下馬温泉に観光に訪れたスフェーン。行楽の温泉街とあって旅客駅も巨大なものを備えており、木をふんだんに使った贅沢な駅舎が備えられている。
「ほほぉ〜…」
大勢の観光客が乗り降りをするターミナル駅でスフェーンは駅ナカのうどん屋を訪れていた。
「駅ナカ施設も充実しているわね〜」
そこでもはやショッピングモールの様に巨大な飲食店街を見ると、彼女はその中を歩く。
休憩と保養のために訪れたこの都市は山間に出来た温泉街であり、それ故に温泉街は坂道が多かった。
「すみませーん」
そこでうどん屋に座ってスフェーンは注文をする。
「このカレー煎餅うどんを一つ」
「かしこまりました〜」
多くの店が軒を連ねるこの場所は半屋内型の施設であり、観光客が多く出入りする。
下馬温泉の旅館に宿泊する彼女はすでに荷物を持って準備を整えており、列車は貨物ターミナルの留置線に移動させていた。
『今後の予定はどうされますか?』
「温泉に入り浸る」
『それ以外でですよ…』
ルシエルは分かっているだろう?と言った様子でスフェーンに言うと、彼女は返す。
「でもぶっちゃけそれ以外考えてなかったんだけどなぁ…」
そもそも此処に来たのも温泉に入り浸って今までの疲れを癒しながら次の目的地をゆっくり考えるためだった。
「この一ヶ月色々と重いことばっかりだったしさぁ〜」
『それはそうですが…』
カルティエ・ラタンでの騒動はその後に列車の修理が完了した後にすぐに旅立った。
ネクィラムはそのまま先技研に残ってあの遺体の解析を進めるそうだ。司法取引に応じて名誉毀損を行わない代わりにジョンは彼の研究室に転属することとなった。
結局製造されたエーテル・ボンバの移送先は不明であるが、製造された爆弾の数は把握していた。
そしてそのうちの一発が使われたこともスフェーンは知っていた。
「あんな爆発を感じて分からないわけないわよね…」
スフェーンはそう言いその時にエーテルの空が荒れた事も感じ取っていた。
あの爆発の衝撃波は遠く離れたカルティエ・ラタンでも観測しており、軍警内部の混乱もネクィラムや軍警のネットワークから知っていた。
『あれ程の威力は…』
「まぁ、実験代わりに使ったのでしょうね…」
『なんと非道な…』
ルシエルはアイリーンが行ったエーテル・ボンバの威力と、軍警の艦隊を実験台にした事に憤慨する。
「彼らにとっても緑化連合に勝利する為の起死回生の一手でしょうから、藁にも縋る思いだったのでしょうね」
『ですが…』
「デモンストレーションを終えた今、緑化連合がどう動くかで変わってくるでしょうね」
当然、かの組織も軍警に網を張っているはずだ、海軍の艦隊が一時戦闘不能に陥る威力を持つ爆弾を前にどう立ち回るのか、今は相談しているに違いない。
「ただ問題は…」
スフェーンはそこで行き交う人々を見ながら呟く。
「アイリーンが軍警の艦隊をモルモットにした事だ。これで企業連合と軍警の間には決定的な亀裂が生まれた」
そしてニュースをながめる彼女の前に店員が湯気の立つ丼を置く。
「お待たせしました〜、カレー煎餅うどんで〜す」
「うほ〜、美味そう」
置かれた丼に乗る具材とカレー、そして二枚の焼き立て煎餅が乗せられたそれを見てスフェーンは目を軽く輝かせた。此処の名物である煎餅うどんは事前の情報でおすすめであると聞いていた。
「頂きます」
スフェーンは早速箸を持ってカレーうどんを啜る。
「ズズズズッ…」
出汁の合わさったカレールーを絡めた少し柔らかめに茹でてあるうどんのコシが絶妙なバランスで食感を楽しませる。
カレーに絡まったネギがシャキリと音を立てて出汁の風味の聞いたカレーに少し独特の辛味を追加する。
「パリッ」
そして焼きたてで温かい煎餅をカレーにつけて一口齧ると、少し濡れたカレー味の煎餅に薄くかけられた塩がよく効いている。
カレー本来のスパイスと合わさり、硬い食感の中に煎餅に使われる香ばしい米の風味を感じる。
「ハムッ」
そしてかまぼこの、うどんと違う硬くて柔らかい食感がカレーと共に混ざり合って体に消えていく。
「ズズズズッ」
そして再びうどんを掴んで啜り、丼から溢れる湯気と共にカレーの舌に少しくる辛さを感じ取る。
うどんを啜り終え、次にスプーンでカレーを掬って一口で口に頬張る。
「…」
どろっとしたカレーの中にほんのりと感じる出汁の味。しかしそれに負けじと顔を出すはカレーのスパイス。
カレーうどんの中にはかまぼことネギ以外を入れず、それでいてパンチのある味わい。
「カレーってまじ大豆並みに万能な飯だなぁ…」
『先人たちの知恵に感謝ですね』
「こんな美味い改造飯、なかなか無いからね〜」
そう言いスフェーンはあっという間に丼を汁まで完食してしまった。
「すみませーん!」
そして味噌おでんを追加で注文した彼女は、そこで皿に載せられて出てきたそれを見た。
『うわ、真っ黒ですね…』
「これが味噌おでんか…」
赤味噌を少しの出汁で解いて煮た赤黒いおでんを前に少し絶句するスフェーン。
「…食べますか」
するとそこでスフェーンは体をルシエルに渡す。
「え?何で私が?」
『ほら、こう言うのって試してみたいでしょ?』
「え?しかし…」
『ほらほら、ものは試し。偶には自分で食べてみんさい』
スフェーンに促されてルシエルは箸を手に取ると、そこで載せられていた味噌おでんの赤棒と呼ばれる練り物を掴む。
「…」
ルシエルは少し緊張しながら湯気の立つそれを一口齧ると、
「っ!甘い…」
ゴマを軽く振りかけたその味噌おでんの甘い味噌の味に驚く。
『あぁ、だから赤棒か…』
そこでスフェーンはルシエルの感じる味を感じると共に細長い赤棒を齧った断面を見て呟いた。
赤黒かったその棒の断面は鮮やかなピンク色であり、食感はちくわともかまぼことも違うまた新しい食感だった。
「あとは卵とこんにゃくですね」
『どっちもおでんの定番だ〜』
ただ何方も味噌のせいで黒くなっており、知らない人が見たら驚く様な色だった。
「味噌は甘くて少ししょっぱい感じですね」
『でも見た目以外は美味しいわね』
スフェーンはそう言って味噌おでんをルシエルと楽しむと、彼女は次に箸で卵を二つに割る。
中が割れ、中から黄身と白身が姿を表し、少し黄身がホロホロと崩れた。
「フーフーッ」
軽く息を吹きかけて冷ました後に片方を一口。
そして噛むと崩れる黄身と少し硬い白身が合わさり、そこに味噌の甘さが広がる。
「ムキュムキュ…」
そして卵の次はこんにゃくであるが…
「硬いですね…」
箸で切るのには苦労するほどの硬さのこんにゃくにスフェーンは
『そのまま齧りつきゃいい』
「それは…」
しかし箸で切るとおそらく味噌が下手な方向に飛んでいく未来が見えた。なので仕方なくルシエルはこんにゃくを刺して齧った。
外の味噌以外の味はせず、こんにゃく本体は食感だけで楽しむルシエルはその後も赤棒、卵、こんにゃくの順番で食べた。
「ありゃっした〜」
会計を済ませ、店を出たルシエルはそこで一言。
「…寒」
半分屋外に出ているこの飲食店街は吹雪いているせいもあって通路に雪が積もっており、ルシエルは耳当てにマフラーにジャンパーに重ね着と完全防寒で出向いたはずなのに冷える現状に首を傾げた。
「どうして此処までして寒いんですか?」
『そりゃ向こうの天気が一枚上だったからでね?』
手袋含めて完全に守り切ったと思っていたはずの寒さは容易に防寒装備を貫く。
『大体さぁ、おかしくない?』
「何がです?」
ルシエルはそこでスフェーンの疑問を聞く。
『本来ならウチらの持っている臨界エーテルの量じゃあ、この見た目の維持をするだけで放熱を始めない?』
「それは…」
事実、今の身長になった時体からは放熱を始め、メイコーの時は海水が沸騰するほど体温は上がっていた。
「慣れたのではないのでしょうか?」
『いや、慣れ程度じゃあ無理じゃない?計算しても少しおかしいもの』
「…」
そんなスフェーンの意見にルシエルは考える仕草を取る。
「ではどのような理由があるとお考えですか?」
『私たちの直近で起こったでかい事件といえば?』
「…まさか」
ルシエルは驚きながらスフェーンに聞くと、彼女は言う。
『だけどあり得ない話じゃないでしょう?』
「…」
スフェーンの仮説にルシエルは糸目を作り、表情を壊さないようにしながら止めていたバイクに跨る。
サイドカーの部分は温泉街では道が狭くなるからと言う理由で外していた。
「しかし…その仮説が成り立ってしまいますと…」
『問題はそこなんだよね〜』
スフェーンはそう言って自分が立てた仮説の疑問点を突く。
「その仮説が成り立つなら物理法則が崩壊しませんか?」
『そうだよねぇ〜。だから別かなーって』
バイクのエンジンを掛け、ルシエルは言う。
「取り敢えず列車に荷物を取りに行ったら、宿にチェックインしに行きましょう」
『そうだね〜』
スフェーンは頷くと、ルシエルはバイクのスロットを回してクラッチを操作するとそのまま走り出していく。
下馬温泉は観光都市として栄えており、貨物輸送は娯楽品や消耗品が多い。
今回の仕事もコンテナの中身は洗剤などの日用品であった。
「お疲れ様です」
雪が降る中をバイクで走る中々の恐怖映像ではあるが、ルシエルはゲートを潜って中の留置線に停められている自分の列車を見る。
スノーシェードに覆われて留置されている自分の列車を眺め、横に止まっている数台の機関車を見る。
『随分長くなったわね〜』
「そりゃあ、資金がある程度貯まったら購入してきていましたからね」
そう言いながらバイクを止めて自分の列車に乗り込むルシエル。
「すっかり慣れてしまいましたね、こんな生活にも」
『そりゃあね、住めば都って言葉が遥か昔からあるくらいだもの』
スフェーンはそう言ってルシエルを見る。
視界には映らないものの、腕を後ろに回して寝そべっている光景がルシエルの脳裏にはよく浮かんでいた。
「あれからもう何年経ちましたかね…」
『さぁ、五年半くらいじゃない?』
ざっくりした計算をしたスフェーンはそこでふと思い出す。
『そう言えば傭兵ギルドがそろそろ本格稼働する時期だったけねぇ』
そう言いながら彼女はニュースで検索をかけると、
『え?なんでジェロ捕まった?』
そこでブルーナイトが逮捕されたニュースが流れていた事に驚いていた。
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