シーシュポにおいて行われている市議会選挙。
今回訪れた街は労働者に優しい街として有名である。
『シーシュポは未だに国家に帰属しない都市であり、今後も市議会は帰属する意向は無さそうですね』
「へぇ〜、今どき珍しい」
スフェーンはそこで私服姿で街を歩きながら言う。
数多の国家が勃興し、一部では『国家勃興戦争』とも言われる今の時代で古い都市国家が生き残っている事実に珍しいと思いながら街を歩いていると、
『スフェーン!』
「ん?」
ルシエルが注意した直後、
「ふぎゅっ!?」
道端で飛び出た歩道の石レンガに躓いて盛大に顔面から転けた。
観光を兼ねて街の飲食店街に向かう途中だった。それはもう派手に、変な声を出しながら。
「痛たたたた…」
軽く顔を赤くして当たった場所を手で覆っていると、
「大丈夫かい?」
転倒したスフェーンに一人の住人が話しかけてきた。スフェーンは顔を上げて話しかけてきた人を見る。
「え、えぇ…」
するとスフェーンは鼻から血がたらりと垂れてきた。
「っ!血が出ているじゃないか!」
そんなスフェーンに声をかけた男は驚き、慌てた様子でスフェーンの腕を掴んだ。
「え?いやぁ、大丈夫ですよ」
街を連れ回される途中、スフェーンは鼻にティッシュで詰め物をすると青年に返す。
「鼻を骨折しているかもしれないだろう!?」
「あぁ…」
しかし青年の言い振りに納得する。
確かに鼻血が出るほど勢いよく転倒したとあれば鼻の骨が折れていてもおかしくはないのだろう。
『どうせなら骨を折りますか?』
「(余計な事すんなし)」
ルシエルに軽くスフェーンは注意すると、その青年はスフェーンを近くの診療所に送った。
診療所には数名の患者が待っていたが、その青年が事情を説明し、鼻血を出して詰め物をしているスフェーンを見て事情を理解すると直ぐにレントゲン室に連れて行かれた。
「うーん…」
そしてレントゲンを撮った後、診察を行う医師はそれを見て軽く声を唸らせた後にスフェーンに伝える。
「こりゃあ折れてるね」
「え?」
スフェーンは驚いた声を漏らすと、医師はスフェーンに言う。
「(え?いつの間に鼻折った?)」
『誓って鼻を折ってはいません』
ルシエルが嘘をついていないのは確実なのはスフェーンも十分分かっていたが、これには困惑をする。
だとするとおかしい、鼻は折れていないのは確実なのに。
「直ぐに治療をしよう。ちょっと待ってて」
「??」
するとその医師はスフェーンに軟膏と包帯、ガーゼを持ってくると直ぐにスフェーンの頭を囲んでしまう。
「はい、これで毎日軟膏を鼻に塗って、一週間くらい経っても鼻血が止まらなかったらまた来てね」
優しげな顔の医師はそう伝えるとスフェーンを診察室から出した。
そしてまるで重症患者のように手当を受けたスフェーンは困惑しながら恐る恐る診療所の受付に呼ばれていくと、
「初診料ですね?当院では無料となっております」
「え?」
「そして薬の代金ですが、運輸ギルドの会員証などはお持ちでしょうか?」
「あっ、はい…」
スフェーンはそこで最近義務化された運輸ギルドの会員証を見せると、受付の看護師は言う。
「でしたら当院では八割引の診察料となりますので…」
「え…?!」
そこで提示された金額にスフェーンは困惑しながら診察料を払うと、
「お大事にー」
スフェーンはただ困惑したまま診療所を出ると、そこで付けてもらった包帯に触れる。
「…ねぇ、骨って折れてないよね?」
『えぇ、鼻は折れていないのは確実ですよ。既に止血も完了していますし』
しかし医師は鼻骨骨折と診断。しかし治療は本来の鼻骨骨折の治療法ではない。
「どう言うこと?」
『何か詐欺の様なことが行われているのでは?』
するとスフェーンを先ほど診療所まで連れて行った青年が声をかけてきた。
「やぁ、大丈夫だったかい?」
特徴的な灰色の毛並みに尖った猫耳を持つ青年で、目は琥珀の色をしている。
「えぇ、どうも…おかげで助かりました」
スフェーンはそんな青年にまずは頭を下げると、そこで首を傾げた。
「でも驚きました。まさかこんなに手厚くて、こんなに安いなんて…」
「まぁね、それがこの街の特徴さ」
スフェーンは付けていた包帯をそこで取る。
「こらこら、取っちゃダメでしょう」
「大丈夫ですよ。骨は折れていませんし、レントゲンでも骨は無事でしたから」
スフェーンはそこで青年を軽く見上げる。
「曲がりなりにも薬師目指している人間が、人間の体内分かっていないとか不味いでしょう?」
「…君、薬剤師志望なのかい?」
そこで青年は包帯を取ってガーゼを手に取るスフェーンにやや驚いた様子で見ると、彼女は受け取ったと軟膏を手に取りながら言う。
「そもそも炎症用の軟膏を渡してきた時点で明らかにやりすぎでしょう。こんなの過剰診療もいいところでしょうに…」
スフェーンは淡々と渡された新品の軟膏を前に言うと、青年はそんなスフェーンに舌を巻く。
「凄いな…一目でわかるのか?」
「えぇ」
そこでガーゼも取って街のゴミ箱に放り込むと、近くを救急車が走っていく。
「救急車もすごい数ですね。今日これで十台目ですよ」
「最高の医療を提供する上では欠かせない存在だよ」
そして救急車を見送ると、その青年はスフェーンに名刺を手渡す。
「あぁそうそう。これ、渡しておくよ」
「?」
名刺には『再生の会代表 稲岡マムル秘書』と書かれた職の下に名前が印刷されていた。
「金隆盛さんですか…」
「そう、僕の仕事場。今日の夜も大会をやるんだ。良かったら見に来てくれ」
「あぁ…どうも」
すると彼はそのまま仕事を終えた様な顔で去って行った。
もう鼻血も止まっており、体に異常がない事はすでに分かっていた。
『秘書ですか…』
「講演会ってもなぁ〜。私選挙権あるわけじゃないし…」
試しにネットで検索をしてみると、その討論会は政党『再生の会』の公開討論会であると言う。
『でも面白そうじゃありませんか?』
「ん〜…」
スフェーンはそこで少し考えた。
『今!我々に必要な事は何ですか!そうです!国家に帰属する事であります!!』
壇上に置かれたマイクに向かって大声で怒鳴るのは新興の政党である『再生の会』。多くはシーシュポに住まう住民であった。
『今の市長は、いまだに国家に帰属していない事を誇りに思っているが!それは間違っている!!』
『『『『っーーー!!』』』』
集会に集まっている人々は壇上に立つその男にヤジを飛ばす。
「そうだ!そうだ!」
「何馬鹿なこと言ったんだ!!」
「引っ込めー!!」
そのヤジに耳を傾けると、あまり好意的でないものばかり。
『我々は国家に帰属し、経済の再生を図る事こそが!この都市が生き残る為の手段である!!』
この公開討論会は市議会選挙前に行われる最後の大規模な討論会。無論、今回の市議会選挙の争点は国家への帰属である。
この都市はフランク共和国とアンサルド連合国の間に存在する都市であり、今の所地下資源は石炭以外確認されていない。
『今のシーシュポの経済は困窮している!』
壇上に立つ稲岡の演説に聴衆は嘲笑する。
「困窮?」
「何馬鹿なこと言ってんだ?」
「市議会は黒字なんだろ?」
しかしスフェーンはそんな稲岡の目を見る。
「(本当なのね…)」
そして稲岡の登壇を終えると、建物の外から喧騒の声が聞こえてくると公開討論会にある集団が殴り込んできた。
「今直ぐ討論会を中止しろ!」
「余所者は出て行け!!」
片手に金属バットを持つ集団は、そのまま壇上に立つ稲岡に近づこうとして治安官に抑え込まれていた。
この街にも一応軍警はいるが、本格的なものではない。あくまでも治安維持を目的とした小規模部隊だけであり、交番もないことから治安税を多く払えていないと言うのが窺えた。
結局、この公開討論会は大きな進展もなく終わりを迎える。
乱入者たちは金属バットを持っていたと言う理由で逮捕、彼らは入り口の金属ゲートを破壊しながらやってきたと言うことで器物損壊罪に問われることとなった。
「あーあー、結局何も面白い話は無しか」
「でもバット持って来るのはおもろすぎやろ」
「俺、そろそろ合コンだからじゃあ」
参加していた人々は会場を後にし、会場の片付けが始まる。
「ん?」
大半の人が出ていく中、金はふと会場のパイプ椅子に座り続けている人影を見た。
「あの子は…」
その見たことある顔に金は片付けを少し任せるとその少女に近づく。
「やぁ、昼以来だね」
「…んぁ?」
声をかけると、少女は寝起き声を漏らして顔を上げる。
紺色のナッパ服に灰色の髪、特徴的な鹿角に濃いサングラス。間違いなく、昼間に出会った少女だった。
「もう討論会は終わったよ」
「んん…そうですか」
そこで彼女は腕を大きく伸ばすと、軽く目元を擦って金を見上げた。
「…良い討論会でしたね」
「そうかい?それなら良かった」
その反応を見て金は軽くため息をついて少し残念そうな様子でいると、
「でも、この街。過剰診療で財政危機を迎えているんでしょう?」
「…」
スフェーンの目を見て一瞬金は驚き、同時にただ寝ていなかったのだと確信する。
「まぁ手厚い社会保険にどっぷり浸かってたら、それを減らそうとする貴方達は総スカンですよねー」
「…なるほど、優秀だな」
討論会の内容を加味した彼女の呟きに金は思わず言う。
「いやぁ、普通少し考えたらわかりますよ」
スフェーンは軽く乾いた笑いをして金を見る。
「いやぁ、ちょっと気になったんで。時間があったらどこか話でもしません?」
「そうだね…」
そこで金は視界にカレンダーを映して予定の確認をすると、
「この後、二時くらいに空いているかい?」
「良いですよ。場所は?」
スフェーンは簡単に了承し、金は腕時計を見て時間を確認すると待ち合わせ場所を伝える。
「この会場の裏手に屋台があるんだ。そこで待ち合わせよう」
「りょーかいです」
スフェーンは軽く頷くと席から立って会場を後にする。
「御足労おかけしましたー」
彼女を見送ると、金は彼女がわざわざ声を掛けるまで待っていたのかと察するのに時間は掛からなかった。
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