終戦を迎えた事で、世界は再び平和な時代を迎えつつある。
確かに多くの国々では火種を抱えたままではあるが、後ろ手に棍棒を持ってにこやかに相手と握手をするのが外交というものである。
かつての偉人も『戦争は外交の延長である』という言葉を残している。
大抵の事は外交交渉でできるというもの。ましてや多くの国々で政治の指揮をとっているのはかつては企業の営業マンとして働いてきものばかり。
彼等とて戦争を行うか否か、どちらの方が利益率が良いのかというのはすぐに計算で出せるような人達。年々増大して行く戦争という莫大に費用の掛かる事業を前に、四苦八苦してきた彼等が生きている間はまだ戦後は続くだろう。
「いやはや、まさかこんなところで会うとはね〜」
スフェーンは運輸ギルドのカフェで反対に座る青年を見ながら言う。
「えぇ、全くです」
その青年は何処かよそよそしく緊張していた。
彼の名はアーツ・パトリック、この戦争で難民となった青年であった。
「あの時はありがとうございました」
「えーえー、ありがたがりなさい。もっと崇めても良いのよ?」
「え?そっ、それは…」
スフェーンに言われて困惑する彼を見るのは面白い。
「じょーだんじょーだん。間に受けすぎると胃に穴が開くわよ」
「は、はい…!!」
どうにも気の弱い様子の彼はこの都市に仕事を求めてきた難民であり、彼の故郷では戦争があったと言う。
「戦争は終わったわよ?」
「確かにそうですね…しかし今帰ったところで、故郷にある家はバラバラに壊れているでしょうから。政府の再建を待つしか無いんです」
「あぁ…」
なる程、戦争難民である彼の実家は戦争が終わったとはいえ戦後復興はまだ始まったばかり。
まだ家がないのに故郷に帰ったところで原始時代のような生活を送る必要があると言うことだ。
「…ん?ちょっと待って?もしかして…」
そこでふと、スフェーンはある事にピンと思うとアーツに聞いた。
「ねぇ、もしかして難民申請切れた?」
「ど、どうして分かったんですか?」
アーツは驚いた様子でスフェーンを見ると、そこで彼女は納得した様子でアーツに言う。
「やっぱりか…」
「まさか難民申請に打ち切り制度があるだなんて…思ってもいませんでしたから」
「あ〜…」
アーツはそこで萎れた様子でその時のことを思い出す。
当時、世界的に爆増していた戦争難民。それによる治安悪化を前に各国政府は終戦直後に難民申請の受け入れを停止。それと同時に、国内にいる難民申請を通さずに滞在する人々。俗にいう不法難民の取り締まりを軍警察と協力して国軍を派遣。不法移民の厳しい取り締まりをしていた。
「まぁ、どこ行っても難民は苦労するでしょうね…特に戦争が終わった今なら」
ただでさえ戦時中から何かと嫌われることの多かった戦争難民。戦争が終わったならとっとと母国に帰りやがれと叫ぶ人は多かった。
「帰るといったって、僕たちはまだ家すらないんですよ?まだ帰るっていったって…」
そこでアーツは、難民保護費を打ち切られたことで家族を残して出稼ぎに来ていると言う。
「ぼ、僕が働かないとで…」
「は〜、そりゃ大変だねぇ」
そう言うスフェーンはアイスティーをストローで吸う。
「ひ、人ごとみたいだ…」
「実際赤の他人ですし」
スフェーンは冷徹にアーツに返すと、そこで持っていた五〇〇輪硬貨を弾く。
「まっ、頑張りなよ〜。私これから仕事だから」
「そ、そうか…じゃあ頑張ってね」
アーツはスフェーンの投げた硬貨の意味を間違える事なく手に取ると、仕事に向かうスフェーンを見送る。
「すごいなぁ…」
まだあんな若いのに。アーツは自分よりも何倍も逞しく見える少女の後ろ姿に驚いていた。
運び屋を生業としているあの少女は、いつも仕事場の工事現場に来る列車の一つを操作している。今まで何度か彼女が工事現場に荷物を届けているのを見ている。
紺色の作業着に略帽、両手に白手袋をはめて働く彼女はどこか頼もしかった。
「あんなに子供でも働いているのに…なぁ」
彼女から受け取ったこの五〇〇輪硬貨を前に彼は考える。
「(でも働かないと…)」
戦前は大学に通って経済学を学んでいた身であったが、戦争が始まって。それで今は国外になってしまったその大学にいた自分を頼りに家族が避難してきた。
そして奨学金を借りていた自分だったが、家族が避難してきたことで学業の方もおぼつかなくなって、休学を申請した後に自主退学をした。
かつて自分が住んでいた家は、避難してきた家族が身を寄せ合って暮らしていた。
自分は戦前からその国に暮らしていたので、事前に発行されたビザが有効だったが、もうすぐそれも切れてしまう。
「(はぁ…)」
昔から押しが弱い弱いと言われ続けた自分は逃げるように家を出たと言うのに、今は家を出た先で家族がなぜか暮らしている。
そして避難してきた家族が次の仕事に就く間、面倒を見てくれと頼まれて三年が経っていた。
就職難のこの時代、家族は仕事に就く事もなく難民申請が取ったことで幾らかの保護費用が支給された。
しかし一ヶ月ほど前にその保護費用が打ち切られた事で自分が働きに出ることとなった。
「…あっ、そろそろ行かないと」
アーツは時計を見て慌ててカフェで料金を払うと、彼はそこで仕事現場に向かった。
「やれやれ、押しに弱い人っちゅうのは面倒な事だね」
列車に乗り込みながらスフェーンは言う。
『アーツ・パトリックは、大学では経済学を専攻していた学生のようです』
「おぉ〜、さっすがルシエル。仕事が早いことで」
さっき話していた時に彼の表情を見て何か後ろめたいようなことがあるのだろうと察したスフェーンは、そこで少しだけ彼の事が気になっていた。
『一応調べはしました。これからどうするんですか?』
「うーん、そうね〜…」
スフェーンはそこで一考する。
「正直見捨てるのってのも後味悪いよね〜」
『…大概、スフェーンってお人よしですよね』
「やーね〜、手の届く範囲でなんとかなる手段が思いついたらちょっかい出してみたくなるだけよ」
スフェーンの人助けの持論を聞き、そこでルシエルは今まで経験してきた過去の経歴と照らし合わせてふと思った。
『…その手を出した場合、大概大問題になっている気がするのは気のせいですかね?』
「さぁね〜」
スフェーンはそう返すと、列車に乗り込んで仕事に向かう。
『ーーーよって、被告人には過失があると認められ…』
その日、裁判所ではある男の公開裁判が行われていた。
弁護士と検察官が向かい合って立ち、中央の証言台には一人の男が立っていた。
『被告人は業務上過失致死罪とし、懲役四年六ヶ月。執行猶予六年を言い渡す』
裁判長は証言台にて立つジェロームに判決を言い渡すと、傍聴席に居た記者達が驚いていた。
「何だって?!」
「嘘だろ…?」
「マジかよ…」
判決を聞き、記者達は驚いた様子でざわついたので裁判長が木槌を打って場を鎮める。
『被告人、ジェローム・サックス。この判決に異議はありますか?』
「…いいえ」
『では、本裁判の閉廷を宣言。手続きの後、被告人は然るべき態度を取りーー』
裁判長が宣言をすると、記者達は驚き。裁判席に座る法廷画家は必死にその様を書き留めていた。
今回の裁判の被告人であるジェローム・サックスは十年前のタルタロス鉱山崩落事故の際、当時ペアを組んでいた傭兵であるレッドサンを殺害した容疑で起訴されていた。
軍警察の厳正な捜査と集められた捜査資料。そして独立した司法権を行使した司法局は彼に執行猶予付きの罪状を言い渡した。
罪状は当時の状況から考えてた所、アイリーン社のPMCが背後から奇襲を行い、戦闘に発展。その際に狭い空間で取り回しの悪い武器を取り扱っていた彼は、そのままレッドサンの乗機を誤射。と言う判断が下された。
仕事時の事故と同じ罪状が言い渡され、ジェロームは法廷を出る。
「(終わったのか…)」
法廷を後にして大きく、どっと疲れが溢れるような感覚になる。
「(やれやれ…)」
自分をうまく出しに使ったものだと、この状況に持っていったある青年の顔がよぎる。
『とりあえず、貴方にはスケープゴートなってもらいます』
開口一番にそう言ってこの話を持ちかけてきた時は耳を疑ったものだが、一種の司法取引であると彼は受け取っていた。
その時、末恐ろしいと思ってしまうことを彼は口にしており、あの頃の孤児としての気の弱い姿はどこかに消え去っていた。
ーー傭兵を司法局の罪状で裁いた。
これから司法局は傭兵達を軍警察の軍事裁判ではなく、司法局で裁くことが可能となる。その実績があるのだと、この裁判ではそれを証明することとなった。
ーー傭兵が一つの仕事として認められる。
傭兵ギルド創設と合わせてジェローム・サックスがかねてより求めていた事だ。
今までは単なる浮浪人や犯罪者が行き着く先の仕事ですら無い合法的な殺し合い程度にしか思われていなかった傭兵と言う仕事の、印象改革に一役買う事に自分はなったのだ。
この事実を、おそらく報道機関は大々的に報道する事は期待事項の一つだろう。
現在、軍警察は多くのアイリーンに関する情報公開を行なっている。
ーー戦前の強引な土地買収と都市占有。
ーークローンや子供を使った非人道的実験。
軍警察にその後保護されたその少年は、メイコーにてアイリーンが抹殺のために暗殺を依頼していた記録も残されていた。
この様に軍警察の『アイリーンは悪である』と言う印象操作を報道機関はよく読んで記事を書いており、自分はこれで晴れて『アイリーンとの戦闘に巻き込まれた哀れな傭兵』となる。
「(だが手を切って正解だったな…)」
ましてや子供を使っての実験や子供を暗殺したという事実に内心彼は安堵も混ざっていた。
自己保身と言われればそうかもしれない。しかし手を切って良かったと思っていることが多いのも事実。まぁ代わりに仕事は今まで以上に苦労することとなったが…。
現在は傭兵に関係することからは完全に手を引き、被告人として証言台に立っていた彼は、そのままゆっくりとした足取りで裁判所を後にした。
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