シーシュポの公開討論会を終え、深夜の鉄道の走る土手の麓でスフェーンは赤提灯の下げられた屋台の席に座っていた。
「うわぁ、今時珍しいですね。こんな店」
「あまり人も居ないからおすすめなんだ」
スフェーンはそこで金と共に屋台の席に座って二人は屋台のおでんを突く。
「おすすめは?」
「卵と大根。あとはシメのうどんだな」
「ほほぉ〜…」
スフェーンは金からおすすめを聞いた後にそれと同じものを注文して席に座る。
「おっ?珍しいな、今日は女を連れてきたか」
「おいおい、勘違いしないでくれ。俺は至って健全な男だぞ」
「またまた〜、言い訳する時ほど狙っているって知らねぇのか?」
そんな屋台の店主にスフェーンが悪ノリをする。
「まぁひどい。あなた狙っていたの?」
「おいコラ」
金は呆れた表情でスフェーンを見ると、彼女は満足げな顔で出てきた大根に舌鼓を打っていた。
「煙草は?」
「生憎、近くで済ましてくれ」
屋台の親父は煙草は駄目な様子だった。
「君、煙草を吸うのか?」
「え?えぇ、当然でしょう」
至極当たり前の顔でスフェーンは金を見ると、彼はやや苦笑気味に答える。
「いやはや…そんな見た目で煙草とはいけないね。健康的にも」
「禁煙なんて糞食らえですよ」
「おいおい、女性がそんな言葉を使うんじゃないよ」
金は片手にビール缶を握って返すと、スフェーンは言う。
「あら、あいにく女らしい教育はされたことがござぁせんので」
「やれやれ…」
近くの土手の上では列車が走り、ジョイント音を奏でる。
市内を走る環状線であり、今も市民の足として活躍している。
「だから運び屋が生業の人間なんですよ」
軽く笑う彼女に金はやや驚く。
「今時に運び屋か…珍しい」
「まぁ最近は運び屋でも運送会社を作るくらいですからね」
戦争が始まって以降、運行中に援助を受けた私掠部隊の襲撃を受けて被害を訴えた運び屋だが、個人営業が多かったが為にそれら被害は大した補填もされる事は無かった。
また運送業者も襲撃を恐れて列車を出す事は無かったので、世界的に物資の滞留が起こってしまっていた。故に戦時鉄道条約などという代物が締結されたわけなのだが…。
兎も角、今時の運び屋は友人同士などで組んで行うことが多く。運送業者との違いは事務所があるか無いかと言う違いになっていた。
「いずれは運び屋も職として名前が消えちゃうかも知れませんね」
「ははははっ、トラック運転士かな?」
「それかボーリングのピン立て」
「いつの時代の話だ」
金は注文した牛スジとこんにゃくを箸で掴む。
「はぁ…いつかは医者という仕事も消えるのだろうな」
「実際薬剤師は消えたでしょう?」
「研究者以外はな…」
社会の発展に繋がる想像力に欠けるアンドロイドは、基本的に研究職には就かない。
ハッキングによる研究成果の強奪や破壊工作を警戒してなどなど、理由は様々であるが、基本的に歩く辞典としての役割も持つアンドロイドは研究職に就くにしてもほぼ補佐役であり、研究施設においてはハッキングによる盗聴・盗視を警戒して完全サイボーグの採用は禁じているほどである。
そこで金はふと表情が曇る。
「まぁ、おかげでこの街の医療制度は完璧を自負しているわけだが…」
そこで金の表情を見て軽くため息を吐く。
「まるでこの都市は癌転移した末期患者だ…」
金は酒に酔っていないのにも関わらず、酔ったような口ぶりでため息を再度漏らす。
「嘗て世界最良の社会保障制度として機能したシーシュポの社会保険…それが今や街に経済危機だ。いつ破産してもおかしくない」
金が言うと、屋台の店主が口を挟む。
「なるほど、俺もそろそろ拠点を移した方がいいか?」
「やめてくれ親父。俺の憩いの場所がなくなる」
「ふはははっ、ありがてぇ話だ…」
そして店主は金の横に目線を向けながら言う。
「当分はここに居ますぜ。何せ今日は儲かりそうでさぁ」
「?」
どう言うことかと首を傾げて店主の視線に合わせて隣を見ると、
「とりあえずあるの全部一つずつください」
「あいよっ!」
気前よく店主は答えると、用意されていたおでんを一つずつ取ってスフェーンの前に置く。
メニューの一気注文とかいう、大人気ない…と言うよりも大人でもなかなか見ない注文方法に、金は一昔前の動画配信者を彷彿とさせた。
「すごいな…食えるのか?」
「お気遣いなさらず。金さんとの話をしている間に消えることでしょう」
「そ、そうか…」
軽く唖然となって思わず屋台のメニューを見てしまう金、ここは単品の数は少ないが、種類が多いことを売りにしている屋台である。
それ故に金は全て食べられるのかと疑問に思った。
「君は暴食か?それども大食漢なのか?」
「後者ですね。食事は楽しみながら、会話を交えてするのが基本だと思っていますので」
「…なるほど」
スフェーンの事情を聞いて金は軽く頷くと、そこでスフェーンは思い出したようにナッパ服の胸ポケットから一枚の名刺を出す。
「お渡しするのをすっかり忘れていました」
スフェーンは一回会釈をすると小皿に分けられて出てきたおでんの具を前に嬉々に箸を手に取る。
「飯豊クサビさん…ですか?」
名刺に書かれていた名前を前に彼は聞くと、スフェーンは美味そうに出汁が染みて色の変わったはんぺんを一口で食べていた。
「んん〜っ!やっぱり外で食べるおでんは一味違いますなぁ」
「そうかい?そりゃあ嬉しい限りだ」
店主も満足げに大量に注文した太客に愛想よく接する。
そんな二人を前に金彼女の本名を聞いて軽く頷いた後に名前以外何も書かれていない名刺を財布に仕舞う。
これから仕事に使う名前はこの名前で行こうとスフェーンとルシエルが話して決めていた。
故に名刺はその名前で、いずれ行うだろう運輸ギルド証明証の更新の際に変えるつもりでいた。
『しかし、名前を変えるとは予想外でした』
「(やぁ〜、いくら傭兵ギルドと違って更新年数がないとはいえ、流石に百年も使ってられないでしょう?)」
『それはそうですが…』
スフェーンが金に渡した名刺はいずれ作るだろう、自分達だけの運送会社用に作ったものである。
ただし会社の名前も所在地も何も決まっていない状態で印刷していた。
『これが俗に言う取らぬ狸の皮算用ですか…』
「(元々試作品だったから仕方ないじゃん)」
だからって名前だけ書いて印刷するのはいかがなものかと、とルシエルは思いたくなってしまう。
ちなみに達と言うのは当たり前だが、自分とスフェーンの二人で運営する小さな運輸会社という意味である。
そのために色々と準備を進めてきたわけであるので、必要量の臨界エーテルを集める事を目的に旅をしていた。
いずれ行うスフェーンと自分のコアの切り離し。その為に必要な臨界エーテルは、ざっと計算しただけで落着したエーテル・ボンバと、爆心地に顕出した臨界エーテルの確立を考えるとほぼ満たせると予想している。
『現在のエーテル・ボンバ爆心地より顕出した臨界エーテルの確立は58.2%。軍警察が調査・復興作業の為に訪れた分も含めています』
「(過半数以上で顕出しているのよね〜…)」
『始まりの火』で破壊された都市は基本的に経済的にも大きな都市ばかり、そういった場所は大半が交通の要所ともなっており、復旧作業は併合した国家からも最近では本格的な復興作業が始まっていた。
エーテル・ボンバが落着した場所は基本的に濃い活性化エーテルによる壁が出来上がっており、中にいた『帰還者』と呼ばれるあの爆発から生き残った人々の話によれば、漏斗状にエーテルの空に大穴の壁が開いていたと言う。
「(そして復興の際に行われた空気浄化の際に、表面張力を失った水のようにそのエーテルの壁は空に消えていったと…)」
『えぇ、帰還者と呼ばれた人々はアンドロイド・獣人・人を始めかなりの数がいるようで…』
軍警の調査報告書にはそれら被災地域の奥に取り残されていた人々の情報が残されていた。
『そしてスフェーンが関わった都市を最初に、軍警も動いたみたいですね』
「(はははっ、そりゃあいい事よ)」
ただし、この時点で彼女が自分のした行為で神様呼ばわりされている事は露知らず。後にこの事を知って盛大に赤面し、またイジられる事となった。
「(おかげであのマッドから定期的に郵便で送られてくる訳になったのだけど…)」
スフェーンは自分も回っているが、世界的に展開している軍警察という巨大組織はやはり強い。
そして自分は軍警察のかなり強い権限を持った人間に(実験台にされているとは言え)繋がりがある。おかげで、世界最大の軍事組織の威を借る狐として爆心地から臨界エーテルを
「まぁ…」
そして三つ目のおでんの入った小皿を片付けたスフェーンは金を見る。
「シーシュポの医療制度には色々と疑問でしたがね…」
彼女はルシエルと話しながら聞いていた金の話に口を開く。
「まぁ手厚い雇用保険のおかげで今まで市民は税金を払っていたのでしょう?」
「そうだな…ただまぁ」
「人って欲深い…そうでしょう?」
「あぁ…おかげで今度の市議会選挙じゃあ更なる手厚い労働者に対する保障を掲げる連中が大盛り上がりさ」
しかし彼に言わせてみれば、
ーーそれは四年の在任期間を維持するための言い分である。
「連中はどこからそんな金を出すんだ?すでに
少なくとも手厚い医療制度、雇用保険による解雇手当や傷病手当。それらに支払われる為の予算は火の車…それどころか火の車すら燃え尽きで久しいくらいなのだ。
「あの議会の馬鹿共は四年後しか見ていないし、市民は知らないふりをしているんだ」
「うーん…」
「君も見ただろう?ただ鼻血を出しただけなのに過剰診療をする医者。この街じゃあそれが当たり前に行われている」
なにせ儲かる。仕入れた分の医薬品の支払いをするのは行政の役割だ。自分たちはそこにこれだけの医薬品を使ったから、この医薬品を購入する資金をくださいと市役所に申請を行う。
ーーただし、購入する個数は一診療所が使うには明らかに過剰な量で。
「飛んだ横領さ。医師は必要と言われ行政から出された資金の半分も使わずに金庫に溜め込んでいるんだ」
呆れた様子で金は猪口を片手にカウンターに項垂れた。
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