それから一週間、ネクィラムの研究室で寝泊まりさせてもらったスフェーンはグッタリとした顔色でネクィラムの部屋の机に突っ伏していた。これは精神的な疲れと言って良いだろう。何か拷問的な実験を受けたわけでは無い、断言する。
「ありがとう!おかげで私に飛躍的な発展を齎した!」
その反対に溢れんばかりに輝かせて居るネクィラム。その手には大量の資料が納められていた。
「あぁ、もう死んでも構わない……」
今にも天に昇りそうな声で彼は言う。あぁ、もうそのまま階段を登ってってくれ。そして二度とその階段を降りないでくれ。
「嬉しそうで何より」
『ネクィラム氏の取ったデータは悪用される可能性は低いでしょう。あれは本物の変態ですが、その点は信用できるとおもいます』
「あぁ、君には感謝しきれない。ありがとう」
採血は一瞬であの一回で終わったのだが。問題は質問だった。
もう何時間も違う問い掛けに簡単な問題を全教科解かされ、ハード過ぎる日々だった。
しっかり三食の飯と時間ぴったりな目覚まし。規則正しい生活とはほぼ無縁だった自分にとってこれほど疲れた事もなかった。
「研究に協力してくれて感謝するよ。本当はもっと長い期間で取りたいが、それは君が許さないだろう。……そこでだ」
そこでネクィラムはある機械を取り出す。それは私でも持ち運びができそうな何かの記録機械のようであり、ネクィラムはこれが何たるかを教えた。
「コイツはエーテルの活動を記録する機械だ。要するにキミの生活を記録し、エーテルの生態を把握する機械だ」
「はぁ!?私生活丸見えじゃねぇか」
堂々と言われる一種のセクハラのような発言にスフェーンは軽く口を開けっ放しになる。
「何も問題無かろう。元は男なのだろう?」
「大問題すぎるわ、私生活丸見えとか…プライバシーはどうなる!」
「大丈夫だ、コイツが記録するのは君の睡眠時間だけだ。情報は定期通信で送られる」
「どうして睡眠時間が分かるんだよ」
「エーテルの動きを観測する。それで君が寝て居るのかどうかを判別する。安心したまえ、君を束縛するわけでは無い」
その記録装置はエーテルでできた自分の生活パターンがどれだけ人間らしいのかを測る機械だという。前職の傭兵の時の生活パターンと比較して記録を取りたいらしい。おかけで前職の傭兵時代の生活を事細かく聞かされた。
「……」
「既に報酬は支払ったぞ?」
「うぐっ」
痛いところを突かれる。戦術E兵器と言う価値の付け方が分からない兵器、それを報酬にした彼にスフェーンは彼の要望を飲むしか道はなかった。
「……たぬき変態研究者め」
「私にとっては褒め言葉だ」
検測機械を受け取りながらスフェーンは吐き捨てるように言うが、ネクィラムにはノーダメージだった。
その後、ネクィラムから受け取った検測機械を列車に放り投げた後。カール・ポートのネクィラムを紹介したあの店に向かう。
「ん?おぉ、お嬢ちゃんじゃ無いか」
店の店主の親父はローブを被る私を覚えていたようで出迎えるとそのまま席に座って注文をした。
「今日は何を食べるんだい?」
「軽く魚料理が食べたい。何かいいのは無い?」
「おぅ、それなら今日一番のうまい料理を出してあげよう」
店主はそう言うと台所に冷蔵庫からマグロの切り身を取り出すと長い包丁を取り出し、斜めに切り身を切って行く。
「今日あがった美味いマグロだ」
そして店主は切った切り身を置き、置いていた木の器から少量の米を取って手で固める。
「マグロに会う一番美味い料理といえば……」
そして手で固めた米の上に赤い切り身を置いて皿に乗せて出し、最後に上から黒い液体の付いたハケで塗っていた。
「寿司だ」
「スシ?」
初めて聞いた料理だが、なかなかに奇抜な料理だ。
「こ、このまま食べるのか?」
「ああ、この醤油を付けておいたからそのまま食べられるよ」
「……」
生の食べ物だぞ?!食えるのか本当に?!マグロだとはいえ普通なら軽くソテーして食べるぞ?
しかし残すのは勿体無い、この店主の好意を無駄にするのは勿体無い気がした。
「……っ!!」
ええいままよ!と勢いに任せて、少し汚いが素手で食べる。
すると口の中に広がったのはマグロが持って居る脂だった。噛む事で口の体温に当たる表面積が増え、その影響で更にマグロの脂が溶けて口の中に広がる。
「っ!!」
そして少し香る塩辛い風味、恐らくはショウユと言うあの黒い液体のやつだ。そして米の食感がやって来る。
「美味しい……」
「だろう?ダチに教えてもらった魚の食い方だ。生食だから敬遠されるんだが、慣れると美味い」
店主はスフェーンを見ながら軽く笑うと、禿げた頭が貫禄を表していた。
「それで、ネクィラムはどうだった?」
ここに二度目に来た時はネクィラムが良かった時の事を差す。
「ええ、おかげでいいものが手に入りました」
その代わり、とんでもないものも貰う事になってしまったが……。
「おう、そりゃあ良かった。アイツ、結構カツカツな生活をしていてな。前々から変な研究をしているみたいで、心配だったんだ」
それはまるで友を不安視するような口調だった。ネクィラム自身も、店主の名前のメイソンを口にしていた。
そしてここの店名は『リストランテ・メイソン』、人の名前が使われているから誰がメイソンなのかは容易に想像できた。
「前々から心配でね」
「知り合いなんですか?」
「ああ、企業に追い出された時にね。飯を食いに来いと言っても研究に没頭していて、届けに行く事が多かった」
そして彼は何処か羨ましげな様子で言った。
「ああ言う、飯も忘れるくらい熱中できる事があるのって。羨ましいって思っちゃった事もあったよ、好きな事にどんな犠牲を払っても続ける事にね」
「……」
変態とは何か一つの事を突き進められる事であると、誰かが言っていたか。
人に乗って重要な食事という行為を忘却するほど彼はエーテルの研究を突き進んでいた。
そんな彼にメイソンは憧れを持っていた。
「まぁ、私の場合は君みたいに美味い飯を食って、いい顔をしてくれれば料理人として満足って事に気づいてからは、それが私の熱中している事だって気づいたんだけどね」
そして軽くメイソンは笑うと、スフェーンを見て少し慌てて言った。
「嗚呼ごめんね。分かりにくかっただろう」
「いえ、何事も夢中になるのはいい事だと思いますよ。ただ行き過ぎると毒になるかもしれないだけですから」
「はは…大人びている子供だ。おいさん負けちゃったよ」
メイソンは軽く頭に手を当ててスフェーンに言うと、彼女に聞く。
「まだここにいるのかい?」
「いえ、そろそろ次の街に行こうかと……お金も貯めないといけませんので」
運輸ギルドから指名された依頼があると言う事ですぐにでもここを出る必要があった。それを知り、メイソンは少し残念そうにしつつも。スフェーンの事を思った。
「そうか……じゃあ、次ここに来た時は。また寄ってきてくれるかい?」
「ええ、ここの料理は美味しかったのでまた来たいと思います」
それを聞き、安堵したメイソンは更にスフェーンに注文を聞いた。
「他に食べたいものはあるかい?もしくは飲み物でもいいよ?」
そんな提案にスフェーンは注文をした。
「じゃあ、ウイスキーを一本もらえませんか?もしくはビールを」
「やだなぁ、子供にお酒は出せないよ」
全力でスフェーンは悲しんだ。
店を出たスフェーンはルシエルに聞いた。
「で、今回の依頼は?」
『有半菜食社より直々の依頼です』
企業からの直接の輸送任務、運輸ギルドを介した合法的な物とはいえ企業からの直々の指名。
わずか半年、運輸ギルドで働いているだけで指名が来ると言うのも不思議だと思わざるを得ない。
「有半……確か植物生産の企業だったな」
『今回の依頼は高速速達列車としてマイハーレンまで生鮮品の移送任務です。運送量は大型コンテナ三つです』
「ナマモノね……急ぐか」
『同感です』
カール・ポートは大陸の海の玄関口、実に多くの船舶や貨物列車が出入りし。多くの荷物や人が移動する。
「今度、簡易キッチンでも買おうかな」
『食事は生きる上での重要な楽しみの一つです。購入を検討する価値はあると思われます』
缶詰だけの生活というのもいずれは飽きが来る。レーションは死ぬほど食ってきたのでできれば普通の食事をしたい……というより普通の食事の素晴らしさに目覚めた気がする。
また旅の楽しみが一つ増えた所でスフェーンはローブを被ったまま街を後にする。
『スフェーン』
「ん?」
貨物ターミナルで自分の車両に乗る中、ルシエルが聞いた。
『これからマイハーレンに向かいますが、現地の名産品を確認いたしますか?』
「名産品ね……頼んだ」
『了解しました』
そして運転席に乗り込み電源を入れると、依頼受諾の為に網膜に映る映像を見ながら先ほど受注した有半のコンテナを搭載する為に移動する。
エーテル機関の音が響き、ゆっくりと列車は移動するとそこでトップリフターが冷蔵のコンテナを丁度トラックから下ろす所だった。
「さて、初めての企業からの指名依頼だ。緊張するな」
『初めては緊張するものです。慎重に仕事をこなしていきましょう』
「そうだな、新しい武器も手に入れた事だし……」
そう言いながら彼女はネクィラムから検測機械として預けられた機械を見る。
エーテルの流動を観測する機械だと言うが、その詳細は自分の行動パターンを見るものだった。
「まぁ、人間らしさを認識するためには要るかもな」
エーテルの海に沈んだあの時から、この体は生まれた。エーテルに残る誰かの、あるいは数多の存在の残骸から弾き出されるように生まれたこの体。
食事や睡眠を必要とせず、排泄も必要がない。人間らしい部分も残されては居るが、人間でない部分もある。
そんな人と人外の間を歩く自分にとって、人間であると思わせる為に。そう思いたいが為にこの機械を捨てる事は、自分にはできなかった。
「難儀だな、生きると言うのは」
『『この世のすべては苦しい体験ばかりであり、最後にはみな命を落として塵に帰る。これこそが人生の真実である』と、かつての宗教の開祖は残しています』
「じゃあその塵から帰ってきた俺は一体何なのだろうな」
永遠に分からない疑問をしながらスフェーンは積み込まれていく冷凍専用コンテナを見ていた。
武装解説
XM3388 デイビー・クロケットⅡ
とある兵器工場に勤めていたエーテル研究者のネクィラムが開発した初の実戦用戦術E兵器。
オートマトンに搭載可能なまでに小型化した折りたたみ式カノン砲の戦術E兵器として完成したが、完成直後に開発者であるネクィラム自身が設計図のデータと実物を持ち出し、その後は行方知らずだった。
そしてネクィラムはこの兵器を自身の実験の報酬として譲り渡し、過去の遺物の処理をした。既に所有者はスフェーンに変わって居るので彼女以外にこの兵器は操れないように設定されて居る。
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