「挫折を経験したことが無いとても頭良い人…?」
ユウナは鸚鵡返しをして首を傾げると、スフェーンは頷く。
「そっ。頭良い人ってさ、基本的に学歴社会だと最強じゃん」
「それはまぁ…」
ユウナは頷く。学歴があれば基本的にそれだけ努力ができる人間として重宝される上に、人の能力を見る上で一番手っ取り早い。
「だからそう言う人達って怒られ慣れてない事が多いんだよ」
「はぁ…?」
ユウナはいまいち理解が追いつかずに首を傾げる。
「叱られるとさ、ここはやっちゃダメとか。ここはやって良いとかの線引きが自然と出来上がる訳じゃない」
「そうですね」
ユウナはそこで子供の頃に親に叱られた記憶を思い返す。
「でも頭が良い人って基本的に褒められることしかされないから、善悪の基準が曖昧になるのよ」
「…あぁ、なるほど」
そこでユウナは理解が追いつくと、スフェーンに聞くように言った。
「つまり、スフェノスさんは『頭のいい人は善悪の倫理観が大衆より緩い』と言いたい訳ですか?」
「そゆこと〜」
スフェーンはユウナの問いに頷いて返した。
頭の良い人は叱られ慣れていない上に褒められる事しか経験しないので、そう言った筋肉が伸びないのだと言う。
「ただまぁ、しっかりとした親御さんに育てられたならそう言う事も無いのかな…?」
スフェーンは疑問形になりながらサイドカーに座ったままのユウナに聞く。
「君達のいる研究所からもそんな雰囲気が感じ取れたんだよね〜」
「…」
そんな彼女の言葉にユウナは黙り込んでしまう。
「エーテルの解析なんて言ってるけどさ、どう見たってあの空気は異常じゃない?」
「…そりゃあ、やりたくない研究をしていたら誰だって嫌な気持ちになりますよ」
ユウナは軽くため息をついた後にスフェーンに言う。
「企業が運営している学園ですからね、そりゃあ上の意向に従う必要はありますが…」
ユウナはそう言いスフェーンの顔を見ると、彼女に言った。
「スフェノスさんなら分かるかもしれませんが…」
「天才の思考が暴走する様をただ眺めることしかできない無力感に苛まれることかい?」
スフェーンは言うと、ユウナはピシャリと的を撃ち抜かれた気分になった。
「っ…流石ですね…」
するとスフェーンは軽く笑う。
「伊達に人生経験積んでないわよ」
かく言う自分も、かつてはオートマトン乗りとしては天才的頭脳を発揮し、尚且つ数え切れない挫折を経験した身でもある。
「ジョンとは同じ街で育った仲でした…」
「…」
そして少しずつ彼女は呟く。
「天才のジョンはエーテルに魅了されてからずっとあの調子でした…」
そして一旦ため息を吐いた後に彼女は言う。
「確かにエーテルには無限の可能性がある事は、私も理解しています。ですが…」
そこで彼女は空を見上げる。
「エーテルの持つ無限に近いエネルギーに目を付けたアイリーン社はジョンに研究室と人員、ありったけの予算を与えてあるものを完成させてしまった…」
「あるもの?」
スフェーンが首を傾げると、ユウナはそこで軽く首を横に振った。
「ごめんなさい…これ以上は、あなたに罪を被せる訳にはいきませんので…」
「…」
ユウナはそこで言い留まると、スフェーンはそんな彼女に言う。
「ユウナちゃん、罪とは何だね?」
「え…?」
彼女はそこで軽くため息を吐きながら同じようにエーテルで覆われた空を見上げる。
「今もエーテルが降り注いでいるこの状況も、ある種の罪とは考えた事はない?」
「え?」
突然の話にユウナは唖然となっていると、彼女は吸っている煙草を口から離す。
「大災害の直接的な引き金は、この星に降り立った企業同士の戦争だ」
そう言いアンドロイド達が残してきて自分達に伝えてきた歴史を言う。
「長年続いたその戦争に終止符を打つようにエーテルが空高く打ち上がり、その影響は数百数十年経った今も私たちに影響している…」
「…」
スフェーンと同じようにエーテルで覆われた空を見上げるユウナ。
「それをグリーンボウルを始めにした緑化連合の面々は飽く無き戦争を行った自分達人類に天が施した罰であると説いた」
「…」
そこで彼女が言ったのはおそらくグリーンボウル建設記の一説に載っていた文言だ。
今は読む事が禁じられているグリーンボウル関係の書物だが、その中身はユウナも読んだ事があった。
「可笑しな話よね、もう私たちでは顔も知らない様な何世代も昔の話なのにこの空を作った自分達は罪人呼ばわりよ?」
「私達が引き起こした訳でも無いのに…」
ユウナも自然とそんなスフェーンの話に頷いてしまった。
エーテルで覆われ、外界と隔絶された世界。そんな場所でも自分達は生きている。
するとスフェーンはユウナに提案する。
「もしユウナちゃんが本気で彼の事を止めたいと思うなら…」
そこでスフェーンはユウナに灰色の、少し温かみのある眼差しで聞く。
「手くらいは貸してあげられるわよ?」
悪魔の囁きにも、天使の福音にも聞こえたその言葉にユウナは少し考えた後に答えを出した。
ジョン・ルートヴィヒ・オッペンハイマーは開校以来最高の天才と呼ばれていた。
わずか三ヶ月で博士課程まで学業を納め、それ以降はイレーネ・サイエンス・スクールで若くして教壇に立ちながら与えられた研究室で親企業のアイリーンから指示されたエーテルの研究を行ってきていた。
「…」
彼は実験棟の中で最も大きい実験室の中の観測機器の置かれた部屋に一人残り、観測されたデータを見ていた。
コンコンッ「入ってくれ」
部屋の扉がノックされ、観測室の扉が開く。
この時間は実験棟に研究者のほぼ全員が夜な夜な研究を繰り返して行っており、その中には白色に塗装された砲弾の姿もあった。
「今日は遅かったな」
タブレットのデータを見ながら彼は言うと、部屋に入ってきたであろうユウナはそのままジョンに近づくと
カチャッ
薄暗い部屋の中、彼の後頭部に金属質の物体が押し当てられた。
「…誰だね?」
すぐさまジョンはタブレットを置いて両手を上げると、自分に銃口を軽く押し当てたその人影はジョンの置いたタブレットを手に取った。
「…ふーん、なるほどね」
その声だけで彼は自分に銃を押し付けているのが誰なのか理解した。
「スパイだったのか?…スフェノス」
ジョンは聞くと、彼に銃を押し付けてタブレットを眺めるスフェーンは答えた。
「いや?ただ偽善に駆られて行動を起こした一般人よ」
「…一般人がこんな場所に銃を持ち込めるとは聞いていないのだが」
ジョンは言うと、スフェーンはタブレットの情報を一通り読んでデータを収集した後に答えない様子でため息を吐いた。
「貴方、よくもこんなものを作り上げたわね」
「…仕方あるまい、それが私がこの学校に入学できた理由であり、エーテルを研究し続けられる道だったのだ」
ジョンは言うと、スフェーンは呆れた様子で彼を見た。
「エーテルを使った爆弾とはね…」
「今はそれを充填した砲弾を製作していた」
そう言い彼は制御室の先で並べられた無数の白く塗装された砲弾を見下ろす。
「じゃああなたが列車砲を注文したのは…」
「あぁ、それの試射を行う為だ」
ジョンはスフェーンにそう返すと、彼女は言う。
「正直に話すのね」
「これほどの証拠を前に言い逃れするのは不可能だろう?」
彼はスフェーンが見たエーテルを使用した高威力の爆弾、通称エーテル・ボンバと名付けたそれを前に言った。
「貴方、自分がどんなものを作ったのか分かっているの?」
「あぁ…」
ジョンはそこでゆっくりと目を閉じて頷く。
「何万人の人が死ぬのでしょうね」
「…さぁ、見当もつかない」
ジョンはスフェーンに言う。
「何の罪に問われるだろうな」
「さぁ?少なくとも無罪でしょうね」
「…なぜだ?」
ジョンはスフェーンの返答に驚くと、彼女は言った。
「かつて核兵器を作った科学者が有罪判決を受けた事はある?」
「…なるほど」
軽く鼻で笑った後に振り向きかけた顔を正面に戻すと、彼の耳には微かに聞こえるサイレン音を耳にした。
「匿名通報よ」
スフェーンは近づいてくるサイレン音を前に、彼に言った。
「さて、貴方には今から提案をするわ」
「何だね?」
ジョンはそこでスフェーンからの提案を聞く。
「もし貴方がエーテル研究を続けたいのなら、私の言伝で貴方をある研究者の下に配属させてあげられる」
「…」
「ただし、幾つか条件がある」
スフェーンはジョンに条件を伝える。
「一つ、貴方は企業連合から完全に手を切る事。
一つ、軍警の聴取には全て応じて全て話す事。
一つ、私の事は口外しない事。
…主にこの三つね」
「…やった事にしては随分甘いな」
ジョンはそう言うと、スフェーンは返す。
「どうせ過ぎた事よ?軍警が到着してもエーテル・ボンバが使われない未来は見え無い…」
スフェーンはそう溢すと、ジョンは聞く。
「私は、史上最悪の殺人犯に仕立て上げられる訳か…」
「だったら、少しでも罪を償う為に良き上司と出会う事ね」
スフェーンは言うと、軽くため息を吐いた後に
「…分かった」
少し頷いてスフェーンが提示した提案を呑んだ。そして付け加える。
「ありがとう…スフェノス」
ジョンはスフェーンに言うと、彼女は
「感謝するなら、その一歩を踏み出した人に言うのね」
そう言い、スフェーンは銃を離して観測室を出て行く。
「じゃあ、またいつか会えたら」
彼女はそう言い残すとジョンのいた観測室から出て行った。
軍警の治安官が突入してきたのはその五分後であった。
実験棟全体を囲うように無数の装甲車やヘリコプターが出動し、中に居た研究者達を拘束する。
地下に隠されていた脱出用の通路もすでに制圧されており、軍警の突入を受けて逃げ出そうとした研究者達全員が拘束された。
拘束される研究者達の例に漏れずジョンも治安官によって手錠を掛けられる。
元々いたのは武器の扱いに慣れていない人達であったのであっという間に実験棟はさしたる抵抗もなく制圧された。
中に残されていた活性化エーテルや起爆剤、並びに製造中であった砲弾や購入した列車砲などのデータからこの実験棟でE兵器に関する研究が行われていたことはほぼ確実であった。
拘束されたジョンはそこで静かに観測室から出る。
「ジョン…」
するとそこでユウナが廊下で不安げに立って見ていたのを知り、彼は全て察した。
「ごめんなさい」
「…」
彼女の顔を見てジョンは少し表情を強張らせて間を置いた後に一言、
「…すまない」
彼はそれだけ言うとそのまま治安官達によってパトカーに乗せられると走り去って行った。
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