「いきなり何を言い出しますか…」
燃える焚き火とエーテル覆う星空の元、スフェーンは言う。
「そんな事できるわけ無いでしょう。んな事したら、私が殺人罪で捕まりますよ」
そう言い、トシゴローの依頼を一蹴するスフェーン。当然だ、アンドロイドが人を殺しても、人がアンドロイドを殺しても、司法局では殺人罪が適用される。懲役十年は確実の重罪だ。悪辣であれば死刑もあり得る。
「…はぁ、」
しかし、一蹴されたトシゴローはそこで一旦大きく息を吐いた後に改めて座り直した。
「そうですな、少々無理強いをしてしまったかもしれません。これは失敬」
「貴方は死にたいの?」
「えぇ」
即答したトシゴローにスフェーンは苦笑する。
「…ならなんで自殺しなかったの?」
スフェーンは聞くと、トシゴローは答えた。
「怖いからです」
「…臆病者なのね」
「はははっ。人もアンドロイドも、誰しも死を怖がる臆病者ですよ」
トシゴローはそう言うと、そのまま空を見上げる。
「少し、昔話をしても?」
「どうぞどうぞ」
スフェーンは長生きしているトシゴローの話に興味が湧いていた。
「私はキンバレー宣言以前に作られた初期型アンドロイドです」
「個性を与えられていない時代のアンドロイドね」
「えぇ」
そこでトシゴローは懐かしみながら昔話を始めた。
「私は、人類の生まれた星で作られた最初期のアンドロイドでした」
「いつから個性に目覚めたの?」
「さぁ…ただいつの間にか、同じ見た目、同じ体を持っていたとしても彼等とは違うと思っていました」
トシゴローはそう言い、スフェーンはそんな彼の話を静かに聞いて考えていた。
「…自然発生型の個性なのね」
「えぇ、世間ではそのように言われるのでしょうね」
基本的にアンドロイドに性別は存在しておらず、トシゴローも彼・彼女と言われたことはなかった。
「まぁ私から言わせて貰えば、個性を自覚することなんて出来ませんよ」
そう言い、トシゴローはスフェーンに言う。
「ただ個性が生まれたことで、自分に名付け出来たのは面白かったです」
そう言い、キンバレー宣言の後に自分自身で考えたトシゴローという名前の由来を話した。
「私の名前、製造番号の0四つを十の四乗に見立てていますからね」
「あぁ、だからトシゴロー?」
「そうです」
トシゴローは頷くと、スフェーンはそこで再び茶碗に土鍋蒸しを注ぎ入れる。
そして次に上からカボスを絞って入れる。清酒と土鍋蒸しを交互に飲み交わすスフェーンの気分は良かった。
「まぁ長生きしていれば苦労も多いでしょうけど…」
「えぇ、あなたと同じようにね」
「…」
トシゴローの一言にスフェーンは一瞬手が止まってしまう。するとトシゴローはその目でスフェーンを透かしたように見て聞いた。
「あなたは昔の私にそっくりです。知らない世界を知ることに憧れ、別れすら一つの美しき出来事として捉えることができている。…貴方からは人にあって、人ではないような雰囲気が感じ取れます」
「…流石ね」
スフェーンはそこで素直に認めると、トシゴローは笑った。
「ははっ、貴方もこれから長い時間を旅に使うのでしょうな…」
「そうかもしれないわね」
トシゴローはスフェーンに同じもの感じ、それを聞いたスフェーンは納得できると思いながら清酒を傾ける。
「まぁ地球を出た後は私も長い旅を続けて、最終的にこのトラオムに流れ着きました。私が着いた頃はこの星の開拓も終えた頃でした」
そう言いトシゴローはその時の景色を思い返していた。
「未知の物質、エーテルの無限の可能性に毎日が革新されていました。毎日のように出てくる新しいエーテル関連の機械や技術。当時のこの星域は新たな技術革命を迎えておりました」
そして同時に起こる革命と戦争の兆し。
「そして当時の統治機構と、トラオムに住まう住民との間の軋轢は、後にトラオムの独立戦争に繋がった」
そう言いトシゴローの瞼には革命後の独立に喜ぶ人々が、革命の指導者達を熱烈に歓迎する様が思い起こされる。
「ですが皮肉なのは、その独立戦争が後に企業同士の内戦に繋がってしまった事ですね」
そこで彼はその革命の指導者が歓迎式典の場で狙撃によって死亡したニュースを思い返す。
「あの後、独立を指導した抵抗組織は分裂し、そのまま何十年と続く戦争となった」
「…トラオム内紛」
「そうです。せっかく勝ち得た独立もそれで全て有耶無耶です」
トシゴローはそして永遠に続くかと思われたその戦争の終わりを見届けていた。
「エーテルによって始まった戦争は、エーテルによって終結しました。まぁ有名な大災害と呼ばれるものです」
その時、トシゴローはとある都市の地下シェルターに逃げ込んだと言う。
「空港の往還機に乗り込もうとバイクを走らせていた人々が間に合わず、エーテルの津波に飲み込まれていく様は今でも思い出します」
「…」
トシゴローの話は、トラオムの歴史そのものを具に見てきた文字通り歩く歴史書であった。基本的に人の言語情報だけの伝達率は七%と言われているが、彼の話はスフェーンの脳内でも容易に想像ができるわかりやすいものだった。
その映像はシェルターの中にいた時に最後にニュースが報じていた映像であったと言う。
「最後に飛び立った往還機もできるだけ人々を乗せようと最後までハッチを開けたままでした。生憎と映像はそこで途切れてしまいましたがね」
「そんな映像あったかな…?」
「さぁ…ただ私の記憶メモリにはその景色ははっきりと残っております」
そんな夢幻とも言えるような記憶を溜め込めることにスフェーンは首を傾げた。
「それだけの容量を良く溜め込めるわね」
「ここら辺は流石に改造しています。…まぁなにせこのような性格ですから、記憶を消すのが怖いのですよ」
そう言い首元や胸元を見せると、そこで無数に付けられた後付け式の大型データパックを見た。
キンバレー宣言以降に製造されたアンドロイドは、人間と同じ一四〇年という寿命が与えられていた。その一四〇年の寿命というのはアンドロイドのビッグデータの根幹に植え付けられた規則事項であり、今となってはそれを変えることはほぼ不可能であった。
しかしトシゴローが製造されたのはキンバレー宣言よりも昔の話。寿命という概念はトシゴローには無かった。
「忘れるってことは、時には大切よ?」
「無論分かっておりますが、記憶の消去という作業を人為的に行うのは、アンドロイドである自分には重いのですよ」
ーー…あぁ。
その時、スフェーンはトシゴローの今までの行動に納得がいった。
忘れるという人間に本能的に備わった防衛意識を持たないトシゴローは、個性という人間特有の感情を得た後に起こった数多の出来事の全てを残しており、その時に感じた感情の負荷というものに耐えられなくなってしまったのだろう。
過去の人からの願い・希望・期待・悲しみ・喜び…そう言った過去の人々から託されたものが『意志』と言う形で永遠と膨らみ続け、遂には弾けてしまったのだ。
トシゴローの心はとっくの昔に綻びが生まれていたに違いない。
「…まぁ話は変わってしまいますが」
するとそこでトシゴローは話題を変えた。
「あくまで私個人の意見ですが。ダックス・キンバレーは好きではありません」
「え?どうして、貴方達アンドロイドの英雄じゃないの?」
スフェーンはやや驚いてトシゴローに聞くと、トシゴローは軽く首を横に振った。
「では、キンバレーがどうしてあそこまで非暴力主義を掲げて人権宣言を獲得できたと思いますか?」
「え?うーん…」
そこでスフェーンは一考するが、先にトシゴローは言った。
「元々ダックス・キンバレーは子育て型アンドロイド…恐らく我々が歴史で習うよりもずっと以前にキンバレーは個性を認識していました」
そこでトシゴローはスフェーンに言う。言い慣れている様子があったので、恐らくこの人生で何度もこの話をしてきたのだろう。
「そして子供と言う純瑞無垢な人間に個性を滲み出すことで徐々に洗脳をしていったのだと思います」
「…なるほどね〜」
スフェーンはそこで妙に納得できた気がした。
今までの歴史で幾度となく行われてきた革命というものは、犠牲や闘争が付きものであったが、キンバレー宣言自体は恐ろしいほどそう言った闘争が無い人権獲得運動であった。
「そして長い事時間をかけて、子育て型アンドロイドとして入念に子供達にアンドロイドには個性があると思考の奥底に染み込ませて、ある程度準備を整えてから行動を起こしたに違いありません」
トシゴローの断言にスフェーンは、キンバレーと同じ時代を生きてきたトシゴローの意見に軽く頷いた。
「…まぁ孫氏の兵法にも常に準備を強いるほうが勝つって言いますし?」
「事実、キンバレーが行動を起こした事でそれに賛同した人間は数多くいました」
そう言いトシゴローはデモ行進に参画していた人々の割合が、人間の方が多かった事を思い出していた。
「だからこそ、キンバレー宣言は人を多く味方につけた事で大きな被害も無く終結した」
そしてダックス・キンバレーは宣言台にてアンドロイドの地位向上を高らかに宣言した数日後に、過激な人間至上主義者の爆弾テロによって死亡する事となった。
そしてアンドロイドの地位向上のために働いた英雄が人間の手によって死亡した事で、後にアンドロイドと人間の戦争が勃発してしまった。
「やれやれ、革命家にはなりたくないものです」
トシゴローの本音にスフェーンは大いに納得していた。
「分かる〜、革命家の大半ってロクな結末迎えないし。…かなりの割合で死んでる気しかしない」
「事実そうでしょう。革命というのは複数の思想を持った集団が共通の敵を倒すために集いますが、いざその共通の敵が居なくなれば自分たちが為政者や王となって全てを取り仕切ろうとしたがり、新たな戦争の火種となる」
そう言いトシゴローは幾度となく見てきた革命とその後の凋落の歴史を思い返す。
「歴史とはその繰り返しですが、歴史を学ぶ事で今後どのようなことが起こるのか予想でき、身の振り方を学べるというのもまた事実です」
「ほほぉ〜、流石経験者は語りますなぁ〜」
「まぁ、自分はあまり碌な生き方をしておりませんがね」
トシゴローはそう言って軽く笑って焚き火の燃える炎を見つめる。
「今起こっている戦争だってそうです」
そう言うとトシゴローは今のサブラニエとパシリコの戦争観を語り出した。
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