イーザとの演習が終わって3日ほど、私はリハビリセンターに向かうべく車椅子に乗っていた。
義足の歩行訓練を終えて歩けるようになったがヘルマが許してくれない。
彼女の目の前で盛大に転んだのが原因だろう。
「そう言えばあなたに良さそうな求人があるのだけど」
「どんな仕事だい?」
「ちょっと待って、チラシを貰ったの」
ヘルマの声が頭上から降ってくる。
雪景色の街を眺めながら聞き返せば肩掛けカバンを漁る音が聞こえる。
景色が流れていた。
少し速度が速くなって来ている?
背後に居た彼女の気配は感じられない。
「ヘルマ?」
ヘルマは少し遠い所で鞄を漁っている。
気付いてないのだろう。
ゆるい下り道、加速する車椅子、景色が飛んでいく。
ブレーキは背後のハンドル、振り向いて握れば止まるだろう。
しかし、停止した際の慣性で背中を打ち付けられてしまう。
車輪近くの駐車ブレーキが目に着いた。
もう既に結構な速度に到達している。
この下り坂の終点は畑になっており、夜に降った雪が溜まっていた。
駐車ブレーキのレバーを断続的にかける。
強い振動が手に伝わり、気持ち減速した。
藪の枝が数えられるぐらいに近づいて来ていた。
あとは溜まった雪に飛び込むだけ。
私は車椅子ごと宙を舞った、幼少期にソリで遊んだ記憶が蘇る。
あの時は止まり方を知らずに除雪で出来た雪山に突っ込んだ。
今はあの時と違う、私は前転の要領で受け身を取った。
雪原に仰向けに寝転ぶ、灰色の雲が空を覆っている。
憧れのSPzGに乗って、足を無くして、積み上げたものが崩れて。
思い描いていた未来とは全然違うものになって、今人生に迷っている。
なんだか遠くに来たような気がした。
しばらくして、雪を踏み締め走る音が聞こえてきた。
「ねぇ、大丈夫?怪我はない?」
血相を変えてヘルマが飛んできた。
彼女の問いに腕を掲げ親指を立てて見せる。
「スリル満点のアトラクションだった」
私は彼女に笑いかけると安堵の溜息を一つ吐いた。
「本当にごめんなさい、ちゃんと握っていれば」
申し訳なさそうに俯くヘルマ、なんだか小さく見えた。
「こっちも駐車ブレーキをかけておくべきだったね」
「それより、車椅子は大丈夫かな?」
私の問いに彼女はハッとしたように踵を返した。
私も半身を起こし辺りを見回す、雪に埋もれた車椅子を発見した。
幸いにも壊れていないようだ。
2人で埋もれたソレを発掘して、何とか道まで引き上げた。
私は彼女に促され、車椅子に座る。
ハンドルを握りしめる音が聞こえた。
再びリハビリセンターへの道のりを行く、ここからそう遠くはない。
「仕事の話、途中だったよね?」
改めて彼女に問いかける。
「あぁ、これなのだけれど」
肩越しに彼女の手が伸びる、手には一枚のチラシ。
4本の足を持つロボットがクレーンを展開している。
「SPzJ」
重装甲猟兵、四脚型の人型装甲兵器だ。
脚部を四脚に変更した事で積載量や安定性が向上。
SPzGの装備できなかった大口径砲や狙撃砲などを装備した支援機として運用されている。
機体が大型化してしまったので歩行速度やスラスターを用いた戦闘機動はSPzGに一歩劣ってしまう。
しかし、機関砲等で武装し前線支援機として投入される事もある。
チラシの民間払い下げ機は腕部にバケットとドリルが取り付けられ、背部に大型クレーンを装備していた。
「貴方に良さそうでしょ?」
少し嬉しそうな声色で彼女は言う。
「私、四脚人型特殊を持ってないのよね」
「そうなの?」
私の返答に驚きの声を上げるヘルマ。
腕部の武装と肩部武装を用いた通常機動戦闘なら私の四脚人型免許で業務はできる。
しかし、対空、対装甲目標等の大型火砲積載機は四脚人型特殊免許が必要になる。
このチラシの様な大型建築機材等は特殊免許区分だ。
「精々、掘削機や平土機ぐらいかな」
チラシの募集要項に目を通す。
クレーン等の免許は会社負担で取得可能。
悪くは無さそうだ。
「この期に取るのもいいんじゃない?」
確かに彼女の言う通りである。
新しい事にチャレンジしてみるのも良いのかもしれない。
「そうだね、考えてみるよ」
「それともう一つあるんだけど」
チラシを彼女に返すともう一枚、書類が渡される。
進駐軍の王立騎士団教導隊からの書類、内容に目を通す。
どうやら指導員のお誘いである。
推薦欄には私の上司や同僚の名前が書かれていた。
私を想っての推薦なのだろう、皆苦楽を共にして来た仲間達だ。
少し目頭が熱くなった。
最後の欄には隠れる様にヘルマやミリーの名前も書かれている。
「どう?SPzGにはまだ乗り足りないでしょ?」
揶揄う様に彼女は告げる。
「部隊の人達も除隊する仲間達にできるだけの事をしたいと考えてる」
「オットーさんなんて貴方の機体を修理するって張り切ってるのよ?」
「てっきり、ヘルマは反対するものだと」
「そうね、でもそれで貴方は納得できないでしょ?」
視線を上げる、灰色の空が割れて日差しが降り注いだ。
「貴方は一人ではないの、私も居るし」
リハビリセンターが見えて来た。
「ヘルマ、歩くよ」
私の言葉に彼女は歩みを止める。
椅子から立ち上がり、一歩を踏み出す。
「そう、焦らず自分のペースでね」
ヘルマの優しい声が耳に届く。
自分のペースで…か…
今まで通りにはいかない。
演習の結果がそう示している。
なら、どうするべきだろう?
生憎、時間は沢山ある。
無くした足は元には戻らない、その後に待っているものは?
現状を受け入れて、足を無くしたなりに生きていた。
きっとここからがスタートなんだ。
なら、もう一度目指してみよう。
元の場所ではなく、今度は無くした足で行ける限界の場所まで。
その足でたどり着いた景色がきっと私が求めていたものだ。
背中を押してくれた皆にその景色を見せられたなら、きっと喜んでくれるだろうか?
なんとなく、そんなふうに思った。
「ヘルマ、やるよ」
私は振り返りそう告げると彼女は少し驚いた顔をする。
「どっちを?」
「両方、生憎クビになってしまったからね」
冗談混じりで肩をすくめて見せると彼女は満足そうに微笑んだ。
「よかった、今夜はパーティね」
彼女と並んで歩く、私は独りではなかった。
まだ寒い季節だが、胸の内には温かい気持ちが溢れている。
冷めないうちに事を始めよう、まずは新しい足から。
そんな事を考えながら私は歩みを進めた。