残念ながら皆様はデスゲームに参加しました   作:その他の人

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#5-1 導入からゲームスタートまで

 

 会場は廃墟だった。

 

 元はマンションだったのだろう。部屋ごとに規則的にバルコニーが存在しており、採光のために付けられた窓ガラスは当然のように全て砕け散っている。地面から伸びた蔓が外壁をなぞるようにマンションに寄りかって、偶に垣間見える罅塗れの外壁は長年の風塵に晒されたために灰色に薄汚れていた。地面はシダ植物で覆われており、既に人の管理から離れて久しいことが見て取れた。

 

 今に倒壊でもしそうなマンションの屋上に男女が五人。

 円環上になって倒れていて、最初に起きたのは丸刈り頭の男だった。

 

 目覚めて立ち上がると、数秒ほど状況を呑み込めないように左右をしきりに確認して、自分以外に見知らぬ四人がいることに気付く。不可解な状況。それまでの記憶も無く、今まで通りの生活をしていたはずなのに意識を取り戻せば見慣れた青空の下で知らないコンクリートに倒れていた訳だ。

 しかしもしかしたら今も倒れている四人の中にこの状況を知っている人間がいるかもしれないと考えたのだろう。丸刈りの男は右回りで揺さぶって起こしていく。

 

 十分ほどして全員が目を醒ました。当然全員がこの場所に対する知識も、廃墟の屋上で寝そべることになった経緯も頭に無い。しきりに周囲を見回しながらも、五人は立ったまま意識を失っていた時と同じように円になって話し始めた。

 

 五人の容姿は何時ものことながら共通点などそこには欠片も存在しない。

 本日のメンバーは右回りに、まず初めに目覚めた野球部頭の若い男。見るからに丸の内のOLですと名乗ってそうなビジネスカジュアル姿の女。金色の髪を生け花の如く派手に爆発させた、恐らく繁華街のホスト。近所の主婦と井戸端会議で夫の悪口を零すのが趣味っぽい風貌の悪い中年女性。黒縁眼鏡に天然パーマで冴えない見た目をした、如何にも理系っぽい見た目の男。

 今更どういう基準でこの人たちが集められたかなど考える余地も無い。

 

 これは見世物なのである。喜劇を嘲笑い、感動し、応援し、それでも残酷に訪れる死を酷く喜ぶ、趣味の悪い資本家たちの為のショーでしかない。

 参加者の層がガラパゴス化している理由なんて決まっている。観客がキャラの名前が覚えられなくても雰囲気で分かるよう、キャラ付けしている、ただそれだけだ。畢竟、参加者は誰でも良い。参加者間で誰もが見て分かるようなラベリングさえ出来ていれば、人種国籍信条その他諸々、運営元は何一つ資格を問うことはしない。

 

 五人それぞれが見知らぬ場所に不安と困惑な面持ちを浮かべている。全員が自身の状況を語り尽くして立ち往生し始めたように見える。周囲にあるのは固く閉ざされた鉄扉と、役割を放棄した給水塔、転落防止目的と言うには錆びつきすぎて頼りない鉄柵くらいだ。参加者の一人が屋上から下を見下ろすが、伝って降りれるようなパイプなんかも無い。

 一先ず脱出する方向性になっているらしく、五人は鉄扉の前に集まってまた話始めた。唯一の屋上からの出口はこの鉄扉のみだが、現在は固く閉ざされている。なるほど、今回は話が早かった。ここに情緒不安定な人間がいると時間が掛かるので、私としては有難い。

 

 そうして猫背気味にモニタールームから観察していれば、肩をポンポンと叩かれた。

 

 叩いたのは私の助手的な存在だ。

 小柄な少女で、小さい顔には表情筋がボンドで固められてしまったのかと疑わしい程の能面を張り付けている。長く艶のある白髪に、私が時折手入れしている前髪。四肢に筋肉はまるでなく華奢で、汚れ知らずの白い肌。背丈は私の胸元に頭の天辺が来るほど小さいが、これでも運営元によれば成人まであと二歳であるらしい。

 360度、どの角度から見ても美少女だ。

 きっとクラスでも遠巻きながら一目を置かれていたに違いない。可愛いけど見た目だけだと何を思っているのか思考が一切透けて見えないから、私がクラスメイトだったら絶対に話かける対象には入れなかっただろうなと栓の無いことを考える。

 

 何より、この少女の最も目を惹く部分が目だ。

 その碧眼には生命的な光が帯びておらず、ただ物理的に入射してきた光を返すだけの虹彩をよく見れば分かる。両目とも義眼なのだ。だからこの子は目が見えていない。そんな様子がまた幻想的な佇まいに磨きをかけている。本人は全く望んでいないだろうけど、傍から見たらそう見える。

 

 因みに名前は知らない。

 知らないので、一玖(いく)と勝手に呼んでいる。19日に初めて会って暮らし始めて、日付で呼ぶのは忍びないから多少文字って一玖。口にしても否定する様な素振りを見せないので彼女自身でも受け入れているものだと私は思っている。

 

 それは良いとして、今は画面に目を向け直すべきだ。

 一玖は何かを言っていて、モニタールームに付いているスピーカーで参加者同士の会話が一段落したのを察してそろそろだよとかそういう話をしようとしていることが分かった。私には聞こえないけど、雰囲気で伝わってきた。

 

 私は特に気負うことなく頷いた。マイクに繫がる物理スイッチをカチリと押し込む。

 そして口を開いた。

 

「皆様、この度はお集まりいただき有難うござます」

 

 その言葉に自ずと参加者全員が上を見上げた。どこから聞こえたのかと声の方向を確認して、視線が空に行ったのだろう。彼らは知る由も無いが屋上の給水塔にはこちらの声が届くようにスピーカーが設置されている。

 参加者の反応からちゃんと言葉が伝わっている様子を確認して、話を続けることにした。

 

「と言っても皆様はきっとここに来ることになった理由、ここに来るまでの過程、全て記憶に無いと思います。しかし忘れているだけで、皆様は各々の事情を抱えて各々の意志を持って、今日この場に集っているのです」

 

 様々と言ったが、まあ、凡そ金銭絡みである。

 

「残念ながら皆様はデスゲームに参加しました。簡単に言えば、皆様には命をチップにしたゲームをやっていただきます」

 

 なにせ、このデスゲームをクリアすれば大金を得られると、そう餌で魚を釣って集まってきたのがこの五人なのだから。

 

 私の一言に怪訝そうな顔をするのが殆どの中で、中年主婦だけが血相を変えて何かを喚き始めた。一玖が私の袖を握り締めたことから察するに、きっと相当醜い感情を発露させているのだろう。

 ただ、何を言われようと私に聞く耳は無い。

 

「反論はご自由ですが何を言われても私はこのまま話を続けます。聞き逃がしても私は責任は取りません」

 

 善意からそう言えば、金髪ホストが何かを諭すように口を開いて、渋々と中年主婦は黙った。私は多分こういうデスゲームのゲームマスターの中では最も温情深いのではないだろうか。自分以外は一人も知らないけども、他にこんなことをやらされている可哀想な同胞がいれば、参加者にデスゲームという実感を持たせるために憂さ晴らしも兼ねて、まず初手から一人殺すような仕掛けを準備して実行しているはずだ。

 ……ま、私も甘くは無いんだけどね。

 こちらはこちらで命が掛かってるので。

 

「お気づきの通り、皆様はいま廃墟となったマンションの屋上に居ます。そこから脱出すればゲームクリアという設計です。ですが、道中は様々な危険があることでしょう。具体的に何かというのは私の口からは言えませんが、命を奪うような何かがあることだけはお伝えしておきます。十分に慎重にお進みください。また廃墟内は暗くなっているため、扉横にスマートフォンをご用意しました。ご自由にお使いください。では皆様のご健闘を心からお祈りしております」

 

 参加者がスピーカーに向かって何か訴えかける素振りを見せているのを無視して、私は言葉を区切るとマイクのスイッチを切った。マイクのスイッチが切れるのと同時に鉄扉が開く仕掛けになっている。ここからがゲームスタートだ。

 

 一玖は不安そうに口元を固く結んでいるのを見てスピーカーのスイッチも切った。きっと参加者から辛辣な言葉が送られていたのは想像に難くない。

 それでも一玖は不安そうな素振りを崩さない。私の存在を確かめるように何度も頭や背中を触って、そのまま後ろから両手を回された。肌の温かさと共に小刻みな振動が背中越しに伝わってきた。

 

 率直に言って、一玖はデスゲームを高みの見物しているだけなのに何故こんなにも慄いているかと言えば、別にこれから出る人死にを考えて心がきゅっと締め付けられているとか、そんな可愛らしい理由なんかじゃない。

 デスゲーム参加者が死のリスクを対価に金を稼ごうとしているのに対して、私と一玖はデスゲームの運営元に命を握られている。

 運営元と私たちは立場が違う。

 飽くまで私たちは企画者でしかなく、企画が面白くない結果に終われば運営元に殺されてしまう。

 企画が面白くても、このデスゲームが大っぴらにバレた途端トカゲのしっぽ切りのようにそれはそれで殺される。

 要するに私達はデスゲームの奴隷だ。

 

 今更善人ぶるつもりもないが、私達だって殺したくて殺している訳じゃない。殺す理由も無い相手も殺しても精神が腐敗するだけで、何のメリットも無い。

 

 それでも私は死なないために、大金で呼び寄せた参加者から人間ドラマや醜い感情を引っ張り出して、出来るだけ面白おかしく人間性を絞れるだけ絞った後に殺している。観客はどいつもこいつも倫理観が腐っているから、死を前にしたときに初めて表面化する人間の『自分だけでも助かりたい』という本性から醜く他人を蹴落とす瞬間を好んで見たがる傾向にある。そういうシーンがある時は評価が良くて、生活費に色を付けて貰えやすい。無論、金のためにやってるわけじゃない。明確にここからが低評価と高評価の分かれ目という境界線を把握できていないから、とにかく高評価を狙うしないってだけの話である。

 

「大丈夫、大丈夫だから。私は上手くやれる」

 

 一玖の頭を後ろ手で撫でながらモニターを眺める。縦二段、横四段の合計八画面のモニターはそれぞれ切り替え可能で、現在はまだ五人ともに屋上にいるらしい。

 見ていると野球部頭が屋上の端へと歩き始めた。先程屋上からは脱出が出来ないことは確認済みなはずなんだけどなと考えていれば、野球部頭が指で蔓を示したことで会得が入った。どうも蔓を伝って下へするする降りていくことを提案しているらしい。

 

 頭が悪い作戦だ。蔓なんて大した強度があるはずもない。人間一人、大体50~70kgもあるのに対して自然に自生する蔓の直径は10㎜程度だ。ジャングルの蔓じゃないのだから、例え何十本手繰り寄せたところで荷重に耐えうる強度には成り得ない。それに、そんな場所から脱出されたら私の運営元からの評価に関わる事案になってしまう。不正に対策を施すのは企画者として当然の行いだ。

 

 案の定他四人からは理解を得られなかったようで、野球部頭は大きく呼吸を繰り返しながら遂には屋上の蔓を伝って降りることを試みた。

 見た目ほど体重は無いのか、はたまた前世がサルなのかは分からないけど、野球部頭は意外にも何十本も一斉に掴むと、蔓が千切れる前に飛び移ってを繰り返してという、まるで野生児のような移動を成功させた。これには目を丸くせざるを得ない。

 ただそれでも限界を感じたのか、一旦小休止を挟むべく野球部頭は三階部分のバルコニーめがけてジャンプした。しかしそのバルコニーは偽物である。上からじゃ分からなかっただろうが、実のところこの建物にはバルコニーなんてものは存在せず、元は居室には小窓が各階にあるだけだった。全ては運営元が手配した業者によって張りぼてで作られたのだ。外観しか変化が無いのに何を無駄な労力をとは思ったが、まさかこういう騙す意図があったとは……。

 

 野球部頭がバルコニーに着地したのも束の間、その勢いを殺すことなくバルコニーは野球部頭と共に自由落下を始めた。落下速度が遅いことや破片の形からどうも素材は発泡スチロールか何かだったらしい。

 

 何とか近くの蔓を掴もうと必死に態勢を戻そうとするが、それをするには三階という高さはあまりにも短い。三秒と持たずに野球部頭は地面に衝突───する瞬間に地面が陥没。少し窪んだ位置に新たに表れた地面には槍の先端のような針が敷き詰められており、所謂殺意が高めなパンジ・スティック───つまるところ落下地点に槍が設置されているタイプの落とし穴だった。

 野球部頭は腹部と首に槍が突き刺さり、一刺し。根元まで刺さり切っている。監視カメラからだと遠目にしか分からないが、生きていたとしても絶命まではそう長くはないだろう。

 

 この落とし穴については私が仕掛けた。正確には仕掛けるように指示した。

 でも屋上からの脱出対策ではなく、二階時点で窓から飛び降りようとする人間に対してのカウンターとして設置した意図であったので若干私も呆気に取られている。

 こういう暴走して惨めに死ぬ様子は腐れ根性の観客たちにとってウケは悪くないはずだ。ただこんなのがウケるのは一ゲームで一度きりだ。

 今後はもしそうなりそうになったらスピーカーで介入することは厭わない。

 私は人を殺したいわけじゃなくて、自分が生きるためにデスゲームを運営しているのだから。

 

 死体を冷めた目で見遣りつつ、モニター画面を別の監視カメラに切り替えた。

 

  

 

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