ごめんよ一ヶ月も返信放置して
忘れたい事は忘れられない事
どれくらい時間が経ったのだろうか。窓に映し出されいる青から薄明へと変化した空が、時刻がどれほど進んだのかを暗に示している。
診察室には千束を除くリコリコメンバーが重苦しい顔を浮かべながら山岸先生の診断を見守っていた。
「………対光反射による瞳孔の縮小はナシ、眼底検査の結果から見るに視神経は通ってないと考えるのが自然だね」
「……………」
左目に当てていた
鏡に映る自分の顔には、千束と似た美麗な赤い右目と対照的に赤みがかったまま白く濁った瞳孔が、左目の中に収められていた。
「……眼帯って何色が似合いますかね?」
「接客業なら眼帯は色々と目を引いてしまうわよ。仕事続けたいなら、業務時間だけカラコン着けときなさい」
「えぇ〜……コンタクト苦手なのに」
そう言いながら周囲に視線を向けると、硬い表情で此方へと視線を向ける四人とそれぞれ目が合う。
先生とミズキは何処か俯瞰した様な目を、クルミは理解はしつつも納得がいかない様な顔を、そしてたきなは追い詰められた様な表情を向けていた。
「血液検査の方は?もう結果自体は出てる頃合いでしょ」
「……抗体として機能していた人工細胞が九割減少した。多分、あの注射器を抜くのが少しでも遅かったら人工細胞は完全に消失して手遅れになっていただろうね」
「欠損の回復の限度は?」
「癌細胞と人工細胞の増幅と、身体のダメージへの回復量から逆算すれば………………銃弾三発が関の山だよ。それ以上は運動をしなければ一週間持つかどうかだね」
「うーん……完全にしてやられたなこれは」
銃弾三発、それが俺が耐えれる最後のダメージ。
この病は特殊で、聞いた話によれば世界でも手で数えれる程度しか患者のいないらしい。体内に蔓延する癌細胞が、ありとあらゆる他の細胞達を破壊し、破壊した細胞を蓄える事でそのエネルギーから増幅するという厄介極まりない代物だ。放置すれば、癌細胞の破壊が神経細胞にまで及び、感覚麻痺からの死のコンボへと繋がる。
だが、この欠点を無視できる程の利点こそ、回復能力と身体能力の向上だ。
身体への欠損が起こると、癌細胞は破壊した細胞から蓄えていた半分癌細胞となった栄養を使って修復と言う名の腫瘍を形成する。そして、体内で有り余った癌細胞が筋繊維へと移動する事で筋力の向上へと繋がる。
まあ、身体が大きな癌細胞へと変容しているのと同じなので、癌の進行が早くなるから利点はあって無いような物ではあるが。
「………撃たれなかったら何年持ちますか」
室内にたきなの消え入る様なか細い声が広がる。全員が彼女へと視線を向けるその前に、今度は芯のある、それでいて何処か震えた声で彼女は声を上げた。
「動かなければ、何年__「半年………長く見積もってもね」っ……」
本来なら十歳まで生きれれば運が良い方であるが、俺はアランの支援を受けた。体内にあるタンパク質から同じ細胞を複製するというアラン特製の人工細胞が体内で増幅し、癌細胞が人工細胞を狙う事で打ち消し算的に癌の進行を止めるという荒業のお陰で、俺は齢十七まで生きている。
だが、人工細胞の増幅を癌細胞の複製スピードが上回れば、癌細胞は通常通り進行する為に数ヶ月で死を迎えてしまう。
その事を、たきなには未だに一言も伝えて無かった。
「何で……黙ってたんですか」
「この事を伝えてたきなとの間柄がぎこちなくなるなら、言わない方が」
「私の為だと………?」
「…そうやって選択から逃げて、強いキミに甘えてた自覚はある」
「…………………」
俺と彼女との間に傍から見ても”気まずい”と分かる様な空気が蔓延する。
たきなは、焦燥を感じる表情のまま制服の裾を指先が白くなるまで強く握りしめて俯いていた。彼女の反応と本人がこの場に居ない事から推測するに、千束の人工心臓と寿命の件についても既に理解している……いや、
「ゴメン、ここまで心労を掛けさせてる時点で本末転倒だった」
「……いえ、責めているわけじゃ――― 「律〜、終わった?」」
たきなが言い切る前にしびれを切らした千束が診察室へと入ってくる。
余命二ヶ月、そんな事実が無かったと錯覚させる程に自然に、彼女はいつもの様にこう口にした。
「そろそろ帰ろっか」
▽
「腹を括るんだな律、怖いのは最初だけで慣れたら余裕だぞ」
「眼球に指突っ込む行為なんか慣れる訳ないだろ!?」
「山岸もミカも言ってただろ、カフェ店員が眼帯は目立つって」
「キング・ブラッドレイ総統は眼帯してたけど
「どういう言い訳だよ」
生まれてこの方眼鏡すら掛けた事ないんだぞ⁉︎そんな得体の知れないもの眼球と密着させれるもんか‼︎
客が入るまでの間に俺にカラコンを着けさそうとするクルミからの猛攻を避けていると、先程から腕を組み傍観していたミズキが重い腰を上げる。左目が見えないのを逆手に取り、死角となる左目側から背後へと近づき、構えていた手を俺へと振り下げた。
錦木千束は悩んでいた。
発端となるのは先日の一件。あれ以来、相棒との間に何処となく壁が出来てしまっている事だ。
人工心臓と寿命の件を聞いて意識しない人間なんて、全国を探し回ってもそうそう見つけるなんて出来ないだろう。だからこそ、最後まで話したく無かったというのに……。
律を使ってどうにかしようと考えてもいたが、ここ数日の律とたきなの会話量から察するに彼も殆ど同じ状況の様だ。
(けど変に関係を修復しようとするのは逆効果だよなぁ……)
"時間が解決する"などの浅慮な考えでは、この状況がいつまでも改善しないのは分かっている。10代の精緻な心は、時の流れに身を任せれる程頑丈ではない事くらい自分が一番知っているから。
充分な解決策が思いつかないまま、千束はシフトへと戻る為にホールへと向かって歩き出す。
「ちょっと待って、クルミ!ミズキもそんなに締め付けないで‼︎」
……何か聞き逃せない単語が聞こえた様な気がしたが気のせいだろう、と千束は半ば無理矢理納得しながら歩き出す。
だが、次に耳に入った彼の発言は、無視するのは現実的な選択とはお世辞にも言えなかった。
「やめてクルミ!初めてだから絶対痛いって‼︎」
喫茶リコリコは従業員間の恋愛に対して特に取り決めを行った事はない。だが、店や店員に何か危害やトラブルが発生するなら話は別だ。
"やりたい事最優先"でも超えてはならない壁はある。
ドアの取手を音を立てずに手にかける。
千束は覚悟した。必ず、かの色欲煩悩の弟を止めなければならぬと決意した。
「そんな大っきいの入らない‼︎」
「うおぉぉ‼︎‼︎不純異性行為ダメ、ゼッタイ‼︎」
そう叫びながら勢いよく扉を開けると、目の前にはどう形容すれば良いか分からない、異質な光景が広がっていた。
ミズキが律を羽交締めにし、その状態で動こうと抗う律の左目に無理矢理カラコンを嵌めようと奮闘するクルミという状況。
「……………本当に何やってるの………?」
「ちょっ、千束!アンタも手伝いなさい‼︎この筋肉馬鹿、私が上に乗ってるのに動き回るんだけど‼︎‼︎」
「律‼︎取ろうとするな‼︎コンタクトは単価が高いんだぞ⁉︎」
「目がァ、目がアアアアァァァァ‼︎‼︎」
……無駄に緊張して損した、と千束は思った。
『ただのコンタクト如きで何を緊張しているのか』という質問に関しては、彼女の乙女としての貞操の為にも禁句である。
千束は念の為に用意していたゴム弾を言い訳をする様に部屋の外へと隠しながら、律へ向かって口を開いた。
「楠木さんが呼んでる。二人とも来いって」
◯●◯●
「じき死ぬにしては元気そうだな?」
「耳が早いですね〜…で、何ですか?」
「DAに戻れ」
「ウっ、ゴフッゴホッ、っもう死ぬんだちょっと体調ガー」
酷い、会話内容が色々と酷い。
DA本部内の司令室、サードリコリスなら立ち入る機会は指で数える程もないだろう。そんな場所に態々呼び出されたのは、俺達と楠木司令が顔を合わせるのがこれが最後になるのを予想しての事だろう。
「……真島が来たそうだな?」
「司令知ってます?真島ってス◯ブラ意外と強いんですよ」
「取り逃したな?」
「オーダーは入ってなかったですからね」
「どうせ此処に来るのは最後だと思いますしぃ、もっと楽しい話しましょうよ?で、何くれるんですか?」
千束の発言でより顔の影が濃くなった楠木さんが、ポケットに隠していた物を俺達の目の前に置く。
そこにあったのは銃器でも異動文でもなく、只の小型のカメラだった。
「えっ?」
「千束、何か見覚えでもあんの?」
「これ、私が10年前使ってたヤツ………」
10年前、千束の私物……妙だな(迷推理)
楠木さんは千束をDAに戻そうと尽力していた。小さい頃の千束なら物で釣れば解決すると彼女は考えたのだろう。そして、夜な夜な彼女の部屋へと侵入して………
「……楠木さん、まさか貴方、千束のストーカ「情報漏洩阻止の為に回収していた」アッそうですか」
「ずっと探してたのにぃ〜……ドロボー‼︎」
「近く、大規模な真島討伐作戦を行う。お前も参加しろ」
「ウフフッ、冗談きついね」
「多くの者がお前を優秀なリコリスにする為に尽力したというのに、ロクに役割を果たさずに死ぬんだな」
「大体イ、二人とも呼んでおいて何で私だけ―――」
「律はお前が引き受け無かった任務を全て遂行した。お前の自由は兄の時間を犠牲にして成り立っている事を忘れるな」
「……………………………え?」
「秘密にしてたのに何で言うんですか……」
この楠木さんの発言には流石の千束も押し黙ってしまった。
「私の思う役割は楠木さんとは違うよ。律、帰ろ」
「話は終わっていない、座れ」
「………たきなをここに戻してあげて。そしたら、考えなくもな〜い。あぁ、これありがとぉ~」
部屋を出ようと歩き出す千束に、俺は軽く楠木さんと助手に軽く会釈してから後に続く。
「律、少し待ちなさい」
「これ以上の拘束は労働基準法違反です。どうせ前みたいにリコリスの訓練に使う気でしょ」
「数分で終わる、悪いようにはしない」
司令のその返答に若干困惑していると千束がアイコンタクトで俺に残る様に促す。
千束の気遣いに甘えてソファへと再び腰を下ろすのと同時に、廊下へと続く扉の閉まる音が部屋に響いた。
「………………で、態々俺だけ呼び出して何の用ですか?」
「約十年、任務に身を捧げた献身、誠にご苦労だった」
「え、何これドッキリ?」
「DAを代表し、誠意を表明する」
「楠木さんが人に頭を下げるなんてあり得ない……なんて質の低い夢なんだ」
「本心だ」
こりゃ明日は氷柱でも降るんじゃないか?
俺が状況を受け入れれずに固まっていると、司令は下げていた頭をいつもの様に戻し改めて俺へと目を合わせてくる。
その瞳に嘘が混ざってない事を確認しながらも俺は顔を逸らしながら言う。
「頭まで下げなくても……大体、俺の自己満でやった事ですし、俺が多くの命を奪った事実は消えませんよ」
「その自己満足が多くの命を救ったのも事実だ。胸を張りなさい」
「…俺や千束が戦力として失われるのは良いんですか?」
「素直には認める事は出来んな」
やはり仕事人である。
しかし、彼女の無愛想な顔が一瞬だけ笑っている様に俺は見えた
「だが、後継はもうお前達が育てただろ?」
「何で黙ってたの?」
「お前は他人が自分の為に時間を使うの嫌がるだろ。だから店長にも口止めさせてた」
「……ありがと」
「…何、楠木さんも千束もギャップ狙ってるの?」
「ど う い う 意 味 じゃ あ !!」
言葉通りの意味だけど、と言うのは諦めた。
寿命が半年程減る気がするから。
そんな他愛のない会話を繰り返していると、ミズキの待つ車が見えてくる。
「お待ちらし寿司」
「でぇ、なんだった?」
「泥棒が自首した」
「なんだそりゃ」
▽
井ノ上たきなは悩んでいた。
今朝、フキとサクラが店へとやって来た。
要件は唯一つ、私のDA復帰についてだ。
返答は三日後まで。願ったり叶ったりな内容だった。
多分、八ヶ月前の自分なら喜んでその場で承諾していただろう。だが今は浮ついた気分も、純粋な喜びも自分の中にはない。
千束と律もだ。私に気を遣ってか、二人とも何事も無かったかのように任務をこなしている。
どれだけ動かない様にと言っても、今日もあの二人はお構い無しに身体を行使し続ける。
私はどうしたいのだろうか。
今の状態で二ヶ月後まで千束と律の事を指を咥えて見続ける訳にはいかない。それは理解している。
『君はあの時、仲間を救う為に躊躇いを持たなかった。他人の為に考える前に動けるのって俺は才能だと思ってる。少なくとも、俺にはそんな勇気はない』
あの時、彼が私に言ってくれた言葉が脳裏へと浮かぶ。
でも、今の私には律と千束から離れる勇気なんて微塵も―――
「ミカ、これは千束の為だ。気づいているんだろ?」
カウンターの方から微かにクルミの声が聞こえる。
内容から察するに、相手にはもう一人店長が居るらしい。
二人に気づかれない様に音を立てず、キッチンを経由してカウンターへと近づく。
「気付いているんだろ?サイレントジンの件、千束の心臓と律の治療を破壊した女、黒幕が吉松である可能性に」
「………十年前の話だ」
多分、ここで逃げたら私はきっと後悔する。
覚悟を決めよう、これからの為にも――――――
雨粒が果てしなく振り続ける中、高架線の下で俺は天気が落ち着くのを待っていた。
指先に挟まれている黄色と白の筒状のソレは、目の前に置いてあるライターによって使い終わった今でも小さな一本の煙を立ち上がらせていた。
ネットには舌の奥に苦みが残ると書いてあったが、苦味も喉の渇きも感じなかった。
「アツっ」
手の甲で僅かに残っていた火を押しつぶすと、僅かではあるが痛みを感じる。
まだこっちは辛うじて残っているのは確認できた。
(たきなに見られたら間違いなく怒られるだろうな)
ここで千束よりも先に彼女の名前が出でくるくらい、自覚もなく既に俺はたきなに毒されているのだろう。
外へ顔を向けると、雨は俺の心に呼応するかの様に一層強く降り始めていた。
シリアスパート苦手侍、ここに見参。
なぜ前回の投稿から一ヶ月経ったかって?響けユーフォニアムって面白いですよね(全部観た)
では前回高評価を押して下さった
☆9評価
カァーディガンさん 火斗レアさん
本当にありがとうございます‼︎
そろそろ物語も終盤、誠心誠意執筆頑張るので、どうか高評価と感想を……
2026/4/4 私の身勝手な都合ながら、充電期間に入らさせて頂きます。進捗状況は活動報告の方に挙げてるのでそちらをご確認下さい。
今作のタイトルの略、何が良い?
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俺コイ
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俺あれ
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コイアレ
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その他(案があったら感想欄に書いてね)