「…」
眼下に広がる永遠の白い大地をある男が見ていた。
「…」
その男は、かつて被告人として裁判所の証言台に立っていたが、この前言い渡された罪状によって彼は事故で相棒を殺してしまった巻き添えを喰らった哀れな傭兵として世間からは哀れみと困惑の目を向けられる事となっていた。
「はぁ…」
二重窓の極地用客車の一つに乗り込み、罪人ではあるが一般人として人として最低限の生活を営む権利を返還される事となった彼は軽く吐息する。
「全て終わったか…」
列車はこれからヴェルヌ大陸と北極大陸との玄関口である
そこから飛行機に乗ってウエルズ大陸に戻る予定となった。本来であれば北極大陸からウエルズ大陸は砕氷船型鉄道連絡船があるのだが、生憎とそちらは予約が取れなかった上に、少しゆっくり帰りたいと思ったのでこちらのルートを通る事にした。
『間も無く列車は…』
海峡を跨ぐ海峡横断大橋を前に最後の停車駅に列車は停車すると、そこで数名の人たちが乗り降りする。そしてドアが閉まり、機関車に引かれ、二五両編成の列車は静かに走る。
この車両は軍警察が貸切を行なっており、彼の近くで座る乗客は全員が扮装した治安官である。目的はジェローム・サックス暗殺の阻止だ。
今や傭兵の間では極めて微妙な立ち位置にあるブルーナイト。彼の判決に対し不平不満を募らせる連中も当然おり、そのような輩が粗相を起こした場合、彼は傭兵ギルド創設者であるが故に大小なりとも混乱が起こる可能性が高い。
また軍警察としてもジェローム・サックスは司法取引を持ちかけた相手ゆえに、身の安全は彼が帰る前までは責任を持つ必要があり、確実に駆け付けるであろう記者達の対応を行うためにも近くでボディーガードを行う必要があった。
「…もうすぐか」
彼は裾を捲って腕時計を確認すると、その後に目を閉じる。
傭兵時代に自分の手と左目をサイボーグ化させた彼は、その目からインプラントチップを生かしてインターネット情報と接続していた。
「…ふんっ」
そして軽く鼻で笑って自分の事を今か今かと待つ記者達の中継を見る。
動画配信サイトでリアルタイムの映像が流されおり、自分が降りてくるであろう駅で待ち構えていた。
「相変わらず何処で聞きつけるのやら…」
半分呆れ調子で彼は呟くと、そこで海峡横断大橋に入る大きなループ線を見る。
この海峡横断大橋は北極大陸とウェルズ大陸を挟むユリシーズ海峡を横断する橋であり、複線二階建ての構造を有した鉄道専用の橋であった。
『赤石海峡大鉄橋は全長約三五〇〇メートル、高さ約一二五メートルの吊り橋でありーーー』
海峡の大鉄橋を通過するときに列車の自動放送による説明が行われて、半分は観光地としても有名となったこの場所を見せる。
「…」
そして列車は橋に入り、そこで彼は荒れる北の海の水面を見下ろしながらあの時の事が壊れたレコードのように何度も繰り返される。
『お前さんが企業の犬になろうと自由だ。だがな…』
あの時、彼はいつも自分の中の矜持として常々言っていた言葉だ。
『死に方を選ぶのは…俺自身だ!!』
その時の彼の表情は、きっと笑っていた事だろう。彼はそういう人だ。
今も昔も、彼はオートマトン乗りの傭兵として最強の名を周囲から叫ばれ、同時にそれを認める実力を有していた。
普通は支援兵器であるはずのオートマトンで近接戦をこなすその様は一昔前の常識を覆し、オートマトン同士の機動戦は傭兵の間で話題となった。
「…全て終わったぞ」
そしてそれから何年も経った後、彼は再び現れた。
あの時に手渡された手紙は、自分が逮捕された時にロトも見ているはずだ。そこに書かれた事を見ておそらく心底驚いた事だろう。
「お前は…今は何をしているんだ?」
そんな疑問を感じながらジェロームは列車が橋を渡り合えるのを待っていた。
「うわぁ…」
その時、少女スフェーンは着ているコートのフードを被ってある駅に来ていた。
「凄い人」
彼女の視線の先には三脚を立てて脚立に座る報道陣がポツポツと集まっている姿があり、彼らは皆同じ人物を探していた。
『この場所はジェローム・サックスが乗り換えのために降りるとされる駅です』
「よく仕入れるね。どこから漏れたんだろう」
そんな事をぼやきながら彼女は縫うように歩く。この報道機関の群れを抜けて目的の人の顔を拝むのはなかなかに至難の業となるだろう。
「どうやって入ったものか…」
『スフェーン』
するとそこでルシエルが言った。
『ジェロームが乗り込むであろう車が裏手にいますよ』
「まじか」
ルシエルがハッキングして確認しな各車両のデータベースや所有者の確認を即座に行なった事で意外なものが釣れたと思うと、スフェーンの視界に目的地までルシエルが案内する事となった。
『念の為、サングラスをつけます?』
「いや…その必要はないでしょう」
あの後、仕事を終えてしんみりともしない極めてあっさりとした別れを済ませた後、彼女はこの地に訪れていた。
同地は前と同様、乾いた寒い風がビュービュー吹き付け、待っている人たちに寒さという大敵を押し付けている。
雪がほぼ降らない乾燥地帯なのでただただ寒いだけのこの場所、名物はたこ焼きである。
「このまま行くよ」
『…分かりました』
今の彼女の姿は少女、あまりにも傭兵の時の姿とは乖離している。
『…本当に彼が気づくと思いますか?』
「気づくと思うよ?傭兵というのはそういう匂いを嗅ぎつけるのが生死を分けるからね」
スフェーンはそう言うと、報道陣のまばらにいる駅構内を歩いた。
「そろそろか?」
駅のホーム、そこである記者がカメラを片手に列車の行き交う中で駅の時計を見た。
今日はブルーナイトが裁判所を出て家に帰る日だ。すでに、テミス・シティを出たことは現地記者から連絡があった。
乗り込んだ列車も確認されており、途中で乗り換えたこととなれば話は別だが、乗り換えていないのならば次の列車のはずだ。
「ん?」
目の前のホームに警告音と共に一本の列車が進入してくる。
「来たぞ。あれだ」
機関車によって牽引され、エーテル機関の骨笛のような音が駅に響き渡りながらホームに停車すると、そこで客車のドアが開いて人々が降りてくる。
「…」
この列車はここが終点なので、大勢の乗客が降りる中、記者達はめざとくどの人物を見つけた。
「いたぞ!」
「あそこだ!」
そこで複数の私服の治安官に守られながら降りてきたスーツ姿のブルーナイトを見つけると、一斉に彼らは駆け寄ってカメラとマイクをける。
「ブルーナイトさん!一つお聞かせください!」
「軍警察との司法取引があったとの噂ですが!!」
「貴方への罪状は不適当であるとの声もありますが?!その点どうお考えでしょうか!」
記者達はこぞってブルーナイトから話を聞こうとしたが、彼は何も答えることなく治安官に守られながら駅を移動する。
「(健気だな…)」
記者達への応答のための声明はすでに自分のSNSのアカウントで出していたはずなのだが、やはり映像というものは強い。直接本人の話を聞きたがっていた。
記者達は治安官によって一定の距離を取らされ、ブルーナイト自身はこれから空港に移動する。
すでにロータリーでは治安官達によって距離が取られており、記者達がカメラを構えて写真を連写していた。
「…」
そしてホームからロータリーに止まっている高級ミニバンに乗り込む時、ブルーナイトは付きまとう記者達が引き剥がされた瞬間にほんの一瞬だけ目を見開いた。
「っ…!?」
記者の中、背の低いフードの付いたトレンチコートを着た少女がジッと自分の目を見ていた。
灰色の左目、虹色の右目がフードの影から写り、灰色の髪の毛が僅かに溢れていた。
明らかに違う容姿、身長をしている彼女だが、自分はその雰囲気を知っていた。
乗り込む直前だったが為に彼女に近づくことができなかったが、その時の彼女のニヤリと笑っていた口元はこう言っているように聞こえた。
ーーまた会おうぜ。相棒
もちろんそれは幻聴である。本来であればあり得ないのだ。だが…
「出しますよ?」
「あっ、あぁ…」
運転席に座っていた一人の治安官に声をかけられ、ハッと意識が引き戻された彼は再度治安官達によって押さえ込まれている記者達を見た。
そこにすでに彼女の姿は無く、彼は困惑をしながら車が走り出すのを感じた。
「…」
その姿を前にブルーナイトは困惑をしており、車内には沈黙が広がった。
「…せっかくシャバに戻ったのに、そんな表情をしないで下さいよ」
そんな様子の彼に呆れた様子でサングラスをつけていたロトが声をかけた。
「っ!あぁ…ロトか」
「えぇ、貴方を空港まで送り届けますよ」
「そうか…」
ドライバーが知り合いという事実にブルーナイトは少し苦笑する。
「まぁこの後は休暇をとってイルカまで帰る予定ですがね」
「…ふっ」
その意味を誤解しなかったブルーナイトは笑った。
ロトはアンジョラの孤児院で育った子だ。彼の性格から好みの女性まで全て知っているブルーナイトはそこで育て子を見る。
「俺と一緒に帰るのか?」
「さぁ?ただ飛行機の席はたまたま貴方の隣なんですがね」
ロトはハンドルを握って態とらしく言うと、ブルーナイトは言う。
「…つくづく、アイツに似てきたな」
「えぇ、手塩にかけて育ててもらいましたからね」
ロトはそう言い、そこで空港に入る高架道路に入る。
「…」
そして少しの沈黙の後、彼は口を開いた。
「あの人なら、きっとこう言ったでしょうね…
『立て!たとえ顔を張り倒されようと、腹を刺されようと堂々と仁王立ちしろ!そして我が首を討ち取った事を誇るがいい!』…と」
「…はははっ」
少し声真似を交えて言ったロトにブルーナイトは笑う。
「あぁ…そうだな。彼なら、そう言っただろうな…」
そう言う彼の脳裏には先ほどの景色が過ぎる。
「…なぁロト」
「なんです?」
そこで空港のロータリーが見え、そこでロータリーで待ち構えていた記者を見ながらブルーナイトは聞いた。
「君が探したと言う、タルタロス鉱山の資料。私にも見せてくれるか?」
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