クーデターが発生した岩前において経済活動が再開したのは二日ほど経過した頃。
今回の事件に際し、軍警察は穏便な対応を求めており。市街地での戦闘はひとまず回避された。
わずか一日で展開を終えた軍警察の部隊は、岩前において拘束された二人の大将の解放を要求し、同時に彼らには空中艦と陸上艦と言う強い手札がある事も警戒させていた。
「奇妙な空気感な事で…」
スフェーンは道路に停車するオートマトンや歩兵戦闘車を見ながら呟く。
鉄道運行が再開し、経済活動が再開した事で一部の市民…特に難民を中心とした人々は駅に殺到して脱出を図っており、業務を再開した運輸ギルドは滞っていた物資の取引を大量に運び屋に発注していた。
『戒厳令はまだ布告されていますが、囲んでいる軍警察との交渉は平行線を辿っているようですね』
ルシエルもそこで収集した情報を参考にスフェーンに言う。
基地と議事堂、報道機関を中心に占拠した反乱部隊は岩前の高速道路にも部隊を展開していた。
「平行線?すぐに突入しないの」
スフェーンはそこでクーデターが起こった際の軍警の動向にやや驚いた。
クーデターが発生した際、軍警はアドバルーンやビラ配りなどで帰隊しない場合は実力を持って攻勢に入るのが常套手段であった。
『えぇ、今回は部隊展開はあれど、人質事件用の交渉係が用意されて基地の反乱部隊と交信をしている様子ですね』
説得のプロを呼んだ時点で、既に事件は長期化すると言う事を内外に知らせていた。
「何で交渉係なんか?」
『さぁ?私には何とも…少なくとも一般に出ている情報では、これ以上の収集は無理ですね』
ルシエルはネットの海を見ながら言うと、スフェーンも少し考える。
「うーん…だからと言って軍警のサーバーにこれ以上入るのもねぇ」
スーパーに入り、そこで品薄状態の店内を散策しながらスフェーンは言う。
『しかし掲示板ではすでに、岩前に滞在していた難民が殺到したと言う話が出ていますね』
「ホーン…戦闘になったら敵わないし、住んでる住民と違って固定資産も持っていないからなのかねぇ」
そしてスーパーのレジにてカゴに入れた野菜を購入する。
「ありゃっした〜」
会計を済ませ、店を出ると次に外のたばこ自販機にていつものラキストを購入すると、一本取り出して火を付けて座り込む。
「ふぅ…」
目の前には乗ってきた赤いサイドカーが停車し、買い物の品を載せていた。
「しかし何もなかったわね」
『えぇ、スーパーの中身はトイレットペーパーも含めて全然ありませんでしたね』
空っぽの棚ばかりだったスーパーを前に少し気分も暗くなったスフェーンは縁石に座り込んで吸っていると、
「ちょっと、君々」
「?」
声をかけられ、見上げるとそこでは一人の治安官がスフェーンに話しかけていた。
「駄目だよ〜、子供がタバコなんか吸っちゃあ」
「…」
その右腕には緑色の腕章を付けており、反乱部隊の治安官であることは一目瞭然だった。
「大丈夫ですよ」
「全然大丈夫じゃないんだって。俺が青切符切らなきゃいけなくなるんだからさ」
呆れた表情で彼はスフェーンに言うと、彼女は慣れた様子で頭を指さす。
「なら測ってくださいよ。これでも適正年齢なんですから」
「…はいはい」
やや呆れた様子で彼は腰に下げていた読み取り機を手に取ると、スフェーンの頭を読み取った。
「…十八か」
そして年齢を確認すると、その治安官はやや驚きながらスフェーンを見ていた。
「すまなかった」
そして彼はすぐに謝罪を入れた。
「ふぅ…」
適正年齢であることを理解すると、その治安官はスフェーンの横に座り込んだ。
「警備中じゃないんですか?」
「ちょっとくらい俺も休憩したいのさ」
彼はそう答えると、スフェーンに聞いた。
「すまんが、一本分けてくれないか?」
「…はぁ」
煙草を要求した彼にスフェーンは軽くため息を漏らしながら箱から一本出した状態で差し出す。
「治安官様に言われちゃあ、後が恐ろしいですからね。どうぞ」
「はははっ、威嚇して抑止力となるのも治安官の仕事の一つさ。ありがとう」
彼はそう返すと、安物ライターに点火して火をつけた。
「ふぅ〜」
そして二人はスーパーの前で紫煙を昇らせる。
「悪いね。お嬢ちゃん」
「いえいえ」
治安官とスフェーンは座り込んで煙草を吸う。
「君、学校は?」
「戒厳令敷かれても学校ってやっているんですか?」
スフェーンは思わずやや驚いた表情を浮かべてしまう。
「その反応ってことは…君は外から来た人間なのか…」
「あぁ、ちなみに言っておきますと。難民ではなく、運び屋を生業にしています」
スフェーンは言うと、その治安官は感心した様子でスフェーンと話す。
「運び屋か。親御さんと一緒にかい?」
「あぁいえ。元々は孤児ですよ」
「あぁ…」
今時は珍しくない話だ。世界中で立て続けに起こる戦争で、元よりスラム街には大量の貧民層の人間がいたが。そこに今は戦災孤児が加わっていた。
開戦直後の『始まりの火』により、大勢の生存者が雑多に救援列車に乗り込んで脱出。そこでバラバラになってしまった子供達も大勢おり、軍警察に一旦保護された孤児達は、インプラントチップによる照会を行った後に生存していた親族に通達を行った上で軍警が中央政府の要請に応える形で移送を行っていた。
「悪いな…」
「いえいえ、特段今は気にしていませんよ」
スフェーンはそこで治安官に軽く手を振って言うと、彼はそんなスフェーンに感心した表情だった。
「すごいな。俺も孤児だったけど、十八の時は…そんな逞しくなかったな…」
彼は言うと、スフェーンは聞いた。
「治安官さん。あなたの名前は?」
「俺?あぁ、第一〇一砲兵師団所属のマクシム・彰人軍曹だ。隊員番号は…」
「あ〜、そこまで言えるなら大丈夫です」
これほどスラスラと所属部隊が出てくる辺り、ちゃんと本物の治安官であることを確認したスフェーンはそこで聞いた。
「でも何で治安官が一人で?それも反乱部隊の」
「はははっ、ちょっと休憩に出ただけだ。これを吸い終えたら戻るさ」
言ってマクシムはため息を吐く。
「しかし反乱部隊ねぇ…まぁ分かっちゃあいたが…」
すると目の前を軍警の
圧倒的な破壊力を有する55口径155mmリボルバー滑空砲を備えた巨大な戦車はゴムパッド付き履帯を回して轟音を立てていた。
「こうして見ると、改めて俺たちは反乱を起こしたんだな…」
「え?自覚なかったの?」
戦車の横に白一線が塗られた軍警察の戦車を見てマクシムの呟きにスフェーンはやや驚いた。
「まぁな、正直。俺はどうすればいいのか分からないままワイラー少尉について来たからな」
「ワイラー少尉?」
「あぁ、今回のクーデターの首謀者だ」
「…」
しれっととんでも無い人と近しい存在の治安官との会合にスフェーンはつくづく自分の運に呆れてしまう。
「少尉とは同じ砲兵隊所属でな…俺の部隊の中隊長だ」
そして徐にマクシムは言う。
「エーテル・ボンバの攻撃で、俺たちのいた中立都市は一面焼け野原になっちまった」
そこれ彼は煙草を一服吸って大きく息を吐き出す。
「俺の中隊は訓練中で街の郊外にいたから被害を免れたが、他の部隊は全部エーテルの虹色の光の奥に消えちまった…」
そこで彼は腕を軽く捲ると、そこで火傷痕を見せた。エーテル・ボンバの爆発の時の熱線で焼けてしまったという。
「治療しなかったの?」
「あぁ、この傷跡は俺たち決起部隊の思いを背負った戦傷さ」
マクシムは軽く笑みを浮かべてスフェーンに言う。
「そこから火傷を負った俺達は負傷兵として入院し、退院して復帰した時には…すでに俺たちの居た第一〇四砲兵師団は再編されて消えちまっていた」
「…」
するとマクシムはポケットの中から使い古された部隊章のワッペンを取り出す。部隊章には『104』の数字が縫われていた。
「俺たちの
「…」
彼はそこで懐かしみ、悲しみ、怒いを孕んだ瞳でゆっくりと目を閉じる。
「あの日から二年、俺たちは上層部が必ず報復をしてくれると願って待ち続けた」
そして彼はクーデターを起こすと叫んで秘密裏に仲間を集め、資金を調達していた仲間の姿を思い返す。
「だが、上がやった事といえば…北側と南側出身の兵士を一箇所に集めてリストラをした事くらいだ」
軍警内部で同じく『始まりの火』によって体の内外に怪我を負った兵士達を、休暇の日に秘密裏に集って襲撃地点や襲撃日時、作戦目標や作戦目的などを事細かく設定し、軍警の強硬派から資金提供を受けて装備を整えて、新たな傭兵団を設立して、運び屋に物資の運送をバラバラに依頼して…。
「それ以上の動きは、俺たちの情報網で知ることはできなかった」
そして昨日、今まで溜まっていた上層部への不満と願望の導火線に火を付けた。
「死傷者は最低限に抑える事を努力した。あとは俺たちの願いを聞いて、誰かが行動を起こしてくれれば…」
「誰かが…ねぇ」
スフェーンはそこで吸い殻を灰皿の中に入れて新しい一本を取り出すと、
キンッ!
いつもの高級ライターを使って火をつけた。
「でも、今の貴方達は囲まれているじゃない。かつての同僚達に」
「まぁな、こんな事をして無事に帰れるとは思っちゃあいないさ」
そこでマクシムは吸っていた煙草をフィルターギリギリまで上手に吸い終えると、それを灰皿に入れた。
「さて、俺もそろそろ戻ろうかな」
立ち上がって彼は言うと、
「マクシムさん」
そこでスフェーンはマクシムを見ると、
「おっと」
今吸っていた煙草の箱からもう一本煙草を出した。
「もうちょっと休んでいきませんか?」
「…」
スフェーンに提案され、一瞬固まったマクシムはそこで全てを見通されるような眼差しをサングラスの向こうから感じ取った。
「軍曹、実はハブられているんじゃ無いんですか?」
「…」
スフェーンに言われ、マクシムはしばらく立ち尽くした後に
「…ははっ、じゃあもう少し煙草休憩をさせて貰おうかな」
苦笑いを交えた表情でどこか安堵を浮かべながら少女の厚意に甘えて箱から二本目の煙草を抜き取った。
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