翌朝、復旧機材を載せた軌陸車がローカル線に入ってくる。
事前に事故の具合を聞いていたので、駆けつけたのは前に世話になった本格的な鉄道クレーン車ではなかった。
「よーし、行くぞ〜」
脱線した複線区間、その場所でスフェーンは脱線したのとは反対の運転台に入ってエーテル機関を動かす。
「了解です」
線路の側には器具が設置され、脱線した台車を乗り上げさせる形で線路上に戻す方式が取られた。
事故の復旧作業のために近辺の閉塞を封鎖したことでこのローカル線は一時的に通行不可となる。
「…」
マスコンを操作し、ブレーキを解除したスフェーンの列車はゆっくりと動くと、脱線した台車が坂状の機材の上に乗り上げると、そのまま車輪は機材に沿うように線路に戻された。
ガシャンッ!
大きな音と振動によって列車は線路上に戻ると、レッカーは早速列車の脱線した台車部分の確認を行う。
「オッケーです!」
「わかりました〜」
レッカーをしにきた軌陸車は、この後列車を牽引して近場の検査工場まで回送する。
脱線なので、台車に問題がないかを確認するためである。
「終わったか?」
「えぇ、これから回送していきますよ」
時刻は平日の昼。住人の働き手は仕事場に向かっており、隼人も学校に行っている。
海人の列車は路線が閉鎖されたことで始発駅で長い停車を行なっていた。
「やれやれ…今日のダイヤは大荒れだな」
「元々そういう話だったじゃないですか」
故に影響の少ない真っ昼間の時間にレッカーが来たのだ。
出勤ラッシュと帰宅ラッシュの時間は予め把握していたので、レッカーもその時間に来ると予め伝えられていた。
「一週間お世話になりました」
「あぁ…」
ホームに上がり、スフェーンは音松に頭を下げた。事故から一週間、音松は目の前の飯豊クサビと名乗った運び屋の女性に不思議を感じていた。
あの夢から目覚めた時、スフェーンは駅から消えており。彼女は列車でエーテル機関の試運転をしていた。
「飯豊さん」
「ん?どうかされましたか?」
そんな試運転をしていた彼女にあの夢の話を聞こうと思った。
「君は…何者なんだ?」
「?」
音松の問いにスフェーンは何の事かと言った様子で首を傾げていた。
「…いや、何でもない。…悪いな、作業を邪魔した」
音松は心の内に疑問をしまい込んでその場を後にしていた。
結局、あの時の夢のことは聞く事はできなかった。だが、確実に自分は亡き妻と出会ったのだ。住み慣れたあの事務所で。
「…」
あの時妻はスフェーンの姿を取り繕っており、自分に確かに触れた。
死人のような冷たさではなく、人並みのやわらかい冷たさを持った手は、どこかこの世界とは違う何かを感じさせていた。
「…分からんな」
自分の身に起こった事や、目の前の女性で起こったこと。全てにおいて不思議なことが起こっており、とても理解が追いつくような物ではなかった。
「はぁ…」
音松は考える事を諦めてこれから出ていくスフェーンの為に手旗と笛を持つ。
「そろそろ出しますね」
「えぇ、ご苦労様です」
軌陸車は列車と連結し、エンジンを回転させる。
一応、今スフェーンのいる運転台と合わせてプッシュプル方式で走り出していく。
「お元気で」
「あぁ、君もな」
彼女の住む旅客キャビンは最後尾にあり、今は積雪した雪を落とす作業を行なっていた。
ホームでスフェーンと音松はお互いに一週間の生活のことを懐かしげに思い返しながら、スフェーンは少し移動してホームに停車した彼女の列車に乗り込む。
「出発、進行〜!」
そして持っているタブレットで閉塞の確認を行うと、音松は笛を鳴らす。
ピーーーィッ!!
笛を鳴らすと、軌陸車を先頭に列車がゆっくりと加速を始め。最後尾にいたスフェーンはそこでホームに立っていた音松に軽く笑みを浮かべながら右手で敬礼すると、音松もそんなスフェーンに軽く笑みを浮べながら敬礼で返して出ていく列車を見送る。
「…」
音松は雪が軽く降る中、列車の最後尾の赤色灯が見えなくなるまで見送ると、その足で事務所に戻る。
そして音松は戻った事務所の炬燵の上に皿に置かれた二つの焼きおにぎりが置かれていたのに気づく。
『最後に作っておきました』
付箋にはそう書かれており、
「…ふっ」
付箋を見た音松は置かれた焼きおにぎりを前に笑みをこぼすと、こたつに入り込んで静かになった駅の事務所で静かに食べる。
その焼きおにぎりはよく焼かれており、表面はよく水分が抜けて煎餅のようにパリッとしており、中まで優しい醤油の味がよく染みていた。
その日、雪が降る中。
ゴーッ!
黄色に塗装された除雪車が出動命令がくるほどの積雪を記録したローカル路線を走る。
今日は記録に残るほどの雪が降っており、深夜に一気に積もった雪を前に一般車両の入線は一旦停められていた。
乾いた雪をロータリー除雪車が線路の外に吹き飛ばし、線路を安全に運行できるようにする。
「…」
その除雪車を運転しているのは、幌々で育った運転士であった。
自分が生まれた頃から幌々駅のホームに立つ、あの強面駅長に憧れて運転士になった。
そして生まれも育ちも幌々であったから、彼の身の回りで起こった不幸も全て知っていた。
雪が降り、記録級のものだと言われて少しばかり緊張しながら手元のマスコンと、ロータリーの掻き寄せ翼とシューターの操作を行う。
乾いた雪は勢いよく発射され、煙幕のように線路から遠く離れた場所に吹き飛ばされる。
ここは本線と違って融雪装置も無いので、あまりにも雪が酷いと除雪車が出る事になっていた。
「そろそろ幌々か…」
内心彼は少し楽しみであった。
幌々の駅長は、強面だとしても誰に対しても優しい人であり、子供の頃から知っているこの運転士なら、なおさら気に掛けてくれた。
運転士になったと聞いた時は心底嬉しそうにしていたのを思い出す。『俺の後はコイツだな』なんて言っていたのは今でもよく覚えている。
そんなんだから、自分は美依の駅長よりも幌々の駅長の方が自分は素晴らしいし誇らしいと思っていた。
黄色一色に塗装され、積もった雪を排雪している除雪車は駅が近づいてきたので掻き寄せ翼を閉じて幌々駅のホームを見る。
「…?」
しかしその日は少し違った。いつもなら必ずホームに立っているはずのあの男が見当たらなかった。
赤い手旗も見えないので何かと首を傾げながら除雪車はホームに進入した。
「やぁ、こんなに実入りしたのは久しぶりだなぁ」
海人は二両編成のキハ22にに乗り込む人々を見る。
朱い国鉄色の列車の前には多くの人が集まっていた。そこでは全員が喪服や制服を羽織っていた。
「あったりめぇさ」
その横で制服に身を包む仙蔵が言う。
「勤続うん十年、定年間近の駅長が死んだんだ。そこいらのお偉いさんとは、人気が違うでよ」
仙蔵はそこで車内に乗せられていく棺を見る。
これから美依の焼き場まで彼の遺体を運ぶ。その為、彼を知る多くの人がこの葬式には参列していた。
「…」
仙蔵はそこで音松が着ていた制服の胸ポケットに入っていた一枚の写真を棺が閉まる前に手に取って見ていた。
「はっ、一丁前に気取っとるぞ。この男」
仙蔵は写真に写っている音松が、駅舎を背に背筋をうんと伸ばしてスフェーンと写っている様子を見て少し安堵の笑みを見せると、その写真を棺の中に入れた。
「エーテル肺炎か…仲が良いったって、嫁さんと同じ病で死ぬこともなかろうて」
始発列車の前、駅に到着した除雪車の運転士が、ホームの雪かきを終えた山に埋もれるように倒れていた音松を見つけていた。
死因はエーテル肺炎とくも膜下出血による突然死。彼は倒れた時も手旗を握ったままだったと言う。
「大往生ですな。朝のホームで、除雪車待って…」
「あぁ、音さんはウチらの鏡だ。全く」
海人と仙蔵は棺が運ばれるのを眺めながらそんな話をする。
音松を入れた棺は仙蔵達の目の前から列車に乗り込む。
「運転席に、乗せてやるぞ」
そこで棺の上に置いてあった制帽を仙蔵は手に取ると、そのまま運転室に入る。彼の意見に文句を言う人は誰もいなかった。
「俺が運転しても?」
「え?駅長が?」
海人は軽く驚いた。
「なぁに、これでも昔は運転士だったんだぞ?」
「あぁ〜、そう言えばそうでしたな」
海人も元運転士の仙蔵を前に運転席を貸すと、彼は運転席に座った。
「音さんや…もう夢でしか、会えんな」
そして所々汚れて傷の目立つ制帽に話しかけると、自分が被っていた制帽と取り替える。
「俺とこのキハが、お前さんに引導を渡してやるだね」
車内には音松の関係が棺を囲むように座り込み、ホームには葬式に参加した住人達が列車を見送る。
音松がいなくなった幌々の駅は、後任が決まるまで仙蔵が駅長を代理で務めることが決まっていた。
「出発、進行!」
長い汽笛を鳴らしてキハはゆっくりと走り出す。
「…やっぱり、キハの笛は良い笛だ」
「当たり前さ。笛はキハが一番だ」
雪の中、海人と仙蔵は運転室でそんな話をすると、列車は雪煙を巻き上げながら線路を走って行く。
ザリッ…ザリッ…
地面を踏み締めて墓場を歩く影が一つ、
「はぁ…」
吐息は白く、なりにけり。
その女はその手に花と線香を持ち、ある墓石の前に辿り着く。
『佐藤家之墓』
と掘られた御影石の古びた墓の前でその女性は桶を浮かべて水を流して周りを丁寧に掃除する。
近くの幌々と呼ばれた街は、その後の発展と人口流動の波に飲まれて失われた。あの場所を走っていたローカル線も一部が廃線となって久しかった。
「こっちで会うのは久々だね。音さん」
スフェーンは三人の名前を見た後に墓に向かってそう話しかけると、掃除を終えて最後に花を添えて線香をあげた。
その姿はあの時から時が止まったかのように変わることは無かった。
「終わった?」
墓場の出口では煙草を咥えていた一人がスフェーンに話しかけ、彼女は使った桶を片付けてから頷いた。
「えぇ、終わったわ」
「そう…」
するとその黒猫種の獣人の女性は吸っていた煙草を地面に押し付けて消すと、スフェーンを見上げた。
「じゃあ行こうか」
「うん、行こう」
スフェーンは彼女に頷くと停めていた
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