中庭を抜け先で待っていたプエスタは、ジェロームとともに社長室に入る。
招待状に書かれていたのはあの夕食時に顔合わせをし、その後に中庭を挟んだ社長室で個人的な話をしようというものだった。
「ごめんなさいね。あんなに人の多い場所では大っぴらに話せないことですので」
「いえ、私のことはお気になさらず」
それよりもこのホテルにいる記者達に注意した方が良いだろうと言うと、プエスタは笑った。
「そうね、でも記者さん達は他の人達が止めてくれるから、今の所は大丈夫よ」
そう言ってジェロームも同様に傭兵に首根っこを掴まれていた記者のことを思い出す。
そして社長室の丁寧に磨き上げられた品々に囲まれながら部屋のソファに座るプエスタ。
「さて、どこから話したものかしらね」
「先ほどの続きでもどうでしょうか?」
「そうね…今はまだゆっくりとお話しいたしましょうか」
そこでプエスタも頷くと、先ほど話していた傭兵の未来や彼女から聞かれたレッドサンに関する話をして時間を過ごしていた。
彼女との話はどこか苛烈しつつ、落ち着いたものがあった。
レッドサンの話をするときは、特に彼女との話は盛り上がったものだ。
「そろそろかしらね…」
「もうこんな時間ですか…」
時刻は深夜、バーも閉めて傭兵達も続々と街に戻っていく時間である。
プエスタが傭兵達が入り浸って夜更かししないようにと言う意向でバーは数時間しか開かず、また終わったらすぐに帰ると言うのが傭兵たちの掟のようなものであった。
「…ところで、私たちが今日会食をした机ですがーー」
そこでジェロームが口を開いた。
「あの机には紫苑の花が添えられていました。花言葉は…」
「『あなたを忘れない』」
「…えぇ」
ジェロームはそこで薄々思った事をプエスタの表情を見て悟った。
「そうね、まぁ察しの良いあなたなら分かるでしょう?」
「そうですね…」
そこでジェロームはプエスタを見た。
ーーこの人物はレッドサンと関係があったに違いない。
それが肉体的であれ何であれ、彼と密接な関係があったに違いない。
「そろそろ、レストランの方に戻りませんこと?今の時間ならば、ゆっくりお話もできるでしょう」
「よろしいのですか?」
「えぇ、掃除中に店に訪れるのはよくある事ですので」
そこでプエスタは答えると、そこでジェロームは彼女の仕事机の上に置かれた写真立てを見た。
珍しいことに机に隠すように写真立ては倒されていた。だが自分にはわかる。あの写真立てに入っているのは、レッドサンと撮った写真に違いない。
「…」
「では行きましょうか?」
「…えぇ、そうですね」
内心、彼は大きくため息を漏らしながら社長室を出ると、そこで彼女は言った。
「貴方に見せたいものがあって、今日はここに呼んだのよ」
彼女はそう言うと、ジェロームを連れて深夜のホテルを歩く。
元来た道を戻るようにジェロームとプエスタはレストランに向かう。
この時間ともなると、ホテルののロビーには動向を見張ろうと意気込む記者の姿もなかった。
そしてエレベーターで地下に降り、片付けを行っているレストランに入る。
「席は?」
「いつもの場所よ。さっきと変わらないわ」
そこで多くの机の上に椅子が挙げられ、従業員が床の水拭きをしている中、二階席で唯一そのままにされていたあの席に二人は座る。
その席は先ほど言った紫苑の挿された花瓶が置かれ、彼やレッドサンも知らない事実としてこのホテルを建てた時に彼女が態々建築会社に依頼して作らせていた。
二人掛け用の正方形の机、テーブルクロスは外されており、他の席は椅子がひっくり返されていた。
「それで…見せたいものとは?」
「…」
ジェロームが問うと、そこでプエスタは視線を彼から少しずらしたのでジェロームは振り返って多くの写真が飾られた壁を見た。
開業してからの長い間、多くの客と撮られたその写真の数々。中には今は名を上げた傭兵の姿などもあった。
「…」
そしてその写真を一つ一つ見た時、
「っ!これは…!!」
壁に飾られた写真を見た時、私は愕然とした。
数多く飾られた写真の内、一番上の左右の角に飾られた二枚の写真を二度見返す。
「貴方、彼の本名も素顔も見たことはないのでしょう?」
「…並べても?」
「えぇ、壊さなければね」
後ろでプエスタが話しかけ、その写真に映る一人の後ろ姿を捉えた写真を並べてみた。
片方は短髪の黒髪の若い男が椅子に腰をかけて座る写真。
もう一つは、灰色の長髪の少女が椅子に腰掛けて座る後ろ姿の写真。
どちらも夕日が差し込み、撮られた場所も位置もほぼ同じの写真だった。
「片方は十六年前、もう片方は六年前にとった写真よ」
「…」
六年前といえば、レッドサンがあの手紙を残した時期と一致する。
タルタロス鉱山の一件から今年で十年が経つ。
逮捕まで七年、判決が下るまで三年かかった。
軍警察の介錯により、時効というのは事件発覚からというふうに決まっており、たとえ十年前の事件であっても事件が発覚し、治安官による捜査が始まれば、そこから時効期間の始まりとなる。
「…」
その間…特に逮捕されてからの三年間で世界は大きく変化した。特にこの南北戦争の主戦場となったウエルズ大陸の変貌は凄まじいものとなった。
この国は厳正な中立を保った事から戦争の被害を免れたが、軍警察の進発地点となったアリアドール合州国にはサブラニエ地上軍による巡航ミサイル、極超音速ミサイルによる攻撃が行われていた。
そして戦争の過程で、傭兵ギルドで切っても切れぬ密接な関係を築く事となったヴァイナハルテ盟約同盟議会は、今の中立を維持するための強力な国軍の編成、傭兵募集による外人部隊の創設に苦労していた。
「プエスタさん、これは…」
「貴方も薄々勘付いてはいたのでしょう?」
「…」
プエスタを前にジェロームは内心、眉唾物のほぼおとぎ話のような考えだと思って早々に脳の奥に押し込んでいた考えだった。
しかしこうも同じ構図で撮られた写真、この後ろ姿、写真からでも伝わる同じ仕草、同じ銘柄の煙草。
「そんなことが…」
「まぁ、普通はあり得ない事よね」
そこでプエスタは改めてジェロームを席に案内すると、そこで彼は聞いた。
「マダム・プエスタ。貴方はレッドサンの本名と素顔を知っているのですか?」
その顔を前にプエスタは軽く笑って返した。
「あら、聞きたいのなら…本人から直接聞くのはどうかしら?」
「…」
プエスタの問いかけにジェロームは息を呑んで並べられた二枚の写真を再度見つめていた。
赤柳では戦時難民救済法の是非を問う緊急国会が開かれており、それに呼応するように各地でデモ活動が行われていた。
「難民は帰れー!!」
「「「帰れー!」」」
横断幕を掲げ、道路を練り歩く市民達。数日前の暴徒化により、周囲を警戒する治安官達の目は厳しい。
戦時中にほぼ無制限で難民受け入れを行ったこの国では、押し寄せた難民に支給された保護金が国家予算に表示されるほどの金額となっており、それ故に国民は自分たちの税金を使っている事で生きている難民に対し厳しい措置を政府に求めた。
また急激な難民流入による治安悪化、都市郊外のスラム化などは社会問題となっており、治安官もその検挙率は上がる一方であった。
「戦争は終わったー!」
特に今は『戦後』であり、そんな時期になったにも関わらず国内にとどまり続けていることが彼らの怒りをさらに増幅させていた。
難民に対する差別や侮辱は当たり前のように行われ、国内の復興がまだ終わっておらず、故郷に帰ることのできない難民はそれに反発した。
そしてその怨嗟はやがて暴力となり、テロに発展した。
「待てっ!止まれっ!!」
すると移民排斥を訴えていたデモ団体の目の前に一台のバンが止まると、
「移民排斥反対ーーっ!!」
ドアが開いてそこからそう叫んで持っていた機関銃の引き金を引く音がした。
「きゃあっ!!」
「がぁっ!!」
デモ団体に襲いかかった銃弾によって数十名の市民が薙ぎ倒された。
「撃て!襲撃だ!」
「ちぃっ!!」
そこで警護をしていた治安官が持っていた6.5mm小銃の引き金を引くと、薬室でのケースレス弾の爆発と、銃身内のコイルガンで加速した銃弾は容易にバンを穴だらけにし、中にいたテロリストを殺傷した。
「救急車!」
「急げ!!」
「医療兵を呼べ!!」
一種の市街戦の様相を呈す状況、こんな事態が今のこの国では頻繁に起こっていた。
「〜♪」
そんな状況下でちょっとした買い出しに出たスフェーンは、そこで街中のたばこ屋の前で足を止めた。
「ラキストの煙草一箱」
「はいよ」
店番をしていたおばちゃんに注文をすると、そこで煙草一箱を購入して片手に抱えるようにして運輸ギルドに向かおうとした時、
「うごっ!?」
突如ビルの隙間の影から後頭部を殴られ、反射的に殴られた場所から距離をとった。
「っ!!痛ってぇなぁー!!」
いきなり殴られた事に声を荒げて振り向くと、そこではバットを持った三人の男が立っていた。
「…ちっ、喧嘩か?」
面倒な事に巻き込まれたと思った。
「難民のクソッタレめが!」
「俺たちの金で吸う煙草はうめぇか?!」
しかも最悪な事に自分を難民と勘違いしているようだ。
「…アホかテメェら」
そこでスフェーンは呆れた様子で煙草の箱を地面に置くと、両手を握った。
「先に手を出したんだ…覚悟しとけ馬鹿ども」
相手が誰であろうと、先に殴ったことでスフェーンにお見逃しはなかった。
「っ!!」
「ふっ」
そして彼らの視界で追いつかない速度でまずはバットを持った男の顔面を殴ると、その男は軽く三メートルは吹っ飛んで後ろに倒れた。
「こいつっ!!サイボーグかよ!」
「畜生!」
「逃がすとでも?!」
相手がサイボーグとわかった途端に忍足になって逃げ出した男二人に、スフェーンは飛びかかって頭を掴んで地面に叩きつけた。
「ふごっ!」
「ぎゃあっ!」
そして簡単に三人を鎮圧し、そのまま軍警察に通報しようとしたが、
「うぁ…」
スフェーンの耳に確かに聞こえた微かな呻き声、その方を見ると、そこでは傷だらけの一人の男が軽くよろめいてスフェーンを見ていた。
「おいおい、大丈夫かい?」
「あぁ畜生…アイツら運び屋でも関係なくぶん殴りやがって…」
彼は色々なところに打撲跡を残し、頭からは血を流していた。
「直ぐにギルドまで運んでやるよ」
「あんた…運び屋か?」
「そうよ」
そこでスフェーンは男に肩を貸して足元の煙草も拾う。
「あぁ〜、痛ててて…」
肩を借りた男は殴られた傷が痛んで声を出す。
「しっかりしなさい。もうちょっとでギルドに着くわよ」
そんな彼を励ますようにスフェーンは声をかけると、そこで直ぐ近くにあった運輸ギルドに到着する。運輸ギルドであれば、会員証を提示するだけで定額で医療機関に受診できるからだ。
そしてスフェーン達は運輸ギルドに入った時、
「…」
そこには数多の怪我人が横に転がっている様が広がっていた。
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