすれば予算を幾らかけても足りん」

 

 冷静なアリオスの言葉に、しかしダドリーは心底呆れたといった表情でそう返す。

 そして間髪入れずにエレベーターホールに雪崩れ込んだ一同は、停止している二機のエレベーターとは異なり、一機だけ稼働しているエレベーターの階数表示板に目をやった。

 

「これがテロリスト共が乗った機か」

 

「? 最上階ではなく地下を目指している? どういう事だ」

 

 エレベーターの位置を示す表示板は、1階を通り越して地下へと進んでいた。

 その行動理由が理解できず眉を顰めた一同の下に、スコットに肩を貸されたシャルテがやって来て、意識を朦朧とさせながらも口を開いた。

 

「……多分、もう飛空艇が使えない理由が、あるんだと思います。地下に移動したのは、蜘蛛の巣みたいに張り巡らされたジオフロントを使って、脱出ルートを確保するため」

 

 それともう一つ、と、シャルテは先程までの脅えた様子を消して、焦燥した様子でアリオスやダドリーに告げた。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……あの人たちが使った飛空艇、危ないですっ……‼」

 

「っ、奴ら、飛空艇に高性能導力爆弾でも仕掛けたか⁉」

 

 彼らが撤退する前に言っていた”最終プラン”。それが、『オルキスタワー諸共標的を抹殺する』というプランであったのであれば筋は通る。

 もしその作戦が成功でもすれば、犠牲になるのはタワーに居る人間だけではない。大陸最大の建造物の崩落による被害は、それこそ乗数的に膨れ上がるだろう。

 

 そして、その危険性を告げるためだけに気を張っていたのであろうシャルテは、すぐに意識を失う。

 混乱した状況下で敵の行動方針を探り、即座に可能性の一つを導き出してみせた彼女の潜在的能力の大きさに感心したアリオス達だったが、今はそれを労う余裕もない。

 

「……ここから屋上の最上階まではそれ程距離もないですし、アタシが非常階段のシャッターを壊していけば辿り着く事はできます」

 

「だが、爆弾処理が出来る人間は限られている。そうなると……」

 

「―――では、その事案は私達が担当しましょうか」

 

 エレベーターホールに入って来たのは、キリカとレクターの二人組。

 こんな状況下にも拘らず落ち着き払った雰囲気を醸し出した二人は、爆弾解体への協力を申し出た。

 

 

「諜報部の人間として、そういった技術には心得があります。レクター書記官、貴方も協力して頂戴」

 

「ま、しょうがねぇわなァ。……欲を言えばもう一人助手みたいな人手が欲しいところだけどよ」

 

 レクターはおどけたような口調でそう言ったが、それはキリカの方とて同じ考えを持っていた。

 爆弾解体のスキルを持っているとはいえ、ビルごと崩壊に巻き込むような量のそれを解体するともなれば、単身で解体作業を行うよりはそれに通じた者を助手に据えて作業を行った方がスピードは上がる。

 勿論、ズブの素人ではない事が条件なのだが。

 

「そんじゃ、俺が協力しますよ」

 

 そこで名乗り出たのは、意識を失ったシャルテをユリアに預けたスコット。

 

「レイとかと一緒に過激派マフィアとかが仕掛けた爆弾撤去任務とかもやってましてね。その流れで危険物取り扱いの免許も取ってますし、助手くらいならできますよ」

 

「……それなら申し分ないわね。お願いできるかしら」

 

「了解」

 

 

 こうして役割の分担は済み、その直後合流した特務支援課の一人、ティオがタワー内のセキュリティーの主導権を奪還する間に、リン達はやや強引ながらもこの状況では一番迅速に行動できる方法で屋上へと向かった。

 その後十数分で外部協力者の助けもあってセキュリティーシステムの奪還に成功した彼らは、エレベーターを使ってテロリストの後を追う。

 伏兵の存在も否定しきれないために残ったユリアとミュラーは、力尽きたシャルテを抱えたまま、報告を行うため国際会議場へと戻ろうとした。

 

「ミュラー殿、それでは我々は殿下たちの護衛に戻りましょう」

 

「えぇ。……あぁ、その前に」

 

 ミュラーが懐からENIGMA(エニグマ)とは仕様が異なる導力器(オーブメント)を取り出すと、ユリアはそれに視線をやった。

 

「それが……新型戦術オーブメントのARCUS(アークス)ですか」

 

「えぇ、クロスベルなら電波施設が整っているので、恐らく届くでしょう」

 

 通話機能をオンにしてから耳に当て、数コール後に出た旧友に向かって、簡潔に状況を説明する。

 

 

「ナイトハルトか? ミュラーだ。実は……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――ジオフロントD区画。

 

 嘗てクロスベルで帝国派と共和国派の政治家が鎬を削っていた時、帝国派の議員の「来るべき導力自動車時代の到来に向けて」という需要提案を受けて工事が発注された地下自動車駐車場である。

 しかし、その素人目から見ても分かる過大工事発注の裏には、不正献金によって政治家が得た金を隠すために行われていたという理由が存在する。

 この計画は『教団事件』の煽りを受けて元自治州議会議長のハルトマンが逮捕された事で事実上凍結となり、無駄に広大なスペースのみが残されるという結果となっていた。

 

 本来、この障害物が多く、道も入り組んだこの場所の構造を全て把握している者は工事関係者の上層部くらいしか知り得ていない筈なのだが、ジオフロント全体を庭のように知り尽くすレイにとっては、例え地図がなくとも自由自在に移動する事が出来る。

 

 

 そして今、彼は最奥に近い駐車場の一角で、コンクリートの柱に背を預けながら目を瞑っていた。

 

 

「…………」

 

 人間に対する不殺。それを彼は甘い考えだとは思わない。

 実際、歯向かって来た人間に対して”殺す”という手段を取るよりも、”生かして捕える”という手段を取る方が格段に難しいのだ。だからこそ、敢えてその手段を取ろうとする者達を嘲笑する気など毛頭ない。

 だがそれも、場合によりけりだ。時と場合によっては―――確実に相手の命を刈り取らなくてはならない場面もある。

 

 そして今が、その時。

 遊撃士時代に人間に対して徹底していた筈の不殺の誓いを破るために、レイは再び意識の切り替えを行う。

 感情を混ぜず、ただ合理的に任務を遂行する。それを成すために、私情を押し殺す事を徹底する。

 

 そうして極度の緊張を強いていた影響か、柱の陰から漏れ出た気配に対して瞬時に反応して長刀を突き出す。

 そしてその直後、レイの喉元にも凶悪な刃が装着されたチェーンソーが突きつけられた。

 

 

「何の真似だ、シャーリィ」

 

「いやー、良い感じの殺気出してるなーって思ってさ♪ 作戦前じゃなかったら斬りかかってたよ」

 

 喉元に白刃を突きつけられている状態だというのに、《血塗れ(ブラッディ)》の異名を持つ少女は無邪気に笑う。

 高揚したようなその声色に、偽りはない。笑ったままに刹那の生死を駆ける彼女にとって、殺し合いとは罪ではなく、崇高なモノだ。故に、悲観的な表情など見せるはずもない。

 しかしそんな彼女を、後方から一人の男が窘める。

 

「お嬢、何やってんですか‼」

 

「えー、いいじゃんレグルス。平和ボケした場所でこんな良いカンジの殺気に巡り合えたらさぁ、取り敢えず手ぇ出してみたくなるじゃん♪」

 

「時と場合を考えて下さい……」

 

 クロスベル訪問初日にレイを『ノイエ・ブラン』に招待した時とは違う戦闘衣に着替えていたレグルスは溜息と共にシャーリィの手を下ろさせる。

 そうして重々しい鈍色の光が視界から消えると、レイもまたシャーリィに突きつけていた刀を引いた。

 

「あらら、シャーリィに先越されちゃったか」

 

「やめておけ、お前達。仕事の前だ」

 

 続いて闇の中から姿を覗かせたのは、無骨な大剣を構えた《剣獣》イグナ・オルランドと、彼らの父であるシグムント。

 そしてその背後に、赤備(あかぞなえ)の防具に身を包み、今では珍しい火薬式の大型の自動小銃を構えた者達がずらりと並ぶ。防具の旨に刻まれているのは、赤紫色の禍々しい蠍の紋様。

 彼らこそ、ゼムリア大陸でも最強の一角と名高い猟兵団《赤い星座》の(つわもの)達。陸戦ならば《結社》の強化猟兵を遥かに上回ると言われる程の練度を持つ彼らは、レイの目から見ても中々に強壮だった。

 

「躾のなっていない娘が失礼したな」

 

「そう思ってんならマトモな教育したらどうだ? せめてノリと勢いで斬りかかってくるのをやめさせろ」

 

「そいつは無理な話だ。何せ、この俺の血を継いでいるからな」

 

 その取り付く島もない言葉に、しかしレイは妙に納得してしまい溜息を漏らす。

 すると、レイの耳朶に複数の足音が聞こえて来た。

 

 《赤い星座》の面々とは違うものの、防具を纏い、銃や剣を携えた組織だった者達が鳴らす足音に反応する。

 

「……来たか」

 

「そのようだな」

 

 赤の戦鬼(オーガ・ロッソ)が凶悪な笑みを浮かべるのと対照的に、レイの表情はどんどんと冷めていった。

 

 刀の柄を、握りしめる。罠に掛かってしまった哀れな敗北者たちを、せめて武人らしい形で出迎えてやるために。

 その考えそのものも傲慢の在り方だと理解していながら、レイは右目の紫色の光をゆらりと燻らせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






 許せテロリスト諸君。相手が悪いんだ。というかこんなバケモンしかいない場所に正面切って行く君らも悪いぞ。

 次回は……シリアス成分多めですかね。

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