吹雪が舞っていた景色はすっかり落ち着きを見せ、日の出と共に灯籠などの淡い光が灯っていた街の景色は変わり、白銀と古き良き温泉街の景色を見せる。
絶えず煙突から昇る白煙は今日も湧き出ている天然の湯の恵みを与えてくれている事を表す。
「よっと…」
窓の襖を開け、その奥から浴衣を着ていたスフェーンはそこで見た景色に思わず感嘆する。
「おほ〜、すげ〜」
天候は晴れ、太陽が差し込む光で積もっていた雪は少し溶けているようにも見えた。
「でも窓際寒」
宿泊する旅館の縁側は防寒対策をしているとは言えども冷える。仕方のない話ではあるが、スフェーンは来た道を戻るように部屋に入る。
浴衣の上から羽織を被り、この旅館で最も小さい部屋を借りたスフェーン。それでも食事付きのやや高いコースを選んでいた。
『ここら辺は寒帯気候な上、昨晩は吹雪もありましたからね』
ルシエルはそう言い朝から寒がるスフェーンに言う。
「まぁ取り敢えず…」
時計を見てスフェーンは呟く。
「朝風呂一回行きますかね」
『今の時間ですと…』
ルシエルはすぐに今営業している温泉をピックアップする。
さすがは温泉街、どこか少し歩けば必ず温泉がある。たまに運輸ギルドでも銭湯を経営している場所があるが、やはり風呂と言うものは良いもので、シャワーか銭湯かと二択を迫られたら私であれば銭湯を選んでしまう。
「わーい朝風呂〜」
泊まっている旅館にも当然多くの温泉が用意されており、宿泊客を楽しませると同時に温泉の魅力に取り憑かせようとしてくる。
脱衣所でスフェーンは意気揚々と着ていた浴衣からタオルを巻いてそのまま風呂桶と自分のシャンプーやら風呂セットを持って中に入ると、
「おっ、人少な〜い」
そこでスフェーンは軽く嬉しいと感じながら体を洗う。
ここに来てまだ二日目ではあるが、すでに風呂に三回入っており、おそらく今までで最も清潔な状態を保っているに違いない。
「露天行くか〜」
昨晩は吹雪いていて何も見えず、おまけに激サムだったので散々な目に遭わされたが、今の時間なら綺麗な太陽と露天風呂から見える景色が拝めるに違いない。
『転倒には気をつけてくださいね』
「大丈夫大丈夫〜」
そう言って昨日とは違う場所ではあるが、スフェーンは露天風呂に続く二重扉のある空間に移動する。
「…」
ゆっくりと扉を開けてそこで二重窓特有の外気と内気を混合させる小さな空間に入って軽く息を吸う。
肌で温度を感じ、心の準備を済ませるとそのまま外に繋がる扉を開ける。
「ヒュ〜」
吐く息は白く染まり、地面の石はとても冷えている。
「寒〜」
『外気温、氷点下四度です』
「とても生身で飛び出すような温度じゃないよ、本当」
そう言いつつも彼女はゆっくりと地面に足をつけて一日ずつ歩く。
「ちべて〜」
そう言いながら露天風呂を歩くと、そこで僅かに囲う岩に雪の積もった露天風呂に到着する。
湧き出す湯水が古い湯を交換しており、湯の上を僅かに湯気が霧のように漂っている。
「…」
周辺に人の気配は無く、スフェーンは手すりに捕まったままゆっくりと温泉に足をつける。
「(あったけぇ…)」
完全に冷え切った足が温かい源泉に当たることで針を刺したような痛みを感じながらもそのまま肩まで浸かる。
「ほあぁ…」
思わずそんな声を漏らしながら彼女は光学迷彩で外から見えない壁に囲われた目の前の景色を見る。
この壁は中から外の景色は見えるが、外から中は見えない材質を使っており、電気的な構造を使わない安心安全の壁であった。
「綺麗な景色だぁ〜」
日の出を迎え、空に上がる太陽を見ながらスフェーンは水中で膝を抱えて雪で覆われた景色を眺める。
『下馬温泉の景色は絶景ですねぇ』
ルシエルも同じ事を感じながら呆然と目の前に人がる温泉街を眺める。
「昼は何食べようかなぁ…」
『もうお昼の話ですか?』
少し笑いながらルシエルは言うと、スフェーンは返す。
「どうせ朝はビュッフェスタイルだからね〜。お昼は外で食べる予定だし」
『そして夜は旅館で頂き、最後にバータイムですか?』
「それが出来たらね〜」
スフェーンはそう言い都市規則に乗っていた酒が飲める年齢を思い返す。
「この身長ならなんとか行けたりして?」
そう言って彼女は今の身長である一六〇前半の体に触れて問う。
『さぁ、どうでしょうか…』
そんな問いにルシエルもなんとも微妙な表情を浮かべながら返した。
『でもそれができれば最高の休暇が楽しめますね』
「全くだよ」
そんな事を言いながら朝の温泉に体を早速温めていると、
「あら、先を越されてしまいましたか…」
朝の温泉、前日に雪が降ったことで所々に白い雪が積もった露天風呂、そこにスフェーン以外にお客が現れた。
「入っても?」
「あっ、もう出ますので…どうぞ」
スフェーンは返すと、そのまま入ってきた女性を見る。
狸の獣人で、どこかで見覚えがあるなと思いながら軽く考える。
「私の顔に何かついていましたか?」
「あぁいや…なんでもないです」
スフェーンはそう言ってその女性の顔をルシエルの手で思い出させられる。
その女性が入ったと同時にスフェーンは露天風呂から上がる。
そしてそのまま温泉を出ると、そこで一言。
「(なぜサクラが此処にいる)」
そう言って桜花武士団の団長を務めていたサクラ・ハマダの姿に彼女は首を傾げた。
『保養に来たのではありませんか?』
ルシエルがそう言うと、スフェーンは言う。
「(彼奴、よく当たる卜占が使えるからたまたまな気がしないんだよ)」
『それは警戒しすぎなのでは…』
かつては仕事を共にこなした同業者であったが、今は違う。
「(おまけに何でよく当たる卜占できるのかわかっちゃったし…)」
そう言って彼女は先ほど一瞥した時に彼女の体内にあったエーテルを思い出す。
『エーテル肺炎ですか…』
「(罹ってるとは知らなかったよ…)」
スフェーンはそう言いながら脱衣所で浴衣に着替えて髪をドライヤーで乾かす。
爆温風を使ってしっかりと髪を乾かした後は化粧水と乳液を軽く塗って温泉を出ると、その足で朝食会場に向かった。
朝の本格的に人達が起き出す時間なので会場は大勢の宿泊客で溢れている。
「すんごい人」
『まだ入れただけで奇跡ですね…』
人でごった返すビュッフェ会場ではスフェーンはその手に盤と皿を持って置かれている料理を取っていく。
「こう言うのって偶に不衛生だからって食べれない人が居るらしいわね」
『まぁずっとこうして外に置いていますからね…』
そう言いながら空になった大皿を回収して新しいものと交換するのを見る。
「さてと…」
そしてスフェーンはサラダ含めた諸々の料理を取って最後にオムレツを作る列に並ぶ。
「中の具材は何にされますか?」
「ハムチーズで」
注文を受け、目の前でシェフっぽい人が小さめのフライパンにバターを入れて溶かしながら回し、その上からおたま一杯の溶き卵を入れて菜箸で軽くかき混ぜた後にものの数十秒で焼けた卵をくるりと回転させた後に用意した別の皿に乗せる。
「おすすめは特製ケチャップです」
「ありがとうございま〜す」
そしてスフェーンはおすすめの香辛料が使われたケチャップを掛けるとそのまま席に座る。
「頂きます」
早速出来立てのオムレツをナイフとフォークで切って中を割ると、そこからは半熟の溶き卵がドロっとハムと溶けたチーズと共に溢れ、ケチャップと合わせて一口。
「んふ〜」
ハムの硬い食感に卵とチーズの合わさったまろやかな味を特製ケチャップの香辛料を使ったトマトとの酸味がグッと後味を引き締める。
溶けたチーズのまだ少し残っていた硬い食感が卵の中に現れ、同時に噛んだ時にチーズの香りが広がる。
「美味ぁ〜」
熱々のオムレツにスフェーンは直ぐに二口目が進み、あっという間にオムレツは胃袋に消える。
「次は…」
そして取ってきたカリカリベーコンを箸で掴んで一口、
「ザクッ」
此処のカリカリベーコンはちゃんとカリカリに焼かれており、詐欺まがいのフニャフニャベーコンではなかった。
「ルシエルが選んでくれただけあるわぁ〜」
スフェーンはそう言い満足げに次に温泉卵の上に出汁醤油を回しかけると、上からスプーンを押し当てて中の黄身を見る。
濃く、少し固くなった色の黄身は半熟の白身と共にこの温泉の源泉で浸けられて出来た卵の黄身をスプーンで出汁醤油と絡めて掬う。
「ハムッ」
少し固まった気味を一口で食べるとそこで黄身特有のトロッとした食感にサラッとした出汁醤油の塩と出汁の味が黄身を包み込んだ。
「此処にテーブルベルがあったらグスタフ来るかな?」
『こんな和風なカリオストロ伯爵とか嫌ですよ…銭形警部は誰なんですか?』
「うーん、適当にサクラ?」
そう言い朝風呂で出会したサクラを思い出すと、そこから連想して昨日知った驚きの事実を思い出す。
「何でブルーナイトは捕まったんだろ?」
『さぁ、容疑は殺人だそうですが…』
ルシエルは軍警の逮捕情報を見る。
『レッドサン…貴方を殺害した容疑で逮捕されていますね』
「え?何でバレた?」
『すみません…そこまでは…』
ネット上に情報が残されてはいないが、スフェーンはそこでパッと思いついた様にルシエルに聞く。
「じゃあさ、最近出たタルタロス鉱山の資料無い?」
『タルタロス鉱山の資料ですか…少しお待ち下さい』
ルシエルはネットの海に潜って軍警のネットワークにアクセスして検索をかける。
無論ハッキングをしているのでバレたら大問題ではあるが、昔から入っていたので今更と言う話であった。
『あっ、ありました』
そして軍警のシステムの奥底、そこに事故調査委員会に提出されたタルタロス鉱山崩落事故の調査をした報告書があった。
「やっぱりか…」
『調査を行ったのは…あぁロトさんが居ますね』
「んなことだろうとは思ったけどね…」
スフェーンはそこで軽くため息を漏らす。
するとその報告書を読んでいたルシエルが呟く。
『あっ、軍警上層部が指示を出したことになっていますね』
「え?自費じゃないの」
『自費だったら報告書を書く必要ないでしょう?』
「あぁそうか…」
スフェーンはそこで少し頷くとルシエルはその報告書をスフェーンにも見せた。
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