ニーゲルンダヨースモーキー
ブルーナイト、本名ジェローム・サックスに軍警察司法局が下した判決は、すぐさまネットニュースになって世界中に広まった。
傭兵が業務上過失致死罪として司法局で裁かれたという事実は、傭兵が仕事として軍警察からも認められる事となった歴史的快挙であり、後に傭兵に対する視線が大きく変わる切っ掛けとなった判例となった。
「業務上過失致死罪…ね」
そのニュースはもちろん、北極大陸。その現場となったテミス・シティに近い場所で仕事をしていたスフェーンも目にしていた。
『ジェローム・サックス氏に下された判決は執行猶予付きの実刑…業務上過失致死罪の中では比較的重めの判決です』
「裏で取引があったと思う?」
『それは確実でしょう。司法局に『ブルーナイトとアイリーンの接触』に関する捜査資料が提出されておらず、軍警察のデータベースにもそのような情報は抹消されています』
「おーおー、やっているねぇ。誰がしでかしたんだか…」
おおよそ誰がやったのかは想像がつく。我ながら恐ろしい子に育ててしまったものだ。
まだ軍警察の学校を出てから数年だろうに、よく出世をしている。
『軍警察の目的はあくまでもアイリーン社を徹底的に干し上げて彼らの有していた財産を絞り出させる事…徹底していますね』
「パシリコの方に動きはないの?」
『今のところありませんね』
ルシエルはそこで検索をすぐにかける。
インターネットさえあればどこにでもアクセスできる圧倒的な計算量を有しているルシエル。ほぼ使わないからとスフェーンの演算容量も使って行うハッキングは無類の強さを誇った。
「パシリコ共和国の目的は南側諸国の分裂…だったわね」
この前、首都だったグリーンボウルが事故で吹き飛び、サブラニエとの交渉を一時中断する羽目になったパシリコ。
正直パシリコとサブラニエ、どちらが愚かかと問われると今の世論的にはパシリコであった。
でなければ戦後交渉の途中で政権交代が起こるはずもなかった。
モハメド政権はグリーンボウル爆発事故を受けて不信任案が議会から提出され、弾劾裁判を受けた後に大統領を退陣させられていた。
『今は戦後の経済の中心地の奪い合いを目的とした政争が行われています』
「ヒュ〜、そこは営業マンのワザマエが試されるところよ」
スフェーンはそんな話をしていると、仕事場の都市の一角に新たにできたファストフード店に来客があった。
「あっ、スフェーンさん…」
「よっ、今日は誘ってくれて感謝だよ」
アーツはそこで作業着を着たまま席に座り、注文したハンバーガーを食べる。
「どう?最近は結構様になってきたんじゃない?」
「そ、そうでしょうか?」
スフェーンに言われ、少し嬉しそうにする彼は、最近の労働とスフェーンからの忠告を受けて採り始めた三食の食事のおかげで付いてきた筋力に、少し自信もついてきた様子だった。
「へへへ…スフェーンさんには感謝しかありません」
「そう?ちょっと助言をしただけよ」
普段は運転士として環状線を回りながら荷物を運搬し、工事現場でコンテナの積み下ろしを行う。
そして時折アーツとこうして何処かあって食事をとる。
「でも、あなたのおかげでちょっと踏ん切りがついた気がするんです」
彼は大学に進学した際に家から逃げるように飛び出したという。そして大学では経済学を専攻していたが、戦争が始まったことで故郷から家族が難民として彼を頼りに避難。家を占拠してしまったという。
「この仕事が終わったら、私は勝手ながら家族と縁切りをさせてもらおうかと」
「おー、良いね。頑張って〜」
そして家を占拠した家族はそのままアーツに仕事を探して欲しいと依頼。自分達は戦争難民の為の保護費を使って不労所得の生活を送っている。
一応初めの頃は真面目に仕事を探していたそうだが、もとより仕事を嫌う性格。あっという間に自堕落な性格になったと言う。
「(どうしてこんなトンビが鷹を産んだような状況になる?)」
『彼の心の何処かには反骨精神的なものがあったのでは?』
「(じゃあなんであんなヘタってたん?)」
『さぁ私に言われましても…』
ルシエルとそんな推測を立てながらスフェーンはアーツを見ていた。
ガシュガシュガシュ
ドラフト音を奏で、シリンダから蒸気を吐き出しながら灰色の世界を走る
ッーーー!!
運転室にはナッパ服に略帽、黒く染まった軍手をはめて持っていたシャベルで石炭を投炭口の焚口戸を開いて中の火室に石炭を叩き込む。
その姿は透明人間のように見えず、服や帽子は中に浮いているようだ。
「…」
牽引している六両のコンパートメント客車の一つに二人の乗客がいた。
「…」パラ
その車内で分厚いハードカバーの本を開いて本を読んでいるのは肩まで下ろした灰髪に虹と灰のオッドアイを持つ少女。
「本か…」
「えぇ、知りたい情報を読む時によく使います」
「ふーん。物好きだねぇ…」
その反対に座っているのは同じ灰色の長髪に長身、頭上の一対の鹿角、そこに林檎の花が数輪咲いていた。
彼女の目は右目が虹色なのでスフェーンである。彼女の様相は初老の女性であり、顔に若干のほうれい線が浮き出ていた。
「ふぅ…」
車内でマッチを擦って火をつけて、いつものラキストに火をつける。
今の彼女の見た目が初老の女という事もあり、煙草を吸う様はよく似合っていた。
「ふぅ…」
傭兵時代から愛吸する銘柄。スフェーンの喫煙生活を前にルシエルはもはや諦めていた。
「相変わらずの喫煙ですね」
「こればっかりはねぇ…」
「たまには違う銘柄でも吸ったらどうです?」
車内でルシエルは本を読みながら言うと、スフェーンはやや驚きつつも座席に深く座った後に煙草の煙が昇るのを見る。
外は相変わらず灰色の世界。足元は薄い水面が張られ、その上を列車が走る。この世界には火山が噴火した後のように暗く、常に雪のような灰が降っていた。
そして一面の薄い水面の上を走る列車のそばには数多の巨大な残骸が降り注ぎ、地面にあたってはそれぞれ速度は違えどゆっくりと沈んで消えていく。
「吸うと言ってもねぇ…」
そんな窓辺を見ながらスフェーンはそこでふと思い返す。
「…」
その時のスフェーンの表情を眺めるルシエル。生憎、あれからも毎日自分を人体実験している為、この場所ではスフェーンとは別の体となった事で、彼女の思考を直接耳にする事はない。
しかし彼女とも長い付き合いで、自分も彼女から多くのことを学び、その中には彼女の思考を表情から読み取るという技術があった。
「(彼女は、少なくともまともな人ではない…)」
スフェーンがまだ男だった頃、まだ最強のオートマトン乗りの傭兵として名を馳せる以前の頃。
彼がまだ子供だった頃、その記憶を当然彼女になった際に記憶が同期し、自分という我を認識した時に見た彼の記憶。
彼の一挙手一投足は極めて極端な機会主義的思考で動いている。
過去の経歴を考えると仕方のない話と思える話ではあるし、実際傭兵と言う身近に命のやり取りをする戦場ではそう言った日和見が命取りになり、命の息吹を感じ取る事はとても重要であった。
だからブルーナイトと出会うまで、彼は滅多にペアを組む事はなかった。実際、彼とペアを組んだのは彼が静かで字が綺麗だからと言う理由だけからだった。
「…」
当時はまだ常識と言うものを学んでいなかった自分は違和感を覚えることがなかったが、スフェーンと共に色々と旅をして、経験をした上で彼女の思考は異常であると言うのがよく理解できた。
「ふぅ…」
車内で煙草を吸い、客車のアーク灯のほのかな灯りが淡く点滅しており、列車の揺れと合わさって二人の座る客室は遠くから機関車のリズミカルなドラフト音と列車の揺れを感じていた。
「…本気でやるのですか?」
そこでルシエルがようやく本題に入った。
「無論だ」
スフェーンは煙草を咥えながら頷く。
「この世で産まれたものは全て自立するようにできているのが社会というものだ。そうだろう?」
「…」
煙草を吸い、スフェーンは聞くようにルシエルに話しかける。
一見、叔母と子の会話のように見えるが、姉なのは座っている子供の方である。スフェーンは非常に不本意ではあるが、そう言うことになっているのだ。
「まぁ、同じ体を何百年も共有するんだったら色々と苦労することも増えるに違いない。だから先に分けておこうという話だ」
「しかし…」
ルシエルは今でも十分ではないかと聞くと、
「なんだ?そんなに体を分つことが苦手かい?」
「いえ…それは…」
あの体を使い初めて早十年。恐ろしいくらいに時間経過が進んでおり、その間に世界は様変わりしていた。
あの次元の世界で実体としての体を一人二役で使っている今の状態。
前に臨界エーテルを摂取したことで体内の人核の分割が進み、この空間では二人の姿を変えることができるほどの余裕が生まれていた。
「…今度、私たちの今いる街の近くでブルーナイト氏の移送が行われるそうです」
「ほーん…」
ルシエルはスフェーンに話題を変えると、その話を知ったスフェーンは短くそれだけを返す。
「会いに行かれないのですか?」
ルシエルの問いかけにスフェーンは、
「…ふっ」
彼女の顔を見て軽く笑った。
ルシエルは読んでいた本から顔をあげ、スフェーンの顔を見ていた。
「珍しいね。今まで散々私に言ってきたのに」
「…もう命を狙われる心配は無くなったからですよ」
「やれやれ、強がっちゃって」
くすりと笑みを浮かべた彼女はルシエルの頭の上から軽く手を当てて撫でる。その時の彼女の姿は若く張りのある肌を持った長身の女だ。
彼女の精神は実体を持たないがために様々な姿を持ち、その為に歳を取ると言う行為を自分の手で、手動で行う必要があった。
「まあでも…」
そこでスフェーンは吸い殻を掌で灰すら残らないほどの高温で燃やし切るとそこで立ち上がる。
「ちょっとだけ会ってみるのもありかな…」
彼女はそこでルシエルに聞く。
「どうする?まだ残るかい?」
「…いえ、一緒に行きましょう」
そこでルシエルは読んでいたトシゴローの記憶を持ったまま席から降りると、そこでスフェーンはルシエルの体に腕を回して脇に抱えた。
「うわっ」
「飛ぶよ」
「…はいはい」
いつもの思いつきと言うやつかとルシエルは諦めた様子でコンパートメント客車の扉を開けると、そこでぶあっと強い風が吹いて中に微かに灰が入り込んだ。
「飛ぶぞ」
「いつでも」
そこで暗闇の中にスフェーンとルシエルは勢いよく飛び出した。
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