あ、今回は普段の3話分です。
「…えっ?」
先に静寂を切り裂いたのはたきなだった。
彼女らしからぬ冷静さに欠けるその声は、彼女自身の大きな動揺を表していた。
気持ちは分かる。
ピンピンしてる友人が実は全身麻痺ですよ、なんて聞いたらこんな反応になるのも当然だ。
「…松下さん、貴方の言ってる事は概ね正解ですが、少しだけ間違いがあります」
思っているよりスラスラと言葉が出る自分に少し驚きつつ、俺は松下さんの目の代わりとなる物に視線を向けた。
「俺は身体の感覚が全く無い訳ではありません。殆ど何も感じないってだけで、僅少ながらも感覚はあります」
「ですが、俺は味覚の感覚だけは完全になくなっています、今のところは」
何故、松下さんが俺の身体について言及し始めたのだろうか。
ただ単に興味があっただけなのか?
何か彼なりに伝えたいメッセージがあったのか?
まさか、松下さんは誰かにこの情報を……
駄目だ、正常な判断が出来ていない。
そもそも、松下さんがそんな真似する事あるか?
そうさ、これはきっと思い違いだ。
徹夜のせいで頭が回ってない脳に無理矢理そう納得させる。
「さて、湿っぽい話はこのくらいにして、そろそろ到着の時間ですよ!」
千束の明るい声が響くと同時に、たきなが車椅子を押し始める。
置物の様に微動だにしない彼を見て、俺は何処か不気味に感じていた。
________
「正式名称は”風雷神門”、創建年数は西暦942年!正式名称のとおりに、左に雷神、右には風神、浅草寺を災害や争いから守ってくれる神様…あっ、ガードマンですね!私と律とたきなと同じ!私達は松下さん専属〜」
『かわいい神様ですね』
かわいいだなんて、全く松下さんったら褒め上手なんだから〜
冗談は置いといて、今俺達は浅草の仲見世通りで人混みによる足止めを喰らっている。
1685年にかけて形成された日本で最も古い商店街と言われるここは、平日にも関わらず、県外や海外からの観光客でごった返していた。
ん、何故ここまで詳しいかって?
誰かさんの栞を作った時に浅草関連の記事を何度も読んでいたからだよ!!
知識詰め込み過ぎて頭爆発しそうだった。二度とやりたくない。
俺が警護を兼ねて周りを見渡していると、一瞬たきなと目が合う。
俺が喋り掛けようとした瞬間、たきなは松下さんの方へと慌てて視線を戻した。
…何か無茶苦茶気まずいんですが!?
さっきの船での会話の後から素っ気なくなったんですけど!!
たきなとの間に見えない壁が出来てしまった。
時間が解決して・・・くれそうじゃない。
「わっ」「きゃっ!」
考え込んでいると、周りにいる人の集団に押し出されそうになる。
自分の体制を直しながら悲鳴のした方を見ると、そこには人混みに押し潰されそうになっているたきながいた。
マズい、そっちの方に押し出されたら距離が離れすぎる!
「たきな、こっちに手を!!」
「は、はい!」
こっちに向かって華奢な白い腕が向けられる。
俺がその腕を引っ張ると同時に、たきなの身体ごと周りの人間がこっちに押し出される。
勢いよく向かってきた紺の制服は、気付いたら自分の胸の中に収まっていた。
さて、男の身体に女性がもたれかかっていながら、男性が女性の身体を支えている状態を何と言うだろうか?
そう、ほぼハグの状態である。
年端もいかない自分にとって、同年代の女子とゼロ距離で身体が触れ合っているのは色々危ない。
とりあえず距離を…腕柔らか!!
ヤバい、”そっち”に意識を取られてしまう!冷静にここから離れる方法を…あっ、いい匂いがする。
……ヤバい、また他のこと意識してしまった。
てか、友人だからって異性に抱きしめられるとか、絶対たきな嫌がってるだろ。
訓練されたエージェントだからって、彼女も一人の女の子だ。怖がっていてもおかしくない。
一応、機嫌がいいのか確認の為に顔を覗こ・・・めちゃくちゃ怒ってるんですけど!!
怒りが頂点に達しているのか、たきなの顔は少し見ただけでも分かるくらい赤い。
そりゃそうだ、好きでもない男に抱きしめられるとか、怒りが湧いても不思議じゃない!!
早く・・・早くこの行列終わってくれ!!
そんな願いが伝わったのか、目の前の人の波が少しだけ開ける。
この機会を見逃すまいと、俺はたきなを引っ張り急いで集団から抜け出した。
「っ…マジで、潰れるかと思った…」
「と、取り敢えず急いで千束の所に…」
「急に黙ってどうしt」
そこまで言いかけて俺は気付いた。
未だに手を繋いだままだった事に
「……」
「……」
「と、兎に角、急いで向かいましょう!!」
「あ、ああ、そうだな」
そう言いながら、俺とたきなは目を合わせずに足早に千束の方へと向かう。
周りからの謎の温かい目線が、今は何よりもこそばゆい。
気のせいかもしれないが、高熱になった時の様な顔の暑さが、初めて感じる感情と共に何故か中々引かなかった。
________
「あれだけ運動して問題のない人工心臓があるとはね」
モニターの明かりだけが照らされた喫茶リコリコのスタッフ用休憩室にて、ドローンで千束達の様子を見ていたクルミは、隣に佇むミカに向かってそう話しかけた。
「DA技術開発部のサーバーを覗いてみたいな」
「…覗いてもムダだよ、DAの技術じゃないんだ」
クルミの発言に対し、ミカは優しい声色で否定する。
額に手を当てる彼の姿を見て、クルミは心当たりのあるソレを画面に写し出した。
「やっぱりこれか?」
画面上で拡大される、千束と律のネックレス。
梟の様なデザインをしたソレは、ある者との関わりを表す。
「ウワサのアラン機関」
「…君に秘密は通じないか」
「つまり、命と引き換えに2人は使命を与えられた。
____千束と律の使命はなんだい?」
「それは千束が決める事だ」
険しい顔をしながらミカは画面のネックレスを見続ける。
普段とは雰囲気の異なるその姿を見て、《 なぜ律の使命については言及しなかったのか》を、クルミは聞くことが出来なかった。
________
「どうぞ」
「おっ、ありがと」
松下さんの護衛が一段落し、私は千束へ労いも兼ねてジュースを渡していた。
「喜んで貰えてるみたいですね」
「フフッ、私、いいガイドだって!才能あるかも〜」
「依頼者の警護が最優先ですよ」
千束の屈託のない笑顔に眩しさを感じつつ、私は素っ気なく答える。
いつもと変わらない、だけど何故か大切に感じるこのやりとりに を感じながら、私は千束に今朝の事を問いかけた。
「___今朝の話、本当なんですか?」
「ああ、胸の事? 鼓動なくてビックリしたけど、凄いのよ〜コレ」
あぁ、確かに人工だから鼓動がなくても可笑しくない。
どんな感じなのか純粋に気になって、千束の胸に手を伸ばす。
でも胸を触っても振動を感じないなんて想像も出来な……
「やっ、ちょいちょいちょいちょ〜い!」
「・・・いや、確かめようと思って」
「いいけど、公衆の面前で乳を触るな!」
…公衆の面前で乳と発言するのはセーフなのだろうか。
自分が疎い事は承知の上だが、同年代の《 普通の価値観 》は中々理解しづらい。
「で、他に何か聞きたい事があるんじゃないの?」
「……ありませんよ」
「本当に?」
「ええ」
確かに気になる事は色々ある。
さっきの律と松下さんの話はまだ動揺してる部分がある。
実際、普段より律に触れづらくなってしまったり、警備に身が入らなかったり。
この事を千束に言えば、彼女は私に詳しく色々教えてくれるかもしれない。
だけど、この事は本人の口からちゃんと聞きたい。
だから、今は適当に話を変えよう。
そうだ、さっき気になった事を……
「__これは友人の話なんですが」
「えっ、たきなに友達居たの!?」
「…失礼ですね、私だって1人や2人くらい居ますよ」
まぁ、嘘なんですが。
「その子は異性の友人といる時に、アクシデントがあってボディロックのような状態になったんです」
「…ごめん、それハグで合ってる?」
「合ってます。話を戻しますが、その子は友人とその状態になった時に何故か顔が熱くなったらしいです」
「ほうほう」
「しかも、その子はボディロックが解除された後は、何故が心拍数がかなり脈打つように上がって、なんだか恥ずかしい様な気持ちになったらしくて」
「ほうほう…?」
「その子はその現象が何だったのか未だにわからないみたいです。コレってどう言う現象なんでしょうか」
自分の事だとバレるのは何故か嫌だったから、存在しない友人を犠牲に話を進める。
腕を組み考える素振りを見せていた千束は、ハッと思いついた顔と共にパチンっと指を鳴らし、私に向かって神妙な面持ちで言った。
「それって、自覚のない恋なんじゃない?」
「……真面目に答えて下さい」
「イヤイヤイヤ、ドキドキとか心臓が高鳴るとか、恋の常套句じゃん!!絶対その子は男の子の事好きだよ!!」
いきなり何を言い出してるんだこの人は。
確かに、千束が貸してくれた映画の中でそんな事を言ってる物は一部あった。
しかし、大部分の映画はラスト急に主人公とヒロインが口付けしたりするもの*1だ。
じゃあこの心情が何なのか検討もつかない。
「千束は私の事、好きですか?」
「勿論!当たり前でしょ?」
千束に言われた事は、確かに嬉しい。
けど、さっきの様な胸の高鳴るような感情とはまた別の物だ。
この感情に名前を付けるとしたら、それは____
「兎に角、後10分で到着です。気を引き締めましょう」
「りょーかい!」
答えを出すのは後でいい、今は任務に集中すべき。
自分に言い聞かせながら、私は千束と共に席から立ち上がる。
理由なんてないが、正解を見つけたら任務どころじゃなくなるという予感を、私は何処か確信していた。
________
「あ゛アー〜失敗したぁ」
駄目だ、絶対にたきなに嫌われた。
さっきから明らかに俺への対応がよそよそしくなってる。
少なくとも、これまで積み上げてきた好感度が全部リセットになったのは間違いない。
何か、信頼を取り戻す方法とかないか?
適当な話題を振ってこれまで通り接するか?
いや、これが出来たら最初から苦労しない。
そうだ、帰ってから何か賄いと称して作ってあげるのはどうだ!
女の子はスイーツに目がない*2から少しは心を開いてくれるだろ!
『食べ物で釣るのは根本的な解決にならない』なんていう先駆者の有難いお言葉は今は無視だ。
こちとら先輩としてのメンツが掛かってるんだ、悠長な事言ってられるか!!
そうと決まればあとはスイーツを決めるだけ。
ケーキ、は安直過ぎるし作るのに時間が必要だ。
前作っといたコーヒーゼリー…は昨日千束とクルミが食べ切ってたな。
人気が高いカヌレ…は作った事ないから無理だし…
材料が少なくて、時短で作れて、コーヒーに合う甘いもの…
「…スコーンとかが現実的か?」
「何1人でぶつぶつ言ってるの?」
「くぁwせdrftgyふじこlp」
「えっ、ちょっと驚きすぎでしょ!!」
あ…ありのまま 今 起こった事を話すぜ!
おれは1人で居た筈なのに何故か護衛をしていた妹が一瞬で隣に来ていた…
もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ…
「律が悩んでるなんて珍しいね、いつも何も深く考えないのに」
「それ、遠回しに俺の事アホって言っt」
「そ ん な 事 な い け ど?」
「あっ、はい」
ちょっとすみません、とてもじゃないけど笑顔が怖いです。
こちらを覗き込んでくる千束の顔から目を逸らすと、彼女の手に何か握られているのが見えた。
握られた手から伸びる紐と、その先で結ばれている5円玉。
それはテレビなどでよく見かける…
「…催眠術のやつ」
「そ。律は徹夜明けで疲れてるでしょ?」
「誰かさんのお陰でな」
「ごほん、休憩時間なのに居眠りすらしてないから、私がこれで強制的に寝かせようって訳よ!」
そう言いながら千束が俺の前にやや大袈裟に5円玉の付いた振り子をかざす。
おかしいな、同じ17歳の筈なのに5歳児みたいなこと言い出したぞ。
あ、後ろで見ていたたきなが呆れてる。
「そもそも、俺が催眠術にかかった事なんて一度も…」
「まあまあ、物は試しにって言うし。取り敢えず付き合って」
「千束、催眠効果は自己暗示のよるものなので今の律には意味がないと思いますが…」
「あーもー面倒くせぇ、やるなら早くやれ!!」
俺の一言を聞いた千束が、目の前で5円玉を振り始める。
お馴染みの『あなたは段々眠くなーる』というセリフを言ってる姿は、とてもじゃないが阿呆らしい。
そもそも、千束が催眠術を試したことはかなりあるが、それが成功した覚えはない。
大体、たきなも言っていたが、催眠術は本人の自己暗示による物であって、そんなのを信じてない俺が掛かる訳が____
「…本当に寝ましたね」
「ねっ、面白いでしょ?」
試しにほっぺを突いてみるが、起きる気配は全くない。
これまでの疲れが溜まっていたのか、かなり深い睡眠に入っている様だ。
今はいつものどこか固い表情ではなく、年相応の子供の様な寝顔に少しギャップを感じながらも、私は任務中という前提を忘れないようにしていた。
「こんなにあっさり掛かるとは、何か理由があるんですか?」
「それがさっぱり!先生さえ何もわからないらしいからお手上げだよ」
「はぁ…あと5分で到着ですから、取り敢えず起こしましょ…」
そう言いながら彼の方へ振り返ると、そこには綺麗な笑顔で幸せそうな寝顔を曝け出している律の姿があった。
今日の任務中の顔を見た上で、今の彼を起こそうとするのは少々心が痛む。
「もう少し寝かせてあげる?」
「……そうしましょうか」
船が到着する直前まで、律の寝顔が崩される事はなかった。
_____
『さっきから付いてきてる奴がいる』
「関係者じゃなくて敵だよな?」
『正解だよ。ジン、暗殺者だ』
あーマジか。
今回ばかりは観光だけで終われると思ったんだけどなー。
まぁ、相場より報酬が高めの依頼だしな。
パパっと終わらせて観光に戻ればいいや。
『その静かな仕事振りからサイレント・ジンとも呼ばれている。ベテランの殺し屋だとさ』
え、何それ名前カッコよ。
やっぱカッコいい蔑称ってのは男子の憧れだわ。
ちなみに一時期DAに付けられてた俺の蔑称は『ゾンビおじさん』です。
どう考えても悪意ありすぎだと思う。
『サイレント?』
『知り合いか?』
『…15年前まで警備会社で共に裏の仕事を担当していた。私がリコリスの訓練教官にスカウトされる前だ』
ファーwww
一気に難易度跳ね上がってて草
…いや草とか言ってる場合じゃないな。
肉弾戦がメインの俺でも、本気を出した先生との手合わせでは勝つのが難しい。
15年前って事は、先生の実力は全盛期。
その頃の先生の相棒として活躍してたって事は、かなりの手慣れだろう。
『どんなヤツ?』
『本物だ。サイレント、確かに声を聞いた事がないな』
"本物"という一言で、3人の空気が張り詰める。
音のない静かな殺害は、暗殺者の本懐だ。
それが異名になる程の相手が、松下さんの為に俺たちに攻撃を仕掛けてくる。
『30メートル先に確認、こっちは顔がバレてない。発信機付けに行くよ』
車を運転しながら目視でジンを追っているミズキから、連絡が入る。
相手は一流な為上手くいくとは思えないが、今は成功を祈るしか俺達には出来ない。
『────三人とも、予定変更。避難させて此方から一人打って出るべきだ。予備のドローンとミズキでジンを見付け次第、攻撃に出る方向で行くぞ』
『そっちが美術館出たら車回すよ!』
「……分かった。気を付けて」
ふとスマホで確認すると、ミズキが乗っている車のGPSが予備のドローンの保管場所へと近づいてるのが見えた。
予備を使用するということは、状況的にドローン本体がジンによって使えなくなったと見て間違いないだろう。
飛んでいるドローンを狙撃できる射撃の腕前…たきなと同等の狙撃手なのは間違いない。
報酬が報酬なだけあって、骨が折れる仕事だな。
────
「ミズキ急げ、ドローンが無きゃ何もできないぞー」
『はぁ、はぁ……アンタも、現場に来てサポートしなさいよ────うぐっ!?』
突如、ミズキからの声が通信上で途絶える。
通信の向こう側から鈍い音とノイズが走り、クルミは眉を顰めながらも口を開く。
「どうした?」
『────、────!』
「ミズキ、答えろ!」
突然の音信不通に困惑が生じる。
いや、先程までは普通に音声は拾えていた。なら、急に聞こえなくなるなんてどう考えても異常だ。
違和感を感じたその瞬間、甲高いひび割れ音が鼓膜を刺激し、ミズキとの通信が完全に途絶えた。
確定だ、ミズキがジンと接触したのだ。
「っ……予備のドローンは……!?」
「……電源が入ってない────くそっ」
クルミは押し入れから飛び降り、慣れない運動でおぼつかない足を動かしながら手元のドローンの電源を入れる。
客間へと駆け上がり、そのドローンを窓から放り投げた。
事前にプログラムした方向にドローンが向かって行くのを確認し、踵を返して急いでモニターへと走り出す。
「チャンネルを変えて千束達に連絡だ!」
「分かってる!」
まさか、頭脳担当のボクが少しとは言え走り回る事になるとは…と心の中で思いながらも、クルミは再びキーボードへ指を乗せた。
──── ────
『ミズキと連絡が途絶えた、ジンが仕掛けて来るぞ』
「了解。たきな、任せてもいい?」
「わかりました」
「ちょ…たきな!」
先生との通信と俺の一言で、たきながジン討伐へと向かう。
正直言ってたきな1人だと不安だが、これが最適解だ。
ジンは相当な狙撃手だ。近距離タイプの俺と千束では松下さんへと攻撃を妨害出来ない。
それに、俺は松下さんの肉壁でもある。
再生能力があるのだから、俺が体を張って狙撃を全て受ければ松下さん自身は無事だ。
『どうしました?』
「少しお花を摘みに行った様です」
松下さんには適当な嘘をついてはぐらかす。
千束は嘘が苦手だから下手な事をすればバレるだろう。
取り敢えず、松下さんに適当な話題を振りながら安全地帯に避難だ。
車椅子を押しながら美術館の出口へと回っていると、インカムから通信があった
『2人とも、朗報だ。ミズキが生きてた』
「ああ、よかった〜」
「合流地点の方は?」
『ミズキは東京駅の方に向かっている、急いで合流して松下さんと帰ってこい』
「うん、無事で良かった。ミズキを待って電車で帰るよ」
『律、たきなの方が少し危なそうだ。今からクルミが送る位置へ向かえ』
「!わかりました。千束、後は任せた」
「うん、それじゃあ松下さん、次の観光地の方に移動を___」
俺は松下さんと千束を見届けると、急いで美術館の屋上へと走る。
重厚な裏口の扉を体当たりでこじ開け、俺は屋上を走り抜けジャンプし、次々とビルの屋上を走り抜けた。
歩きスマホならぬ走りスマホでたきなの位置を確認する。
東京駅の隣の工事現場か…
俺は広場にいる人間に気付かれない様に 東京駅の屋上の裏側を走る。
よし、目的地が見えた。
屋上からジャンプした俺は隣にある工事現場へと身体を丸めて突撃した。
ドゴォン!!
鈍い音が鉄筋を伝って現場中に広がる。
クソ痛い…なんて言ってる暇はない。
俺が1人で行かせたんだ。もしたきなに何かあったら俺の責任だ。
耳を澄ますと7メートル下でサイレンサーの銃弾の声が聞こえる。
俺は側にあった鉄パイプを取り、空洞となっている中心部分に飛び込む。
目を凝らすと長身の色白の男が銃を持って何かに狙いを定めている。
その銃口の先には何やら負傷した様子の人影が見えた。
たきなだ。急がないとヤバい。
俺は思いっきり遠投投げの要領で鉄パイプを銃に向かって投げ飛ばす。
いくらプロでもこれなら直ぐには手出し出来ない筈だ。
パイプが命中するのを確認する前に俺は急いで着地し、たきなの方へと駆け寄った。
「たきな、無事か!?」
「律の方こそ大丈夫ですか!?全身から出血が」
「そんな事より、どこを撃たれた?出血は?まだ動けるか!?」
「お、落ち着いて下さい。太ももに少し掠っただけです。」
「本当に?」
「はい、それ以外は特に何も」
たきなの一言を聞き、全身から力の抜けていくのを感じる。
良かった、命に関わる様な怪我や後遺症が残る様な怪我をしてないならそれに越した事はない。
「すみません、私だけでは対処しきれませんでし」
「よかった……」
「…えっ?」
「たきなが無事で本当に良かった」
予想外の言葉にたきなは少し困惑する。
だが、この言葉は一度だけ言われた事があった、初めてこの人に会った日の夜に。
あの時は疑問の方が大きかったが、今はこの言葉の持つ意味が痛い程わかる。
怖かったからだ。
銃口が向けられた時、千束と律に二度と会えなくなるのを想像して少し怖くなった。
だが律が隣に来てくれた時、これまで感じた事のない安心感があった。
昔の私には理解出来なかった感情が今は身に染みてわかる。
そんな自分の成長を実感しながら、たきなはあの時言えなかった言葉を口にした。
「はい、ありがとうございます」
「ねぇ本当に大丈夫?どっか他に痛いとことかない?」
「大丈夫ですよ。そんな深い傷じゃないs」
バン!
たきなと律が話始めた瞬間に、銃弾がたきなに向かって放たれた。
その事に一瞬で気付いた律は、咄嗟にたきなを抱き抱えて射程外へとジャンプして避ける。
「嘘だろアイツしぶとすぎだろ!?」
鉄パイプを投げた時にかなりのダメージを受けた筈なのにピンピンしてやがる。
マズイな…ここからジンへはかなりの距離がある。
ジンを攻撃するより先に、動けないたきなが撃たれる可能性が高い。
しかも俺は何も持っていない。
たきなも銃を落としたみたいだし、使える物は何も______
___いや、1つだけある。
「たきな、しっかり捕まってて」
「わかりまし_ヒャッ!!」
片手で抱き抱えたたきなから可愛らしい悲鳴が聞こえる。
何処かダメな所を触った様だがそこに触れる余裕はない。
ふと視線を前へ向けると、丁度千束がこちらに向かって飛び込んでいる姿が見える。
好都合だ。
ジンがこちらの声に気付き銃口をこちらに向けたと同時に、俺はたきなを抱えた状態で走りだした。
バンバンバンバンバン!!
ジンの銃から発せられる弾丸を、たきなに当たらないように手や身体全体を使って受け止める。
バン!!
顔の横髪部分が切れたが無視して突き進む。
丸腰で突き進む俺たちを見て、ジンが一瞬だけ戸惑いを見せる。
その一瞬を突く。
俺は瞬時に腰のベルトを取り外し、ジンへとぶつける。
勢いよく放たれた革で出来たベルトの威力は、鞭と遜色のない威力を出す。
そしてジンが表情を歪めた次の瞬間、俺は勢いよく胴体を一周して戻ってきたベルトを取り、勢いを乗せたまま一瞬で拘束した。
俺が引っ張った時の勢いによって、ジンは空中で拘束された状態で千束へと近づく。
弾倉の装填を完了させた千束が、ジンの腹部へと銃口を打ち込んで、至近距離でゴム弾を発砲した。
バンバンバンバンバン!!
うわ、痛そう。
死なないし感覚が殆どない身とは言え絶対に受けたくないわ〜
俺はそう思いながらたきなを地面に下ろす。
前を見るとドヤ顔でこっちに向けて立っている千束の姿があった。
よし、コイツにもスコーンを作ってやろう。
「たきな、大丈夫?」
「…あっ、はい。大丈夫です…」
あっ、またやってしまった。
たきなの顔が無茶苦茶真っ赤だ。
さっきのバグの件といい、もう言い逃れはできない。
カヌレだったら許して貰えるか…?
『────殺すんだ!』
全員の無事に安堵していると、遠くから物騒な機会音声が響き渡る。
誰かと思えばさっきから影の薄かった松下さんじゃないか。
全く、存在感が薄くなってきたからって急にインパクトのデカい事を言えばどうにかなるってもんじゃ……え、殺すって言った?
流石に聞き間違いだよな?
『そいつは私の家族の命を奪った男だ。殺してくれ!』
聞き間違いではなかった。
確かに彼は確実に発言していた。
そもそも彼は何故1人でここに来ているんだ?
身の安全を確保する為なら急いでリコリコに帰った方が良い筈だ。
現場に来ている時点で色々矛盾している。
あっ、後ろに疲弊し切ってるミズキがいる。
クルミに散々走らされた後にこっちでも振り回されてたなんて…お疲れ様でーす(^^)
『ソイツは私の家族の命を奪った男だ。殺してくれ』
松下さんが執拗にジンの殺害を要求してくる。
確かに、大切な人を奪われる気持ちは痛い程分かる。
俺だって一度大切な人を___
___お前が殺した癖に___
…黙れ。
兎に角、そんな相手が目の前にいるのだ。
俺だって心の底から憎悪している人間が目の前にいたら、直ぐに手が出ているだろう。
「でも」
『あの時、私の手でやるべきだった。――家族を殺された二十年前に』
千束の声を遮っても、彼の独白は続く。
二十年か…十七年しか生きていない俺にとっては途方もない年数だ。
その間、家族への復讐に眼を瞑り国外へと逃亡し、やっとの思いで積年の仇を晴らす機会だ。
正直、同調できる部分の方が多い。
俺はガキだ。大人みたいに冷静な判断が出来る訳ではないから、つい感情的な意見になってしまう。
だが、その復讐を他人に背負わせるのは違う。
俺が松下さんへと声を掛けようとした時、インカム越しに話を聞いていた先生からの通信が入った。
『…ジンはその頃、私といた筈だ』
「…は?」
どういう事だ?
先生と一緒に居たなら暗殺なんて出来る筈がない。
松下さんの勘違い___いや、家族を奪った相手を間違えるか?
じゃあ松下さんが嘘を付いてる可能性も…
『君が殺してくれ。君は――アランチルドレンの筈だ!』
「松下さん」
『……』
「私はね、人の命は奪いたくないんだ」
『は?』
「私はリコリスだけど、誰かを救ける仕事がしたい。……これをくれた人みたいにね」
千束が胸にあるペンダントを見せる。
その瞬間、松下さんの声が明らかに揺れた。
『何を言っ……千束、それでは君を、アラン機関が、その命を』
そもそも、何でさっきから千束に拘るんだ?
千束が出来ないのならたきなに頼めば……
いいや、違う!!
殺すのに拘ってるんじゃない、
だって千束の使命は────
「なあ、お前は何者なんだ?」
俺は松下さん…いや、
ALSの患者の唯一の意思伝達の手段は瞬きと視線の変化だ。
機械音声での意思疎通が可能だとしても、故障することも壊れることもない眼球自体をあえて覆うなんて考えにくい。
つまり、この顔面のゴーグルの下に答えがある。
俺は彼の目を覆っているゴーグルへと手をかける。
『おい、何をするんだ』
「ちょっと、律!何やってるの!?」
千束が俺を止めようと腕を掴む。
そんなことを気に止めずにゴーグルを取り外すと、そこには穏やかな寝顔でいる老人の姿があった。
「どういうこと?さっきまで松下さんは喋っていたのに・・・」
「多分、他の人が機械越しにこっちを見ながら喋ってたんだ。つまり、さっきまで俺達と話していたのは松下さんの振りをした他の誰かだ」
「クルミ、急いで松下さんを調べてください。通信元を特定出来る筈です」
『無理だ。電源が落とされた』
クルミの言う通り、松下さんが身につけていた機械全般は、電源が付いているのを表す緑の電源ランプは全て途切れていた。
…発信元は大体見当が着く。
アラン機関
あらゆる分野の才能を持つ天才に対し、無償の支援を行っている謎の機関。
俺と千束はアランチルドレンだ。
数年前にそれぞれ才能を見出され、寿命という支援を受けた。
だが、千束と俺は訳あって見出された才能と全く別のことに精を出している。
それが何かアラン機関の琴線に触れたのかもしれない。
だが、アラン機関が支援者に直接介入することは許されない筈だ。
じゃあこれをやったのは機関内の誰かの独断か?
深く考え込んでいると、周りから救急車両のサイレンが聞こえてくる。
騒ぎをみた人間からの通報でこちらに来たようだ。
「あらら〜アンタたち、面倒なことになる前に逃げるわよ」
いい意味でいつも通りのミズキの一声で俺達は我に返る。
俺はみんなが撤収の準備を進める中、動かなくなったサイレント・ジンを肩に担ぐ。
取り敢えず、この老人の正体が判明するまでは何を考えても無駄だ。
だが、正体のわからない誰かが俺達を狙っているという事実に、俺は改めて得体のしれない恐怖を感じていた。
______
夕方、工事現場から離れた河川敷に俺達は来ていた。
ミズキが車のトランクを開けると、そこには気絶したサイレント・ジンの姿が___
あれ、なんかピンピンしてね?
もうちょっとこう…腹を抑えて苦しそうに丸まってるのを想像していたのに。
何ならファッション誌の表紙みたいな座り方してるし。
…なんかムカつくからもう一回撃たれて欲しい(ヤケクソ)
ジンは正面にいる俺達をゆっくり見回した後、真ん中に立っていた先生に向かって口を開いた。
「……ミカ。おまえの部下か、いい腕だ」
「そっちの依頼人は誰だ?」
「三週間前、女が直接訪ねて来た、現金先払いでだ。依頼者のプライバシーは聞かない主義だ」
「……二十年前、松下の家族を殺したのか?」
「その頃はお前といたろ。……ミカ、足はどうした」
そう言いながら二人の会話は昔話へと逸れていった。
先に三人で車に乗り込むと、運転席で待機していたミズキが喋り始める。
「クリーナーから連絡があったわ。指紋から身元が判明、先々週に病棟から消えた薬物中毒の末期患者だって。
もう自分で動いたり喋ったり出来ないらしいわよ」
「じゃあ、律がさっき言ってたことが本当だったてこと?」
『あぁ、ゴーグルのカメラに車椅子はリモート操作、音声はスピーカーだった』
「じゃあ…松下さんは本当に存在しない?」
「え、じゃあ誰が?なんで殺させようとしたの?なんの為に?」
千束の問に対して答えるものは車内に誰もいない。
だが、一部始終を聞いていた律とミカだけは、何か心当たりのある面持ちを浮かべていた。
______
昼の喧騒が影を潜めた頃、リコリコに帰ってきた俺は明日の為の仕込みを行っていた。
二徹に加え一日中護衛をしていたのが原因なのか、逆に眠くなくなってきた。
今なら空だって飛べる気がするぜ!!
完全に深夜テンションだったが、何とか作業を終わらせる。
よっしゃ、俺は自由だ!!
スキップしながら客間の方に向かうと、帰る準備を済ませて誰かを待っているたきながいた。
「あれ、たきなまだ帰ってなかったの?」
「すみません、その…律に今日の事で聞きたい事がありまして…」
あっ、これ絶対ハグの件だ。
結局スイーツも作りそびれたし、何も弁明出来るものがない。
そうだ、誠意を見せたらどうにかなるかもしれない!!
今こそ、千束で鍛えられたスマートな土下座を見せるときだ!!
やるんだな!?今、ここで!!
「今日松下さんに言ってたあのこt…」
「申し訳御座いませんでした。煮るなり焼くなりご自由にして下さい」
「…なんで急に土下座してるんですか!?早く頭を上げて下さい!!」
朗報:ハグの件ではなかったポイ
俺はたきなに言われた通りゆっくりと頭を床から上げる。
「あれ、昼に抱きしめた事の話じゃないの?」
「…あれは事故みたいな物ですから律が気に病む必要はありません。寧ろ私はもっと長くても大丈夫だったくらいですし」
「へ、最後何て言った?」
「いえ、特に何も」
何か言ってたように聞こえたけど、まあ本人が否定してるから掘り下げないでおこう。
「あの、律は体の感覚が殆どないって話についてなんですか」
「あー、それがどうかしたの?」
「どれくらい感じないんですか?」
「…体の力を抜いてたらべったり触られても何も感じないくらい感覚はないね」
「律、私とゲームをしましょう」
たきなが急に変な提案をしてきた。
気付いて無いだけで、もしかしてこれは夢なのか?
試しにほっぺを抓って…ちょっとだけ痛い。夢じゃなかった。
「今から律には私がOKを出すまで力を抜いて目を瞑ってもらいます。その間に律の体に一度触れるのでどこに触れたか当ててみて下さい」
「これって俺が外したらどうなるの?」
「…秘密です」
え、何それ怖い。
意図が読めない上に疲れているから今すぐ断りたいが、折角たきなが自ら珍しく誘ってくれたのだ。
俺もゲームは好きだし悪い話じゃない。
「わかった、やろう」
「じゃあ早速力を抜いて目を瞑って下さい」
俺は言われた通り全身の力を抜き目を瞑る。
これがベットの上だったら、5秒後には夢の世界へレッツゴーだっただろう。
さて、俺は全身の感覚は確かに殆どないが、味覚と触覚以外の感覚は常人より優れている。
つまり、匂いと音でどこを触っているのか大体予想する事が出来るのだ!!
勝ったッ!第三部完!
そんな事を考えてながら鼻と耳で探知していると、ある違和感に気付いた。
異様に顔が近いのだ。
距離で言ったら文字通り目と鼻の先に彼女の顔がある。
これ、少しでも動いたらキスみたいになるんじゃ・・・・
「はい、オッケーです。答えて下さい」
距離に気を取られている間に終了の合図が出る。
だめだ、顔の何処かって事以外予想がつかない…
「・・・・・・・眉毛?」
「・・・不正解です」
ゲームで負けなしの律が、初めてたきなに負けた瞬間であった。
「お手上げだ、ヒントだけでも教えてくれ」
「ヒントですか?言ってもいいんですが___」
そう言いながらたきなは律の方へと振り返り……彼の唇に手を当てた。
何が起こっているのかわからず困惑している律に、たきなはその指を自分の唇の前で立てる。
『喋らない』を意味するそのジェスチャーをしながら、たきなはいたずらな笑みを律に向けながら言った。
「私だけの秘密です」
遅れましたが投票ありがとうございました!!
主人公くんの宿敵になる予定だったオリキャラくんは過去編だけの登場になります。
許せサスケ、次で最後だ。
あと今話でわかる通り、この作品ではたきながメインヒロインとなります。
他の女性キャラがヒロインになる回も本編が終わったらIFルートとして書く予定ですが、たきな以外のキャラと本編内でくっつく可能性は限りなく低いです。
てか、作者に他キャラまで絡ませる技量がありません。
許せサスケ、これが最後だ。
では、前回高評価を入れて下さった
☆9評価
dungeonさん トトマルさん 火斗レアさん
本当にありがとうございます!!
高評価は本当にモチベに直結するので有り難い!!
もしよろしければ感想も待っています。
読者様の意見を参考にしたいので、どんな感想でも自由にコメントして下さい!
感想はログインしなくても出来るので是非!!
展開は原作準拠のまま、敵キャラとしてオリキャラを出すのは賛成?(オリ敵は一人で、オリ主の過去に滅茶苦茶関わっているものとする)
-
賛成
-
反対
-
結果だけ見る