シーシュポの環状線の一角、人目につきにくい場所に置かれた屋台で深夜に話す二人の男女。
そこで男は呆れながら項垂れてカウンターに頭をぶつける。
「ひどい話だと思わないか?人を治療するはずの医者が税金の横領をしているんだ」
「うーん…」
「おまけにその医者は議員に横領した金を握らせてさらに地位を盤石なものにした…」
「おおぅ…」
つまり今までの話を要約するなら、
①手厚い医療制度が出来る
②医者が不正に医薬品購入費を横領
③横領でボロ儲けした医者が議員に賄賂を送り、更なる医療保障を要望
④①に戻る
「うっわぁ…」
魔の癒着サイクルを前にスフェーンの表情が歪む。そんな彼女を前に金は苦笑する。
「分かりやすい反応をどうも。それで雪だるま式に医療補償額は増大する一方だ」
「雇用保険は?」
その問いに金は軽く苦笑して言う。
「議員が調子のいい事を言って議員の席に座った後にほんの少し雇用保険料を上げる」
「ほんの少しだけですか…」
スフェーンはどこか安堵した。
「なお雇用保険の値上げは四〇年続いているものとする」
「…」
スフェーンは開いた口は塞がらなかった。あぁ、こりゃもうダメだ。
「わかるだろう?今や市議会の予算は
「それはもう…社会保障にその他諸々がくっついているだけですね」
呆れを通り越したよく分からない遠い目でスフェーンはシーシュポの予算暴露に唖然となる。
「あぁそうさ。それだけの予算で市議会はすでに赤字だというのに、今年度の予算は黒字だ」
「え?何で?」
スフェーンは聞くと、金は何度目か分からないため息を漏らす。
「借金を借金で返しているから…と言えばわかるか?」
「…うわぁ、何その国鉄方式」
スフェーンはそこで膨大な知識の中にあったとある人類誕生の地にあったある国家の鉄道会社が出てくる。
かの鉄道会社は赤字の借金を借金で返す事で雪だるま式に借金が膨れ上がり、終いには37.1兆円という負債を抱えて分割民営化という手段で崩壊していた。(令和五年度には15兆715億円まで返済)
しかし借金は大半はその国が持ったままであり、その借金返済のために酒税と煙草税がべらぼうに高くなった過去が出てくる。
おまけにその借金は返済に何十年とかかった代物であった。
「国鉄?」
「あぁいや、こっちの話です」
スフェーンの呟きに首を傾げたが、面倒そうだったので気にせず金は話す。
「そうか…まぁ年度末に一度そうやって決算を行なって、見せかけの黒字予算を作っているのさ」
「わーお、それって立派な粉飾決算…」
絶句しているスフェーンにいい反応だと金は思う。
その言葉がすぐに出てくる時点で運び屋なんてやらずとも、教育さえ受ければどこかで議員として食っていけるかもしれない。
「それでどんどん大きくなった負債額は…」
「…」
そこでスフェーンは暴露した金の言う、この街の負債金額に絶句した。
とてもじゃないが、その金額を支払えと言われればどんなに優秀な政治家や会計士であろうと『馬鹿を言うな!無理に決まっている!!』と匙を投げるレベルの金額だった。
「ははは…ここって何年も戦争をやったりしています?」
「生憎、ここ百年近くこの街は平和を謳歌している。野盗の襲撃もここ三〇年確認されていない」
まるで戦争後のような負債額を前に思わずスフェーンは聞いてしまい、金の反応を見て『あぁ』となった。
ーーつまりこの街は、野盗ですら襲う価値のない街と思われていると言う事である。
それをこの街の市民が自覚しているかは定かではないが…。
むしろこの街の市民のことだ。『野盗が襲わないのは、優秀な医療と雇用保障のおかげで野盗になる人間がいないからだ!!』と言いそうであった。
「そして頼みの綱の石炭も、最近は質の低下で売れてない…」
石炭は業績が合わないと言う理由でどんどん生産量を落としていた。十年後には閉山しているかもしれないと言われるほどには。
「不動産バブルはとうの昔に弾けましたしね」
そこでスフェーンは六皿目の小皿を空にして積み上げる。
この街の不動産バブルは、この街の地下にヘリウム鉱床があると囁かれたところに起因し、実際ボーリング調査ではヘリウムが採掘されていた。
ただヘリウムの埋蔵量が思っていたよりも少なかったことから、このバブルは一気に弾けてしまった。
「今の市の収入は大半が市営のテーマパークと市民からの税収と言うね…」
「なんかもう…目も当てられませんね」
金の話にスフェーンは他人事のように返す。まぁ実際、スフェーンにとってみれば他人事ではある。
そして最後の一皿になったところでスフェーンは金に聞いた。
「ところで、さっき言っていた
スフェーンが聞くと、金は待ってたと言わんばかりに彼女を見る。
「そこだ。金を貸してもらうために馬鹿共は市営の民間企業・医療機関から融資を受けている現状だ」
「えっ?それってヤミ起債…」
金の話にスフェーンはすぐにその用語が浮かんだ。
一般的にヤミ起債とは、市議会や市長が許可せずに銀行・金融機関から金を借り入れる事である。
これは立派な詐欺の一種とも言われ、都市が行えば確実に最低一〇〇年の信用を失うものである禁忌の手段である。
またそれに手を出すというのは、
「あぁ、もうかなり前のことさ。一気に予算を清算して誤魔化していることに銀行が
何というか。都市が犯罪をダース単位で犯しており、『国家ぐるみの場合は犯罪にならんZOY! 』を体現したような状態である。
そんな状態にスフェーンは金に聞く。
「何でしたっけ?この…一度やばい事をやったら歯止めが効かなくなる現象」
「『毒を喰わらば皿まで』か?」
「そんな感じの奴」
いい答えが見つからないスフェーンを前に金はスフェーンの大食漢振りに軽く目を逸らす。おかしい、あれだけ注文したおでんが掃除機のように消えているのは目の錯覚なのだろうか?
「でもよくそんな状態で市民暴動が起きないですね」
スフェーンはそこで今回の市議会選挙の様子を前に軽く首を傾げていた。するとそんな疑問に金は淡々と言う。
「そりゃあ隠しているからな」
「…知ったらどんな反応をするやら」
スフェーンはもはや何も言うまいと言った表情で吐息する。
「さぁな、一部勘のいい市民はすでに気付いているだろうけどな…」
「じゃあなんでそれを叫ばないんです?」
そこでスフェーンは聞くと、金は一瞬街のビルのある方を一瞥した。
「『臭いものには蓋をしろ』と言う事だな…」
そこで彼は先ほどの公開討論会で突入してきたあのバットを持った市民を思い出す。
「『崩れかけの神話』ほど、恐ろしいものはないさ」
「崩れかけの神話…?」
どう言う事だろうと首を一瞬傾げたスフェーンだったが、ルシエルの指摘ですぐに理解する。
「…あぁ、なるほど」
「分かってくれるかい?」
金は察しの良い運び屋の少女を前に、こんな部下が欲しいものだと思いながら話を続ける。
「かつてこの街は、炭鉱と不動産バブルで世界一の社会保障制度を整備した。それはある種の『神話』として今も市民の間で言われ続けている」
出なければ今も市議会議事堂の中央広間に堂々と、その社会保障を整備した市長のブロンズ像が建立され、街中にその偉業を讃える碑文が残されるはずがないのだ!
そしてその市長の功績は、この街の教育機関でも必ずと言っていいほど読み聞かせられており、市民の脳裏に焼き付けられていた。その市長が残した文言は市民が簡単に手に取れる場所にあり、まるで聖書のように扱われている。
「そしてその世界一の社会保障制度を世界に発信するために、この街は町外からの人間にも同様の医療制度を適用できるようにした」
そしてその目論見は成功し、この街を訪れたほぼ全ての人が『この街の社会保障は素晴らしい!ぜひ我が街でも模倣すべきだ!』と思った。
少し出ていく歳出の額は多いが、この街を起点とする経済圏が賄ってくれるだろう。主要幹線のターミナルがあった当時はそう思われていた。
「そして社会保障の教祖としてこの街は『より良い社会の実現』を掲げて福祉都市へと変貌したが…」
ーーあまりにも金がかかりすぎた。
そして運が悪ことに、その時期になると鉄道管理局は複線機関車すら通行可能な、近くの山脈をぶち抜いた基底トンネルを完成させてしまった。
「企業からの支配を早々に抜け出したはいいが、医薬品などを取引する相手は企業だ。当然、技術の発展とともに医薬品は効果も値段も飛躍していく」
そしてどんどん膨れていく負債はいわば風船と同様。
入れる空気を負債、抜ける空気を返済と表現するなら、今は圧倒的に風船に入る空気が多い。
そして風船に空気を入れ続ければどうなるか?
「当然、限界を迎えれば破裂する」
かつてこの街で起こった、不動産バブル崩壊のように。
「下手すると再来年…長くても五年後にはこの街は財政破綻するだろう」
「…でも事実を言えば」
「まぁ、話を聞いていた周りの市民から袋叩きに会うのがオチだろう」
「…」
「実際、それをやってうちの支援者が何人も病院送りだ」
金は改正したい制度に命を助けられたもんだと皮肉る。
「全く、やってらんないね。この街はいずれ、自ら世界一と叫んだ社会保障で殺されるんだ」
軽く自棄のように彼は酒を煽る。
「…もしかして、この街が帰属しないのって」
スフェーンは一瞬固まって呟くと、それを聞いていた金は頷く。
「あぁ、この街の負債額を…多分諜報で知ったんだろう。フランクとアンサルドから拒絶されたのさ。この街の市長はね」
なぜそれを知っているのかは聞かない方がいいのだろうが、スフェーンは納得した。
フランク共和国とアンサルド連合国はどちらも共和国制国家であり、前者は議会に複数政党制、後者は二大政党制を採用した国家である。
そして二国は帰属した都市に多少の負債があれど各都市を帰属させた国家であるが、そんな両国が揃って『NO』を突きつけた街、それがシーシュポであった。
「面食らった市長は部屋で茫然となっていたさ。『この街は二つの国に見捨てられた』とな」
知った様子で金は空になった徳利の中身を追加で頼んだ。
「まだまだ俺の愚痴に付き合ってくれるか?」
そんな問いに少女は軽く笑みを見せて頷いた。
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