「誰かを殺していい理由など存在しない。命を奪う行為は等しく悪だ」
by 梟(東京喰種)
「あー……これはまた派手に
現実世界のどこでもない場所で、所有者の精神的な負荷を感じ取った少女は、そう独りごちて儚げに見える微笑を浮かべた。
少女の眼前に在るのは、この世界の本来の主であるレイがつい先日此処を訪れた時よりも爆発的に増えた黒茨の森。彼の”後悔”の具現化であるそれが爆発的に増えるという事態はこのところはとんとなかっただけに、流石の少女―――天津凬の微笑にも僅かばかり濁りが見えた。
「《結社》を抜けた直後以来……いや、《狂血》を封じた時以来かなぁ。本質的なところは変わらないのは”呪い”の影響もあるのかな?」
天をも衝かんばかりに聳える黒茨は、それそのものがレイ・クレイドルという少年の拒絶の表れだ。
つまり今彼は、ヒトとして何か大事なモノが壊れてしまっている。元より感情を内に溜め込みやすいあの少年は、また何か厄介な事柄を殊更大事に抱え込んでしまったのだろうと天津凬は推測した。
「ふぅ、やれやれ。ボクは何でこんなヒトの感情の機微に過敏になってしまったんだか」
その理由は間違いなく彼女の所有者の影響だろう。元々意志を持つ兵装として《十三工房》最高の鍛冶職人《
しかし幸か不幸か、彼女の所有者となった少年は、余りにも波乱な日常を送りすぎた。
そうした場面に直面した時、彼は決まって苦悩を宿していた。そうした場面と、この精神世界の最奥に黒茨が増え続ける様子を目の当たりにしていく間に、彼女は思ったのだ。
あぁ、彼は何て罪深い存在なのだろうか―――と。
事象を事象と割り切って斬り捨てる事ができない。一度斬る対象の内心を視界に収めてしまえば、その事情を慮ざるを得ない優しい優しい少年。
本来であれば剣を取る事すらままならない性格だろうに、一度憎悪を糧にその心を押し殺して剣を取り、剣術を修め、人を斬ってしまった以上、もう元の鞘に戻る事はできない。
だが彼は、彼には剣を取り、力を研ぎ澄ます理由があった。
それは時に己を繋ぎ止めるためであったり、時に守れる限りの人を守るためであったり、時に心地よくなった陽だまりの場所を奪わせないためであったり。
とかく彼は昔から『何かを守るため』に剣を振るっていたのにも関わらず、当の本人はそれを誉れとは思っていない。
この剣は簒奪の殺意。この技は傲慢の手練。この心は贖罪の隷属。―――それを業として生きて来た少年なのだ。
此処に辿り着くまでに、多くのものを犠牲にしてきた。守れなかったものがあった。だからこそ彼は、今度こそは取りこぼさないようにと躍起になって、己の足元が疎かになる。
その進む先が崖であった事も幾度となくあった。その度に彼の手を引いて正しい道を示唆してくれる存在はいたのだが、今はとてもとても危うい。
早くその手を引いて抱きしめてやらなければ、引き返せない場所まで堕ちて行ってしまう。
「まぁ、ボクにその役目は無理なんだけれど」
抜き身の刃が抱きしめてやるなど洒落にもならない。そもそもそんな柄ではない。
折角愛し愛された異性と、絆を育んだ友らがいるのだ。彼らがその役を担わずしてどうするのか。
「……ま、あぁ見えてかなり面倒くさいご主人様だけれど、さ」
故に天津凬は呟く。
誰かに心の底から愛されることを願った少年が、今度こそ真に愛されることを。
「せめて人並みの幸せを享受できるまで、面倒を見てあげてくれ。―――傍観者のボクが言えた義理ではないんだけれど、ね」
―――*―――*―――
「……報告は以上になります。クレア殿は一時期重傷を負いましたが手当は間に合い、現在は帝都の総合病院に搬送されている頃合いかと」
オルキスタワーが《帝国解放戦線》《反移民政策主義》の面々に襲撃された事件から実に40時間が経過した、9月2日午前9時。
あの事件の後も会議は少しばかり続いたようではあったが、流石に首脳陣の身の安全を最優先され、翌日の午前中には各々の国へと帰国していった。
しかし、”仕事”の”事後処理”を行っていたレイはオリヴァルト達とは出立を遅らせ、一日遅れでエレボニアに戻るために大使館前に荷物を用意させた状態でシオンからの報告に耳を傾けていた。
「そうか。念の為と思って保険を掛けておいたらドンピシャとはな。……あいつには、悪い事をした」
「そのような事は―――」
「ガレリア要塞の方は?」
有無を言わせないようなレイの言葉は、いつもと同じように見えてその実は違う。
従者として長く傅いているシオンには分かる。これは異常な事であり、問い質すのが忠臣としての役目なのだと。
しかし彼女は、促されるままに次の報告を紡ぎ上げた。
「ガレリア要塞には《帝国解放戦線》幹部の《S》と《V》が向かい、『列車砲』を起動させてクロスベルを強襲する予定だったらしいのですが、リィン殿たちがそれを阻止されました。
また、ライアス殿にも話を伺ってみたのですが、ザナレイア以外にも”武闘派”《執行者》の乱入があったそうです」
「”武闘派”? マクバーンかアルトスクさんかヴァルター……いや、どれも違いそうだな」
その言葉に、シオンは頷く。
「執行者No.XⅦ《剣王》リディア―――どうやらレオンハルト殿の弟子のようであったと」
「レーヴェの弟子? レーヴェが? 弟子? ……俺がいなくなった後どんな心境の変化があったんだよ」
少なくともレイが知るレーヴェ―――《剣帝》レオンハルトはまかり間違っても弟子などは取らない男だった。
自ら修羅の道に堕ち、そして修羅であり続ける事を望んだ彼が、そんな未練を残すような真似をするとは到底思えず、敵が騙っていたという事も充分にあり得るのだが、しかしレイはライアスの証言を信じる事にした。
ライアスとの付き合いも長い。修業時代は共に《鉄機隊》預かりでいつ死んでもおかしくないような鍛錬に明け暮れ、人となりは熟知している。飄々と振る舞う事が多いが、実のところ彼は人を見る目、見抜く目に長けている。それは彼の中に流れる貴族の血が開花させた才能だろう。
「そのリディアとかいう奴は、サラとナイトハルト教官の足止めのために用意された、という事か」
「はい。お二方とも負傷は致しましたが、今では完治しております。リィン殿たちの方も大きな損傷はなかったようですが……リィン殿が刀を破損してしまったようです」
「…………」
その報告にレイは少し呆気にとられたように数回瞬きをすると、クスリと笑った。
「そうか。あぁ、いや、笑い事じゃねぇな。剣士にとって刀剣を失うのは死活問題だ。それも長年愛用して来たモノが失われたとあっちゃ、あいつの心労も溜まってるだろうよ」
剣士とはその名の通り、剣と共に在る者だ。
《八葉一刀流》は『無手の型』も組み込んではいるが、それもつまるところは剣ありきの武術である。
中には無手のみを極めるという好き者もいるにはいるが、リィンの戦い方はまず剣ありきだ。加えて刀という武器はどこにでも売っているようなものではない。それこそカルバードの東方人街にでも赴けば手に入るだろうが、帝国ではまだまだマイナーな武器なのだ。
「まぁいい。太刀の方は俺が何とかしてやるか。俺からの成功報酬みたいなもんとして」
「はぁ……」
「だけど、そうか。アイツらちゃんとやってくれたんだな。ハハッ、5ヶ月前と比べりゃ随分強くなったよ、ホント」
その言葉は、本当にⅦ組の面々を称賛していたのだろう。それは間違いない。
だがそれと同時にその声色にどこか哀愁じみたものが含まれていた事を、シオンは聞き逃さなかった。
「―――もう大丈夫だな。俺がいなくても」
「っ―――主‼」
だからこそ、漏れ出たその言葉を聞いて何も返さない事など、シオンにはできなかった。
「
「…………」
「主は、またお独りになられるおつもりですか? 貴方様をお慕いしている方々を置き去りにして? そんな事をすれば貴方様は―――今度こそ本当に、後悔の念に身も心も押し潰されてしまいます」
頭を下げ、佞臣ではなく本物の忠臣として諫めるシオンの姿にレイは一瞬哀しそうに顔を歪ませ、そのまま荷物を持ち、大使館を後にした。
「―――それで? 貴方は声を掛けてあげないんですか?」
同時刻、行政区旧市庁舎屋上。
クロスベルに於ける行政の役割のほぼ全てがオルキスタワーに移転する事になった経緯から滅多な事では人が入らなくなったこの場所に、一組の男女がいた。
普段纏っている白銀の鎧は「街中でこれを着たまま歩くとか正気じゃない」と言い、ラフな私服に着替えた金髪の女性、ルナフィリアは傍らに設置されていた古いベンチに腰掛けて紫煙を燻らせていた男に声を掛ける。
「男が
「……それで壊れちゃったらどうするんです? 一応お義兄さんなんでしょ、アスラさんは」
不敵な笑みを湛えながらも、それでも視線だけは大使館から出て来たレイに向けたまま、アスラ・クルーガーは鼻を鳴らした。
「兄貴分だからこそ、だ。本来兄弟ってのはそこまで仲良く馴れ合わねーもんさ。あン時はホラ、
「はー。男にしかわからない世界ってやつですか。分かりませんねー、私には」
「根がバカだからな、男は。ガチで賢い生き方が出来る奴なんてそうそういねーよ。大抵の奴はどっかしら不器用で、強情で、こうと決めた道しか見えねぇ頑固者だ。俺しかり、アイツしかりな」
「ふむふむ。……ん? ちょっと待ってください。その理論で行くと《鉄機隊》の面々は大体バカになってしまいます。アスラさんはアレですか? あのフルボッコにされた”怒りの日”を再現したいんですか?」
「おい待てやめろ。《鉄機隊》総出でフルボッコとか流石の俺でも死にかけたんだぞ」
お互いに軽口を叩き合いながら、しかし元同僚であった二人はやはり弟分の事は気になっているようではあった。
レイの精神状態が今擦り切れている事をシオン経由で聞いたアスラと、事の顛末を見届けるために気配を殺してジオフロントに潜入していたルナフィリアは、しかしレイに直接接触しようとはしなかった。
ルナフィリアはその行為が職務を逸脱しすぎるため。そしてアスラは義弟の成長を促すために敢えて。
「でもいいんですか? もし本当に戻ってこれなくなってしまったら……」
「心配性だなぁお前さん。ま、大丈夫だろうさ」
「?」
「あの時とは違って、今のアイツには味方になってくれる奴がいる。今更俺が出張らなくても、大丈夫さ」
その横顔は、年の離れた弟の巣立ちを見守る本物の兄のようでルナフィリアも釣られて莞爾の笑みを浮かべてしまう。
ノルドに赴いた際に出会った学友に、三人の恋人たち。彼らに任せれば或いは、レイが《結社》に来た当時から抱き続けていた後悔と贖罪の念を晴らす事が出来るかもしれない。
まぁそれも―――
「ん? そういえばカグヤ卿はどうしたんだよ。お前さんと一緒に居たよな? 気配あったし」
「……ホント肉弾戦特化の達人さんって気配察知が異様に上手いですよね。私はともかく副長の気配なんてそうそう察知できませんよ?」
「まぁ俺腐っても暗殺稼業の一族の人間だしな。つってもあの人が本気で気配消したら流石に見つけらんねぇぞ? わざと漏らして試してたのかもしれねぇな」
んで? どこに行ったんだよ? と改めてアスラが問うと、ルナフィリアは気まずそうにサッと目を逸らした。
「……シャバの空気を吸ってくるとか言って私服着て裏路地に行ったらですね、酔っぱらいのチンピラに絡まれまして……えぇ、その場でノして有り金巻き上げてカジノに行きました。多分オールでやってます」
「仮にも元弟子がヤバいって時にそれはどうなんだよ。つーか”絶人級”の武人がカツアゲなんてやってんじゃねーよ」
「副長はアレですから。食事してた時に襲撃食らってスープに窓ガラスの破片が入ったってだけで襲撃して来た猟兵団皆殺しにするような、一度売られた喧嘩は買っちゃうようなタイプですから。―――まぁ、でも」
はぁぁ、と深い深い溜息を吐いた後、しかし性格的には面倒くさい上司の事を思って苦笑する。
「心配、してないんだと思いますよ? 何だかんだ言ってレイ君は副長の唯一の弟子ですからね。レイ君が《結社》を去る時に追撃しようとしてたザナレイアさんを本気で殺そうとしてましたし」
「それはただあの腐れ女が喧嘩吹っかけて来たからじゃねーのか?」
とはいえ。
長くカグヤの側近を務めていたわけではないルナフィリアの言葉は説得力があり、それをアスラは鵜呑みにする事にした。
「まぁともあれ、アイツの事を信じててやろうぜ。敵味方はともかく、お前さんだって腑抜けちまったアイツの姿なんて見たくねぇだろ?」
「……えぇ、そうですね。どうせなら万全な状態で相対してみたいと思うのが騎士の性ですから」
精神は早熟。しかしそれ故に脆い衒いがあった弟分が無事に己の中の弱さに打ち克つことができるようにと心の中で祈りながら、二人は駅の方へと歩いて行くレイの背中を眺めていた。
「……む、漸く来おったか」
「あれ? 爺さん?」
クロスベル駅構内の待合所。大陸横断鉄道が来るまでの十数分をここで待とうと思っていたレイは、そこで思わぬ人物と顔を合わせた。
「どうしたんだよ。爺さんが工房から出てくるなんてガチの素人がにがトマトに攻撃当てられるくらい珍しいんじゃねぇの? ……明日は豪雪か?」
「……おぬしは儂を世捨ての仙人かなにかと勘違いしておるようじゃの」
「いや、間違ってなくね? 実際爺さん厭世家だし、佇まいとか髭とか仙人っぽいし。こんな賑やかな場所に来る事なんてねーだろうなって思ってた」
「フン。まぁ儂とて用がなければこのような場所になんぞ来たくはないわい。おぬしに渡すものがあったのでな」
するとヨルグは作業服のポケットの一つからとあるものを取り出した。
「手紙?」
「うむ。クロスベルを離れる前に、レンから預かっておっての。おぬしに渡してくれと頼まれたわい」
「あ……」
裏を見てみると、そこには猫の紋様が象られた封蝋が押してあった。確かにそれは彼女が好んで使っていたマークであり、懐かしさが込み上げて来た。
本来ならここで優し気な笑みの一つでも漏らすだろうと思っていたヨルグだったが、しかしレイが浮かべていたのがどこか沈鬱としたそれであったのを見て、怪訝に思う。
「おぬし……」
「ん、ありがとな。ヨルグ爺さん。コイツはトリスタに帰ってからゆっくり読むとするわ。……アイツの事だから開けた瞬間ビックリトラップとか発動してもおかしくねぇからな」
カラカラと笑うレイであったが、それに誤魔化されるようなヨルグではない。
その笑みは昔、レンと共に彼が初めて《ローゼンベルク工房》を訪れた時の、本心を押し殺して浮かべていた乾いた笑みと酷似していた。
「じゃあな、爺さん。またいつか長期休暇でも取れたら遊びに来るよ」
そう言ってホームに向かおうとして踵を返したレイを、ヨルグは「待て」と引き留めた。レイはその声に、振り向く事はなかったが足を止めた。
「おぬしの言う通り、確かに儂は厭世家だ。しかしそれは性分のようなもの。若い頃から技師としての生き方しか知らんかったからな。
じゃがおぬしは、それとは違う。己の生き方を求めて巣から飛び立った雄鳥は、古いしがらみに囚われるような事があってはならぬ」
一言でいうならば職人気質。己が心血を込めて作り上げる作品以外に興味はなく、他者と馴れ合う事はない頑固者。―――少なくともヨルグを知る数少ない”表”の人間たちは、そういった印象を抱いているだろう。
しかし今のヨルグは、進んで独りになろうとしている孫を戒める厳しい祖父、といったような雰囲気を醸し出していた。
「《結社》を抜けてから……否、エレボニアに留学してからおぬしが出会った者達。それはおぬしにとっても無視できない存在の筈であろう。
苦悩、葛藤……思い悩むのは大いに構わんが、抱え込んで自壊するのは愚者のする事だと心得ろ」
厳しい声色の諭すような口調に、レイは僅かに口角を吊り上げる。
分かっている。あぁ、そんな事は分かっている。自分がどうしようもない馬鹿で弱者だという事は骨身に沁みて理解している。
忠臣に諫められ、祖父代わりのような人物に諭されてもなお、馬鹿げた決意が僅かなゆらぎしか見えない馬鹿さ加減が嫌になる。
「(愚者、か……)」
あぁ確かにその通りだな、と。自嘲する。
精神は既に背水の瀬戸際まで追い込まれているというのに、それでもそれを表面に出せない自分が嫌になるのだ。
思考と表情が別離しているというのは、時にこうした悪癖を生み出す。一昔前はそれが当たり前だったというのに、今ではとても息苦しい。
誰かに縋りたいと思っているのに、縋れない。自分の中にある下らない矜持が邪魔をする。
それが下らない意地だと分かっていても、その生き方を止めてしまえば、自分が本当に弱くなってしまいそうで怖い。
元より血反吐を吐き、幾度も死にかけながら修業に明け暮れて武術の天嶮に登り詰めたその起源は復讐心だ。
母を、村の人間を殺し尽くした邪悪な教団を塵一つ残さず滅殺してやると、沸騰して煮えたぎった怒りを糧に磨き上げたモノ。
しかしそれが成し遂げられた後の彼の強さは、本質的な意味で宙に浮いていた状態だった。
己が抱き続けた”後悔”を取り戻す―――もう二度と取り溢さないように守り続けたい―――そんな渇望で鍛え上げたからこそ、その想いを強く抱き続けないわけにはいかなかった。
弱い姿を見せる事が出来ないレイの本質が、ここに来てより頑固になってしまった。
ただ―――弱者に戻りたくないという一心で。
愚者で結構。誹られるも罵倒されるも覚悟している。
ただそれでも、”落とし前”はつけなくてはならない。絶対に。
そんな決意と共に、クロスベルを発つ。
暫くは戻れないだろうなという、哀しさを孕んだ思いと共に。
―――*―――*―――
「ガイウスさーん。すみません、ちょっと高い所にある荷物を取っていただけませんか?」
「あぁ、分かった。……? エリオット? 何を探してるんだ?」
「うん、カビ落としの洗剤がどこかに行っちゃってさ」
「あぁそれでしたら、さっきユーシスさんがお風呂場に持って行きましたよ?」
「ホント? ありがとう委員長」
「ミリアムー。アガートラム使って屋根裏の掃除お願いできない?」
「えー、やだよー。ホコリとか煤まみれになっちゃうもん。アリサがハシゴ使って掃除すればいいじゃん」
「そう……残念ね。やってくれたら今日のおやつのケーキ、ミリアムにイチゴを多く乗せてあげようと思ったのに」
「ガーちゃん‼ いこー‼」
「γΘΖΓΒΣΨ」
「レーグニッツ、貴様人の話を聞いていなかったのか? この洗剤の薄め方は2:8だと言っていただろうが」
「君こそ人の話を聞いていなかったのか? この洗剤は少しばかり濃度が薄いから3:7の方が汚れが落ちやすいんだ」
「阿呆か貴様は。それだとタイルの劣化が激しいだろうが。効率ばかりにかまけて物品の劣化速度に気を使わないとは……次席が聞いて呆れるな」
「……僕は段々君が本当に大貴族の家で育ったのかと疑問に思ってくるようになった」
「うぅ、クソ。この時期のトイレ掃除とか貧乏くじ引きすぎだろ俺……おーいフィー、生きてっかー? 熱中症とかになってねーかー?」
「大丈夫。クロウみたいに柔じゃない。「おいどういう意味だそれ」それより、飽きた」
「飽きたでサボれんなら俺だってサボっとるわ。だけどな、逃げたら委員長のキッツイお仕置きが待ってんぞ。ついでに夕飯のおかずが一品減るぞ」
「……それはヤダ」
「だろ? だったらとっととそっちも女子トイレの掃除終わらせろ。もーちっと頑張れば終わるだろ。多分」
「
同日昼過ぎ。本来であれば学院で勉学に励んでいる筈のⅦ組の面々は、しかし第三学生寮にて総出で掃除に励んでいた。
その理由はガレリア要塞での活躍を加味されて学園側から数日の休みを貰った事に起因する。その休み期間をどう使うかは個々人の自由だったわけなのだが、運悪くシャロンがラインフォルト社での仕事の関係でルーレに帰ってしまっているため、空いている時間を使って大掃除に勤しんでいたのである。
とはいえ、普段からスーパーメイド・シャロンの手によって完璧に管理されていたこの建物はそれ程汚くはない。だが、残暑がまだまだ厳しいこの気温では1日掃除を放っておいただけでも厄介な事になるため、どうせならと総員での掃除をする事になったのである。
因みに渋ったメンバー(※お察しください)は全てエマの笑顔(という名の逆らえないプレッシャー)の前にひれ伏した。
「はは。皆何だかんだ言ってちゃんと付き合ってくれるから助かるな」
「フフ、そうだな」
そんな中、厨房周りを掃除していたリィンとラウラは、そういう言葉を交わしつつそれぞれの分担作業をこなしながら、しかし互いの心境の変化には何となく気が付いていた。
「……リィン。その、やはり落ち込んでいるのか?」
「え? ……あぁ、まぁ、な」
ラウラが指摘するのは、ガレリア要塞から帰ってくる際にあからさまに落ち込んでいる様子だったリィンの姿。
事情は聞いているし、同じ剣士として共感できるのだが、それでもやはり問いかけざるを得なかった。
「あの太刀は修業で真剣を持つことを許されたときにユン老師から貰ったものでさ。長年大切に手入れして来たから愛着があったんだ。あの場で毀してしまった事に後悔はないけどさ、それでもやっぱり精神的には割り切れないというか、何というか」
「あぁ、うん。それは私も分かる。私ももし剣を失う事があれば、そなたと同じことを思うだろうからな」
理屈と感情は別物だ。後悔はないが、喪失感までは拭えない。
とはいえ、リィンのそれはそれ程深刻な悩みではない。だから、リィンはラウラに問い返した。
「ラウラも、何か悩んでるみたいだな?」
「……あぁ」
否定する事無く、ラウラは頷く。
そもそも、要塞からの帰路についている時から彼女の様子はおかしかった。元より積極的に会話を切り出すような性格でもないのだが、列車の窓から呆けた表情で外を眺めたまま動かないという隙だらけの姿を見たのは、一同あれが初めてであり、悪戯心が芽生えたらしいミリアムが頬を軽く何度も押してみても反応がなかったほどだ。
何度も呼びかけたところ漸く反応したが、その様子を心配したのか、その後はフィーがラウラの膝の上に乗ったままトリスタまで離れなかった。
「まぁ、あれだ。言いにくい事だったら言わなくても大丈夫だし、何だったらアリサや委員長とかに言った方が……」
「フフ、そなたは優しいな。だが大丈夫だ。
ただでさえレイやシャロン殿の事で手が回らない以上、私の我儘に付き合わせるわけにもいくまい」
「いや、それは……」
「心配するな。一人で抱え込むような真似はしない。―――ほら、ここを磨いてしまえば終わりだろう?」
気丈に振る舞っているように見えても、やはりどこか覇気がないラウラに対して、しかしそれ以上の追及は野暮だと判断したリィンは再びコンロ周りの清掃に戻る。―――その時。
「ういーっす。ただいまー。……ってアレ? 季節外れの大掃除でもやってんのか?」
玄関の方から聞き覚えのある声が聞こえ、ラウラ共々作業を一度中断してロビーへと向かった。
その他の面々も続々と別の部屋から出て来たり、1階に降りてきたりして、学生寮に帰って来た人物を迎えた。
「レイ‼ 無事だったのか‼」
「んー? 無事も無事だよ。お前、あの程度のテロでクロスベルの最終防衛ラインがどうかなると思ったら大間違いだぞ。まぁでも、流石に『列車砲』撃ち込まれたらヤバかったからそこはありがとな」
「う、うん。はぁー、でも良かった」
「とんだ災難でしたね。レイさん」
笑顔で出迎えた面々に同じく笑顔のまま言葉を返していくレイだったが、しかしリィンはそこに僅かな違和感があるように感じられてしまった。
「(……?)」
しかしその違和感の正体が分からず、首を傾げていると、同じくアリサとユーシスも怪訝な顔をしていた。
そうしていると色々と荷物を抱えたままのレイが、一度部屋に戻ると言って階段へと足を進めた。
「あぁ、そうだ。お前らに一つ言っておかなきゃならない事があったんだ」
よりにもよってリィンの横を通り過ぎた時にそう言ったレイの声が、リィンの耳朶には恐ろしく歪みがあるように聞こえてしまった。
不吉、不穏。そんな雰囲気が瞬時に体を駆け巡る。そしてその予感は―――
「俺、暫く学院を休学するわ」
望んでもいないのに、的中してしまったのだった。
エントリーシート書き終わって後は提出を待つのみなので書き上げてみました。シリアスだけど。
ところで『この素晴らしい世界に祝福を』のアニメ見てるとラウラとダクネスがごっちゃになるこの脳内変換を何とかしてほしい。どうも、十三です。
以前にも書きましたが、自分、ガチのシリアスを書き続けられる精神力がないのです。それだけ言っておきます。
PS:FGOのガチャ回してみたら式セイバーじゃなくてアルトリア出た。いや、確かに☆5セイバーだし、嬉しいんだけど……なんだかなぁ‼ ←この後メチャクチャフォウ君食わせた。