英雄伝説 天の軌跡 (完結済)   作:十三

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「大嫌いだろうが、どうでもよかろうが、クソ生意気でかわいくなかろうが、妹は、助けてやんなくちゃならんだろうよ。そうだろう?」

     by 高坂京介(俺の妹がこんなに可愛いわけがない)







小悪魔仔猫の悪戯事情 Ⅰ  ※

 

 

 

 

 

 その日もやはり、燦々と太陽が照り付ける快晴日だった。

 とはいえ、流石に9月の上旬を過ぎた頃になれば残暑も鳴りを潜め、直射日光が苦にはならない程度の涼し気な風がトリスタの街には吹き抜けて来ていた。

 

「C・エプスタイン博士によって導力器(オーブメント)が開発されたのが1151年、レマン自治州で《エプスタイン財団》が発足したのが1155年、リベール王国で《ツァイス技術工房》が設立されたのが1157年……」

 

「ぶつぶつと煩いぞレーグニッツ。テスト当日になってまで頭に詰め込んでおかないから貴様は万年2位なのだ」

 

「くっ、万年3位の君に言われたくないな‼ 時折レイに抜かされて4位に降格しているくせに‼」

 

「大抵の小テストは5、6人くらいまで同率1位だろうが。その程度も忘れたか?」

 

「ぬぐぐ……」

 

 そんな日の早朝、本日の日直であるマキアスと、馬術部の朝練に向かうユーシスは士官学院への登校道を歩いていた。

 たまたま同じ時間に学生寮を出る事になってしまった二人は、玄関で顔を合わせた瞬間に互いに棘のある言葉を交わし合い、それを数分ほど続けた後―――

 

 

「うるせぇんだよお前ら、とっとと行け」

 

 

 朝食の片づけをしていたエプロン姿のレイに半ばキレられながらそう言われ、やむなく口論を中断して登校を始めた二人。

 以前までならここで早々に個別行動に分かれて学院に向かうところだっただろうが、この数ヶ月、嫌でも染みついた集団行動に引っ張られ、悲しいかな歩くペースが同じになってしまった二人は、やはり性懲りもなく棘のある言葉を言い合う。

 

 しかしこれでいてARCUS(アークス)のリンク数値はリィン&アリサ、ラウラ&フィーと並んで高いというところからも、決して相性が悪いわけではないという事が見て取れる。

 反りが徹底的に合わないのは両者ともが傍目から見ても呆れるほどに頑固であるからと、それに同族嫌悪が追加されているからだ。

 

 そしてそんな実入りのない口論をいている内に、校門の前まで辿り着いてしまう。その状況を理解した二人は、同時に息を吐いた。

 

「……グラウンドでランベルト先輩が待っているのだろう? 早く行ったらどうだ」

 

「貴様こそ、早めに職員室に行かないとまたハインリッヒ教頭の小言が始まるぞ」

 

 不承不承と言わんばかりの声色ながらそう言い合って正門前で別れようとする。しかし、その直前。

 

「……む?」

 

「あれは、誰だ?」

 

 正門前から校舎へと繋がる道のちょうど真ん中あたりに、まるで絵画の中に迷い込んだかのような佇まいで立つ一人の少女。

 制服を着た学生が多く集う場所にはある意味で似つかわしくないゴシックロリータ調の服を纏ったその少女からは、セミロングに伸びた髪が風で棚引く度に淡いスミレの花の香りが漂ってくる。

 

 場違いなその光景に思わず行動する事を忘れてしまった二人だったが、少女が振り返って微笑を見せ、そのままギムナジウムの方へと走って行ってしまった事に反応して再び動き始めた。

 

「あっ、お、おい君‼ 待ちたまえ‼」

 

「チッ……」

 

 一つ舌打ちをしたユーシスだったが、言動とは裏腹にそれ程怒ってもいないし、苛立ってもいない。

 

「追うぞ、レーグニッツ」

 

「は? いや、しかし……」

 

「あの娘、見かけの割に意外と素早いぞ」

 

 その服装と外見的年齢から、どう見積もっても学院の関係者ではない事は明白である。例え教官の誰かの子供であったり、生徒の家族であったりしたところで、学院内を一人でうろついていい理由にはならない。

 普段の自由さ加減から偶に忘れそうになるが、仮にも此処は士官学院である。子供の目が届く範囲に重要書類などは流石にないだろうが、それでも一般の教育機関に比べれば危険が多いのもまた事実だ。

 

「……分かった」

 

 マキアスが頷くと、二人は少女が去って行った方に駆けだした。

 日々鍛えられている彼らの脚力は控えめに言っても高いはずなのだが、それでもグラウンドの前を通り過ぎ、ギムナジウムの前に来てもまだ少女には追いつけず、人影もなくなっていた。

 

「……ギムナジウムに入ったか?」

 

「いや、今日はフェンシング部も水泳部も朝練はなかったはずだ。施設自体、今の時間帯は施錠されている筈だ」

 

 少し厄介な事になったと、マキアスは歯噛みをした。

 というのも、校舎の裏手に差し掛かるこの場所は基本的に人の通りが少ない。加えて死角になる場所も多く、一度姿が隠れれば見つけ出すのは一苦労になる事もある。

 以前、鍛錬という名目でレイとサラがフィー一人を逃走者にして他のⅦ組メンバーが全員鬼という校舎内を含まない学院内かくれんぼを行うと言った時には、その脅威度を身を以て知った。フィー自体の隠密能力はもとより、人はその気になればどんな場所でも隠れる場所を見つける事ができるのだ。それが、こういった場所であればなおさらである。

 

「これは教官方に任せた方がいいかもしれないな。君はどうするつもりだ? ユーシス」

 

「……不本意だが貴様の言う通りだな。俺達だけで深追いするわけには行くまい。……あんな小娘に撒かれたという事実が癪だがな」

 

「君も大概素直じゃない性格をしているな」

 

 こう見えて年下に当たる存在の面倒見が良いユーシスは、プライド云々よりあの少女の心配をしているのだろう。

 この学院の中は、慣れていなければ最悪迷うような構造になっているところもあるにはある。特に敷地の外れにある旧校舎などは―――

 

「……もしかしてあの子、旧校舎方面に行ったんじゃないのか?」

 

「……可能性はあるな」

 

 旧校舎までの道は一本道だが、一度脇に逸れれば延々と木々の間を彷徨う事になる。そうなれば発見自体難しくなるだろう。

 考えうる限り、最悪の事態とも言えた。

 

「チッ」

 

「行くのか? 君は」

 

「ここで放っておいてみろ。目覚めが悪くなるのは確実だろうが」

 

 なんだかんだ心のどこかでその言葉に同意してしまっているマキアスも負けず劣らずのお人好しなのだが、それには気付かない。

 日直が登校しなくてはならない時間を完全に過ぎてしまいそうなことにマキアスは溜息を吐き眼鏡のブリッジを押し上げたが、それでも一人だけ去ろうとは思わなかった。

 

 互いに無言なままに一瞬だけ顔を合わせると。旧校舎に繋がる舗装されていない道を歩いて行く。

 鬱蒼と生い茂る木々と雑草のせいで陽の光を遮って薄暗いその道は、好んで通る物好きもそうそういない。

 

「くそっ、せめて道沿いに居てくれればいいんだが……」

 

 そうボヤきながら進んでいくと、やがて旧校舎前の開けた場所に出た。

 するとそこには、二人の不安とは裏腹に、鼻歌を歌いながら申し訳程度に設けられていたベンチに腰掛けていた少女がいた。

 

「あら、お兄さんたち」

 

「まったく、元気が良いのは良い事だが、知らない場所にホイホイと入ってくのは感心しないな」

 

「でも、お兄さんたちは追いかけてきてくれたんでしょう? レン嬉しいわ」

 

 見た目とは違い、随分と大人びたような対応をする少女の姿にマキアスは一瞬呆けたが、ユーシスはといえば僅かに眉間の皺を深くした。

 

「レン、というのが君の名前でいいのかな?」

 

「えぇ、レンはレンよ」

 

「この学院に何か用があるのかな?」

 

「えぇ。お兄様がこの学院に通っているから、レンは様子を見に来たの」

 

 少女は見た目麗しく、着ている服も一般人が着るそれとは違う。貴族生徒の誰かの妹かとあたりを付けたマキアスは、先程から黙ったままのユーシスに変わって続けた。

 

「そうなのか。だが、一人で歩き回るのは危険だ。僕たちが案内するから職員室の方に―――」

 

「待て」

 

 そこで、初めてユーシスが口を開いた。

 渋面を崩さないまま少女に近づいていく彼を見てマキアスは制止しようとしたが、ユーシスは一顧だにしようとしない。そして少女の方も、そんなユーシスの表情を見ても微笑を崩そうとはしなかった。

 

お嬢さん(フロイライン)、一つ訊きたい」

 

「あら、何かしら貴族の方」

 

「貴様―――()()()

 

 その問いに、少女の口角がさらに吊り上がる。

 

「あら、さっき言ったじゃない。レンはレンだって」

 

「ここ数ヶ月無茶をしたせいで不本意だが”鼻”が利くようになった。―――貴様、《結社》とかいう連中と同じ雰囲気がするな」

 

 見た目に惑わされずにそう言い切ったユーシスを見て、遂に少女は声を出して笑った。

 

「アハハッ。本当に、ヨシュアの言ったとおりね。どうしてレンが”違う”って分かったの?」

 

「貴族の世界でこの程度は日常茶飯事だ。見た目で惑わされるようなら容赦なく足元を掬われる」

 

 貴族の世界では、見た目で油断を誘う見目麗しい子弟を”餌”にして情報を引き出すといった後ろ暗い事も平気で行われている。美麗な異性を以て(かどわか)色仕掛け(ハニートラップ)などには警戒していても、案外己の子、孫ほども歳の離れた者に対しての警戒はどこかで薄れる傾向がある。

 

 ユーシスは年下に対する面倒見は良いが、それは警戒していないという事とイコールではない。アリサと同じく、初対面の人間に対してはまず警戒心を抱くのが彼のスタンスである。

 それは、相手が人形のような整った見た目であっても、どんなに可愛らしくあっても変わらない。()()()()()()()()()というスタンスを取る者が多い仲間内の中で自分はこう在れという意志の下動いているため、その審美眼には一切の容赦がなかった。

 

「……ユーシス。君が感じた雰囲気、それは確かなのか?」

 

「少なくとも、只者の気配ではなかった事は確かだ。―――疑うか? レーグニッツ」

 

「いや、君とアリサの観察眼の精度は信じる事にしている。癪ではあるが」

 

 そう言いながらマキアスはズボンのポケットに入れたARCUS(アークス)を握る。

 元より外見でその人物の本質を判断してはならないという事はレイやフィーで体験済みである。個人的ないがみ合いなどの感情は抜きにして、”仲間”という大枠で捉えた場合、マキアスはユーシスの観察眼を信頼していた。

 

 

「うふふ。あぁ、おもしろい。おもしろいわ♪ レンの事を初見で疑う人なんてそうはいないのに」

 

「生憎と無茶を押し通す学院生活を送ってる身だ。それはそうと貴様、学院に何の用だ。戦闘をしに来たのではあるまい」

 

「あら、何でそう思うの?」

 

「分からいでか。貴様、()()()()()()()()()()() 本気でこの学院に攻め込んで来たならば、既に惨事になっていただろうからな」

 

 出会い頭は注視していなかったが、こうして改めて警戒の色を以て見てみると、重心の取り方や体の動かし方が素人ではない。余裕のある服やフリルなどで視線が行きにくいが、恐らく近接戦においても手練れであるだろうとユーシスは見切りをつけていた。そしてそれについては、マキアスも同感だった。

 

「ふふっ、うふふっ、あはははっ‼」

 

 一見すれば無垢な笑い声が旧校舎の周辺に響くのと同時に、思わず二人は臨戦態勢を取った。

 

 明らかに普通とは言い難いその状況に警戒心を最大にするが、その時点で既に彼らは少女の術中だった。

 

「レンはね、もうちょっとお兄さんたちと遊んでいたかったんだけど―――」

 

 まるで脳内に直接響くような感覚で、幼い少女の声が耳朶に届く。

 

「お兄さんたちが思ってたよりも鋭かったから、ここでサヨナラするわね」

 

「ま、待て‼」

 

 マキアスの制止も空しく、一陣の強い風が吹いて一瞬だけ視線が逸れたその瞬間に、少女の姿は消えていた。

 

『それじゃあ―――また会いましょう?』

 

 

 最後のその声を聴いた直後、玲瓏な鈴の音が響き渡り、二人を強烈な睡眠欲が襲う。

 そのまま地面に倒れ込み、意識を失う二人。次に二人が目覚めたのは、予鈴のチャイムが鳴った時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なるほど、それで遅れた、と」

 

 

 午前の授業が終わり、昼休み。

 Ⅶ組の昼食は曜日ごとにシャロンが作った弁当か、学食で食べるかに分かれる。クラスが結成された当初は全員がバラバラに食べる事が多かったのだが、今ではこうしてクラブの用事などがなければ全員が集まって昼食を取るのが当たり前になっていた。

 そして今日は、学生会館の1階にある学生食堂の一角に全員が集まって昼のひと時を過ごしていた。

 

 そこで話題になったのは、珍しく遅刻をしたユーシスとマキアスの事。既に日直の任を果たせなかった事についてマキアスはハインリッヒ教頭とサラに謝罪を済ませ、ユーシスは朝練に顔を出せなかったことを馬術部部長のランベルトに謝っていた。

 つまり今更掘り返すような話題ではないのだが、午前の授業中、どうにも腑に落ちない表情をしていた二人を見かねたリィンが話を振ったのだ。

 

「言い訳はせん。どうとでも言え」

 

「アホ。確かに俺はSっ気があるがな、こういう状況で煽るほど馬鹿じゃねぇんだよ。そりゃあお前らが登校中にバナナの皮で滑って倒れた時に頭打って遅れた、なんて言おうものなら心置きなく大爆笑してやるがな‼」

 

「君は本当にブレないな」

 

「今日もレイは通常行動」

 

 二人が話した内容は、途中までは理解できた。

 

 校門近くで明らかに学院関係者ではない少女を見かけ、走って行ってしまったその子を迷子になる前に保護しようと旧校舎まで追いかけて行った。そこで二人は少女と()()()()会話を交わし、その後少女の姿が見えなくなって鈴の音が聞こえた直後に急激な倦怠感に苛まれ、昏倒。そのまま予鈴が鳴るまで気を失い続けていたという。

 

 しかし、ここで不自然だったのはその”少女”の外見的特徴や彼女と交わした言葉の内容などを問うても、二人は答えられなかった事だ。

 マキアス曰く、「頭に靄がかかっているよう」との事。ユーシスにしても同じであったようで、いつも以上に不機嫌な顔を隠そうともしていなかった。

 

「ふむ、その少女とやら、何者なのか……」

 

「でもよぉ、それ以前におかしくねぇか? 色々と」

 

 クロウのその言葉に、レイは少しだけ考えるそぶりを見せてから、再び口を開いた。

 

「ユーシス、ちょっといいか?」

 

「何だ」

 

 言うが早いか、レイはユーシスの額の前に掌を突きつけると、右目を閉じて気を集中させる。すると、少々妙な術の痕跡が感じ取れた。

 

「どうしたんだ?」

 

「ん……ユーシス、お前そこそこ対魔力―――魔力抵抗力は高かったよな」

 

「それなりには、な。それはそこの男も同じだと思うが」

 

 ユーシスもマキアスも、決して魔力抵抗力そのものは低いわけではない。Ⅶ組の中ではレイを除けば図抜けてそれが高いのがエマであり、その次にエリオット、そしてその他と続いて行く。

 この魔力抵抗力そのものは鍛えてどうにかなるわけではないというのが通説だ。体内の保有魔力がそうであるように、生まれ持った才能であるところが強いと言われている。

 だが、極論魔法攻撃及びそれに類似する攻撃を受け続ければ、畢竟それに対する耐性が高くなるというのもまた真実だ。教練と称して幾度もシオンの大火力に晒され続けて来たⅦ組の面々は、多かれ少なかれそれについての耐性が高くなっていたのは事実である。

 

「眠りに誘う鈴の音……確かに魔法(アーツ)の一種だと考えるのが妥当よね」

 

「でも、俺たちが知る中でそういった特徴を持ったアーツは無いはずだよな」

 

 考察を出し合うアリサとリィンに、レイは頷く。

 

「こいつらが食らったのは、魔力こそベースにはしてあるが、既存のアーツとはまた別種のものだ。人間の五感の一つを介して直接脳に影響を与える類の術だから、幾ら魔力抵抗力が高くてもこの罠に引っかかったら大なり小なり影響は受けるだろうな」

 

 言うなれば、局地的範囲に展開する幻術の一種だ。レイの使う呪術、【幻呪・茫幽(ぼうゆう)】と似たところがあるが、こちらは魔力を介して発動できる分、汎用性は高い。

 そしてレイには、その術を使う人物に心当たりがあった。―――だが。

 

「なぁマキアス、お前らが追ってたのは確かに”少女”だったんだな?」

 

「? あ、あぁ。それは間違いないと思うが……」

 

「んー……」

 

 睡眠と同時に誤認の術も併用して掛けられている可能性も無きにしも非ずなので断言はできないが、レイが知るこの術を得意とする人物は妙齢の女性だった。

 ”少女”と呼ぶ事はできないし、恐らく本人も呼ばれたくはないだろう。それにその女性(ひと)は、多分今もクロスベルの保養地ミシュラムで一介の占い師という地位に身を(やつ)している筈である。わざわざエレボニアまで来るとは思えない。

 

 ―――だが、その術を使える”少女”に心当たりがないかと問われれば、また話は違ってくる。

 否、”使える”というよりは”使えるようになっている”と言う方が語弊がないかもしれないが。

 

「レイ?」

 

「すまん、確証がない。だが俺の知り合いだったらマジでスマン」

 

「いやむしろそれだったら納得するんだが」

 

「貴様の知り合いには癖の強い人間しかいないのか」

 

 ユーシスの言葉に全力で頷きたくなるレイだったが、敢えてそこは黙っておいた。

 《結社》時代、放浪時代、遊撃士時代と、知り合いとなった人間はどこかしら癖が強いというかアクが強いというか、そんな人間ばかりであったことは否定できないのだが、他ならない自分自身もその一人だと思っている。

 そして今回の騒動の元凶も、恐らく。

 

「他にも登校していた生徒がいたであろう状況で、わざわざお前ら二人を誘い出したんだ。皆もちっと気を張っておいてくれ」

 

「分かった」

 

 リィンがそう言って頷いた事で、とりあえずその場はお開きとなった。

 

 

 

 

 

 

「ふぁ」

 

 学生会館を出た後、残りの昼休みをフィーがどう過ごすのかは大体決まっている。昼寝だ。

 場所は様々。旧校舎近くのベンチの時もあれば、教室の自分の机の時もあるし、ギムナジウムの休憩室、技術棟の空き部屋、校舎屋上のベンチなどなど、お気に入りの場所はいくつも存在するが、一番のお気に入りの場所は決まっている。

 そしてフィーは今、その場所で小さなあくびを一つして横になる。

 

 フィーが所属する園芸部が保有する植物の栽培場の近くにある学院の中庭。校舎の影になり陽の光が入らず涼しいこの場所は、彼女にとって絶景の昼寝ポイントだった。

 

 ここにあるベンチで横になって、午後の授業の予鈴が鳴るまで睡魔に身を任せるのが日課のようなものだ。入学当初の頃は予鈴で起きても二度寝するという事が間々あったのだが、そうするとレイが拾いに来た際に良い笑顔と共に「お前今日おやつ抜きな」と言って来た為、今ではちゃんと授業開始までに戻る癖がついた。

 

「んん……」

 

 猟兵時代の経験が生きて基本どんな場所でも寝る事ができるフィーは、特にこういう居心地がいい場所だと1分も経たずに眠る事ができる。偶にレイも付き合って昼寝をする時があるが、その時は彼の膝を枕にして眠るため、数秒で眠る事ができる。

 

「ん……」

 

 しかし、今日はどうも寝つきが悪い。レイに警戒するように言われていたせいか、いつもならすぐにやってくる睡魔も中々襲ってこない。

 だが時間をかけていると相対的に睡眠に掛ける事ができる時間が減っていくため、意地でも眠ろうとするフィー。そのやり取りが、普段動物的な本能で危険を察知する彼女をして隙を生む結果となった。

 

 

「うふふ♪ えーいっ♪」

 

「ひゃあっ⁉」

 

 突然背後から脇と脇腹をくすぐられ、いつもなら絶対に出さないであろう声を反射的に出してしまうフィー。

 それに気づいて羞恥心を見せる前に、彼女は流れるような動作で後ろ腰から双銃剣の片方を引き抜くと悪戯を仕掛けた犯人に向けて銃口を構えた。

 

「あらあら、大きな猫ちゃんがいると思ってくすぐってみたら……小さな虎さんだったかしら?」

 

「っ……」

 

 紫色の髪を揺らした少女は、銃口と銃剣の先を向けられてもなお、悪戯っぽい笑みを崩そうとしない。

 クスクスと、まるでお気に入りの玩具を目の前にした幼児のように、屈託なく笑っている。

 

「あなたが……ユーシスとマキアスを襲った犯人?」

 

「あのお兄さんたち? レンは襲ってなんかいないわよ。おにごっこは一度鬼さんに見つかって、振り切ってからが本番でしょ?」

 

 少女はただ遊んでいるだけ。楽しんでいるだけ。

 それだけならまだ微笑ましくもあるのだが、問題はレイとサラに鍛えられ続けているⅦ組のメンバーが為す術もなく手玉に取られたという事だ。

 レイは特に気にするなというニュアンスで言っていたが、フィーにはそうは思えなかった。

 

 いくら戦う気がなかったとは言っても、旧校舎のような人の気配が普段は皆無な場所で無防備に昏倒しようものなら、どうにでもできるのが事実だ。

 拉致されても、暴行されても、殺されても文句は言えない。意識を手放すという行為がどれだけ危険な事であるかは、戦場で生きて来た彼女が一番良く知っていた。

 

「それで―――次は私?」

 

「えぇ、そうよ。だって―――アナタはレンと似た感じがするんだもの」

 

 銃身を手でそっと抑え、少女はフィーに顔を近づける。思わずもう一つの銃剣に手が伸びたが、何故かそれを抜く気にはなれなかった。

 

 

「大事に大事に飼われていた可愛い可愛い仔猫さん。でも独りぼっちになって寂しくなって……そして手を差し伸べてくれた人の優しさに救われた」

 

「…………」

 

「レンの場合はそれを二回も味わったのだけど……アナタはどうかしらね、《西風の妖精(シルフィード)》さん」

 

「……それだけ?」

 

「ううん、違うわ。一番大事なのはね―――」

 

 すると少女は、フィーの耳元に顔を寄せ、ポツリと呟くように言った。

 

 

「レンを一番最初に救ってくれた人と、アナタを救ってくれた人が同じだという事」

 

「……レイ」

 

「そう。レイ・クレイドル。レンが初めて会った時はそうは名乗っていなかったのだけれど、レンの大事なお兄様。―――そして、アナタにとっても」

 

「何で、そこまで……」

 

「お兄様が《結社》を去った後に身を寄せた猟兵団の事を、レンが調べていないと思ったのかしら?」

 

 そこで一瞬だけ目を見開くフィー。つまりは……

 

「つまり、あなたは……」

 

「えぇ、そうよ」

 

 フィーの体に軽く抱きつきながら、やはり少女は幼いながらも蠱惑的な声で囁いてくる。

 

 

「元結社《身喰らう蛇》《執行者》No.XV《殲滅天使》レン。―――尤も今はただの居候の仔猫だけれど」

 

 

 直後、フィーは強引にレンを押しのけて距離を取った。双銃剣を構えたまま、更に警戒を強めた黄緑色の瞳がレンの姿を捉える。

 

 元、と言ってはいたが、それが本当かどうかは判別がつかない。幾ら昔にレイと関わりがあったのだとしても、彼の安寧を脅かすのが目的でここに来たというのなら、流石に実力行使も辞さない構えだった。

 銃を構えて臨戦態勢に入っているフィーと、ここまで来ても尚も余裕の構えを崩さないレン。二匹の対照的な仔猫が散らす火花は、しかし唐突に遮られた。

 

 

 

 

「嫌な予感はしてたけどよ。やっぱりお前か、レン」

 

 

 いつの間にか彼女の背後に立っていたレイが、レンの首筋をひょいと掴みあげる。

 一瞬だけ呆けたような表情を見せたレンだったが、自分を掴みあげた存在の正体を知ると同時に、大輪の花のような笑顔を咲かせた。

 

「レイ‼」

 

「はいはいそうだよ、レイさんですよーっと。―――すまんな、フィー。コイツはガチでお前と一戦交えるつもりなんてなかったよ。お前と顔を合わせて、言葉を交わしたかっただけなんだろうさ」

 

 呆れ顔のままそう言うレイの体にじゃれつくように体をすり寄せるレンの姿を見て、何故かカチンと来たフィーは双銃剣をしまうとレンとは対照的な位置のレイの腕にしがみついた。

 

「離れて」

 

「うふふ、お断りよ。せっかくの久しぶりのお兄様との触れ合いですもの」

 

「むー……」

 

「ちょ、お前ら本気で腕絡みしないで。痛い痛い」

 

 慕ってくれているのは気付いているし、嬉しくも思うのだが、妹分同士の修羅場の真ん中に立っているという事がこうも胃とか腕とかその他諸々にタメージを与えてくるとは思わなかったのもまた事実。

 どうしたもんか、もう授業始まるのに。と思っていた矢先、先程まで廊下で談笑していたのに突然走り出した相方を追って来たリィンが中庭に姿を見せた。

 

「レイ、急にどうし――――――どういう状況だ?」

 

「色々と面倒臭い事態になった。とりあえず医務室行ってベアトリクス先生から胃薬を貰ってきてくれるとありがたい」

 

「お、おう」

 

 友人の「なるべく関わりたくない」という表情を見抜いたレイは、これから起こるであろうややこしい事態をどう乗り切るかという考えだけで頭がいっぱいになり、既に授業が始まる事など眼中になかった。

 

 

 

 

 

 

 

 





 ※新規タグ追加→【正妹戦争 勃発】【兄の胃が結合崩壊】【犠牲者増加中】【何教えてんですか幻惑姐さん】

 はい、どうも。最近テンションがガタ落ちした時は『テラフォーマーズ』1期OPの『AMAZING BREAK』を聴いて元気を底上げしている十三です。個人的に今期のアニメは『くまみこ』がツボった。単行本買おう。

 以前から私の友人が「レンを出せ」と度々言っていたのでこうして登場と相成ったレンちゃんですが……こんな感じでしたっけ? 如何せん彼女が”素”で絡む日常パートが原作中で少なくて不安になってます。それでも犠牲者は容赦なく増やしていくスタイル。続くよ‼

 さて、話は変わって以前の投稿時に「エルギュラとソフィーヤのイラストが描けてない」などと言った記憶がありますが、描きました‼ 載せます‼

■エルギュラ

【挿絵表示】


■ソフィーヤ

【挿絵表示】



PS:FGOで結局30連回したけどやっぱりオルタちゃん出てこなかった。……うん、まぁ分かってはいたんだけれどね……;つД`)

PS:キャラ投稿活動報告欄を新調致しました。

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