下馬温泉で朝のビュッフェを頂いた後、スフェーンは着替えてムートンジャケットに黒セーターにスキニージーンズと、メイコーの時と同じ格好で街に出る。
「…」
坂の多い温泉街は道も細く、一部はバイクですら通過出来ない場所が存在している。
「坂が急ですね…」
そう言いながら登るルシエルは呟く。
『そりゃあ山間に作られた温泉街だもの』
「やはり昨晩は特段寒かったんですね」
そう言い雪が溶けて雪解け水が流れる排水溝を見る。
『あっ、でっけぇつららだ』
「折っちゃダメですよ」
ルシエルがそう言うと、スフェーンは少し不満そうになりながらもルシエルに体を預けていたのでそれ以上なにも言う事なくネットを見る。
『この先の神社行ったら何しようか?』
「お土産を見るなどは如何でしょうか?」
『そうだね〜、お土産は何があるんだろ』
スフェーンはそこで温泉街の土産物を探す間、ルシエルは坂を登ってそこで見る景色に呆然と眺める。
「はぁ…」
寒いのでマフラー巻いて手袋をはめ、髪は後ろで縛っていた。
吐く息は白く染まり、この地域の寒さがしみじみと伝わる。
坂を登った先で赤い鳥居と石階段のある神社の入り口を見つける。
ルシエルはそこで鳥居の前で一礼して端を歩く。
そして境内に入ると、そこでは観光客が疎に参拝やお守りの購入、おみくじなどを引いていた。
ルシエルもその例に漏れず参拝の列に並び、グローブを機器に触れて賽銭を入れ、二礼二拍手一礼を済ませる。
「…」
そこでルシエルは安泰を願い、次にスフェーンに聞く。
「お守りは購入しますか?」
『おっ、良いねぇ買おうか』
そこで彼女は神社で御守りを購入すると、そのまま境内を後にする。
「ここで祀られている神は何なのでしょうかね」
『まぁ所詮は大災害より昔からいる神様だからね〜』
八百万の神が居るとされるこの宗教は、当然自分達の間にも細やかに受け継がれている根強い文化だ。少々宗教味を感じる緑化連合も根底にはこの考えがあった。
「この後はどうしますか?」
『うーん、普通に観光で別のお土産でも探そうか〜』
「分かりました」
そこでルシエルはスフェーンと体を入れ替えると、そこでそのまま坂を下る。
「ここはバイクの乗り入れがダメなんだよね〜」
そう言い歩行者専用の標識を眺める。こう言う標識や言語がトラオム全体で統一されているのは、大災害以前にこの星を統括していた統治機構のおかげだなと思いながら坂を降りていると、
ツルッ「あらっ!?」
凍っていた地面で足を滑らすと、そのまま盛大に尻餅をついた。
「いっっったぁ〜!!」
派手に転けたのを見ていた数人が近づいて話しかけて来た。
「大丈夫ですか?」
「あぁはい、大丈夫だと思います」
そう言って立って確認をすると、大きな怪我もなかった。
「大丈夫です。すみません」
そう言い軽く頭を下げるとそそくさとその場を退散していく。
『だから転倒注意と言いましたのに…』
「まさかあそこで滑るとは…」
少し顔を赤くしながら近くにあった和菓子屋にはいる。
「緑茶セットを一つ」
「畏まりました」
注文を受け、給仕がその場を去ると待っている間スフェーンはルシエルと話す。
「でもやっぱり捕まるのね…」
『そりゃあ犯罪は犯罪ですからね』
それはブルーナイトがレッドサン殺害の容疑で逮捕された話であった。
「報告書だとマジでタルタロス鉱山に潜ったらしいね」
『えぇ、その先であの場所に到着して貴方の乗機を見つけたようですね』
タルタロス鉱山崩落事故の調査を行った報告書にはそのように記載されていた。
「詳しく書いてある…」
『少し危険かもしれませんね』
ルシエルの懸念はレッドサンの遺体は確認されなかったと記してある報告書の内容だった。
「大丈夫でしょ、一応あの手紙もあるし」
そう言いスフェーンはブルーナイトに授けたあの手紙を思い返す。あの手紙さえあれば確実にレッドサンは崩落事故後に生きていた証となる。
あの工事現場に続く場所も崩落してしまっているのでそこからこの体を関連付けることは難しいだろう。
『しかしブルーナイトは殺人の容疑で逮捕されました』
「そうね、どうして殺人にしたのかしらね」
スフェーンはそこでルシエルの疑問に頷く。この報告書ではもって業務上過失致死が関の山である。
アイリーン社のPMCとならば状況証拠的に殺人罪でもいけるのかもしれないが、ブルーナイトでは少し疑問が残る。
『ロート・フォッカーの貫通痕から推察した可能性は…』
「ロトだったらあり得るわね」
少なくとも私情を仕事に持ち込むことはあっても、捜査に私情を持ち込むことはない彼だからこそ言える話だ。
「良くやるよ、慣れてないでしょこんな仕事」
『探索チームは洞窟探査のプロを集めていたようですね』
そう言い二人はロト達が上げた報告書を読む。
「元々上じゃあアイリーンに警戒していたのか?」
『かもしれませんね…あっ、見つけました』
するとルシエルはある軍警の情報を見つけた。
『軍警上層部は、アイリーン社がレッドサンに執着していることは既に把握していたようですね』
「…」
すると給仕が小さな盆を持って上に乗せられた緑茶とあんころ餅のセットを持ってくる。
「お待たせしました。緑茶セットです」
テーブルに置かれ、スフェーンはあんころ餅を黒文字で切って一口。
こし餡のサラサラとした食感に餡子の特有の甘さと小豆の味が口の中に広がり、その奥から固めの餅の弾力が現れる。
「ズズッ」
そして緑茶の入った茶碗を傾けると、苦味のある緑茶の味が口の中に残った餡子と甘味を流していく。
『間食ですか?』
「あとでお昼食べるもん」
そう言い二つ置かれた素朴なお茶セットを楽しむ。
ここに来てまだ二日目だと言うのに死ぬほど食っているのは気のせいではない。そこに料理があるのがいけない。
『食べすぎには注意してくださいよ』
「大丈夫大丈夫、食っても太らんし」
『それは世の中の半数の人間の反感を買う言葉ですよ』
ルシエルはスフェーンに軽く注意を促すと、彼女は穏やかな表情で茶碗を傾けてあんころ餅ともに楽しんでいる。
「あぁ〜、赤福氷食いてぇ〜」
『昨日吹雪いていましたよ?!』
唐突に呟いた一言にルシエルは若干驚くも、食べたい物を優先して食べる彼女に慣れていたのでどうせすぐに終わるだろうと思っていた。
「…ここの雪って食えるのかな?」
『絶っ対に、やめてくださいね?』
「じょ、冗談だよ〜」
ルシエルに若干驚きながらスフェーンは言うと、休憩を終えてそのまま旅館に戻る。
「雪だいぶ溶けたね〜」
駐輪場に停めたバイクに跨ってスフェーンは言うと、エンジンをかけて旅館を離れる。
『元々寒かったのは前日限定のようですからね』
常に寒くて雪の残る場所と言っても昨日の氷点下十度超えは季節外れだと言う。
「でもバイクだとサミィよ」
そう言いヘルメットでルート案内をされるスフェーンは言う。
山間部を抜け、少し寒いのでスフェーンはある手段を使う。
「はい、駐輪証明書ね」
「ありがとございます」
少々言葉が抜けながらバイクを引いて駅に入る彼女。ホームには三両編成の電車が止まっており、中にスフェーンはバイクを入れる。
ルール上、エンジンを切って切符を購入していればバイクも電車に持ち込むことができた。
『間も無く〜、下馬駅行き上り列車が発車いたします』
バイクのそばで端末を操作しながら待っていると放送が鳴ってベルが鳴る。
『ドア閉まります。駆け込み乗車はおやめください』
駅員のアナウンスが鳴ると電車の扉が閉まり、山間の線路をゆっくりと降っていくために走り出す。
キンッ
移動中、スフェーンは煙草を取り出す。
車内は喫煙OKなのでスフェーンは煙草に火をつけて遠慮なく吸っている。
車内では他にも数人が紫煙を昇らせていた。
「ふぅ…」
自転車は数台持ち込まれているが、バイクは流石にいなかった。
だってサミィもん。おまけにどうせ道路凍ってるし。
『昨日は走ってましたよね?』
「ありゃヤケクソ」
スフェーンはルシエルにそう返すと、列車は線路を降って本線に繋がる麓の下馬駅に向かう。
「今日は事故りたくないもん」
『夜の吹雪いている中を走る方がよっぽど事故りやすいと思うのですが?』
「ああ言えばこう言うんじゃ無いの」
スフェーンはルシエルにそう言うと、列車は途中の駅で停車する。
「ふぅ…」
煙草を吹き、そこでスフェーンは唐突に呟く。
「私ぁ、ギルドに置いた銅像は一生恨むわよ」
『あぁ、あの悪趣味銅像ですか』
そう言いルシエルは傭兵ギルド本部に置かれたレッドサンの銅像を思い返す。
『今や貴方は傭兵ギルド創設の立役者ですからね』
「ひっでぇ話だよ。誰が勝手に立役者にしよったかね」
そう言いスフェーンは片付けた自分の遺産が正しく使われた様子に少し安堵する。
『まるで貴方を表舞台に引き摺り出したような雰囲気ですね』
「誰の仕業だかね…」
スフェーンはそう呟くと、窓の外の景色を眺めていた。
その日、軍警察に次のような指令が出される。
『現在の企業連合と緑化連合への対立は日に日に激化しつつあり。
今後の情勢を鑑み、現在企業連合と緑化連合に展開する軍警察治安維持組織は、部隊再編の為一時的に当該都市より部隊撤収を開始せよ。
部隊再編当該都市は以下の通りである』
エーテル・ボンバにより一個艦隊が壊滅的被害を受けた、後に『悲劇の三分』と呼ばれる事件から急速に世界は不穏な空気に一気に変わっていく。
この指令は緑化連合と企業連合に所属する都市に駐屯する軍警察部隊を一時的に撤収させる命令であった。
表向きは部隊再編を謳っているが、この行動に誰もが緑化連合と企業連合の争いに軍警察は一切関与するつもりはないと言う意思表示であると捉えていた。
被害を受けた第二四打撃艦隊は艦隊の六割が損傷をしており、代替として新たに臨時で一個艦隊が創設され、ノーチラス海の海上治安維持に空いた穴を埋めている。
意外と思われたのは、これほどの被害を受けていながら軍警察はエーテル・ボンバを開発したアイリーンに対し強制捜査を実行しなかったことにあった。
すでにエーテル・ボンバの存在は世間の知るところでもあり、軍警一個艦隊が壊滅的被害を受けた事は、知る者であれば誰もが知っていた。
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