「良い絵、と言うものはなんだと思う?」
とある場所、目の前の神社の鳥居を前にイーゼルを立てるアリズは聞く。
「え?そりゃあ綺麗な絵じゃないのか?」
すると横で同じように小さめのイーゼルを立てて筆を手に取るヒエンは首を傾げた。
こちらの世界…スフェーンが色界と名付けた場所で、絵がその時から上手かったヒエンは彼女から手解きを受ける為にハヤブサ達と別れていた。
「確かに。線が細くて鮮明で、写実的な絵が美しいとも言われる」
彼女は油絵の具を使ってキャンバスに色を乗せていく。
「そして私の絵も事実、そういった写実的な絵を描いている」
「写実的…?」
あの時から幾許か歳をとり、成長した二人。しかしヒエンは美術史を習っていないので語彙がいまいち理解できなかった。
「写真みたいに絵を描く事だと思え、小童」
「小童じゃねぇっすよ。自分」
軽く反論するヒエンにアリズは鼻で笑う。
「はっ、私について来て同じ場所で絵を描いている奴が何を言うか…」
すると二人の前に置かれていた踏切から警報音が鳴り、そこに敷かれていた線路の上を一本の列車が通過していく。
目の前を走っていく列車、巻き上がった風がイーゼルを倒しそうになる。
「おっと…」
絵を描いていた二人は列車が通り過ぎ、風がおさまった後に会話を再開する。
「まぁ、インターネットに正しい情報がないのと同様。良い絵なんてものはこの世に存在しないと言うことだ。よく覚えておきな」
「…はーい」
絵の師匠として、彼女の絵の模写だったり彼女に付き添いをしたりしているヒエンはやや適当に返すと、アリズは彼の脳天を軽く小突いた。
「ーーんで、」
その時、とある店のテラス席で呆れた目線で女性姿のスフェーンは反対の席に座る青年を見る。
「最近構ってくれなくて嘆いていると?」
「そうだよ」
ややぶっきらぼうに答える青年、ハヤブサ・コヤマは頷く。
「はぁ〜…」
相談に乗ったスフェーンは呆れたように大きくため息を吐く。
「呆れたものね。たかが反抗期じゃない」
「あのなぁ…」
ハヤブサの悩みとは、簡単に言うなら最近の家族が自分に冷たいと言うものだった。
「いきなりヘレン達に『一緒に洗濯物混ぜるなっ!』って言われたんだぞ?」
孤児たちの年齢は、考えると大体中学生かそこら。まぁ女性はバッチリ反抗期に突入してもおかしくはない。
「知らないの?『保護者から精神的に独立して、大人として自我を確立するための成長過程』が反抗期よ?」
すると少しムッとした表情でハヤブサは言う。
「辞書見たいな返事をどうも。スフェーン・シュエット…いや、スフェノス・ククヴァヤか?」
「今は飯豊クサビよ」
「…」
すると複数の名前を持つ目の前の女性にハヤブサは皺を寄せた眉間を軽く揉んで頭を抱える。
「どれが本名だ?」
「あら、どれも私よ?」
「…呆れたものだな」
そこで呆れるハヤブサにスフェーンは脱線しかけた話を戻す。
「まぁ、貴方が保護者だからってのをあの子達が無意識で自覚したと思ってありがたく思えば良いんじゃない?」
どうせすぐ反抗期は終わるものだし、と締めくくってスフェーンは嘗て手塩にかけて育てていた
「いつくらいに終わるんだ?」
「さぁ?そこは個人差があるし」
スフェーンはそこで少し歳を食ったハヤブサを見る。するとハヤブサはジョッキに入ったビールを一気に飲み干して卓上に置いた後にスフェーンに聞いた。
「しかしお前は変わらねぇな」
「あらどうも」
「…本当に人なのか?」
その問いにスフェーンは薄い笑みを貼り付けて返す。
「さぁ?この体は作られた体だわ」
所詮はエーテルで編み上げられたものにある男の人格をインストールしただけの、ただの人形に過ぎない自分を前に彼女は作り物のような笑みを見せていた。
「まぁ、まともな人間じゃないわね」
スフェーンはそれだけ言うと、代金を置いて人の行き交う繁華街に消えていった。
「まともな人間、じゃないか…」
ハヤブサは鸚鵡返しのように呟くと、テーブルに置かれた代金を回収する。
「まぁ人ではないのは確かだな…」
そう言い彼はこの世界とあの世界を行き交っている様子の彼女の持っていた硬貨を見つめる。
「しけし、外の景色も随分と変わったもんじゃないか。えぇ?」
彼は言うと新聞紙に書かれた記事を開いて読んでいた。
記事には『軍警察の上陸作戦!!』と大きい黒文字で印刷された写真付きの記事があった。
永遠の冬が続く場所、幌々。単線のこのローカル路線は前後に幹線に接続する駅があり、その片方の美依駅では今日も朝から海人の運転する二両の気動車が停車していた。
「やぁ」
そこに灰髪にコートを羽織るやや陽気な老人が軽く海人に手を振ってホームに止まっていた列車に乗ってくる。
「あぁ、これはこれはどうも」
海人はその人を見て軽く会釈をする。
「杉並駅長」
「はははっ、もうちょっとで定年の老骨祖父さ。今日は駅長じゃねぇさ」
美依駅駅長の杉並仙蔵は軽い笑みを浮かべながら列車に乗り込む。
彼はこれから友人である佐藤音松のいる幌々駅に向かう予定であった。
「まぁ今日もよろしく頼むよ」
「えぇ、わかっていますよ」
そこで軽く頷いて海人は運転台に向かう。
「あぁそうそう」
そして運転台に入る直前、彼は言う。
「音さんの所、ちょいとお客さんがいるんで。あまり驚ろかんでくださいね」
「お客?あの駅にか?」
仙蔵は首を傾げると、海人は頷く。
「えぇ、遠くから来寄ったお嬢さんです。なんでも運び屋をしているようで」
「ほぉ〜、運び屋か」
珍しいもんだと仙蔵は思いながら噂の運び屋の話を聞く。
「俺が倒れた時に代わりに物資を運んでくれたらしいんですがね、運が悪いことに幌々駅に入ったところで脱線しちまいまして」
「あぁ、そりゃあ大変だ」
杉並はそこで自分たちの担当する区間で大事故があったのを思い出す。
「なるほど、それは軽い事故か?」
「えぇ、氷を噛んで一番前の台車が脱線しただけですからね」
なるほど、それは後回しにされるやつだ。
「じゃあ、今日は帰ったほうがいいかな?」
「いやぁ、その嬢さん。めっちゃ美人だったんで、会いにいったほうがいいと思いますぜ」
「はははっ、孫持ちにそれを言うか?」
仙蔵はそう言って少し前に哺乳瓶を持って腕に抱えた初孫の顔を思い出していた。
「…」
そして同時に、友人の顔を思い返す。
彼は妻子の最期を見届けることは出来なかった。何故なら彼はその時まで駅のホームに立っていたからだ。
交代要員が見つからず、音松は二人の死に立ち会うことが出来なかった。
「…」
仙蔵は家族葬で小さく執り行われた、彼の妻の入った棺を正座してその男は静かに見続けていたのを思い出す。
その時は後ろから見ている事しかできず、その時の音松の顔はどんな顔だったのかは想像がついた。
「出発、進行〜!」
扉が閉まり、列車は鉄道管理局から発進許可が降りてゆっくりと加速する。
「信号良し、閉塞良し。制限速度良し」
海人が確認をしながらマスコンとブレーキを操作して二両編成の列車は走りだした。
トトトトトト…
その時、雪道の上を一台の
操縦しているのはスフェーンだった。
「悪いね。ちょいと脚をやっちまって」
「いやいや、私も暇だったんで全然大丈夫ですよ」
助手席に近くの畑で作物を育てていると言う農家の爺さんを乗せてスフェーンはクラッチを操作する。
彼女は幌々で足止めをくらっており、その間暇という事で色々と手伝いにかり出されていた。別に働くことに抵抗感のなかった彼女は小間使い的な雰囲気で街の至る所に出ていた。
「煙草良いです?」
「おぅ、お前さん吸ってんのか。良いぞ良いぞ」
許可が出たのでスフェーンは煙草を取り出してライターで火をつける。
「最近は街でも厳しいからのぅ」
「えぇ、禁煙がブームだとかで…まぁ貧乏人じゃあ流行ってないですよ」
「けけけっ、そりゃそうだろうな」
爺さんは軽く笑うと畔道でトラクターを止める。
そこでは一面の雪原が広がっているだけだった。
「あれ?畑はどうしました?」
「けけけけっ、俺たちゃあもう畑の上だ」
「え?」
すると雪原に一台のホイールローダーがやって来た。
「今から何をするんです?」
「まぁ見とけって」
爺さんは軽く笑ってスフェーンに言うと、ホイールローダーは地面の雪を掘り始め、そのまま雪は側に投棄する。
すると雪の下から土が現れ、そこに植えられた人参の姿を見た。
「おぉ〜」
「ここら辺じゃあ雪が降らない夏の間に地面にああやって植えたのを、冬に摂るのさ」
「わぁ、凄いですね」
すると雪で山積みになった雪原をブルドーザーが出て来て雪を近くを通っていた川に捨てていた。
「こうすりゃあエーテルが降っても下の野菜は枯れねぇからな」
「どうして?」
「さぁ?俺たちに聞かれてもな」
この農法はこの爺さんが子供の頃から続いている伝統的なもののようで、長いことこれで生計を立てていると言う。
「さぁ、収穫するぞ」
軽く意気込んだ爺さんは収穫機に乗り換えるとエンジンを掛けて等間隔に植えられた作物の収穫を始めていた。
「なんだよ…爺さん元気じゃん」
ここまで彼を運んだスフェーンは軽く笑って煙草を咥えていた。
その後、スフェーンは少しばかりお裾分けで規格外の収穫物を分けてもらうと幌々駅に戻る。
「やれやれ、忙しいったらありゃしない」
『今日の夕食のレパートリーが増えますよ?』
ルシエルはそう言い、さっきの小間使いで貰った野菜を見る。
「今日はどうしたものかね〜」
スフェーンが滞在をして三日目の夜。列車から生野菜といった生鮮食品は既に駅に移動させており、擱座した列車は時折雪かきをしていた。
『温かいもので良いでしょうね』
「そりゃあそうよ」
泊めさせて貰っている身として、スフェーンは誠意を込めて音松に食事を用意していた。
幸いにも幌々の住民は親しくしてくれるのでスフェーンも安心して列車から離れることができる。
『泥棒が来ても、電源は動いていますので武装は動かせますよ?』
「まぁね〜」
スフェーンはそこで軽く頷いて駅に入ると、
「戻りました〜」
そこで駅に入ると、そこでは音松と見知らぬ初老の男が事務室で楽しげに話し合っていた。
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