「どうやったらこんな髪型になるの…?」
銭湯でスフェーンの前に座るみくりを見て思わずスフェーンが呟いた一言である。
あまりにも汚れている彼女を銭湯のおばちゃんに謝りながら銭湯に放り込み、彼女の服をお願いして洗濯に出してもらって…その後に銭湯で彼女にシャンプーをすることとなったのだが、
「あ、泡立たん…」
汚れすぎているせいか、みくりの頭でシャンプーが泡立たない。それにスフェーンは戦慄しながら、同時に彼女の整えられていない髪の毛に絶句していた。
「伸びた髪を邪魔になったら切ってた」
「あぁ…うん、そう」
シャンプーを三回ほど行い、ようやくシャンプーが泡立ってきたところでスフェーンは安堵しながら彼女の体をしっかり時間をかけて洗う。
銭湯で大量に湯と石鹸を消費し、みくりを洗っているスフェーンは彼女の髪型に違和感を感じた理由を察した。
なるほど、鏡もなしに自分で切っていたのならこんな変なふうになるわけだ。
「クシュッ」
そして洗っている途中、みくりはくしゃみをした後に軽く頭を振り、それで水が弾かれる。犬かよ。
「こらこら、動かない」
そこでしっかりと毛先まで洗ったスフェーンはその後にシャワーをかけてしっかりと石鹸を落としていく。
これで出る時はタンデムした時と違って激臭はしないはずだ。
「自分で体は洗ってちょうだいよ?」
「うん」
「顔もしっかり洗いなさい」
「うん」
人に迷惑をかけないように、人のほぼいない時間帯に銭湯を訪れた二人はそんな短い会話をする。
『まるで大きな赤ん坊みたいですね…』
「(赤ん坊…ね)」
そこでスフェーンは横でスフェーンの石鹸を使って体を洗っているみくりを見る。
自分よりも少し低い身長で、黒曜石のような髪色の彼女は、生活面に関しては絶望的であった。
体を洗い終えた後、銭湯の浴槽に二人は浸かる。
「「はぁ〜…」」
タオルを巻いて風呂に全身を浸かる二人はその温度に声を漏らす。
「スフェーンさん」
「?」
そこでみくりは隣で髪を抑えるスフェーンに聞いた。
「サイボーグって、お風呂入れるの?」
みくりのそんな唐突な問いに首を傾げた。
「どうして?」
「…スフェーンさんから、エーテルの声が聞こえたから」
「…?」
どういうことだと首を傾げるスフェーンだが、彼女は少し間を開けた後にスフェーンに言う。
「私、耳が聞こえないけど、エーテルのおかげで何言っているのかが、分かるの」
「それは…鼓膜を刺激されているのかな?」
「分からない」
みくりはそこでこんな非科学的な話を聞いても気味悪がっていないスフェーンに首を傾げた。
「驚かないの?」
「似たような人を知っているからね…」
スフェーンはそこである
「その人は目が見えない人でね、まあ君よりも何倍もやばい人だからね…」
ハハハと、乾いた笑い声を笑っていない顔で言っており、みくりはそんなスフェーンに何か恐ろしいものを感じた気がした。
「だから『エーテルの声』が聞こえる」
「エーテルの声?」
みくりの言葉に少し首を傾げるスフェーン。
「そう、エーテル機関から声がする。嬉しかったり、苦しかったり…新しいエーテル機関は、みんな笑っているの。逆に古いエーテル機関は、疲れてたりしている」
「へぇ…」
不思議な能力、ネクィラムと同種の人間だと思った。あの人も、エーテルによって視界を補っており、その仕組みは未だに解明できていない。
サイボーグ化手術は本人が拒絶をしているので彼の視界には今でもエーテルに満ちた景色が広がっている。
『エーテルで聴力の回復ですか…』
「(仕組みが理解できないぞ…)」
スフェーンとルシエルはみくりの聴力のメカニズムに疑問を抱くと、そこでスフェーンは聞く。
「じゃあ、私の列車のエンジンは?」
「…あの子は少し、不思議な子だね」
みくりはそこでスフェーンの列車のエーテル機関は見た目以上に不思議な雰囲気を感じ取っていた。
「少し眠たげで…でも興奮してて、元気だから、大事にしてもらっているって言うのが伝わってくる」
「なるほどね…」
スフェーンはみくりの感想に少し頷く。まあ、大災害があってから長い時間あの場所で忘れられていたのだから、仕方のない話と言える。
「エーテルの声…か」
「だから、スフェーンさんから聞こえるが不思議」
「じゃあ、なんて言っている?」
スフェーンが聞くと、そこでみくりは軽く首を横に振った。
「初めて聞く声。分からない」
「分からない…?」
みくりの返答にスフェーンは横を向く。
「ただ、声がするだけ。私も、こんなのは初めて」
みくりはそこでスフェーンを見ると、興味深そうな表情を見せており、それが若干ネクィラムと同種の好奇の目であったがために一瞬スフェーンも身構えてしまう。トラウマが掘りこされていた。
「…間違っても人を解剖するんじゃないよ」
「それは…やらない」
「これっ、間をおかないの」
「いたっ」
そこで軽く彼女の脳天にチョップを喰らわして倫理を教え込む。この子までマッドになってたまるかってんだ。
「そろそろ出る?」
「うん」
スフェーンにみくりは頷くと、二人は浴槽を上がった。
「んく、んく」
銭湯の洗面台、その近くでフルーツ牛乳を飲みながら髪を乾かされるみくり。
「…」
そしてその髪をドライヤーをかけて乾かすスフェーン。昔、孤児院で散々面倒を見てきたのが生きているなぁと内心思いながらみくりの黒い髪をタオルを交えながら乾かしていく。
汚れを徹底的に落としたことで彼女の髪は整えられた。匂いも今の所問題ない。
「お嬢ちゃん」
洗面台で髪を乾かしていると、そこで銭湯のおばちゃんが現れてスフェーンに袋を渡した。
「これ使っとくれ」
「あっ、すみません」
袋の中には新品の白いTシャツと半ズボンが入っていた。おばちゃん、新品の服を買って来てくれてたらしい。
「新品なんて買って来てもらって…」
「いいさいいさ、その子を洗いに来たんだ。古い服も、もうボロボロだったからね」
お代は要らないよとおばちゃんは言うと、そのまま洗面所を後にした。
ありがたいと同時に、また今度来ようと心の中で決めながらスフェーンはみくりにその服を手渡す。
そしてみくりが服を着ている間にスフェーンは自分の髪を乾かしていた。
銭湯を出た後、その足でスフェーンみくりにバイクを任せて散髪用の鋏を買う。
『そこまでやります?』
「磨いて光りそうだからやるに決まってんじゃん」
そうして散髪用の鋏を購入すると、それを持って店を出る。
「お待たせ」
「うん…」
そこでみくりはバイクのそばに座ったままボーッと空を見上げていた。
「どうした?」
スフェーンはそこでバイクに跨ってエンジンをかけると、みくりは先ほど空を見上げていた理由を言う。
「なんとなく、騒がしいと思って」
「騒がしい?」
みくりの騒がしいと言うのは、間違いなくエーテルに関わるもの。どう言う事だと思いながら走らせていると、
ポタ…ポタ…
腕に小さな水滴が落ちると、そこから直ぐに激しい雨が降り出した。
「げっ」
今の空模様は綺麗な晴れ空、綺麗なオーロラが見えていた。
遥か昔、こう言う晴れの日に雨が降ることを『狐の嫁入り』なんて言っていたらしいが、今はそれどころではなかった。
「エーテル降雨じゃないの!」
空に打ち上がったエーテルが降ってくるこの現象。戦争が終わってから数年が経つが、まだ一部では起こる気象現象であった。
「急がないと…」
雨の中、多くの人が走って雨宿りなどをする中をバイクは疾走する。
「雨?」
「そう、エーテルの雨よ」
人を蝕むエーテルの雨、これにより肺にエーテルが入り込んで悪さをしだすとエーテル肺炎診断を受ける。だから道ゆく人を見ると大体がガスマスクをしている。
「ちょっと飛ばすよ。しっかり捕まってて」
「うん」
そこでみくりはスフェーンのからだに腕を回してがっしりと掴むと、バイクは速度を上げた。
「あーあー、濡れちったよ」
そして速攻で工場に戻った二人は、そこで自分の濡れている服を見る。
雨に降られ、慌てて帰って来た二人はそこで軽くため息を吐く。
「ただいま〜」
その横でみくりは歩く。彼女の被っていたローブは、今は手元の袋の中に押し込まれており、ローブを外すのが苦手なのかと思っていたスフェーンは少し拍子抜けしていた。ちなみローブを被っていた理由を聞くと『なんとなくかっこいいから』だそう。彼女の趣味がよく分からない…。
「はぁ…なんか疲れた」
スフェーンはやけに疲れた様子でため息を吐くと、そこで自分のキャビンに戻る。
風呂に入ったことで清潔になった彼女は、そのまま午後の作業を始めてしまう。
エーテルの声を聞く彼女は、スフェーンの持ち込んだエーテル機関のオーバーホールを行っており、運転台をクレーンを使って元に戻していた。
「…」
そして整備を終えた夜、みくりはスフェーンから夕食を作ってもらうとそのあと寝ようと思っていたのだが、
「たまには良いベッドで寝たら?」
と言われて、みくりはスフェーンのキャビンの中のベッドに連れ込まれる。
キャビンの中は小さな家のようになっており、自分の今まで暮らしていたあの小さな部屋とは違ってとても綺麗だった。
「…」
そしてほんの少しいい匂いもする。
何の花の香水かは知らないが、いい匂いだった。
「ちょっと待ってて」
スフェーンは部屋の中の席に私を座らせると、部屋の台所の方に移動する。座った席は柔らかいクッション性のある椅子で、リクライニングはできなかった。
今までも何度か運び屋の乗っている機関車というのは見て来たが、こういう生活空間は入ったことがなかった。
「できたよ」
そこでスフェーンはみくりの前にカップを置く。
寝る前のカモミールティーを淹れていたのだ。
「寝やすくなるから、一杯飲んだら寝なさい」
「うん…」
みくりは小さく頷いてから紅茶を飲む。
「スフェーンさんは?」
「ん?床で雑魚寝」
そこで寝袋を取り出す彼女にみくりは言う。
「…一緒に寝れるよ?」
スフェーンのベッドの大きさを前にみくりは言うが、
「狭くなっちゃうでしょ?」
「大丈夫。いつも、これより狭い場所で寝ているから」
その時のみくりの目を見て、スフェーンは呆れ混じりにため息を吐いた。
「そんなに添い寝を所望する?」
「うん」
「はぁ…全く、」
みくりはそこで紅茶を飲み終えると、そこでそのままスフェーンの隣に入って横になる。そしてそこで少しみくりはスフェーンの体に触れる。
薄いパジャマなので体温を感じることができた。
「冷たい…」
「悪いね。こう言う体質で」
彼女はそう言い軽くみくりの頭を撫でると、すこし気持ち良さげにみくりも軽く頭を振ると、そのまま布団を被った。
「すぅ…すぅ…」
そして直ぐに寝入ってしまい、スフェーンはそんなみくりに少し微笑んで同じベッドで眠りについた。
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