俺がコイツでこいつがあれで   作:熱々の冷やし中華

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今回で六話終了


サッカーしようぜ、俺がボールな‼︎

 ダダダダダダダダダダダダダダダン!!!!

 

 閑散とした夜の住宅街には似合わない重低音がこだまする。

 道路の真ん中で横たわっている一人の身体に向かって撃ち込まれていた弾丸は、金属特有の重低音を響かせながら放たれていた。

 男達が持っている銃のスライドが後退位置で固定された事で、マガジンが空になった事を知らせる。

 

 「…こんなもんか」

 

 緑髪の長身の男はやや失望の交じった様子でポツリとそう呟く。

 そして、死体となった筈のそれに背を向けて大勢の部下と共に撤収しようとした。

 そう、背後に気配を感じるまでは

 

 「うぅ、このくらい平気。骨と筋肉と内臓が傷んでるだけ…」

 「…は?」

 

 そう、これは彼にとっては見るのが二回目となる光景だ。

 何回も、部下と共に弾切れになるまで撃った筈の相手が今、目の前に立っている。

 これだけでも脳の容量キャパの限界を迎えるには充分な情報だ。一種の幻覚だって言われても今なら信じれるだろう。

 しかし、彼女…いや、女かもわからないソレからは、男性特有の低い声が発せられていたのだ。

 この二つの情報の処理で彼には一瞬だけ隙が出来る。

 律はその瞬間を見逃さなかった。

 

 彼が我に返ったと同時に、目の前には律が低い姿勢で見上げる様な視線で構えていた。

 次の瞬間、既にリロードを終えていた愛銃で目の前の白い髪へと五発を至近距離て撃ち込む。

 

 バンバンバンバンバン‼︎

 

 長年銃を扱ってきた彼は、この距離で外す事は基本的にない。

 実際に彼は目の前にある髪へと全ての弾を命中させる事には成功していた。

 そう、()()()()()

 

 (⁉︎これ、鬘じゃねぇか‼︎)

 

 それは彼の視界を塞ぐ為に使われていたダミーであり、決して本体ではなかった。

 その事を理解すると同時に、彼の顔は側面から強いダメージを受けて歩道の方へと身体ごどぶっ飛ばされる。

 そう、一足先に回り込んでいた律が勢いを付けていた膝を彼の顔に命中させていたのだ。

 

 「へっ、三分の一イナズマブレイクを喰らって立てる筈があるまい‼︎」

 

 何やら懐かしさを感じる技名を叫びながら、呆気に取られている男達の前に律は着地する。

 だが、男達も流石はプロと言った所だろうか。着地した律に向かって直ぐに銃の照準を合わせて警戒体制に入る。

 だが、そんな男達と対照的に彼は何処か余裕そうな表情を浮かべながら大声で話始めた。

 

 「ちょっと待て‼︎君たちは俺一人程度だったらどうにかなると思っているかもしれないが、それは大きな間違いだ‼︎」

 

 いきなりアイツは何を言い出すんだ?とアイコンタクトで仲間に視線を送る男達。女子高生の格好をした少年が説教臭い事を言おうとしている時点で異常ではあるが…

 

 「俺は多対一の専門家といっても遜色ないくらい単独交戦が得意な人間だ‼︎最高記録は二十三人‼︎」

 

 その台詞を聞き男達の内の何人かがざわめき始める。

 そう、今男達の人数は全て合わせても十五人、二十三には少しばかり及ばない人数だ。

 もし少年の発言がハッタリではなかったら自分達はたった一人に制圧されてしまう可能性もある。

 しかし、副リーダーの立場である男は何も焦っていなかった。何故なら…

 (もう既に応援はだいぶ前に呼んだ。応援を合わせたら人数は合計で二十七人!ギリギリ封じ込める事は可能だ)

 

 そして噂をすれば背の方向に続々とワゴン車が停まる音と中からゾロゾロと靴底が道路と接触する音が聞こえてきた。そんな事も梅雨知らず、少年は話続ける。

 

 「そして、お前達は全員で十五人しか……あれぇ?えーっと、ひーふーみー……数えるからちょっと動かないで‼︎」

 (何やってるんだアイツ……)

 

 全員の考えが初めて一致した瞬間であった。

 

 「…成程、二十七人か!しかしだな、そんなんで俺を拘束出来るとは思わない方がいいぞッ‼︎俺にはまだ、一つだけ策が残っている‼︎」

 

 律の発言に先程までとは打って変わって動揺をあらわにする男達。

 (人数の方まで対応したのに、まだコイツには何かしら策があるのか?)

 (この状況を打破するなんて、一体どんな策なんだ!?)

 

 男達は三者三様に様々な考えを頭に思い浮かべる。だが、相手にその事を感じられない様に表情を何一つ崩さず、銃の照準を律に傾けたまま、彼らは律の発言に耳を傾けていた。

 

 「その策とは……」

 (((((その策とは……?)))))

 

 

 男達は律の次の発言を固唾を飲んで見守る。

 だが彼らの予想とは裏腹に、律は百八十度ほど身体の向きを変え大声を上げながら走り出した。

 

 「逃げるんだよォ!!!

 (((((何だあの男⁉︎)))))

 

 錦木律、17歳。彼はとことん敵に対しては卑怯な男であった。

 

 

 

 ◯●◯●

 

 

 へへ、アイツら馬鹿真面目に人の話を聞きやがって!!

 お陰である程度は回復する時間も稼げたし、流石にボスがあの重症じゃあ俺の事は追って来ない筈……

 

 「また吹っ飛ばしてやる‼︎‼︎」

 「畜生、何でまだ意識あるんだよ‼︎」

 

 割とさっきまで倒れてた癖にここまで付いて来るのって何だよ?これが噂に聞くメンヘラって奴っすか!?男のメンヘラとか誰得なんだよ‼︎*1

 走りで距離を離そうと思っていたが、今俺が履いてるのは慣れてないスカートだ。普段より速度が落ちるから直に追いつかれる。

 しゃーない、真正面から迎え撃つか。

 

 俺は身体の向きを百八十度回転し、車に向かって走り出す。

 車両から放たれる射撃が身体を貫通するのを無視しながら、俺は車との距離を着々と縮めていく。

 

 よし、今だ‼︎

 車に轢かれる直前という距離で、俺はワゴン車の前方部分を貫通しながら地面を殴りつける。

 

 ドゴォン‼︎

 

 地面は俺の拳を中心に少しばかり隆起しながら、周りへと衝撃を放つ。

 その衝撃波に巻き込まれたワゴン車は、空中で綺麗に一回転してから天井を下にした状態で地面に叩きつけられる。

 それと同時に、車に乗っていた長身の男は空中で車から半強制的に投げ出され、地面を強く強打しながら転がっていった。

 

 あれ、俺また何かやっちゃいました ?

 

 冗談と賢◯の孫はさておき、さっきから俺を執拗に追いかけてきてる緑髪は多分地下鉄で会った奴だ。

 アイツの舐め腐った様な顔はちゃんと覚えている。思い出しただけでも吐き気がしそうにはなるしぶん殴りたくなるが、俺らの方針はあくまで『命大事に』だ。さっさと拘束してDAに引き渡さないと。

 緑髪とたった数歩程の位置まで近づく頃には、彼は座り込んだ状態で何処か諦めたかの様な雰囲気を醸し出していた。

 

 「また会ったなマリモ頭君」

 「……感動の再会なのに酷えじゃねぇか」

 「酷い?これが"俺の歓迎の仕方"だよ」

 「それが歓迎なら、お前の"別れの挨拶"が楽しみだな」

 

 成程、皮肉を返す程度の余裕はあるらしいな。

 近づいて見てみると心なしか彼の顔は若干腫れてる様にも見える。それに先程の全身強打も加わってるんだ、簡単に動けるとは思えない。

 そんな安直な考えが数秒後の運命を決める事になる。

 

 「なぁ、お前の使命は何だ?」

 「……は?」

 

 彼は律の目の前で手からある物を見せつける。

 それは、律が肌身離さず持っていたアラン機関から送られたネックレス。ふと胸元に手を伸ばすといつもある筈の冷たい感触がない。

 

             ネックレスが取られた?

いや、元からコイツが持っていた可能性も…。

         だとしたらコイツは何らかの才能がある?

      俺が持っていたのと同じ位置に傷跡が…

 

 頭をフル回転させて色々な可能性を模索する。それがいけなかった。

 一瞬だけ見せた隙を見逃す事なく、彼は俺の右腕を掴み自分の方へと引き寄せる。

 呆気に取られた次の瞬間、男は引き寄せた腕を固定し、勢いよく膝蹴りを当てる。

 

 ゴギッ!

 

 骨がきしむ様な音が響きわたる。右腕があらぬ方向へと曲がり律は顔を歪ませながらそちらへと注意を奪われる。その時、律の顔に目掛けて男が口に含んでいた大量の血液が放たれる。

 視界を奪われた直後、律の頬に向かって大量の拳が繰り出された。

 

 ドゴォッ‼︎ バキッ‼︎

 

 男からの怒涛の殴打によって、律の顔から何かが潰れる様な音が空気を伝って届く。

 

 「パンチじゃなく、銃を使っとけば良かったなァ‼︎」

 「かはっ……!」

 

 感覚が殆どないとは言え、先の全身打撲と右腕の骨折、そして頬から僅かに伝わる鋭い痛みから、律は自分の身体が限界を迎えつつある事を確信していた。

 

 (動け……痛みなんか無視して何としてでも動け…じゃないと……)

 

 律が何とか立ちあがろうとする度に、それを妨害するかの様に緑髪の男の拳が律の腹部へと叩き込まれる。

 その間に先程のワゴン車が集結してきて、律と男を取り囲むようにして野次馬の如く集まってきていた。

 一方的な蹂躙に対して、男達は観客のように笑いながら、律に拳が当たる度に歓声を上げていた。

 

 そんな中、脳が揺れる様な、内臓を直接叩かれたかの様な衝撃を受けながらも、律は得意の匂い感知を使って懸命に致命傷を避けていた。

 だが、満身創痍の身体では避けるのが精一杯。ダメージの蓄積からこれ以上は無理だと察していた律は、次に来る衝撃に備えて守りの体制に入っていた。

 

 しかし、数秒待っても拳が中々撃ち込まれない。違和感を感じながら、律は徐々に血液を拭き取れてきた目を数分ぶりに開く。

 そして視界が開いた先には、ツナギを着た男達を背に律の顔面に銃口を突きつけている緑髪の男の姿があった。

 

 「……お前の“使命”は何だ」

 「…………知るかよ」

 

 ……再び問われる使命について、律は何の事を指しているのかは知っていた。あの日に、彼から教えてもらった自分と妹の使命を彼が忘れた事は今一度だってない。

 

 「仮に知ってたとしても、わざわざタダで教えるほど親切に見えるか?」

 「……その回答で見逃すくらい、俺が親切に見えてる様だな」

 

 そう言いながら緑髪の男は引き金へと冷静に指を掛ける。

 

 (あぁ、今回はマジで死ぬかも)

 

 その様子を律は何処か他人事の様に見ていた。そして一瞬だけ、これまで見てきた記憶が目の前にあるかの様に思い出される。

 

 リコリコに来た時の事、初めてコーヒーを作って見事に失敗した時の事や、千束と喧嘩した時やミズキと愚痴り合った時、四人全員で祝った誕生日会、常連さんとしたなんて事ない談笑や皆んなでやったボードゲーム、そして、現場で初めてたきなに会ったあの時……

 

 (そうだ、早く帰らないと……)

 

 律は残っていた体力を振り絞って緑髪の男から距離を取って立ち上がる。

 その様子を何処か冷静に見ていた男は、周りに群がり野次を飛ばすオーディエンスを無視して距離を取っていた律の方向へと歩み寄る。

 

 バンッ!!

 

 男が弱々しくも立ち上がった律へと引き金を引こうとした次の瞬間、彼の腕にあった愛銃は火花を立てて明後日の方向へと跳ね飛ばされた。

 それに呼応して退路を塞いでいた包囲網の人間たちが次々と悲鳴を上げて倒れていく。

 

 銃弾が放たれた方向を見ると、そこには紺色の制服を身にまとい、肩で息をしながらも銃口をコチラに向けた少女がそこに立っていた。

 

 「……るな

 

 その少女が誰なのか律は一瞬分からなかった。何故なら律の知っている彼女は基本的に冷静沈着で、任務中に感情を剥き出しにするような人間では無いからだ。だからこそ、目の前で息を荒げながら今にも飛びついて来そうな表情をしている彼女が、井ノ上たきなだと気付く事が一瞬だけ出来なかった。

 

 「その人に触るなっっっ!!」

 

 緑髪の男達が呆気に取られていると、反対方向からも何発ものゴム弾が放たれる。男は集団を盾にしながらワゴン車の裏側へと回り込み、冷静に銃弾が放たれた方向へと目をやる。

 そこには、ワゴン車の男に向かって真っ直ぐに走ってくる白髪の女子の姿があった。

 

 (この距離で防御無しで突っ切って来るなんて、コイツはイカれてんのかよ!?)

 

 男は冷静に走ってくる女子に向かって銃弾を全て撃ち込む。しかし、至近距離にも関わらず男の銃弾は全て避けられた。

 

 (畜生っ、東京には化物しか居ないのか!?)

 「律、向こうの車にダッシュして!!」

 「っ了解!!」

 

 千束の声を聞いた瞬間、律はミズキと先生の待つリコリコ専用車へと向かって走り始める。律が離脱したのを見届けたたきなも律の方へと走る速度を強める。だが、千束が見せた一瞬の隙を突いて、緑髪の男は律の方向へと既に走り始めていた。

 

 「逃すかよッ」

 

 右腕の骨折によって普段より走る速度が遅くなっている律に男は難なく追いつき、律が引き摺っている右腕を掴む。

 

 (腕まで折ってるんだ、もうコイツが反撃することは…)

 

 ここで緑髪の男は二つ判断を間違っている。

 一つは、律は体力自体はかなり回復しているという事だ。右腕の骨折が簡単に治るものではないというだけで既に体力の方は七割くらいは回復していた。

 そしてもう一つは、律に痛みを目的とした攻撃は何の意味もないという事だ。あくまで、右腕の骨折によって体のバランスが取れなくなったから動けていなかっただけで、律自身は別に痛くて反撃が出来ていなかった訳じゃない。

 

 ぐりッ

 

 男が掴んでいた腕から何かが捻られる音が聞こえた次の瞬間、律は固定された自分の腕ごと身体を捻りながら、男の顔元へと飛び膝蹴りを喰らわせる。既に折れていた腕を再び折るというある意味暴挙に出たが、これが功をなしたのか、男はよろめきながら律の腕を離した。

 

 次の瞬間、律はヨレヨレになった腕を身体を捻らす事で遠心力の力を使って勢いを付ける。よろめいている緑髪の男に向かってヌンチャクの様になった腕を、彼の胴体に勢いよくぶつけた。

 

 ドゴッ‼︎

 

 かなり鈍い音を鳴らし、緑髪の男は車とは反対の方向へと打ち飛ばされる。その様子を横目で確認しながら、律は仲間達の待つ専用車へと再び走り始めた。

 

 「律、早く乗れ‼︎」

 

 声のする方へと顔を上げると、そこには此方に向かって手を差し伸べている焦った表情のミカの姿があった。

 

 「とっりゃあっ‼︎」

 

 律は伸ばされた手を左手で掴みながら後部座席へと頭から乗り込む。そして、律が入り込んだのを確認したたきなは千束に向かって大声で叫んだ。

 

 「千束、律は乗り込みました。早く撤収しましょう‼︎」

 「っオッケーイ‼︎」

 

 千束は牽制の為に何発かゴム弾を撃ち込み、すぐにその場を後にする。

 彼女が律同様に後部座席へと飛び込もうとしているのを確認したたきなは、助手席の扉を勢いよく開けて素早く乗り込む。

 千束とたきなが乗り込んだのを確認し、運転席にいたミズキは車にロックを掛けた。

 

 「ゴフゥ……‼︎」

 「せ、狭い……」

 「千束、お前が踏んでるの…多分俺の腕……」

 「ミズキ、出してくれ‼︎」

 「バッチこい!」

 

 後部座席がすし詰めになっているのを他所に、車は明らかに公園内で出してはいけない速度で走り出す。

 特に大きな傷を負っていない男達が、一斉に銃を此方に向かって放ち始める。銃弾の雨という"別れの挨拶"を浴びながらも、車は止まる事なく退路に向かって既にエンジンを吹かしていた。

 

 「────っ!」

 

 運転席のミズキから舌打ちが聞こえる。何事かとフロントガラスの方を見ると、そこには自爆を視野に入れた特攻を仕掛けてくる白のワゴン車が、自分達が乗っているこの車に全速力で向かってきていた。

 慌ててハンドルをミズキが切った事で難を逃れたと思った次の瞬間、通信ドローンから入ったクルミの報告に俺たちは再び絶望する事になる。

 

 『ヤバいので狙われているぞ』

 

 クルミの発言で各々が何事かと振り返る。未だに発泡を続けているツナギの男達。その集団の中に一際目立つ存在がいる事に車内の全員が気付いた。明らかに拳銃などとはサイズも違う筒状のソレをツナギの男は肩へと構え、確実に当てる為に標準を此方に合わせ始めた。

 

 「……本物のロケラン初めて見た」

 「ちょっ、感動してる場合か‼︎」

 「弾切れです………‼︎」

 「ひぃ、駄目だヤバいヤバいヤバい‼︎‼︎」

 

 半ばヤケクソで千束が銃を乱射するが、命中精度の欠片もないゴム弾では数打ちゃ当たる戦法も意味を成さない。

 千束の叫び声が車の中でこだまする中、律はロケットランチャーとの距離を目分量で測りながらある事を思い付いていた。

 

 「千束、もし当たったらスマン‼︎」

 「え、それってどういう……」

 

 千束がいい終わる前に、律は既に使い物にならなくなった右腕を後部座席内で振り回す。そして、右手が窓の方へと来た次の瞬間、右手に持っていた銃槍を手から放す。これは緑髪の男からの発砲を防ぐために隙を見て抜き取っていたモノだ。銃槍は勢いよく真っ直ぐにツナギの男達へと飛んで行き、ロケットランチャーを構えていた男の顔面に直撃した。

 

 「ふぐっ」

 

 男が体勢を崩した事で、ロケットランチャーの弾は想定とは全く違う方向へと放たれる。そして、その銃弾は上下左右と不規則に動きながら、奇しくも彼が慕っていた緑髪の男がいる方向へと放たれた。

 

 「な────」

 

 緑髪の男がそう発した次の瞬間、ランチャーの弾によって辺り一面が爆発し、爆風が炎と共に広がり始めた。

 盛大な爆発を背に、リコリコメンバーを乗せた車は決して振り返る事なく真っ直ぐと現場を離れる。

 

 「な、何とか一件落着」

 

 バックミラー越しに一連の出来事を見ていた律は、緊張の糸が切れた事でスイッチが切れたかの様にミカへと身体を預けながら倒れる様に眠りについた。

 

 

 ◯●◯●

 

 

 あーっいけません先生!これ以上消毒液を傷口に掛けられると流石の私でも沁みます!困ります、困ります!あー!

 

 冗談はさておき、あの後リコリコに着いたと同時に起こされた俺は今更だが応急措置を受けている。勘違いされそうだから先に言っておくけど、もう女装はしてないゾ。リコリコ帰ってすぐに私服にチェンジしたよ。

 興奮状態なのも相まって気付いていなかったが、俺の右腕の状態はお世辞にも良いとは言えない……何なら切断しないといけないレベルでヤバいらしくて絶望中だ。回復能力で順調に治していっても、治るのに一ヶ月は掛かるかもしれないとの事。

 つまり、俺は今から一週間はゲームが出来ないのが確定したのだ。 ウソダドンドコドーン‼︎

 あと普通に怪我したとこが痛かった。感覚が殆どない状態でもかなり痛いって俺の怪我どんだけヤバいんだよ。(他人事)

 そして事情を知った千束が、ネットで適当に調べた『痛みが無くなる催眠』を実践してみてくれた。

 物は試しでやってみた所、本当に催眠が効いたお陰で今はかなりの痛みが引いた。……本当に俺って催眠に罹りやすいな、何でだろ。

 

 そして、現在の喫茶リコリコでは裁判が始まろうとしていた。

 裁判官は喫茶リコリコの看板娘こと井ノ上たきな、被告人は年齢不詳系女子のクルミだ。

 ちなみに罪状は不正アクセス禁止法違反、業務執行妨害、国家転覆罪etc……

 

 治療を受けながらDAハッキングの真実を聞いた時は鳩が豆鉄砲喰らった様な顔をしていた様だが、(まあ、コイツ以外でDAハッキング出来る奴なんか居ないわな)と無理矢理納得したのだ。

 

 「何だよ、助けてやっただろぉ……!?」

 「被告人、許可なく話す事を許した覚えはないぞ‼︎」

 「何でアンタはそんなボケが出来る余裕があるのよ」

 

 いやだって空気が重くなるのはあまり好きじゃないですし…。

 ミズキから全ての事をクルミの前で教えて貰ってから、クルミは普段じゃ考えられないレベルで発言に覇気が無くなっていた。

 

 「たきな〜?アンタは被害者なんだから、いったれいったれ!」

 「どーすんのぉ、たきな?やっちまうかぁ?」

 

 よっしゃ、いっその事極刑にして処しましょう、たきなの姉貴‼︎

 

 ミズキと千束が煽りの体制に入った事でクルミは助けを求める相手が居なくなってしまった。流石にここまでの怪我をした俺を頼るのは後ろめたいらしく、俺を顔色を一瞬だけ伺って直ぐに視線を外す。

 そして、言い逃れや言い訳という考えを辞めたのか、クルミは顔を上げてたきなに向き直り、純粋に頭を下げた。

 

 「っ……ごめん、たきな!」

 

 店内にクルミの謝罪の声が響き渡る。

 そこには、普段の大人びた雰囲気も、人を揶揄する様な表情もなく、ただ許しを得る為に謝罪をする彼女の姿がそこにはあった。

 そして、その沈黙を切り裂く様に、たきなの口から声が漏れ出る。

視線を向けると、そこには僅かに口角を上げている彼女がいた。

 

 「……あれは私の行動の結果で、クルミの所為じゃありません」

 

 その回答を聞き、千束とミカは顔を合わせて微笑み合う。ミズキは面白くなさそうにしながら酒の入ったジョッキを仰いでいる様子だ。

 

 「でもアイツは捕まえる。最後まで協力して貰いますよ」

 

 ……何でだろう、ずっとたきなに目が釘付けになっている自分がいる。

別に普段と変わらない筈なのに、何故かさっきからたきなの事が見続けている気がする。……まあ、疲れてボーッとしてるって事にしとこう。

 

 「早速だが、ヤツの名前が分かったぞ――『真島さーん』!」

 

 ◯●◯●

 

 数時間後。

 

 俺は山岸先生が主治医を務めている病院にお世話になった。

 五回程に分けられて行われた精密検査の結果、俺の回復速度も含めて右腕の完治には一週間が掛かるそうだ。

 "たった一週間くらいなら余裕そう"と思いがちだが、俺が使えないのは利き手のある右腕なのだ。つまり滅茶苦茶に不便なのである。

 食事とかはもう一人いないと食べれないしな!

 

 さて、本日は時間も時間なのと先の真島軍団からの報復を考えてリコリコメンバーは全員喫茶リコリコに泊まる予定だ。

 俺と先生が病院へと向かい、検査を受けている間に女性陣四人は既に夢の世界へと落ちている筈だ。

 

 俺と先生は四人を起こさない為に裏口からこっそりと入り、男性陣が寝る予定の地下室へと先生は先に向かう。

 俺は電気の消し忘れが無いかとキッチンへと向かうと、そこには一人で何かの作業を行っている人影が見えた。

 不審者の可能性も考慮しながらこっそりと近づくと、それはいつもの制服ではなく、ベージュ色の寝巻きを来たたきなだった。

 ……何してるんだこの娘。

 

 「あっ律、帰って来たんですね」

 「うん、今帰った所だけど……夜食?」

 「ええ、律は夕方から何も食事を摂らずに動いていたので。明日用に簡単に作ってたんですが食べますか?」

 「え、マジで⁉︎んじゃ頂こうかな」

 

 なんて出来た後輩なんだこの子は!!!

 いや、何も食べてない先輩の為に賄いを作ってくれるなんて……天使だ、錦糸町の天使はここに居たのだ‼︎‼︎

 さて、たきなが作っているのは雑炊らしいけどどんな味なのか楽しみ……

 

 「はい、あーん」

 

 聞き間違いかと思い振り向くと、そこには彼女が持つスプーンに盛った雑炊を、俺に向かって差し伸べるたきなの姿があった。

 ……あれぇ?

 

 「いや、そこまでしなくても五歳児じゃないんだし」

 「律は右腕が使えないんでしょ?私が食べさせてあげるので早く口を開いて下さい」

 「…だって恥ずかしいし」

 「律だって私にしたじゃないですか」

 

 あれは事故みたいなもんだからノーカンだろ‼︎

 っていうかこの子は天使じゃなくて小悪魔かもしれない。外堀をちゃんと埋めて相手の首を取ってきやがる‼︎

 

 そうこう心の中で言っている間にも、たきなの持つスプーンは着々と俺の居る方へと近づいてくる。

 いや、折角たきなが俺の為に此処までやってくれてるんだ。ここで彼女の思いを無碍にするなんて事は出来ない。

 

 俺は意を決してたきなが持つスプーンを口の中へと運ぶ。

 一気に縮まった相手との顔の距離によって普段とは違う緊張感が生まれる。そして、至近距離に来て初めて、たきなの顔が若干赤くなっている事に気付いた。……この前たきなが間違えてやっちゃった時も、こんな感じだったのかなという考えがふと頭の中に浮かんでいた。

 

 此方に向かってくる一つの足音がある事にも気付かずに…。

 

 「ねぇ、さっきからいい匂いがしてるけど何をつく………」

 

 律がたきなの持っているスプーンを咥えた直後にやって来た千束が、二人の状況を見て周りを見渡しながら何かを熟考し始める。

 三秒という、短いが今の二人には長すぎる時間が過ぎた後、千束は何か閃いた様な表情を一瞬出し、みるみると申し訳なさそうな表情を浮かべながら後ろへと後退りし始めた。

 

 「えーっと、もしかして私……お邪魔しちゃった…かな?」

 

 「「違うから!!」」

 

 二人の心からの訂正が、深夜の錦糸町に響いた。

*1
あくまで個人の感想です




もう少しで折り返し地点だと思うと感慨深い今日この頃。

では、前回高評価をしてくださった
⭐︎9評価 egurumanieさん

⭐︎8評価 ヴィルヘルム星の大魔王さん

本当にありがとうございます‼︎
評価して貰うのが私生活を含めて最近のモチベ維持の秘訣です。
感想の方も是非‼︎

展開は原作準拠のまま、敵キャラとしてオリキャラを出すのは賛成?(オリ敵は一人で、オリ主の過去に滅茶苦茶関わっているものとする)

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