列車の脱線事故から数時間後。
「どうもすみません」
「なに、ここは元々地元の気動車しか走らん田舎路線さ」
幌々駅の駅舎でスフェーンはここの駅長の音松と言う初老の男に頭を下げていた。
「しかしお前さんも運が悪かったな。復旧は一週間後だと」
「ははは…まぁ、待つしかありませんよ」
低等級路線で事故を起こしたスフェーンの列車は一週間事故現場に留め置かれる事となった。
一週間後まで置き去りされるのは、まず近くの本線上でこの前車両四四両が絡んだ大事故が発生した事。そして自分の列車が事故った閉塞がちょうどその路線の複線区間だったからだろう。
「多分氷を噛んだんだろう。ここで事故る理由はそれ以外思い浮かばん」
音松は事故を起こした列車に近づいて言うと、横で立つスフェーンに聞く。
「お前さん、泊まるとこは?」
「幸い、キャビンがあるんでそこで寝泊まりしますよ」
すると音松が呼んだ幌々の住民が歩いて姿を現した。
「音さんや〜」
「おう、こっちだ」
そこで音松は声を出して住民を呼ぶと、
「悪いが、先に荷物だけ下ろすぞ」
「どうぞどうぞ。私はどうせここから動けないんでね」
そこで車もやって来てゾロゾロと住民が集まって脱線した列車の荷台に積まれた荷物を下ろしていく。
「しかし脱線したか」
「どうだ?」
そして先頭車に集まって台車を眺めて人々は話し合っていた。
「あぁ〜、傷は雪のおかげでついてねぇべ。ただぁ引っ張って戻すのは無理だな」
そこで氷を巻き込んで脱線した列車を前に彼らも難色を示す。
「やっぱり救援列車待ちですか…」
軽くため息を漏らしてスフェーンは自分の列車を見上げると、
「なぁに、たかが一週間。そんなもんあっちゅうまに終わっちまうべさ」
「そうだそうだ」
おばちゃん達は豪快に笑いながらスフェーンを見ていた。
するとリーチスタッカーがやって来て積載していたコンテナを外して下ろす。
「大丈夫か隼人?」
「あぁ、これくらい余裕さ」
聞かれた青年は頷くとリーチスタッカーを使って脱線した列車からコンテナを外す。
列車の重量を軽くして復旧の際に楽に行えるようにするものだが、今積載している物資の多くは幌々に届ける荷物ばかりで、コンテナの中身は街の問屋が注文した商品が入っていた。
「悪いね嬢ちゃん。こんな雪の中運んでもらったのに」
「いやぁ、私は運び屋ですからね。依頼を受けたらどこまでも運びますよ」
脱線した列車を前にスフェーンはそんな話をしていた。
「ほぉ〜、その若さで運び屋ってのはなぁ」
「おい隼人、お前もこの子見習ってちったぁ店を手伝ったらどうだい?」
「え〜、俺まだ高校通ってんだけど?」
先ほどリーチスタッカーを操縦していた青年が近づいて話しかけてくると、そこでスフェーンを見て思わず呟いた。
「わぁ、すっげえ美人さんだ」
「あらありがとう」
身長は大体一七〇前半、角も含めると二メートルはある身長を前に隼人は羨望の目を向けていた。
「はははっ、海人さんが倒れたらこんな別嬪さんがやってくるとはね」
「牡蠣に当たった海人さんが悔やまれるでなぁ」
どうやらいつもは別の…さっき言っていた気動車を運転している人がこの業務を担当していたのだろう。
「しばらくは不便をかけます」
「いやぁ、気にしちゃいねえよ」
「元々海人さんの気動車しか走らん場所だ。そう気にしてないべさ」
幌々の人々はそう言っていると、
「オメェさん、名前は?」
「え?あぁ、私は…」
そこでスフェーンは名前を名乗った。
「飯豊クサビと言います」
「クサビさんね…なかなか面白い名前やん」
新しき名前を前にルシエルが呆れた様子で話して来た。
『また偽名ですか…』
「(まぁいいじゃん。そんなに本名と変わってないし)」
『…いつか名前を間違えて痛い目を見ないようにしてくださいね』
「(ほいほーい)」
そこで名前を聞いた彼等は荷物を回収し終えると、そこで話しかけてくる。
「ここまで苦労しただろう?どうだ、一杯やらないか?」
「え?いいんですか?」
スフェーンはやや前のめりになりながら聞くと、彼等は快く頷いた。
「あぁ良いさ。俺たちゃ大歓迎だよ」
そんな訳でスフェーンは列車を置いて街の住人と共に街の大衆食堂に足を運んだ。
列車には今も郵便コンテナを積載しており、それらには今まで経由した街々の郵便物が積載されており、中には速達便の姿もあった。
「ははははっ!」
「嬢ちゃん、いい飲みっぷりだねぇ」
そして幌々の大衆食堂で雪の降る中、スフェーンは
「ぷは〜っ、はぁ〜たまんないねぇ。仕事終わりのビールは」
「はははっ、嬢ちゃんの列車最後に事故っているじゃないか」
「いやぁあんなのほぼ終わったも同義ですよ」
今積んでいる速達便は連絡を入れた先で回収をしてもらう必要があったが、
「生憎、海人さんの列車になっちまうだろうねぇ」
「だろうな」
「海人さん、明日退院だっけ?」
そんな話をしながらスフェーンもビールを飲みながらおでんを切る。
「こう言う時、あったかいものが沁みますねぇ」
「クサビさんはどこからきたんですか?」
するとそこで反対の席に座った隼人が聞いてきた。
「私かい?ウエルズ大陸の方からね」
「えっ、ウエルズ大陸って…海を超えたんですか?!」
「そうだよ〜」
運び屋を始めてもう八年に近くなる。逆に言うとこの体になってそれほどの年月が経過したと言うことになり、少し懐かしく思わせられる。
「すげぇな、海を超えてきたのか」
「ウエルズって言っちゃあ戦争をしている場所じゃねぇか?」
「えぇ、ただまぁ。戦争しそうだったんで私は逃げてきたんですけどね〜」
スフェーンはそう言い、切り分けた大根を食べる。
「ハフハフッ」
そして口から湯気を出しながらスフェーンは熱々の大根を喉に流す。
「っはぁ、これいい出汁ですね。鰹と昆布と…椎茸ですか?」
「おっ!嬢ちゃん舌肥えてるねぇ」
食堂のおばちゃんは出汁の材料を一発で当てたスフェーンに感心していると、
「えっ!マジ?!」
「俺知らなかったわ」
「はははっ!初めて聞いたわ」
同席していた顔を赤くする住人達は笑い混じりに驚いていた。
「あんたらはいつも酒ばっか飲んでるからでしょう?」
そして呆れたように食堂のおばちゃんはその人達に言うと、空の瓶ビールを入ったケースを片付けていた。
その後、ひとしきり騒いでご相伴にも預かったスフェーンは、
「あーあー…」
深夜まで付き合っていたおばちゃんが呆れたように腕を軽く組んで見下ろす。
「全員潰しちまったよ…」
そこでは村一番の酒豪が、奢りだからとスフェーンに酒勝負を挑んでコテンパンにやられている醜い様を見ていた。
「はははっ、スンゲェ状況」
「あんたがその原因だっての。分かっているのかい?」
少し顔を赤くして片手に芋焼酎の一升瓶を握るスフェーンに呆れた目を向ける。
「まぁ良い。今日はみんな呼んで介抱させるから…アンタもそろそろ戻りな」
「あぁ、ありがとうございます〜」
スフェーンは一言おばちゃんに感謝すると、一升瓶を片手に店を出た。
ここで倒れている益荒男達は全員、スフェーンの整った容姿を前に、酒が強いと言うことで接点を持とうと挑んで無惨に敗亡した屍達である。
「全く、うちの男どもは馬鹿しかいないんだから…」
そう言いながら早々に潰し合いに巻き込まれた高校生の隼人を食堂の座敷に寝かせると通話で家で待っている益荒男達の嫁達を呼んでいた。
なお家で午前様で待っていた嫁達は般若の形相で翌日。シンバルの鳴り響く頭のまま、旦那を正座させている光景が広がったとかなんとか。
「ゲフゥ…」
食堂を出て、顔を赤くして街を歩くスフェーン。その息は火をつけたら『ほのおのいき』と化しそうなほど濃い息であり、飲んだ酒の量も到底人が飲むような飲み方ではなかった。
ルシエルもそこで呆れた様子で話しかける。
『スフェーン…ウイスキーのバケツ飲みはちょっと…』
「え〜、やりたくない?ああ言う飲み方も」
そこでスフェーンはダバダバと音を立てながら、氷の入ったバケツに角瓶ウイスキーを突っ込んで『漢杯〜!』と言って挑んできた村一番の酒豪の震えていた手を思い出す。
『流石にやりすぎですよ。飲み方云々以前に人としてその飲み方はどうかと…』
「ひっでぇや」
そこで雪が降り、今時珍しい電線方式の街灯が凍った道を照らす中、スフェーンは一人歩く。
「ん?」
幌々は小さな村であり、今まで巡ってきた村々と合わせて嘗ては石炭採掘で賑わっていた街である。
今も露天掘りによる石炭採掘は行われているが、規模が大きいと言う理由で炭鉱従業員は鉱山の周囲に点在して街を構えていた。
「しかし冷える〜」
雪が降っていなくともよく冷え、息も真っ白になる状況。スフェーンは事故った自分の列車まで行こうとした時、
「おい」
「ん?」
すると駅舎の扉が開くと、そこで先に食堂を後にしていた音松さんが声をかけてきた。
「どうかしましたか?」
「夜は冷える。暫く部屋を貸してやるから泊まってけ」
音松はスフェーンにそう言って駅舎に泊まることを勧めてきたが、
「あぁ、大丈夫ですよ。お気遣いありがとうございます」
スフェーンは申し訳なかったので丁重に断りをした。
「馬鹿野郎、お前の列車じゃあ電源が落ちたら死ぬぞ」
しかし音松は真剣な目でスフェーンに言っており、その目を見てスフェーンはそれが本気であり。無理にでも駅舎に泊めるだろうと察した彼女は一瞬左右の確認をした後に駅舎の中に入った。
「寒々〜っ!!」
深夜のこの地域の気温はよく冷えており、駅舎の気温計はマイナス二〇度を示していた。
「うぅ〜っ!」
そこでスフェーンは冷えた体を目の前のやかんの置かれた石油ストーブを前に手を軽く擦って温める。
「だから言わんこっちゃねぇ…」
音松はそんなスフェーンにやや呆れた目線を向けながら駅員の職員部屋で仕事机に座って書類を書く。
職員部屋には閉塞を表す機械が置かれ、自分の列車が事故を起こした区間に通行禁止の印が点灯していた。
「すみません。お世話になります」
「あぁ、好きにしてくれ」
自分はまだ仕事があるからと言い、音松はペンを手に取った。
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