廃遊園地での事件を終え、その後の隠蔽工作やらの後片付けでしばらく時間を取られたスフェーンとサラ。
彼女達は最後に最も重要な話をする必要があった。
「なるほど、それで御二方はバロー・ギャングを相手に戦ったと…」
静かに、しかし緊張感を持ってナイフのような鋭さを持った声色でメアリーは正座をする二人を見下す。
「はい…」
「そうです」
正座をする二人は小一時間ほどこの状態で、既に足の感覚は失われていた。
「全く…貴女方はどうして行く先々で問題を起こすのですか…」
心底呆れた様子でメアリーは大きなため息を漏らす。
スフェーンとサラは、軍警察の通報の後にすぐに飛んで来たメアリーに捕まって市内のホテルに宿泊をさせられた。無論、サラのために市内で一番高い部屋である。
「そんな、私たちに言われましても…」
サラが口を開くと、メアリーはカッと目を見開いて静かに言う。
「今、お嬢様の意見は聞いておりませんので」
「…」
マジギレしているメアリーを前にサラは一度あげた顔をそのまま下に降ろすと、そこでメアリーは言う。
「御二方…特にお嬢様」
そこでメアリーはサラを見る。
「運に恵まれて何よりですが、もし貴女がお怪我若しくは誘拐などに遭われた際、スフェーン様とのお付き合いも考えさせてもらいますので」
「っ!?」
長期休暇を取った時の遊び相手がいなくなるサラにとってみれば死活問題となる発言を突きつけられ、咄嗟に青ざめる。
「それは…っ!」
「お嬢様、休暇を申請されるのは労働者としては基本ですが、貴女はアンデルセン家の御息女でもあられます。家督を継ぐ気がないにしろ、貴女様は世間では要人になるのですよ?」
サラはカジノの買収を今まで何度も成功させてきた女傑である。一部メディアにも露出する人物であり、知る人は知っている人物だ。
確かにそんな人物が夜中に廃墟を散策したり、幽霊屋敷を訪れたりと中々危ないことをするのは危険極まりない。
またメアリーの場合は、彼女が幼い頃から養母として育ててきたこともあるのだろう。
こう言う事件に巻き込まれた場合、育て親というものは不安に駆られると言うものだ。
「スフェーン様も」
「あはいっ!」
するとメアリーは今度は矛先をこっちに向けてきた。おい、こっちは巻き込まれた側だろう?
「今後サラお嬢様のご予定変更があった際、貴女様も制止させるように。今後は少しばかり貴女様への対応も変えなければなりませんので」
「っ!分かりました!!」
メアリーを前にスフェーンは大きく頷いた。
今回の事件でスフェーンへの報酬は前金だけで終わり、収入は半減してしまった。それはかなり痛手であり、スフェーンもやっちまった手前それを了承するしかなかった。
「何かあった場合は羽交締めにしてでも止めさせていただきます!」
「ちょっと!?」
「えぇ是非ともそうしてください。今後このような事が二度と無いように」
そこでひとしきり叱り終えたメアリーは最後のシメを行う。
「では…」
そこでメアリーは大きく腕をふり被ると、
ゴスッ!「「ぎゃぁぁぁぁぁああっ!!」」
そのまま二人の脳天に一発拳骨を落とし、直後に二人から悲鳴が上がった。
「いっ痛たたたたた…」
メアリーから解放され、スフェーンはメアリーの拳骨で脚の痺れが吹き飛んでしまいながら出来上がったたん瘤を摩る。
「アンドロイドの腕なんだから…もうちょっと加減してほしいもんだよ」
『でもサラさんの予定変更に反対しなかったのはこちらの落ち度では?』
サラは現在、メアリーから追加の説教を受けており、スフェーンですら足の感覚が消えていたので、もうどうなっているかは想像するしかなかった。
『バロー・ギャングのニュースは既に市井に広まっているようですね』
ルシエルはそこで、既に市井で話題になっているバロー・ギャングの逮捕のニュース。
彼らは軍警察の捜査網に引っかかり、拠点としていた廃遊園地で戦闘の後に拘束されたと記していた。
「わぁ、さすがはお嬢様」
『見事に書き換えられ、軍警察の内部資料にも同様に出動記録がそう記されていますね』
逮捕日時を書き換え、手錠を嵌めた日付を一日ずらしている内部資料。その資料に一切の違和感はなく、見事に偽造されていた。
こう言う時、金を持っていてある程度認知された人物というのは強い。
「ちゃっかり捕縛金も貰ってんのさすがだと思わない?」
『えぇ、やはり今まで何度も買収交渉を行ってきたからでしょうか。彼女はとても口が立つようですね』
そのおかげで吹っ飛ばされたバイク分の補填の為に捕縛金はほぼ全額回された。
軍警察としても治安悪化の要因であり、尚且つそれがこの地域における犯罪者たちの垂涎の的となっていれば、犯罪組織化する前に叩く必要があった。
これにより、バロー・ギャング達の掃討が正式に行われる事となる。
なお後年に投獄されたバロー・ギャングの内、クライドとボニータはレイクバレー刑務所から脱獄を行い、その後司法局から軍警察に『射殺令』が発行された稀有な事例まで発展する事となった。
「さーて、新しいバイクでも探しますか」
『またバイクですか?』
「何か?」
スフェーンはややジト目でルシエルに聞くと、彼女は一考した後に軽く頷いた。
『…いえ、私はスフェーンの趣味に極力口出しするつもりはありませんので』
「よく言うよ。列車の塗装に散々文句を言ったのに」
『いや、あれは確実にスフェーンが…』
そこからは途方もない水掛け論に突入し、二人がバイクのディーラーに到着するまでそれは続いた。
数日後、説教やその他諸々の手続きを完了したスフェーンとサラは市内のカフェで話していた。
「それでーーー」
そこで話されていたのは、いつもの二人であればしているような仕事の愚痴の連鎖や世間話などではなく、しっかりとした真面目な仕事の話だった。
「分かりました。では、そのように契約を行いますね」
完全に仕事人の格好と口調でスフェーンと正式な取引を行っていた。
そして横の携帯印刷機によって契約書が印刷され、スフェーンはそこで持っていたボールペンを手に取る。
近くの文具店で買った安物だが、こう言ったアナログな方法が最もハッキングに強い。
「…なるほど」
契約書に記された名前を見てサラは、仕事の時に使う名前を確認した上で了承する。
そして契約を終えたスフェーンは提示した条件が丸々呑まれた事にやや拍子抜けしながら腕を伸ばした。
「ふぅ…まさかこの腕で本を出すとは…」
そしてそこで契約書を鞄にしまい込んで、仕事人から個人に口調を変えてサラは話す。
「あら、私小説ってハマれば売れるのよ?」
「ハマれば…ねぇ」
だからってその為に新しく出版社を作るなやと一言申したかった。
「よっぽど自信があるのね?」
「そうね、まぁ娯楽施設ばっかりの運営から色々手を伸ばしたいと思っていたから。ある意味で買収ではないゼロからのスタートよね」
サラの実家のアンデルセン家はカジノ王のシェリド・アンデルセンから始まった百年にも満たない家系。
元が賭博や株式で莫大な利益を上げた事で行ったカジノの買収が出発点であった。
「すでにジャックお兄様には伝えて了承してもらったわ」
「相変わらず根回しが早いことで…」
スフェーンは苦笑気味に返した。
長男ジャック・アンデルセンは経営のプロだ。今でも飽くなき膨張を続けるアンデルセン・グループの手綱を握れており、相馬眼も持っている事から父の才能の片棒を受け継いでいた。
次女サラ・アンデルセンは交渉のプロだ。例えるなら、パン生地を膨らませるイースト菌と言ったところだろう。今まで多くの企業の買収、株式購入でグループの拡大を直接率いている。彼女もまた賭け事や金の匂いを嗅ぎつける能力は強く、父親のもう片方の才能を継いでいた。
じゃあ次男のルシフェル・アンデルセンと長女ミカ・アンデルセンはどうなのかと問われると…正直金持ちらしい金持ちというべきか、教育はそこそこ。
カジノ王の血を引く者らしく賭博と観察眼を有しているが、サラやジャックほどのアスペルガーほどズバ抜けた才能は有していなかった。
まぁ言ってしまうとパッとしないのだ。
「いくら跡を継がないとは言え、結婚は考えているんでしょう?」
「えぇもちろん」
まだまだ新興であるアンデルセン家。子を残すことは一族の繁栄にもつながる重要な儀式である。
「でもまだ暫くはやるわ」
「あっ、そうなの」
スフェーンはそこで軽く驚きながらも納得した様子で今回結んだ契約書を改めてみる。
内容は、前にサラに提案されたあの日記の書籍化だ。
まぁ恥ずかしいっちゃあ恥ずかしいが、サラに幾つか身バレを絶対防止するための契約を行った事で了承した。
まず原稿は郵送のみで行い、取材等は一切拒否。顔も合わせないし、原稿の編集は自由にしてくれ。ただし原稿に期限もつけないでくれと言ったスフェーンは無理難題を提案したが、サラはその全てを飲み込んでOKをした。
まぁだからスフェーンはサインせざるを得なかったのだが…。
この新しく作る小さな出版社は、今の所スフェーンのためだけに作られたようなものだった。
「…ところでスフェーン」
「ん?」
すると唐突にサラはアイスティーを飲むスフェーンに聞いた。
「貴方、もしかして何処かのお金持ちの生まれだったりする?」
「…?」
その問いにスフェーンは少し間を開けた後に首を傾げてから理由を聞くと、
「やぁ、どうしても貴方の普段のマナーとかの仕草を見ていると慣れている雰囲気があってね。とても運び屋じゃあそう言うことを学ぶ機会って少ないんじゃないかなって…」
「あぁ…」
スフェーンはそこで軽く頷いた後にほんの一瞬だけ、なんとも言えない目をふっと浮かべて一瞬で消した後にサラを見た。
「昔、そう言うことを教わる機会があっただけです」
「…そう」
その時のスフェーンの表情を見たサラは、その時のなんとも言えない。本当に何も感じていない虚無のような目を前に思わず震えた。
これは恐らく恐怖。
生に対するものか、一度も目にしなかった親友の眼差しによるものなのか。それは分からなかった。
ただ一つ言えたのは、この話は二度とするまいと言う固い決意であった。
「…じゃあ、私はそろそろ仕事なので」
「えぇ…気をつけてね」
「どうも」
そこで彼女は席を立って消え、店の外に停めてあったバイク。この前受け取った捕縛金で新しく購入した
カフェに一人残ったサラは、そこでスフェーンの消えた方角を見ながら数日前にメアリーから言われた報告をふと思い出した。
『スフェーン・シュエットは今から十年前より過去の経歴に少し不可解な点がある』
カジノ王の御息女であるサラ・アンデルセンに個人的に会える人は絞られる。
無論、友人として付き合うのに安全であるかどうかはメアリー達が事前に、綿密に精査していた。
そこでスフェーンはなんの後ろ盾もない、誰かからも命令されないただの運び屋であると調査でわかったから今の関係が築けていることも承知している。
ただ一点、十年前より過去の経歴に若干の不鮮明な点があることを除けば。
これは現地に調査に行ってまで得た情報なので精度は高い。ただ、スラム街出身であればそう言った若干の不鮮明は仕方のないところがあった。
サラは彼女の事を、何処かの企業が秘密裏に行ったクローン兵であると推測していた。
「やっぱり…何処かで彼女は教育を受けていた可能性があるわね…」
そしてサラは誘った夕食の際、彼女の食事のマナーが自分にされたのと同じであった事から、実は彼女はそれなりの家柄の育ちなのではないかと思っていたが、証拠は何もつかめなかった。
「…やめておいた方が、良いかも知れないわね」
サラはそこで自分の今まで培ってきた経験を前にそう判断すると、それまで考えていた思考の一切を頭の片隅に追いやって忘れることにした。
少なくとも今は敵ではないのだから、このままいい友人として付き合えたら何よりだった。
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