幌々駅近くで脱線事故を起こしたスフェーンであったが、彼女は誘われて走っていたローカル線を運行している列車に臨時の車掌として乗り込んでいた。
「ふぅ…」
背中に
「大丈夫か?」
「え?あぁ…」
海人に声をかけられた事で飛びかけていた意識が戻ると、スフェーンは復路を進む列車の運転台で車内を眺める。
「大丈夫ですよ」
「そうか、なら良いんだが…」
海人も臨時で雇った車掌の持つ銃を見て軽く唖然となる。
「なんでそんな銃…持っているの?」
「え?あぁ、猛獣用に…」
「猛獣って…ここら辺は熊と鹿以外ほぼいないよ」
「十分危ないじゃないですか。特に前者」
スフェーンは海人とそんな話をしながら雪道を走る列車を眺める。
「いやぁ、そんな大きい銃を持っていたら、お客さんビビっちゃうよ」
「そうですかね?」
「そうだよ」
列車は往路と違って雪を掻き分ける事なく走り、雪煙を上げながら走る。
「しかし貨客列車で、もうコンテナを載せるんですね」
スフェーンはそこで列車の後部に積載されたコンテナを積載した列車をみる。
「あぁ、採掘会社から従業員に渡される荷物だがな」
海人はそう言うとブレーキをかけて視界の先に見えてくる駅舎を前に速度を落とす。
「まぁこの路線は採掘現場を囲うように出来た街を繋いだローカル線だからな。物資運送は毎日やらなきゃならねぇんだ」
故に時折病人を運ぶ事もあると言う。
「昔、音…音松さんの娘さんも乗せた事があった…」
「娘さん…?」
スフェーンはそこで首を傾げた。音松に妻子がいる様子は無かったからだ。
「あぁ、昔な…」
そこで海人は悲しげに、前を見つめて思い出す。
「生まれて三ヶ月…エーテル過敏症で亡くなっちまった」
「…」
まだ免疫がつく前の、生まれたての乳幼児の死亡率というのは基本的に高い。
保育器の導入で生存性は上がったものの、乳幼児がエーテル病に罹患した際の死亡率は100%である。
「エーテル過敏症…ですか」
後の時代、これらエーテル過敏症とエーテル肺炎の罹患者の違いが理解される。
前者は活性化エーテル、後者はエーテルが肺と結合し、それが血中を通って体全体に回る事で症状を発症する。
対処療法として肺を全てのサイボーグ手術を受ける以外の方法はなく、かと言ってサイボーグ手術を受けても完治する確率は約四〇%。また宗教的・民族的理由などでエーテル病に罹患したまま一生を過ごすという人物も多くいた。
「あぁ、罹ったと分かってからあっという間だった…よりにもよって、奥さんも二年前にエーテル肺炎で亡くなった」
「…」
それを知り、スフェーンは思わず絶句してしまった。
少なくとも、普通の人なら心労から自殺をしていてもおかしくは無いような状況だ。
「俺ぁ、もし神様がいるんだったら…なんて音さんをそこまで追い詰めたのか、とことん追求してみたいもんだ」
海人は恨み目で話すと、列車は幌々駅を視認する。
駅の手前にはスフェーンの列車が停車し、雪に塗れて擱座しているのが見えた。
「あぁ悪いな…今のは、忘れてくれ」
「…」
海人はスフェーンにそれだけを言うと、警笛を鳴らして駅を見る。
駅のホームでは話の主人公の音松が立っており、列車の車内には数名の買い出しに向かう住人を乗せていた。
通勤ラッシュ時の車内検札は色々と聞かれたりと大変だったが、ピークを過ぎれば列車は静かなもので貨物を運ぶ時間帯はだいたいこの辺りからとなる。
列車もこの便を最後にコンテナ貨車を切り離す。
「幌々〜、幌々〜」
車内に軽くアナウンスを済ませ、列車は幌々駅に到着して扉が開く。
「じゃあ、私はこれで」
「うん、また明日も頼んだよ」
「わかりました」
レッカーが来るまでの間、スフェーンは朝の便の車掌代行のバイトをする約束をした。
そして幌々駅に降りると、列車はこの駅ではコンテナの積卸を行う。
「コンテナ、大丈夫か?」
「あぁ!大丈夫だ!」
列車後尾に連結されたコンテナ貨車。そこの最後尾にスフェーンの運んでいた郵便コンテナを懸架したリーチスタッカーは、幌々に住む青年の隼人が操縦をしていた。
「オーラーイ…」
下ろされるコンテナはピッタリ貨車の上に置かれると、その後にコンテナと貨車が連結される。
そして積卸を終えると、貨客混載列車はドアを閉めて走り出していく。
「なんだ、もう降りるのか」
「えぇ」
スフェーンはそこでやや驚く音松を軽く見上げる。
「仕事はこれで終わりですから」
彼女は言うとそのまま駅を後にする。
「…そうか」
そして駅舎を出て行くスフェーンを見て音松は軽く笑みを見せると、彼女を見送った。
脱線した列車には当然雪が積もる。
幸いにもエーテル機関はそれ自体が熱を発する影響で一度起動すれば周辺にある雪は融解する。寒帯故に一年の大半を雪に覆われたこの場所ではとにかく雪が堆積する。
風が吹き、吹雪になる事が半分日常のこの大地にてスフェーンは今日も音松に言われて幌々駅にお世話になる。
「失礼しまーす」
戸を開け、スフェーンは静かにブーツを脱いで畳の敷かれた一段高い事務所に上がる。
駅の待合室では暖房が置かれ、そこから発した熱気が床下を通って外に逃げる。その為駅は常にほんのり暖かかった。
「…」
音松はまだ最終便があるためホームに立っており、その姿は事務所からも見えていた。
「…よしっ」
誰もいない駅舎、この時間は駅の利用者もいないので本当に静かだった。
「作りますか…」
スフェーンは軽く意気込んで列車から持ってきた生鮮食品を取り出す。
事前に音松には、事務所の冷蔵庫の中身は使っていいと聞いていたので、朝と違って遠慮なく彼女は台所に行こうとした時。
「あっ…」
駅の奥にある仏壇を見た。比較的小さめのもので、駅舎の空いた場所に置くには十分な場所であった。
「…」
そこには二つの写真の入った額縁が飾られ、仏具が置かれていた。
「(この二人が…)」
海人がポロリと溢した、音松の妻子だ。
「綺麗な人…」
その写真に映る女性はとても整った容姿をし、それでいて少し吊った目が特徴的な女性だ。
そしてその隣に置かれた額縁に収まった写真には、生まれたばかりの赤ん坊の写真が収められていた。
「…」
二つの写真を前にスフェーンは正座で静かに座って見つめていると、
「…静江と由紀子だ」
「音松さん…」
振り返ると、そこでは最終便を見送った音松が雪を払い落としたコートを脱いでいた。
「奥さんと、娘さんですか?」
「あぁ…」
事情を粗方聞いていたスフェーンは深く聞くことはなかったが、音松は彼女の反応を見て察した様子だった。
「お香…あげてもいいですか?」
「あぁ、好きにしてくれ。線香は台の下だ」
音松はそう言うと着替えの為に事務所から更衣室に入って行った。
『音松氏は…過酷な人生を歩んできたんですね』
「(奥さんと子供を失うなんて…ね)」
自分では想像もできないような状況を前にスフェーンとルシエルは表現し難い感情を内に抱えながら仕舞ってあった線香と蝋燭、マッチを取り出す。
カシュ
マッチ棒を取り出し、火立に刺した蝋燭の先端に火を近づけて点火。その後に線香に火を灯し、そこから白煙が上がると、ほのかに線香の香りが部屋に漂った。
「…」
そしてりんを鳴らし、静かに音が部屋に響く。
二人の冥福を祈ってスフェーンは両手を合わせると、更衣室から着替えた音松が戻ってきてスフェーンの横に座った。
「静江達も、喜んでいるだろう」
「…そうだと、良いです」
スフェーンはそこで音松に言う。
「すみません。すぐに夕食の準備をしますので」
「…あぁ、すまない」
音松は仏壇の前で静かに座ったまま、飾られた写真を見つめていた。
一週間の間、世話になるこの事務所でスフェーンは音松の夕食を作る約束をしていた。
「いつも何食べて過ごしていたんです?」
かなりガラ空きだった冷蔵庫を前に、台所に立ったスフェーンは聞くと、
「朝はコーヒー。昼は握り飯。夜は…」
「やれやれ…呆れる食生活ですね」
「…ははっ、君に言われてはなんとも言えねぇな」
音松は苦笑気味に返すと、呆れたスフェーンの方を見る。
彼女は運び屋であり、一週間だけここに泊まる。だと言うのに二日目で軽口を言い合えるような雰囲気になっていた。
「逞しいな。今時の若い人っちゅうもんは」
「やだなぁ、私だって若い人じゃあありませんよ」
コンロに火をつけて答えるスフェーンは軽く笑って音松に言っていた。そんな彼女に音松は
「ははは…そうか?」
少しだけ、スフェーンに懐かしさを覚えながら静かに笑っていた。
そしてその後に音松に夕食を作り。彼が布団に入って寝静まった深夜、
「…」
スフェーンは一人、深夜に駅を出ていた。
外気温はマイナス。降雪こそ無いが、雪が踏み固まって街に積もっている。息をする度に肺が少し痛み、水冷式エーテル機関車のように白い息が口から吹き出る。
『今晩の降雪予報はありません』
「そう…」
深夜の空を見上げると、そこには虹色に微かに煌めくエーテルのオーロラが否応に視界いっぱいに映る。
「妻と子供をエーテルで失った男…ですか」
彼にとって、この空の景色は恨めしいと思うのだろう。
なにせ自分の妻と子を奪ったような物だ。
ここら辺の地域でエーテル降雨は観測されていないが、エーテルの空間濃度の上昇は確認されている。
『流石にエーテル病に関しては、私たちも完治する治療法を知り得ません』
「そうね…」
そこでスフェーンは煙草を取り出してライターに火を付ける。
エーテル病に関して、スフェーン達の知見で完全に治療する術は持っていない。なにせ肺というのは毛細血管の集まりであり、肺胞を介してエーテルは血流に侵入する。そうなると全身にエーテルが周り、対症療法でしか治療ができなくなる。
「ふぅ…」
先端が僅かに赤く灯り、その後から煙がゆらゆらと立ち昇る。
「…探そう」
『分かりました』
スフェーンの呟いた一言にルシエルは頷くと、彼女はゆっくりと歩いてそのまま駅を後にした。
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