(できれば高床式の客車)
「記憶を…ですか」
トシゴローはスフェーンの提案に少し考える。するとスフェーンは言う。
「ぶっちゃけると、これをやったら多分トシゴローさんの人格は消滅する事になる」
「…確証が持てますか?」
「えぇ、貴方の『記憶』のみが私の中で『記録』として残るわね」
そこでスフェーンはルシエルと話して計算した結果をトシゴローに伝える。
そしてトシゴローの無限とも言える蓄積された容量を前にルシエルは言う。
『とは言え、トシゴロー氏の保有する記憶を処理するためにスフェーンは一時的に活動を停止することになります。再度起動した場合に違和感がある可能性もあります』
「(そんときゃそん時、トシゴローの記憶を消して修正すれば良い)」
スフェーンの相変わらずな対応にルシエルは軽くため息を漏らす。
「それは…人格の融合と言うことですか?」
「まぁ一般的にはそうなるね」
「…」
トシゴローはそこで考える仕草を取る。
「無論、ブレインコピーで貴方が死亡する可能性が高い」
「…もし死ななかった場合は?」
トシゴローは聞くと、スフェーンは腰から下げた一丁の
何せキンバレー宣言以前のアンドロイドはこの時代にはほぼ存在しておらず、何もかもがいまの時代のアンドロイドとは違った。
「そしたら貴方を撃ってあげる」
「…証拠が残りませんか?」
「うーん…正直それも考えたんだけどね」
そこでスフェーンは運輸ギルドの指名依頼システムの穴を見つけていた。
「基本的に依頼って、先に前金入れてそれが丸々報酬になるわけじゃん」
「えぇそうですね」
トシゴローは当たり前のシステムに頷く。指名依頼は依頼料を必要な金額分先に全額入れておく必要があり、その依頼料を見て指名依頼された側の人間が取捨選択を行う。
「だから向こうに到着した瞬間に依頼料は振り込まれる訳」
「…あぁ、」
そこで勘の良い経験豊富なトシゴローは納得した。
「私は機械部品として輸送依頼を出しましたね」
「そうそう」
察しが良いとスフェーンは思うと、その穴を突いた話をする。
「アンドロイドである依頼主の貴方は、指名依頼の受取人も貴方。だけど荷物はコンテナのような大きなものでもなく、貴方自身が動くから取りに来る人もいない」
「つまり、私が目的地に到着したと言う情報さえあれば…」
「貴方の死は隠される」
スフェーンの提案にトシゴローは納得した。
「…なるほど」
全てを理解したトシゴローはそれを思い付いたスフェーンに感嘆の声を漏らした。
「賢いですね」
「まぁ完全な現行システムの悪用だからバレたらまずいんだけど…」
そう言い、スフェーンはその為にトシゴローと言う存在自体が無かった事にしなければならない。
「そして今、世界的に戦争が起こって世間は混乱している」
「…軍警察もそこまで手が回らない…か」
世界中で都市間戦争が勃発し、増加一方の野盗の襲撃、エーテル・ボンバによる大規模な損耗。今の軍警察は世界的に混乱していた。
「証拠を隠すにはまたとないチャンスでしょう?」
彼女の悪魔的とも言える提案にトシゴローは唖然となった。
スフェーンはそこで常につけていたサングラスを取ると、その下から虹と灰の双眸を向ける。
元々彼女の顔は整っていると思っていたが、これでは色々と苦労したと容易に想像できる顔立ちをしていた。
「どうする?乗って見る?」
「…」
トシゴローはそこで試行する。自分の計算能力は現行アンドロイドとは比べ物にならないほど弱小であるが、それでも記憶を複製した時の自我の消滅の可能性を見た。
「…やりましょう」
そしてトシゴローは決断すると、スフェーンは薄く笑みを浮かべて立ち上がった。
「じゃあ、早速準備にかかりましょっ」
その時の彼女はどこか嬉しげであった。
その後、トシゴローとスフェーンは背中合わせに座り込むと、二人の首が二本のケーブルで接続された。
「行けますか?」
「ちっと待って〜」
そこでトシゴローが聞くと、スフェーンは瞳に僅かに無数の数列を並べながら答える。
中に居るルシエルと共同でトシゴローの太古のOSと接続していた。
『これほど古いOSとは…』
「(ずっとアップデートして来なかったってことでしょう?)」
『それこそ、寿命を設定したOSも含めて…』
ルシエルはそう言うと、スフェーンはトシゴローの性格を想像していた。
「(よっぽと死が怖かったみたいね)」
『でなければ、態々データパックを追加装備して永遠と生きていませんよ』
ルシエルはそう言うと作業を終える。
「行けますよ」
「分かりました」
準備を整え、スフェーンが言うと直後に彼女は意識が沈んでいく感覚に陥った。
それは深い海中を漂っているようだった。
トシゴローが今まで貯めてきた、忘れられなかった記憶。
「…」
スフェーンはどこを見ても深い青色の空間の中で多様な景色を眺める。
ーー地球で生産された当時の工場で永遠とパーツを組む流れ作業の記憶。
ーーキンバレー宣言によってアンドロイドに与えられた、キンバレーやその他個性を持つアンドロイドを種とした個性を植えられた他のアンドロイドを横目に勤めていた工場を退職する記憶。
ーーアンドロイドだからと人から石を投げられて逃げる記憶。
ーー職を転々とし、最後に自分の体のパーツの製造が停止した時の記憶。
ーー同じアンドロイドで喧嘩となって相手の顔を潰してしまった時の記憶。
ーー宇宙船に搭乗し、新天地を目指す時の記憶。
ーー移住先の星で詐欺にあって奴隷のような開拓事業に従事した記憶
ーーそして開拓期のトラオムに辿り着き、独立闘争に巻き込まれていく記憶。
ーー勤めていた会社の同僚が目の前で事故死する時の記憶。
ーー独立闘争後のトラオム内紛で、勤めていた工場が爆撃を受けて職を失った時の記憶。
ーー大災害の話を聞いて慌てて用意されていた地下シェルターに逃げ込む記憶。
ーー不安になりながらも、明日に希望を託してシェルター生活を続けている記憶。
ーー大災害を乗り越えて、再び大地を見た時に、その荒れ具合と荒廃ぶりに絶望し、自殺をしていた人々を遠くから眺めた記憶。
ーー大災害で残された都市に集った人々が汗水を流して、時に笑い合いながら馬鹿話をする記憶。
ーー指名依頼を出して、その少女に記憶のコピーを提案される記憶。
トシゴローと言う一機のアンドロイドが培った数多の経験をスフェーンは眺めていた。
数百年単位の膨大な時間は、記録となって遊弋するスフェーンに取り込まれていく。
そこに感情はないが、トシゴローの目には興奮や未知に溢れた世界への希望があった。
「スフェーン」
すると直後にスフェーンは呼ばれると、そこは無色界だった。
相変わらずの空模様に、足元に広がる無限の臨界エーテル。全てが一つになる空間でルシエルが横で座って話しかけてきた。
「…無事で何よりです」
「長い夢を見ていた気分だよ」
スフェーンはそう言うと、体を起こして軽く頭を掻く。
「どのくらい寝てた?」
『予想より短く、二十分ほどです』
ルシエルは答えると、そこで軽く息を吐く。
「意外とうまくいくものね」
「正直、人格の統合というよりも人格の吸収に近い処理でした。これでトシゴロー氏の記憶は完全にコピーされました」
「おけ」
スフェーンはそこで頷くと、自分の演算能力をルシエルに渡した事で見たあの景色を思い返す。
「…走馬灯って、あんな感じなのかな?」
「さぁ?スフェーンが見た景色の内容は気になりますが、その前に一度トシゴロー氏と顔を合わせるべきでしょう」
「そう…」
そこで立つと、スフェーンは一瞬ふらついてしまった。
「代わりに行いましょうか?」
「…ごめん、ちょっと頼んだ」
スフェーンはそこで再び横になると、ルシエルは軽く頷いた。
「…」
「…」
ケーブルを繋いでいたトシゴローとルシエルはそこで同時に言う。
「「やはり死にませんか(死なないか)」」
キンバレー宣言以前のOSを使い続けているトシゴローはブレインコピーでも死なない自分に苦笑し、そこで無限とも言えた記憶を処理したルシエルは言った。
「すみません…」
「あぁ良いよ良いよ。何となく予想できたし」
そう言いスフェーンに化けたルシエルだったが、ケーブルを抜いて振り返ったトシゴローは若干驚いた。
「貴方は…?」
トシゴローは左右の瞳の色が変わったルシエルを前に察したように頷いた。そしてトシゴローの反応を見てルシエルは少々申し訳なさげに言う。
「申し訳ありません。スフェーンは休ませています」
「…ふふっ。いやぁ、お美しい方に看取られるのであれば十分ですよ」
そう言い、トシゴローはスフェーンという存在にさらに疑問が浮かんだが、そもそも彼女は人なのかどうかも怪しい存在。深く考えるだけ無駄であると思った。
「良く怖がりませんでしたね」
「そもそもエーテルという存在自体、私の知る科学の領域を越えたナニカです。どのようなことが起こっても不思議では無いでしょう」
トシゴローはそう話すと、大岩に背を預けて座り込む。
反対では焚き火を背にルシエルは拳銃を取り出して銃弾を取り出した。
「残念ながら、貴方のご遺体はこちらの方で処理させて頂きます」
「えぇ、お好きなようにお使いください」
トシゴローはそう言い、目の前で銃弾の確認を終えて弾倉を戻すルシエルを見る。
「…貴方のお名前は?」
「ルシエルと申します」
「そうか…」
そう答えると、トシゴローはルシエルを見ながら言う。
「ありがとう…」
それがどのような意味なのか、ルシエルは理解できたと思う。
そして銃口を向けたルシエルは引き金を引いた。
ッ!
一発目の銃声はトシゴローの後付け記憶回路と中の基盤を破壊した。
ソフトポイント弾の弾芯の鉛が中で変形して裂け、基盤を引き裂く。
ッ!ッ!
そして次々とデータパックを破壊し、トシゴローは銃声と共に心身が軽くなっていく。
ッ!ッ!
その時、トシゴローの視界に赤い警告文と警報音が響く。外的損傷になる致命的な機械の損傷を示している。
ッ!ッ!
首や肩に後付けされていたデータパックと予備の基盤は全て破壊された。そしてルシエルは少し角度を上げ、
ッ!
弾倉に込められた最後の一発を彼の頭に向けた。
至近距離で放たれたソフトポイント弾はカメラと電光掲示板を突き破り、中で鉛が裂ける。
そして花のように裂けた銃弾はトシゴローの頭部にあるメイン基盤に穴を開ける。
「っ…」
一瞬で全ての視界が暗くなったトシゴローはそのままスフェーンの列車で満タンにしていたバッテリーの電気の奔流が走り、沈黙を貫いた。
最後に彼が耳にしたのは、焚き火の薪の弾ける音と
「…長い間、お疲れ様でした」
少女の優しさに溢れた、果実の様に甘美で透明な声だった。
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